失われた約束の地   作:米山ともき

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 戦場の霧の中で 進撃のアンツィオ ロームへの道

 

 

 

 

 

 第6軍団がアンジオを立って後退中のドイツ第10軍の後方を押さえるためには、いま目の前で展開中のドイツ軍部隊の後ろに、装甲部隊が存在するかを知る必要があった。

 そのために敵のベテラン下士官を生け捕りにしてこいと命じられた第34師団では、何度も威力偵察部隊に夜襲をかけさせたが、敵も障害物のない平原を通って攻撃してくるのは夜間だとわかっているから、最後には戦車隊も含めた中隊規模の部隊で臨んだが、ことごとく失敗した。

 これに対して第100歩兵大隊のS2(情報参謀)であるヤングは、大隊長にほんの数人で敵陣に潜入して、情報を持っていそうな敵兵を誘拐してくるという作戦を提案した。

 当然シングルス大隊長は「できるわけないだろう!」と却下。

 そんなの、悪魔の旅団でなかったら無理な相談だ。そして悪魔の旅団に命令できるのは、第5軍司令官クラーク中将だけだ。

 しかしヤングは引っ込まず、今度は連隊長もいる師団本部に乗り込んで「自分にやらせろ」と訴える。第133連隊長マーシャル大佐は「やりたきゃ勝手にやれ。俺の責任じゃないからな」と答えたという。

 そして「はい、勝手にやります」と宣言したヤングは、腹心のアカホシと古巣のB中隊から借りたBAR軽機関銃の射手3人のたった5人で敵陣に潜入。さらに奥に進んだヤングとアカホシは、なんと朝日が昇ってから行動を開始し、誰からも丸見えの状態で雑草の中を匍匐前進して回り、お目当ての塹壕に飛び込んだ。そしてそこには高いびきで爆睡中の下士官と兵がいた。

 

 

 

 B中隊が詰め所に使っている空き家の二階の窓から、シングルス大隊長とサカエ・タカハシ大尉、それになぜか師団長のライダー少将が一晩中双眼鏡で、ヤングたちが乗り込んだ敵陣を見張り続けていた。

 朝日がさんさんと照りつける中を堂々と匍匐前進で動き回るヤングとアカホシを見つけた3人は、もう気が気ではない。

 しかし彼らは発見されることも攻撃されることもなく、塹壕の一つに飛び込んだ。

 しばらくの間、何の騒ぎも起きず静まりかえったままだったが、そこから突然二人のドイツ兵が這い出てきて、つづいてヤングたちも連中に武器を突きつけたまま腹ばいになった。

 彼ら4人は陣地の外に向かって、匍匐前進のまま一目散に逃げていく。ドイツ軍の見張り台には双眼鏡をかまえた当番兵がいるのに、彼らに全く気がつかない。

 そしてヤングたちは、そのまま逃げおおせてしまった。

 

 師団長と大隊長にタカハシは、しばらく何が起こったのか理解できずに呆然としている。

 

「や、やりやがった……」

「おい、シングルス。さっさとオフィスに戻らんか!」

 

 ライダー師団長が我に返り、いっそういかつくなった顔でシングルス大隊長をどなった。

 

「は?」

「わからんか?

 さっさと戻ってDSC(特別勲功十字章)2名分の申請書を書けというのだ。

 俺も司令部に戻って、推薦書と感状を書くからな。さっさとしろ」

 

 合衆国軍の勲章で言えば、DSCの上にはあの「メダル・オブ・オナー」しかない。

 DSCもメダル・オブ・オナーも、最前線での活躍にしか与えられないから、将校で持っている者はまずいないだろう。

 そしてこの二つは叙勲申請されたとき、たいていの場合、本人は戦死している。

 第100で言えば、最初の戦死者のジョー・タカタがそうだったように。

 ライダー師団長にどやされたシングルス大隊長は、大隊本部にとって返し、師団長自身も師団本部へと戻っていく。

 ライダー師団長はB中隊の詰め所を出たとき、もう高く昇った太陽を見、ひとりごちた。

 

「ヤング・キムとアーヴィング・アカホシが日系二世でなければ、ダメもとでメダル・オブ・オナーを申請してやるんだがな。議会は猛反対するだろう……」

 

 そのころ、司令官不在の師団司令部では、ハンディートーキーの呼び出し音が3回鳴ったのを傍受して、全員がハイタッチしていた。

 呼び出し音3回は、ヤングが「作戦成功」の符丁として伝えていたものだった。

 

 

 

 その日、ヤングたちは「境界線」の向こう側で夕日が沈むのを待ち、夜になってから平原を静かに渡って、B中隊の詰め所の民家まで戻って来た。

 詰め所には師団司令部の車が待っている。捕虜を連行するためだ。

 

 捕虜を引き渡したヤングはどっと疲れが出たようで、「もう寝る」と言ったきり話を聞きたがっている僕たちを放置して、詰め所の寝床でさっさと眠ってしまった。

 後にはアカホシだけが残された。

 シングルス大隊長とサカエ・タカハシがアカホシに詰め寄った。

 

「なーにやってんだお前ら! もうこっちは気が気じゃなかったぞ」

「こっちの寿命が縮んだわ!」

 

 当のアカホシと言えば、なんであんたたち怒ってるんだという顔をしている。

 

「いや別にドイツ人には、最後まで見つからなかったんですから」

「たまたまそうなっただけだろうが!」

「お前~、どこまで図太いんだよっ!」

「いや、たまたまじゃないっすよ」

「はあっ?」

 

 アカホシはヤングから言い含められたとおり、黙ったまま匍匐でヤングの後を追った。

 ヤングの行く先なら弾が飛んでくることはない。根拠はないが、いままでそうだったんだから今度も大丈夫だと信じていたらしい。だから敵陣まっただ中でも平気で動きまわっていた。

 見張り台の兵士はずっと我が軍の陣地ばかり見張ってるから、足元に目を向けることはない。

 だけど僕だったら、なんかの拍子にこっち見るんじゃないかと生きた心地もしないだろう。

 そして……

 

「物見やぐらの敵兵以外は、みんな塹壕の中で高いびきっすよ」

 

 向こうも考えることはこっちと同じ。

 攻撃を受けるのは夜間しかないと思っている。

 だから太陽が沈んでいる間は、必死になって襲撃に備えている。

 しかし朝になって我が軍がやっぱり陣地から出てこないのを見てしまい、交代した見張りが見張り台に登って双眼鏡で監視を始めると安心して、張り詰めていた神経がゆるむ。

 そして朝食の配給を受けて腹が一杯になると、緊張感皆無だから急に眠気をもよおす。

 それを見計らって、草の中を這って敵陣に行き、これはと思う敵兵をゆっくり品定めして、ちょうど手頃なのを2人見つけたので、かっさらってきたというわけだった。

 

「……」

「理屈ではそうかも知れないが、俺だったらできねえ……」

「え? え?

 みんななにその『すげえことやりやがった』って顔は」

 

 なんていうか。

 いくらヤングを信じているといっても、限度というものがある。

 

「アカホシ。

 いま君は明るくなってからあっちにいって、敵のど真ん中をウロウロうろつきまわったあげく、ベテラン2人を捕虜にして無傷で帰って来たんだけど。

 自分が何やったのかわかってる?」

 

 僕にそう言われて、やっとアカホシは正気にかえった。

 たちまち顔が真っ青になる。

 ヤングへの信頼というか信仰がなければ、絶対にあんなことやらなかったにちがいない。

 

「アカホシ。貴様とヤングには特別勲功十字章があたえられることに決まった」

「!!」

 

 アカホシは今度はびびってしまった。だって上から二番目の勲章だ。

 いままで持ってる人間にあったことすらない。

 受章したのは半分以上が戦死した兵隊だ。

 これで自分がどんな大それたことをしでかしたのか、やっと理解したようだ。

 

「……もしかして、普通なら生きて帰ってこられなかったってこと?」

「あんな無茶な作戦成功させて無傷で帰ってきた方が、よほどどうかしてるよ」

 

 

 

 そしてこの一件が、全米で盛大に報道されたことは言うまでもない。

 レンジャーでも何でもない第100歩兵大隊が、夜でもないのに銃弾1発も撃たないで敵陣から敵兵を拉致してきた上、参加者全員無傷で帰還したというのだ。れっきとした特ダネだ。

 

 

 

 軍団司令部でドイツの軍曹たちを尋問した結果、いま正面にいる敵軍以外の後詰めはなく、装甲師団はすべて陥落寸前のカッシーノ方面に出払っていることが判明。彼らの所持していた作戦地図や書類から、これは間違いないと確認された。

 再編なった第36テキサス師団も加わり、第6軍団がついに重い腰を上げる日が来た。

 ドイツ第14軍の5個師団に対し、米英軍は7個師団15万人。しかも第14軍は戦略予備までカッシーノ方面の第10軍に回していた。

 1944年5月23日早朝。1,500門以上の野砲、重砲が全力射撃を開始。同時に第15空軍が爆弾やロケット弾を盛大にばらまいた。その中を第6軍団地上部隊が進撃する。

 ドイツ軍には古参兵と下士官が不足している。しかしそれでも彼らは頑強に戦った。

 東部戦線で戦車の津波に押し流され続けるドイツ軍は、様々な歩兵用対戦車兵器を開発した。

 M-1ロケランよりデカい、顔面を保護する盾の付いたロケランや、デカいオタマジャクシみたいな使い捨ての無反動砲を、対戦車小隊じゃない普通の歩兵が持っている。こっちの「バズーカ」がいまいち力不足なのに、奴らのは1発でシャーマンを吹っ飛ばしてくれる。そして……

 

『虎だ、虎が出やがった!』

 

 戦車隊が悲鳴を上げている。いつもの「虎恐怖症」かと思ったが、第1機甲師団がチステルナ周辺で遭遇したのは、第508独立重戦車大隊。ロームからたびたびアンジオをおびやかしていた連中だった。第6軍団がアンジオから攻勢にでたため、「火消し」にかり出されたのだ。

 1個大隊と1個師団が激突し、その結果はひどいものだった。

 またも第1機甲師団は一方的にたたきのめされたのだ。

 チステルナにこいつらが増援に現れたせいで、この町を陥とそうとしていた第3歩兵師団も大損害を食らった。

 

 この日だけで第1機甲師団の戦車が100両失われ、第3歩兵師団は1,000人近い死傷者を出した。

 1日の戦闘でこれだけの損害を出したのは、合衆国陸軍始まって以来だという。

 

 しかし翌日、虎どもはローム南方の防衛線「シーザー・ライン」に呼び戻された。

 第3歩兵師団は家を1軒ずつしらみつぶしに捜索するような戦いの末、ようやくチステルナを占領した。

 

 5月25日。第6軍団はカッシーノから北上してきた第2軍団と合流。ここに第5軍のすべての部隊が集結を果たした。

 カッシーノ山を占領した英第8軍は、北へ向けて退却中のドイツ第10軍を追跡している。

 僕たちが聞いていた方針では、第5軍はこのまま東に向かって国道6号線を封鎖し、英第8軍とともにボロボロになったドイツ第10軍を包囲撃滅することになっていた。6号線をふさいでおかなければ、そこから第10軍が北に逃げ、再編成されてしまう。

 

 しかしこの日の夜、第6軍団司令官トラスコット少将は、第5軍司令部からの命令からの命令を受けて驚くことになった。

 命令には直ちに進路を90度北にとってシーザーラインを突破、ロームに向かえとあったのだ。

 トラスコット少将はすぐさまクラーク中将に無線をつなごうとした、しかし第5軍司令部にいくら呼びかけても応答はない。このまま命令を実行すれば第5軍が単独でシーザーラインの要塞線に攻め込むことになる。そして第10軍は逃げてしまう。

 これはクラーク中将の独断だった。国道6号線には第3師団に第1特殊任務部隊をつけて向かわせ、主力は第1機甲師団を先頭に敵要塞線に攻め込むこととされた。

 第100にとっては戦えと言われれば戦うのみであり、むしろ攻撃目標変更を聞いて「もしかしたらロームに一番乗りできるかも知れない」とか思って、みんな張り切っていた。

 翌日、第5軍はローム南方に向けて進発。クラーク中将が地中海方面総司令部に作戦変更を伝達したのは、この後だった。

 第1機甲師団の前衛がシーザーラインで戦闘に入ったのは、5月29日。

 第5軍とドイツ第14軍は互角の戦いとなり、たがいに押しも押されもしない。

 この日、国道6号線に向かった第3師団はケッセルリンクが戦略予備をさいて送り込んだドイツ軍に阻まれ、独力で国道6号線にたどり着くことができずにいた。

 一方、シーザーラインでの膠着状態を破ったのは、意外にも新編されたばかりの第36テキサス師団だった。

 新任の師団長、フレッド・ウォーカー少将は第1降下猟兵師団と第76装甲軍団との間に大きなすき間を見つけ、30日にそこを突破して背面に回り込んで敵の陣形を崩した。

 この日は大被害を受けたドイツ第10軍団が国道6号線を通り抜けて、北部イタリーへの撤退に成功している。結果、6号線に向かう意味のなくなった第3師団と第1特殊任務部隊も、そのままローム方面に転進する。第10軍団を追ってきた英第8軍は予定どおりのルートを進撃して、第5軍のサポートをする形になった。

 この結果、クラーク中将はすべての師団に戦区を割り当て、シーザーラインの全正面で攻勢をかける準備に入る。攻勢開始は6月2日。

 

 第34師団は、割り振られた戦線正面にすべての歩兵大隊を割り振った。

 第100歩兵大隊は、そのど真ん中にいる。

 第100は通常の大隊が歩兵中隊を3つ持つのに対して、AからDの4つを持つ。

 それに加えて81mm迫撃砲とM1919重機関銃からなる重火器中隊がいる。

 さらに工兵小隊、補給小隊、衛生小隊という他の大隊にない部隊もいる。

 連隊は歩兵大隊3つと補給中隊、対戦車中隊、速射砲中隊からなる。

 これら特殊な中隊は、各大隊に分散して配置される。

 師団は3個連隊、及び直轄として砲兵大隊4個、工兵大隊、衛生大隊、通信、補給、管理、偵察の各小隊を持っている。

 

 そして歩兵小隊は、11人の小銃手と1人のBAR機銃手からなる歩兵分隊3つと、M1919の三脚を外し、本体に二脚をつけた軽機関銃2丁に60mm軽迫撃砲3門を持つ火器分隊1つからなる。

 僕は、エイキ・コバシカワ一等軍曹の分隊に配置された。

 

 大隊本部では、中隊長たちがシングルス大隊長と話し込んでいる。

 

「ですから、大隊長は今日は本部小隊といっしょに、一番後ろにいてください」

 

 中隊長たちは、口々にそういう。

 いままでの大隊長は第100の気風に染まって、前に出すぎてリタイアしている。

 白人なのに日系に対する差別感情をもってないからでもあるが。

 まして、ゴードン・シングルス大隊長は中佐になるまで実戦を経験したことがない。

 初陣で張り切るのはわかるが、今日は自重してほしいところだ。

 

「いーや、いままで第100は『指揮官先頭』でやってきた。

 俺だけ後ろでかくれていたなんて、師団中で物笑いにされるわ」

「しかし、大隊長」

「実戦経験ないじゃないですか。あっさり撃たれたらどうするんですか」

「今日はとりあえず、研修だと思ってください」

「研修ならシェルビーでさんざん受けてきた。

 今日は実戦をやらせろ。なーに、俺が倒れてもあいつがいるっ!」

 

 シングルス大隊長が「びしっ」と指さしたのは、特別勲功十字章内定者になったためにS3(作戦参謀)にされてしまったヤングだった。あいかわらず「夜回り」はしているが。

 

「作戦はお前に任せた!」

「ちょ、ちょっと待って……」

「まあ、確かにそうですな。

 そこまでおっしゃるなら止めませんが、本部小隊から離れないでくださいね」

「せめて半年は負傷しないでください。

 あなたまで負傷したら、大隊長のなり手がいなくなりますから」

「皆さん待ってください。無茶振りもほどほどにしてください!」

「ヤング~? 貴様の辞書に『無茶』とか『無理』なんて言葉ないだろ?」

「貴官は『無理も通せば道理になる』だからなあ」

 

 みんな「ん~もう!」と言いたそうなヤングにすべてを押しつけて、それぞれ部隊の先頭に向かった。

 そしていよいよ6月2日の夜が明ける。

 大隊の先頭で時間読みをやるのは、シングルス大隊長だ。

 敵は後ろからかく乱されて浮き足立っているし、ここにいる戦車も2.30両ほど。

 それが全部虎でなければよかったんだけど。

 ここに来るまでに10両ほど遺棄された虎を見た。

 別に撃破されたわけでもなく、ブービートラップ付きで横倒しにされてるとかだ。

 燃料タンクが空っぽなので、ガス欠になったあげく燃料の補給がないから捨てられたらしい。

 落ちてるからって鹵獲するとか、んなことは初めからしない。

 だって部品や砲弾のストックはないし、もちろん砲弾は持ち去られてる。

 だいたいネジだってこっちはインチ法、向こうはメートル法。

 苦労して拾っても、くず鉄にしかならない。

 

 そうこうしているうちに、もう作戦開始が近い。

 皆、時計を合わせた。シングルス大隊長が腕を振り上げる。

 

「5秒前、3、2、1,ゼロアワー!」

 

 こうなると、もう何が何だかわからなくなる。

 僕は、コバシカワ分隊のベテランたちに遅れないよう走るので精一杯だ。

 もともとの走るスピードに差があるので、第100だけが他をおいて突進する。

 しかし、やはり待っていたのは、多数の電気ノコギリだった。

 僕らは小隊ごと動けなくなった。

 

「度胸をつけてやる。ついてこい、ジャガイモ。

 あとの連中は俺たちを掩護しろ」

 

 え? あん中突っ込むんですか?

 しかもバディが僕ですか? コバシカワ軍曹。

 

「匍匐前進で、あの一番近い銃座にとりつく。

 どっかのアホウじゃあるまいし、走っていくわけないだろ」

 

 もういやも応もない。

 僕は、まるでゴキブリのように高速で這っていくエイキを必死で追いかける。

 のこりの連中は、遮蔽物から顔だけ出して1発撃つとさっと引っこむを繰り返し、ドイツ兵の注意を引く。

 

「Go!for!Broke!」

 

 エイキが何か呪文を叫んで、伏せたままでパイナップルを左手でぶん投げる。

 彼、サウスポーだったんだ。

 あんな姿勢から、よくコントロールできるものだ。

 破片手榴弾はみごとに敵兵どものど真ん中に落っこちて、炸裂する。

 ノコギリの弾幕がとぎれた。

 

「うりゃ、Go for Broke!」

 

 エイキがその瞬間立ち上がると、トミーガンを乱射して土のうの壁の中に飛びこむ。

 悲鳴と血しぶきが上がった。

 いまだ! 僕も小銃を棍棒のように振りかざして飛びこんだ。

 電気ノコギリを銃の台尻で突き倒し、そのままそこにいたドイツ兵をぶん殴る。

 エイキはもう一人を一本背負いで投げる。受け身を知らないドイツ兵は、脳天から落ちて気絶した。ひとりが殺され、ひとりが昏倒しているざまを見て、最後の、僕にぶん殴られているひとりも両手を挙げる。体格差なんか関係ない。白兵戦で僕たちとまともに渡り合える一般歩兵は、この時代ではグルカ兵やマオリ族、あとは日本兵ぐらいだろう。

 

「Hurry! Come!Come!」

 

 エイキが仲間を呼ぶ。他の銃座が気がつく前に。

 

「しかし、よくあんなロングパスがとおりましたね」

「ふん、ハワイ二世はみんな野球が得意なんだ。

 ……タカタやオオミヤだけじゃない」

 

 エイキは死んだ者と、両眼を失明してハワイに送り返された者、二人のスター選手の名を挙げた。そうだった。第100は地中海軍集団最強の野球チームでもあった。

 しかし進んだ先で、また小隊全部が身動きできなくなる。

 またエイキは僕だけ連れて、一番近い銃座に這い寄る。

 そしてもう一つ手榴弾を放り込み、負傷した4人の敵兵をまたぶん殴って気絶させる。

 さすがに残った2つの銃座が、僕らを危険と思ったのか、取ったばかりの機銃座めがけて弾幕射撃を仕掛けてきた。

 

「手伝え!」

 

 エイキがノコギリに取り付いてる。そして敵の方に向ける。

 この機銃は弾薬箱から弾帯をとりだして給弾してる。なら助手がいる。

 僕は両手で弾帯を支え、うまく弾丸が送られるように保持した。

 敵は間を開けながら撃ってくる。

 土のうやバリケードがなければ、とっくに死んでいる。

 エイキがトリガーを引くと、すごい勢いで弾帯が吸い込まれる。

 あっというまに足元が空薬莢だらけになる。

 といっても、この攻撃で機銃座をつぶすのが目的ではない。

 あと二つの機銃座に、5人ずつに別れた分隊員たちがいつの間にかとりついている。

 こっちの弾薬箱は10秒かそこらで空になったけど、それを合図にしたかのようにエイキの部下たちが銃剣をひらめかせ、叫びながら吶喊する。

 

 こうして、エイキの分隊は小隊のために道を切り開いた。

 

 そしてこの日、シンエイ・ナカミネ一等兵が単身で機銃座を3つ潰し、4つめに軽機銃隊を誘導したが、その瞬間に別な機銃座から撃たれて戦死した。

 

 驚くべきことに作戦をヤングに丸投げして、笑いながら吶喊をつづけたシングルス大隊長は、まったくの無傷で戦線を突破してしまった。

 第100がウォーカー少将の第36師団の戦線とこっちの戦線をつなげたのをきっかけに第5軍全体が猛戦の末、シーザーラインを崩壊させた。

 

 第100ではまた多数の受勲者が出た。

 ライダー少将は、奮戦の末戦死したナカミネ一等兵と、自分の分隊だけで機銃座を4つ潰して突破口を開けたエイキ・コバシカワ一等軍曹の二人に特別勲功十字章を申請し、認められた。

 エイキの受章は、ヤング、アカホシに続く生者叙勲だ。

 

 

 

 そしてその晩。

 シングルス大隊長に、第5軍司令部から特命が出た。

 話を持ってきたのは、ライダー少将だ。

 

「第100に戦車駆逐大隊および自走砲大隊を全部で5個つけて、特別部隊を編成し、第5軍全体の先鋒集団として敵を突破せよとのことだ。できるか?」

 

 第100が師団から離れて特別任務部隊を編成するのは、カッシーノ山へ強行突破を図ったときに第1特殊任務部隊と組んで先鋒を引き受けた時以来だ。もちろん我らがゴードンは、

 

「やってみせましょう! おまかせください」

 

と、二つ返事で引き受けた。

 なまじ戦場の怖さを知らないばかりに、初陣がビギナーズラックになったので、自信家になってしまったらしい。本当はフクダやタカハシにヤングがいろいろ苦労したんだけど。

 

「よろしい、ではこの部隊を『シングルス機動部隊』と名付ける。

 期待しているからな」

「はっ! 光栄であります」

 

 しかしまあライダー少将も、思い切ったことをする。

 確かに将校にとって自分の名前が付いた部隊を率いる以上の名誉はない。

 おかげで大隊長のアドレナリンとヤングの苦労がどっと増えることになった。

 

 

 

 そのヤングは、戦車駆逐大隊とかの将校と打ち合わせをしている。

 戦車駆逐大隊は遠くから見ると、シャーマンじゃない戦車の部隊に見える。

 コバシカワ軍曹に引きつれられた僕らも、その「戦車」を近くで見た。

 その乗員たちはその「戦車」を「あばずれ」呼ばわりしている。

 M18戦車駆逐車。なりは小さいけれどシャーマンより長い主砲を積んでいる。

 海軍のF6Fは空を飛ぶからまだ「魔女」って解釈可能だけど、飛ばないコイツは「性悪女」「あばずれ」以外の解釈のしようがない。

 

「しかし、自分の乗る戦車を『あばずれ』よばわりするなんて……」

「おいお前、これが戦車に見えるのか?」

 

 上から声がする。

 見上げると乗員らしい兵が、こっちをうさんくさげに見ている。砲塔から体を出して。

 え? 体?

 

「見てのとおりだ。コイツには天井がない。オープンカーだ。

 そして正面の鉄板の厚さはたった1インチ、横や後は0.5インチだ」

 

 薄っ!

 それじゃ、へたすれば小銃弾にさえ抜かれる。

 

「アメリカ軍にも『ブリキ』があったなんて……」

「おーおー、言ってくれるじゃねえかよ。

 といっても、そのとおりなんだけどよ。

 主砲が3インチといっても、虎から見れば怖くも何ともねえ」

「なんで、こんな車両ができたの?」

 

 本当に、何を目指してるのかわからない。

 責任者出てこい。といいたい。

 

「つまり、自分で走れる対戦車砲だ。

 だから防御は実際の対戦車砲並みってことだな。

 そして軽く作った分、スピードだけは速い。

 履帯で走っている車両でこいつを追い越せる奴はいないだろうさ。

 陸軍では敵戦車を倒すのは戦車じゃなくて対戦車砲の仕事と思っている。

 だから戦車隊が敵戦車に会ったら、俺たちが呼ばれる。

 でもな、こいつでドイツ戦車と戦うなら、よほど近づかなければなんねえ」

「じゃあ、ヒット・アンド・ランしかできないじゃん」

「1,000ヤードなんか距離のうちに入らねえ奴ら相手にそれができるか?

 それに野砲の榴弾が空から降ってきたら、それでお陀仏だぞ。

 だ・か・ら、『あばずれ』としか言いようがねえんだ。

 しかも今回の任務では、前衛の戦車隊がいない。

 どうしろと」

 

 同情するしかない。

 こんな車両じゃ太平洋戦線に回されても「Chi-Ha」にさえ穴だらけにされる。

 そして榴弾の威力では、シャーマンの短砲身75mmの方が炸薬量が多いから威力がある。

 あっちはもとが榴弾砲だから。

 つまり、アメリカ軍のドクトリンが古くなっちゃったってことだよね。

 マーク4も、マーク3アサルトキャノンももともと榴弾砲で支援するのが任務だったけど、敵戦車に倒されるようになってから装甲増やして砲身も長くした。

 でも、シャーマンの装甲増やすって話は聞いたことがない。

 

 

 

 6月3日。シングルス機動部隊は第34師団の先鋒となって、つまり第5軍の先頭を切ってアルバーノ高地へ進撃した。

 そこそこの主砲を持ち、機動力だけは抜群の紙装甲M18は、第100の歩兵といっしょに道なき道を行く。つまり、デカい大砲をかかえた歩兵という扱いだ。

 第100は徒歩だし、どうせ電撃戦はできないんだから、最高速度よりサスペンションの良さと軽量小型のメリットを生かした方がいい。

 自走砲部隊はずっと後にいる。どうせ足場のしっかりした場所で車体を固定しなければ射撃できない。

 そして、敵の引き上げ方が鮮やかすぎる。

 すっかり突撃将校になってしまったシングルス中佐率いる『シングルス機動部隊』は、敵の引くのに合わせてずんずんアルバーノ高地へ向かっていく。その途中にラヌーヴォという街があって、敵の遅滞防御部隊、つまり捨て駒にされた連中が陣取っていた。

 今回は火力だけはてんこ盛りだったから、街ごと包囲して自走砲が砲弾を雨あられとたたき込んでから、歩兵とあばずれの連合軍が、包囲の輪を縮めていく。

 普通なら建物に立てこもった敵が火点を形成していたら、昇って屋内戦のあげく制圧だけど、今回はあばずれが直協火力支援で吹っ飛ばしてくれるのでとても楽だ。

 だが、僕らがとおりすぎた後に、敵の歩兵があばずれに取り付こうとする。そして……

 

「ヴァカどもがぁ! これは戦車ではない!」

 

 オープントップの砲塔から各車の車長、砲手、装填手が立ち上がり、手にしたトミーガンやグリースガンをぶっ放す。

 連中は対戦車兵だった。手に手に例の巨大オタマジャクシや信号弾拳銃や対戦車手榴弾を持っているが、まさか人間が反撃してくるとは思わず、バタバタと一方的に倒される。

 僕たち歩兵も後からの銃声でとってかえし、敵部隊を駆逐する。

 連中もあばずれが自走砲だと知っていたらもっと用心したんだろうけど、上から見ない限り、戦車と区別つかないから。

 僕の目のまえで一人のドイツ兵が、握った拳を振りかぶっている。

 何か投げようというのだ。

 僕は銃を構えたまま突っ走り、銃剣をそいつの脇腹に突き刺す。

 そしてそいつを蹴って後ろに下がり、地面に突っ伏した。

 ……しかし、何も起きない。手榴弾じゃなかったのか?

 

「これって……」

 

 そいつの手から落ちたのは、薬剤の入ったガラス容器に着発信管がついたものだった。

 たぶん、閃光手榴弾か発煙手榴弾だろう……。

 

「おっ、またたくさん落ちてるじゃねーの」

 

 いつも勝手に戦ってるダンが、いつのまにかここに来ていた。

 歩兵用対戦車兵器を物色している。

 そして、例の巨大オタマジャクシを手に取った。

 

「だめだよ、ダン。

 戦車鉄拳は安全装置が不安定なんだ。

 下手に起動させると、後ろ10mが爆風をくらうし、目と鼻の先じゃなきゃ当たらない。

 戦車だけじゃなく、自分も吹っ飛ぶかもよ。

 他にも危険物だらけだ。信管の付いた爆薬とか、貼りつく手榴弾とか。

 糊で貼りつく奴がズボンについたら取れないよ」

 

 この時代の使い捨て無反動砲なんて、こわくて使えたものじゃない。

 え? この時代?

 僕は何を考えてるんだろう。

 

「ふーん、しゃあねえな。

 こいつらアサルトライフルでも持ってねえかと思ったんだがな」

「あれはたぶん空挺か武装親衛隊しか持ってないんじゃないかな。この時期は」

 

 え? 僕なんかメタっぽいことばかり言ってる。

 

「じゃあ、こいつはどうだ?」

 

 ダンが拾ったのは、柄付き手榴弾のまわりに弾頭だけの手榴弾6個を針金でしばったもの。

 

「うん、それは使える。

 でも肉薄して、エンジングリルか起動輪に投げつけられればの話だけど」

 

 フィンランド軍が冬戦争で「モロトフ・カクテル」と並んでよく使った「集束手榴弾」だ。

 しかしダンは、妙なことばかり言ってるはずの僕を、全く気にしていないようだ。

 僕もさっき拾った煙幕手榴弾らしいものを、ダンに渡した。

 

「これ、たぶん煙幕。

 ダンが持っていた方が役に立つと思う」

「ふーん。じゃあもらっとくぜ」

 

 そういうと、ダンはまた別な敵を求めて歩き去った。

 

 シングルス機動部隊は、ほとんど被害を出さずにラヌーヴォの街を抜け、アルバーノ高地攻略に向かう。

 ここを抜ければもうロームは目と鼻の先だ。

 全員が張り切って攻略に取りかかる。

 だがここで、臨時編成部隊の問題が出てしまった。

 後方から自走砲部隊が支援攻撃を始めたのだが、目標が手前すぎ、進撃を阻んでしまった。

 そして、どうやっても彼らとの連絡が取れない。

 伝令を出し、彼らの砲撃を止めさせるまで砲弾と時間が空費された。

 

 結局シングルス機動部隊は、支援砲撃抜きで高地に陣取る敵に向かうことになってしまう。

 しかし、いつもと違って敵のストロングポイントはあばずれが潰してくれる。

 歩兵砲や野砲が位置を暴露するたびに、あばずれどもの直接射撃を食らって沈黙する。

 これならいけそうだ、と思った時だった。

 

 敵陣から特急列車のような音とともに、高速弾が飛んできた。

 その砲弾はあばずれの1両の砲塔に当たり、一気に後ろまで抜いて、はるか後ろで爆発した。

 装甲が薄すぎて、穴が開いただけだった。

 

 そこにいたのは、虎だった。

 まいどおなじみ、ガス欠で動けなくなった奴のようだ。

 そのため、ここの遅滞防御部隊に組み込まれたようだ。

 しかし、あばずれどもには榴弾でさえ脅威だ。すぐに散開し、戦車とは思えないスピードで物陰に隠れた。敵はこれで勢いを盛り返す。僕らもあばずれたちのそばで隠れるしかない。

 

「だーっ! 何とかならんのか」

 

 いつのまにかシングルス大隊長と彼のスタッフをつれて、最前線まで来ていた。

 

「戦車駆逐車は、なんと言ってる?」

「出で行けば的になるだけだと言っています」

「うー、何のための戦車駆逐車だ!」

 

 んなこと言われても、あばずれは日本戦車レベルの防御力しかない。

 それは作った人間に言うべきだろう。

 

「おい、これホントに煙幕なんだろうな」

 

 いうまでもなく、これはダン。

 例のガラス容器を手にぶら下げている。

 

「うん、そうだよきっと。

 ビンが割れると飛び散った中身に信管が火をつけて、盛大な光と煙が出るんだ」

 

 使ったこともないのに、なんか察しが付くのも変だけど。

 それはいい。

 ダンは何がしたいんだろう。

 

「100ヤードちょいだな。シングルスさんよう」

「ん? 何だお前」

 

 ダンはずいぶんなれなれしい。わりと誰にでも。

 

「いいからよう、俺がコイツをぶん投げて煙幕が湧いたらあばずれどもに合図してくれねえか」

 

 え? ここからロングパス?

 

「遠投には自信があるんだよ。

 じゃ、ちょっくら頼むわ。

 それ! Go for Broke!」

 

 ダンもエイキのような呪文を唱えると、大きく振りかぶっていいフォームで煙幕弾を投げた。

 ハワイリーグの外野手なら、キャッチャーまで中継無しで返せるけど、ダンも強肩だ。

 みごとに虎の手前に落ちる。

 

「やったぞ!」

 

 やっぱりそうだった。虎の手前で激しい炎と盛大な煙が上がる。

 

「戦車駆逐隊、展開せよ」

『了解。装填、高速徹甲弾』

 

 かくれていたあばずれたちがわらわらと現れて、76.2mm砲の筒先を煙幕に向ける。

 

『オープン・ファイア!』

 

 あばずれたちは少ししか配給されない貴重な高速徹甲弾を遠慮なく撃ちまくる。

 煙の向こうがどうなってるのかわからないけど、はね返されている音とは違う音がする。

 そしてついに、煙幕の向こうで爆発が起き、虎の馬蹄型の砲塔が傾ぐのが見える。

 

「やったぜおい」

「わはは、バンザーイ、チクショウ、クタバレイ!」

 

 あばずれの砲塔では、乗員たちがハイタッチしてる。

 前衛戦車隊抜きで虎をしとめるなんて、まずないことなんだろう。

 

 あとはもう、あばずれは撃ちまくり、第100は突撃に次ぐ突撃でここの陣地を制圧した。

 これでもう、ロームまで僕らをさえぎるものはない。

 

 

 

 6月4日。

 シングルス機動部隊の前に、ロームまで10kmという標識が立っている。

 あともう数時間でローム入城というそのときだった。

 

 シングルス機動部隊はその場で停止。

 後続に道を譲れという命令が来たのは。

 

 

 

 

 

 

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