長いときで1メートルはあった髪の毛は例の事故で半分以上燃えてしまったらしく、病院で看護師さんが切ったようだ。今は毛先を整えないまま肩よりちょっと長いくらい。
また美容院でカットしてもらわなきゃ……。
だから僕は戦車倉庫前でウサギチームとバイバイして、行きつけの美容室に行った。
すると……、なんか込んでいる。
ウサギチームの面々が僕より先に来て、順繰りにカットやブローしてもらっている=。
なんで~?
そしてカットの終わったやまごーちゃんはニヤニヤ、かりなちゃんはひひひひ、うつぎちゃんはうふふふと、声に出さずに笑っている。
あずさちゃん、あやちゃん、丸山ちゃんの3人はみんなちょっとだけカットしてもらい、すぐに待合にもどってきた。「ふふふ」、「へへへ」、「………」と声を出さずに、いや、丸山ちゃんだけはもともとだけど。
「山本さーん、お待たせしました」
席が一気に空いて、僕が呼ばれる。
皆の視線がなんか痛い。
僕がいすに座ると、待合との仕切りになっている植木鉢の棚から6人とも顔出してこっちを見ている……。うーん、何か面白いんだろうか?
「カットでよろしいですか」
美容師のおねーさんが微妙に微笑しながら聞いてくる。
きっといろいろ怪しんでるに違いない。
「実は『火事で』髪の毛燃やしちゃって、それで……」
「こーゆーカットにしてあげてくださーい!」
思わず待合の方を振り返ると、なんかA3ぐらいの紙になにやら描いたカンペをみんなで掲げていた……
ぎゃー!
それってマジでしゃれにならないんですけどお。
「はい、○波カットですね。かしこまりました」
「ついでに水色に染めてあげてくださーい」
「──ち、ちょっ待てい。待って、やめてー」
……結局、髪の毛は入学当時にもどった。
「アキラ君が髪の毛短くするなら、ぜったいやらせたかったのにねー」
なんでそうなるんだろう。
「あやちゃん。どーしてそー思うの」
「やっぱりなま……」
「すとーっぷ!」
本当にしゃれにならない。
父どころかじっちゃんまで含めて全部しゃれですまなくなっちゃう。
西住先輩を「踏み台」にしてのし上がれ。とでもいうのだろうか。できるわけないじゃん。
僕はそういうのが大嫌いだー! というか本当に存在が疑われる都市伝説のままでいたい。
そうでないと、マジやばい。
「あ、そうそう。
今日はみんな高橋邸でご飯食べるから、ってみんなウチに言ってあるからね」
「……梓ちゃん、それって」
「アンツィオ戦でなーんもしなかった埋め合わせよ」
「そーそー」
「それでかんべんしてあげる」
「……」
「時田さんに電話してねー」
なんだろう、このいじられ感は。
というか、誰も僕をいたわってくれないのは、なんでなんだろうか……
(※注:キャラクターのデキによる力関係を反映させた結果)
アンツィオ戦が終わってから3日たったけど、僕らの戦う準決勝の会場は「未定」のまま。
相手はなんとも順当に、昨年度優勝校シベリア……プラウダ高校なのは確定。
高校と言ってるけど、戦前から存在して女子校としての歴史が長い私立学校って男子生徒からは敬遠されるので、事実上の女子校らしい。アンツィオもそうだけど。なお、逆もまた真。
しかし、幽霊戦車のこともある。
島田たいちょーは、大洗とひどい因縁がある上に、この僕のことも大嫌いだ。
神戸港で大河さんが葬り去った「偏差値44魔改造」のこともある。
きっと島田たいちょーは、僕たちが確実に負けるような工作を仕掛けてくるだろう。
父ともつるんで僕を戦車から引き離すか、殺したいと思っているのもわかってるし。
角谷大統領には話しておいた方が良いかもしれない。
「私が留置場に隠れていた間に出てきた因縁が、そこまでこじれていたんだ」
偏差値44魔改造のことは、「空と海との間」で会ったイロナのことは伏せて、あくまで安斉さんからゴチの帰り道に聞いた話として伝えた。
「ふーん。
裏でそんなことがあったんだ」
「ええ。安斉さんが島田たいちょーから魔改造戦車を押しつけられて、それを大洗戦で使えと」
大統領が無表情になる。
「……正直、今回は何を仕掛けてくるかなんてわからない。
島田一佐の考えは蝶野教官だって読み切れないだろうからね。
そのうえ君の父上の将補様もつるんでるんでしょ。
もしかしたらだけど、サンダースが使った通信傍受機も、一佐がミリタリースペックのものを貸したのかも知れないね」
十分あり得る話だ。「お嬢様」もサンダースに来てたし、サンダースと黒森峰の仲はいいとはいえないようだ。
「ところでアキラ。いつも高橋医師がやっているシミュレーターではどうでたの?」
「うーん、かんばしくないです」
Ⅳ号パンダトレノは今回F2型同様にする改造をしたのにあわせて、ターボレビンと戦ったときのAグループ用5バルブAE101エンジンに交換した姿になっている。いままでの4両は同じ。
新たに加わったB1bisは、スカイライン。ただしジャパン! ひどすぎる。
対するプラウダさんは、スバルインプレッサやらBRZにランクル1両となぜか観光バス。
制限いっぱいの15両出場させるという想定だ。
そして……
「勝率は、0の微分方程式だそうです……。アンツィオの時は練度を低めに見ていたので30%だったそうですけど」
ランチェスター第2法則じゃ数で2倍の敵に勝つには4倍以上強くなきゃならない。
勝つにはひとまるでも持って来いというのだろうかという話。
向こうは当初、サンダースとぶつかると想定していたのだろうから当然か。
「じゃあてこ入れは戦車じゃないね。
……こっちが不利になるように、妨害を仕掛けてくるかも知れない。
とはいえ、会場が決まらないうちは外洋に出ることもできないし」
住民の生活があるし、日常物資のこともある。
やたらと遠海に出ることはできないね。
「まあ、考えても仕方ないだろう。
向こうも戦車道を標榜する以上、直接的な手出しはしないだろう」
「そうですね。
その気ならうちの戦車、事故に見せかけて倉庫ごと全部爆破されてます」
そしてその現場には僕の死体があって、全部僕のせいってことにされるんじゃないかな。
「そんなことする必要は、全然ないよ……」
そういうと大統領はだまりこんだ。
手をひらひらさせて「もう帰れ」と合図してる。
後は一人で考えたいってことのようだ。
「今回の問題は、むしろ内部かもな。
いや、問題だらけだ」
会長室のドアを開けた瞬間、大統領がつぶやいた。
内部が問題……?
河嶋先輩の命中率がそんなにひどいのだろうか。
それから数日後、大統領は西住先輩だけ呼んで、4人だけであんこう鍋をつついたそうだ。
なにを話したんだろうか。
「ちょっと筑波まで走りに行く。
お前も来るか?」
先生がめずらしく走り屋をするらしい。
今日は金曜日。明日は休み。
それに今の時代、40代の現役プロスポーツ選手もいる時代。
20世紀末と違って、中年は「年寄り」とはいえない。
その筑波には、20年前に中年二人組の走り屋もいたし。
「中年がなに無理してるんだといいたそうだな」
やっぱり考えをあっさり見抜かれてしまった。
これは本当に何とかしないといけないなあ。
先生は普段乗ってるポルシェのFセグセダン(といっていいのかわからない)パナメーラではなく、20世紀末期まで20年近くも作られた928の最終型、928GTSを用意してきた。
これはかつてポルシェが作ったFRのスポーツカーで、かつての先生の愛車だったRX-7FC3Sに多大な影響を与えた。(とゆーか2代目RX-7が「プアマンズ・ポルシェ」と呼ばれるほど似ていた)
928は基本ATだけど、このマシンは日本向け右ハンドルの6速MTだった。
「助手席に乗って良いですか?」
「なれていない奴には勧めないが、お前ならいいだろう」
「やったね♪」
そりゃ耐G能力ならじっちゃんのアクロごっこにつきあってきた僕の方が、すくなくとも先生よりはあるだろうし。「3コーナー目で気絶」ってことは絶対にない。
「やっぱりFRが好きなんですね」
「ドリフトするには一番良いからな」
「というか、FCそっくりだからでしょ?」
「……ふっ」
ポルシェでRRでもMRでもなくFRというのも変に思えるけど、この928というモデルは長寿の人気車だった。そのためか後継車が作られていない。
フェルディナント・ポルシェ名誉博士株式会社の商品レパートリーは少ない。パナメーラもカイエンも最近出てきたもので、ずっと911シリーズだけ売っていたようなものだ。
ただ、御大の頃から副業に熱心だ。戦前に400km/hを叩き出したアウディP80も作ったのは御大だし、ダイムラーといっしょに800km/h超えのレコードカーを作っていた。
フォルクスワーゲンも軍用のキューベル、シュビムワーゲンも御大。あとトラクターも売っている。戦後、御大の没後もあっちゃこっちゃの設計を手伝っているし、レオパルトⅠ、Ⅱの設計でも採用されたのはポルシェ案。だからやっぱり三桁ナンバーがついているそうだ。
ティーガーⅠ、Ⅱでは負けたそうだけど、なんでだろう? 僕、戦中までの戦車のことは全然知らない。
そういえば丸山ちゃんが見つけた方の重戦車はまだまだバラバラ、次のプラウダ戦に間に合わないのは確定かあ。
あっ、しまった。「やったね♪」なんて言っちゃった。
学校を追い出されるようなフラグが立ったらイヤだ……
筑波スカイラインの朝日峠駐車場についたころには、もう夕暮れが迫っていた。
平日の夕方だからか、928の他にはど派手な三代目RX-7、FD3Sが一台いるだけ。
あれはきっとC県T市のRE○宮さんのデモカーにちがいない。
ヘッドライトがリトラじゃなく、大昔のシルビアみたいなプロジェクター4つになっている。
大洗学園艦の工業科展示室に保存されてるD計画末期のFD3Sと同じエアロだ。
本物なら400馬力以上、20年前の車でSUPER GTに参戦してたんだからなんともすごい。
大洗の戦車で、馬力で勝てるのは一両もいない。
と思ったら、降りてきたのは先生の弟、スキンヘッドのけーさんだ。
やっぱり若いときに髪染めまくって無理な髪型にするのはよくないようだ。
「待たせたな」
「でもねーよ、兄貴。俺も今着いたばかりだ」
家庭持ちのけーさんはモータースポーツ界隈のひとだけど、走り屋仕様の車を持ってるわけがない。きっとわざわざ借りてきたんだ。
「これ、やっぱ借りてきたんですか? あのショップから。
本気度高いですね。どーしたの?」
「年甲斐もなく、は余計だ。
……昔の仲間が久しぶりに会おうっていうんでな。
兄貴共々ここまできたんだ」
やっぱり僕の顔はサインボードらしい。
しかし、プロスポーツの世界でも40代の現役選手がいる時代、中年はかならずしも年寄りではなくなっている。とはいえ「あの二人」はさすがに走り屋やめてるだろうね。
「しかし、『ちよきち』が会いたいと言ってくるとはな」
「ああ、そうだな。何年ぶりかな」
「最後に会ったのがあいつの子どもが生まれたときだから、十数年前だな」
はあ、なるほど。
その『ちよきち』さんはご兄弟の古い知り合い、かつ走り屋だった人だったのか。
「ちよきちさんって、もしかしたら赤城レッドサンズの?」
OBってことだろうな。D計画の時のメンバーにはいないから秋名遠征以前のメンバーかも。
けーさんが答える。
「俺が走り屋になったころの、結成当時のメンバーだ。
兄貴の大学の同級生だった」
「そして高校時代、こいつとさんざんやり合った仲だ」
うーん。けーさんって高校時代は名の知れた珍走の最高幹部だったんだよね。
そのけーさんとやりあったっていうなら、相当の腕っ節だ。
それでぐんまー大学行ってるの? どういう人だろ。
「やっぱり先生がFC3Sの助手席に乗せて『更生』させたんですか?」
「更生はねーだろ」
「ああ、そういうことだ。
そして走り屋みたいなことを始めた。
なぜかまったくいじっていないBCNR33を持ってきてな」
「はあ?」
BCNR33、つまり車体が無駄にでかすぎて「豚のエサ」呼ばわりされたR33スカイラインのGT-Rね。好ちゃんこと星野社長も「あれはGT-Rではない」って言ってたやつ。
しかもノーマル。ゴリゴリのチューンドカーばかりの先生のチームでそれじゃ。
「俺が大のGT-R嫌いってことでわざわざ選んだらしいが、墓穴を掘ったな」
「だがな、ちよきちはそれでも一軍の末席にはいたからな。
だが変わった奴だった。家に金がない訳じゃなく、むしろ裕福だったのに絶対に車をいじらなかった。そして公道タイムアタックよりジムカーナやドリフトの練習にあけくれていた」
「まあ、どっちも兄貴の得意分野だからな」
「でもBCNR33が向いてませんよ」
それで一軍の末席ってのはすごいなあ。
でもドリフトやジムカーナが好きなら、もっと向いてる車がいくらでもあったはず。
BCNR33はどうも。
「あいつは『だが、それがいい』なんて言っていた。
道具に助けてもらったのでは修行にならないとな」
うわっ、そうとうな変わり者ね。
どーゆー人なんだろう。
「秋名遠征の時は俺が医学部6年生だったから、あいつは大学卒業してチームも辞めていた。
それからあいつは、……ん?」
たぶん僕たちとその「ちよきち」さん以外来そうもない雰囲気だった駐車場に、2台の車が上がってきた。
「うわぁ」「おいおい」「ふむ……」
どっちもお高い車。そして今では若者が決して乗らないスーパースポーツカー。
一台はSUPER-GTのホモロゲーション取得用に5台だけ作られたNSX-R。
もう一台は、R35 NissanGT-R。スカイライン抜きのGT-R。
21世紀になってからスカイラインは「セダンの皮を被ったスポーツカー」をやめ、おとなしくてちゃんとリアシートも使える普通のセダンになった。つまり、それまでのファンを切り捨て、北米でドイツセダンとシェアを奪い合う方向にシフトした。
従来のスカイライフリークは「スカイラインは死んだ」と嘆いたが、元に戻る事はなかった。
けーさんも憎たらしいスカイラインGT-Rが消滅して万々歳だったらしい。僕もセドグロスカイラインにはいいイメージなかったし、物量主義でライバルはポルシェと公言するGT-Rは好きじゃなかった。と、思ったらGT-Rはスカイラインと決別し、さらなる物量主義のかたまりとなって「ただの」GT-Rになって登場してしまった……
現行GT-Rは純正のホイールとタイヤしかはいてはいけないそうだから、あの黒いホイールは限定車ということだろう。
この時代にスポーツカーを見る事さえまれなのに、激レアな日本車が2台。
いやな予感がする~。
2台のスーパーカーは、20年前には走り屋でいっぱいだったろうガラガラの駐車場の、僕らがいる近くに止まり、エンジンを切った。
そしてそれぞれの車からは、還暦ぐらいの男性たちが降りてきた。
予感的中……
「いまどきスポーツカーが、人のいなくなる時間に朝日峠駐車場に上がってきたというので来てみたら、君たちだったか」
NSXから降りてきた白髪交じりの長髪、肩幅はあるが細身の男性だ。
「おう、君もひさしぶりだな。なんだいその頭は。
だから中年になる前にせいぜい遊ばなきゃって言ったんだぜ」
けーさんになれなれしく話しかけているのはGT-Rから降りてきた角刈りが総白髪でがっしりした体格の男性。あれ? お腹が出ていない。お腹が出ていない。お腹が……
「なんだあんたら、まだ車降りてねーのかよ。
あぶねーから免許返納しろよ」
「城島さん、星野さん。
お久しぶりです」
このふたりは僕が生まれる前、このパープルラインで「峠の神様」といわれた人たち。
そのときすでに40代だったけど、「城ちゃん」こと城島医師は真夜中に表筑波でガチバトル8往復してゲロ吐いただけですんだし、「好ちゃん」こと星野社長は一晩でタイヤがツルツルになるまでバトルしたという頑健な人たちだ。
4人は積もる話をいろいろしている。ほとんど走りの技術論。
でも僕は社長の腹がどこにいったのかが気になって仕方がない。
「ところであんた、初対面の時につまんでみせた腹はどこ行ったんだ?」
やっぱりけーさんも気になるんだわ。
「ふっ、城ちゃんが『このままじゃホントに死ぬぞ』ってうるさくなったんでな、現場に行ったら若いころのように自分も働くことにしたんだよ。
おかげでいまの方がガチムチになったがな」
やっぱりセリフほど遊び人じゃなかったようだ。
そりゃ若いときに本当に遊んでばかりいたら、建設会社の社長になれていないわ。
「ん? 君は」
星野社長が少し離れて立っていた僕に顔を向けた。
つかつかと歩み寄ってくる。
せいぜいかわいらしく見えるように微笑んでおこう。
たぶん例のセリフ言うだろうから。
そして社長は僕の目のまえに立った。
「君はなかなかいい顔をしてるな」
キター!
問題はこのあと何て言うかだ。男と女で微妙に変わる。
「君は女にモテるだろ」
がーん!
やっぱそっちにいっちゃうんですかあ。
せっかく白のワンピに紫外線よけのサマーセーター羽織って、UVカットファンデーション塗ってきたというのに。そもそも女の子にモテないし。いじられてばかりだし。
「俺も若い頃は女にモテたからな。モテ男のオーラには……」
男、男、男、いわないでーっ!
「しくしくしく……」
「……ん? どうした」
「社長、ちょっとこちらに」
「高橋君、いまどき女装子(じょそこ)なんて珍しくもないぞ。
歴戦の俺にかかれば……」
「とにかく、あちらで話を」
しくしくしく。
高橋先生が気を利かせて、社長を向こうに連れて行ってこみ入った事情を話してる。
でもやっぱGT-Rなんて大嫌いだー! ますます嫌いになった……
そんなふうにワイワイやっていたので、僕にはここにもう一台クルマがやってきて、離れたところに止まったことも、そのクルマから降りた人物が何の気配もさせず、いつのまにか僕の後ろを取っていたことも、全然気がつかなかった。
「……こんばんは、皆さん」