戦車を洗車では、角谷会長のとっさの機転で難を逃れることができました。
生徒会専用浴室って、海水風呂なんだ。
どうやら深層水を使ってるみたい。
艦内の製塩工場で塩とにがりを採ったあとの水を、イオン膜を通して真水にして使ってるから
真水が制限されているわけでもないので、これは趣味なんでしょう。
カランからでるのは真水だし。
これから自動車部に、可動状態まで整備させるそうだけど、大丈夫かな。
使わせてもらってる身だし、結局身体は男だから、水抜いて浴室全部掃除してから出ました。
お風呂から上がって、窓から外を見る。
あ、来てる来てる。大きなトレーラーが5台。
クレーンで引いて、持ち上げて載せている。
かなりの大部隊だ。200人じゃきかなそう。
僕は帰宅すると、夕ご飯のあと、ダウンロードした乙女ゲーをやってます。
食事がすごくいいので、居候の身が、ますますきゅうくつです。
会長が言うには、先生は学生の時に死に別れた恋人のことが忘れられずに、独り身をとおして
いるんだそうです。
話には聞いたことがありますが、ほんとうだったんですね。
だからでしょうか、「居候のひとりぐらいなんでもない」と、おっしゃいます。
……乙女ゲーの向こうの「彼氏」に、「実は山本玲は男なんです」という僕。
適合手術うけても、リアルの恋愛には縁がないんだろうな……。
乙女ゲーにもあきたので、タブレットをタップして、
「ライブノート」というSNSを立ち上げます。
画面の向こうに、顔も声も住所もわからない友だちが何人もいます。
実際は、顔や本名などプロフィールをさらす、とあるSNSが主流なんですが、
いろいろなぜい弱性があるので、じょじょに使われなくなってます。
基本、チャットしかできませんが、音声入力にたけているので、汎用マイクつかえば、
リアルタイム並みのやりとりが可能です。
ボイチャは、どうでしょうか。生の感情がでてしまうし、アナログデジタル変換と圧縮やって
パケット送信すれば、容量と通信速度を圧迫して、遅延がおきますね。
それに文字情報の方が、過去レスをスクロールして確認できるからよいです。
もっともハンドルネームは考えるのがめんどうだったので「あきら」でとおしてます。
あ、今日やった授業復習しないと。成績落ちたら次年度どこに行くかわからない。
「A組」には、これがあるからね。
ん? なんだろ。
目のまえにはスラックスはいた小山副会長と、学園長先生がいる。
「学園長、山本くんは病欠で英語のコミュニケーションの試験が受けられませんでした。
しかし、他の成績が優秀ですので、ここで口述試験を受けさせたいと思います」
なんか、小山さんがいつのまにか英語の先生になっている。
学園長も了解したので、小山先生による聞き取りテストがはじまった。
「Akira, what is the capital of Italy?」(イタリアの首都は?)
「Rome」(ローマです)
「じゃ、次行くわね。Akira, what does a cow have four of, that I only have two of?」
(アキラくん、雌牛には4つあって、私には2つしかないものは、何?)
「Legs」
(脚です)
「うん、じゃこれが最後ね。And, what do you have in your pants that I don't have in my
pants?」
「――やめてええええ!」
自分の声で目がさめた。
これはアメリカンジョークだけど、夢でも僕には悪質すぎ。
「pants」というのは、むろんズボンやスラックスのこと、だから答えは「ポケット」だけど、
文字どおりの「パンツの中」ならどうしようもない。
オチも知ってる。試験やった先生から「合格させてもよいでしょうか?」と問われた校長が、
「私に聞くなよ、2つも間違ったんだから」というの……。
――翌朝。
校門から外を見てると、西住さんがなんかか細い人に肩を貸して、こっちに向かって来ます。
もう、登校時間終了で、週番の風紀委員が門扉を閉める準備に入りました。
間にあわないと見た西住さんは、細い人をお姫様だっこしてダッシュ。
でも、やっぱり間にあいませんでした……。
今日は戦車道の特別講師様がくるというので、全員で戦車倉庫の前に整列してます。
もーやだ先輩は「それにしても教官おそいー。じらすなんて大人のテクニックだよね」とか
おっしゃってますが、聞かなかったことにします。
せっかく一限から戦車道の授業ですが、教官殿はまだきません。
ん? 遠くからこっちに空自の輸送機がくる。
まあ、父もさんざん乗ったことあるし。
色が白だから試作機だね……。
え? あいつどんどんこっちに向かってくるじゃない!
まさか故障? 冗談でしょ。このまま学校に体当たりされたら大惨事。
と、思ったら、こっちの甲板高度すれすれの低高度飛行に遷移した。
なかなかの技量ですけど、ここでテストするのはやめてほしいです。
いや、あいつ、ギアダウンしてうしろのランプドア開けた。
まさかなにか投下する気――――!
うん、たしかに投下したわ。
制動用パラシュートが開傘して、荷物だけ減速して地上に落ちる。
空挺団用の大荷物を輸送するときにつかうLAPES。
――ただ、その荷物がとんでもなかった。
そいつは、職員駐車場に、盛大に火花を散らして落下し、リアウイングが特徴的な
フェラーリF40をひっくりかえして、パラシュートと荷台を切りはなす。
学園長の車があ! と悲鳴があがる。
戦車だ! しかも機密がてんこもりの最新型だあ。
なんつーもんもってくるのよ。ここ民間の学校よ。
戦車は、後進して、F40をひきつぶしてぺちゃんこに。
うそでしょ。なにやってんのよ。懲戒免職になってもしーらない。
戦車はそのまま前進して、僕たちの正面にやってきた。
ハッチが開いて、「こんにちわー」という脳天気な声とともにコマンダーが現れる。
現職の、陸自の戦車隊員。
ということは、父を知っているかも知れない。
どうか、僕のことを無視してください。お願いします。
もーやだ先輩が、「だまされた」とかこぼしてます。
本当にイケメン期待してたんだ……。
「特別講師の戦車教導隊、蝶野亜美一尉だ」
紹介してるのは河嶋さん。
一尉ってことは、若く見えるけど30歳前後ね。
自衛隊で、「幹部」の出世の差が付くのは、三佐からだから。
しかし大統領は、よくこんなエリート中のエリートを引っ張ってきたわね。あなどれない。
胸ポケットの上には、略綬がいっぱい。一尉でこれならかなりの出来物です。
「よろしくねー。戦車道は初めての人が多いって聞いていますが、一緒にがんばりましょう」
フレンドリーです。いいことです。幹部は特に民間人にやさしくないと。
「あれ、西住師範のお嬢様じゃありません?」
蝶野一尉は、西住先輩の方に歩み寄ります。
「師範にはお世話になっているんです。お姉さまもお元気?」
西住師範? お姉さま? ぜんぜんわからない。
わかるのは西住先輩が目にみえてうろたえたこと。そして、しゅんとしたこと。
「はい」と、こたえるのがせいいっぱいのよう。
みなが、「西住師範って?」とざわめいています。
「西住流っていうのは、戦車道の流派のなかでも、もっとも由緒ある流派なの」
へえ、そうなんですか。ぜんぜん知らなくて。
でも、西住先輩が、顔をそらしています……。言われたくないような感じですね。
「教官!」
もーやだ先輩が、話をさえぎっていきなり挙手しました。
これは、完全に話題を変える気でしょうね。やっぱり何かありそう。
「教官は、やっぱりモテるんですか!」
それですか先輩。
なんか西住先輩もうしろをふりかえりました。
教官も、なんかあっけにとられたあと、あごに手をあてて考えてます。
「――んー。モテるというより、ねらった的を外したことはないわ。撃破率は120%よ!」
蝶野教官は、こぶしをにぎって力強く断言しました……。大人の対応ですね。
……120%とか、いちばん聞きたくない数字です。これは完全にまぜっかえしですね。
さすが空挺団と並ぶエリート集団、富士教導団はだてじゃない。
でも、みんなまじめに感心しています。
んー。でもさばけすぎです。「動脈硬化」ではないみたいです。陸自の最精鋭なのに。
「教官! 本日はどのような練習を行うんでしょうか?」
と、元気よく質問するのは、途中から西住集団に合流したくせっ毛の先輩です。
「そうね。本格戦闘の練習試合、早速やってみましょう」
「ええっ! あのー、いきなりですか?」
……副会長のいうことももっともだわ。
「大丈夫よ-。なにごとも実践実戦。戦車なんて、バーっと動かして、ダーっと操作して、
どーんと撃てばいいんだから!」
これあかんやつや……。
「用意周到」の方もないわ。大丈夫? 富士学校。というか、陸上自衛隊。
父と性格半分ずつわけあってほしいです。
感心した自分が、バカみたい……。
「それじゃ、それぞれのスタート地点に向かってね」
はあ。何かが終了したような気分だわ。
そういえば、僕のことはまったく気がつかなかったみたい。
父はそれなりの立場だけど、面識はないのでしょう。
しかたないので、とりあえずリーのところに行きます。
戦車倉庫の中に戻っていると言うことは、本当に自動車部は修理したんですね。
しかし、さっそくみんなで困りはてることになりました。
「どうやって動かすのこれー」
「知ってそうな友だちに聞いてみようか」
「ネットで聞いた方が早いんじゃない?」
そういうのは、大野あやちゃんです。携帯で質問サイトにアップしています。
「ここでがんばれば、バレー部は復活する! あの廃部を告知された日の屈辱をわすれるな!」
気合い入れまくっているのは、元バレー部唯一の2年生。磯部さんです。
やっぱり会長が、部復活をダシにしたんだ。
でも明日のために今日の屈辱に耐えるのは、男だけでいいです。
「あ、レスあったよ」
あやちゃんが携帯の画面をながめています。
結構早いわね。戦車乗りってそんなに生息してるのかしら。
「えーと、
『形式がわからないと解答のしようがありません』
『ググレカス』
『まず服を脱ぎます』
はあ~。もう」
ものすごくありがちなテンプレレスだわ……。
「ググレカス」というのは、ギリシャやローマの偉人。ではなく、よい子はいってはいけません
という匿名掲示板だけでつかわれるネットスラングです。
うかつに使うと友だちなくしますから、そういうスラングは使ってはいけません。
まあ、そんなこったろうとは思ってました……。
僕は、スマホで例の「ライブノート」にアクセス。
「M3リーの操縦法を教えてください」とフレンドに一斉送信しました。
『なんですかソレ?』byみっちー
『俺、男だから答えられません』byんごろんごろ
『乗ったことないし』by成美
『戦車、やったことない』byひろ
『ごめんね』byロイ
まあ、いきなり聞かれて答えられる人もいないか、と思ったとき。
『私、わかるよ』by Elle ça
え? ホント? 助かった。
「はい、みんな乗り込んで!」
なんかなあ。蝶野さん、本気ですか。
会長が38(t)のフロントに手をついてがんばってみるけど、乗れないもよう。
「河嶋ー」と呼ぶと、河嶋さんが何も言われてないのに両手両足ついて踏み台になり、
会長が土足で踏んづけていきます。
あれ、絶対試してます。本当はひらりと飛び乗れるんでしょう。
西住先輩は、車長になることを拒否ってます。
そういえば、昨日からあまり戦車に乗り気じゃないようです。
名門の一族だからって、担がれたようですね。
とうぜん、黒幕は大統領だ。もうわかります。
どこまで腹黒いのかしら。
Elle çaさんの説明では、M3の起動と操縦はこうでした。
『操向レバーが後ろいっぱいに引いてあって、ブレーキがかかっているのを確認。
M3には、ブレーキペダルはありません。レバーがブレーキです。
メインスイッチをオンにして、燃料ポンプでガソリンをエンジンに送ります。
変速機が中立なのを確認してから、クラッチふんでイグニッションを押してエンジン始動。
クラッチは踏んでおいた方がエンジンがかかりやすいの。あと古いエンジンだから、
軽くアクセルもふんでね。ふみすぎると点火プラグがガソリンでぬれて(「カブる」と
いいます)かからなかったり、エンジンがいきなり最高回転までまわって(「オーバーレブ」と
いいます)、エンジンこわしたり、寿命縮めたりするから注意してね。
飛行機の星形エンジンだから、今のエンジンみたく高回転はできないよ。
走り出すときは、クラッチをふんだままギアをセカンドに。
ローはよほどのときしか使いません。
操向レバーを両方とも前に倒し、アクセルをゆっくりふみながら、
クラッチペダルをじょじょにあげて、半分つながった状態からアクセルをふみこんで発進。
走り出したら、クラッチを完全にあげて。半クラッチつづけると、クラッチが焼けます。
加速は、スピードが乗ったらクラッチふんで上段のギアにあげ、またアクセルをふむ。
減速は、ブレーキをかけつつ、クラッチ切って下のギアに落とす。
このとき、アクセルでエンジンを空ぶかしすると、スムーズにギアが入ります。
急加速は、いったんギアを下の段に落として、アクセル全開。
エンジンが回りきったら、上のギアにあげます。
急発進は、クラッチつなぐ前に、エンジンをふかすだけふかしてね。
制動の時は、とまるより前にクラッチ切らないとエンストするよ。
戦車は、かなりエンストしやすいから、操作はデリケートにね。
旋回は、曲がりたい方の操向レバーを手前に引きます。
このときは加速しながら曲がらないと、抵抗が強くてエンストします。
アメリカ戦車の操向装置は、シングルディファレンシャル、通称クレトラック。
走っているときに片方の操向レバーを引き切っちゃうとエンジンがとまるよ。
かげんはトライしてためしてね。
むずかしい話になるけど、M3では信地旋回、つまりどちらかの履帯を完全にとめて回るのは
できないの。
超信地旋回という、その場で回れ右、回れ左もできないのね。気をつけて。
でも、旋回半径がクルマのように自由だから、運転そのものはしやすいと思う。
内側の履帯がスピードを落とした分、外側の履帯にスピードが上乗せされるから
アメリカ戦車は、旋回が敏しょうなのよ。
旧式戦車は、旋回が完全に職人芸だし、ドイツやイギリスの戦車では、旋回半径が二種類しかないとか、けっこう不自由だからね。じゃあ、あとはがんばって』
本当に親切な人でよかったです。
僕たちの役割分担は、こうなった。
車長は梓ちゃん。75mm砲手は、あゆみちゃん。操縦手は、桂利奈ちゃん。
通信手は、優季ちゃん。37mm砲手は、あやちゃん。同装てん手は、沙希ちゃん。
そして75mmの装てん手は、僕。
西住先輩に言われたこともあるけど、75mm砲弾はけっこう重い。
だから自分から志願したの。
試合開始を教官が宣言したけど、桂利奈ちゃんがエンストしないで動かせるまで、少し時間が
必要だった。
そのため、ほかの4輌がだいぶ先行してから、定位置につけた。
結果はどうなったかというと……。
僕らが西住先輩のチームに遭遇したときは、すでに僕たち以外の3輌は、競技弾があたって、
撃破判定ずみでした。つまり、全滅。
とくに生徒会Eチームが、目と鼻の先のⅣ号にあてられずやられたのを見たみんなはパニック。
「逃げよー逃げよー」と叫びながら、フルアクセルでドロにあしを取られて……
……盛大にスピン。足元がドロだったのもわざわいして、空転する履帯が切れてオーバーレブ。
Elle çaさん。あなたが心配したとおり、さっそくエンジンこわしちゃいました……。
この日、Aチームはなぜか5人いました。
そして僕たちは、必死になって切れた履帯をつなぎました。
僕は、なんかみんなに感謝されました。
別にたいしたことやってませんけど……。
とある質問サイトで、ある人が、戦車道の初心者だと言って、戦車の操縦方法を質問した。
↓
するとさっそく、
『形式がわからないと解答のしようがありません』
『ググレカス』
『まず服を脱ぎます』
という回答が来た。
↓
質問者さんは、車種はM3中型戦車ですと補足した。
↓
そうしたら、親切な人が、本当にM3の操縦手順を詳細に解説してくれた。
なお、これは実話です。(検索すれば見られます)