「今夜偵察隊を出せ。頼りになる奴を選べ。
第1大隊と連絡をつけられた奴には特別勲功十字章をくれてやる!」
ダールキストの焦りも頂点に達している。
第3大隊長のパーセル中佐のもとに性懲りもなく現れて、無茶をわめいている。
「さもなくば軍法会議だ。中佐、私は本気だ」
もはや正念場だ。誰にとっても。
第100も第3大隊もやっと数ヤードずつを稼ぐようにして前進を続けてきた。
しかしここまでの戦いで、すでに今までに数倍する被害を出している。
銃創がなくとも、凍傷やなんかしらかの傷を皆負っている。
冷え切ったレーションばかり食っているから、腹の具合も悪い。
パーセル中佐は最前線にいる部下たちの前に、メットもかぶらず、手には拳銃だけという姿であらわれた。
「Okay!Boys,let's go!」
いままで彼は最前線に立った事はない。
しかしこのときのパーセル中佐は、初めて日系兵たちより前に立った。
拳銃一丁だけを携えて。
行くぞと叫んだ彼は敵の銃弾など気にもせず、まっすぐ走り出した。
疲れ果てていたK(第2)中隊、I(第1)中隊が負けじと続く。
皆、わかったのだ。
大隊長が「もう一緒に死んでやる事しかできない」と言っているのだと。
第3大隊が後先考えない突進に賭けたと思ったドイツ軍は、「頼りになる何とか」を呼んだ。
K中隊の中でとくに先行していた分隊が、100ヤード離れてそいつと出くわした。
そいつはまるで電信柱のような主砲を第3大隊の兵士たちに向け、榴弾を放ち、同軸機銃を撃ちまくる。さらに1両の装甲兵員輸送車の車体から上半身だけ出した装甲擲弾兵たちがライフルグレネードやアサルトライフルを放つ。
「チクショウ! 虎だあ」
皆、デコボコの地面に伏せて「対戦車、対戦車」とロケラン兵を呼ぶ。
対戦車小隊の兵が数組、ロケランと予備ロケット弾をかかえて進む。
勇敢にもなんの防御もないままで。
彼らはそれでもがんばって30ヤード前ぐらいまで進んだ。半分を犠牲にして。
だが、身を隠すものひとつないところで正確に狙えというのは無理な話だ。
銃を持たない彼らは敵兵に反撃もできず、今は最後の一人がロケランを背負って匍匐前進で懸命に虎に向かって進む。
彼は不規則な動きで伏せたまま這い、じりじりと距離をつめる。
そして虎の10ヤード手前までたどり着く。撃てば当たる。
しかし彼はそれでも足りないとばかり中腰ですばやく走ると、いきなり目と鼻の先で虎にロケットを撃った。
虎の正面装甲で爆発が起こる。命中だ。
ロケット弾が虎の装甲をえぐっていた。しかしせいぜい直径6cmの弾頭では虎の正面を撃ち抜くには至らなかった。
彼は背嚢からさらに一発の弾を取りだし、それを右手に持ったまま、虎の車体機銃に倒された。
無念そうな表情で彼が倒れ、仰向けに地に横たわる。そのとき──
「うおおおぉぉぉっ! バンッ、ザイッ!」
「バンザーイ!」
「万歳! 万歳!」
──皆がバンザイと叫んだ! 声を限りに叫び続けた。
バンザイと叫びながら、一人の兵士が
万歳を叫びながら、1個の分隊が
BANZAIを連呼しながら、小隊が、中隊が、大隊が
100人が、1000人が、連隊の全ての将兵が
怒りに燃えて立ち上がり、全力疾走でありとあらゆる火器を撃ちながら
バンザイと叫びながら
軍服をまとった人の津波となって、ドイツ野郎どもに襲いかかった。
何に対する怒りだったのか。
こんな戦争を始め、虎やノコギリで僕たちを殺戮するドイツ軍にか。
ろくに戦わず、味方の尻ぬぐいを僕たちにさせる「友軍」の奴らにか。
僕らを人間と認めない、向こうとこっちの毛唐どもになのか。
低能のくせに僕らを自分の出世のための踏み台、消耗品としか思わないダールキストにか。
日系市民を迫害し、収容所に閉じ込め、危険な戦場で戦わせるローズヴェルトに対してか。
これは、この世界全てに対する、僕ら全ての怒りなのだ。
さあ、聞くがいい。
敵も味方も、どいつもこいつも。これは僕たちの魂の叫びだ。
この世でもっとも恐ろしい、戦いの雄叫び、勝利への喊声だ。
さあ、見るがいい。
強制でも同調圧力でもない、命令でもない。
自身の意志で戦う僕らの、本家本元よりも恐ろしい、本物の万歳突撃を!
第442の白人将校たちまでも「BANZAI!」「BANZAAAI!!」と叫びながらしゃにむに走っている。
第100の先頭集団には当然のようにシングルス大隊長が、トミーガンじゃなく着剣したライフルをかまえて突撃に加わっている。
それだけじゃない。後ろから連隊旗「Go for broke」を立てた集団が登ってくる。
そこには鬼のような形相の連隊長ペンス大佐、プエルトリコ系でもともとコワモテな副連隊長バージル・ミラー中佐らが倒れた兵士のものらしいGo for brokeを着剣したガーランドを携えて走っている。やはり「BANZAI」と叫びながら。
ドイツの連中からは、どう見えただろうか。
まるで地響きのようなウォークライを上げながら、19世紀の軍隊のような総員銃剣突撃を仕掛けてくる僕たちが。
彼らは岩のかげ、土のうの後ろ、陣地の壁から笑いながら一斉掃射で僕たちをなぎ払おうと、武器を構え、演習のように撃ち始め、……戦慄する。
被弾した兵がすぐに崩れ落ちず、死ぬまでの時間で一発でも多くの銃弾をその身に受け、最期までのけぞることなく前のめりに倒れていく。
次の兵士が弾を受ければ、やはり同じようにその身を盾にして死んでいく。
腕を失った者は残った腕で武器を拾い、脚を失った者は倒れてなお武器を構えたまま這って前に進む。「バンザイ」と叫び続けて。
皆が皆、息の根を止められるまで、武器を持つ手がなければ歯でかみついて、死にきれない者がなおも銃剣を振りかざし、戦い続ける。
瀕死で敵陣に飛び込んだ兵は、かすかな意識の中で手榴弾のピンを抜き、自分もろとも敵兵を吹き飛ばす。
いくら撃っても、いくら倒しても、すでに生死を超越した日系兵の集団はなんら臆することなく攻め込んでくる。
深い山林の中で縦深陣を組んでいた彼らは、前の陣で行われる戦いに何の援護もできない。
こっちは総員全力だ。それにこっちだって二百三高地のように丸見えじゃない。
バンザイの連呼は後方にいる第522砲兵大隊に伝染する。
彼らはここが先途とばかり、目標標定もせず、敵の後方につるべ打ちを見舞う。
三分の一も有効打になっていないだろう。しかし今日一日ですべてを撃ち尽くすつもりで、砲身が焼けるまで撃ち続ける。たとえ陣地に潜む敵の頭を上げさせないことしかできなくとも。
援軍のはずの師団砲兵は動かない。射撃要請が来ていないから。
出るわけがない。誰も彼も狂ったように戦っているのだから。
僕も何も考えず、しゃにむに走り続けていた。
不思議なことに恐怖心がすべてなくなってしまうと、敵の銃撃がよく見える。
当たりに行かない限り当たらないような気がする。
前方180度が全部よく見える。何もかもゆっくりと動いている。僕自身も。
頭だけがさえている。伏せて起きて、次に何をするかは一瞬前に決めている。
もう元の部隊ごとにまとまってさえいない。誰も指揮なんか執ってない。
各隊長も、ただひたすら走るのみ。
誰かが僕を追い抜いていく。第3大隊のバーニー・ハジロ。
ビフォンテンでも狙撃兵を二人倒し、2個分隊18人を数人で全滅させた剛の者だ。
ドイツ兵には意味不明の呪詛を吐きながら、異様な軍勢が人ならざる速度で群れを成して襲いかかってくるとしか見えないだろう。いや、僕らは果たして「人」のままなんだろうか。
誰も彼もが、きっと僕もが悪鬼羅刹のごとき顔をして……、いや、僕だけふだんのジャガイモ面で無邪気ににこにこ笑っている。きっと、背の低い鬼の集団の中で。
ドイツ兵は地形の事もあるけど、ノコギリや重機関銃が砲列並べて兵士が塹壕や陣地で守れば粘れるとだけ考えていたようだ。あくまで普通の近代軍なら。
もしここがどこかの旅順要塞だったら、たぶん僕たちは何もできずに殲滅されただろう。
しかし彼らが僕らを撃てるのは、眼前数十ヤード。
真っ先を走ってた者たちが倒されたときには第二陣以下がもう敵陣に乗り込んでいる。
残念だったね。僕らが人間の軍隊じゃなくって。
撃たれた事にさえ気がつかず、平然と走り続けるような、もうすでに死んでいる兵隊でさ。
いや本当に一番先になだれ込んで、敵兵に銃剣をブッ刺しているのは、本当なら身動きもできない重傷者。そしてともに事切れる。
本当に殺し切らないかぎり、息の根を止めないかぎり日系兵は襲いかかってくる。
ドイツ兵たちは恐怖を顔に貼り付けて、小便漏らしながら陣に踏みとどまっている。
褒め称えるべきだろうか?
恐怖のままに逃亡し、守備隊自体が瓦解すればもしかしたら国に帰れるかも。
そうすれば親衛隊やゲシュタポに処刑されるまでは長生きできる。
アメリカ軍なら……、こんなの相手に逃げたって脱走罪にならない。
僕の目の前で重機を操作していた2人のドイツ兵の背後の木に誰かが駆け上り、重力にまかせて落ちてきながら手にしたGo for brokeを一閃させる。
どうやったものか彼はうしろからドイツ兵たちの延髄を断ち切って、一撃で殺害した。
彼はさっきのバーニー・ハジロだった。銃は背負っている。弾切れだろう。
彼は壁のような崖や樹木を重力がないかのように走り回り、またしっかり作られた要塞機銃の陣地の背後に回り込むや、長さで言えば短刀と言っていい銃剣一丁で人間の弱点が集まった首筋を狙って「切断」する。
機銃の連射が途絶えたとたん、敵はすぐに日系兵の津波にのまれる。
4,5人に同時に踏みつぶされ、息絶えるドイツ兵までいる。
人間なら誰でも1m以内に敵が現れると、引き金を引く前に殴りかかろうとしてしまう。
だったらすでに銃剣をまっすぐ伸ばしている僕たちの勝ちだ。
国民擲弾兵はアマチュアだ。だから渡された戦車鉄拳は戦車にしか使っていけないと思っている。それを棍棒の代わりに振り回す馬鹿がいて、榴弾クラスの爆発を起こす。
そんな光景が左や右で同時に、狂ったように繰り広げられる。
僕の目の前に、拳銃を構えた将校がいる。狙いは良いのにいつまでも撃たない。
いや、撃てないんだ。指がけいれんして。
でも知ったことじゃないよ。僕たちの邪魔をするから悪いんだ。さようなら。
「Are we the games? No!We are the cruel predators.」
敵将校の目がゆっくり見開かれ、銃剣の切っ先が彼の心臓の真上に当たる。
バターを切るようにゆっくりと銃剣が前に進み、やがて将校の背中から顔を出す。
将校の瞳の中の瞳孔が開き、ゆっくりと上げた僕の右脚が命を失ったそれをゆっくりと蹴り飛ばした。いや、ゆっくりじゃない。ほんの1秒にも満たない時間のことだ。
軍服を着た「津波」が、ドイツ兵どもを飲み込み、蹂躙し、ミンチに変えていく。
万歳を連呼しながら。すでに死んでいる兵士の軍勢が突撃する。
逃げ出す者すら容赦しない。
襟をつかんで引き倒し、取り囲んで銃剣でザクザクと突き殺す。
隠れていた一団が、白いハンカチを振りながら出てきた。
しかし皆、銃剣を構えたまま体当たりし、のこらず刺し殺した。
その中に、僕もいた。
ハンカチを持っていたのは中年の兵士。
後に続いていたのは少年兵の集団。教師と生徒たちだったのかもしれない。
しかし僕たちにとって、彼らは倒すべき敵でしかない。
ドイツに生まれたことを呪ってくれ。
僕たちもいずれ、君たちと同じ地獄に行くだろう。文句はその時聞いてやる。
連隊旗めがけて数発の迫撃砲弾が降ってきた。
連隊本部の数人が吹き飛ばされ、悲鳴が上がる。
怒号と悲鳴、土煙が収まった後、負傷者たちがうめいている。
その中に仰向けに倒れた連隊長、ペンス大佐もいる。
副連隊長、バージル・ミラー中佐が駆け寄った。
「……私に構うな。君が連隊の指揮を執れ。
止まるな、進め。テキサス大隊の待つ場所まで。
もう行け! ミラー中佐」
ミラー中佐は、ごつい顔を一瞬ゆがませたが、立ち上がるとその場で敬礼する。
「承ります、連隊長。
連隊本部、我に続け!
連隊旗は連隊長とともに後方に送れ。
兵たちに遅れるな、行くぞ!」
黒い顔に高い鼻、プエルトリコ系のたくましい顔つきのミラー中佐は、大きく目を見開き、着剣したガーランドを構えなおし「BANZAI!」と叫んで再び走り始める。
重傷のペンス大佐はしかし泥だらけの顔を起こし、ニヤリと笑ってサムアップで見送った。
「……BANZAI The 442nd……」
麓の司令部に戻されたペンス大佐は、そのまま野戦救急車でマルセイユに送られた。
彼はそのまま連隊長の職を解かれ、ミラー中佐が代理となる。
指揮官が前線で負傷してリタイアするのは、もはや日系部隊のジンクスと化したようだ。
連隊長すら……
血まみれ、泥まみれと化した僕たちのまえでふいに森がとぎれ、鋼鉄の猛獣たちが鎮座しているのが見えた。ついに虎たちが僕たちの前に立ちふさがる。
だがもう僕たちは、頭のネジがまとめて飛んでいた。
ここぞとばかり「バンザイ」と叫びつつ吶喊する。
虎どもの乗員はそれでも冷静に、車体機銃を撃って迎え討つ。
腹の決まった車長連中は同軸機銃を外してキューポラの対空機銃架に装着すると、自ら撃ち始める。さすが良い度胸をしている。
「対戦車! 前進!」
重いロケランとロケット弾を抱えた2人ひと組の対戦車班がダッシュする。
せまい視界と射界の車体機銃はむやみやたらに弾をばらまき、車長たちは装てん手が渡すドラム弾倉を次々付け替えて、彼らを狙う。
対戦車班が倒れると他の歩兵が装備をひろい、彼が倒れるとまた次の兵が引き継いで、次々と虎に迫る。だがまだ撃たない。せめて側面にまとめて叩きつけないと。
その邪魔をしていた虎の車長のひとりがのけぞり、血しぶきをまいてぶっ倒れる。
さらに他の車長のヘッドセットが吹き飛び、さらに胸に銃弾を受けて即死する。
離れた高台にいてスコープをのぞき込み、両目を開いて視野を確保しながら、ほぼ連射といっていい速さで最強のライフルマン、ダンが撃っている。
敵の注目を集めた瞬間に、最後のクリップがガーランドから外れ落ち、その刹那にダンは高台から消えていた。
この隙に僕たちは虎に肉薄した。側面に回り込んだ兵たちが、ロケランを至近距離からぶっ放す。虎に取り付いた兵たちが上半身を露出した車長を槍衾にし、血まみれの肉塊に変え、開いたハッチから手榴弾をたたき込む。恐慌を起こしたドライバーがむやみに虎を動かし、巻きこまれた兵たちがひきつぶされる。
ダンは誰かから新たにクリップを受け取り、狙撃を再開する。
恐怖の猛獣だったものが、もはや人間の感情を持たない日系兵の津波に飲み込まれ、いいようにいたぶられている。
履帯と転輪のすき間に何個も手榴弾を放り込まれ、足回りを潰された虎にわらわらと日系兵が群がってハッチをこじ開け、銃を撃ち込む。
吸気管や排気管に泥を詰め込み、無理矢理エンジンを止める。
みんな虎の脇にくくりつけられた斧やハンマー、デカいシャベルまでむしり取り、敵兵を殴る凶器に使う。戦車を捨てて逃げた戦車兵は、形がなくなるまで潰される。
僕たちは思った。何が虎だ、何が最強戦車だ。
電信柱はやしたデカいだけのウスノロでくの坊が。側面に回られれば何もできない。
僕も虎によじ登る。そいつの車長はとなりの車長がダンにヘッドショットされた瞬間を見て、呆然としていた。
きっと僕はそいつのわきでいつものように無邪気にニコニコ笑っていたと思う。
そいつと目があった瞬間、僕はそいつの開いた口に破片手榴弾をぶち込んでいた。
そのまま手榴弾を拳で殴り続ける。そいつのあごは外れ、歯が砕ける。僕は笑っている。
仕上げに手榴弾のピンを抜いて、そいつの頭をガーランドの台尻でいやというほど殴りつけ、虎の車内にお帰り願った。頭蓋骨のへこむ音を聞いたような気がする。
僕は無邪気に笑ったままだ。
僕が飛び降りた次の瞬間、虎の車内にくぐもった爆音が響く。誰かがその虎のキューポラに駆け上る。ガーランドを背負い、両腕に敵から奪ったアサルトライフルをひっさげたダンだ。
彼は上下を逆にしたバナナ型の弾倉を何かでしばったものを銃に装てんしている。あれならすばやくリロードできる。
ダンはアサルトライフルの1挺の銃口を車長用ハッチに突っ込んで、これが本当の仕上げとばかりに30発全部を撃ち込むとすぐに虎から飛び降り、押っ取り刀で駆けつけた装甲擲弾兵どもに半自動に切り替えて、走りながら撃ち続ける。
装甲擲弾兵たちとの撃ち合いは激しいものだったが、僕らを足止めさせるためのものだった。
数台の虎が戦車兵の惨死体を乗せたまま煙を噴いており、残った虎どもは砲塔だけ後ろに向けながら、ノコギリで牽制射撃を続ける装甲ハーフトラックの集団とともに待避しつつあった。
……虎が、僕たちに恐れをなして逃げていく。
僕はその時になってやっと気がついた。おびただしい味方が倒れているということに。
僕たちの通ってきた途は、すべて血の川だった。
血の大河に、死者と負傷者が多数横たわる。
死にきれない多くの負傷者が母を呼ぶ。「母さん」と言って事切れる兵もいる。
一方、ドイツ軍の負傷者も、捕虜もいない。みんな僕たちが殺してしまった。
いままでの日系部隊を信じて投降した者も、惨殺してしまった。
何の訓練も受けず、それぞれの家庭から引き離されて送り込まれた年配者も少年たちも。
僕は、僕たちの中で何かが永久に変わってしまったことを自覚した……
それからしばらくして……
偵察集団が切れた通信用ケーブルを発見。アメリカ軍のものだった。
その知らせは、直ちにミラー中佐に届く。
彼はいまだ自力で歩ける兵士たちを率い、テキサス大隊が潜むであろう森に向かった。
その後方から「テキサス大隊と接触」との報を受け、白人の衛生部隊や、16ミリの映画用撮影機を抱えた宣伝部隊とおぼしき連中までやってきた。当然戦場カメラマンも。彼らも命を張っているのだろうが、僕は彼らを「戦友」などとは思えない。
彼らは敵が掃討され、第442がテキサス大隊と接触し、連中がここに無事に降りてくるのを待っている。
おそらくテキサス大隊が潜んでいるだろうあたりに到着した第442の先遣部隊は、大声で今日の符丁を叫ぶ。
森の向こうから、対応する符丁が返ってきた。
ついに第442は、テキサス大隊との接触に成功。
森からは大男ばかりなのにやつれはてた、第141連隊第1大隊の将兵たちがよろよろと現れた。
救出された喜びで半泣きになり、顔をくしゃくしゃにした彼らが僕らに抱きつこうとした。
しかし彼らは、僕たちの低い背丈、隠しようのない血と泥にまみれた軍服、浅黒い顔を見て凍ったように動きを止めた。
「お前ら、ジャッ……」
最初に口を開いた男は、途中で声が止まる。
皆が一斉に銃剣のついたままの銃器を構えたからだ。
安全装置を外し、引き金に指を掛けている。すぐに撃てるように。
「やめろ。銃を下ろせ」
ミラー中佐が、皆を制しながら前に出る。
向こうも大隊長とおぼしき将校が前に出てきた。
「小官は第442連隊戦闘団連隊長代理、バージル・ミラー中佐である。
諸君の戦いは終了した。
この山を下り、原隊に合流せよ。諸君のために糧食とシャワー、医療班が待機している」
彼らはそれを聞き、無言で僕たちが上ってきたルートを下っていく。
途中で水を求める兵もいたが、誰も与えなかった。
彼らにはすでに食べきれないほどの特別糧食や酒が用意されている。
後ろで歓声が上がった。
宣伝部隊や従軍カメラマンがフィルムを回し、カメラのシャッターを切っているんだろう。
大統領はテキサス人を見捨てなかったという決定的瞬間をスクープするために。
去って行くテキサス大隊と入れ替わりに、第442の補給中隊と、オークボが率いる衛生中隊が上がってきた。彼らもここ数日間不眠不休で大勢出た負傷者の手当てにあたっていた。
他の部隊の支援は全く受けられない。当てにできないから第442は機甲部隊を除くすべての兵科を備えた「連隊戦闘団」なのだ。
まず、無事な者全員が重傷者を麓に下ろし、野戦病院に担ぎ込んだ。
戦死者はさすがにここに埋められず、フランス政府が作ることを認めた戦死者墓地に埋葬されることになる。
このバンザイ突撃で救出されたテキサス大隊の将兵は211名。
それに対し第442はその同数以上の戦死者と3倍に及ぶ負傷者を出した。
これはこの「失われた大隊救出」だけで生じた犠牲だった。ブリエアから考えれば二千名以上の死傷者を出し、連隊の兵員は半分以下にまで減らされていた。
衛生中隊、補給中隊がいまだ彼らの戦いを戦っているさなか、実戦部隊が移動準備を整えたのを確認したミラー中佐が命じる。
「総員、戦闘態勢で前進せよ」
そう、ダールキストはテキサス大隊救出成功の報を受けた後、第442にさらなる戦果拡大を命じたのだ。
また「バンザイ突撃」でなんとかすると期待しているらしい。
奴にとって日系部隊は使い捨ての道具なのか。
テキサス大隊を救助した白人兵どもは、日系兵の負傷者なんか目もくれない。
僕たちで彼らを麓に運ぶしかないのだ。
そしてそのあとはこの地獄の山で朝まで堅い木の根っこを枕にわずかな睡眠を取って、冷え切ったレーションだけ食べてまた戦う……
「There's not any mercy for us in this world,however.
I shall never succumb until I die……」
これは死亡フラグかな……
11月になっても、なお、僕たちは雨の中ドイツ兵と戦い続ける。
フランス領からドイツ兵を追い出して、向こうの「黒い森」に攻め込むまで。
あるいは、消えてなくなるまで。
今の僕たちが20代前半の若者だと言っても、誰も信じないだろう。
白人からは子どもに見られてしまう日系二世が、まるで老人のようだ。
無精ひげを剃る気力もない。顔も洗わず、やせこけた顔には隈を作っている。
ついにPTSDで戦えなくなった兵士がでた。
戦っている敵も投降する敵も、まとめて蜂の巣にするようになってしまった。「そこに並べ」と言ってから一斉射撃でなぎ倒す。
第3大隊なんか、5分の1の兵力しかいなくなった。それでも当然補充兵は来ない。
日系兵の予備なんかいないからだ。
しかしダールキストは「あそこを取れ、ここを取れ」と催促ばかり。
そんな中で小隊長になったダンは、本人の懸念とは別に、なんとなく上手くやっている。
もともと親分肌だし、高校の時もワイシャツネクタイのこぎれいな集団の中で、そうではない彼が選ばれて学級委員をやっていた。番長が学級委員やるのはアメリカだからか。
ダンにとって一番イヤな仕事は、兵たちが家族とやりとりする手紙を検閲することだった。
しかしそのおかげで、なすべきことをなすこともできた。
ダンは、ある兵士に息子が生まれたことを知った。
死ねなくなったと意識し続ける兵士ができてしまったのだ。
そして、往々にしてそういう兵士は、ミスをやって死んでしまう。
ダンは夜、その兵士のところに世間話をしにいった。
そして「うっかり」彼の度の入った防塵ゴーグルを落っこどし、「おっといけない」と拾おうとして「うっかり」踏みつぶしてしまった。
「ああ、すまねえなあ。
代わりは手配するから、それまでお前待機してろ」
ダンはそうやって彼をその晩の出撃から外した。
オークボは真珠湾のダンのように不眠不休で救護の指揮を執り続けている。
最前線から後ろに下がった衛生中隊の屯所の近くに、どこかで被弾したらしいシャーマンが煙を引きながら、よたよたと後方目指してはうように進んでいた。
突然そのシャーマンのエンジンルームから何かが壊れる激しい音がすると同時に、エンジンルームが火を噴き、シャーマンはつんのめるように急停止した。
すべてのハッチが開いて戦車兵たちが飛び降りてくる。戦車はすぐに火だるまになる。
しかし5人の乗員のうち一番新人の副操縦士だけが降りる前に炎に包まれる。先輩たちのように素早く逃げられなかったのだ。
だが、その炎上しつつある戦車に駆け寄る一人の男。頭には赤十字を描いた鉄かぶと。
彼は皆が「ダメだ! 逃げろ!」と叫ぶ中、炎に包まれつつあるシャーマンの車体正面によじ登り、火に包まれつつある戦車兵を必死で引き上げる。ものすごい熱気の中で。
彼まで火がつくと思われたとき、戦車兵をようやく引き抜いた彼はそいつを背負って飛ぶ。
シャーマンは完全に炎に包まれた。彼は戦車兵を背負って必死にこちらに走ってくる。
「Hurry! 急げ!」
皆が叫ぶ中、ついに戦車が爆発を起こす。
しかし、彼、オークボと戦車兵はその爆発に巻き込まれないところまで逃げ切っていた。
ミラー中佐はオークボに対し、今度こそ「メダル・オブ・オナー」の資格があるとして政府に申請を提出した。しかしオークボに与えられたのはシルバー・スター(銀星章)だった。
ダールキストが「衛生兵には資格がない」として、シルバー・スターの申請に変更してしまったのだ。
「失われた大隊救出」から一週間以上たった、11月8日。僕たちはまだ戦っている。
ミラー中佐、シングルス大隊長、パーセル大隊長らがいくら部隊の窮状を訴え、後退させてくれと懇願しても、ダールキストは断固として認めなかった。
挙げ句の果てに「2小隊ずつ麓に下ってシャワーを使え。ただし着替えはない」などという。
部隊が敵の反撃に晒されているさなかに。
第3大隊にはついに「分隊以下」にまでなってしまった中隊がある。
もうこれ以上の進撃も、ここに踏みとどまることも不可能だ。
戦闘詳報は毎日送っているのに、軍団や軍司令部では誰も気にしないのだろうか……。
……いや、注目を持って見ていた人間はいた。
その晩、師団司令部のダールキストに直接長距離電話を掛けてきた人物がいた。
「ダールキストだ。……ボ、ボス、ご無沙汰しております。
こんなお時間に……」
『……ジョン、君はいったい何をしているのだ?』
「?」
いまもってダールキストの上司であるアイゼンハウアー大将は、しばし沈黙した。
彼はドイツ系の苦労人だ。むろん自分がドイツ人だなどと全く思っていない。
それは僕たち以上と言って良い。
彼は貧しく、大学に行けずパン工場で働いているところを、篤志家の推薦で士官学校に行き、第一次大戦では最前線ばかりで、ドイツ人と戦ってきた。
当然だ、彼自身も周りもアイクは合衆国の軍人だと思ってるんだから。
そしてそのあとろくでなしの見本のような上司の下で、十数年も虐待された。
当初彼は日系部隊を疑っていた。いくら二代目だといってもジャパニーズという意識は抜けないだろうと思っていた。ならばやっかいの元にしかならないと思い、麾下に入れなかった。
しかし、第100や第442の鬼神も泣かしむる戦いを見て、彼の認識は一変した。
彼らは差別や迫害と戦うために軍に加わったのだ。まさにあるべき合衆国市民だと。
そしてその戦歴は、通常の合衆国陸軍部隊の水準をはるかに超えたものだった。
いまや陸軍内部で「ジャパニーズ・サムライトルーパーズ」の支持者は増えつつある。
だから彼も兵力不足で困難を極めるだろうドラグーン作戦の増援に第442を要望したのだ。
しかしダールキストは指揮のまずさと人種差別から、第442を使い捨てにしようとしている。
それでもなお、彼らはわずか1個連隊で陸軍の歴史上十指に入るだろう戦いに勝利したのだ。
これ以上、何をさせようというのだ。
彼は自分を省みた。彼をドイツ系だというだけで疑う者はいない。なのに──
『ジョン、君は第442に、いったい何をしているのだ?』
11月9日。
この日、着陣して以来前進の命令しか受領していなかった第442に、初めて後退命令が出た。
しかし第3大隊長パーセル中佐はまだ疑っていた。彼は「もしも近いうちにまた戻らなければならないのなら、ここにとどまる」と通信し、師団参謀が「休息のための後退だ」と保証して、ようやく信じたという。第2、第3大隊は麓の村に迎えてもらい、第100は、シングルス大隊長が命令を聞いた時点で「一度でもそう言った奴が悪い」と言わんばかりに移動を始め、ブリエアの村の近くまで下がってしまった。
その晩、ダンの小隊が小さな村で野営していると、村人たちがおそらくなけなしの酒と食料、それと15,6の村娘を3人ほど連れてやってきた。
「今晩はこの娘たちが、皆さんのお相手をいたします」と村長らしい人物が言う。
ダンはしばらく黙っていたが、やがて落ち着いた口調で話し始めた。
「ドイツ軍はあなた方に、そのような接待を要求したのかも知れない。
しかし我々には無用です。
酒も食料も、自分たちで持ってきています。
それに明日も早朝から出発です。身体を休めなければならない。
ですので、どうぞそのままおひきとりください」
ダンは帯同したフランス人レジスタンスに頼んで、そのように伝えてもらった。
ダンはネイプルズやイタリーの村や町で見た、戦争に巻き込まれた人々の悲惨な有様を思い出していた。
自分たちは解放軍だなどと言うつもりはない。だが、敵にどれほど残虐になったとしても、無辜の人々をさらなる悲惨に陥れてはならない。
ダンは真珠湾からずっと、戦争の被害者とともにあった。
もちろんこういった民間人への振る舞いは、ダンの小隊に限ったことではない。
また、日系部隊は全部隊の中でもっとも性病罹患率が低い部隊でもあった。
フランスには公娼制度がある。なけなしの給料をはたいて遊ぶ兵は多かった。
しかし第442では「悪所好きのダン」さえ、そういうところには出向かなかった……
11月12日。ダールキストの命令で第442はとある麓に集合を掛けられる。
またぞろどこかに出撃か、といえばそうではなく、師団長主催の「第442の労を讃える」式典のためだという。
「全員」が整列し、連隊軍楽隊がどこか悲しげに「スター・スパングルド・バナー」を奏でる。
……the land of free,the home of the brave。
そういうきれい事ではないのだ。僕たちの戦いは。
だが、確かにこの地で自由は蘇り、それをなした者は紛れもなく勇者たちだった……
そして、師団長からご挨拶をたまわるという。
いやいや、第36師団に属して以来初めてのことだ。
ダールキストはスピーチの原稿らしい一枚の紙切れを持って登壇し、突然癇癪を起こした。
「私は全員集合させろと命令したはずだ!」
彼は「連隊」の半分を大きく割り込んだ第442を見て、そう叫んだ。
連隊長の場所にいるミラー中佐はむしろ傲然と胸を反らし、答えた。
「ここにいる者が、軽傷者も含めてすべてであります。閣下。
あとは病院か、墓の下であります」
まるで復讐するかのような響きだった。
第3大隊のK中隊は15名、I中隊に至っては8名しかいなかった。
ダールキストは何も言えず、なおざりのスピーチ原稿を手から落とした。
そのまま無言で壇から降り、うなだれて元来た方に戻っていく。
もしかしたら、肩をふるわせ、泣いていたかも知れない。
いずれにしてもこの時になって彼は、自分が何をしでかしたのか理解したのだ。
どこの指図かわからないが、第442は第36師団から外され、マルセイユにて再編成と訓練にあたることになった。第7軍直属として。
ただし第522砲兵大隊だけは第442から離れて、引き続きドイツ領への侵攻作戦に加わることとなった。
国境を越えて進撃を続けた彼らはダッハウという都市で、珍しく一般親衛隊の部隊と戦闘になった。どこからか逃げ出す途中だったようだ。
重装備をもたない一般親衛隊は、砲兵とはいえ正規軍の第522にかなうわけもなく、あっというまに包囲され、あっさり殲滅された。
黒い軍服どもが逃げてきた方を見ると、奇妙な既視感を伴った建物の一群があった、
鉄条網に包囲され、監視塔がそこここに建っている……
そこは悪名高い「絶滅収容所」だった。
ユダヤ人というだけで送り込まれ、強制労働の末強力な毒ガスで殺すための施設。
狂ったチョビ髭が欧州に多数建てた殺人工場の一つ。
そこは現世に出現した地獄だった。
巨大な焼却炉の中とその周囲には、おびただしい人骨。
髪の毛だけが集められた部屋。死体から抜き取った金歯に至るまでの略奪品の部屋。
広い浴室に見せかけた毒ガス室。
そしてかろうじて、本当に骨と皮になった死を待つだけの生存者たち。
第522が救出したユダヤ人生存者は、3万人以上に及んだ。
ドイツに赴く第522とも別れ、とうとう僕たちがこの忌まわしい「黒い森と峰」を離れるときがやってきた。
1個大隊強にまで減ってしまった第442は、それでも皆、疲れも見せず徒歩でマルセイユ目指して行軍する。
大統領感状もそろそろ5枚ぐらいになるだろうか。
ローズヴェルトの緩フン野郎も、さぞや悔しい顔をしながらサインしたに違いない。
後に准将になったシングルス大隊長は、祝賀パーティの席で念願かなって大将となったダールキストに出くわした。
ダールキストは上機嫌で「過去のことは水に流そう」と言いながらゴードンに握手を求めた。
しかし我らがゴードンは完璧な敬礼の姿勢を最後まで崩さず、握手を拒否したという。
殴らなかっただけたいしたものだ。