1945年4月4日。
ピエトラサンタの街から第442連隊戦闘団は、ドイツ軍の立てこもる3カ所の山岳を攻略すべく北に進軍した。
第2大隊はカルキオ山、第3大隊はフォルゴリト山という標高千メートル級の山岳の攻略のためにアッザノ村に移動。第100はヴァレッキアの街に進出、便宜上ジョージア高地と名付けられたカステラチオ山を含む5つの山に攻め登る。こうしてゴシック・ラインを南北から攻略する。
第442はあえて敵正面から攻める戦法を採った。これは今度こそここにこもる敵軍を捕捉撃滅して、そののち全部隊を一気になだれ込ませることが僕たちの参加によって可能になったと判断されたからだった。
第100歩兵大隊が始まったころの「オリジナル・メンバー」は、もう数パーセントいるかどうか。僕ら「アンジオ組」でさえいまや少数派だ。
ポージュの森で病院送りになった者たちからここに復帰できたものは、わずか200人余り。
あとはみんな本土送りだ。もう二度と兵隊になれないものも多い。
本土の第1大隊で訓練を受けたものは、僕らが新兵だった時と全く遜色ない連中だった。
そしてブッダヘッドとコトンクがにらみ合うなんて、もう昔話だ。
向こうでも、こっちでも。
そして、補充兵の質は相変わらず高い。
僕たちがアンジオに初めて上陸したときのように、最優秀とのお墨付きを受けた連中ばかり。
しかしその彼らは地獄から帰ってきた妖怪変化の古参兵にウジ虫呼ばわりされながらギリギリ締め上げられ続け、第442の名に恥じない「新兵」になっている。
僕たちはこれから1個師団が5か月かけて一歩も前進できなかった敵陣に、1個連隊で挑む。
馬鹿にするわけじゃないけど、第92バッファロー師団の手助けはいらない。
黒人が置かれている境遇は理解するけど、今回は彼らの評価が落ちるのを承知で「踏み台」にさせてもらおう。
思っていることはみな同じ。ここでも日系部隊はとびぬけた存在だと証明する。そのためには自らの命さえ差し出して悔いはないと。
そうして多くの同胞たちは戦場の露と消えた。
まさに「Go for Broke」そのままに……
僕はこの時、イタリーに帰ってきたミツヨシ”ミッツ”フクダの率いるA中隊の最古参兵の一人になっていた。分隊長や小隊長ですら僕より「新品」。
例外はB中隊の第1小隊長、オリジナル・メンバーであるエイキ・コバシカワ。
彼は戦場任官で少尉になっている。
彼を含め特別勲功十字章の受賞者は連隊全体で50人ほどだが、半数以上は戦死者だ。
初めはこの勲章はたいしたものだと思っていた。
しかし最近は「大会戦で師団当たり1人受賞者が出るかどうか」といわれるメダル・オブ・オナーをもらっていてもおかしくない武勲を挙げた者が何人もいるように思えてならない。
この戦争での叙勲例と比較してエイキやハジロ、戦死した者で言えばナカミネやムラナガは叙勲されていてもおかしくないと僕は思う。
やはり、日系と言うことでパージされているんじゃないだろうか。
全陸軍の日系以外がブーイングを飛ばすかも知れないし、ローズヴェルトが認めないだろう。
僕自身に関していえば、昇進も勲章もまったくない。
わかっていることだし、それより僕は収容所にいるマムや家族のために最前線で戦いたい。
それができれば、あとはどうでもいい。
出撃前夜の晩、ベンに会いに行こうと思った。
ふいに顔が見たくなったんだ。
陸軍に入ってから会うことがなかったけれど、彼は収容所から第442に志願して、シェラビーで第1大隊に加わり、今は同じ第100のA中隊にいる。
ブッダヘッドだコトンクだとケンカばかりしていた当時の同僚たち、僕らをフクロにしてくれた彼らもほとんどいなくなった。そう、墓場か病院、または『名誉除隊』
そんななかでアンジオからこっち、ベンや僕はよく生き残ってこられたものだ。
僕らが話したのは故郷ロサンゼルス、グレンデールでの子どものころの思い出だった。
「あのころもお互い貧乏だったね」
「スパッド。お米もロクに買えなくてさ、毎日赤カブばかり食べてたよね」
「うん。そしたらオシッコが真っ赤になって」
「ふたりして血尿が出たと思われて」
「両方のマムがあわてて医者に連れてったんだよね」
うん、世界大恐慌のころのこと。
あれから世界がきな臭くなっていった。
「僕は『煮染め』が食べたかった」
「スパッドはずっとそう言ってたね」
「でも、そのころ煮染めが食べられたのは日系の家庭でもお金のある家だけだった」
道具もろくにない中、野球に興じ、日本の子どもたちと同じく、折り紙を折っていた。
白人の少年たちとケンカに明け暮れ、例え貧乏でも親たち一世は僕たちをせめて高校までには行かせたがった。戦争や強制収容があるなんて思わなかった日々の話。
そんなたわいない話をした。
明日は早い。もう寝る時間だ。
別れ際に、僕は彼に言った。
「ベン、またグレンデールで会おう」
ベンはけげんな顔をした。
だって、明日またここで会うというのに。
日付が変わって4月5日になったころ、各大隊は作戦発起点に向けて駐屯地を後にした。
今のところドイツ軍は、とくに守備隊を増強した兆候はない。
バッファロー師団の長期間続いた情けない戦い振りが、かえって連中の鋭気を奪っている。
いいことだ。きっと払暁にはまだ寝ているに違いない。
第100は作戦開始1時間前にヴァレッキアの街に集合した。
戦闘序列を積んで装具点検を終え、総員準備よしと報告が終わったときでもまだ若干の時間が残っている。こんな速さで出撃準備を整えられる部隊なんて、他にはないだろう。
第2、第3大隊もそれぞれ出撃準備を完了した。午前5時はもうすぐ。
「1分前。時計合わせ」
この日もいつもと同じようにカウントダウンが始まる。
僕もいつもと同じように戦闘機械になっていく。
何も変わらない。
「30秒前」
ライフルマンは全員着剣し、トグルアクションを動かして最初の弾を薬室に送る。
全員が走り出す用意をする。今日はただ山にひたすら登るだけ。
「5秒前、3、2、1」
僕らは全く平常心のままだ。
いつものように戦う、それだけだ。
「ゼロアワー・ナウ!」
いつものように即座に全員が走り出した。今日戦うのは第442だけ。
他の連中は指をくわえて見ているだけだ。
僕たちは、カッシーノの頃よりも、テキサス大隊の頃よりも、もっと強くなっている。
3人ひと組の重機関銃チームは自分の分のパーツを身につけて走り、軽迫撃砲チームも砲身とベース、砲弾に分けて運んでいる。対戦車小隊もM9ロケットランチャーを抱え、ブローニング12.7mm機関砲に至っては、チームメイトが全員で脚を持ち上げて無理やり担いでいる。
まだ日は昇っていない。高緯度の1月、昼間は短い。
でも、ここにはあのいまいましい森林はない。
グッドだ。ドイツ軍はいままでの気の抜けた戦いに慣れすぎて、払暁襲撃に備えていない。
それでも歴戦の連中だけあって「敵襲」と呼ばわっているようだ。
歩兵たちはその場で斜面にふせ、伏射を始める。敵の狙いは定まらない。こっちも重火器小隊が配置に着くまでの牽制だ。
両脇に着いた重機チームはたった5秒でM1919を組み上げ、即座に撃ち始める。ノコギリが重機を指向すると見るや、ロケランが火を噴く。敵の統制は崩れた。 歩兵たちが立ち上がって銃剣を構え、無言のまま吶喊する。
突撃するときは恐怖心を振り払うためにウォークライをあげる。無言のまま突撃できるのは強兵のあかしだ。
敵の降下猟兵の一人が背負った無反動砲を構え、後ろも確認しないままあわてて撃つ。
バックブラストがうしろの崖に当たって、カウンターウェイトの破片がそいつとまわりの敵兵をまとめて吹き飛ばす。寝ぼけているな。
僕らはそのまま走って障害物を乗り越えず、その手前で再び伏せた。
台座はあるが二脚のない携帯向けの60mm軽迫撃砲が、僕らの伏せた先をねらって、ほとんど水平射撃で榴弾を撃つ。
僕らを迎え撃とうと障害物から身を乗り出して銃をかまえたドイツ兵が、もろに砲撃を食らい倒される。重機も再び撃ち始め、奴らはまた頭を下げるしかない。
そうして僕らが最後に銃剣突撃で仕上げる。
といっても今までのしゃにむに吶喊じゃない。僕らのもう一つの特技である高速匍匐前進で頭を下げたまま敵さんの伏せてる向かい側まで進み、手榴弾を放り込んでから障害物を乗り越えて接近戦を仕掛ける。僕らもただ多数の犠牲を出したわけじゃない。
敵の五重の陣地の一番目、「フロリダ高地」はあっという間に制圧された。
このころはダンだけではなく敵の銃器の扱いに慣れた連中が増えた。皆めいめいに転がっているアサルトライフルを拾っていく。連射性能より1発当たりの反動が軽いのがいい。弾も30連発だ。
まだ日は昇っていない。
にもかかわらず二番目の陣、「ジョージア高地」の敵軍がフロリダ高地にいる第100めがけて支援火器を撃ってきた。とりあえず足止めする気だ。
通信小隊がフロリダ高地のすこし下までやってきた重迫撃砲に座標を指示する。
撃ったのは榴弾ではなく白燐焼夷弾だ。煙幕弾だが命中した場所で高熱を放つ。
白燐弾は航空爆弾の焼夷弾としても使用されていて、放水しても消えるどころか燃え盛る。
敵陣は激しい煙と雪の蒸発した水蒸気に包まれ、視界がゼロになった。
それを見た第100の皆は直ちに行軍体勢に移り、次の山めがけて通常の1.5倍の速さで進撃してゆく。そのころにはすでに重迫撃砲は分割され、移動準備を終えている。
対人兵器としては威力がありすぎ、対装甲用としては力不足の12.7mm機関砲がここでは射程距離の長さを生かして迫撃砲に交替して敵陣を牽制している。
ある意味、だいぶ手際が良くなったものだと思う。速度も犠牲の少なさもフランスの時よりもさらに進化している。この部隊は、まだまだ強くなる。
僕の分隊も煙に覆われたジョージア高地に向かってとにかく走って行く。
突然、一人の兵が倒れた。一撃で即死している。
「狙撃兵だ!」
隊伍を組まない狙撃兵が煙の切れ目に移動して、こっちを狙っている。
撃ったところを誰も見ていないから対処のしようがない。
全員が素早く斜面に伏せる。投影面積を減らして狙いにくくする。
しかしそれでもまた誰かが撃たれた。ドイツの狙撃兵はベテランが多い。ましてそいつが空挺なら、こっちは一方的に狩られてしまうだろう。普通のアメリカ軍なら。
しかしこっちには通常の編成にない重火器小隊がいる。機関砲を装備した彼らは、取ったばかりのフロリダ高地から1,000ヤード以上向こうの発火点を見つけて撃っている。
しかし、狙撃兵がいつまでも同じところにいるわけがない。
視界の隅で何かが光った気がした。僕ははったまま横に飛び、後ろの誰かが奪ったアサルトライフルを連射した。スコープ付きの小銃をかかえたドイツ兵が転がり落ちた。
だが、そいつが狙ったのは僕じゃなかった。分隊長のヘルメットに弾痕がうがたれていた。
即死だった。
「スパッド」
誰かが僕を呼ぶ。 気がつくと皆が僕の方を見ていた。
もたもたしているヒマはない。分隊長が倒れたんだから、代わりに誰かが分隊を率いなければならない。
しかし僕は兵卒だし、これまでそれを通してきた。古参兵過ぎてだれも僕には指図しなかったけど、僕は一人のライフルマンとして最良の働きができればそれで良かった。
しかし、
「あんた、本当は曹長なんだろう?
聞いてるぞ」
僕から見れば「後輩」の軍曹までそういう。
しかたない。
「みんな、今すぐ煙に突っ込もう。
そして岩や土のうの反対側に張り付いて、支援火力が本射を始めるのを待つ」
返事を待たず、僕は伏せたまま全速で煙幕めがけ斜面を登る。
皆もついてきている。とりあえず狙撃兵の目から逃れるのが先だ。
他の隊の連中もじっとしている方が危ないとみて、必死に動いている。
フロリダ高地の頂上に陣取った観測班が、ハンディートーキーで重迫陣地に指示を出したようだ。僕らの頭上を越えてジョージア高地の頂上付近に榴弾爆発の花が咲く。
さいわい準備に時間がとれたから、迫撃砲の弾薬の備蓄は十分だ。
ドイツの戦車はどこでも不足しているから、さすがにアルプス越えてやってくる奴はいない。
それどころかだいぶ前に引き揚げられてしまったろう。本土が戦場なんだから。
残ってるのと言えば……、うん、いたな。
「みんな止まって!」
煙幕の中に浮かび上がるシルエット。「ぴよぴよ」だ。
でも砲身をたれたまま。ドンガラだろうからエンジンのアイドリングも聞こえないけど、もしかしたら誰も乗ってないかも知れない。
皆を岩陰に隠しておそるおそる近づいてみたが、やはり人の気配もしない。
思い切って砲塔によじ登って、ハッチを開けてみる。
「大丈夫、誰もいない」
隠れていたみんながやってくる。
P40の中には、兵士どころか砲弾も機銃の弾も何もなかった。
補給がないから放棄されたようだ。
僕はコインを取り出すと、ぴよぴよのフェンダーの裏に「Kilroy was here」という、戦争が始まってからはやり出した落書きを書いてやった。
無線が鳴った。
『狙撃兵がいるから重火器小隊が展開できない。
重迫がこれより10分間効力射を行う。
各分隊は煙幕が晴れた後にそなえ、準備せよ』
ハンディートーキーからミッツ・フクダの声がする。
効力射といってもいつもの精密射撃じゃない。敵を驚かせるだけだろう。
「狙撃ライフル手とBAR射手は岩陰に潜んで。
移動しながら敵スナイパーに対処して。
合流はここの片がついてからでいい」
そう言ってから僕は残りのメンバーと、大きく口を開け両耳をふさいだまま伏せた。
重迫は白燐弾を撃ったときの座標をそのまま狙った。
通常の攻撃の倍ぐらいの爆発が巻き起こり、わずかに残っていた煙幕を吹き飛ばす。
煙が晴れた後に現れたのは……
「NUT'S! ノコギリだ」
僕が一番前に出ている。後の5人は即座に伏せた。
三脚架に乗ったMG42が分隊員たちの方に向く。
「Go for Brokeだ! こっち向け!」
もう手榴弾のピンは抜いてある。叫び終わると同時に投げつけた。
うまく奴らの足下に転がった。奴らは思わず立ち上がるがもう間に合わない。
射手も補助員も立ったまま手榴弾の破片を食らって呆然としている。
僕は一人を射撃で倒し、もう一人に銃剣を突き刺した。
「スパッド、あっちだ」
ベンが叫んで指さす方を見ると、もう一つノコギリがいた。
こっちはすでにスタンバイしていて、小隊の他の兵たちが撃たれ始めてる。
奴らの左手側に、ちょっとした洞穴がある。分隊員が全員入れるくらいの。
「みんな、あの洞穴から支援して! 僕が行く」
あのへりから顔だけ出して撃てば、安全に牽制できそうだ。
皆もすぐに理解して洞穴に飛び込み、全員そろって同じタイミングで撃ち始めた。
敵たちは一瞬迷い、指揮官らしいのがサブマシンガンで応戦する。
行ける!
「Go・for・Broke!」
カウントを数える代わりに呪文を唱え、着地と同時に爆発するタイミングで機銃座にパイナップルを放り込み、次の瞬間土のうを乗り越え飛びこむ。
間合いが近い。銃の台尻でぶん殴った方が早い。
3人の敵兵は勢い任せで暴れる僕に機銃座からたたき出される。
そして、味方がとどめを刺した。
「ふう、一息つけるか……」
と思ったのもつかの間、こっちの方に銃を向けている味方がいる。
彼の銃声とともにドサリと何かが落ちる音と、僕のヘルメットに何かがあたった音がした。
僕の背後にいた敵兵が、手榴弾を投げたんだ。
柄から煙を噴いているドイツの手榴弾が飛び跳ねるように転がっていく。皆のいる洞穴に。
「まずい!」
僕は走ってひろおうとする。しかし間に合わない。
手榴弾は洞窟に飛びこんだ。
「だめだ!」
ベンの顔も見える。これ以上仲間を失いたくない!
もう爆発する。僕はそのままジャンプして手榴弾に覆い被さり、抱え込んだ……
……みんなが僕の名前を呼んでいる。
泣きながら僕の名前を呼んでいる。
オークボさん、あなたまで。
まるで今にも僕が死んでしまうみたいじゃない。
……もうみんな、行ってください。
戦いはまだ、続いています。
僕は必ず、戻って来ます。
皆といっしょに、戦うために……
……Go for Broke。
前に進め、命尽き果てるまで……
……。
……。
「……ん?」
頭がまだ痛い。
僕はゆっくりと目を空けた。
ライトと白い天井。薬の臭い。
「病院?」
そうか、僕は助かったのね。
いや、なんか変。両耳にささってるイヤホンは何?
アニメ化された人気マンガの、主題歌の後半部分をつけたしたような歌が流れてる。
……この歌、まるで僕が見ていた夢のような。
僕ははっきりと目が覚め、いままでのことをやっと思いだした。
携帯プレイヤーを止め、イヤホンを外す。
ここは個室の病室。日は西に大きく傾き、空は赤くなっている。夕方だ。
試合はどうなったんだろう?
「目が覚めたみたいね」
この部屋に、僕以外の誰かがいた。
ドリルのようなツインテールに黒いリボン、将校服のようなタンクジャケット。
「……ドゥーチェ」
「君がうなされてると言うから、様子を見に来たの。
いったいどんな夢を見ていたの?」
僕はあの火事で負傷して気絶した。
気を失う直前にドゥーチェ、安斎さんが駆けてくるのが見えた。
つまり僕は、安斎さんに病院に担ぎ込まれたということか。
……じゃあこのひとは、僕のことを全部知ってしまったんだろう。
もはやここまでか。しょうがない。
「すっぽんぽんのドゥーチェが、あんなことやこんなことをしてくれる夢です」
「ウソをつけ。
ナポリをネイプルス、アンツィオをアンジオ、ローマをローム、ミラノをミランと呼ぶのはG.Iよ。それに正しく言えばブリエアはブリュイエール、ビフォンテンもビフォンティーヌさ」
どうやら僕は、夢の場面を正確に寝言でしゃべっていたらしい。
彼女は僕が生物学上の男だと言うことに一切触れようとしないで、こういった。
「知ってる? ブリュイエールには『第442連隊通り』が、ビフォンティーヌには『ヤング・オーク・キム遭難の地』の石碑があるんだよ。
……『アンジオ』に上陸してからゴシック・ラインで仲間をかばって手榴弾におおい被さって爆死するまで、ほんの10分ぐらいだったかな。スパッド……
いや、サダオ・ムネモリ上等兵」
一炊の夢とはいうけど、僕にとっては2年以上たったような気持ちだった。
サダオ・ムネモリ。
それが僕が夢に見たスパッド=じゃがいも君の本当の名前なんだろうか。
「私はね、状態の良いP40のドンガラが『ジョージア高地』に残されてると聞いて、ピエトラサンタの街まで出向いたのさ。買い付けにね。
そしたら戦場のふもとに、背の低いオリエンタルな顔のアメリカ兵の銅像が建っていた。
サダオ・ムネモリの像だ。
ピエトラサンタの人々は自分たちをファッショ党から解放してくれた日系兵のことをずっと忘れず、21世紀になってからサダオの像を建立した」
安斎さんはそれきりしばらく沈黙し、僕に真剣なまなざしを向けた。
「観客広場では君の勇気と献身により、大惨事を防ぐことができた。
あそこでガスボンベが2つ爆発していたら、どれだけ被害者が出たかわからない。
本当にありがとう。
……だが、戦車道連盟としては君の存在を大っぴらにできない事情がある。
本来なら君はしかるべく表彰され、たたえられるべきなのだが、連盟の方針によりその場に居合わせて負傷し、病院で治療を受けたとのみ記録されることになった。
大洗女子側でも角谷がチームメイトに『火に驚いてすっ転び、頭を石にぶつけて気絶した』と説明しているはずだ」
まあ、そういうことになるだろうなあ。
ウサギのみんなも、また僕がドジをして試合に出なかったと思ってるだろう。
べつに賞賛してもらいたいとは思わないし、連盟が僕の存在をとりあえずゆるすことにしたというならそれでいい。安斎さんも僕のことをどうこうしようとは考えていないようだ。
「……山本。君もまたマイノリティだ」
そういうと安斎さんは、横たわったままの僕の手を握る。
「だが、君のGo for Brokeは死ぬことじゃない!
なにがあっても生き抜いて、己を証明することだ。
命尽き果てるまでじゃない、命ある限り前に進むんだ」
僕は体を起こし、ベッドのふちに腰掛ける。
安斎さんは一振りの短刀を取り出し、僕に見せた。
ただの短刀ではなかった。つばに銃身を通すための大きな穴が開いている銃剣。
30cmのロングブレード。握りはガンブルー色ではなく真鍮色。これは!
「これは、『Go for Broke』……」
「そうだよ。
私がたまたま日本の人間だったということで、何かの縁だろうと現地の人がくれたものだ。
戦場に残されたものを、街の人たちが保存してたんだ。その一振りだ。
……君に、あげよう」
そんなものを、もらっていいんだろうか?
「日本に持ち込むために刃をつぶし、先端も丸めて美術刀にしたけど、それは勘弁してね」
「……長さが長さですからね。でも……」
「誰のものかはわからないけれど、間違いなく日系部隊の勇士がたずさえていたものだ。
これから先何があっても君が生きることを投げ出さないように、守り刀として持っていて。
わかった?」
僕はうなずいた。
不本意な現実を変えるために、何があっても戦いをやめなかった勇士たち……
そして安斎さんは僕がこんな人間でも忌むこともなく、むしろ励まそうとしてくれる。
そのお気持ちとともに、いただこうと思った。
「それに、私にもお守りはあるんだ」
安斎さんが取り出したのは、ひどく凹んだアメリカの銀貨だった。
「これはきっと勇士の誰かの命を救った銀貨だよ。あやかりたいね」
「……そっちも欲しいです」
「いーや、絶対にやらない」
あやかる、ですか。
あ! もう夕方だわ。試合はどうなったの?
「ああ、そういえばドゥーチェ、試合はどうなりましたか?」
「全滅だよ☆」
安斎さんはウインクした。
あーあ。
まあ僕たちは西住先輩以外促成栽培の素人だし、そうそう勝てるとは思ってないけど。
……全滅ですか。
「ああ、きれいさっぱり全滅させられた。
ティーポ八九に至ってはうちのCV33チームを、行進間で5両も食いやがった。
そっちの損失はうちのカルパッチョとデュエルして相討ちになった『マークⅢアサルトキャノン』ただ1両だ。
いったいどうなってるんだ? 大洗女子というチームは」
え? 全滅したのはアンツィオの方ですか?
安斎さんは面白いと言わんばかりに呵々大笑した。
キルレシオ1:10。伝統校相手によくやったものだ。快勝と言っていいだろう。
この結果は僕たちを追っかけてるマスコミさんによって、前回よりちょっと大きく報じられることになる。
しばらくして病室のドアが開き、矢吹が「高橋医師が迎えに来た」と伝えに来た。
「さて、そろそろ戻らないとね。
祝勝残念親睦飯テロはまだ続いているからさ。
ふふ、残念そうな顔しない。君はまだ怪我人だし、前の晩にさんざん食わせたよね。
じゃあね。縁があったらまた会おう」
そして安斎さんは心配顔の高橋先生と入れ替わりに、病室を出ていった。
アンツィオごはん、また食べたかったなあ……
当直の先生に軽く診断してもらい、学園艦に帰ってもいいといわれた僕は、高橋先生につきそわれて病院から出ようとした。
そこには意外な人が待っていた。
リンゴ飴の屋台のオヤジさんと、北関東組合の理事長さんだった。
「山本君……」
理事長さんは事故の一報を聞いて、すぐに関東を出たらしい。
「話は全部聞いた。
あやうくうちの屋台が大惨事を起こすところを、身を挺して防いでくれたそうだね。
本当に、ありがとう」
僕はたぶんなんといっていいかわからない表情のまま、理事長さんの言葉を聞いていた。
「組合は言葉で言えない恩義を君から受けた」
「いえ、あまり気になさらないでください」
そう、僕がやったことはなかったことになるのだから。
人の重荷になるのも嫌だし。
「いや、そうはいかん。
ワシらは受けた恩は、決して忘れないよ。
もし君が困ったとき、ワシや組合にできることなら何でもしよう。
これは約束だ」
理事長さんたちは僕に何度もお辞儀をして、僕が先生の車に乗りこむまで、いや、お互いに見えなくなるまで見送ってくれた。
次の日
僕は整備の終わったリーの前に立っている。
リーのエンブレムは両手に包丁をもった、コミカルだけど物騒なウサギの絵。
「んー、片方だけ銃剣に描き換えようかなあ」
でも、僕の絵心ではたぶん無理。
だからマジックで右の包丁に「Go for Broke」とこっそり書いた。
「あー、アキラくんが落書きしてる~」
いつのまにか、6人でアンツィオ戦を戦ったウサギのメンバーが後ろにいた。
「何描いたの?」
「Go for Broke?」
「文法にもあってないし、そういうイディオムないよね」
梓ちゃん、いまは大きな辞書にはかならずある、れっきとした熟語なのよ。
もともとはスラングですらなかったけどね。
「ねーねー、これってどういう意味なの?」
「……」
「沙希も知りたいっていってるよ」
いってないでしょ。
……Go for Broke!
当たって砕けろ! すべてを賭けろ! 死力を尽くせ。
第442連隊に即していうなら、文字通りの「不惜身命」
でも、そんなことは彼女たちには言えないよね。
「んーとね。
いっしょうけんめいがんばろう。ってことかなあ」
「あー、それ、アキラくんに一番必要!」
「いつも大事なときにいなくてさ」
「……」
「わたしたち、6人で必死に戦ったんだよ~」
ふー。
やぶ蛇でした。
「ごめんなさい。これから頑張ります」
「当然だよお。火事にビックリして転んで気絶とか」
「情けな~い」
うーん。ウサギだけじゃなくみんな勝ったことで士気が上がってるみたい。
次もまた勝てそうな雰囲気だね。
「何とかいいなさいよぉ」
「はいはい、本当に申しわけありませんでした」
「誠意がこもってなーい」
でも、このときの僕たちは、この勝利が「晴れた日の予行演習」に過ぎなかったことをまだ知らない。
ロサンゼルス郊外にエバーグリーンという名前の墓地がある。
ここには、第442連隊戦闘団に所属し、異境に散ったロス出身の若き日系兵士たちのお墓がたくさんある。
2012年の初夏、ここを一人の老人が訪ねていた。
老人、というには顔つきも表情も張りがあり、髪は後退しているとはいえまだ黒い。
しかし、つえこそついていないが、彼の足取りは年齢相応におぼつかないようだ。
彼は日系兵士たちの墓碑を、なつかしそうに一つ一つながめて歩き、そしてある小さな墓碑の前で足を止めた。
Sadao・S・Munemori
August 17th,1922-April 5th,1945
Private First Class(上等兵)
スパッド、サダオ・ムネモリの墓だった。
そしてその下にはこう書かれている。
"Medal of honor”
老人はそれをみてつぶやいた。
「これは、最期まで戦った、旨森定夫の戦果だ」