1944年9月27日。
第442連隊戦闘団はネイプルスの港から4隻の輸送船に分乗し、海路で南仏マルセイユの港を目指す。この都市は8月15日の強襲上陸作戦により奪取されたもので、僕らとともにアイクが引っ張った第1特殊任務部隊はすでに参戦していた。その後彼らは彼らと同じくアメリカ・カナダの連合部隊である第1空挺機動部隊の指揮下に入り、カンヌ、ニースを経由して、コート・ダジュールを目指している。
第442はネイプルスまで戻ってから600人以上の新兵を補充され、彼らの訓練に約1ヶ月を要したため、出発は9月末になった。
僕らは正直、イタリーの山と森だらけの戦場にうんざりしていた。だからフランスに行けば大陸の平地で戦えると思って喜んでいた。
また、このころはクリスマスまでにドイツとの戦争は終わるだろうと皆が信じていた。
マルセイユでは、第442に新品の武器、兵器が交付された。
それまでのセコハンスプリングフィールドの代わりに、待望のM1ガーランドが全員に支給され、ロケランも新型のM9A1に更新された。
それまでのM1ロケランはロケット弾の点火に電池を使っていたが当然消耗するし、重いという欠点があった。M9A1はバネ式の発電機で点火するドイツのロケランと同じ方式になり、電力低下の問題も解決され、不発が大幅に減った。
そして、第442には柄を鉄から真鍮に換えた部隊専用のロングブレードM1銃剣、その名も「GO FOR BROKE」が支給される。
一般のM1銃剣は第二次大戦以降のとりまわしを重視した10インチの刃渡りで、本当にナイフといってよいものだったが、「GO FOR BROKE」は16インチの刃渡りを持つ。
そして僕たちはこの銃剣に大いに感激した。これは日系部隊と言えば恐れを知らぬ銃剣突撃ということが、陸軍全体に知れわたっているという証明だ。
ここにきて兵站の上でも、日系部隊は一流部隊として扱われるようになったのだ。
「ダン、M1は閉鎖が甘いから狙撃には向かないんじゃないの?」
ダンが狙撃に使っていたのは、スプリングフィールドやKar98のようなボルトアクション。
M1ガーランドのような、排莢に発射ガス圧を用いる自動小銃では長距離狙撃に使えるほどの精度は期待できない。遊底が自分で動いちゃうから。
「いーんだよ、俺たちにはアサルトライフルがねえんだからさ。御の字だ。
俺の射程が7割になるだけの話よ。
これでやっといちいちボルトを引いたり戻したりしなくて済むのがいいじゃんか」
ダンの場合、7割でも並みの狙撃兵と同じ射距離だろう。
いまはドイツ軍が守りに入ってしまってるから、こっちにアサルトライフルや弾倉を持ってきてくれない。それに向こうでもまだまだレアアイテムらしい。ぼちぼちセミオートライフルなら出回っているみたいだけど、ドイツ製のくせにM1よりもできが悪くてよく壊れる。
いままでは鹵獲兵器の一番人気はシュマイザーこと短機関銃MP40だったけど、こっちにもプレス加工でさらに小さいM3短機関銃が出たので、それほどでもなくなってる。M3は見た目が油差しの工具『グリスガン』そのままでしょぼいので、いつの間にか「グリースガン」って呼ばれてる。
でもこれらは結局拳銃弾を撃つ銃だから、拳銃同様近接戦闘にしか使えない。
小銃使いもできるStG44アサルトライフルのような、便利な銃ではない。
さて、半自動銃としての完成度の高いM1だけど、問題がないわけでもない。銃の中の弾倉にレールクリップを使って装填するのではなく、8発の弾があらかじめ封入されたクリップごと銃床の下から装填する。これは「そういう製品」なので、弾倉のように途中で弾だけ詰めることができず、しかも8発撃ちきらないと外れてもくれない。つまり「9連発」にすることも、戦闘が終わって半端に残ったからって上から補充することもできない。
結局、どうなってしまうかというと、「モッタイナイ」がしみついてる僕たち以外みんな「トリガーハッピー」になっちゃうってこと。さもなきゃ空に向かって半端を撃ち切っちゃう。着脱弾倉式のM1カービン小型騎銃、BAR機関銃ではそんなことにならない。
「ドラクーン作戦」は、開始からすでにひと月半がたっている。
第442が遅れたのは、補給と新兵の訓練のため。
8月の終わりまでには、東はコートダジュール地方を制圧し、ほぼイタリーの国境まで進撃。
9月11日、第7軍はマルセイユ北方のディジョンでパットン第3軍と接触に成功。
ここまではおおむね順調だった。
この地にいたドイツ第19軍は二線級部隊であり、ろくに戦わないでエルザス=ロートリンゲン(アルザス=ロレーヌ)地方に逃げ込んでしまう。
ここはかつて神聖ローマ帝国の領土であったが、その後フランスとドイツで取ったり取られたりを繰り返した係争地で、今は当然ナチスドイツが領有している。
石炭と鉄鉱石の産地だが山村が点々とあるだけで、ドイツのシュバルツバルト地方から続く山がちで、うっそうとした針葉樹の黒い森が続く、イタリーの戦場のようないやーな地形だ。
黒い森と峰なんて、もううんざりだ。大陸のフランスまできたのに、また電気ノコギリとミーミーと泣きわめくロケット砲の洗礼が待っているなんて、本当にゾッとする。
そしてここに閉じこもったとたん、第19軍はテコでも動かなくなってしまった。
いままで尻に帆かけて逃げていたのが嘘のようだ。
どうやらついに、総統閣下の「死守命令」が出たようだ……
ノルマンディーから始まった主戦線ではすでにフランス首都パリが8月25日に奪還された。
自由フランス軍が臨時政府を組織。シャルル・ド・ゴールが首相に就任している。
この途中でも虎さんたちはあいかわらず元気いっぱいで、ヴィレル・ポカージュという街ではイギリス軍の1個機甲旅団が武装親衛隊の第101SS重戦車大隊所属の、たった4両の虎にタコ殴りされたそうだ。
虎戦車ももう2年前の旧式(!)だからということか、今度は「黒豹」という戦車が登場し、アフリカで連合軍と戦ったマークⅢを更新している。マークⅢは全部アサルトキャノンに改装されたという。虎は戦車自体よりもエース揃いの乗員のせいでいまだ神通力を失っていないが、黒豹は虎より軽量なのに、走だけでなく攻防ともに虎をしのぐらしい。おまけに「虎Ⅱ型」とかいうのまで出現したらしい。こっちはあいかわらずシャーマン将軍なのに。マークⅣスペシャルとやりあうのが精一杯なのに。いや、イタリーにも砂色の黒豹や「象さん」が現れてるが。
だけど、暴力大将のパットンは「戦いは数だぜ」と言いながら10両のシャーマンで1両の虎に吶喊すれば勝てると証明してしまった。代わりにシャーマン9両が犠牲になるけど……
こうして西部戦線の機甲部隊は僕たち日系部隊以上のGo for Brokeを戦って、ドイツ国境になんとか押し寄せることができた。パットンのノリと勢いで。
その後方では、兵器局に「シャーマンなら虎でも黒豹相手でも勝てます」とだまされていたアイクが激怒していたそうだ。黒豹の正面はシャーマンにはどうやっても撃ち抜けないのに。
結局これらドイツ戦車どもは、雷電や英空軍の台風、烈風といった戦闘爆撃機が地面すれすれまで降りて、対空機関砲弾を食らいながら命がけで始末することになる。
しかし連合軍の進撃もここまで、ジークフリート線に「洗濯物を干しに行った」アメリカ軍はアーヘンで一万人の死者を出し、英軍はルール工業地帯の手前で猛烈な反撃に止められた。
この時のドイツ軍は、もはや精鋭とは言えない、シロウトの少年や高齢の男性を集めた「国民擲弾兵」すら加わった軍勢だったが、死守命令を破って投降または退却すれば直ちに親衛隊に後ろから撃たれるか、即席軍法会議で絞首刑にされる。戦いをいやがるそぶりを見せてさえ同じ。
みせしめに例の「私は敗北主義者です」という看板をぶら下げて……
だからドイツ軍も退却も降伏も拒否して必死で戦い、おびただしい戦死者を出し続けていた。
それは僕たちの向かった「黒い森と峰」でも同じだった。
補充と訓練の後マルセイユから出立して、第442がポージュのふもとに配備されたのは、すでに10月の半ばだった。親師団の第36テキサス師団は、ここについてからずっと動けないでいた。
第36師団がイタリーでほぼ壊滅したとき、テキサス州が住民挙げて大騒ぎになった。州政府が軍への訴訟も辞さぬと言う強硬姿勢を見せた。なにしろ軍事用語で言う「全滅」ではなく文字通り「皆殺し」にされてしまったんだから。
今度テキサス師団に大損害が出ようものなら、大統領だってどんな目に遭わされるかわからない。冗談抜きで。
イタリーのシーザーラインでの勇戦は、ウォーカー少将の非凡な指揮によるもので、平凡な将軍ならできるだけ前に出ないようにとしか考えないだろう。
当代の師団長であるダールキスト少将もデスクワーク組だから、当然そういう「政治的」な情勢には敏感だ。
そして今対峙している敵は「背水の陣」そのもの。ドイツに引き揚げることは彼らの死を意味する。だからどんなに犠牲が出ても引こうとしない。
だからダールキスト少将は、第442が来るのを待っていた。出世するには武勲を挙げなきゃならないから……
そしておめでたいことに僕たちは、第442がこの戦況をひっくり返してやるぜという気分でいたのだ。
黒い森の中腹に、ブリエアという小さな街がある。
ポージュ山地における主要都市を結ぶ交通の要衝だ。
第36師団はこの街を攻略するよう命じられていた。
一方でブリエアの住民たちは焦れていた。フランス降伏から丸4年、この町は悪名高い一般親衛隊に支配されていた。物資はタダで供出を命じられ、若者たちはヨーロッパ各地の工事現場や軍需工場での強制労働にかり出され、ずっと戻ってこない。少しでも逆らうそぶりを見せれば、髑髏の帽章の黒衣をまとった屈強なSSどもに半殺しになるまでいたぶられる。下手をすれば強制収容所に政治犯として送られてしまう。
そんな悪夢が4年以上も続いている。パリが夏に陥落したときは、皆声にこそ出さなかったが心の中で大喜びしていた。
もうすぐここにも連合軍が現れて、親衛隊の悪魔どもを追いはらってくれると。
しかしその連合軍がやってきたのは秋になってから。そして来たら来たで、何週間もふもとでもたもたしている。砲撃だけは降り注ぎ、自分たちの家や街を壊していく。
地下室に潜んだ住民たちにはもはやろくな食料もなく、畑にわずかに残ったイモをかき集めては、生のまま食べているという状態だった。
第442がポージュ山地の麓に着陣したのは、10月14日のことだ。
ダールキスト少将は第442に、ただちにブリエア攻略を命じた。
僕たちは荷を解く間もなく、翌日の午前8時をゼロアワーとして、またまた針葉樹だらけの山を下から攻めることになった。
イタリーと同じだ。いや、もっとひどい。
敵の砲撃が木々に当たって爆発すると、その下にいる僕たちに杉の木が割れた硬い破片が、まるで矢ぶすまのように降ってくる。平地であっても何でもない外れ弾でみんな傷を負う。
まるで、木が爆弾になって爆発するかのようだ。
ツリーバーストと、またまたあちこちで待ち伏せてるノコギリども。
第100の大隊本部では、シングルス大隊長が師団から送られてきた戦況分析と現実の戦場との差に首をひねっていた。
ブリエアの街は4つの山に囲まれている。だから街の攻略に当たってこれらの山を取る。
第100はその中でもAと呼ばれた山を攻めることになっている。それはいい。
問題は、敵影がないはずのこのルートに、敵がうじゃうじゃいることだった。
シングルス大隊長が最初にダールキスト少将に不審を感じたのは、この時だった。
この時、第100の先頭にいたのはサカエ・タカハシのB中隊だった。何かがおかしいと感づいていたヤングもかたわらにいて、二人で「やっぱり」とうなずいていた。
ダールキスト少将は経験不足すぎる将軍だから、というよりド素人もいいとこだから、エラー連発は目に見えている。ライダー少将がいくら猛将でも、経験豊富な実戦派だから無理、むら、無駄は絶対にしない。吹雪のカッシーノでも利あらずとみれば引き下がった。
そして、シロウトには良くあることだけど、ダールキスト少将も自分で決めたことはどんなに間違ってても頑として曲げない。
ヤングは頭痛を覚えながら大隊本部に戻ると、シングルス大隊長に事の次第を告げ、ヤングがS3になった後にS2を継いだブードレー中尉と二人で、いつものように斥候に出た。
「ことによっては連隊長から師団長に意見具申してもらわなくては」
「どういうことですか?」
「単に『前方に敵影多数』と報告しただけでは、師団長が考えを変えるとは限らない。
……そうだね、隣の第45師団の戦区にも行ってみよう」
B中隊の前方で有力な敵軍が戦闘展開しているのはよくわかっている。
戦線全体でこういう状況なら、敵は準備万端でこちらを迎え撃っているということだ。
だが、ダールキスト少将は「前方に敵影なし」という第7軍からの情勢分析の方を信じて、現場を軽視して取り合わない可能性もある。第442だけで攻略させようと言う方針も「師団全力を動かして、無駄にエネルギーを使いたくない」ということであり、第7軍からの情報をうのみにして立てたものだろう。
だからヤングは師団単位ではなく、軍団単位の情報が必要と思ったのだ。
しばらく進むと、第45師団の部隊がひそむ窪地を発見し、二人は声をかけた。
一人の少尉があわてて起き上がると、立てた人差し指を口に当てて「しーっ、敵は目の前だ」と小声で言う。彼らは第179連隊第3大隊G(第1)中隊だという。
そして、いま中隊を率いているのは、この少尉だった。
「俺がこの中隊に来てまだ1週間なのに、今では俺が中隊長ですわ」
その上この中隊はどうみてももはや「小隊」でしかなかった。
将校たちも死傷してしまい、上級司令部ともやりとりできないままここにいるしかないのだ。
毎日補充兵は送られてくるものの、ここにいるのはたった35名。全員がろくに寝ていない。
ブードレー中尉は「ここの敵軍はすべて撤退したと説明された」と言うが、少尉は「そんなことを言う大嘘つきのツラが見てえぞ。俺たちは1週間ここに釘付けだ」と吐き捨てた。
ヤングは、ここの通信機がまだ無事なことに気がついた。
「少尉、中隊の通信機を使わせてくれないか」
「通信兵は皆、戦死しました。ここにいる者は誰も操作を知りません。
大隊ともずっと通信できていないです」
「大丈夫だ。私ができる」
ヤングは通信機の電源を入れた。さいわい電池は切れていない。
大出力通信機の真空管が暖まるのを待って、第100の通信小隊が使う周波数に合わせる。
大隊より上位の司令部の間は不安定な無線ではなく、10本以上の電信線を持つ有線電話でやりとりをする。当然双方向通話ができるし、1本でも電線が残っていれば確実につながる。
もっとも、第100と上級司令部との間の電信線は砲撃戦ですでにかなり断線している。
ヤングたちが大隊本部に戻ってきたとき、シングルス大隊長は有線電話でペンス連隊長と話し合っていた。
「ええ、敵軍は依然として森を守っています。戦わずに前進することはできません」
『ゴードン、私も「サムライ・キムが行くなと言った道は進んではいけない」ということはわかっている。しかし師団長はとりあおうともしない。
敵はいないのだから1日で10km前進しろと言って聞かないのだ』
ダールキスト少将は、ポージュの山林はピクニックができるほど平和だと言いたいらしい。
現実はカッシーノ山のふもとと同じだというのに。
いや、ドイツのシュバルツバルト地方からここまでずっとつづく「黒い森」は、イタリーのそれよりももっと険しい。
百戦錬磨の第100だから、そんなに被害は出ていないのが不幸中の幸いだった。
しかしどうやったのか、ドイツ軍は高地の頂にマークⅣや自走榴弾砲なんかを配置して、こっちが動くたびに牽制射撃を加えてくる。機甲科がよほど運転が上手いのだろう。
結果、僕たちは1日に10kmどころか、数百m進むのがやっとだ。
雨が降り続けている。
敵の攻撃はやまず、僕らは塹壕を掘って堪え忍ぼうとするが、掘っている途中でもう底には雨水がたまっている。脚が寒い。また凍傷になる兵士が増える。
こっちにも戦車がいないと、いつまでもブリエアの攻略なんてできないだろう。
しかし戦車隊も戦車駆逐車の部隊も、ここの山越えは自信がないという。
ドイツ軍は平気でやっているのに。
「後ろの高台まで戦車隊と戦車駆逐車は来ているんだが、こんなきつい勾配じゃ下れないって言っているそうだ」
シングルス大隊長は、後ろでヒマしてる戦車隊と交渉したが、向こうは及び腰だ。
機甲部隊ももちろんこの攻勢に加わっているんだけど、険しい山々を見て二の足を踏んでる。
ドイツ軍はがんばってここまで戦車やらなにやら連れてきてる。
本当は対戦車戦が下手な戦車隊が、ドイツ戦車とやり合いたくないだけなのかもしれない。
いまだに「虎」が出てきたら逃げ惑うんだから……
「じゃあ、登山よろしく彼らに『ザイル』をつければよいのでは?」
ヤングがニコニコと笑っている。
彼の言う「ザイル」は、戦車の車外装備品にあるぶっとい牽引用ワイヤーロープのことだ。
そして登山隊のように互いに引っ張りながらゆっくり降りてくれば、「滑落事故」にはならないんじゃないかと言いたいのだ。
そこにいた皆が「それだ!」と言って戦車兵どもをどやしに行く。
最近ではヤングがこまごまと説明する手間は、少なくとも第100ではなくなっている。
ただし今日は、普段いるメンバーの一人がいない。
「ミッツ(フクダ)は今頃本土かなあ」
タカハシがぼやく。ミツヨシ・フクダ大尉は長期休暇をもらえて、久しぶりに妻子と本土で過ごすことになっている。こっちはまた地獄なんだから実にうらやましい。
この後第100と第2大隊が麓から攻めかかるが、犠牲が出るばかりで進めない。
やはり、機甲部隊の支援が必要だ。
ダールキスト少将はこの雨の中、第442の各司令部をぐるぐる回っては、要約すれば「何をサボっている、臆病者め。さっさと前進しろ」というだけの叱責に、実現不可能な攻略目標を実現不可能な期限をつけてこまごまと押しつけていく。皆、彼の「作戦命令」をだまって傾聴している。そうしないと彼はヒートアップしていつまでも説教を続けるのだ。
言うだけ言うと、彼は次の「目標」に向かって進軍していく。その間、下の部隊への指揮は完全にストップだ。誰も彼には進言も意見具申もしない。一方的にしゃべらせておかないと機嫌が悪くなって最後は「軍法会議にかけるぞ」だ。まるで小さなヒトラーだ。ドイツの名だたる将軍たちも毎日こんな目に会っているのだろう。とヤングは言っている。
ライダー少将も確かに最前線に出たがった。しかし彼は出先に一切口出ししなかった。
彼はとにかく現場がどうなっているか知りたかったから前に出てきたのだ。一番後ろで「伝言ゲーム」を待っていたのでは戦機を逸する。だからいったん決めたことでも状況が変わればさっさと変更してしまう。それゆえにライダー少将は日系部隊の理解者になって、なにくれとなく僕たちのことを気にしてくれた。それに主将が前線に出ているのだから中級指揮官が後ろにいるわけにはいかない。嫌でも前に進むしかない。同じ出たがりでもダールキスト少将は無理を言うだけ言って、さっさと戦場から遠くにある師団司令部に引っ込んでしまう。
シングルス大隊長は腹の中では(理由もなく大隊長に直接命令する師団長がどこの世界にいるんだよ)と思いながら、口に出しては「小官は実戦素人でございますので、作戦立案は全部S3のキム大尉に丸な……、もとい委任しております。キム大尉ですか? 現場に出ておりまして、すぐに連絡せよと言われましても」などと混ぜっ返してダールキスト少将にお帰り願った。
もちろん暗に「あんたもシロウトなんだから、できる奴に任せれば?」と言っている。
そのあと彼も大隊本部はそのままにして、通信小隊に有線電話とコードリールを持たせて「現場」に直行した。またしつこく来られたのではたまらない。
通信用のコードケーブルはすでに9本がダメになっており、残った1本だけが連隊本部とかろうじてつながっているというお寒い状況だ。ダールキスト少将は、そういうことは見ていかない。
そしてその「現場」では、第100の大尉クラスがいやがる戦車隊にワイヤーをくくりつけ、ムカデ競争状態にして斜面を下らせようとしている。
ダールキスト少将をやりすごしたシングルス大隊長が合流した頃には、その戦車ムカデたちがのたのたとおっかなびっくり急斜面を下り始めていた。
「全部隊に戦車戦のけりがつくまでは動くなと伝えてあります」
「けっこうだ、ヤング。
なんだあ、こんなに戦車がいやがったのかよ。
こいつら、イタリーにいたのよりドタマがデカくねえか?」
シャーマンもさすがに初期型のままではない。
このとき配備されていたのは鋳造車体のM4A1。主砲はあばずれと同じ76.2mm高射砲を改造したM1戦車砲。砲塔にも後部に「バズル」と呼ばれる出っ張りがついている。
……何で僕が知ってるんだろう。こいつを戦車で追いかけたことがあるような気がする。
戦車駆逐車もあの「あばずれ」ではない。
虎戦車と引けを取らない主砲を積んでいる。あいかわらず紙装甲のオープンカーだけど。
シャーマンベースの車体にむりやりデカい大砲を積んでいるのが丸わかりだ。当然バランスを取るために車体の装甲は薄いだろう。上から見なければ戦車に見えるのは同じだけど、今度はその上から敵が見下ろしてる。対戦車自走砲なのはモロバレだ。
そのとき、連隊本部とつながっている例の野戦電話が鳴る。
呼ばれたのはヤングだった。連隊本部の通信将校の押し殺したような声が聞こえた。
「S3の貴官と直接話したいという人がここにいるんだが……」
何かにおうなあと思ったヤングは「誰のこと?」と聞き返す。すると将校は意味深に「わかるでしょう?」と小声で答えた。
ピンときたヤングは、通信将校と代わった人物が怒鳴り出すとともに電話線を引きちぎった。
そして大隊長の方に向き直る。
「ゴードン、電信線の最後の一本が、たった今砲撃で切れてしまいました」
切れた電線を見たシングルス大隊長がグッジョブという顔をしている。
「まあな。ここではよくあることだ、ハハハ……」
戦車隊の展開まではまだまだ時間がかかる。
ここでダールキスト少将に「今すぐ突撃しろ!」なんて「命令」されたらかなわない。
これで問題はなくなった。はずだった……
しかし腹の虫が治まらないダールキスト少将は、今度は副官だけ連れてヤングたちがいる方向に向けて歩き出した……