もう、ひと月たったんだ。大洗女子に入学してから。
春の晴れた午後、僕たちはドラム缶を転がしていた。
海風が心地よい。大海原は見ていて気持ちがいい。
性同一性障害を持つ僕、山本玲は、身体的に男だけど、生徒会長角谷さんの配慮で、
茨城県立大洗女子学園の高等部1年生になっている。
なりゆき上、僕は障害をクローズにしている。つまり、開示してない。
たぶん角谷会長の深慮遠謀だろうと思う。
というのは、高等部から入ったよそ者の僕に、みんなよくしてくれるからだ。
もし障害をオープンにしていたら、こんないい人たちからでも隔意をもたれることは必定だ。
だから、よけいみんなの好意がもうしわけない。
それに、自分のどっかで「この人たちは自分とは違う。自分はぬえで、異常者」という意識が
消えない。
今、いっしょになってドラム缶をころがしてる、チームメイトのみんなもそうだ。
戦車っていうのは、すごいガソリン食い。
燃費なんて、リッター数百メートル。
だから、授業の最後の30分間で、燃料補給するんだけど。重労働。
ドラム缶重いー。
ガソリンのあとは、弾丸の補給。
僕はもっぱら自分の担当の75mmの砲弾を、リーに詰め込む。
数発入った木箱を肩に担ぎ、車体側面まで持ってくる。
防御の点からはよくないらしいけど、リーには車体側面に、自動車のようなドアがある。
窓ガラスはさすがにないけど。
でも、これがなければ、あそこの歴コスⅢ突みたいに、屋根まで登って天井ハッチから
積むしかない。リーは高さが半端じゃないし、これだけはいいと思う。
んー。今日も一番で終わったわ。気分がいい。
……他の戦車の皆さん、へたばってますね。きっとリーよりいろいろ多くて、
大変なのでしょう。
でも、本当にいい学校に来たと思う。校風は明るいし。
閉鎖的なところもない。学園艦って、そういうものなのかな。
しかし、どこの学校にいっても、やっぱりあるものはある。
ある日僕は、それを見ることになった。
以前会長に説明されたとおり、僕は、戦車道3単位と引き換えに、
地雷がいっぱいの保健体育と、あきらかに苦手な美術を免除してもらった。
そういえば、西住先輩も、何を描いているかわからない、というかすでに絵ではないものを
描くらしい。しかし、先輩が免除してもらったのは音楽だとか。
戦車道は、必ず午前か午後の3時限丸々をつかって授業をする。
だからそのときに免除科目がかぶってくれれば何も問題がないんだけれど、
そううまくいかない。
だから、どうしても補講をどこかで週何コマか受けることになる。
僕はその日、欠けた「英語Ⅰ」の授業の補講を受けに、普通Ⅰ科、1年F組の教室に行った。
コマ割り的に、都合がいい。
この、1年F組なんだけど、ちょっと他と違っていた。
大洗女子の人たちはわりと気さくで、よそ者の僕にもよく話しかけてくれる。
気さくすぎて、A組ではなにかしら、毎日みんなのペットにされているような気がする。
なぜかちょくちょくプリクラにさそわれたり、みんなにおやつもらったり、
なでなでされたりしている。
どうしてなの?
できれば目立ちたくないんだけど……。
話をもどすと。
いつもなら、リーに乗っているうち、A組のだれかと一緒のことが多いんだけど、彼女たちは
この日は英語ではなく、出席日数がヤバくなっている他の科目に行った。
そんなわけで、今日ここにきたのは、僕一人だった。
だから、この組が異質だったのに、ここではじめて気がついた。
このクラスの生徒たちは、なにかよそよそしい。というか、こちらから話しかけても
生返事か無視。
まあ、僕に関心がないなら別にいいか。どうせほかのクラスだし、めだたなくていいか。
と思ってあらためてこのクラスを見渡す。
すると、異様な光景が僕の目に入ってきた。
机の列の最後尾。窓際の席。
その机を3人の女生徒たちがとりかこんでいる。
気の強そうな生徒たちだった。その子たちが、薄笑いをうかべて席をとりかこんでいる。
席についているのは対照的に気弱そうな、おとなしそうな子。
とりこかんでいる連中は、口々にその子が髪を美容室でカットしてもらってないだとか、
私服が貧相だとか、昼は学食にも行かず、どこかで隠れて食べているとか、
靴がボロボロだとか、そんなことをいって物笑いにしていた。
そのうち、その3人の中でひときわ目立つ生徒が、机の上の筆箱をとりあげる。
そしてそいつは、
「なにこれ。このボロいの筆箱? いまどきこんなの見たことないわ」といって、
筆箱を床に投げ、足で踏みにじって壊して笑っていた。
他の生徒たちは、まったくわれ関せずとばかり、談笑して、いや、見てみぬ振りをしている。
もう限界だ。
「あなた、その子にあやまりなさいよ」
僕は、そいつの目のまえで、腕を組んでたちふさがる。
しかし顔は笑っている。
「あんた何様ぁ~? 誰に向かって口聞いてるのかわかる?」
ふーん、それが返事。
「そうだよ、なんでお前の指図なんか受けなきゃならないんだよ」
仲間の一人が、すごんでみせる。
「じゃあ聞くけど、その子がなんで、あなたにそんな仕打ちを受けなきゃならないのかしら?」
3人は、僕を小ばかにした顔のままだった。
わきにいた別な女生徒の一人が
「あんた、その人に逆らうと、この組に来れなくなっちゃうよ」と、小声で忠告する。
ご親切にありがとう。でも知ったことではないわ。
「この筆箱が、もう壊れかけてたから、新しいのを買えるように、壊してあげたのよ。
ほんの親切心よ」
そして、取り巻きがよけいなことを言った。
「だいたいよー。結局やられる奴が悪いんだよ。うざったいからいけねえんだよ」
あっそう。
僕はそのボス格の席に歩いていった。
「じゃあ、こんなことをしても、僕に嫌われた君が悪いというわけね。
高校生がこんな高そうなもの持ってたら、風紀上よくないわね」
ふーん。モンブランってシャーペンも作ってたんだ。
僕はたぶん、とても人のよさそうな笑顔をうかべて、
机の上の高そうな金属製のシャーペンを両手で持って、力を込めた。
ペキッ!
それだけの音をさせて、シャーペンは真ん中から折れた。
「もう飽きてるんでしょ。パパに新しいの買ってもらえばいいわ」
僕はふたつに折れた元シャーペンを、ポイと投げ捨てる。
そして次に教科書を手に取ると、真ん中から真っ二つに引き裂いた。
まあ、電話帳なら、まだ無理っぽいけどね。
「あーあ、こんなところに最新のiPhoneなんかおいて。無用心だわ」
僕は今度は、彼女のスマホを手に取り、へし折ろうとする。
「やめてええぇぇっ!」
そいつは床にへたり込んで半泣きになりながら叫んだ。
「だって君が僕よりドン臭くてノロマだから、こうなるんでしょ?」
僕はスマホを床に投げつけ、「勝手にひろえば? あなたのしたことはこういうことなのよ」
といいながら、いじめをうけていた女生徒の席に歩み寄る。
まだそこにいた二人は、このニコニコ笑っている僕になぜかおびえて、席から離れた。
机にはずいぶんひどい落書きがされていた。
いじめの定番文句が、マジックで大書されている。
「行こうね。こんなところで授業受ける必要はないわ」
僕はできるだけやさしい声で言い、まだ泣いているその子の手をとると、
荷物を持って教室を出て行く。
「あ、そうだ。山本玲ほか1名。授業ボイコットだから、先生に伝えておいてね」
僕は、この教室の連中のほうに振り返って、満面の笑みとともに、退場した。
僕らは、ふたりで校内の中央広場に行った。
僕はスマホを取り出すと、会長に「昼休み後半開けておいてくれませんか?」とメール。
返信は「やっかいごとじゃないだろうね? 会長室に来て」だった。
かわいそうに。この子はまだ泣いている。
ぼくは、彼女と一緒にベンチに腰掛けている。
彼女の栄養状態はよくないようだ。背も低い。
まさか、家庭でも虐げられているのか?
どちらにしても、F組に戻すのは論外だ。
ほんとうなら、学校や教育委員会は、こういうことにはまったく無力だ。
ある教育委員会に至っては、加害者と共謀して、いじめの事実自体を葬り去ろうとした。
だけど、この僕のことを何のためらいもなく受け入れることにした会長なら
あるいは何かしてくれそうな、そんな気がした。
いままで泣いているだけだった彼女が、唐突に口を開いたのは、その時だった。
「……もう、学校に来たくない。死にたい。
……死んでお父さんやお母さんに会いたい……」
どういうこと? ふいに彼女がつぶやいたことは、僕をおどろかせた。
「――いったい、何があったの?」
彼女はただ泣くだけだった。
「死んじゃダメだよ。お昼休みにごはん食べたら、いっしょに角谷会長のところに行こうね。
あの人だったら、きっとなんとかしてくれる。だから信じて」
彼女は、僕の方を見た。
僕は、彼女は決して孤独じゃない。と伝えることにした。
「僕は、本当は男なんだ……」
彼女は、今度こそ本当に驚いた。
「……といってもね。GID。性同一性障害。
僕、気持ちは女の子なんだけど、身体の方が違って生まれて来ちゃったんだ。
だから僕は、どこにいてもひとりぼっちなの。学校でも、家でもね。
恋人どころか、ほんとうのの友だちもできない。
僕のことがわかる人がいるどころか、かえって気持ち悪がられるから。
……そして追い出されるようにここにきたの。
角谷会長が、僕の居場所を作ってくれたんだ」
「……ひとりぼっち。……私と同じだ」
彼女は、小学校1年生の時に、両親を一度になくした。
あとはおきまりのコース。親族中をたらい回しにされ、時に虐待を受けた。
児童相談所が介入しなかったら、彼女はここにいなかったかも知れない。
単独世帯にして被保護者になって、中学までは児童養護施設にいて、
ここでは住宅扶助を受けて、寮から学校に通っている。
そういうことも、いじめの種にされた。
「もうお昼だね。学食に行こうね」
僕たちは、あえて対面型の2人席にすわった。
彼女も僕も、オムライスを食べている。
彼女が小さい頃、お母さんがよく作ってくれたそうだ。
「あの筆箱、小学校に入るときに、買ってもらったものの、最後の一つだったの……」
彼女は涙ぐむ。
僕も、涙目になっていたかも知れない。
それなのに、あの連中は……。
昼休み後半。
僕は彼女を伴って、会長室に行った。
角谷さんは、めずらしく真剣に話を聞いてくれた。
そして、学園長に電話した。
「お昼休み中申し訳ありません。角谷です。
S事案です。……はい、緊急です。……わかりました。
手続はあとまわしにしてすぐ対処します。報告は……わかりました。明日お持ちします」
角谷会長は受話器を置くと、僕たちについてくるよう促した。
校舎の地階。
決して生徒が入ってはならないとされる場所。
その部屋のひとつから、横に伸びる地下道があった。
そのどん詰まりに、鉄の扉がある。
角谷会長は、扉を開いた。
そこは、甲板上の人工の林の中。
切り開かれたところに、2階建ての建物があった。
そのなかは、教室になっていた。
「ここは、一般に公開していない『支援科』。」
角谷会長は、聞き慣れない言葉を口にした。
「ここにいるのは、手酷いいじめにあった子。登校拒否の子。引きこもり寸前の子
発達障害とか先天性の障害を持つ子。家から通うと親に虐待される子。
保健室登校の子。ほか、さまざまな問題を抱えてる子ばかりがいるの。
山本、君の受け入れを高橋先生から打診されたとき、君の状態いかんによっては、
ここに来てもらうことも考えていた。
しかし君は、さいわいにも普通に学生生活を送ることもでき、
コミュニケーションにもまったく問題がなかった……。
だから、予定どおり普通科に行ってもらった」
角谷会長は、彼女の手を取って校舎に入っていきます。
「今日から、ここが君の教室だよ」
明るい色を基調とした、天井が高く圧迫感を全く感じさせない、清潔感のある校舎。
採光も考えられていて、僕たちの教室よりずっと明るい。
授業風景も、皆それぞれ別な課題を自由にやっている。
時間中でも、出入りは自由なようで、校舎の中ならすきに歩き回ってもよいようだ。
たしかに、規律性を守ることが苦痛な生徒。多動障害を持つ生徒。
そういう生徒でも受け入れて、居場所を作っていることが感じられる。
そして、専門領域は強くても、興味のないことに耐えられない生徒は、
場合によっては、大学研究室レベルの課題に取り組んでいたりする。
最近行われるようになった「エジソンプロジェクト」だ……。
会長は、彼女をここの責任者の養護教師にひきあわせ、
できるだけのびのびと通えるよう、配慮をお願いしている。
「ここにいるのは、みんな君の仲間だよ。
そしてここの先生たちは、君の苦しみをわかってくれる。
だから、絶対にあきらめないでね」
そして、会長は1本のシリンダー錠を彼女に渡していいました。
「これは、地下室に入ることのできる鍵よ。持っていない者は絶対に入って来られない。
もう安心して。君をいじめる者は、ここには来ないから……」
会長が、普段見せない優しい笑顔をみせる。
彼女も、こころなしか安心できたような表情だ。
僕と会長は、元来た道を帰って行く。
彼女は、所長の先生のとなりで、僕たちを見送っている。
彼女の目に、涙はもうない。
しかし、心の傷がふさがるまでは、きっと時間がかかるだろう。
けど、今は思う。あの子が「生きていてよかった」と思う日は来ると。
「山本。今日見たことは忘れてくれ」
僕にとっては苦しむ人に、この学校がただ手をこまねいている訳ではないだけで十分だった。
「あそこには、実は他校で適応できなかった生徒もいる。
学校間の協定で、そういう協力体制ができている。
そして、生徒のことは生徒にしかわからないから、運用は私の専決で行える。
S事案っていうのは、そういうこと。
支援科は、ここにしかない。しかしその存在は公にされてないんだ」
そこまではいい。でもなにか引っかかるものがある。
「しかし園は、何をやってたんだ? 風紀はこういうことが仕事だろうに。
遅刻だけ取り締まっていればいいってもんじゃない。
あいつは、憲兵そのものだからな。でも本当の憲兵は、ちゃんと協力者を作れるもんだ」
ふーん、そういうことも任務なんだ。
あ、何が引っかかってたか。やっとわかったわ。「予定どおり普通科に」だわ。
「会長。受験票といっしょに入ってた『待ってるよん』っていう例のメモ。
もしかして、最初から僕を戦車に乗せる計画だったんですね?」
会長は、「今気がついたの? 鈍いよ」と言って、にかっと笑いました。
「でもさ、ありがとね。山本」
別れ際に会長はそう言って、地下室から出て行きました。
その次の日。
戦車道の放課後補習の終わった僕は、迷彩服のまま、A組の教室に向かっていた。
僕はふと足を止める。
なんか人の視線を感じる。
でも、気配を探ろうとしても何も感じない。なんかむずかゆい気分。
それとは別に、何人かの人間が校舎裏手にいる気配がする。
なんだろう。
「お前んち、金持ちだろ?」
ん? なにこの大洗で聞きそうもないセリフ。
「また、お小遣いくれない」
「いまくれないなら、お前の住んでるところまでついていこうか? ああ?」
なんか、工学科の3年生らしいの3人が、ひとりの女生徒にからんでる。
からまれてるのは……あ、1年F組のモンブラン女。
まあ、かばんとかこれ見よがしに高そうなもの身につけて歩いてるから……。
しかし、放っておくわけにもいかない。
ちょうど今、カモ着ていることだし、こっそり忍び寄って目標確保して逃走。かしら。
自分の気配を殺して忍び寄って……。
「あ、助けて!」
そうだった、あいつからは丸見えなんだわ。
後先なしにさけんじゃって。計画ぶち壊し。
しかたないわね。
「そこで何してるの!」
あえて大声で叫んで、ずかずかと大股で歩いて行く。
そして逃げようとするモンブラン。
しかし、この中ではボス格らしいのが、彼女の手をしっかりにぎって離さない。
そいつがおもむろにふところから取り出したもの。
今では禁制品のバタフライナイフ。本当に何やってんのよ! 風紀委員。
「お前。無事で帰れると思うなよ。こいつがどうなっても知らないよ」
ナイフを持ったのが、モンブランに切っ先を突きつける。
モンブランの顔色がだんだん青くなる。
残りの二人は、じりじりと距離をつめてくる。
それからは、殴る蹴るのオンパレード。
殴られてやんないと、モンブランが何されるかわかんない。
それでも素人の打撃でグロッキーになるには、ちょっと鍛えられすぎみたい。
効かないように、身をかわしているし。
しかし、いっこうに倒れない僕にしびれを切らしたのか、ボスが怒鳴る。
「ひんむいちまえ! 素っ裸にして校庭に放り出せ!」
ちょっとお。それはないでしょ。
でもすこし、周囲に気を配った方がいいかもね。
だからそういう風に、予想もしなかった方向、つまり真下から、ナイフ持った手つかまれる。
「参上~」
いやもう、覆面かぶってジャージ着ててもまるわかりですよ。
大洗最低身長で、ツインテールの小柄な人物なんて、ほかにいません。
ナイフ女は、右手を即席けっこう仮面(着衣)の両手でつかまれている。
その手をふりほどこうと必死になるナイフ女。
でも、離れない。
そのうちだんだん手首からこっちが青白くなる。
動脈押さえられてますね。
そして、とうとう手がしびれてナイフを落とす。
角谷仮面は、ナイフを蹴飛ばすと、持ち主を一本背負いでぶん投げた。
……うそでしょ?
受け身を知らないナイフ女は、頭から落ちてのたうち回っている。
モンブランは、ガタガタ震えるだけで、動くこともできない。
「おい、山本。かまわないからこの3人にパンツァーファースト(鉄拳制裁)!
私が許す」
いや、さすがにそれはできません。
「僕は、女性は殴れません」
「しょうがないなあ。園!」
角谷会長は覆面を脱ぐと、風紀委員長の名前を呼んだ。
いつのまにか、風紀委員1個小隊が、ここを封鎖していた。
「おい、こいつ銃刀法違反ものの凶器を所持して、恐喝やってたぞ。
いったい君はいつ仕事をしてるんだ?」
ふと、残りの二人の方へ目をやると、ひとりがそこに落ちていただろう、古い角材をひろって
会長を殴ろうとしている。
「死ねや!」
角材が会長に振り下ろされる。
僕はそいつと会長の間に割りこむ。
激しい打撃音がする――。
……間一髪間に合った。
角材は、僕の、頭上に直角に振りかぶった右腕に当たり、真っ二つに折れた。
「……山本。ご苦労。
まあ。たしかに君の言うとおり、制裁は暴力だねえ。
だが、稽古をつけてやるんなら、どうだい?
――ついてそうそうで悪いけど、たのむよ!」
会長がそう呼ばわると、風紀委員たちをかき分けて、
レスリング部ひとり。柔道部ひとり。女子相撲部ひとりの、計3人の選手が現れた。
そして、さっそく「稽古」が始まった。
「……会長。どうしてここに」
僕にはそっちの方が疑問だった。だって手回しがよすぎるもの。
「いやー。怪我の功名だよ。
君のことを信じてないわけじゃないんだけど、一応学内にいる間は、忍道の講師が
交代で君を監視してるんだ。
それに君が摘発してくれたいじめね。あれで風紀に喝入れて、巡回させていたのさ。
当番兵として、運動部から推薦してもらった選手たちを帯同してね」
忍道の講師って……
……でも、気配の消し方は流石というべきかしら。
ま、僕のことを心配するのは当然だわ。いつ、魔が差すかわからない危険人物だから。
でも、それを自覚するのは悲しい。
あとの問題は今、「稽古」をつけられている3人。
「この人たちはどうなるんです」
「刑法犯。触法少年だからねえ。警察にひきわたすのが本当だろうが、
学生自治の本旨にもとる。かといって、もう大洗にはおいておけないね」
では、この場合どうするのでしょう?
「これも、学校間の協定があるの。
連中はベルウォールか黒森峰にある『特殊支援学級』に、1年生として転入だね」
「それって、うちにある支援科と、違うものなんですか?」
会長は、めんどくさそうな顔をした。
「これはね、純粋に触法少年を更生させるためにある特殊学級。
塀にかこわれてて、「卒業」まで外には出られない。
この場合の卒業ってのは、立派に更生したと認められること。
教師陣も強面ばかりだし、生徒には本来なら少年刑務所相当の大物もいるからねえ」
会長は、締められている3人の顔をのぞき込んで続けた。
「諸君の未来は、明るいよ~」
ナイフ女が悲鳴を上げる。
「嫌だ! 嫌だ! いっそ警察につきだしてくれー!」
しかし、大統領が聞く耳なぞもっているわけもなかった。
「……でも、ありがとね。山本」
会長は、片手を上げて撤収を宣言した。
「制圧」された3人と、格闘家たち、そして風紀委員1個小隊が後に続いた。
あとには、地べたにへたり込んだ、泣きべそ顔のモンブランがいた。
「立てる?」
僕は彼女に手をさしのべて、なんか悲惨なことになっていることに気がついた。
――いやいや、おきゅうをすえたどころの騒ぎじゃないわ。効き過ぎ。
僕は電話をかけた。最初は角谷会長に。次に万能執事の時田さんに。
「生徒会専用風呂を借りたい? ――あー。そーゆーことになってるのね。
……じゃあきれいに掃除して、ピカピカにして返してね」
「私服の着替えをお持ちするのですか? 下着もですか。
で、学校までクルマでくるように。ということですな。”お嬢様”」
時田さん。「お嬢様」はよけいです。
モンブランちゃんは、お風呂のなかでも、ずっと泣いていた。
着替えを渡し、着てもらったが、やっぱり大きい。
「じゃあ、裏門にクルマ止めてあるから。送ってあげるわ」
彼女は黙ってうなずくだけだった。
僕らは時田さんの運転するベントレーで、彼女を寮まで「こっそり」送ってあげた。
彼女はすっかりしおらしくなってしまった。
「”お嬢様”、こちらもお持ちしました」
「手回しが早いですね。でも、高橋先生に借りができちゃったわ」
僕は、玄関前にたたずむ彼女の方に向き直る。
「あの……」
「言わなくていいわよ。僕だって、君をいじめたんだから」
そういうと僕は、時田さんから渡されたものを、彼女に手渡した。
僕がへし折ったシャーペンと同じもの、そして、新品の教科書。
「もう、これでいいっこなしにしようね」
僕は彼女に背を向けると、時田さんに続いて、寮の階段を下りていった。
そして、学校までもどった僕と時田さんは、生徒会風呂をしっかり掃除した。
万能執事さんは、風呂掃除も一流だった……。
後日、彼女は会長につきそわれて、支援科に行って、あの子に謝ったそうだ。
これで一件落着だね。と会長は僕に言った。
次の日、クラスに行った僕は、青なじみができてるってみんなにすごく心配された。
みんなで、冷却シートをかわるがわる持ってきてくれた。
こんな僕に親身になってくれるなんて、ほんとうにいい人たちだわ。