「何時から気付いていた?」
「そりゃ、最初っからに決まってるだろ。」
突然目の前に全身を“黒”で統一した片手剣の剣士が現れた。本来盾を持つ筈の左手には回廊結晶が握られている。
2人のプレイヤーは互いをけん制するように睨み合う。が、突然トウヤさんはガハハと笑い出す。
「な、何がおかしい?」
「あのギルドを潰そうとしてたんだろ?寧ろこっちが礼を言いたいくらいだよ。」
私を背負い直しながら、彼は片手で礼を表すジェスチャーをする。
剣士は驚いたような顔をするが、直ぐに元に戻り、軽く微笑む。
「!?……そうか。こちらこそ協力感謝する。」
「んじゃ、また何処かで。」
「ああ。」
2人はその場で握手を交わし、その場を後にした。
★★★
先程の事の説明を求めると、彼は得意げに話し始めた。
彼の予想によると、どうやらあのギルドはPKを繰り返していたギルドで、あの男はそれを捕まえようとしていたそうだ。そして、そのギルドリーダーに目をつけられたのが自分で、それを餌としてギルドを釣ったらしい。
「そんなこんなで、黒の剣士とって俺はイレギュラーな存在だったわけだ。」
「へえぇ……そうなんですか。」
「お前聞いた割には興味ないだろ?」
「そんな事ないですよ!……あ!見えてきましたよ!」
47層の町、フローリアが見えてくる。私はヒョイっと降ろされ、彼に先導されて歩いて行く。安全圏内に入ると彼は頷き、それに従うように【プネウマの花】と【ピナの心】をオブジェクト化する。
「その花蜜を羽根にかけてやれば蘇生する筈だ。」
言われた通りに花を振ると、蜜に触れた羽根が光を放ち、よく知っている子竜のシルエットを描く。
「ピナ!」
「きゅるる〜。」
光が弾け飛び、ピナが姿を現す。その相棒の名前を呼び、抱き着く。ピナも私の頬に顔を添わせ、すりすりと動かしてくる。
「本当にありがとうございます!」
「いやいや、頑張ったのはお前だ。奴さんを大事にしてやれよ?」
「はい!」
ピナを抱きながら、心を込めて頭を下げる。
「じゃ、また何処かで「いやいやちょっと待って下さい!」
その場から立ち去ろうとする彼の腕を掴み、その場に引き留める。
「クエスト手伝えって言ってたじゃないですか?」
「え?本当に手伝ってくれんの?」
「嘘だったんですか!?」
驚いたように仰け反るトウヤ。どうやらこの男本当に本当に大バカ者らしい。
「いやぁ、タダで助けるとなれば信じてもらえねえなって思ったからさ。」
「………はぁ。」
あまりの出来事に溜息が漏れる。顔を近づけ足を踏み出すと、逆に彼は一歩下がり、さらに仰け反る。
「嘘吐いちゃいけないって小学校で習いませんでしたか?」
「……す、すまん。」
「全く……これだからトウヤさんは…………」
ふと、今の状況が浮気を問い詰める妻みたいだなぁなどと思ってしまい、ぶんぶんと頭を振って邪念を消す。
もしかしたら赤くなってるかもしれない自分の顔を見られないようにそっぽを向き、彼の片腕を掴む。
「行きますよ!」
「どこに?」
「クエストを受けにですよ!もう!」
ぷんぷんと怒りながら、私はズカズカと彼を引っ張り進めるのであった。
★★★
「このクエストですか?」
「そうだ。この【クローバーを探して】って奴。クエストを受注しないとそもそもアイテムがドロップしないんだよ。あ、勿論俺は既に受けてるから。」
私とトウヤさんは35層に戻り、【迷いの森】のクエストを受けていた。彼から貸して貰っていた装備を返そうとすると、「背に腹は変えられん。不慮の事故で死なないようにしっかり装備してろ。」と言われてしまった。
そんな事言われたら返せないなどと思いながら、彼の後ろをトコトコとついて行くと、お目当てのNPCがいた。
「孫娘の為にクローバーを探してきてくれたら、いいものをやるぞい。」
「トウヤさん、受注しました。」
「うっし、んじゃ行くか。」
NPCの言葉を適当に流しながら、彼に受注した事を伝える。
「じゃあ、パーティ組みましょう。」
「え?」
「いや、だからパーティ組みましょう。」
「もう組んでるだろ?」
「え?」
「え?」
2人して不思議そうな顔をする。少し考えると、前に彼がパーティ組んだ事ないと聞いたのを思い出す。
「えっとですね───」
システムウィンドウを開いて説明をすると、彼は驚いたような素振りをする。このジェスチャーが自然なのかワザとなのかはわからないが、鎧を着たまま無反応よりはマシだ。
「こうか?」
パーティ申請を受託し、正式にパーティを組む。私はにししと笑い、スキップで駆け出した。
「んじゃ、今度こそレッツゴー!」
「おー!」
★★★
「やあっ!せいっ!」
「ふん!ふん!おらぁ!」
【迷いの森】に入ると、直ぐに一度も見たことのないモンスターが出現した。頭に四葉のクローバーを乗せたカエルが飛びかかってきて、それを端から捌いていく。クリア報酬のアイテム1つにつき100枚の【ヨツバガエルのクローバー】が必要らしい。
異常な勢いでカエルが湧き、それをソードスキル等で切り倒す。幸いカエルは弱く、この短剣が強いのもあるが、どれも一撃で倒せる。
「おらぁぁ!」
大剣を振り回す彼をちらりと見ると、その光景に少し違和感を感じる。
(なんかおかしいなぁ……うーん……)
「あ!」
「どうしたぁ!?」
「な、何でもないです!」
違和感の正体に気付き、思わず声に出してしまう。
違和感の正体、それは───
(モンスターのHPゲージが半分も減ってないって………どういうことなんだろう?)
彼の攻撃力だった。前はプレイヤー相手に一撃でほぼ全部のHPゲージを削った筈なのだが、今は彼女の短剣でほぼ一撃のカエルの半分も与えられていない。その上、彼の動きは本気のそれだ。手加減してるとは思えない。
(なんか不調なのかな?でも状態異常エフェクトは発生してないし……)
「何ぼーっとしてんだ!?」
「ご、ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまう。短剣を振りながらこの違和感について考えるが、全く見当もつかない。
「これでラストォ!!」
彼が大剣を突き出し、カエルがポリゴンとなって四散する。カエルは全く湧かなくなり、アイテム欄を見ると、【ヨツバガエルのクローバー】が100個丁度入っていた。多分、100個ドロップするまで無限にカエルが沸くのだろう。
「お疲れ様です!」
「おう、お疲れ。あとこれを5回だけど、耐えられる?」
「…………マジですか。」
この苦労と違和感は、まだまだ長く続きそうだ。
★★★
「わしの孫娘の為にありがとう。これはお礼じゃ。」
「このセリフも聞き飽きましたよ……」
「もうこれで終わりだ、すまないな。」
「こういう時はありがとうですよ?」
「そうだったな、ありがとう。」
NPCから送られてくるアイテムを確認すると、直ぐに【サニティーメイル】が10個貯まっている。というより、これがアイテム欄を圧迫しているだけなのだが。
「この鎧……弱くないですか?」
特にパッとした性能でもなく、この層の平均的な防具と同じ位のレベルだ。正直、彼がこれを大量に確保しようとした理由がわからない。
「いやいや、これじゃなきゃダメなんだよ。」
「どうしてですか?」
「この鎧が持ってる特殊能力が欲しかったんだけど、この鎧以外に同じ能力を持ってるのがないんだよな。」
この世界には5つのステータスが存在する。
1つ目はHP。これはステータスを振る事が出来ず、レベルで固定となる。
2つ目はSTR。筋力と呼ばれるステータスで、これの高さによって持てる武器が変わってくる。そして、これが高ければ高いほど攻撃力も上がる。
3つ目はVIT。体力───つまり防御力の事だ。文字通り、これが高ければ高いほど食らうダメージは減る。
4つ目はAGI。敏捷度と呼ばれるステータスで、自分を動かす速度が変わってくる。また、微量に攻撃力も上がる。
そして、最後にSAN。気力と呼ばれるステータスなのだが、これは基本的に存在意義がないとされている。その理由として、今のところこれの高低によって違いが出たという話は聞かないからだ。最初はこれが無いと倒せないボスが出るんじゃないかと噂されていたが、今のところ確認されていない。これを上げているプレイヤーはいないと断言してもいいだろう。
そして、この【ミスティーメイル】はSANが1.5倍になるという能力付きだ。SAN以外のステータスだったら化け物クラスの防具なのだが───
「SANなんて上げてどうするんですか?」
「まあ、色々あるんだよ色々。」
結局はぐらかされてしまった。あまり詮索するのは良くないので、早口で別の話題に切り替える。
「あ、じゃあスキルは何に振ってるんですか?」
「取り敢えず索敵と隠蔽、疾走は多く振ったな。」
「へえぇ、両手剣は今振ってるところなんですか?」
「いや、武器で一番振ってるのは短剣かな。もう使ってないけど。」
「えーーっ!?武器変えちゃったんですか?」
このゲームにおいて、スキルというのは相当に重要な項目のひとつだ。振り直しが出来ず、一歩間違えれば命にも関わる。それなのに、せっかく振った武器をやめて違う武器を使い始めるなんて考えられない。正に自殺行為だ。
「個人の勝手だろ?そんな事より最後のお願いだ。いい鍛冶屋を知らないか?」
また話をはぐらかされた。個人的にはちょっと不満だが、ピナを助けてくれた恩は一宿一飯で返せるものではない。はぁ、と溜息を吐き、顔の見えない彼の方を向く。
「仕方ないですね。まずは、第32階層の───」
私は腰に手を当て、目の前のバカだけど優しい人にオススメの鍛冶屋をリストアップしていくのであった。
★★★
あの後私の行きつけの鍛冶屋で、全ての【ミスティーメイル】の強化を決行し、見事+15する事に成功した。
それ以外の【ミスティーメイル】は全て売り払い、ようやくアイテム欄に余裕が出来た。
今は2人でNPCレストランに来ていて、軽く談笑を交わしている。ピナにはあの謎の液体を食べさせてあげた。【迷いの森】で休憩している時、試しに食べさせてみたら気に入ったらしく、それからはこれしか食べていない。
「それで───」
「シリカ。」
突然の彼の真面目な声に、思わず口をつぐむ。
「明日、俺は上層に戻る。」
「……っ!」
自分の表情が曇るのがわかる。
これは分かっていた事なのだ。今のパーティも、彼のクエストか終わると同時に解散って事くらい、分かっていたのだ。それなのに───
(やだよ…離れたくないよ……)
自分の心は、それを拒んでいた。認めたくなかった。彼が助けてくれてから、成り行きでパーティを組んで───それからの数日は、魔法がかかったかのように煌めいていた。
胸の奥がズキズキと痛んで、辛くて切ない。フレンドになれば、またいつか会える事は分かっている。分かっていても、離れたくないと思ってしまう。
「私……いやです。」
「え?」
「離れたくないです!トウヤさんと離れたくないんです!」
「………」
立ち上がり、込み上げる涙を拭いながら、自分の思いを叫ぶ。
でも、彼は微動だにしない。そのメットの奥でどんな表情を見せているのか。私にはそれは分からない。
「私も連れてって下さい!」
こんな思いに駆られたのは、今までの人生で初めてだった。この込み上げる思いが何だか分からないけど、温かくて、優しくて、胸がぎゅっとなるくらいに切ない。今、自分自身の身体を突き動かしている原動力だ。
(私はトウヤさんと一緒に居たい!)
今はそれしか考えられなかった。
そのあまりの剣幕に押されたのか、彼が身体がビクッと動く。
「………シリカ。お前のレベルじゃあ無理だ。」
「知ってます。」
「……お前は足手まといだ。」
「そんなこと分かってます。」
「…………俺がいきなり裏切るかもしれんぞ?」
「そんな人は私を助けようなんてしません。」
「うっ!……ゴホンゴホン。えーっと、もしかしたら「もういいです!」
机をバンと叩き、この思いを彼にぶつける。
「私が足手まといでも、トウヤさんが裏切ろうとも、私はトウヤさんについて行きたいんです!レベルも頑張って上げます!足手まといにならないように立ち回ります!トウヤさんが私をどう思ってようが、私は「わ、分かった!分かったから落ち着いて!」
肩を掴まれ、無理矢理に座らされる。ふと周りを見ると、店内の殆どのプレイヤーがこっちに視線を注いでいる。恥ずかしくなり目線を反らすと、ピナも食事を止め、こちらを見ている。
私は恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまい、それを隠すように俯く。
彼は両腕を肩から離し、腕を組む。
「後悔しないか?」
(そんなの───するわけないじゃないですか。)
「これが、私の選択です。自分の選択くらい、自分で責任を取ります。」
自分なりの真剣さを、彼に伝える。
むむぅと唸り、少し悩んだ素振りを見せた後、彼は勢い良く立ち上がった。
「分かった、これからよろしくな。シリカ。」
「はい、よろしくお願いします!トウヤさん!」
「きゅる〜!」
私とトウヤさんは、今までで一番硬くて強い握手を交わした。
ピナも、それを応援してくれている気がした。
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