失われた約束の地   作:米山ともき

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 Johnny Shows "Her" Manhood.

 

 

 

 僕が、戦車道の授業を受けるようになってから、2か月がたとうとしている。

 

 同じ授業を受けている先輩に、2年生の冷泉麻子さんがいる。

 この人は「万年主席」とかいわれている。

 というのは、この人を抜いて単独主席になることは、絶対に無理だから。

 

 なぜなら、定期試験の成績が、全科目で満点だからだ。

 

 

 

 そして、あの対抗演習の時、Ⅳ号戦車の進路上で昼寝をしていてひかれかかって参加。

 気絶した五十鈴先輩の代わりにいとも簡単に戦車を操縦し、西住集団の危機を救った。

 

 

 

 西住先輩だって、一番苦手なのは操縦だっていっていた。

 Elle Çaさんも、アメリカ戦車以外の操縦は職人芸的なことを言って(書いて)いた。

 そのアメリカ戦車のリーで、最初から戦車道をとるつもりだった桂利奈ちゃんが、

いまだにエンストと縁が切れない。

 

 なのに冷泉先輩は、その職人芸をあっさりこなしている。

 戦車経験があるかというと、完全に皆無だという。

 わずかの時間でフィーベルという初心者マニュアルを通読しただけで、すぐ動かしたとか。

 

 

 

 ある日、戦車道の授業の休み時間。

 その日は外ではなく、会議室で座学をやっていた。

 僕は、ちょっとわからないことがあったので、冷泉先輩をつかまえて質問した。

 

「わからんも何も、教科書や参考書にかいてあるとおり解くだけだ」

 

 それが、冷泉先輩の答えだった。はあ? としかいいようがない。

 

「逆に私にはお前たちの言う『勉強』の意味がわからない。たとえば」

 

 といって、冷泉先輩はそこらにあったコピー用紙と鉛筆を手に取ると後ろを向き、

何かを書いて、肩越しに僕に渡した。

 

 描かれていたのは、僕の顔だった。

 さらに冷泉先輩は、後ろを向いたままもう1枚僕に渡す。

 

 これも僕の顔。

 

「2枚を重ねて、光にすかしてみろ」

 

 僕は2枚をぴったり合わせて、部屋の照明にすかしてみた。

 なんと! 完全に一致するじゃない。どういうこと? 描いてる間、僕の顔見てないのに。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「『お前の描くものは絵じゃない』といわれる。それに私は見ないで描いているのでなく、

 『見て』描いている」

 

 本当に禅問答だ。

 

 冷泉先輩の言ったことを、説明付きで反芻してみる。

 

 冷泉先輩は、目で見たものをただちに画像イメージとしてストックする。

 たとえばスキャナーを使って、パソコンにJpegやPDFファイルとしてとりこむみたいに。

 そして、先輩の視界はマルチディスプレイになっていて、目の前のものを見ながら。

副画面でそれら視覚情報を再生できる。

 いまみたいな場合は、白い紙の上に、僕の画像を映し出してトレスする。

 試験の時は、副画面に教科書のページや、辞書などを表示して問題を解く。

 そうやって、もともとの脳内メモリ以上のことができてしまう。

 しかも、それら記憶イメージは、消去されることがない。

 

 それって、頭の中にカンニングペーパーがあるってことですか?

 

 ほかにも、楽譜を見ただけで聴いたことがない歌が歌えるとか。

 体操種目でも、何をどうするかの図解を一回見ただけでできてしまう。

 副画面で見てるといっても、僕たちがレシピ見い見い料理をつくるのとちがい、

イメージと身体が直結しているらしい。

 

 つまり、記憶するための勉強も、身体に覚えさせるための反復練習もいらないってこと。

 ……なにやっても、絶対に勝てない。

 まあ、角谷会長のように背筋力200kgなんてことはないから、万能人間じゃないけどね。

 ……ちなみに角谷会長は、僕を片腕で水平に頭上高く持ち上げた。

 どうやって鍛えたんだろう。

 

「だがな、戦車をどう動かせばいいのか知っているのは西住さんだ」

 

 それだけ言って、冷泉先輩は自席に着いた。

 

 

 

 

 

 

 帰ってから高橋先生に聞いてみた。

 先生は「お前も自分のことは詮索されたくないだろう?」といったきり黙ってしまった。

 

 執事の時田さんが、僕に耳打ちした。

「忘れることができないと言うことも、とてもつらいものです。”お嬢様”」

 

 たしかに地獄かも知れない。

 もし、つらい思い出が全く完全に再現されてフラッシュバックしてきたら……

 ……殺してくれ。というかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 次の日は、外でお決まりになっているジムカーナと、射撃練習。

 特別講師の蝶野教官が、最初に実戦形式の演習をさせたのは、おそらく戦車というものに

慣れさせること。

 そして、最初に戦車で遊んでみろということだったのだろう。

 

 現に、僕たちの技量はといえば、さんたんたるものだった。

 もし、操法基礎をきちんとやりこなすことから始めていたら、

少なくとも僕らDチームは心が折れて脱落していた。

 

 パイロンスラロームなんか、

Aチーム以外は各流派のU-15の平均にはるかに及ばないタイムだった。

 静止射撃なら高校級は、1,000mで50%が普通とされているが、Aチームを除けば桁が1つ下だ。 ほぼラッキーヒットレベル。

 対抗演習のときは、BチームもCチームもほぼ至近距離からあわせて無効打1つしか出せず、

Eチームにいたっては、接射だったのにあさってに撃ってしまったことを思い出す。

 

 躍進射撃での命中率は、Aチームが1,000mで15%。Bチームが500mで20%。

 ほかは100m超では1発もなし。

 行進間は、Aチーム10%、Bチーム20%、ほかは0%

 特筆すべきはEチーム。始まって以来1発の命中弾もない。

 しかしながら、射手の河島さんは、大いばりで練習の指揮を執っている。

 大統領は、車内で干し芋をかじっている。

 小山さんが「すこしは手伝ってくださいよー」といっているのが見える気がする。

 大統領については、わからなくもない。

 任せたことには口出ししないのと、専門外のことに政治家が首を突っ込むと

ろくなことにならないと思っているからだ。

 だが、河島さんは、たぶん自分で志願したのだろう。

 ……出来物そうな見かけと態度は、中身と裏腹なのだろうか。まさかポンコツだったりして。

 

 でも会長は「いついつまでになになにができるようになれ」とか言わない。

 だからみんな、お遊戯感覚で戦車に乗っている。

 怖気づかないのはいいにしても、いつまでもこんな調子でいいのだろうか。

 いっぽうで、西住先輩主導で基礎体力づくりをやってるが、こっちは理にかなっていて、

みなどんどん成果を上げている。

 僕については、ビールケースを閉鎖機にみたてて、装てん練習をするように言われている。

 

 そんななかで僕らの技量は、本当にカタツムリのあゆみのように少しずつあがっていった。

 西住先輩は、ほんの少しでも、前に比べて向上があれば、ほめていた。

 もしかしたら、名門の出だということをひけらかす気も、

僕たち初心者以下のものに、高いレベルを目指せというつもりもないのかもしれない。

 

 ただし、西住さんは、僕にはなぜか厳しかった。

 

 いくつか、実際の戦争であった戦いの戦闘詳報的なものをわたされた。

 そして、負けた側がなぜ負けたのか説明できるようになれと言われた。

 実はこれらは、なぜ負けたのかがわからないようなものばかりだった。

 前の戦争の、あの有名な戦いも当然あった。

 戦記小説じゃないのだから、書き手の解釈も、戦場の心理も全くなく、読むだけできつい。

 

 装てんについては、1発4秒を目標にされた。

 そして、抜き打ち式に試験された。

 徹甲弾と榴弾着発、榴弾短延期をちゃんぽんにされて、どれだけ正確に、

短時間で装てんできるかを見られた。

 競争相手は、くせ毛の先輩こと秋山さん。

 僕だけは、たとえ秋山先輩に勝てても、ほめられることはなかった。

 でも別に、僕もそれはどうでも良かった。

 なんかむしろ、そういう扱いがほっとする。

 

 

 

 僕は僕の課題に挑み、皆は無理をしないよりもやってて楽しいというレベルの課業をこなす。

 そうして日々は、ゆるやかに流れていくはずだった……。

 

 

 

 

 

 

 ……異変は、突如やってきた。

 

 

 

 その日、僕は授業終了前の砲弾補給に耐火倉庫に行った。

「75mm。75mmと……」

 なんか、倉庫の中がガラガラに思えた。

 

 在庫の砲弾がほとんどない。

 八九式の57mmをのぞけば、アメリカとドイツの37mm弾が2カートンほど。

 どの種類の75mm弾もなくなっていた。

 

 

 

 あわてて戦車倉庫にもどった僕は、会長たちをさがした。

 会長たち3人は、みんなが集結している営庭にいく途中だった。

 

「会長。実は……」

 会長は僕を手で制すると、ついてこいとうながした。

 

 

 

「戦車道の予算は、元々十分とはいえなかった」

 

 みんなで輪になって、会長を中心に話が始まった。

 

「知ってのとおり、我が校は県立校だ。支出は県の予算の裏付けがなければできない」

 

 予算……。しかし、僕以外には何の話なのかわからないだろう。

 年度予算というものは、その前の年度のうちから諸費用の見積もりを計算して、各部署が

財政担当に提出する。

 そしてなんとか削ってやろうとする財政と、なんとか原案どおり提出したい担当の攻防戦の末

予算案となって、年度末の議会で可決され、各部署に配分される。

 これが当初予算。大洗の戦車道費は、当然入っていない。

 だから、県議会の定例会ごとに提出する補正予算でまかなうべく準備していた。しかし、

 

「県教委が提出した補正予算案に対して、財政担当が、修正ではなく新規事業で、

 しかも支出できる財源がないのに、こんな多額の歳出予算は組めない。といわれ、

 案の段階で大幅に減額された。」

 

 いままでは、補正予算成立を前提に、「予備費」で短期契約を結び

(入札に間に合わないという理由で随意契約というやつ)、予算成立後に

予備費には戻入することになっていた。

 ところが返せる見込みがなくなって、契約は打ち切り。

 

「こうして砲弾ほとんどが、引き上げられてしまった」

 

 そして今後も入る見込みはない。充当できる財源がないかぎりは。

 そして議会はもう始まった。秋まで補正の機会もない。

 

 つまり、知波単からご祝儀で九○式徹甲弾をいっぱいもらっている八九式以外は、

ドライビングの練習以外はできなくなった……。

 

「クルマのウデは、どれだけタイヤとガソリンを無駄にしたかで決まる」そうだけど、

それでいうなら「オットーとハーマンを」無駄にできない僕らは進退きわまってしまった――。

 

「では、これからどうするんですか?」

 

 だれともなく、皆がそう思っている。

 

「……つてがないわけでもない。この件は私に一任してくれない?」

 

 いや、会長。どうみてもそんな顔はしてません。

 

 

 

 そしてこの場は、河嶋さんの「解散」のひとことで、お開きになった。

 

 

 

 

 

「会長!」

「私はそういうことに無頓着だが、せめてノックぐらいしなよ。山本……」

 

 僕は、気がついたら会長室に飛びこんでいた。

 

「まあ、昼食べながら話そう。簡単なものしかないけど」

 

 

 

 ……これが簡単だったら、この人の本気料理はどうなるのだろう。

 角谷会長は、ほんの15分ほどで青椒肉絲と青ネギチャーハンを作ってきた。

 

「碗献は、作り置きがあるからね。刻んで油通しして炒めるだけだよ」

 

 いやいや、この「刀工」は、ただものじゃないでしょ。

 たしかに、どこかから包丁の連続音が聞こえてきたもの。

 

 

 

 食べてばかりもいられない。重大案件をどうにかしないと。

 

「山本ー。君にとっては死活問題だね」

 

 そういうことじゃないでしょ。

 

「戦車道をやめるわけにいかない事情がある。でも、いまは聞くな」

「……では、そのことは伺いません。僕は思うんですが、高橋……」

「高橋先生には、戦車のレストアのときに、多大なるご芳志をいただいている。

 これ以上のご協力はいただけないんだ」

 

 そんなことがあったんだ。それだけじゃない。

 高橋先生は、いろいろと大洗女子につぎ込んでいる。趣味だと言って。しかし……

 

「しかし、本当にこのままでは、どうにもならないじゃないですか!」

「居候の分際で、宝くじの高額賞金レベルの金を出してくれとたのむのか? 先生に。

 ムリでしょ」

 

 たしかにそうだ。

 

「それに君。本当はちがうこと言いたくて来たんじゃない? ……それは絶対ゆるさないよ!」

 

 会長の顔つきが恐ろしい物になっている。

 なにもかもお見通しなのか。

 

「そんなことをしたら、君はここから出て行かなきゃならない。そんなことさせられるか!

 ――せめて私に仕事をさせろ。わかったな」

 

 やっぱりそうだ。僕がどんな覚悟でここにきたかわかってるんだ……。

 

「飯がさめる。早く食え」

 

 それきり会長は、なにもいわなかった。

 

 

 

 でも、ほんとうにほかに打つ手がなくなったら、やるしかないんだ。

 できるのは、僕だけだから……。

 

 

 

 まず会長が着手したのは、県予算の教育費内部での、流用、充当ができないかの打診だった。

 つてのある県議をとおして、庶務費、学校教育費、社会教育費、スポーツ振興費などから

まわしてもらうことができないか検討を依頼したが、ムリだった。

 ただでさえ学園艦は金食い虫で、国庫補助金のほとんどをもっていっている。

 こちらがひっ迫した予算でやりくりしているのだから、教育費以外にも金を使う大洗女子から

もらいたいぐらいだ、といわれる。議員連れて行ったからそうとう怒っている。

 予備費をもらえないかというのもムリだった。年度当初でスッカラカンなんてありえないと。

 戦車道をやっている学校のほとんどが私立校なのも当然だろう。

 予算のやりくりが学内折衝でできるし、学園の理事長さえ動かせれば、なんとかなる。

 

 会長は、学園艦の全運用費を見直すことを非公式に文化部連合会、運動部連合会に打診したが、

当然のことながら反対された。この学園の予算は厳しい。

 いや、厳しすぎる。学園艦って、こんなにお金がいるんだ……。

 学食にしたって、生徒の昼ごはん全部の面倒を見ているようなもので、

膨大な補助金をだしている。

 ほとんどが艦の維持要員や、エネルギープラントの社員だが、

住民のインフラとか、自治体並みにかかる。

 古い家屋をのぞけば、鉄筋アパートが多い学生寮の維持費。

 常時維持工事をしている船体修復費。

 国が9割出さなければ、県は大洗女子をとっくにどうにかしていただろう。

 ……なんか、ひっかかるものを感じる。なんだろう。

 

 

 

 結論から言えば、もはや実弾射撃演習はできないという話になる。

 最後の最後に、会長は蝶野教官にも話をしたようだが、

自衛隊内部の予算を動かせる権限は彼女にない。

 戦車道連盟が、いろいろ健全不健全とりまぜてプールしている資金は、

試合時の物損事故に無制限原状回復、いや、それよりも手厚い補償をするため、

びた一文出せないそうだ。

 その上、理由はわからないが、大洗は連盟幹部から冷淡な扱いを受けているようだ。

 支援金の額も、初年度ということを考えても、あきらかに通常の半分らしい。

 

 

 

 みんなでモヤモヤした気持ちのまま、数日が過ぎた……。

 

 元バレー部だけは頑張っている。弾道特性のせいで遠距離はガタガタだが。

 砲の取り回しの良さを使って、近距離での行進間がずばぬけて当たるようになった。

 結局は軽榴弾砲だし、砲身もとことん短く細いが、逆に言えば振り回しやすい。

 それに、砲塔に固定されておらず、上下左右に遊びがあって、砲手が肩当て式の照準儀で

軽機関銃のようにあるていど振り回せるのも、近距離での命中率によく作用している。

 ただ、当たったからって有効打になるかどうかは別の話みたいだ……。

 

 他のみんなは、それを見ながらしょげている。

 僕ら1年生は、初めから感情のわからない丸山ちゃんをのぞいて、いっそ痛々しいくらいだ。

 桂利奈ちゃん以外は、黙って席についてぼうぜんとしている。

 

 

 

 僕はまた生徒会長室に行こうと思った。

 しかし、その手前、生徒会執行部事務室で足を止める。

 

 中から、三役の会話が聞こえる。

 河嶋さんがヒステリックにテンパっている。グダグダだわ。

 本当はそういうひとだったんだ。

 小山さんも、打つ手がもうないといってる。

 会長は、生返事しかしていない。

 

 ほんとうに、もうどうしようもないみたいだ。

 でも、3人ともどうあっても戦車道をやめるわけにはいかない事情があるみたいなことは、

異口同音に言ってる。

 

 僕になら、できることはある。

 会長の言うとおり、僕の運命を賭けることになるのは確実だけど。

 このまま、だまって放っておいていいのか?

 僕にしかできないことが、まだ残ってる。

 

 僕は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 次の日、僕は学校を休んだ。

 久しぶりに男物のブレザーとスラックスを身につけて。

 といっても、髪の毛はそのままだけど。

 いつのまにか、腰まで伸びてしまった。

 

 僕は、電話を掛ける。相手は日本国自衛隊統合幕僚監部、総務部長。

 

 秘書担当官が電話に出た。

 

「私は、総務部長陸将補、山本明の長男、山本玲と申します。至急で話したいことがあります」

 

 父は去年まで、一等陸佐で、霞ヶ浦駐屯地にいた。

 将補になって、統幕に抜擢された。それもいきなり部長職だ。

 

 正直、とても気が重い。

 ずっと実家に帰ってもいない僕に会ってくれるか不安だったけど、

時間は空けておくから来い。と伝えられた。

 会うと言うことは、まだ話を聞いてくれる余地があるのだろうか。

 

 そして僕は、つくばエクスプレスの乗客になった。

 

 

 

 市ヶ谷地区、統幕監部。

 僕は、総務部長の執務室に、直接とおされた。

 

 父は、僕のことを息子ではなく、招かれざる客のように扱った。

 

「実家にも顔を出せないせがれが何の用だ? 私は忙しい」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 知っている。いまやこの市ヶ谷まで公用車で送迎される身だが、帰りが遅いことぐらい。

 

「今日は、私人としての父さんではなく、統幕総務部長の父さんにお願いがあってきました」

「ほう。陸自の将補に、一高校生が何の用だ? つまらん用なら警務官を呼ばれる前に帰れ」

 

 僕は、大洗戦車道がおかれている現状を簡単に説明した。

 自衛隊といえども、役所としてやっていることは同じだ。

 まして父は腕っ節だけで昇進したわけじゃない。

 現職でわかるとおり、事務屋もそれなりにやってきている。

 

「簡単に言えば、財源のない新規事業は認めないということだろ? 当然だ。

 お前のところの学園長は、係長レベルのことも知らぬ人間なのか?」

「……」

「それで、通常の手管以外もつかって、財源は見つかったのか?

 角谷といったな、俺の前の職場の関東補給処まで来たというぞ。

 お前のところの生徒会長は、どうかしているな。

 だからお前を「女」として入学させたんだろう。まったく……」

「ええ、ですから僕も、自分のコネにすがりにきました」

 

 父は、心底呆れたという顔をした。

 

「帰れ。といいたいところだが、話ぐらいは聞いてやる。手短に言え」

 

 ――僕は、言葉の爆弾を放った。

 

「内閣官房の報償費を、茨城県教育庁に支出してください!」

「――『機密費』をだと? 正気の沙汰じゃない」

「ええ、機密費です。使途も問われず、会計検査院も手続としての監査しかできない費用です」

「ふん、裏金みたいな言い方をするな。ローゼ○たちがやらかしたせいで、今はうるさいんだ」

「使途ならあります。高校戦車道の振興です。

 茨城には戦車道をやっている高校はなかったんです。どうでしょうか」

 

 父は、目をつむって、首をかしげている。

 

「戦車道の振興は、直ちに機甲科の拡充と練度に結びつきます。

 しかもここのところ、新規に戦車道を始める高校は絶えていて、先細りも見えてました。

 戦車道人口を増やすという実質的利益があります。しかもこれは事実その通りなんです」

 

 父は目を開けて、僕をにらんだ。

 

「そのために俺に危ない橋を渡ってくれと? 息子でなければ警務官を呼んでいたぞ。

 ……まあいい、やってやれないこともない。だが、俺からも条件を出したい」

 

 父は、僕の目をのぞき込んだ。

 

「お前の私用に付き合ってやるんだ、こっちの私用にも付き合え。

 いいか、お前は大洗女子から、横須賀の陸自高等工科学校に編入学しろ。「男」としてだ。

 そして、今後は男としてふるまえ。戸籍も戻せ。

 高等工科を卒業したら、防大か防医大にすすめ。もちろん男として。

 お前を高等工科に中途編入させることぐらいは造作もない。

 日本一の難関高校だ。男になって男を磨け。これが条件だ

 時間はやらん。今すぐどうするか答えろ。直ちにだ」

 

 

 

 僕は、「諾」と答えるしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

 大洗に帰ってきて、学園艦のタラップを登る。

 乗船口にいたのは風紀委員ではなく、角谷大統領だった。

 

「何考えてる! この大馬鹿野郎おっ!!」

 

 目にもとまらぬ速さで、僕の顔に拳が飛んできた。平手じゃない、鉄拳だ。

 

「私は、やめろと言ったはずだ。」

 

 僕は、かろうじて索につかまって起き上がる。まだ効いている。

 

「私は、私はな、そんなことしてもらったって、ちっともうれしくなんかない。

 私はここにいる誰の人生も犠牲にしたくないんだ。だからやめろといったのに……」

「――おーい! 角谷君。クルマ出すぞ」

 

 向こう側で学園長がつぶれたはずのF40に乗って、会長を手招きしている。

 会長は僕に一瞥をくれると、学園長の車に乗って下へ降りていった。

 

 二人の乗った車は、僕が今降りたばかりのシャトルフェリーの、車用ゲートから乗船した。

 まもなく、フェリーは大洗艦との連結を解いて出発した。

 

 

 

 ……そういえばF40の格安中古は事故車が多いんだよね。

 僕は、ほおを押さえながら、何とも場違いなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 ――その日の晩。僕の携帯に着信があった。

 父だった。

 

『お前もお前なら、生徒会長もたいがいだな』

 

 まさか、会長と学園長。高速飛ばして市ヶ谷までいったの?

 

『山本玲の保護者に会いたいってな。そしてこっちが音を上げるまで食いついて離れん。

 まるでカミツキガメだ。

 今の山本玲を男ばかりの高等工科送りにしたら、精神がこわれる。

 せめて3年間は、大洗に預けてくれって言って聞かないんだ』

 

 でもなんで会長たちは、僕が市ヶ谷に行ったってわかったんだろう。

 

『茨城県の教育長に、事前のあいさつをしただけでこれだ。お前の行動を予想していたな』

 

 ああそうだよ。政局にはすごく鼻がきく人なんだ。戦車は専門外みたいだけど。

 

『しかたないから、折衷案を出した。

 今年の戦車道全国高校生大会までは高等工科送りを保留するとな。

 だからお前、しばらくそこにいろ』

「角谷さんは、どうしてる?」

『俺の自腹で茨城空港までの航空券を買ってやった』

 

 え? 航空券?

 

「ちょっとまってよ!が、学園長はどうしたの?」

『知らんな。下を見ていたらパトカーに囲まれた赤い外車から女の子が降りてきたのは見た。

 その外車は、そのあと尋常に警察まで引っ張られていった。

 俺が見たのはそれだけで、会ったのは角谷君だけだ』

 

 電話は切れた。

 ……学園長。きっとすごいカーチェイスを演じたんだろうな。僕のせいで……。

 

 

 

 しかし、なぜ全国大会なのかしら?

 ウチ、まさか出るの? いや、それはないだろう……。

 

 

 

 

 

 

 次の週には、砲弾が納入されていた。

 

 僕は、弾薬倉庫に自分の75mm弾を取りに行く。

 すると優季ちゃんと桂利奈ちゃん、あゆみちゃんとあやちゃんが、

 重そうに75mmのカートンを運んでいる。

 

「あ、75mmはいいよ。僕が運ぶから」

 

 そう言うと僕は、彼女たちの運んでいた2つのカートンを肩にかついで、走って戻った。

 

 ……だから、僕は知らなかった。

 残された彼女たちが、悲しそうな顔をしていたことを。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、角谷会長は、あるところに電話を掛けていた。

 本人に言わせれば、ちょっとした用のために。

 

 すこしも「ちょっとした」ことなんかじゃなかったんだけど。

 

 

 

 

 

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