失われた約束の地   作:米山ともき

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 戦場の霧の中で 進撃のアンツィオ 敵兵誘拐作戦

 

 

 

 

 

 第100歩兵大隊が第34師団の一員としてアンジオに上陸したのは3月24日のことだ。

 

 しかし連合軍、アメリカ陸軍第5軍第6軍団が師団2個、旅団1個、連隊5個で上陸したのは1月24日だった。旅団は英軍のコマンドウ部隊。連隊には1個戦車連隊、1個空挺連隊、1個レンジャー部隊がいた。どうみても上陸したらさっさと敵首都ロームを陥とせって意味だと僕にもわかる。

 しかし軍団司令のルーカス少将は、占領したアンジオを守るばかり。ドイツ軍は本土とフランスから増援を呼んで、第5軍の作戦を「二正面作戦」にしてしまった。

 これでは何のために部隊を抽出して、がら空きだったアンジオに上陸させたのかわからない。

 

 港町アンジオは海と内陸部に広がる広い平野に囲まれた、攻めるに易く防御が困難な拠点だ。

 ここでルーカス少将が、都市部で防御なんてことを考えた理由はわからない。

 結局第6軍団が攻勢に出たのは、第1機甲師団と第45歩兵師団が加わった後の1月30日だった。

 そのときまでにドイツ軍は包囲部隊を3個師団から8個師団に増やしていた。

 その中には第4降下猟兵師団やヘルマン・ゲーリング空軍装甲師団なんてものがいた。

 結局、この遅きに失した攻勢で、第6軍団は数km進むのがやっとだった。その上、虎の子のレンジャー大隊が2個、まるまる捕虜になってしまった。どんな戦いをしたというのだ。

 

 そしてサーブ権を得たドイツ軍は、一時的に優勢になった兵力を生かして、第6軍団をアンジオから追い落とそうと図る。1個降下猟兵軍団と1個装甲軍団が反転攻勢に出たのが2月3日。

 ドイツ軍はじりじりと第6軍団を追いつめ、ついにはアンジオ市街まで迫ったのが16日。

 しかし第6軍団は海岸まで追いつめられたとき、まさに背水の陣で必死に戦い、2月18日までにドイツ軍をアンジオの外に追いだした。

 このときまでに両軍がだした犠牲は合計2万名。平地戦はガチバトルだから、両軍とも大損害をこうむるのが常だ。ロンメルみたいな野生の勘が突出した神がかりな指揮官がいないかぎり。

 そんなわけで今回はドイツ軍もただ兵士だけを失って後退した。

 はっきりいってしまえば、出さなくても良い犠牲だ。どうかしている。

 そして両軍はだだっ広い平野をはさんでいやがらせの砲撃の応酬をする以外ほとんどなにもせず、アンジオでの戦いは膠着状態に陥った。

 2月23日にルーカス少将は更迭され、第3師団長トラスコット少将が軍団長に昇進したが、それでもさらに膠着状態は続く。

 第100がアンジオに上陸したのは、そんな膠着状態が続いているさなかだった。

 僕らは大隊長代理のヤングが「ZERO HOUR!」と叫ぶのと同時に揚陸艦から飛びだして、予定配置地点にさっさと駆けていった。第133連隊の他の2個大隊はまごまごしているが、戦闘が行われていないのなら足並みをそろえる必要はない。だけどマーシャル連隊長は、ますます第100が嫌いになるに違いない。

 

 そして一週間がすぎた。

 両軍とも時報代わりの重砲射撃をのぞいて何もしない。

 カッシーノ山では地の利を頼みのドイツ第10軍と、第15空軍の支援爆撃を頼みとしているアメリカ第5軍、英第8軍がミリメートル単位の土地を争っていまだに激しく戦っているというのに。

 それでも第34師団は時間さえあれば立ち直ることができただけ、まだよかった。

 ラピド川で2個連隊が壊滅し、のこる1個連隊もカッシーノ山の中腹ですりつぶされた第36テキサス師団なんか、ほとんど作り直しになってしまった。

 テキサス州では知事以下全州民が激怒しており、クラーク司令を軍法会議ではなく法廷で裁判にかけろといきまいているそうだ。

 

 昼間はすることがないから日光浴をしたり、日陰で寝たりしている。

 向こうもそうだ。双眼鏡でのぞくと日光浴中のドイツ兵がゴロゴロしている。

 どちらも戦闘は夜間に起きると思っている。ここで白昼進撃したら最後、カッシーノの二の舞なのは良くわかっている。

 ヤングは昼間寝ていて、夜になると決まってフラッと出かけてしまう。

 みんな「行ってらっしゃい」と言うだけだ。でもこの辺には夜遊びのできる場所なんかない。

 そのうち、ケネス・カネコとリキオ「リッキー」・ナカガワが昼間にクレソンやらセリやらの野草摘みを始めた。

 そんなのどうするの? と聞いた僕にケネスは「カッシーノ山でビタミン欠乏から黄疸になった」と答える。確かにMREレーションばかりだと野菜由来のビタミンが取れない。

 リッキーは食料調達の達人だ。どこかの部隊にコメが配給されたと聞くと、みんなが飽きて食べないジャガイモをロバの背に積んで、物々交換でコメに換えてくる。

 後方での補給と前線での補給では困難の度合いが違う。輸送船も敵機に狙われるから必要最小限の物資だけを積んでさっさと降ろすと、必死で逃げ帰る。僕たちだけのために毎食分のコメなんか運んでられない。白人でもラテン系民族は多少コメを食べるから、他の部隊にコメがいくことはある。だけど僕らのようにコメを愛している連中ではない・

 このあたりはワラビやゼンマイのような山菜も豊富だ。でも僕たち以外で山菜が食べられるものだと知っているものはいないらしく、うじゃうじゃ生えている。だからみんな起きているときは狂喜乱舞して山菜摘みに精を出している。

 そのうち調子に乗った連中が、川に手榴弾を投げ込んで、浮かんできた魚を蚊帳で捕まえだした。軍紀違反どころじゃない。だけど寝ているヤングが、仮に起きてそれを見ても何も言わないだろう。と思ってたらもっとやっかいなことになってしまった。

 

 その日もみんなでワイワイガヤガヤと、山菜摘みや魚取りに興じていた。

 そこに僕たちの様子を見に、ライダー師団長がやって来てしまった。

 いくら何でも兵器の目的外使用はやばすぎる。軍法会議はまぬがれない。

 ……しかし、師団長は魚取りの連中を見ないふりして、山菜採りの集団の方にやってきた。

 みんなそれでも硬直している。

 ウナギが捕れて喜んでいたのもつかの間、心の中ではどうしようと狼狽している。

 しかし、師団長は……

 

「どうした? 魚が捕れたんなら上がって来いよ。

 何だ、食い物が足らないのか?」

 

 ……なんて笑って聞いてくる。

 そして野草摘みの連中に、これは食えるのかなどとたずねている。

 去り際にライダー少将は「コメは足りているか」と聞いていった。

 これは彼の習慣のようなものだ。

「ワラビやゼンマイはシチューの具にして食べるといけますよ」なんて返事を聞いて、うなずきながら師団長は師団本部に帰っていった。

 

 やがて、三度の食事のうち一回はお米のごはんが出るようになった。

 ライダー少将は、僕たちにとってのお米が、某短編アニメ映画の主人公にとってのほうれん草水煮缶と同じだと言うことを知っているのだ。それは僕らも小学生のころ見ている。

 みなしごの第100を拾ってくれたのがライダー少将で本当に良かった。

 ……後になって、本当に僕たちはそう思うようになる。

 

 そうしてそんなにらみ合いは、ひと月ほど続いた。

 疲れ切った第100には、かえってありがたかった。

 

 

 

 しばらくすると僕は、ヤングの日課である「夜間外出」が気になった。

 このアンジオには誰もいない。いまも最前線のままだからネイプルスとは違って住民はみんな逃げ去っている。店らしい店もなく、それどころか建物はほとんど壊され尽くしている。

 そんなアンジオで、毎晩どこに行くんだろう。

 

 ある晩、ちょうどヤングが陣地から「お出かけ」するところに出くわした。ちょうどいい。

 

「ヤング、毎晩どこに出かけるの? 僕もついて行っていい?」

 

 すると、ヤングを見送っていた例の三人組が僕をさえぎった。

 アカホシが怒っている。

 

「おい、中尉殿は仕事に出かけるんだ。

 邪魔するな。足手まといだ」

 

 仕事? どういうこと?

 別に命令ってわけじゃなさそうだし、何なんだろう。

 

「いいよ、アカホシ。

 スパッド、鉄兜とライフルは置いて、静かにしてるならついてきてもいいよ」

 

 ヤングも戦闘装備ではない。

 彼のトレードマーク、というか戦場では彼だけが許されてるニット帽。

 軍服一式以外は拳銃弾一つさえ持っていない。

 ニット帽についてはヤングのマネをしようとしたのがかなりいたらしいが、ヤング以外は罰金50ドルをかならず取られるので、いまはいなくなったそうだ。

 にしても、今アカホシがしゃべってたの、日本語だよね……。

 

 

 

 ヤングはずんずん内陸の方に歩いて行く。

 そっちって、敵陣の方角じゃない?

 

「ねえヤング、まさか敵の方に向かってあるいてるんじゃない?」

「うん、そうだよ」

 

 そうだよって、なに武装もしないで一人で敵地に向かうわけ?

 

「あのね、ここ、地雷とかは埋まってないの?」

 

 カッシーノではそれにさんざん苦しめられたのは知っている。

 第100だって、相当地雷の被害には遭っている。

 

「彼らもスキあらば我々を海に突き落とそうとしている。

 だから防戦一方のカッシーノ周辺とは違って、地雷もトラップもないよ。

 自分たちが逆撃するのに邪魔だからね」

 

 言われてみればそうだ。

 まだ、カッシーノの戦いが本当に勝つと決まった訳じゃない。

 もしドイツ第10軍が勝ったら、僕らは孤立無援になってしまう。

 そうすれは向こうのドイツ第14軍にサーブ権が渡るってことだよね。

 

「でも、一人で行くって怖くない? やばいよ」

「一人だからいいのさ。大勢で行ったらもう敵から撃たれてるよ」

 

 え?

 もうそんなところまで来てるの?

 

「静かに。ここからは黙って歩くよ」

 

 ヤングは無造作に早歩きしていると思っていたけど、どうも敵の見張りの死角になるところがわかっているらしい。

 いつのまにか平原を渡ってしまい、敵が陣取る丘陵地帯に入りこんでる。

 よく見ると敵のともしている明かりが見えるところまで来てしまった。

 ところどころでヤングは僕をハンドサインで止める。

 そして木や岩の影から敵陣を観察して、何か数えてる。

 それを3時間ぐらい続けている。

 その間、たびたび敵のパトロールにあったけど、足音でわかるから隠れてやりすごす。

 他にもヤングは、ときどき立ち止まる。

 そういうときは、たいてい敵の機銃座や警戒線がある。

 僕らはそのうしろを、忍び足で通りすぎる。

 以外と単身で忍び込むのは安全なようだ。ただ、ヤング限定だけど。

 

 あらかた見終わると、またヤングは敵部隊のすき間をぬって、平原近くまで降りていく。

 今日は着いていったけど、本当に心臓に悪かった。

 ヤングの「神通力」って皆が言ってるのは、こういうことなんだ。

 しかし、もう敵はいないはずなのに、ヤングがまた止まった。

 しばらくヤングは警戒していたが、やがて肩の力を抜いて誰もいない方に歩いて行く。

 

「また会いましたね。久しぶりです」

 

 ヤングが誰に呼びかけているのか、僕にはまったくわからない。

 でも……

 

「また見つかったか。今度は気づかれないですむと思ったんだがな」

 

 誰もいないはずの場所から声だけが聞こえる。

 

「人が隠れていそうな場所に注意を払っているだけです。

 特に何かしているわけじゃありませんよ」

「ヤング・オーク・キム中尉だったね。

 一般歩兵にこうちょくちょく見つけられたんじゃ、商売あがったりだ。

 じゃあおやすみ。我々はこれから仕事だ」

 

 そしてその後も、以前と同じで何の物音もしない。

 ヤングが僕をふり返る。

 

「うん、皆さんいなくなったね」

「誰がいたの? 味方? 何人ぐらい?」

「味方さ。いまは20人ぐらいいたな」

 

 20人!? どういうこと?

 それだけいて何の物音もさせないなんて。

 

「彼らは『悪魔の旅団』こと第1特殊任務部隊。

 レンジャーと空挺部隊から選抜されたエリート集団」

 

 いやいやいや。レンジャーも空挺もそもそも選抜されたエリート集団なんですけれど。

 それからさらに選抜されたなんて、「単なる」エリートじゃないです。

 

「そのすごい人たちの『仕事』って……」

「ドイツの兵隊さんに毎晩、赤いバースデーカードを配りに。

 いや、今日であなたの命はおしまいです。ってカードだね。

 連中の士気を下げるために、仕事人をやっている。

 だからここでは、将校クラスは夜になると野戦指揮所に引きこもるんだ」

 

 なんか、ヤングが普通の人間に見えてきた。

 そんな人たちが敵でなくて、本当に良かった。

 あれじゃ、隣にいる兵士が殺されても気がつかない……。

 

 

 

 ヤングは部隊に戻ると、S2のテントに入っていく。

 くだんのアカホシたちや、S2のスタッフたちはいない。休んでるんだろう。

 ヤングは机に広げられた野戦地図の書き込みを眺め、消しゴムと鉛筆を持って次々と訂正を加えていく。兵士や武器の数まで。手ぶらで出かけてメモも取ってないのに。

 そこにテントの入り口がまくられて、誰かが入って来た。

 

「よう、おつかれさん」

「……シングルス中佐殿ですか」

 

 僕は、入って来た人物のことを知っていた。

 シェルビーで新任大隊長課程を受けていたゴードン・シングルス中佐だ。

 ということは、第100に着任したんだ。

 

「スパッド、大隊長殿を知っているのか?」

「ええ、僕らがシェルビーで訓練受けたころ、大隊長課程をとっておられました」

「ふむ、君は442の第1大隊だったのか。

 いやー、どうしても第100歩兵大隊の大隊長になりたくてなー。

 それでシェルビーで大隊長課程を取ったんだ」

 

 第100の大隊長にわざわざなりたがる白人の将校とか。

 時代が変わったもんだなあ。

 

「中佐で、大隊長は初めていらしゃいますか……」

 

 ヤングがいぶかしがる。普通新任大隊長といえば少佐だから。

 

「いやなあ。俺はずっと後方勤務ばかりでな。

 あの第100に空きが出たんで、いっちょやったるかと思ってさ。

 まあ、そういういわけだからよろしく頼むよ。サムライ・キム。

 あてにしてるからなー」

 

 シングルス中佐は、突然やってきて、いきなり去っていった。

 ヤングが、ぽかんとしてる。

 実戦経験皆無の将校が、大隊長病院送りコースの第100でやっていけるんかいと。

 第100が好きそうなのはいいけれど……

 

 

 

 そして5月18日、ついにカッシーノ山が陥落した。

 ドイツ第10軍はここに重傷者と病人だけをおいて、後方の「ゼンガー・ライン」陣地まで退却して戦力の立て直しを図る。山頂の修道院に一番乗りを果たしたのは自由ポーランド軍だった。

 それ以前、5月の初めから第6軍団はこの動きに呼応して第10軍の後ろに進撃するよう命じられていたが、司令部は動こうとしなかった。いや、動けなかった。

 敵情がまったくわからないからだ。正面に展開している敵の後ろに装甲師団でも隠してあったら、いまのままで第1機甲師団と各歩兵師団付の戦車隊を先に立てて進んでも、もうお察しのとおりになるだけだ。さらなる支援がないと前には進めない。

 敵情把握のため、ドイツ軍のベテラン下士官の捕虜を取ってこいと、第6軍団司令トラスコット少将は、ライダー第34師団長に命じる。

 やむなく師団司令部は、何回も威力偵察部隊に夜襲をかけさせた。

 しかし敵だってこっちと同じ「ドラキュラ生活」をしているから、夜はしっかりと待ち構えている。ヤングが一人で行くのと違って小隊規模の部隊が動けば当然察知され、袋だたきだ。

 他に方法がなく焦った師団司令部は、第133連隊に戦車小隊を含む中隊規模の威力偵察隊を出撃させろと命令する。

 第100からもミッツ・フクダを中心に、2個分隊ほどが参加した。

 ヤングも「ものすごーく心配だから」ついてくることになった。

 

 威力偵察部隊は、一発でおしまいということにならないよう、散開して敵陣に向かっていく。

 12両の戦車が横列を組んで進み、そのあとに隠れるようにして歩兵が進む。

 戦車はゆっくり前進するが、排気音は盛大だ。

 

「戦車からも離れよう。みんな、私の後についてきてくれ」

 

 フクダ大尉と話していたヤングが、先頭に立って走り出す。

 戦車からも離れるというのがわからない。

 僕らは持久走ぐらいの速さで戦車を追い越し、身を低くしててんでんバラバラに走って行く。

 シャーマンたちは陣前500ヤードまで進出、榴弾砲撃で敵に打撃を与え、その後歩兵とともに敵陣へ突撃する予定だ。しかし、敵もそれを許すほど間抜けではなかった。

 正面の敵が迫撃砲で照明弾を打ちあげる。照明弾は味方の上空で閃光を放ちながら、落下傘でゆっくり降りてくる。戦車12両が丸見えだ。

 敵陣から赤熱した高初速の砲弾が戦車に向かう。対戦車砲だろうか。

 さすがに夜間の咄嗟射撃だから直撃はしなかった。シャーマンたちが装填済みの榴弾を発火点に発射する。対戦車砲ならそれで沈黙するだろう。

 しかし、榴弾が次々と敵陣で炸裂するが、敵の対戦車射撃はやまない。

 

「もうすこし近寄ろう」

 

 今日来ているのはコバシガワ軍曹初めハヤシ、ナカエ、ハセモト、カオル・モト、ナカミネにダン他、選抜メンバーみたいなもの。僕は無理を言ってついてきた。

 みんな心得たもので、最初に動いたヤングのハンドサインで、一人ずつ素早く移動する。

 最後にフクダ大尉と僕が動く。僕はいわばしんがりだ。

 

「なんだあれは」

 

 先に行った誰かが不審の声を上げる。ヤングの目がさらに細まっている。

 そこには外された偽装網と、車体を戦車壕で隠した戦車があった。

 

「偽装網か。しかも壕から砲塔だけ出していたとは……」

 

 毎晩「夜回り」していたヤングも気がついていなかったということらしい。

 してやられたという表情をしている。

 

「あれは虎か? いや、マークⅣか?」

 

 皆はそういうが、僕にはなんかちがうような気がする。

 リベットだらけの古そうな戦車は、虎ともあんこうともちがう。

 足回りも古くさい板バネをリンクでつないだサスペンション。なのになぜか傾斜装甲。

 

 

 

《諸君! これが我々の新兵器だ!》

 

 

 

 何? いま女の子の声が聞こえたぞ。いや、ここじゃない。

 何かを思い出したような……

 

「あれは、イタリーの新型、40式重戦車です」

 

 気がつくと、しゃべっているのは僕だった。僕はさらに続ける。

 

「あいつの装甲は前面傾斜50mm。主砲は34口径75mm。シャーマンと同じ程度の戦車です」

 

 皆が虚を突かれたような顔をしている。そりゃそうだろう。

 僕にだって、なんでこんなことがわかるのかわからない。

 

 

 

《……製作された100両のうち完成したのは60両。あとの40両はエンジンなしのドンガラのままアンツィオとゴシック・ラインで代用トーチカに……》

 

 

 

 またさっきの声だ。誰なんだいったい。

 

「それもしかしたら、エンジン未登載のドンガラかもしれません」

 

 なんか知らないけど、僕には確信があった。だから僕はよどみなくしゃべっている。

 

「ん? そういえば排気音がしないな」

「戦車は止まってても戦闘のときは動力がいるから、エンジン回してるよな」

「いっちょ、確かめてくっか」

 

 止める間もあらばこそ、コバシカワにカオルとダンがするすると敵の後ろに回る。

 ここには1個小隊ほどいるが、みんな前にいる味方だけに気を取られている。

 物陰でコバシカワが援護の体勢を取り、ダンとカオルが気づかれないように戦車の後ろまで匍匐でささささっとたどり着く。

 そして二人で目視で確認すると、また同じように匍匐で後退する。

 

 

 

「確かにエンジンがなかった。マフラーもなくて穴が開いてる。

 中をのぞいたら、確かに隔壁だけのドンガラだった」

「だからああしてトーチカの代わりにしてるのか」

「早く戦車だと教えた方がいいです」

 

 シャーマンたちは対戦車砲だと思ってるから、榴弾攻撃を続けている。

 しかし、当然有効打にならない。

 歩兵たちも深い塹壕を掘って隠れてるから、たいした被害も出ていない。

 そのうち、75mmや105mmの短砲身歩兵砲まで効力射を出し始める。まずい。

 ヤングがハンディトーキーの電源を入れたが、そのとたん通信が入る。

 

『偵察部隊、被害甚大と認める。後退を許可する』

 

 見るとシャーマンのうち数両は火を噴いている。

 歩兵たちは地面に伏せていることしかできない。

 照明弾が次々と打ち上げられ、昼間のように明るい。フクダ大尉が早口で言う。

 

「もうここにいる意味はない。全員撤収だ。

 ヤング、頼んだぞ」

「サー・イエッサー!」

 

 僕たちは幸い敵に視認されていない。

 逃げるときも照明弾の効果範囲の外側を回って、悠々ととんずらした。

 しかし僕たち以外の連中は、かなりの損害を出してしまった……

 

 

 

 

 

 

「いくら貴官の言うことでも、それは認められん。危険だ!」

 

 翌朝、シングルス大隊長とヤングが議論していた。どうやら強行偵察の方法についてらしい。

 最後にシングルスは「イッツ・クレイジー」と叫んで頭を抱えた。

 大隊長が乗ってくれないとみたヤングは、当然さらに上に掛け合いに行く。

 そして、夕日が沈んでもヤングは大隊に戻ってこなかった。

 

 ヤングが姿を見せたのは、例の「夜回り」の時間だった。

 例の3人が見送り、いや、ちょっといつもと様子が違う。

 偵察機の撮影した航空写真を見ながら何か話している。

 

「……残念ですが、私は一人息子ですので」

「そうだよね、クボカワ。

 ああ、ミナミ軍曹。君も残ってくれ。

 君がいないとS2が困る」

「え~。そんなのなしですよー」

「アカホシ、すまないがついてきてくれ。

 無事は保証できないぞ」

「もちろん覚悟の上です! 是非連れて行ってください!」

 

 なにやらそんなやりとりが聞こえる。

 ヤングもニット帽以外はフル装備、背嚢だけしょっていない。

 アカホシは、自分の装備を取りに行き、ミナミはなにやら悔しそうだ。

 どう見てもいつもの夜回りではない。

 

 そして彼らは、B中隊の詰め所になっている二階屋に入り、しばらくしてからB中隊から借りたらしいBAR機銃手3人をつれて、闇のかなたに消えて行った。

 5月15日ももう23時を回っていた。

 

 

 

 一方で、師団司令部ではライダー師団長が気をもんでうろうろしていた。

 

「だーっ! イライラする!

 やっぱり行くぞ!」

 

 そう叫んだ師団長は誰も連れずにB中隊の詰め所に行き、そこでそわそわしているシングルス大隊長やサカエ・タカハシと徹夜して敵陣を見張り続けた。

 

 

 

 いつもより多少警戒しながら進んだせいか、ヤングたちが「境界線」と呼ばれる鉄条網ラインにたどり着いたのは、日付が変わった午前2時頃だった。

 ここから数百ヤード先に敵の塹壕や見張り台がある。

 ヤングはBAR機銃手3人をここに配置した。走って逃げなければならないときは支援してもらわなければならない。

 そして何回もくぐった鉄条網の穴をアカホシと二人でくぐり抜ける。

 ここからしばらく進んだところに、身を隠すのにちょうどいい窪地がある。

 そこから先は敵の塹壕まで、高さ1フィートぐらいの雑草が生えている。

 サーチライトやパトロールを警戒しながらなので、その窪地までたどりついたのは払暁の午前4時頃。そしてそこに隠れると、ヤングは動くのを止めた。

 

「もうすぐ夜明けですよ。日が昇ったら敵中で身動き取れなくなります」

「いや、いいんだ。

 ここで日が昇るのを待つんだ」

「えっ? 明るくなってから行動するんですか?」

「ああそうだよ。朝飯食べたら行動開始だ」

「……アータガイウコツァツルクリャワカランバイ」

「ん? 何か言ったかい」

「……何でもありません」

「??」

 

 

 

 

 

「あーいつら、今ごろ何やってるんだ!」

 

 結局、B中隊詰め所で双眼鏡をのぞきながら徹夜したライダー師団長がどなった。

 それはそうだ。もう早朝という時間ですらない。

 お天道様はしっかり昇ってしまった。敵陣もはっきりと見渡せる。

 その機銃座やら見張り台やらがあるど真ん中を、ヤングとアカホシがトミーガンだけ背負って音を立てずに匍匐前進している。師団長と大隊長にタカハシからは丸見えだ。

 いつ、見張りが警報を発して攻撃されてもおかしくない。

 というか、もう見つかってるんじゃないだろうかと3人は焦っている。

 それなのにあのふたりは、演習場で匍匐前進の訓練でもしているかのように敵陣をぐるぐる回っている。

 

「シングルス、タカハシぃー、ヤング・キムは何を考えているんだぁ?」

「しょ、小官にも奴の考えはわからないであります」

「同じく、であります」

 

 ふたりは彼らが見ている前でちょこまかと這いずり回り、両脇に機銃座のある、小隊本部近くの塹壕を見つけると、そこに飛びこんだ。

 そしてそれきり、何も起こらない。

 

「どういうこった?」

 

 

 

 

 

「どういうことでありますか?」

 

 ヤングとアカホシが飛びこんだ小さい塹壕。

 そこではドイツ軍の鬼軍曹っぽいのと古参兵っぽいのが、仲良く居眠りしている。

 

「アカホシ、そっちの兵隊らしいのを頼む」

 

 ヤングはそういうと、自分は軍曹らしい奴の、だらしなく開いた口にトミーガンの銃口を突っ込んだ。

 軍曹殿は目を覚まし、何か口に突っ込まれているのを見てはっきり目が醒め、恐怖した。

 

「おはよう。寝ているところを起こして申し訳ないんだが、諸君は我々の捕虜だ」

 

 ヤングはにっこりわらって、銃口を向けつつそいつらを武装解除した。

 

 

 

 

 

 




 

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