魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

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それは小さな願いでした。

もうだれも悲しむことがなく、だれもが涙を流さなくてすむ結末を。

その重荷を背負わされた少女。

少女には僅かな時間でも幸せになってもらいたい。
その先には絶望しかないのだから。

私達はこんなに力がない。
一人の少女を犠牲にするという選択をしてしまった私達はきっと汚い大人なのだろう。

ごめんなさい、は言わない。

それでも、

魔法少女リリカルなのはFはじまります


012話

 

 

 視線は2つ。あからさまなのと、窺うようなもの。

 そして、気配が一つ。

 

 三者三様。

 

 だがしかし、剣呑な気配はしないし、美味しいものには罪はない。

 ええ、気にせずに美味しくいただきましたとも。

 

 どちらにしても、こちらが何かしなければどうということはないだろう。

 それにしても、美味しい。

 

 これは雑誌に取り上げられるのもわかると言うもの。

 

 

「美味しかったぁー」

 

「で、俺の作るケーキとどっちが美味しかった?」

 

「もちろん、翠屋」

 

「さいですか」

 

 俺もわかってて言ってるんだけどな。

 全く悔しいなんてことはない。

 悔しくなんかない。

 

 

 

 本日2度目の図書館。

 

「先に行っててくれ」

 

「トイレ?」

 

「ちょっとな」

 

「ふーん」

 

 はやては深く考えもせずにそのまま自動ドアをぬけて図書館の中に入っていった。

 

 こっちはこっちでやることがあるしな。

 俺、というか向こうが。

 

 図書館の入り口から少し離れた木の下。

 

「で、なんだ?」

 

「……」

 

「はぁ」

 

 空を仰ぎ見る。

 

 視線を戻して、翠屋の店員の男を見る。

 気配を殺さずにただ後ろから着いてきただけ。見ようによってはただのストーカーでしかない。

 

 店内での笑みは既になく、能面のように表情というものが削げ落ちている。

 

「……お前は何者だ?」

 

「何者、と聞かれてもな。名は衛宮士郎。あの女の子の家族で、君の同業者としか言えないな」

 

 同業者、というところでピクリと反応する。

 

「大きな誤解がありそうだから言うけど。同業者、というのは喫茶店の、という意味だからな」

 

「……」

 

「まあ証明することなんてできないし、怪しさで言ったらそっちだって十分怪しいと思うが」

 

「……」

 

「だんまりか。

もう行っていいか?」

 

「高町恭也だ」

 

 高町。確か翠屋の店主の名前が高町の姓であったはずだ。そうなると、その息子か親戚だろうか。

 そうであれば、言わなければならないことがある。

 

「そうか。いや、あのシュークリームにショートケーキは絶品だった。

また行くよ。それじゃ」

 

 背を向けて歩き出す。

 

「……待ってくれないか?

今度手合わせを願えないだろうか」

 

「はあ?」

 

「いや、君がどうにも怪しくてね。

切ればわかる。なかなか名言だと思わないか」

 

「いやいや。わけわからないから。

手合わせする理由もないし」

 

「強くて得体が知れない。それだけで十分じゃないか」

 

 全く聞く耳持ってくれそうにない。

 

「また今度があるのかどうかわからないけど、昼間とかはやめてくれよ。

それと、夜はどこかにいるかもしれないからその時で」

 

 仕方がないのでさっさと話を切り上げる目的で条件を出す。

 

「それもそうだな。

夜の会合というのも、いいものだな」

 

 なんか一人で納得されてますね。

 うん、夜は出歩かないようにしよう。そう心に誓う。

 

 だってさ、この高町恭也って人はきっと強い。

 普通の人間にしては。

 

 しかし、厄介なことには違いない。

 自分から厄介事に首を突っ込むなんて愚の骨頂だ。……何回言われたことか。

 

 ともかく、ここでの話はもうない。

 

 俺は今度こそ、背を向けて歩き始めた。

 

 

 家に帰って、はやてにまた行こうと誘われたのは予想の範囲内で、勘弁してくれ。と思ったのは仕方のないことだと思う。

 

 

 

 3月も残すところあと2日となったある日。

 天気はよく、絶好の洗濯日和である。

 

 そして、時々感じていた視線を今感じる。

 それは図書館であったり、買い物中であったり、散歩中であったり様々だ。

 

 相手に察せられないように気配を探るが、相手もなかなか上手で尻尾をつかませない。もちろん、はやてと一緒にいることが多いから俺が派手な事ができないということもある。

 

 その視線を感じてからは特に警戒して、気配を感じないときのみ魔術を行使して鍛錬を行ってきた。見られている、という可能性も否定はできない。

 

 現在、はやてと図書館からの帰りで商店街によるところだ。

 

 人も多く、こういった場合に視線を感じるために、特定がしにくいのもまた事実。

 向こうも俺を警戒してか、そもそも近くに寄ってこない。

 ねっとりとした不快な視線、というわけではなくどちらかといえばただ観察しているような視線というのがまだ救いだ。しかし、鬱陶しい事この上ない。

 

「はあ」

 

 溜息を一つ。

 

「どうしたん?」

 

「ん、何でもない」

 

 はやてに向けていた顔を上げる。

 

 違和感。

 

 そう違和感。

 目が合った気がした。

 1 km弱も離れたところにいる猫と。

 

 瞬きをした瞬間にはその姿はなかった。

 偶然というには不自然。

 

 

 買い物中に上の空で、はやてが拗ねてしまったのは完全に余談である。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 いつもはこんな下手はしなかった。

 

 同様にロッテならこんな事にはならなかっただろう。近寄ったところで、その気配は気づかれないと思う。

 

 いつもならば、遠距離から遠視と光の屈折の魔法を複合して観察している。これならまず視線が交わることはない。しかし、今回は違った。遠視の魔法だけを使用したのだ。私だって忙しい。こちらへの転送魔法に使う魔力だって相当なものだ。しかもこの後も間を空けないで仕事が入っている。何度観察しても八神はやて、衛宮士郎の両名はこちらが観察していることに気づくそぶりすら見せなかった。

 

 1 km程離れた場所から猫と視線を混じらすことができる人間がいるわけがない。

 

 其れ故の油断。ふとした気紛れ。その結果がこれだ。

 

 私は今、猫の姿のまま走っている。少なくともこの海鳴市から離れるまでは油断できない。今までの観察から、あの衛宮士郎が八神はやての元から離れてこちらへ向かうなどという事は考えにくいが、万が一ということも有り得る。100%などという事象は存在しない。

 なるべく目に付かず、人の通れなさそうな所を縫う様に駆けて行く。

 

 海鳴市を出たと同時に探査魔法を展開し、周囲に人影がないのを確認する。

 確認後、手短な管理外世界の無人惑星へ転移する。

 

 転移後、やっと一息入れることができた。

 

 

 衛宮士郎。

 

 八神はやてとともに住んでいる者の名前だ。

 

 話ではここ、第97管理外世界地球で偶々家の前で倒れていた人を八神はやてが発見し、保護。若干の記憶障害を持っているが、八神はやての見立てではとても優しい人で帰るところがないようなので、住まわせたい。ということだった。お父様は八神はやての我侭に最初は少し驚いていたが、初めての我侭らしい我侭であり、喜ぶと同時にすまなさそうにしていた。父様は八神はやての頼みを無碍にすることはないとわかっていたので、私とロッテで最初は何日か毎に監視をしていた。

 

 衛宮士郎、それが本名か偽名かはわからないが、日本人ということを考えると何人もそれらしい人物はヒットした。その本人達は存在が既に確認済みにより、必然的に偽名ということになる。

 地球の日本語をはじめとし、ドイツ語、英語その他数種の言語を操ることから、地球生まれであることから間違いはないと推定される。次元漂流者の件はこれで潰えた。

 

 はじめの一ヶ月間で私達の懸念はほとんど解消されたといっていい。確かにリンカーコアらしきものがあるとされたが、不活性であることから魔導師という線も消えた。お人好しでお節介やき、害はないと私達は判断し、警戒も薄れていった。

 

 懸念があるとすれば、ロッテの話になるが、何かしらの武術、武道ないしそれに類するものを修めているということがあげられる。しかし、私から見ればロッテの方が遥に洗練され隙がないのに対し、彼のそれは隙だらけでつけいる隙がありすぎるように感じる。比較対象であるロッテが規格外すぎるのかもしれないが。クロノと比較しても見劣りするし。というか、一般人にしか見えない。確かに、早朝に走ったり木刀を振ったりしているのを確認しているが、剣に関しては才能の欠片すら感じさせられない。そんなことに労力を割くべきではないと考えるのは私が魔導師だからだろうか。

 

 家族構成も特殊で、本当の両親は既に鬼籍に入り、養父も故人である。養父の妻はドイツ人というが、連絡すらしていないということで関係が薄かったのかもしれない。そもそもその事も八神はやて経由の情報なので信用にたるかどうかは不明である。ただ、欧州系の言語に堪能であることから欧州に住んでた事があるのではないかということが推測される。

 

 これは私達が父様に提出した衛宮士郎なる人物のレポートである。

 

 

 だが、本来ありえないことがおきた。

 

 1 km先の人物と視線を交差させる。

 それがどんなにばかげたことか。

 一瞬、間違いではないかとも思ったが、相手に微かな動揺が見て取れた。ロッテとともにいるからこそわかる事柄だ。

 そこからの行動は早かった。直ぐに離脱。

 

 このことはロッテにはもちろんの事、父様の耳にも入れなければならないだろう。

 父様、いいえ、私達の悲願の為にも懸念材料は少なければ少ないほどよいのだから。

 

 しかし、この事をどう説明すればいいのか。

 

 まずはロッテと一緒に話をまとめる作業からかからなければならない。

 

 





前書きはリーゼアリア

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