1944年1月。
アメリカ第5軍と英第8軍は全師団がそろわない状態でカッシーノ山頂、ベネディクト修道院を中心に築かれた、「グスタフ・ライン」最大の山岳要塞に立ち向かう。
英第8軍はカッシーノ南方、ガリリャーノ川を3個師団で強行渡河したが、ロームから派遣された2個装甲擲弾兵(機械化歩兵)師団に阻まれ、釘付けにされた。
アメリカ第5軍はウォーカー少将指揮の第36テキサス師団を中心にカッシーノ東のラピド川の渡河を図る。しかし、ラピド川の背後は切り立った崖になっていて、ドイツ軍はここに布陣。
対岸は再び崖になっており、そこからは平地が広がる。
ドイツ軍はわざとラピド川を氾濫させ、平地や畑を泥沼状にしたあげく、多数の地雷とトラップを仕掛け、進撃に難渋するアメリカ軍に崖の上の鉄条網の向こう側からいいように砲撃、機銃射撃を食らわせた。
ドイツ第15装甲擲弾兵師団が守るこの川で、テキサス師団の第141、第143連隊が壊滅。
彼らの中には、かつてフォート・マッコイで第100の兵士たちと毎晩殴り合ったテキサンたちもいた。
出動準備を整えた第34「レッド・ブル」師団は、仕切り直されたラピド川渡河作戦に加わるべく出撃した。
あの第1特殊任務部隊は、単独で連隊規模の敵が守る別の山へ攻めかかった。
ラピド川対岸の敵は依然として健在、眼前に広がる泥濘にはまだ生きている地雷がうじゃうじゃ埋まったままだ。
初めてイタリーに到着したときA~Fの6個中隊だった歩兵中隊は、損害の穴埋めのためD中隊までの4個に減っていた。
しかしこのときからすべての中隊長が日系将校になった。
S2の指揮官が後方送りになったとき、ジョンソン副大隊長は後任を誰にするかと思って、S2付きの兵士たちに誰が良いかとたずねた。
S2の配下の兵の中で、ヨシオ・ミナミ軍曹、アービング・ミツオ・アカホシ一等兵とジェームス・クボカワ一等兵の3人がヤングを推した。
彼らはあの初陣の後、空きの出た第2小隊に移ってきた兵士たちで、ヤングが病院送りになったときにS2付きになった連中だった。
つまり、ヤングがいない第2小隊にはもう「ヤングの神通力」がないからつまらないと思ったかららしい。一度は断ったヤングだったが、この3人に説得されて、結局S2の参謀になった。
アカホシら3名は、ヤングがS2からS3(作戦担当参謀)になるまでの間ずっと行動をともにし、ヤングをサポートし続けた。
嫌われ風紀委員だったヤングに「親衛隊もどき」ができるとはと、僕も呆れたものだ。
アカホシの両親とダンの父親はともに「キュウシュウ」の出身だが、祖父母や父のフクオカ方言を解するダンが、アカホシの言葉はまったくわからないという。
ダンの結論は「あれは日本語じゃない」だった。
ダンにとっては珍しい「ピジンで話した方が早い」日系兵だ。
まあ、本当はアカホシがダンを「おちょくって」いただけらしい。
彼もMISになりたくなかった口だったようだ。
アカホシという姓も珍しいが「クマモト」ではかなり多く、ローカル苗字のようだ。
ヤングの第2小隊は、マサハル・タケバ軍曹が引き継ぐことになった。
……そして、マジョ高地からラピドの「壁」に向かって進撃する第100は、吹雪の中その手前の塹壕で足止めを食っていた。
アメリカを発ったときには1,300名を数えた第100も、さすがに激戦が続いたためか、このときには832名にまで減っていた。いなくなったのは戦死者か重傷後送者だった。
重傷者でも動けるようになると病院を抜け出して第100に戻ってきた。
このとき、第100はまたしてもドイツの機銃群に阻まれ、塹壕の中で動けずにいた。
ヤングはS2のメンバーと、B中隊第2小隊の隊員たちとで、状況打開の策を練っていた。
腹ばいになって皆で前方を注視していたとき、ふいに吹雪が止み、視界が開ける。
その瞬間、ヤングの隣で伏せていたタケバの頭ががくりと下がり、彼の重みがヤングにのしかかってきた。
「……タケバ?」
タケバは何の前触れもなく、何も言いのこすことなく、死んでしまった。
彼の眉間には、小銃弾が貫通した穴が開いていた。
敵の狙撃兵に撃たれたのだ。将校だとあたりをつけられたのだ。
ヤングには、タケバが自分の代わりに撃たれたのだとしか思えなかった。
やすらかな死に顔だった。自分が死んだことすらわからなかったかもしれない。
壮烈な討ち死にでもなく、英雄的な行動の末でもない静かな死。
それ故にヤングにとってもっとも頼れる男だった軍曹の死は、ヤング本人が死ぬその時まで、決して忘れることのできないものになった。
マサハル・タケバはヤングと同い年。まだ25歳だった。
ヤングは何かを振り切るような表情を浮かべ、そして表面的には平静を装って任務を続けた。
1月24日、第34師団も含めた第5軍第2軍団が、ふたたびラピド川陣地に立ち向かう。
夜11時過ぎに、ミツヨシ・フクダ大尉のA中隊とリチャード・ミズタ大尉のC中隊が暗闇の中を手探りで、地雷を避けながら進む。
地雷を無力化する時間はなく、配給品のちり紙を目印に置くだけ。
突然C中隊の最前列で爆発が起きる。先頭にいたミズタ大尉が地雷にふれたのだ。
ラピド川の対岸から、迫撃砲弾と機銃掃射が襲いかかる。サーチライトが次々と点灯して、第100の兵士たちを捜索する。
フクダはA中隊と指揮官不在のC中隊を率い、夜通し行軍して、ようやくラピド川の手前にある石の壁までたどり着く。
しかし夜が明けて、後ろをふり返った時に見えたものはおびただしい戦死者と負傷者だった。
負傷者が動くとすぐさま機銃が火を噴く。
フクダたちはなんとか身を隠してくれる石の壁に隠れていることしかできなかった。
フクダたちが泥の中で悪戦苦闘しているころ、キャスパー・クロウ大隊長、サカエ・タカハシB中隊長、S2のヤングが連隊司令部に呼び出されている。
連隊長、マーシャル大佐が命じたことは、夜が明け次第B中隊に泥沼を越えて川岸まで前進しろと言うことだった。
「冗談じゃありません! 白昼に進撃することは自殺行為でしかない」
クロウ大隊長は、はっきりと拒否する。
連隊長は以前から第100にいい感情を持っていない。彼が第100を「使い捨ての駒」と考えているのは明らかだった。
同席していた第1大隊長、モーゼズ中佐も一緒になって反対する。第100がファッジオ作戦で3つの山を制圧させられたこともある。第1大隊は第100に借りがあると彼は考えていた。
しかし、連隊長は断固として白昼進撃を押しつける。
3人のウエストポイント出が、第100をめぐって激論を交わしている。
大学予備士官課程出身のタカハシや幹部養成学校出のヤングには信じられない光景だった。そのうち二人は日系兵を擁護しているのだ。
連隊長の頑迷ぶりに、ついにモーゼズ中佐がぶち切れた。
「それなら俺が、B中隊の先頭に立って突撃する!
もし俺が生きて還ったら、連隊長、あんたを軍法会議に訴えてやる」
そのままモーゼズ中佐は席を立つ。クロウ大隊長たちも「承伏できません」とだけ言って、彼の後を追うように連隊本部を出ていった。
帰隊したクロウ少佐に、連隊長から前進命令が矢継ぎ早に出される。しかし彼はそれをすべて黙殺した。そして最後に来た命令は、クロウ少佐の解任命令だった。
「大隊長……」
ヤングは少佐の唇がわなわなと震えるのを見た。しかしクロウはB中隊に白昼進撃を命じるくらいなら、解任された方がマシだと思っていた。
「ここで解任されれば、あなたの軍人としての未来を……」
「すまんな、ヤング。
だが俺も貴官同様、間違った命令で皆をみすみす死なせるくらいなら、クビを選ぶ」
クロウ少佐は連隊本部に出頭し、そして戻ってくることはなかった。
彼と入れ替わりにマーシャル連隊長の副官、ジョージ・デューイ少佐が第100の四代目大隊長になった。しかし、マーシャルの思惑と裏腹にデューイ少佐も、やはりクロウ少佐の判断が正しいと上申した。しかしそれでもマーシャルは自説を曲げなかった。
マーシャルはデューイ少佐自らが、翌朝B中隊を引きつれて前進せよと命じた。
デューイ少佐も、腹をくくるしかなかった。彼は夜のうちにフクダのいる対岸まで進み、そこから指揮をとることにしたいと言う。副大隊長ジャック・ジョンソン少佐は「危険です。おやめください」と反対する。地雷原はまだ生きているのだ。
しかしデューイ少佐は、今いる戦場から離れた大隊本部から指揮をとる気になれなかった。
しかたなくジョンソン少佐はフクダ大尉にいったん大隊本部まで戻って、道案内をしてくれないかと無線で頼む。フクダは中隊本部要員とともにいったん来た道を戻ってきた。
フクダの後にデューイとジョンソン、そして大隊本部の当番兵たちが続く。
フクダにとっては三度目の道行きだ、安全に彼らをつれて皆の元に戻る自信があった。
川のさらに向こうのドイツ軍陣地からは、夜間行軍を警戒してか、小銃や機銃が散発的な牽制射撃を放ってくる。もっぱらニセイたちが地雷の目印においたちり紙の束を撃っているらしい。
そしてその一連射がデューイ少佐とジョンソン少佐のわきを駆け抜け、地雷に当たった。
轟然と爆発する地雷の危害半径に、デューイとジョンソン、当番兵がいた。
「大隊長!」
突如起こった爆発に後ろをふり返ったフクダが見たものは、即死した当番兵と負傷したデューイ、ジョンソンの姿だった。
ジョンソンはフクダに、「先に言っていろ!」と命じると自ら無線機を取って大隊本部にメディックを寄越すよう通信する。彼の傷も深いが、デューイはもう意識がない。
大隊本部は担架を一つ持ったメディック2名しか出せなかった。それ以上の人数で行けば必ず察知される。メディックたちは地雷と泥沼に苦戦しながらやっとの思いでジョンソンたちの元にたどり着く。要救助者は二人。だが、ジョンソンがかすれた声で「大隊長を連れて行け」とメディックに命じる。彼らはデューイを先に担架に乗せて戻っていった。
デューイを救出したメディックたちが戻ったのは、もう午前3時だった。瀕死の重傷を負ったデューイはただちに応急手当を受ける。手当は奏功して、彼は何とかもちなおすことができた。
だが、まだジョンソンが残っていると聞いたドク・コメタニはすぐにメディックたちにジョンソンを救えと命じた。彼らは一回目よりもすばやくジョンソンの元に急行する。
みな、気が気ではなかった。ジョンソンはターナーやラベルと同じく第100が「ハワイ緊急大隊」と呼ばれてハワイを発つ前からの仲間なのだ。
しかしメディックたちがたどり着いたときにはもう、ジョンソンは虫の息だった。
従軍牧師のヨーストは連隊本部に駆け込んで、ジョンソンのために野戦救急車を手配してくれと懇願するが、誰も聞き入れてくれない。
大隊本部にヨーストがもどってきたとき、ジョンソンは手当の甲斐なく息を引き取るところだった。ドクもヨーストも、悔し泣きしていた。
こうして第100は四代目の大隊長をわずか数時間で失い、草創からの「仲間」もまた失った。
サカエ・タカハシはヤングと話し込んでいる。夜が明ければタカハシは一人でB中隊を率いて地雷と泥沼とドイツ軍の砲煙弾雨の中を進まねばならない。
「ヤング、この際だ。俺たちが全滅しないですむ策は何かないか?」
ヤングはしばらく考えていた。普通ならどだい無理な話だ。たかだか1個中隊などフクダたちのところにたどり着く前に「消滅」するだろう。しかし……
「大尉、部隊集結が夜になっても構わないのでしたら、第100にしかできない方法があります。
成功は約束できませんし、一歩間違えれば……」
ヤングはタカハシに二言三言耳打ちをする。
タカハシは、黙ってうなずいた。
夜が明けた。
タカハシは全員に「ヤングの策」を伝達する。
第100らしくない方法だが、全滅を避けるのであれば、ほかに手はない。
彼らが発起地点で「ゼロアワー」を待っていると、第1大隊長のモーゼズ中佐が単身で来た。
「今日は俺が、諸君の大隊長をやる」
モーゼズは、着剣したM1ガーランドライフルを手に提げていた。
連隊長に宣言したとおり、B中隊の先頭に立って戦おうというのだ。
「――5秒前、3,2,1、ゼロアワー・ナウ!」
モーゼズの号令とともに、B中隊は一団となって突進した。
先頭を行くのは、モーゼズとタカハシだ。
しかしすでに啓開済みのルートしか進めない彼らは、横に分散して進むことができない。
ドイツ軍は正面に展開する迫撃砲陣地、機銃陣地から密集するB中隊に集中射撃を見舞う。
火線がとおると同時に、バタバタと倒れ伏すニセイたち。
彼らはそのまま動かなくなる。だが残りの兵は、アメリカ軍の水準からは考えられない速さで地雷原と泥沼を突き進む。どんどん照準を手前に移さないと、抜けられてしまう。
ひとりの狙撃兵が先頭を走るふたりのうち、階級章から佐官とわかる背の高い方に狙いをつける。こいつを仕留めれば前進が鈍ると考えて。
「上手くいきそうだな」
走りながらモーゼズはタカハシの方を向いて笑う。
その瞬間、ガン! と音がしてモーゼズのヘルメットが宙を舞う。
ヘッドショットを受けたモーゼズはゆらりと後へのけぞり、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。タカハシの見ているその前で。
「……くっ、くそおぉっ! ド畜生があっ!」
目のまえで斃れたモーゼズに、一瞬我を忘れたタカハシだったが、まるで悪鬼羅刹のごとき表情になると、日本語で叫びながら今まで以上のスピードで走り始めた。
B中隊の将兵たちも、まるでタカハシの怒りが乗り移ったかのように全力で走る。
しかし、ドイツ軍の猛撃の前に、つぎつぎと倒れて動かなくなる。
彼らの後の兵士たちも、即死したのか全く動かない。
だからドイツ軍もまだ走っている兵士たちを狙い撃つ。
それでもタカハシと十数名の兵士が、A、C中隊がこもっている石の壁まで到達した。
そして、夜になる。夜のとばりが倒れた日系兵士の姿を覆い隠す。
あたりがすっかり暗闇に閉ざされたころ。
倒されたはずのB中隊の兵士たちが、むくりと起き上がる。
そう、彼らは火線が迫るとわざと遅れてやりすごし、いかにも撃たれたかのように伏せたのだった。そして倒れた後はじっと動かず「死んだふり」をしていたのだ。
いつ流れ弾が飛んでくるかわからない。むろん動けば即座に撃たれる。しかし、彼らはじっと耐えぬいた。彼らを夜の闇がカモフラージュするまで。
知らぬはドイツ軍だけだった。
彼らは数人ずつ起き上がると、息を殺して忍び足でタカハシの元に集まる。
伏せている者は順番が来るまで、やはり死んだマネをして待機している。
こうしてB中隊は、一回限りのこの奇策で損害を軽微に押さえた。
しかし、モーゼズは生きて還ることもなく、マーシャルを軍法会議にかけることもなかった。
だが、フクダやタカハシたちは、すぐさま「退却せよ」との命令を受ける。
なんとか川の手前までたどり着いた第133連隊だったが、川を越えて進撃するだけの余力がもうなかったのだ。
1月29日、第100に五代目の大隊長としてやってきたのは、昨年負傷して後送されたラベル少佐だった。あいかわらず人なつっこい顔をしたラベル少佐は、やっぱり第100の人気者だった。
キャスパー・クロウ少佐も副大隊長としてまた第100に戻ってきた。
ラベル少佐はターナー元大隊長や、5日前に亡くなったジョンソン少佐と同じく、第100の「オリジナル・メンバー」、というより初代の副大隊長だった。
皆が忘れるはずもない。連戦続きで疲れ果てていた皆はいままで労苦をともにしてきた人物が大隊長として戻ってきてくれたので大喜びだ。
しかし、今の第100は、ラベル少佐のいたころよりさらに数を減らしており、4つの中隊で定足数を満たしているものはなかった。
日系部隊には日系兵以外の補充はない。しかし、皆まだまだ戦意旺盛だった。
第100は第442連隊戦闘団が実戦部隊として査閲に合格し、前線に出てくるまで戦果をあげ続けなければならない。
すでに第100の獅子奮迅の戦いは、本土で待つ僕らだけでなく、全米で報じられていた。
誰もがまさか日本人の血を引くものが「アメリカ軍の精鋭部隊」としてナチと死闘を演じるとは、とても信じられなかったのだ。
誰よりも戦場で血を流すことで、自分たちの存在意義を証明しなくてはならない二世兵士。
まだまだ第100を差別感情で見る市民も多いが、その『強さ』は認められつつあった。
そして彼らはいま再び、南部戦線最悪の戦いへ赴かなければならない。
ケッセルリンク元帥は、ここにアメリカ第5軍、英第8軍のすべてが結集したことで川岸での防御を捨て、カッシーノ山頂上のベネディクト修道院を中心に展開中の2個降下猟兵師団をはじめ、第508独立重戦車大隊を含む装甲師団、装甲擲弾兵師団を含む第10軍に連合軍の撃滅を託す。
カッシーノ山を巡る戦いが、イタリーでの「決戦」と呼ぶべき戦いになりつつある。
エリート部隊を老練の指揮官が率いるドイツ軍に対し、主攻勢を受け持つのは去年のモロッコ戦が実戦デビューのクラーク将軍というのは、分が悪かった。南方軍集団とイタリア上陸軍が、数的に互角だったのも、彼には不利に働いた。
カッシーノ山頂を目指すのは第34「レッド・ブル」師団と、第36テキサス師団で唯一生き残った第142連隊と言うことになり、フランス植民地軍が右を、英軍の一部、ニュージーランド軍や自由ポーランド軍が左を押さえながら進むことになる。
1944年2月4日、第34師団は吹雪の中、「緑の悪魔」降下猟兵師団と激突する。
第100を含む第133連隊も第2降下猟兵連隊第3大隊の遅滞攻撃を受けながら進撃する。
レッド・ブルの行く手には、地雷原、鉄条網、そしてブービートラップがしこたま仕掛けられており、独特の鉄兜をかぶった降下猟兵どもが陣地から猛攻を仕掛ける。
多大な犠牲を払いながら彼らはベネディクト修道院まであと400mのところまでせまるが、ここに至るまでに出した犠牲が多すぎて、ついに進むことができなくなってしまった。「ハンギング・ヒル」と彼らが呼んだその丘で、レッド・ブルはひたすら撃ち減らされていく。
降下猟兵はアメリカ軍がよく知るボルトアクションライフルや電気ノコギリ、シュマイザーサブマシンガンともちがう、軽機関銃兼用の二脚付き自動小銃と、短めの小銃弾を30連発バナナ型弾倉に詰め込んだコンパクトな自動小銃を使う。また口径の割に華奢な作りだが大威力の無反動砲や、口径漸減式の大型対物狙撃銃といった機動性のある火砲を使う。
S2の主任になったヤングがミナミ、クボカワ、アカホシの三人他のメンバーと威力偵察にでて、これらの自動火器をぶんどってきたが、どう評価したものか思案していると、ダンが現れ「ちっと見せてみな」といって、表面に書かれたドイツ語を読み始めた。
「Fallschirmjägergewehr42か、Rheinmetallの製品だってよ。
俺らのBARに刺激されたのかねえ」
「わかりやすく言えば、何なんだい?」
「エアボーンライフルタイプ42、空挺部隊用の自動小銃。弾倉は箱形20連発を左につける。
ただ二脚が付いてることからわかるとおり、軽量小型の軽機関銃だな。分隊支援にも使える。
低倍率だけどスコープつき、銃身の下には針を太くしたような銃剣までついてる」
「ずいぶん豪勢だね」
「だけどよう。見てくれはいいが複雑にすぎるぜ。
こんなもの、グリーンデビルでなきゃ使いこなせねえだろうな。
それと反動がひどいのに軽いだろ。フルオートではBARの方が撃ちやすいだろねえ。
持ち運びはこっちの方がいいけどな。小銃サイズだし」
「そっちの中途半端なのは?」
「ヘーネル社のシュトルムゲベール44だとさ。どういう意味なのかねえ?
強いて言えばアサルトライフルとでもいうのかな」
そういってダンはマガジンから実包をひとつ取り出す。
「弾頭は小銃のものだな。だが薬莢が短いぞ。
……なるほど、今のライフル弾は威力がありすぎってことなんだろな。
歩兵が何百メートルも離れて撃ちあうって場面、全然ねえもんよ。
だからといって、そのトミーガンじゃ本当に接近戦しかこなせねえ。
だったら、減装薬にしてその分もっていける弾数を多くしようってことだな。
一応半自動と全自動が選べるみてえだが、俺なら半自動で使うわ。かなり跳ね上がりそうだ。
ボディはドイツお得意のプレス加工か。銃器はまだまだドイツが上だな。
もらって、いいか?」
「敵の装備だぞ」
ヤングが言うのは別に規則だから敵の鹵獲品を使うなということじゃない。
消耗品の問題、交換部品やグリスだって規格が違うし、訓練を受けていない銃器はとっさの時に反射的に使えない。
「いやね、俺たちの正面にはそこいら中に奴らが落としたマガジンやらなにやらがころがってるだろ。タイプ42だってたぶんガーランドよか使えるんじゃって思うんだ。BARとは比べるまでもねえ。それにこのタイプ44だって2、300mなら半自動ライフル使いができるんじゃねえか?」
そのときみんな、ダンが背負っているライフルが変なことに気がついた。
それはドイツ軍のスコープ付きタイプ98騎銃だった。
「ああ、これかあ。ドイツの狙撃兵さんが気前よく俺にくれたんだ。
俺がもともと持っていたM1903は、そいつに銃剣突き刺したときに機関部がおかしくなって、バラすこともできなくなったんでね。弾はやっぱり親切なドイツ兵さんが」
「わかったよ、ダン。
軍紀を無視すれば何とかなるだろう」
第100は「絞首刑の丘」で、いまのところ踏みつぶされずにすんでいるが、どうやらこの規格外のライフルマンがあの手この手で敵陣を引っかき回しているらしいことと関係ありそうだ。
みんなこの西部劇のガンマンもどきには、好き勝手やらせて映画の主人公にしておけばいいと達観しているらしい。ヤングのニットキャップと同様に。
本当は50ドルの罰金なんだけど、師団長以下全員、下手するともっと上まで見て見ぬふりだ。
「まあいいさ。昔から『弾丸は自分からヒーローを避けていく』そうだからな」
「ヤング中尉にヒーローと言われるのは、まんざらでもないな」
ただ、ヤングが誰かを「勇者」と呼ぶときは、半分は無神経という意味でもある。
ヤングはまだ一応、地に足が付いている。
糸の切れた凧のダンは、もちろんそんなことまで知らない。
しかし、ダンはニセイたちの中で唯一「頭を使って」ギャンブルをする人間でもある。
カードはもちろん、サイコロの目を当てるだけのチンチロリンでさえ。
そうでなければニセイの中で一番無茶なのに、一度も弾丸を食らっていないなんてことはありえないだろう。
2月8日。この日も第100は先鋒としてなんとか前進しようともがき続ける。
しかし、緑の悪魔どもを食い止めるだけで精一杯だ。
皆の疲労も蓄積しつづけている。
第100が強いといってもあくまで一般歩兵と比較しての話だ。悪魔の旅団でさえ手こずる降下猟兵どもの相手は荷が勝っている。
ましていわんや、レッド・ブルの他の部隊は、徐々に戦線がほころんで、浸透されつつ後退を強いられている。
ヤングとS2の部下たちは前進し、大隊砲兵のための着弾観測を続けていた。
そこに大隊本部から緊急電で、全員すぐに本部まで戻ってこいと命じられる。
彼らも最初は総勢26人だったが、すこしでも身動きすれば弾が飛んでくるような猛攻を受け、例の三人衆とあわせても10人いないところまで減らされていた。
後退も本当なら至難の業なんだろうが、ヤングたちは機材を放棄して少しずつ持ち場から離れて察知されないように退いてきた。戦友の遺体はドッグタグごと置いてくるしかなかった。
ヤングが大隊本部に出頭すると、ラベル大隊長、クロウ副大隊長が担架に寝かされ、メディックたちの手当を受けている。
先頭に立って戦っていた二人は、新たに進出してきた機銃巣からの射撃を受け、後送しなくてはならないほどの重傷を負ったのだ。特にラベルは脚の腓骨を砕かれ、軍務に復帰できるかどうかさえわからない。
「ヤング、見てのとおりだよ。
私もクロウも、ここを離れないといけないらしい」
ジェームズ・ラベル少佐は、ヤングを手招きする。
いつのまに来たのだろうか、フクダ、タカハシ、ドク・コメタニら、第100の幹部将校たちも持ち場から本部に来ていた。
「この大隊全体の指揮を執れる将校がいなくなる。
そこで、クロウやここにいる皆で相談したのだが、ヤング。
次の大隊長がくるまで、君が第100の指揮をとってくれ」
――ヤングは即答できなかった。そこにいる全員が一言も発しない。
沈黙がしばし、この場を支配する。ヤングは周囲を見、またラベルの顔を見た。
「君だ。それがここにいる全員の総意だ」
「ノー、サー。それはできません」
ヤングは断った。ここには極めて優秀な二人の中隊長がいる。また人望の厚いドクもいる。
この三人は大尉で、ヤングは中尉でしかない。
軍の規定から見てもおかしな人事だ。それに、問題はそれだけではない。
「ここにはすでに実戦で武功をあげた、フクダ、タカハシ両大尉がいます。
また第100の兄貴格、部隊創立以来のベテラン、カツミ・コメタニ大尉もいます。
この人たちを差し置いて自分が……」
「ヤング、この際それはなしにしようじゃないか」
そういったのは、ドクだった。
ヤングは、まじまじとドクの顔を見る。
「ベテランなんて言うなよ。俺は歯医者だし、若いころから州軍にいたと言うだけだ。
戦闘の指揮が執れる訳じゃない。それについては貴様の方がずっと上だ」
「しかし……」
今度はタカハシとフクダが、一歩前に出る。
「貴様は俺たちと同じ志を持っている。しかし、俺たちとは違う考え方をする。
俺たちは、家や一族、そして日系市民のために立派と言われる戦いをすることしか考えられないんだ。だが貴様は、そんなものとは無縁の人間だ。
いつも冷静に、最少の被害で最大の戦果をと考えている。
だから今では、貴官が第100の中で一番部下を死なせていない将校だ」
「俺たちは、恥や名誉のことばかり考えている。立派に死ねる機会があれば、命を惜しまず突き進むだろう。だが貴様の戦いを見て思ったよ。俺たちでは危ないとね。
もし貴官がいなかったならば、冗談抜きで第100はもう大隊ではなくなっていた。あるいは、いまごろ解隊されていたかもしれない。
俺たち第100は『決してふり返らない部隊』と呼ばれているそうだ。退却もしないとな。
それは俺たちの誇りであり、これから先も変わらないだろう。
でもな、皆が『ヤング・キムの指揮ならば死ぬことはない』って言っているんだ。
知ってたか?」
「そんな、私は一番最初に部下を、ジョー・タカタを、ケイチ・タナカを死なせています。
片腕のように私にずっとついてきたタケバ軍曹も守ってやれなかった。
戦闘開始の時は26人いたS2のスタッフも……。私は」
「俺たちは、もっと多く死なせている」
「貴様、いや貴官の策がなければ、俺のB中隊は本当に消滅していたかも知れない。
それに初陣の時に貴官が無茶な命令に従わず、部下の命の方が大事だと大隊長にくってかかり、軍法会議で脅されても引かなかったときに、皆が貴官をサムライだと認めたんだ。
わかるか?」
しかし、どういわれようとヤングは第100を預かることはできないと思う。ヤングはその理由を口にしようとした。
「ですが、私は日系二世ではありません! 私は、――」
「……アメリカ人、なんだろう?」
ヤングはぎょっとして、ラベルの方を向いた。ラベルは笑っている。
「君も、私も、そしてここにいるすべての者が『アメリカ人』なんだろう?
第100に着任したときに、そういったのは君自身じゃないか。
いまでは皆がそう思っているんだ。ならば、何の問題がある」
ラベルだけじゃなかった、クロウ少佐も、フクダも、タカハシも、ドクも、S2のミナミもクボカワもアカホシも、皆がじっとヤングに注目している。
そう、ここにいる誰ひとりとしてヤングを「韓国人のG.Iキム」とは思っていないのだ。
「同じ志を持つ仲間、100大隊所属ヤング・オーク・キム中尉」と思っているのだ。
「ヤング・キム。あらためて命じる。
私が第100大隊長を離任した後、大隊長代理として大隊の指揮をとること。
よろしいか」
皆はあいかわらず、ヤングを見つめている。
ヤングも、もはや是非もないと思う。ならば
「わかりました。非才の身でありますが、お請けいたします。
しかしながら、その前に皆さんに申しあげたいことがあります。
第100は、今後攻勢作戦はとりません。なぜなら第5軍は、すでに攻勢限界点にあるからです。
数日中に退却することになると思います。それまで、ここに塹壕を掘り、地形を生かして持久戦にでます。了解いただけますでしょうか」
全員が無言でうなずく。依然軍司令部の作戦は山頂の攻略だが、現時点でそれは無理と全員が思っている。だがそれを誰も言い出せなかっただけだ。
「ではもう一つ、徹底しておきたいことがあります。
我々は、アメリカ軍です。日本軍ではありません。
戦死した者が英雄ではありません。捕虜になるまで戦った者が英雄なのです。
捕虜の屈辱に耐えて生き抜き、生きて本土の土を踏んだ者が英雄なのです。
これは全員に、必ず徹底してください。
我々は死んだ英雄ではなく、生きて英雄になるのだと。
断じて死に急いではいけないと。
この山を下りるまでは、自発的な自己犠牲も禁止します。
弾があるうちは生きて戦うことを最優先とします。
それが、私がこの第100歩兵大隊の指揮権を継承する条件です」
そこにいる皆に、否はなかった。
こうしてヤングは、一時的に第100の指揮官代理となった。
ラベル少佐ら負傷者と、栄養状態悪化により重度の黄疸症状にあったケネス・カネコらは、吹雪が弱まったその夜半にカッシーノ山を降りていった。
そしてそれがこの戦いにおける最後の負傷者後送になった。