11月24日、午後6時。
ビフォンテンを陥落させた日系部隊、第442連隊戦闘団は後方のベルモンの村に入って休息を取っていた。
連隊長は、少なくとも丸2日は休ませると約束していた。
しかし、翌25日の午後2時に第7軍司令官パッチ中将を伴ったダールキストが現れたことで、それも反故になる。総員戦闘態勢のまま待機せよと命じられたのだ。
僕たちがビフォンテンで戦っていたころ、ダールキストはもう一つヘマをしでかしていた。
第36テキサス師団所属の連隊のひとつ、第141連隊の第1大隊が第100と同じように前に出すぎたところを囲まれ、敵中に孤立したのだ。
そう、今度もこの方面に敵無しという情報を鵜呑みにして、一足飛びにドイツ国境に迫ろうとしたのだった。ドイツ軍はのこのこやってきた第1大隊のために道を空けてやり、戻れないところまで進出したとたん、後ろの扉を閉めた。第100にやったのと同じやり方だ。
第100を取り逃がしたドイツ軍はその轍を踏むまいとでもいうのか、さらなる増援を投入して第1大隊を締め上げにかかった。彼らには第100のような細い補給線すらなかった。
第442がビフォンテンで激戦を繰り広げていた間にどんどん状況は悪化した。
第1大隊からは悲鳴のような救援要請が無線で発せられ、第100の時とは違って、彼らの危機はラジオで全米に報じられた。
テキサス州ではまるで蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
州民は皆ラジオに群がり、絶体絶命となった兵士たちを思い、心を痛めた。
しかし第36師団の他の部隊はことごとく解囲に失敗し、補給切れの第1大隊は窮地に陥る。
空から物資を投下してもドイツ軍に奪われ、炸薬を抜いた榴弾にレーションを詰めて撃ちこんでみれば、その砲弾はとても掘り返せない深さまで地面にもぐってしまう。
ついに第1大隊から、決定的な電文が発せられる。
「我、飲料水、医薬品皆無。至急来援されたし!」
その「テキサス大隊」が欧州軍の中で「失われた大隊」と呼ばれ、完全に絶望視されていたころ、ダールキストの元にさる雲の上のお方から直通電話がかかっていた。
『……ジョン、やっかいなことをしてくれたな。
テキサスは州を挙げて私のところまでねじ込んできた』
「はっ、申しわけございません」
『で、どう始末をつけるつもりかね?
テキサス大隊の全滅は論外だ。陸軍ではすでに彼らを「失われた大隊」と呼んでおるが、見捨てることなど許さん。わかるな?
政府すら揺るがしかねんのだ。200名あまりのテキサス兵の命が』
「はっ、……まことに申し訳ありません」
ダールキストは強きに弱く、弱きに強い典型的な小人物だった。
下手な事を言って罷免される恐怖からか言葉に詰まり、冷や汗をぬぐう。
電話の主は、ダールキストの反応を楽しんでいるようだ。
『さきほど軍司令と直接話をした。君のところには例のジャップ部隊がいるだろう?』
「は、左様にございます」
『ならば私が言いたいことはわかるな。
いかなる犠牲を払っても構わん。テキサス大隊を無傷で救出せよ』
「ええ、あの死にたがりのジャップどもならうってつけでございます。
お任せください、ミスター……」
電話の主はダールキストをさえぎると、しわがれた声で続けた。
『──良いようにしたまえ。失敗は許さぬ』
電話の主は受話器を置く。補佐官が彼の車いすを押して執務室から食堂へと移動させる。
「The only good Jap is a dead one……」
「は? 何ですか」
「インディアンだろうがジャップだろうが同じ事だよ。君」
それからすぐにダールキストは第7軍司令を伴ってペンス連隊長に出撃準備命令を交付。
準備でき次第ただちにテキサス大隊の解囲救援に向かうよう予備命令を出した。
いつものようにただダールキスト本人が無茶な命令を出しに来たなら、準備と言いつつ時間稼ぎをしても良かった。しかし軍司令が直接連隊長などに会って命令するというのは異常だ。
つまり、この救出命令はそうとう上部からの「要望」なのだということだ。
陸軍参謀総長を動かせる地位の人間からの……
「つまり、大統領閣下ということか……」
ふざけている。
たった一枚の大統領令で、僕らを塗炭の苦しみに追い込んでおいて、今度は恩人面で第442を組織し、さらに自分の保身のためにすりつぶそうというのだ。いい加減にしろ。
皆が疲れ果てて、げんなりしている。
テキサス大隊の運命は風前の灯火だ。僕たちは無茶の上に無茶を重ねて戦うしかない。
誰も彼も割り切れない気持ちで一杯だ。だって第36師団の他の部隊は必死に戦っていない。
何で僕たちが……。それが皆の気持ちだ。
まして第100にとってはシェラビーに来る前、極寒のマッコイで毎日殴り合った宿敵のテキサンどもだ。だけど……
「行くしかねえだろ」
ダンだ。
彼だけは「シカタガナイ」という顔も、疲れ果てたという様子も見せていない。
「ああ、わかっちゃいるさ。
忠誠を証明する権利はやった。だから義務を果たせっていうんだろ、俺たちの命で。
ビフォンテンでさっき俺たちがもらった大統領感状は、証文の前渡しってことだな。
だがな、わかっていても行くしかねえんだ。俺たちは。
俺たちは日系市民12万人の運命を背負っている。だが、それだけじゃない。
俺たちだって吹雪のカッシーノ山やこの前のビフォンテンで水も薬も尽きた苦しみを味わったじゃねえか。味方に見捨てられて全滅を待つ恐怖もな……」
つまり、テキサス大隊も同じだということだ。
万策尽きていまはただ、味方が救出に来てくれるのだけを、それだけを待っている。
見捨てられる恐怖におびえ、さけられない死を目前にしながら……
「そしてどうやら、いまここで奇跡を起こせるのは俺たちだけだ。
だろ?」
異論はない。
僕たちにできなければ、きっと誰にもできないだろう。
ならば行って義務を果たすしかない。僕らが合衆国市民だと証明するために。
そして、僕たちがまだ見たことがない地獄の門がここに開く。
皆は黙って、疲れ果てた身体でその門をくぐっていく。
10月26日朝。第442は戦い詰めのまま死地に向かう。
といっても本当に僕たちだけではない。
第100には第752戦車大隊、第636戦車駆逐大隊、第82化学戦大隊(重迫)の各1個中隊。
第3大隊には戦車大隊と第3化学戦大隊の各1個中隊。第522砲兵大隊には師団砲兵の1個大隊が増援として加わった。テキサス大隊を救出できなければ元も子もないから。
第36師団の第141、143連隊がすでに彼らと対峙している。しかし彼らは仲間の危機に進んで戦おうとせず、ただ土嚢の裏からやたらと射撃を繰り返すのみ。
ダールキストからは「支援」だけしていろと命じられているようだ。
そしてここにはテキサス大隊が救助されたときに備え、多くのフィールドキッチンや救護施設に野戦救急車の大群が待機している。もちろんフィールドキッチンは僕たちに何も作ってくれない。
彼らはあくまで第141連隊第1大隊のためだけにいるのだ。
一方、敵は本気で第7軍に大打撃を食らわすつもりのようだ。
まず、見慣れない軍装の軽歩兵らしい連中、身のこなしから明らかに山岳部隊とわかる。
彼らもエリートだ。武器がアサルトライフルだ。
機銃座も増強されているようだ。ノコギリではなく要塞陣地に据え付けているような、水冷ジャケットを銃身に着けた重そうな機関銃が多数見える。要塞の機銃兵を抽出してきたのだろう。
ところどころで三脚のついた大口径の無反動砲を構える山岳部隊がいる。
これではただでさえ目立たないノコギリがどれだけいるかしれたものじゃない。
ドイツはテキサス大隊を包囲している山の隣の山を通って、次々と増援を送ってきている。
その中には見たくないものもいた。
半装軌の装甲兵員輸送車に乗った装甲擲弾兵に守られた戦車の集団だ。
せめて虎じゃないことを祈りたい。
イタリーには再編成された独立重戦車大隊と独立重駆逐戦車大隊がいるという。
ただ、さいわい南フランスではまだ「黒豹」も「虎の王様」も出現していない。
パットンやジューコフ相手に戦っているのだろう。
装甲ハーフトラックがいるということは乗ってきた連中は古参兵だし、ロケット砲や榴弾砲を車体に載せた改造車両も来てるだろう。
他の大隊は動かないのじゃない、動けるわけがない。
もちろん彼らがここで死なせるわけに行かないテキサス出身者でなかったとしても。
当然アマチュアの国民擲弾兵もいるみたいだけど、彼らは例のオタマジャクシ、それも弾頭がデカくなったやつを何本も抱えている。
ピンを抜いてから発砲するという手榴弾並みに簡単な扱いになったうえ、あいかわらず何に当たっても爆発する物騒な信管だ。支援砲撃代わりにぽんぽん撃たれたらたまらない。
その中に、第442だけで突っ込んでいかなければならない……
僕らには、逃げ出すという選択肢は初めからないのだ。
10月27日(金) 天候:雨
1日かけて全力出撃体制を整えた第442の攻勢が始まる。
ずっと降り続く雨は第442の皆の軍服を濡らし、体温と体力を奪う。
この黒い森の見通しは悪くなる一方。出会い頭の会敵が増える。
雨、雨、いつも雨。
森の中なのに雨は僕らをびしょ濡れにする。
先頭にいた戦車2個中隊、そのあとに続く戦車駆逐中隊が前進を始める。
第100の前にいるのは戦車1個中隊、戦車駆逐車1個中隊のあわせて30両ほど。
戦車はシャーマンの長砲身。戦車駆逐車の方はアメリカの車両にはめずらしく、直線と平面で構成された特徴的なM10。まだ誰もあだ名をつけていない。
主砲は「強打者」の90mmじゃなく、今のシャーマンやあばずれより旧式な3インチ砲。
だったら全部シャーマンの方がましじゃないか?
しかしどこまで持つだろう。
密林ではないからかろうじて1両1両のろのろと前進しているが……
ふいに、1000ヤード以上彼方の森に閃光が見えた。
次の瞬間、急行列車のような音が響き、シャーマンの正面で耳を聾する轟音が鳴り響く。
シャーマンのすべてのハッチが飛んで炎が吹くと、砲塔が宙を舞った。
さらに砲弾が誘爆し、残った車体を粉砕する。
それを合図にしたかのようにつぎつぎと発砲の光がきらめき、赤熱した砲弾が音速の3倍で味方戦車に殺到する。1000どころじゃない、あれは1500ヤード以遠から撃っている。
「虎だあーっ!」
誰かが叫んだ。そうだろう。あんな距離から2発に1発当ててくるのは。
最悪だ……
2年たってもシャーマンはいまだ虎の足下にも及ばない。
乗員はもとより、戦車自体でさえ。
必死になって木材や土嚢を車体に積み上げても、まさに気休めにしかならない。
「全員戦車から離れろ! 散開だ。集まるな!」
シングルス大隊長もかなりわかってきている。
ここにいたせいで並の将校の数年分の経験を積んでしまっただろう。
普通なら弾よけの戦車から離れない方が良いと思うだろう。
でもいまのシャーマンやM10は、ただの弾薬集積所だ。
おまけに装甲板の破片を周囲にまき散らす。
戦車の残骸からはパチパチと爆ぜる音がして車載機銃の弾帯が暴発し、見境なく弾をばらまいている。冗談じゃない。
歩兵が集まって砲撃の目標にされるのもマズい。
一人ひとりになってしまえば、あの距離からは見えない。
そして樹木に隠れながら前に進む。戦車たちはもうおとりにしかならない。
彼らも砲撃戦を仕掛けてるが、1000ヤードを超えた向こうの標的なんて当たる方が間違いという程度の腕しかないことを、あらためて僕らに見せつけている。
せめて前面装甲だけでも虎並みの4インチあれば……。でも現実にはその半分しかない。
戦車隊は自分たちが逃げまわるので精一杯。僕たちは彼らを当てにできない。
もし計画どおり進撃させれば、なにもできないうちに皆殺しにされる。
ドイツ側は再編成後イタリーに送った独立重戦車大隊から、部隊を抽出までしているようだ。
戦車が叩かれているすきに散開した第3大隊の兵士たちは、一人ひとり木の陰に隠れて前をうかがう。そして何もないと見ると、更に前方の樹木に向かって進む。
しかし要塞機関銃隊の連中はまだまだ離れている第3大隊を見逃さず、効率よく牽制射撃を見舞ってくる。すると近くに隠れていたドイツ兵が頭を上げて撃ってくる。
ノコギリは重機関銃陣地があるからか、いつもの三脚架ではなくもともとついてる二脚で軽機関銃になっており、すばやく陣地転換できる。
歩兵分隊のBAR軽機関銃では対抗できない。こっちは弾倉式でしかも20連発だから。
重火器小隊の水冷式重機関銃は組み立てたまま運べない。3分割して3人で運んで組み立てて使う。日系部隊はわずか5秒で組み立て終わるがそれは訓練での話であり、悪い足場で敵に丸見えのまま組んでいれば良い的だ。60mm軽迫撃砲なら使えるけど、肝心の敵の居場所が見えない。
第522砲兵大隊にもやたらと支援を頼めない。ツリーバーストは敵味方の区別なく襲ってくるし、もはや接敵した状態では味方も巻き込まれる。
それでも第522の虎の子のグラスホッパー観測機がこの雨のなか野原から離陸して観測を試みるが、陸軍機といっても実際は単なる低速の軽飛行機でしかなく、地表ぎりぎりを飛んでいるところを対空機関砲隊の火線にとらえられ、バラバラにされてしまう。
航空隊の支援は無理だ。雨雲の高度が低すぎる。それに虎も含めて巧みに偽装を施している。
おまけにテキサス大隊を取り囲んでいる敵をやたらと爆撃すれば……
「たった2マイル半なのだぞ!
さっさと兵どもを進めて今日中に救援しろ!」
第141連隊と第442の合同司令部になっている大天幕に現れたダールキストは、ペンス大佐にばかりパッパをかけている。
「いかなる犠牲も許容する。さっさと進撃させんか!」
怒鳴り散らすだけのダールキスト。
イケメンの副官だけ連れて前線を見回ってもそれは同じ。
たった2マイル半? その2マイル半には虎とノコギリと要塞機銃と半分は精鋭のドイツ兵がびっしりと詰まっているんだ。
しかし野戦地図をろくに見たことも地図に兵科マークを書き込んだこともろくにないダールキストには、全然わかっていないだろう。
こいつにはやっぱりエアコンの効いた快適な総司令部のオフィスがお似合いだ。
大将になるには実戦部隊の指揮経験が必要なら一生ならない方が、本人含めて皆のためだ。
僕はそう思ったが、思っただけではすまなかった……
第3大隊正面で、敵は最も頑強に抵抗した。
装甲兵員輸送車やその改造型の支援用車両まで100ヤード先まで降りてきて、操縦席の屋根につけたノコギリや3.7cmらしい小型砲を撃つ。7.5cmの切り株砲を積んでいるのまでいて、榴弾を撃っていく。
この日は第3大隊はほぼ進めなかった。戦車隊が叩かれたためだ。
第100も同じような状況だ。どこかで銃撃戦になれば後ろから重機関銃や戦車砲の支援射撃が飛んでくる。
敵の狙いははっきりしている。テキサス大隊をエサにしてこの縦深陣地に連合軍を誘い込み、自分たちは陣地を死守しながらこちらを消耗させる。本国からの補給線もつながっていて、まだまだ増援を送ってくる。「死守しろ」といわれているが「取り返せ」といわれていないからこんな戦術をとれる。ここはロシアの大平原じゃない。
それでもダールキストは頭越しに前進命令を出してくる。
今までと勝手が違う。ひとりが犠牲になっている間に銃座を潰すなんてマネもできない。火線の密度が濃すぎる。
僕たちはタコツボを掘りながら、ドイツ軍と寸土を争う。
しかしとなりの高地にある補給路を断たない限り、敵を攻略することはできない。
これには最初に敵と接触した第2大隊が当たる。必要なことだったが、最前線は更に苦しくなった。
最前線の恐ろしさを知らないダールキストは、例のイケメン中尉だけをともなってタコツボに隠れている日系兵を見つけては、筒先並べて待ち構える敵に向かって突撃しろと怒鳴りつけている。そんなところで「二つ星」のついたメットを見せられればみんな動転する。
こうしてダールキストはまさに自分の手で、日系兵たちを死地に追いやり続けた。
この日は第3大隊が第100とのすき間を埋めるため進んだが、K中隊がキルゾーンに誘い込まれかなりの損害を出した。
ダールキストは第3のパーセル大隊長に、明朝6時に攻撃再興とだけ伝達した。
次の日、第3大隊に2両の戦車が増援で来たものの、ぬかるみにはまって動けなくなる。
午前11時にペンス連隊長は「第3大隊は予備のL中隊も投入して構えを取らせている」とダールキストに報告するが、「構えているだけでは話にならん。貴様自ら行って奴らを壕から叩き出してこい」と怒鳴られ、更に「第100にも貴様自ら行って同じように突撃を命じろ」とご託をたまわった。
ヤングの三人衆のうちアービング・アカホシだけはミツヨシ・フクダと同じく運良く長期休暇をもらってハワイに帰っていた。それが彼の生死を決めた。
ミナミ軍曹とクボカワ一等兵はこのとき壕の中に収容した捕虜たちを尋問していた。
そこへ数発の砲弾が降り注ぎ、二人と同僚たちを四散させた。
皮肉なことに壕の中で無傷だった捕虜たちは、その時のことを覚えている。
アカホシには休暇後、ホノルル駐留軍に加わるという選択肢があった。しかしずっと仲間だった二人の戦死を聞いたアカホシは、休暇を打ち切って直ちにヨーロッパへと向かった。
この時、ヤングの後を継いでS3になっていたのはS2だったブードレー中尉だった。
ミナミたちはヤングがS2でなくなったあともS2にとどまっており、ミナミたちが瞬時に爆死したことは彼を動揺させた。しかし今第100の命運は彼にかかっている。
ブードレーがC中隊長パイ中尉と作戦を協議しているのを、ドク・コメタニとヨースト牧師が見ている。
彼ら二人は第100が「ハワイ緊急大隊」としてオアフ島から追われるように出て行ったころからの「オリジナル・メンバー」であり、いままでの第100の栄光の戦歴の中で、オリジナル・メンバーたちが栄誉と引き替えに失われていったのを見続けていた。
死んでいったもの、障害者となって去っていったもの……
彼らの知っている第100歩兵大隊は、急速に失われつつあった。
大尉級の将校たちもタカハシやヤングはじめ部隊から消え、中核はブードレーのような中尉たちがになっている。
その彼らの目の前で一発の砲弾が炸裂する。
瞬時に伏せたドクたちが顔を上げたとき、至近距離にいたブードレーが事切れていた。
この数日で骨と皮にまでやせこけてしまったパイ中尉は「もう、たくさんだ」と叫ぶと、部下たちとともに前進を始める。
しかし、そのパイ中尉も敵の迫撃砲にやられ、身動きできない重傷を負った。
すでに作戦が始まってから3日目になろうとしていた。
シングルス大隊長はAからD中隊の4人の中隊長に集合をかけた。
まもなく現れたのは2人の少尉と2人の曹長。
シングルスは愕然とした。最悪といってよかった。
いままで自分を支えてくれたタカハシ、ヤングのようなオリジナルメンバーの古強者はとうにおらず、それどころかまっとうに中隊を指揮できる将校さえいない。
そんなときに師団長からの通信が入る。シングルスは受信機に近づくと、自ら電信線を引きちぎった。
「貴様の相手をしているヒマなどないわ!」
内心の動揺を隠しながら、不慣れな作戦指揮をとる大隊長。
しかし、彼の内心には確信など何もなかった。
彼もドク同様、第100だけでなく第442すらもここで壊滅するのかと恐れていた。
さらに、第100に向かっていたペンス連隊長のジープが迫撃砲に撃たれまくって撃破される。
同乗者2名は死傷、連隊長も脚に傷を負う。
従軍牧師たちはこのとき衛生兵に混じって負傷者の救援に走り回っていた。
衛生兵たちの指揮をとっていたのは、五等特技兵のジェームス・オークボだった。
医大卒の彼は、ダン以上の「医者の卵」だった。彼は不眠不休で衛生兵たちと増え続ける負傷兵の救命に当たった。それは前方の戦場以上の激戦だった。
従軍牧師の一人、ヒロ・ヒグチが足を引きずるペンス大佐に駆け寄る。
いままでずっと強気を通してきたペンス大佐が、ヒグチに支えられたときに弱気をみせた。
「ヒロ。私は、もう疲れたよ……」
このとき別行動をとり、敵の増援ルートを遮断するためとなりの高地を攻めていた第2大隊も、苦戦のさなかにあった。
2個中隊が正面の麓に陣取り牽制を続け、残り2個中隊が背後から高地を陥とす作戦だ。
しかし、背後から向かった2個中隊もまた、二重三重の防御陣の前に動く事もできなかった。
すでにイタリーの戦いで特別勲功十字章をもらっていたフランク・オノも、ここで足止めを食らっていた一人だった。
もう何日眠っていないだろうか。ビフォンテン攻略戦の疲れさえ取る事が許されなかった。
彼らの疲労は、もはや限界だった。
オノたちが隠れていた窪地にも、容赦なく牽制射撃が向けられる。
その中ひとりの兵が、ふらふらと立ち上がる。
「立つな! 伏せろ」
オノは叫んだ。しかしその兵はもうろうとした意識のまま窪地の縁を乗り越え、一発の銃弾に頭を打ち抜かれた。即死だった。
それを見たオノのなかで、何かがぶち切れた……
「ゴー! フォー! ブロォォオオク!」
絶叫しながらオノはトミーガンを撃って遮蔽物になる樹木に突進、敵陣に撃ちかけるが倍する射撃にさらされる。それでも彼は前に進む。
疲労の極でそれを見た将兵は立ち上がり、無秩序に突撃を始めた。
それは、前進中の2個中隊に伝染した。
耳を聾する「Go for broke!」の大絶叫とともに。
その声は麓側にいたE中隊で小隊を率いていたダンにも聞こえた。
「行くぞ! 離れてついてこい。
Go for brokeだぁぁぁあああっ!」
ダンばかりではなかった。
麓側の部隊すべてが熱狂に包まれたまま、銃弾の雨の中を突き進む。
敵は彼ら全てを抹殺せんと、持てる全ての武器を撃ちまくるが、日系部隊の接近速度は彼らが知るアメリカ軍のものではなかった。
バタバタと倒れ伏す戦友の屍を踏み越え、尋常ならざる速さで迫る日系兵は前時代のような長い銃剣を着剣したライフルの槍で、ドイツ兵たちの急所を一撃で貫く。
体格で勝るゲルマン人の兵士が白兵戦で日系兵たちに手も足も出ない。
二手、三手と持たずに一撃で倒されてしまう。
「何なんだ! あいつらは」
高地の表側からも「Go for broke!」というウォークライとともに狂戦士たちがよじ登ってくる。電気ノコギリやシュトルムゲヴェーアの弾幕も、彼らには通じない。
恐怖というものがどこかにいってしまった狂戦士たちは、目の前でいくら仲間が倒れても、さらに進んでまた倒される。そして彼らの犠牲の上にたどり着いた日系兵たちは死神の鎌のごとく彼らのモットーを名付けられた、短刀と言ってよい銃剣を縦横に振り回し、犠牲に数倍するドイツ兵の生命を刈り取っていった。
「……はあ、はあ、やったのか?」
高地の頂で、ダンは気がついた。
いままで本能のままに戦っていたようだ。
背中にはスコープ付きのガーランドを背負い、手にしているのは左手のアサルトライフル、右手のGo for broke。
足元にはすさまじい数の、ドイツ兵の死体。
第2大隊は多くの犠牲を出して、この増援ルートを断ち切った。
減少した兵力の三分の一を押さえに残し、第2大隊もまた「失われた大隊」救出戦に加わる。
10月29日。朝から第100と第3大隊が別々の方角から攻勢をかける。
ダールキストも相変わらず朝から元気だ。
この日も朝からシングルス大隊長の元に例のイケメン中尉の副官だけ連れてねじ込んできた。
「前進しろ。止まるな。何があってもただ前進しろ! 第1大隊は今や死に絶えつつあるのだ。
何が何でも救出しろ!」
そのためには第442が死に絶えてもかまわないというわけか。
しかしもうシングルス大隊長も、この愚か者の相手に疲れていた。
だから「イエス・サー」としか答えなかった。
大隊長は部隊の前進を阻んでいる敵の機銃座を、しゃがんだままにらんでいた。
そこにまでダールキストはにじり寄り「地図を持っているか」と聞いてきた。
作戦地図は戦死したブードレー中尉が持っていたままだ。
大隊長がそう答えると、ダールキストは連隊本部から取り寄せろという。
すると副官の中尉が「私が持っています」といいながら立ち上がった。
ここがどういう所かも考えずに。
連隊本部に連絡を取るべく後ろに下がったシングルス大隊長にダールキストが追いすがる。
「ルイスが、死んだ……」
「ええ、見ました」
シングルス大隊長が答えたのはそれだけだった。
「知ってるか? シンクレア・ルイスの息子だったんだぞ」
有名な小説家だ。だからどうしたのだ? と声に出さず大隊長は思う。
師団長は人が変わったように弱々しく立ち去った。
これでもう前に出てくれなければいいとしか、大隊長は思わなかった。
しかしダールキストはまたやってきた。そして重ねて地図を所望した。
このときになって作戦地図はブードレーの部下だった兵士から預かっていた事を思い出した大隊長は、地図をダールキストに渡した。ダールキストは心ここにあらずという風情で、大隊長のあとをただ付いてきた。シングルス大隊長のはらわたの中は怒りで煮えたぎっていた。
ダールキストはさらに連隊の無線でわめき続ける。
「何人死んだって構わん、テキサス大隊を救うまで押しまくれ」
この無線で自分たちが何のために戦わされているのか知った兵も多かった。
兵たちにはダールキストが「黄色い猿などいくら殺しても構わん」と言ったと受け取った。
僕もそうだった。
ダールキストは今度は単身で第3大隊の本部に現れ、大隊長のパーセル中佐にかみついた。
「なぜ前に進まん! ぐずぐずするな!」
「……何だと? 貴様ぁ、できるものならやってみるがいい!」
パーセル中佐は、はっきりと逆らった。
二人は大声で怒鳴りあい、ついにパーセルが本気でダールキストにつかみかかった。
「貴様などにマイ・ボーイズを殺させはしない!」
あまりの剣幕にたじろいだダールキストはたたらをふんで後ずさった。
ダールキストは「貴様を軍法会議にかけてやる……」と捨て台詞を残して去った。
大隊長を心配した伝令のトキワに、大隊長は「何も心配はない」と笑った。