ポージュ山系の「黒い森」から、仲間の半数以上を失った第442連隊戦闘団の残余が向かったのは、フランス南部の海岸リゾートだった。
ここで僕たち古参兵は本土から送られてくる補充兵を迎え、更に訓練を施して部隊の一員に育て上げる。というかそれ以外は(今までから言えば)何もしないでのんびり過ごしていた。
それはなんと4ヶ月に及んだ。
誰かが手を回してくれたのかも知れない。
第141連隊第1大隊からは「命の恩人を讃える盾」などというものが送られてきた。
何というか、小さくてショボい。ベニヤ板になにやら書いた金属板が貼ってあるだけの盾。
無反応よりはマシかと思い、連隊本部で保存することになった。
一方で、アメリカ版PXが撮影したニュース映画の方は全米で上映された。
そこでは「日系部隊第442連隊戦闘団の英雄的戦闘によって」救出されたと報じられていた。
まだまだこの国のジャーナリスト連中も公平さを捨てる気はないらしい。
そして、テキサス州の反応は迅速だった。
州議会が全会一致で、第442の将兵全員を「名誉州民」にすると決定したのだ。
テキサス州はやっぱり南部州であり、白人たちは人種差別感情を隠そうとしない。
日系市民に対してもそれは変わらない。
しかし、これから後、それが第442にいた者であるとわかれば、典型的南部白人のテキサンも親友に会ったかのように遇するようになったという。
それからの僕たちは、せいぜいがフランス国内の残存兵との小競り合いがあるくらいで、ほとんど実戦とは無縁の日々を送っていた。特に第100はコート・ダジュール近くの海岸リゾートみたいなところに駐屯して、よくワインやシャンパンを配給してもらっていた。
そんなある日、小さな港にへんなものが上がってきたと住民たちが騒いでいる。
一応完全武装で駆けつけた僕らが見たのは、デカい魚雷みたいなものだった。
いや、魚雷のお化けだった。人が乗れるくらいの。みんなは思った。
「これ、潜航艇じゃね?」
海岸近くまで引き揚げてみると、そいつはお化け魚雷と普通の魚雷を上下にくっつけたような形で、艇体にはガラス窓がはめ込んであった。
僕たちはこの潜航艇を拿捕し、乗っていたドイツの水兵2名を捕虜にした。
こいつらはなんでも、イタリー支配下の港と間違えてここに来たという。
この連中は最終的には「あんこう」と言う名前の、魚雷が履帯をはいたような「潜水戦車」を作ることが目的だったらしい。何に使うのかまるで思いつかないけど。
不思議なことと言えば、悪魔の旅団こと第1特殊任務部隊も実戦に参加していない。
南海岸の地中海側の小島を守って、というか暇つぶしをして暮らしていた。
12月のある日、そっち側から客が来た。
ヤングにさんざん「被発見」された将校さんだ。
「ん? 久しぶりだねジャガイモ君」
彼も相当記憶力が良いようだ。やっぱり悪魔の旅団だ。
「今日はどうしたんですか?」
「いやなに、君たちお隣さんに引っ越しのあいさつにきたのさ」
「……出撃ですか?」
彼は笑って首を振る。
「いいや、今日をもって悪魔は家に帰るのさ」
「??」
「つまりだね、第1特殊任務部隊は正式に解散が決定したんだ」
第1特殊任務部隊も当初のメンバーの半数を失っているらしい。
それに対して「殺害」したドイツ兵の数は1万2千以上。
1個師団作っておつりがくる。負傷者まで入れたらどれほどになるか。
それを1個大隊強でやってしまった。虎の人間版だ。
なのになんで解散するんだろう?
「どっかの馬鹿が空挺の躍進でオランダを電撃占領するという無茶な作戦を立ててね。
ああ、君たちがここに来た頃だなあ。
そして降下した地点の近くに、よりによって武装親衛隊の装甲軍団がいた。
……結果、アメリカ軍は2個、英軍は1個のかけがえのない空挺師団を失った。
空挺には重装備も機甲兵力もなきに等しいからね。
立て直しは急務と言うことになったが、空挺の教官のなり手がそんなにいるわけがない。
そこで俺たちが急遽、教官に転職することになった。
悪魔ではなく、ちゃんと所属部隊のある人間の兵隊にジョブチェンジだ」
要はモンティとアイクが激論の末、アイクが負けたせいで起きた悲劇だそうだ。
でも……
「じゃあ、あなた方が立てた武勲の報酬は……」
「言ったろ。存在しない部隊は武勲を立てない。
まあ、俺たちもめでたく人間に戻ったし、それに良いことはそれだけじゃない。
連合軍にもやっと虎と戦える重戦車ができた。その先行試作型がこれから欧州に上陸する。
アメリカのM26パーシング。イギリスのA41重巡航戦車だ。
パーシングはイギリスじゃなく、初めてアメリカ側でつけた名前だ」
リーもシャーマンもアメリカの将軍だけど、戦車のあだ名にしたのはイギリスだった。
だけどこれはとうとうアメリカが英国面に染まった。というわけじゃない。
ジェネラル・パーシング。
陸軍最大の英雄、第一次大戦の名将だ。
合衆国史上ただ一人、「六つ星」の「大元帥」。
元帥の階級章は☆が5つ五角形に並んだものだが、彼のは唯一特例で、真ん中の空いているスペースにさらに☆マークが一つ入って合計6つ。
ずいぶんと気合いの入った名前をつけたものだ。
虎と戦える戦車を本気で目指したんだというのがわかる。
「シャーマンの装甲を倍以上にした『ジャンボ』というすごいのも作られた。
でも生産決定が遅すぎた上に、500両作らないうちに生産中止になった。
それに実はな、パーシングも今年の5月には10両できていたんだ」
なんだって?
じゃんじゃん量産してればいまごろ5千や1万両はできていたじゃないか!
「パーシングの前にも重戦車の計画はあったんだ。
そいつは履帯交換せずに3千マイルを走りきることができた。だが現場では不評だった。
そのころは機甲部隊も『厚い皮膚よりなんとやら』だったからな。
しかし、兵器局はその後もそのドグマにとらわれ続け、生産性にだけこだわった。
現場を無視し続けたんだな。
もっともアメリカ全体で言えば、すべての兵器に潤沢なリソースを割けない事情もあった。
制海権と制空権がなければ、大陸に閉じこもっているしかないからな。
ただ、パットンがあんなこと言わなければね」
なんとパットン大将は第3軍司令官のくせに「シャーマンはオリジナルで十分高性能だ、長砲身型さえいらない。まして新型戦車など全く不要だ」と強硬に言い張ったのだそうだ。
命も惜しまぬ敢闘精神さえあれば虎すら怖くないというわけか。自分の指揮下で大勢の戦車兵が毎日命を落としているというのに、強い戦車をどころか今のままで良いなどとは。
きっとパットンは生まれる国を間違えたに違いない。
僕はその頃時代遅れのシャーマンのせいで夫や息子を失った大勢の女性たち、東欧でソ連戦車に蹂躙され、暴行略奪の被害者になった女性たち、ただの町や村が戦場と化し、軍隊のシンボルとなった戦車に対する女性たちの怨嗟が噴火寸前になっていたことは知るよしもなかった。
「……俺たちは最初、ドイツが世界をひっくり返す超兵器を研究しているから、ノルウェーにある極秘研究施設を破壊してこいといわれて組織された。
だがドイツは何種類も戦車を作るので手一杯で、あとは戦闘機と潜水艦しか作れなかった。
長距離重爆も制海海軍もなく、ドーバー海峡を渡ることさえできなかった。
そんな超兵器、何十年たっても無理だった。
だから俺たちは、イタリーで悪魔の旅団一座を旗揚げすることになったのさ」
その「超兵器」は極秘の扱いだけど、存在自体は戦争前に知れ渡ってる。
これも「暗黙の了解」というやつだ。どうやらこの国では、戦車が割を食ったらしい。
マルセイユ近辺の小島を守備していた彼らは、あっという間にいなくなった。
ここに来たのは、結局異動までの時間つぶしだったようだ。
こうして日系部隊と悪魔の旅団の腐れ縁は終わりを告げた。
忘れろと言われたから忘れるけど、歴史からも消え去ってしまうのかな?
だったら僕らだけでも憶えていてもいいかもしれない。
1945年1月。北の方ではバルジの戦いが終わった。
ヒットラーはやっと数がそろった黒豹や虎Ⅱ型を先頭に立て、悪天候を利してアルデンヌ突破戦をもう一度と夢見たが、その夢は燃料不足という壁の前に潰え去った。
開戦当時の成功は、当時フランス領内にいくらでもあったガソリンスタンドのおかげもあったし、マークⅡやマークⅢなどより大食らいの戦車ばかりではどこかで補給が枯渇する。
さて、そんなこととは全く無縁の僕たちにも、事件が起きた。
なんと「我らがゴードン」が中佐から大佐に出世し、第397歩兵連隊連隊長を拝命したのだ。
シングルス大隊長はアンジオから大隊長だから、なんと9ヶ月も第100にいたことになる。
「いやだぁ~、いやだ。
昇進しなくていいから、まだ第100においてくれぇ」
「良かったじゃないですか。こんな死傷率300%超えちゃったような部隊から出られて」
「それはほとんど俺のせいだぁ~」
「いやいや、それこそダールキストのせいでしょう。
ミッツもサカエもサムライ・キムもいなかったのに頑張ったじゃないですか」
「ううっ……」
「それに我々にとって負傷でも病気でもなく、昇進で「卒業」する大隊長は初めてなんですよ」
そうだ、戦場ノイローゼでリタイアしたターナー大隊長以来、大隊長が部隊を去るときはみんな担架に乗せられてだった。わずか1日という人もいた。連隊長のペンス大佐も負傷で去った。
そう考えれば実戦経験皆無なのに常に前線に身を置き、9ヶ月も勤め上げてなにごともなく五体満足で第100から卒業するゴードン・シングルスは、やはり祝福されるべき人物だ。
これをめでたいと言わずに何がめでたいんだろうか。
ゴードンは追い出しパーティでシャンパンの泡だらけになって、第100から旅立った。
彼の未来に栄光あれ。もっともあれだけ強運なら祈る必要はないかも。
めずらしいこともあるものだ。
ギャンブルもせず、ダンが何かを磨いている。
手のひらに載るような金属の何か。
僕には、ひとつ気になったことがあった。
あのバンザイ突撃の時に、死ぬなら死ぬまでと自然に思った。
皆もたぶんそうだったのだろう。飛んでくる弾が恐ろしくなくなったとたん、まるで普段歩いているときのように戦場を無造作に走っていた。それは僕があのとき「死んで」いたからなのだろう。すると何か「弾にはわざと当たりに行かない限り当たらない」ように思えた。
ダンは、いつもそうなんだろうか?
「ダンは、なんで敵の弾に当たらないの?」
ダンは一瞬けげんな顔をして、それから何を話しているのかわかったような顔になる。
「当たったさ。最初の戦闘でな。
これを見なよ」
ダンはいままで磨いていたものを僕に見せた。
それは変形した25セント銀貨が2枚だった。
「左胸に一撃食らった。
もう間違いなく死んだと思ったよ。
きっとその弾には、俺の名前が書いてあったんだろうな。
だが、俺は無傷だった。胸ポケットにたまたま入っていた銀貨が跳ね返したのさ」
銀貨の1枚は真ん中が漏斗のように大きくへこんでいた。もう1枚はまるで折り紙のように半分に折れている。
「それからだな。
弾も死ぬのも怖くなくなった。
一回死んでしまったからかな。
そうしたら、俺に向かって飛んでくる弾がわかるようになった。
だからその時から、この2枚の銀貨が俺のお守りになったのさ」
そうか、ダンはすでに「死兵」になっていたんだ。
ふと僕は、ダンがこの戦争で死なないで、戦後もずっと長生きするような気がした。
やはり彼には強運がついている。
よく物語ではそういうエピソードがあるけど、僕はこの戦争で「そういうことはまずありえない」ということをよく理解した。
もし銀貨が1枚なら、ダンは死んでいたかも知れない。
しかしこのときは、弾の当たったところに2枚の銀貨がぴったり重なるというとんでもない偶然がダンを救った。
きっとこの戦争全体でも、そんな経験をしたのはダン一人かも知れない。
そうこうしているうちに、1945年も3月の声を聞く。
第522砲兵大隊が腕と戦術で他の部隊を引き離す命中率を見せつけ続け、アイクも部隊の再編ができたのなら、そろそろドイツ攻めに参加してもらいたいというようになった。
一度はもはや連隊の体をなさなくなるまですりつぶされたのだ。徴兵される日系兵だけで再編を完了するのにここまで時間がかかったのは当然だ。
アイクは今度は南部戦線ではなく、ベルリンに向かうブラッドレーの部隊にでも参加させようと考えているそうだ。ダールキストをずっと直属の部下として使ってきただけに、奴に任せたことを悔いているのかも知れない。
せっかくヨーロッパに渡った「パーシング大元帥」だったけど、本人様のような活躍の機会には全然恵まれなかった。
ドイツまで攻め込んだときには、虎も虎Ⅱ型も黒豹も雷電その他に潰された後だった。
連日の本土空襲が効いて、ドイツは戦車もろくに作れなくなっていた。
しかもやっと作った戦車の半分は、ソ連軍に振り向けなきゃならない。
ソ連軍にも「シュトルモビク」という「空飛ぶ戦車」がいて片っ端からドイツ戦車を倒して、ソ連戦車隊は無人の野を行くようにベルリンにせまりつつある。
これじゃ大元帥を作った人たちは、悔しくてならないだろう。
本当なら去年の夏に量産に着手できたのだから。
しかし、1両の大元帥が面目を上げる。
それは「T26E1/1」という試作型の1両で、長大な70口径90mm砲をカウンターウエイトむき出しといういかにも急造っぽいやりかたで積んでいた。
現地ではこの戦車にこわれたボイラーやら黒豹の残骸などからむしった鋼板を貼り付けて、アメリカの無敵戦車にするべく改修していた。
そしてその努力は報われた。
この戦車はたまたま「生きている」虎Ⅱ型と遭遇、タイマンの末なんと撃破したのだった。
いままで「強打者」が虎や黒豹や象を倒したという話はあったが、たいていは無人の放棄された奴を貫通したというものだったので、これでやっとシャーマンと運命をともにした戦車兵たちの無念が晴らされたということになった。
3月も末になり、第442が出撃準備を整えたとき、またもアイクとクラーク司令が僕たちの取り合いをやっていた。
アイクは第442をバルジ作戦で敵がいなくなったアルデンヌ回廊の突破にあてたがっていた。
クラーク司令は、また別な問題を抱えていた。
第442がイタリーを去る前アルノ川にあった前線はピサを経由して、シンクレア川の流域まで前進していたが、そこからまた険しい山岳地帯が始まって、アルプス山脈に続いている。
ドイツ第10軍の生き残りや緑の悪魔どもは、ここでまた陣地をこさえて持久戦をやっているわけだ。頭が痛い。
このままでは第5軍は、パットンやブラッドレーがベルリン目指してデッドヒートをやっているのを尻目にアルプスで止められて、ドイツの土を踏めずに終わってしまう。
ピサの先でこの山岳陣地に向かって攻勢を掛けているのは、第92「バッファロー」師団。
アフリカ系黒人で組織された、南北戦争以来の歴史ある部隊。
バッファロー・ユニットは南北戦争からこの戦争の前まででメダル・オブ・オナーを20人が受賞した歴史を持っている。
だがその後を継ぐ彼らは、この方面で5ヶ月もの間ずっと足止めを食っていた。
イタリー方面の総指揮官だったケッセルリンク元帥は1944年10月に負傷して、それまでドイツ第10軍を率いていたフィーティングホフ上級大将に交替していた。
一方で第5軍司令だったクラーク将軍は第15軍集団司令となり、3月には大将に昇進していた。
これはいわばごほうびの先渡しなので、クラーク司令はアルノ線の先に立ちふさがるゴシック・ラインをぶち抜いて、ミランへの道を開いてフランスのプロヴァンス地方を制圧した連合軍と握手しなければならない。しかし、主力の第92師団は弾薬を消費するだけで、5ヶ月ものあいだ全然進んでくれない。
とうとうユーゴスラビアを制圧したチトーのパルチザンがイタリーの東を脅かし、ファッショ党以外のイタリー人もみんなレジスタンスになって戦っている。ドイツの息の根ももうすぐ止まる。南部戦線は、ヒトラーが死ぬ前にムッソリーニを何とかしなければ世界に顔向けできない。
そこでクラーク司令は「イタリーぶち抜いてムッソリーニの首を挙げるには、第442でバッファロー師団のてこ入れをしなくてはならない」と強硬に主張して、第442を返してくれとアイクに泣きついたというわけだ。
その結果、第442はひそかにフランスを発ち、ずっと南のレグホーン港に上陸、攻撃の起点となるピエトラサンタに向かう。この町への到着は4月3日。
ここまでこっそりと移動したのは、増援が日系部隊とわかるとドイツ軍が予備まで全部ぶち込んできかねないから。もう負けは決まってるからってヤケになられてもこまる。
ピエトラサンタの街では、いままでの第100、第442の戦い振りを知っている住民たちが、もうすぐこの街を戦闘から開放してくれると信じて待っていた。
ここから見える山々がまるでゴシック様式の教会のように見えることから、この防衛線は「ゴシック・ライン」と呼ばれていた。
敵の主力は「ジョージア高地」と名付けられた険しい山地に陣取っている。
麓から第92師団が何回も攻撃をかけるものの、ただ追い払われて帰ってくるだけ。
僕のポン友、ベン・タガミは僕と一緒にアンジオから第100に加わった。
子どもの頃から隣近所の竹馬の友。
そして今では数少なくなった「第442の第1大隊」の生き残りだ。
あのときシェラビーを一緒に出発した者の大半は、戦死したか障害者になってしまった。
「スパッド、またイタリーに帰ってきたね」
「うーん、でも僕たちがアルノ川からフランスに出発したときの勢いだったら、もうイタリー戦役は終わっていたんじゃないかなあ。
今頃は第5軍と第7軍が握手していなきゃおかしいと思う」
「やっぱり、日系部隊は僕たちが思っている以上に強いのかも知れない。
あの『悪魔の旅団』とタメを張るぐらい。
連合軍がサレルノに上陸したのは43年の9月。アルノ川までたどり着いたのは去年の8月。
ここまででイタリー半島の根元まで来ているんだ」
「いや、あそこで僕たちだけが抜けたわけじゃない。
3個師団と悪魔の旅団まで抜けたんだ」
「でもさ、第100がいなかったらカッシーノ山の戦いが長引いて、もしかしたらまだロームも陥としていないかもしれない。ロームへの道を開いたのだって『シングルス機動部隊』だよ」
そんな僕らを物珍しそうに眺めている集団がいる。
バッファロー師団の黒人兵たちだ。
見た所、負傷している者はいない。
というか、まじめに戦闘しているんだろうか。
彼らの立場は、僕らよりもひどいかも知れない。かつては奴隷だったし、いまでさえそういう目で見られているといっても良いかもしれない。
南部州ではKKKみたいな狂信者集団が、罪もないアフリカ系黒人に非道な暴力を振るっているし、学校も乗り物もトイレさえも白人と隔離されている。
教育も受けられず、貧しさの連鎖から抜けられない。
「ジム・クロウ法」という差別社会を合法化する法律まである。
しかし、彼らは僕らのように戦ってはいない。合衆国全土が彼らの「収容所」のようなものなのに。でも彼らからはみじんも戦意なんかうかがえない。
「おい、お前らが今度送られてきたジャパニーズか?」
「……うん、そうだけど」
僕に声を掛けてきたのは下士官らしい男。
彼も含めて周囲の兵士もあまり軍服が汚れていない。
フランスでの僕らの戦闘服なんか、いくら洗っても血と泥の色が抜けなかった。
でもここに来る前に装備一式全部交換したから、軍服にはまだ折り目がついてる。
それで子どもみたいな顔をしてるんだから、僕らが地獄から帰ってきたようにはとても見えないだろうと思う。
「お前らに教えておこう。
ここのドイツ兵は強すぎる。お前らがまともに戦えばすぐ死ぬぞ」
……、やっぱりね。
飯の数の多い人から見れば、僕らはぽっと出の補充兵に見えるんだろうね。
「いいか、奴らと遭遇したら適当に距離を置け。
そして持ってる弾を全部適当に撃つだけ撃って、日が暮れたら帰ってくるんだ。
そのうちこの白人どもが始めたくそったれな戦争が終わる。
俺たちカラードが白人様のために命を捨てる義理は何もない」
なるほど、よくわかった。
バッファロー部隊でも上部の白人指揮官たちは後方を離れないで命令だけ通信で伝えてくるんだろう。かつて日系部隊に送られてきた出来の悪い白人将校たちのように。
当然奴らは前線がどうなっているか見るどころか、弾の飛んでこない安全な場所にこもっているというわけだ。たぶん小隊長クラスでさえ。黒人だけに戦ってこいと命じるわけだ。
そして黒人たちは社会では最下層の貧困民であり、機会も与えられず、スラムに隔離されて何の希望もない暮らしをしている。ここで命をかけて突撃し、道を切り開こうという気になんてならないだろう。
でも、それではずっと何も変わらないままだ。
ベンを見ると、何か言いたそうにしている。
僕はベンの顔に手をかざして押しとどめた。そして笑顔を作る。
「ありがとう。肝に銘じておくよ。
じゃあね」
彼らと別れた後、僕はベンに思っていることを聞かせた。
「君が思ってるとおりだろうね。
あれではいつまでも黒人の地位は変わらない」
「でもさ、僕たちと同じでこの戦争は一つの機会じゃないの」
どうだろうか?
僕たちは激戦ばかり戦い抜いて、確かに社会に日系市民の能力と気概を示した。
それは事実だと思う。
しかし、1945年になってもいまだ強制収容された日系市民は解放されていない。
僕の家族もだ。
白人たちの「自分たちは神に選ばれた優良種」という固定観念はあまりにも強固だ。
イギリス軍や自由フランスにも植民地人の兵士が多数加わっている。彼らは自分たちの祖国の独立を賭けて戦っているが、宗主国は独立を認めるだろうか?
しかし、アフリカ系兵士たちには別な問題もある。
戦意だけではなく、不本意な現状を変えようという気もないのだ。そこにあるのは諦念と無気力だ。そしてその理由は……
「結局は、教育なんだよ。
彼らが無気力なのは、自分たちも白人も同じ人間で、同じく人権を有する者だと知らないことや、この社会の仕組みすら知らないこと。参政権を取り上げられても、それがどれほどの権利の侵害なのかさえ知らないんだ。
ひどい扱いをされていても、それが不当なものだと思っていないんだ。
でも、空を見てみなよ」
ベンも空を見上げた。
今日も欧州の空を縦横に飛び回り戦い続ける第332戦闘航空団。機首と尾部を真っ赤に塗った野生馬を駆るアフリカ系のパイロットたち。The Red Tails Fairlies
困難を極め、多くの犠牲を出す戦略爆撃任務。しかし彼らは数多くの護衛任務に就きながら、撃墜された爆撃機の数は20機あまりだという。
航続力の長い野生馬に乗った彼らは、戦いのある場所ならどこにでも赴く。
かつて偏見と差別で遇された彼らも、いまや僕たちと同じく精鋭中の精鋭として誰もが認める存在だ。
「この国では白人と黒人は大学で机を並べることはない。
でも、少ないけど黒人専用の大学があって、レッド・テイルズはみなそういう大学で教育を受けた人たちなんだ。
高度な教育を受けた彼らは社会を変えるには自ら行動するしかないと決めて、大学に操縦課程を設けさせ、パイロットのライセンスを取って航空隊に入隊し、そして今ああやって戦っているんだ」
彼らや僕たちの戦いが必ずしも報われるとは限らない。
だからといって何もしなければ、本当に何も変わらない。
第442は各大隊がそれぞれ異なる目標を攻撃する。
僕ら第100歩兵大隊の戦場は、この戦線でもっとも堅固と言われる5つの山からなる要塞線。
まるでゴシック様式の建物のシルエットのように見えることから、「ゴシック・ライン」と名付けられた難攻不落の陣だ。
大佐に昇進して正式に連隊長となったミラー中佐は「第100なら1日とかからない」と言っている。別にどっかのダールキストのような無茶を言ってるわけじゃない。
僕たちはここで奇跡を起こさねばならないのだ。
ゼロアワーは1945年4月5日、午前5時。