失われた約束の地   作:米山ともき

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 戦場の霧の中で 自由への黒森峰 ブリュイエールの村

 

 

 

 

 第100のシングルス大隊長に「さっさと突撃しろ」と言い損なったダールキスト少将は副官だけを伴って、余計な知恵を日系兵につけてるらしい「キム大尉」を探しながら、最前線近くをうろついていた。

 

「これ以上テキサンどもを死なせるわけにはいかないのだ。

 ジャップごときが何が作戦だ? バンザイアタックとカミカゼしか知らない黄色いエテ公の分際で、何をグズグズしておるのだ!」

 

 つまりダールキストは第442だけを戦わせ、そのあと無傷のテキサス兵に占領だけさせようとしたいようだ。そうすれば自分は手柄を立てられ、テキサス兵の被害も出さずに済む。

 日系兵の徴兵は順調であり、今いる者が死に絶えても補充はいくらでもできる。そして日系兵ならいくら死なせてもどこからも文句は出ない。そして日本人と言えば後先考えない「吶喊」に「自爆攻撃」だ。死ぬことなどなんとも思わない連中のはずだ。

 なのに第442は、全く彼の期待に応えず、むしろ合理的に戦おうとしているかのようだ。

 

「ふん、あいつら忠義面しながら本当はアメリカの足を引っ張っているんじゃなかろうな。

 ふざけおって! これ以上命令を聞かぬならジャップの将校は全部抗命罪にしてやる!」

 

 そういきり立ってガミガミ怒鳴る彼の前に、1個小隊ほどの部隊が即席のタコツボにこもっているのが見えてきた。戦わず隠れているということが、彼のかんしゃくに火をつけた。

 ダールキストはそのまま、彼らの方にズカズカと近寄っていく……

 

 

 

 第100歩兵大隊の最前線、A高地のふもとではようやく機甲部隊が横列展開を終え、山頂に陣取るドイツの戦車や自走砲と対峙している。

 だが連中はエンジンをかけっぱなしで、引き上げるのどうのもめている。

 

「山頂にいるのは、虎じゃないか?」

「虎がいるとは聞いていないぞ!」

 

 車長たちが騒いでいる。またぞろ虎恐怖症だ。

 うーん。

 

「ねえ、あれって本当に虎なの」

 

 僕の隣にいるベン・タガミも半信半疑だ。

 

「ベン、あれは虎じゃないよ。

 砲身がけっこう長くて、シュルツェンってバズーカよけの鉄板着込んでるというだけで、やっぱりあんこうだよ」

 

 シュルツェン着込んでいるというだけでデカくみえるけど、やっぱりマークⅣだ。

 いくら僕でも実物見ている戦車ならちゃんとわかる。

 

「ねえスパッド。

 マークⅣのことよく『あんこう』って呼ぶけど、やっぱり不細工だから?」

「?」

 

 え?

 僕、そんなこと口走ってるの?

 たしかに不細工って言えばそうなんだけど、反射的に「あんこう」って頭に浮かぶんだよね。

 それも日本語で。

 

 業を煮やしたシングルス大隊長が戦車兵どもに「てめえら! 必死で急斜面登って逃げてるうちにケツから撃たれて死にたいなら勝手にしろ。お前らがここから生きて帰りたかったら、目の前のあいつらを倒すしかねえんだよ! このシーメイルども」とどやしてる。ごもっともだ。

 ……なぜか、「シーメイル」には引っかかるものを感じるけど。

 そして、山頂とふもとで双方の戦車砲、榴弾砲が砲煙の応酬を始めた頃、C中隊が陣取るあたりで突然銃声が起きた。

 ヤングは「戦車隊が競り勝つまで隠れていろ」と命令しているのだから、こっちが突然攻撃を受けたのか? と思ってそっちを見ると、信じられないものが目に入った。

 C中隊の1個小隊が、しゃにむに敵陣に向かって吶喊している!

 最初、誰もそれが第100の部隊だとは思わなかった。

 大隊の誰もそんな命令を出していないから。

 立って全力疾走する無防備な彼らにノコギリの火線が襲いかかり、血と肉をまき散らして無惨な死体になる。しかし彼の僚友たちは走るのをやめない。

 誰かが気がつく。

 

「先頭にいるのは、オオタケ少尉じゃないか!」

「C中隊の……」

「どうしてこんな!」

 

 彼はアンジオ戦で野戦任官し、将来は第100を背負う一人と期待されたマサオ・オオタケだった。沈着冷静で判断力に優れる彼がなぜこんな無謀なことを……

 

「畜生! 師団長め」

 

 シングルス大隊長がうなる。そう、答えはそれしかない。

 そしてオオタケもついにノコギリの火線を縦横にくらって、ぼろきれのように倒された。

 

「──これじゃ自殺じゃないか!

 いや、違う。殺されてるんだ、ダールキストに!」

 

 感情を表に見せない温和なヤングまで、鬼のような形相で怒っている。

 オオタケの小隊は、身を隠すことも許されずあっという間に皆殺しにされた。

 そしてその後ろには、腕組みをして前をにらみつけるダールキスト少将が……

 

 皆が皆、怒りに震えていた。

 この時、皆には師団長がどんな奴なのか、何を考えているのか、本当に良く理解できた。

 そしてこの時から、第442連隊戦闘団の誰もが師団長のことを「ダールキストの野郎」としか呼ばなくなった。

 だが、依然として僕たちを「猿の兵隊」「白人兵の盾」と思っているダールキストが師団長だという現実は変わらない。

 黒い森と峰の中で、本当に地獄が始まろうとしている。

 

 砲撃戦が佳境に向かう。

 砲だけは立派だけど砲塔に天井がないM36戦車駆逐車には、真上から自走榴弾砲の砲撃が降り注ぎ、車内に飛び込んだ砲弾が乗員と弾薬をいっしょくたに吹き飛ばす。

 マークⅣは壕に車体を半分埋めて「飯時の角度」で構えているので、当たらないうえに当たってもクリーンヒットにならない。

 逆にマークⅣは高低差を生かして、新型シャーマンを何両も食っている。

 数で多いこっちが、腕と戦術で劣勢に置かれている。

 だが第442は単なる歩兵連隊ではない。第552砲兵大隊が連隊の戦線正面全部に渡って発煙弾を撃ち込み始めた。

 シングルス大隊長が、戦車前進を命じる。

 僕たちはようやく動き出した戦車の周囲ではなく真後ろに続いて、ノコギリや迫撃砲が戦車を叩くのを見つけては集中射撃でつぶしていった。戦車の周りは跳弾で危険だ。

 ソ連兵はトラックがないからか歩兵がおおぜい戦車に鈴なりになって移動してるが、一発食らったら戦車が無事でもデサントしてる歩兵は全滅だ。

 

 虎がいないことがはっきりしたのち、戦車隊はようやく訓練どおりに動くことができるようになった。

 いま、第7軍が一ヶ月以上攻め込むことができなかったブリエアの村がついに見えてきた。

 A高地の第100、B高地の第2大隊ともに息をそろえたように山を駆け上る。

 ドイツ兵たちは驚愕する。

 おびえてすくんだように、すこし牽制すれば引っこんでいた今までのアメリカ軍とちがって、この背の低い褐色肌のアメリカ兵たちはきびきびと攻撃を避け、わずかなスキに一気に距離を詰め、やたらと弾を無駄にせず、まるで全員が古参の軍曹であるかのようにアイコンタクトだけで無言のまま戦う。恐怖など全く感じていないかのように。アメリカ兵には必ずいる、すぐ恐慌を来して的になってくれる奴などまったくいない。

 そして第3大隊は、もうブリエアの村まで数百ヤードのところまで迫っていた。

 ここまで要した時間は、わずか6時間。

 そしてこの日は夜を迎える。そうするとこの「黒い森」は、本当に墨を流したような、目と鼻の先すら見えない闇の世界になる。当然両軍とも戦闘をやめるしかない。

 

 

 

 翌18日、午前10時。

 ペンス連隊長がダールキストから「攻撃開始はまだか」と怒鳴られるのと同時に、第442の全部隊が行動を開始した。

 戦車隊にはきのう消費した分の弾薬が補充され、燃料も満タンになっている。だから今日も、ふところを気にしないで攻撃できる。しかしドイツ軍にはそれがないようだ。

 僕たちも「Kレーション」とはいえ三度のごはんにはありつけるし、銃弾も手榴弾もカートン入りで届けられる。こういう地味で大切な部分で国力の差が出る。ドイツ軍は手持ちを使い切ったらそれまでかもしれない。

 戦いは戦車同士の砲火の応酬で幕を開ける。しかし彼我の砲火に明らかに差がある。

 マークⅣとM4A1の攻撃力、防御力は互角らしい。どっちもクリーンヒットを食らえば装甲を抜かれて動かなくなる。しかし手数の違いはすぐに結果となってあらわれる。

 敵戦車は倒されつくし、シャーマンも「強打者」と呼ばれる90mmを積んだ戦車駆逐車も、遠慮なく敵陣に榴弾を豪雨のように撃ち込み始める。

 連中は敵兵が隠れている石積みの廃墟やブッシュどころか、黒い森にまで榴弾をばらまいた。

 すさまじいツリーバーストが炸裂してるにちがいない。

 敵の反撃がだんだんか細いものになり、すっかり途絶えてしまった。もはや頭を上げることさえできず、伏せているので精一杯なのだろう。

 山のどこかでいきなり爆発が起きる。たぶん野砲陣地の弾薬が誘爆したんだ。

 もはやハイになってしまった戦車どもは車体機銃に同軸機銃、外についている12.7mmまでお祭り騒ぎのように撃ちまくっている。ほとんど無駄玉だろうけど、ドイツ兵にとっては恐怖以外の何物でもない。それに撃ちまくっても補充はいくらでもある。

 それでも一応積載数には限りがあるんだから、どこかで猛攻撃も終わるときがくる。

 攻撃が小休止を迎えたとき、A高地のてっぺんは無残なはげ山になっていた。

 あちこちで野砲、迫撃砲、電気ノコギリがばらばらになって転がり、陣地らしい陣地も消滅している。残骸となっているドイツの装甲戦闘車両の数が、考えていたのよりずっと少ない。

 それでここをずっと支えてきたとは。さすがは世界に冠たるドイツ戦車兵というわけだ。

 でも兵士たちはタコツボや洞窟などに身を潜め、こっちが出てくるのを待っているはずだ。

 

「じゃあ行こうか」

 

 不意にサカエ・タカハシとヤングが二人だけで山を登っていく。

 そして「出てこい!」と大声で叫んでいる。

 でもどうだろうか。ソ連の政治将校同様におそろしい一般親衛隊が後ろから銃口を突きつけていたら、投降なんかしてこないだろう。

 

「おーい! カモン、カモン!」

 

 それでもふたりはしつこく呼びかけている。

 なぜか向こうから銃弾は飛んでこない。

 しかし、誰も出てこないからかふたりが背を向けたとき、まず、2名のドイツ兵が何も持たず両手を挙げて出てきた。

 それをきっかけにぞろぞろと総勢80人以上の、よれよれで顔色の悪い、くたびれた軍服を着たドイツ兵がぞろぞろと山から降りてきた。

 どうやら、これが生き残りのすべてらしい。

 見た感じ、イタリアにいたいかにも強そうなプロ軍人は数えるほどで、あとはそこらのおじさんやまだ少年みたいな素人衆にみえる。親子ほど年の離れたふたりが手をつないでいるのは、本当に親子なんだろう。

 これが、「国民擲弾兵」なんだろう。なんかとてもかわいそうに思えてきた。

 ……そして、一般親衛隊は旗色が悪くなったとたん、我先に逃げ出したらしい。

 それは第3大隊が制圧中のブリエアでも同じようで、「ついてきたら殺す」と脅されたらしいアマチュア兵が家々の中から見つかるたびに、ほとんど抵抗もなく確保されていったようだ。

 

 

 

 ブリエアの村では黒衣の親衛隊どもが逃げ出した後、日が昇ってから村の外で短い銃撃戦があって、そのあと住民たちが何者かが村に入ってくるのを見た。

 彼らはアメリカ軍の軍装をまとっていた。待望の連合軍兵士だ。

 しかし、そのアメリカ兵たちは、フランス人の住民から見たらまるで子どもが大きすぎる軍服を着、鉄かぶとをかぶって兵隊ごっこでもしているかのように見えた。

 それでも重いライフル銃や背嚢を背負ったまま機敏に走り回っている。

 肌は浅黒く褐色に日焼けして、髪も瞳も黒かった。

 何者なのかと問う住民に、自分たちはジャパニーズアメリカンで編成されたアメリカ軍部隊だと答える彼ら。

 彼らは補給部隊と衛生兵部隊を伴っていて、自分たちの食料や日用品を配り、病人やけが人を手当てして、地下室に避難していた病院から重傷者を野戦病院に後送した。

 彼らは紳士的で、とくに老人に礼儀正しく親切だった。

 しかし、彼らは次の日にはもういなくなっていて、代わりに大柄な白人兵たちが村にやってきていた……

 しかしブリュイエールの村人たちは「自分たちを解放してくれたのは第442連隊戦闘団の日系兵士たちだ」と、長く語り伝えることになる。

 

 

 

 第442を占領地から追い出したダールキストは、今度は未占領のC、D高地の攻略を命じる。

 他の連隊のテキサンたちはそれぞれ占領した土地で休息しているのに、第442だけは休息を取ることさえ認められなかった。

 

 このころ、ダンが野戦任官で少尉に昇進した。

 彼は「めんどくさくてやってられねえよ」などと言って小隊長になりたがらなかったが、ハワイ大学の予備士官課程ではすでに「中尉相当」と認められていた。

 彼は「行進の指揮を執ってみろ」と言われるたびにわざとタイミングを狂わせた号令をかけて行進を失敗させ任官から逃げていたが、年貢の納め時だと上から思われたようだ。

 次の朝、兵隊用のフィールドキッチンにダンが並んでいた。

 僕は彼の後ろに並ぶと、声をかけた。

 

「あれ? 将校はあっちでしょ?」

 

 そう、将校と兵士では食べ物も支給品の質も違う。

 

「じゃあ、あの人はどうなんだよ?」

 

 ダンが指さす先にいたのは、ヤングだった。

 ヤングはシェラビーにいたころから将校待遇を拒否して兵隊食を食べ、下着なんかも兵隊用ですましている。でもそれは彼なりの価値観で、ダンがならう義務はないと思う。

 だけど、ダンにはダンなりの考えがあった。

 

「俺はよう、一緒に戦ったみんなが粉末卵でガマンしてるってのに、自分だけ生玉子を食う気はしねえ。それに俺は将校様なんて柄じゃねえ。

 それよりもだ、あんた」

「?」

「……あんた、アンジオからこっちずっとキツい戦いの中生き延びてきて、少なからず手柄も立てた。なのになんで未だに上等兵のままなんだよ。

 それどころかブロンズスターさえもらえてないじゃないか!

 いったい何で」

 

 僕はダンを制止すると、自分にはどうでもいいことだと言った。

 

「……それに僕はロスの語学兵養成学校で卒業間近だったのに、それを蹴飛ばして第442に無理やり入ったんだ。

 その時は曹長だったんだけど、上等兵に降格のうえ一生昇進も叙勲もないと脅かされた。

 でも、収容所に送られたマムや家族、友だちのことを考えると……

 ……銃をとって戦うしかないと考えたんだ。だから階級なんかどうでもいい。

 僕は一人のライフルマンとして最前線で戦い続け、そして僕の戦果がみんなの解放につながることだけを願ってるんだ。

 ブリエアの人たちは僕たちが解放した。でもまだ多くの日系市民が鉄条網の中にいる。

 この屈辱を晴らすために、あの収容所をなくすために、僕は戦うしかないんだ。

 この戦争が終わるまで」

 

 ダンはじっと聞いていた。そして「あんたがそう思うなら、俺には言うことはねえさ」とだけ答えた……

 ダンは知っていた。皆も同じ気持ちだと。

 だから第100も第442も、つねに一番危険な戦場に送られようが、何の見返りもなかろうが、どれほど理不尽な扱いをされようが、疲れた身体にむち打って戦う。銃弾の雨に突き進む。

 ダールキストがどんな奴だろうが関係ない。毛唐どもなんてそんなもんだ。

 クラーク司令やライダー少将、歴代の大隊長たちが別格なんだ。よくわかってる。

 

 

 

 その夜、午後9時頃。

 シングルス大隊長とヤングは、ブリエアの南に設けられた連隊本部の天幕に呼び出された。

 

「……次の任務が決まった」

 

 ペンス大佐の顔にも、疲労が濃い影を落としていた。

 その表情は、激戦の後ロクに休ませてやれずすまないと語っている。

 

「師団長命令だ。

 第100歩兵大隊は、明正午までにC高地を陥落せしむるべし」

 

 ペンス大佐も、困り果てていた。

 おそらくどんな説得も通じなかったのだろう。

 いや、聞く耳など持たぬとばかりに命令書だけ渡されて、追い払われたのかも知れない。

 同様にD高地には、第2大隊が単独で攻め込むこととなっていた。

 むろん大隊長もヤングも、ペンス連隊長に一切抗議などしなかった。

 舞台裏は見なくともわかる。抗議すべき相手は彼ではないのだ。

 しかし、連隊長はさらに言いづらそうにこう付け加えた。

 

「戦車隊は整備中だ。今回は戦車無しでやってもらうしかなくなった……」

 

 

 

「ダールキストめ、無理難題を押しつける」

 

 大隊本部の全員がそう思っている。S2のブードレー中尉など「クレイジー」を連発している。

 ヤングは椅子に座ったまま目を閉じている。

 皆が自分を見ていることを気配で察した彼は、眠たそうな目つきになる。

 

「時間もない、支援もない、他に何もない。

 というなら夜明けと同時に攻め込んで、後は力づくで押しまくるしかできません」

 

 ヤングの回答は、独創性のかけらもないものだった。

 この状態ですごい妙手が思いつけるようなら、もう人間じゃない。

 

「だったら第100の戦いがどんなものか、敵と味方に見せてやろうじゃないですか。

 考えてみてください。並の大隊が私たちと同じルートで戦えば、カッシーノ山を登る前に全員戦死しています。また不可能を可能にしてやりましょう」

「ああそうだ。どのみち俺たちには任務を忌避することはできない。

 俺たちが唯一、日系市民の希望なのだからな。みんな覚悟はできている」

 

 サカエ・タカハシも腹をくくっている。

 だが、考えてみれば日系部隊の戦いに楽なものはなかった。

 皆、「自分たちの居場所を取り戻す」ために進んで入営し、白人の何倍も訓練を積んで最強の兵士となり、すでに命はないものと決めて壮絶に戦ってきたのだ。

 だが僕たちは、命さえ捨てれば勝てると考える日本兵でもない。

 可能性はすべて追求し、どこまでも合理性に則って、精神主義を排除して戦うアメリカ兵でもある。そして僕たちはそのアメリカ兵の中でも高等教育を受けた者ばかりの部隊なのだ。

 これらのすべてが、日系部隊の強さを形作っている。

 そして第100には、僕らが視野狭窄に陥ろうとすると、いつも異なる視点から襟を引っ張ってくれるヤングがいる。

 ダールキストは日系部隊を使いつぶすつもりだろうが、僕たちはただ戦うだけの話だ。

 

 

 

 僕が夜中に用足しに起きると、ヤングがこっそり出かけるのに出くわした。

 どこに行くのかはお察しだ。でも聞いてみる。

 

「こんな夜中に登山するの?」

 

 ヤングは笑って首を振る。

 

「無理だよ。視界ゼロなのに歩きまわったって遭難するだけさ。

 ……ちょっと連隊付の補給中隊にかけあってくるよ」

 

 ヤングは斜面をくだって、連隊本部の方に行った。

 今日は「夜回り」じゃないんだ。

 しかし、何をしにいくんだろう?

 

 

 

 翌朝、午前3時に「総員起こし」、起床した僕たちはその場でレーションを平らげ、分隊単位で集結。夜明けを待っていた。

 ふいに後方から重火器小隊の迫撃砲がC高地に向かって、まだなにも見えないのに砲撃を始めた。まるで山自体が標的であるかのように、目標も定めないで撃っているように思える。

 そんなことに何の意味があるのかと思ったが、砲撃は止まない。

 やがて日が昇り、僕たちは慎重に山を登ろうとして奇妙なものを見た。

 黒い森のところどころに、朝もやのような煙幕がたなびいている。

 迫撃砲は、今度はさらに高いところめがけて砲撃を放つ。着弾地点では爆発の代わりに大量の煙がわき出している。重火器小隊はさっきから煙幕弾を、それも指示された座標に向かって撃っていたんだ。

 

『煙幕の地点は敵が存在する可能性がある地点である。

 各分隊は煙幕の背後に展開、敵が存在した場合煙が晴れる前に無力化せよ』

 

 各分隊長のハンディトーキーが一斉に同じ内容を伝える。

 黒い森は確かに敵の姿を完全に隠しているが、逆に敵同士が連携し合うことも妨げている。

 そしてこっちには機動戦でない限り、地形図だけで待ち構える敵の配置が「読める」人物がいる。もちろん余裕を持って指定しているんだろうから空振りの煙幕もあるかもしれないが、同数同士の戦いであればこっちが国民擲弾兵まじりのドイツ軍を圧倒できるのは、もう証明済みだ。

 つまり昨晩ヤングは補給中隊まで、迫撃砲用の煙幕弾を多数調達しに行ったんだ。

 となればもう第100には細かい作戦はいらない。

 グルカ兵の次ぐらいには山登りが得意な僕たちは、分散した敵をかたっぱしから料理にかかる。

 僕たちの背丈が低いこともかえって有利に働いて、敵は目と鼻の先まで迫るまで気がつかない。

 奇襲を受けたドイツ兵の中には、撃たれる前に武器を捨てて投降する者もあまたいた。

 そのほとんどはろくな訓練も受けていない国民擲弾兵だ。

 こうして第100は正午までに、C高地の頂上に到達。

 被害僅少でこの山を制圧した。

 

 

 

 午後2時頃、まだ僕たちが残敵掃討戦にたずさわっていたころ、連隊長ペンス大佐にまたダールキストがとんでもない命令をくだした。

 ペンス大佐はシングルス大隊長に、即座にダールキストの「命令」を伝達した。

 

「C高地を放棄して、D高地に増援として加わり、第2大隊と合流しろですと!?」

 

 いったいどういうつもりなんだろうか?

 正午までにここを陥とせと言ったのは、当のダールキストではないか。

 

「できません。現在A中隊とB中隊が残敵と戦闘中です。

 ここを離れることは不可能です」

 

 そういって大隊長は命令を拒否した。しかしその1時間後、再度連隊長は同じ命令を伝える。

 このときはヤングが直接話すことにした。連隊長なら話が通じるだろうと思って。

 

「師団長の命令は意味を成しません。多数の敵がまだ隠れています。

 ここで徹底的に叩いておかなければ、また押し返されますよ」

 

 しかし連隊長は、階級が三つも下のヤングに哀願した。

 

『プリーズ、キム。

 イエス・サーと答えてくれないか』

 

 ヤングには本当に連隊長が立場を捨てて哀願しているとわかった。

 そんなことをする理由なんて一つしかない。

 

「師団長が、そこにいるのですね……」

『……』

 

 まさに、無言が答えだった。

 

「ここを放棄すれば、取り返すときにまた味方の血が流れます」

 

 これはペンス大佐ではなく、彼の目のまえにいるだろうダールキストに聞かせたものだった。

 しかし命令が覆ることはなかった。

 

 

 

 ダールキストが第100にC高地からの撤収を命じたのは、C高地が第36師団の担当戦区の外にあったからという、それだけの理由だった。

 だったらそこの部隊がやってくるまで保持していろというのが普通だろう。

 だが、ダールキストはライバルにただで戦果を配給したくなかったのだ。

 案の定、C高地を奪還しようと戦った他師団の部隊は、かなりの損害を出してしまう。

 

 

 

 その日の夜、いったんブリエアに戻って宿舎となった学校の建物で僕らが眠りについていた夜中の23時ごろ、副師団長がいきなり乗りこんできた。

 大隊本部をたたき起こした副師団長は、大隊長に「直ちにビフォンテンに向けて出発せよ」という「師団長命令」を突きつけた。

 ビフォンテンの村はいま第442が戦っている最前線のさらに先にある。

 ヤングが連隊長につながる送信機を握ると、副師団長は顔を赤く染めて激怒し、ヤングをど突いた。そして大隊のスタッフを「時間がないんだ、馬鹿者!」と怒鳴りながらこづき回した。

 理不尽な上官にくってかかるヤングでさえ、このやたらデカい副師団長の浪籍の前に何もできないすさまじさだった。気がつくと第100は雨の中整列させられ、武器の手入れもそこそこにこの真夜中の冷たい雨の中、ずっと遠くのビフォンテンに向けて歩き始めていた。

 

 

 

 

 

 

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