カッシーノ山への二度目の攻勢も、悪天候と精強な敵軍に阻まれ、連合軍諸部隊が次々と山から追い落とされる。
猛将ライダー少将の第34師団もボロボロにされるまで戦ったが、ついにカッシーノ山から去るしかなくなった。
そのなかで第100歩兵大隊だけが、頑強に戦い続ける。
人々はラジオのニュースに耳をそばだて、配達された新聞を食い入るように読んだ。
全連合国が注目する中、新聞報道を見た誰の目にも、第100の運命はもはや風前の灯火としか映らなかった。
しかし、その第100は味方皆無のなか三晩四日のあいだ戦い続け、戦線を守り抜く。
そして回復した天候の元、陸軍航空隊第15空軍の支援を受けた英第8軍が戻ってくるまでの間、「絞首刑の丘」を1個大隊で守り抜いて、敵を足止めし続けた。
サレルノに上陸したときから一切の補充を受けず戦い抜いた第100は、延べではなく実数で戦死者50%、負傷者47%、実に97%の死傷者を数えたため、ネイプルスに移動ののち再編成を受けることとなった。
第100が他の部隊と違うところは、日系に限らず将校たちの死傷者が異常に多いことだった。
初代大隊長ターナー中佐は精神状態から退役させられ。第3代クロウ少佐、第4代デューイ少佐、第5代ジェームス・ラベル少佐はすべて重傷を負って後送され、生え抜きのジョンソン副大隊長は地雷の爆発で戦死した。尉官に至ってはその数知れずという状態だった。
「指揮官先頭」ということを、本当に実行したのは第100だけだった。
佐官が誰もいなくなって、次の大隊長が来るまでのあいだ第100を預かったのは、日系将校ではなく韓国系のヤング・オーク・キム中尉だった。「サムライ・キム」をここで抜擢することに決めたのは、負傷したラベル大隊長とドクやタカハシといった日系二世の大尉たちだった。
ヤング自身にも説明できない「神通力」みたいな先読みと、合理的な作戦能力に賭けたのだ。
ヤングはその信頼に応えたと言って良かっただろう。カッシーノ山で死ぬはずだった521名の将兵は、生きて山を降りることができたのだから。
しかし、生きて戻って来た者のほとんども傷を負っていた。戦死者と彼ら負傷者にはパープル・ハート(名誉戦傷章)が授与される。恐ろしいことにそのほとんどが柏葉、重複受章だった。
こうなるともはや「パープル・ハートが部隊章」と言っていい状態だ。どれだけ勇者がいるんだという話だ。普通ならありえない「入院中の病院から脱走して部隊に戻る」将兵が大量にいるのが第100だ。それもニセイばかりではない。ヤングもやらかしたし、ラベル少佐は副大隊長の時に重傷を負って病院送りになったのに、やっぱり病院を脱走して大隊長に返り咲いている。
その結果、かつて「いらん子隔離大隊」と馬鹿にされていた第100は、今やパープルハート・バタリオン、名誉戦傷章大隊と畏怖を込めて呼ばれるようになっていった。
第100が示した愛国心と勇戦敢闘を受けて日系市民で編成された初めての本格的戦闘単位である「第442連隊戦闘団」は、もうすぐ全ての訓練を終えて「卒業試験」を受ける予定だった。
しかし第100の損害が大きく、大隊として機能しないのは明らかだったため、陸軍は第442の第1大隊をイタリーに分派して、第100に合流させることにした。
僕とロスの幼なじみのベン・タガミも、その中にいた。
ネイプルスまでの航路はすでに合衆国海軍の制海権下にあり、輸送船が群狼に襲われるようなことはほぼなくなっている。
ドイツの水上艦隊は撃沈されたか港に閉じ込められており、輸送船が独航することはなくなっており、大船団を組んだ上、大量の護衛駆逐艦や商船改造の護衛空母までいる豪勢な護衛戦隊がついているのだからドイツのUボートはろくに手出しもできない。戦艦すら護衛任務に就く。
全部の船団に割り振ってなお余る護衛艦は、護衛空母を中心とした対潜任務部隊を編成してUボート狩りに専念している。他にも長時間哨戒が可能なB-24爆撃機の発展型哨戒機PB4Y-2「私掠船」は、センチ波レーダーと長大な航続力を生かして洋上の「死角」をなくし、Uボートたちが浮上航行できない、つまり外洋に進出できない状態を作り出していった。
いまではイタリア海軍が機能不全の地中海はもとより、アメリカ東海岸~大ブリテン島ルートすら連合軍が支配しているといっていい。
逆に太平洋は、日本にとって暗い夜道も同然になっている。
日本海軍が対潜戦闘をまったく放置していたこと、輸送船の速度を重視するあまり独航で護衛もろくにつけなかった(輸送船の護衛ごときに貴重な軍艦を割けないという本末転倒なことを言っている)こと、太平洋艦隊司令長官ニミッツ元帥(くどいほど言うけどドイツ系)が、この時代最強の潜水艦乗りだったこともあって、潜水艦による通商破壊の戦果で言えば合衆国はドイツを圧倒している。いや、日本の空母や戦艦、天敵のはずの駆逐艦はもとより潜水艦すら潜水艦隊の餌食になっている。もう日本の内海まで入り込んで機雷をばらまいているのだから救いようがない。海軍はいまや空も含めた三次元立体戦闘の時代になってしまった。
そしていまは地中海方面よりイギリス方面の海上交通が活発だ。航空機だけではなく陸上戦力も大量に輸送されている。以前からイギリスとソ連に大量のシャーマンを売りつけているけど、最近では主に陸軍部隊が運ばれている。
……いよいよ『大反攻』が現実のものになるようだ。
そんなわけで僕たちの大敵はUボートじゃなく、船酔いだった。
ネイプルスに着いた僕らは、またぞろ厄介者扱いされるのだろうと思っていた。
しかし、この地で僕らは「ジャップ」と呼ばれることもなく、普通の扱いを受けて、他の部隊と同じ駐屯地に案内された。ここで合流すべき第100の生き残りを待つのだ。
それよりネイプルスの惨状は、今の時代の戦場がどういうものになるのかを、僕らに無言で教えていた。
真珠湾などより徹底的に破壊された港町には、往時の姿などうかがい知ることもできない。
そこに住んでいた人々も、ひどく傷つき、何もかも失い、日々の暮らしを再建することすらできずにいた。
「これが、戦争なんだね……」
僕らには、もう言葉もなかった。
ここに着いて最初の食事に、僕たちは驚かされる。
糧食班が用意したのは、大量のおむすびに味噌汁、漬け物だったのだ。
しかもインディカ種ではなく、僕らにとって懐かしいカリフォルニア米。
「うそだろ……」
みんな一瞬固まってしまった。
無理もない。お米なんて陸軍に入ってから口にしたことは(僕とベンだけはダンのおすそわけにあずかったけど)一度もない!
ましてこんな地球の裏側で、おむすびの山を目にするなんて!
我に返った僕たちがおむすびとお新香をむさぼり食っていると、二人の位の高そうな軍人がやってきた。一人は身長2メートルはありそうなのっぽな人物。もう一人は日焼けした顔の剛胆そうな人物だった。
あわてて立ち上がって敬礼しようとする僕らを、のっぽの方の人物が「そのままでいい」と押しとどめる。
「君たちが来るのを待っていた。君たちにも私は大いに期待している。
今日は存分に食べてくれ」
「俺たちはな、お前らの先輩、第100歩兵大隊に返しきれない恩がある。
いまでは第100は、第5軍全体の誇りだ。
もしカッシーノ山で第100が奮戦しなかったらレッド・ブルは皆殺しにされ、俺がここでこうしてお前らと話をしていたかさえわからない。
俺にできることはこんなことしかないが、第100には特別に毎日コメを食わせてやるよ。
他になにか欲しいものはないか?」
僕らが相手のことをしらないこともあったが、図太い奴がいたもので「これであと生玉子さえあればいうことないです」などど答える。
二人は顔を見合わせた。返事したのは日焼けした人物の方だった。
「すまねえな、それは無理だ。
いまのイタリーは戦争で荒れ果ててる。
将軍たちだってずっとゆで卵や目玉焼きを食っていないんだ」
本土のキャンプでは兵士には乾燥卵の粉末が支給されたが、将校たちは卵料理が出た。
生鮮食品の最たるものである鶏卵は、ここでは誰も口にできないということのようだ。
コメなら本土から輸送できるけど、卵を船で運んだら腐ってしまう。
「もうすぐ第100が、このネイプルスに到着する。
君たちは彼らと合流後、再編と訓練の後、ロームの南『アンジオ』に行くことになる」
「まあ、今日ぐらいは旅の疲れをいやしてくれ。
明日から忙しいぞ。じゃあな」
そう言うと、彼らは自分のオフィスに帰っていった。
僕らは後になって、彼らがマーク・クラーク第5軍司令とチャールズ・ライダー第34師団長だと知ってびびってしまった。そんな偉いさんとは知らなかった……。
もっとも、クラーク司令は第100や第442のことを気にかけていて、この後も自ら僕たちを閲兵することも多く、大統領感状が交付されるときも自ら授与してくれた。
現地部隊のトップが、日系二世に何の偏見もわだかまりも持っていないと知って、僕たちは安堵した。偏見どころかむしろ期待されているのだ。
本土を出たとき「いらん子の私生児」だった二世部隊が……。
カッシーノ山を巡る戦いが始まろうとする1月22日。
イタリー方面の連合軍は、グスタフ・ライン方面のドイツ軍の挟撃を図るため、第5軍麾下の第6軍団に米英あわせて4万人の兵員を配置し、首都ロームにほど近い港湾都市、アンジオ市に強襲上陸を敢行する。
この作戦は「屋根板作戦」(作戦名に雪崩とか分度器とか、誰かを笑えないのが多いなあ)と名付けられ、ほぼがら空きのアンジオに上陸した第6軍団はロームに向けて北進し、カッシーノ周辺のドイツ軍をローム方向に誘導することを期待された。
しかし、そうはならなかった。クラーク司令はサレルノでの苦戦と、ルーカス少将の経験不足を危惧したため、作戦計画書には「アンジオ付近に海岸堡を確保し、アルバーノ丘陵へ進出すること」としか書かれていなかった。また当のルーカス少将もこの作戦を危険なバクチと考えており、消耗を恐れてアンジオに橋頭堡を築いて引きこもってしまった。
このことはケッセルリンク元帥に、冷静になるだけの時間と対応するための余裕を与えてしまった。ルーカスは一か八かロームに突撃して、グスタフ・ラインに集結しているドイツ軍の補給線と策源地を押さえてしまうべきだった。
仮に第6軍団が大打撃を受けたとしても、全体としてイタリー侵攻作戦は史実よりずっとすばやく進み、終戦前に南部ドイツまで攻め込むことが出来たかもしれない。第6軍団には空挺やレンジャーなど速戦向きの強力な部隊が多数配置されていたからなおさらだ。
ルーカスがぐずぐずしている間にケッセルリンク元帥は国防軍総司令部に増援を要請し、北から6個師団の援軍を得ることができた。彼は麾下の第4降下猟兵師団とヘルマン・ゲーリング装甲師団をアンジオの押さえに回し、この集団は余裕でアンジオ周辺に展開してしまった。
2月前にはドイツ守備部隊は13個師団にまでふくれあがった。連合軍も第45歩兵師団、第1機甲師団を増援として送ったが、もはや遅きに失した。
アンジオでは両軍が拮抗したため、膠着状態に陥った。ルーカスの行動は、単にイタリー方面の敵を強化したようなものでしかなかった。
2月23日、ルーカスは解任され、第3師団長トラスコット少将が第6軍団長に就任した。
第34師団「レッド・ブル」は再編成が終わり次第、砲火の応酬が続くアンジオに上陸し、戦闘に加わることとなった。増援には僕たちだけでなく、またまた便利屋扱いの第1特殊任務部隊も赴くことになった。彼らは連合軍の攻勢の側面掩護を彼らだけでやれという無茶な命令を受けていた。
しかし毎度のことながら彼らがいかに敢闘しても、その戦果が表に出ることはない。
とにかくグスタフ・ラインの敵の背後を取らなければ、いつまでたっても先に進めないのだ。
2月下旬。僕たち増援組はボロボロになった第100の本隊と合流した。
誰も彼もが何らかの負傷をしていた。でも、五体満足なものはまだいい。「傷痍軍人」になってしまったものは不自由な体で「名誉除隊」として本国に送り返される。
パープル・ハートひとつだけを与えられて。
常識と言って良いことだが、四肢不自由者は陸兵でいることはできない。機甲部隊ならどうかといえば、まして無理だ。マンホールのふたのように重いハッチを開け、狭い車内ですし詰めのようになりながら複雑な作業をこなして戦い、撃破されたときは迅速に逃げなければならない。
そこに四肢不自由者がいたら、全員が道連れで死ぬかも知れない。
それだけではない。戦車は基本的に工場送りにならない程度の修理や部品交換は、全部乗員がやらなければならない。最大の重労働は履帯の交換だ。ガスとアモも乗員が積むのだ。
僕は戦場に来て、戦車乗りより歩兵の方がまだマシだと思ったくらいだ。
とにかく、戦死した戦友の遺族に手紙を書くことと、不自由な体になった戦友にパープルハートを渡してこの先の見通しもない彼らを除隊させることは、将校にとってとてもつらい仕事だ。
第100では、この二つをドク・コメタニとヤングが二人でやっていた。
戦死者は現地に墓地を作って埋葬する。そしてカッシーノ山では戦死者の遺体を収容することもできなかった。ドクとヤングは遺族に宛てた手紙には、ご遺体は五体がそろったきれいな状態でしたと書くのが常だった。たとえ砲撃や地雷で木っ端微塵になったのものであろうとも。
名誉除隊組には、本当ならかける言葉さえなかった。ドクはこれからどうしたらいいんだと泣きつかれ、淡々と辞令を読んでパープルハートを渡すヤングは、悪態をつかれた。ヤングはあえてそうしていた。ヤングは部下を死なせた自責の念に苦しんでいた。
久しぶりに見る第100のハワイアンズのだらしない服装はあいかわらず、というかもっとひどくなっているように思えた。あいかわらず僕には良くわからないピジンでワイワイガヤガヤとやっている。
「スパッド、これじゃヤングの血圧が心配だね」
「うん。もしかしたら怒りのあまり卒倒してるかも……」
むろん僕らは、ヤングの豹変を知らない。
ただ皆のまとう雰囲気が凄みを増しているようにも思った。
彼らはもともと古参兵なのだが、そんなものではない何かが付け加わっている。
「よう、ひさしぶりだな」
そんな僕らに後から声がかかる。
第100で僕とベンのことを知ってるのと言えば一人しかいない。
うしろを振り向くと、やっぱりダンがいた。
だが、彼も何かが変わってしまったように見える。
歴戦の強者というより、殺しても死なないような貫禄がついたと言えばいいのだろうか。
「つきあえよ。これからヤング中尉の所に陣中見舞いに行くんだ」
「……でも、そんな軍紀破りな格好で」
そう言いかけた僕を、ダンは手で制する。
「もう『腰パン』ぐらいどうってことはないよ」
涼しい顔でそう言うダンは、何かの包みをもっていた。
たぶん彼が例によってどこかで調達した食べ物だろう。
僕ら3人がヤングの執務室の手前まで来たとき、一人の一等兵がおかしな奴はとおさないとばかりに立ちふさがっていた。
彼はダンを見て表情を緩めたが、あきらかに新参者の僕たちを見てまた表情が険しくなった。
「アカホシ、大丈夫だ。
この二人はヤングの同郷さ。ロサンゼルスのニセイだ。
お前さんよりずっと昔からの付き合いだそうだ」
ダンが珍しくビシンで話している。
ダンは相手がハワイ出身なら、日本語で話すのが普通なんだけど。
近くに語学兵候補を探している将校でもいるんだろうか。
語学兵は常に不足してるので、シェルビーにもよくスカウトが来ていた。
「アカホシはヤング中尉の親衛隊だ。そういうのがあと二人いる」
僕は「ハァ?」と聞き返しそうになった。
規律正しい模範的将校のヤングが兵士から好かれるとは思っていなかったからだ。
まして互いに犬猿の仲のコリアンだし。現に「G.Iキム」って呼ばれてたし。
このアカホシ一等兵は、本土から来た僕らがヤングに無礼な振る舞いをするんじゃないかって思っていたらしい。納得はしてないが通してやるという顔をした。
……どうもイタリーにいた半年ほどで、第100は僕が知っているのと別物になったみたいだ。
「お疲れさん。差し入れ持ってきた。
あと、あんたの幼なじみも連れてきた」
ダンと僕らが部屋に入ったとき、ヤングは下士官一人に兵士一人のあわせて3人で、遺族宛の手紙を一生懸命書いていた。ダンが話しかけると「小休止だ。二人とも外の空気を吸ってきていい」と言って二人の「親衛隊」を外に出した。
この二人といいダンといい、以前のヤングなら鬼のように「指導」しているようなだらしなさなのに、ヤングは何も言わない。それになにか一気に歳を取ったようにさえみえる。見かけではなく、精神的な意味で。ヤングにもダンにも、何か僕だけ置いていかれたような感じを受けた。
「キュウリとレッドペッパーが手に入ったので、見よう見まねで作ってみた」
ダンがこさえたものは、キュウリを岩塩と唐辛子で漬けたもののようだ。
「ああ、ひさしぶりだ。ありがたいな」
唐辛子をつかった漬け物と牛のテールのスープは、僕らにとってのたくあんや味噌汁同様、ヤングにとってのソウルフードだ。食べ物に不平不満をいっさい持たないヤングだが、やっぱりこういうものはうれしいんだろう。本当はもっといろいろな材料を使う複雑な漬け物なんだけど、ここではこれで精一杯のようだ。ダンの気前の良さは変わっていないらしい。
僕はドリッパーでコーヒーを淹れる。漬け物には合いそうもないがここでは生水は飲めない。
よく見るとここは室内なのに、ヤングの靴は泥を落としただけで、以前のようにピカピカに磨いていないし、頭もG.Iカット(刈り上げ)じゃない。伸びている。
ヤングとダンは話をするわけでもなく、コリアン・ピクルスもどきを黙々と食べている。
ダンが、僕のけげんな顔に気がついた。
「ああ、あんたらは知らないよな。
いまの中尉は『G.Iキム』なんかじゃない。サムライになったあげく軍紀違反の常習者だ」
どうやら、またヤングは変化してしまったということらしい。
しかも「規則は守るためにある」から「規則は破るためにある」というレベルの。
「平和な時の軍紀なんか杓子定規に守らせていたら、戦場で生きてはいられない。
それに私は『サムライ』なんかじゃないよ」
僕にも今度こそ理解できた。
日系二世部隊である第100歩兵大隊は、それだからこそ他の部隊に勝る戦果を挙げ続けなければならない。そしてそのために、他の部隊では考えられないほどの犠牲を出してしまった。
危険な戦場を避けるどころか、皆が行きたがらない危険地帯へみずから進んで飛び込まなければならない。臆病な振る舞いなど、決して見せることはできない。
誰も彼も、死をも恐れぬ勇者であるわけがない。ニセイだって他の兵隊同様死ぬのは怖い。
だけど、恐れることすら許されないのだ。他の「アメリカ人」の手前。
第100が日本兵と違うのは、そういうファナティックな兵士たることを「自分の意思で」選んだことだ。誰からも強制されていないし、そんな刷り込みなど合衆国は認めない。
あくまで「自分たちの居場所」を守るため、否定された人間性を取り戻すために自ら進んで戦っているのだ。僕たちの戦う相手は敵だけじゃない。僕らの存在を否定するものすべてだ。
だって戦わなければ、現状を変えることはできないのだから。
ヤングは単にニセイに加勢しているのではなく、すべての人間の問題としてとらえている。
日系市民に対するあんな迫害が正当化される社会は、ナチスドイツと何ら変わらない。
そしてここでは、多くの連合国の将兵が第100を「英雄部隊」と思っている。信頼するだけではなく、頼るに足る存在だと考えている。本土でもすでにそうなりつつある。
それは、一般的な大隊ならばすでに壊滅しているだろう戦いに、すべて勝ってきたからだ。
たとえどれほどの犠牲を出そうとも、文字とおり「自由」の尖兵として。
だから僕も、僕たち新参者も同じく負けることはできない。
そして目の前のヤング・オーク・キム中尉は、命を捨てても勝とうとする兵士たちに生きて勝利して欲しいのだ。そのために役に立たない些末な規則など、もう眼中にないのだ。
だが、そのヤングの顔は晴れない。
「……スパッド。私は死神だ。
私が至らないために、多くのニセイたちを死なせてしまった。
タケバまで……。私は誰も救えなかった」
ダンはと見ると、はっきりと否定の表情を浮かべていた。
戦場だから、人が死ぬのは当たり前。ヤングのそばにいたからどうこうという話ではない。
だけどダンの表情はそれだけじゃない。ヤングにリスペクトを持っているのは明らかだ。
そのダンも、口に出しては何も言わない。
ヤングにそんなこと言っても、たぶん否定するだろう。僕にもわかる。
手紙書きも、パープルハート配りも、ヤングなりの贖罪のつもりなんだ。
それにマサハル・タケバの死は、ヤングにとって半身をもがれたようなものだ……。
ヤングたちはまた仕事に戻り、僕たち三人は廊下に出た。
しばらくあるいていると、第100の古参兵たちがまた賭場を開帳している。
ダンがここでいったんさよならだ、という顔をする。
「ああそうだ。
あんたらこれから初陣だな」
ダンが唐突にそんなことをいう。
「うん……、第100の戦いは厳しいんだよね?」
「まあな……」
ダンはしばらく、僕たちを見ていた。
「いいか。戦場には目に見えない霧が立ちこめているんだ。
もし、自分がどこに向かっているかわからなくなったら、ヤング中尉の後を追え」
「うん。ヤングは頭の中に地図とナビゲーション一式を持ってる」
「いや、それだけじゃねえ。
生きて帰れるルートがわかるんだ。敵の死角がな。
だから、ヤング・オーク・キムのあとに従ってれば、いきなり死ぬってことはない。
中尉が先制攻撃をくらうことは断じてない。
忘れるなよ。じゃあな」
ギャンブルの勝ち星と踏んだ修羅場の数なら第100の誰よりも多い不良インテリは、片手を挙げて彼の大好きな鉄火場に向かっていく。
きっとあそこの連中は、またすかんぴんになるのだろう。
そのダンは「語学兵になれ」とか「軍楽隊に入れ」とか言われ続けているらしい。
語学兵についてはネイティブなのバレバレだし、興が乗るとサックス吹きまくってるんだからそりゃ勧誘も受けるだろう。
軍楽隊も戦場ではライフルマンってことに変わりはないんだから、なればいいのに。
芸が多すぎるのも考えものだな……。
本土組が合流し、一ヶ月かけて再編成と訓練に明け暮れしたが、シェルビーにいるはずの第6代大隊長がイタリーに着くのはまだ先になりそうだ。
3月下旬、ついに第34師団にアンジオへの出撃命令が出た。
ネイプルスに回航されたLST(戦車揚陸艦)に乗って、海岸に直接上陸するのだ。
船首にランプドアがあって直接戦車を海岸に上陸させられるLSTは、その性質から極端な平底だ。つまり、船としては最悪。とにかくゆれまくる。みんなして船酔いでゲロゲロになる。
大隊長不在については、だーれも気にしていなかった。
大隊長代理を仰せつかったままのヤングに丸投げするつもりだからだ。
ミッツ・フクダもサカエ・タカハシも「楽ができる」としか思っていない。
飯の数が多いから大尉である、実質は部隊のカウンセラー役をヨースト牧師と担っているドク・コメタニも涼しい顔をしている。
そんなわけで、ヤングが一人でてんてこ舞いしている。
とはいっても皆、米軍の平均からすれば恐ろしく勤勉だから、出撃準備が滞ることなどない。
そして、1944年3月24日。
戦車揚陸艦の甲板から、やはりがれきの山と化しているアンジオの街が見えてきたころ。
……僕は上甲板から海に向かって、盛大に戻していた。
その僕をヤングと、なぜかダンが呼びに来た。
ヤングはブロンズスターや勲功章、シルバースターまでもらってるのに、佩用しているのは例の柏葉付きのパープル・ハートだけ。
一方、「大隊の部隊章」を持っていないダンといえば、鹵獲兵器をみな召し上げられた代わりに小銃用照準眼鏡をプレゼントされた。つまりダンの射程が数百メートルまで伸びたということだ。もっともサブウェポンがガバメント拳銃だけになったことは不満のようだ。
もうすぐ上陸。
第100はどの部隊も立ちたがらない、LSTのハッチ前に陣取ってその時を持っている。
平たい艦首が砂に乗り上げ、轟音とともに艦がゆれる。
結局この時点でもヤングが大隊長役のままだ。
ゼロアワーを宣言するのも彼。
「総員時計合わせ、1分前」
全員があらかじめ合わせてあった腕時計の竜頭を押し込んで、皆の時計が一斉に動きだす。
「30秒前、構え!」
皆が手にした得物を両腕で抱え直す。
当然小銃はすべてロングブレードの銃剣を着剣済みだ。
ランプドアは完全に全開、スロープが砂浜の上に降ろされた。
「5秒前! 3、2、1,ゼロアワー・ナウ!」
真っ先に駆けだしていったのは、当然ダン。
しかしヤングも大隊長代理にもかかわらず、先頭集団に混じって走り出している。
新参組も遅れるわけにはいかない。しかし、先輩連中は速すぎる。
ふと気がつくと上陸地点を走っているのは。第100だけ。
他の部隊の足並みはそろわない。補充兵が多いにしてももたもたしすぎだ。
これでは師団全力が上陸し終えるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
しかし、第100は集結を待ってはいない。
どのみちアンジオを押さえた連合軍は、周囲の遮蔽物の全くない平原をはさんで向こう側にいるドイツ軍と、昼間はにらめっこしているだけだから。
ドイツ兵は今ごろは日光浴の時間だろう。戦闘になるのはいつも夜だ。
カッシーノ山の再現は誰も望んでいない。
ヤングは「こうなってしまったら、カッシーノ山が抜かれるまで誰にも何もできない」っていっているから、たぶん本当にそうなるんだろう。