それは小さな約束でした。
海老の背わたはちゃんととらなあかんで。
わたしとの約束や!
魔法少女リリカルなのはFはじまります
4月1日、世間で言うエイプリルフール、四月馬鹿。
とはいえ、特に何をするでもなく、アルバイトに精を出している。
はやてはというと、午後に入ってからも図書館に篭りっきりで本を読んでいるのだろう。
「こんにちはー」
ちりん、と乾いた鈴の音が来客を告げる。
いらっしゃいませ、と扉に目をやり、つい最近見た顔だと思った。
「3名ですけど大丈夫ですか?」
「はい、テーブル席も空いていますが」
「お願いします」
どうやら友人とお茶をしに来たように感じる。
向こうも俺がいることに驚いているようだ。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
狭い店内なので、カウンターから声をかける。
全員が私立風芽丘学園の制服を着ている。
ここからは少し距離があるが、よくそこの学生がここを利用する。図書館の前、という立地条件も大きいだろうし、なにより良心的な値段が学生には好まれるのだろう。
喫茶『翠屋』からパクリ、もとい参考にし、『くろーばー』でも本日の珈琲、紅茶というのをはじめてみた。マスターからの許可も取っているし、本日の珈琲、紅茶といってもやっていない日もある。評判は上場のようで、主に学生からの人気が高い。なにより良心的な、以下略。
「注文いいですか?」
と控えめな声がし、そちらへ向かう。
髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた女の子、といっても今の俺よりはいささか年上にも思える少女が言葉を発する。
「紅茶を二つと珈琲を一つ、それとチーズケーキ、ショートケーキ、チョコレートケーキを一つずつお願いします」
「ご注文は以上でしょうか」
「はい」
紅茶とケーキを準備して、マスターからの珈琲を受け取る。それをもってテーブル席に向かう。
「お待たせ致しました」
かちゃりと、小さな音をさせて紅茶を置いていく。
「ごゆっくり」
後ろから美味しいという声に頬が若干緩む。
春休み明けにあるテストがどうとか、古文の先生がどうとか、やけに懐かしい話が聞こえてくる。あまり聞き耳を立てるのも無粋であろう。俺は俺の仕事をしよう。
休憩時間にクッキーとマドレーヌを作る。
マスターと俺のぬけた後にやってくるバイトへのお茶請けだ。はやてのために多少は持って帰ろうかという考えももちろんある。マスターには言ってあるし、他のアルバイトたちの反応も上々。
大量に作って、珈琲や、紅茶に一つ二つほどつけて一緒に出さないか、とも言われている。ちょこっとした焼き菓子ならそう時間もかからずに作ることができるので、いい考えではないかとも思っている。
ともあれ、時間になり、アルバイトの人に引継ぎをして店を後にする。
小さな手提げ袋には綺麗にラッピングされたクッキーとマドレーヌの袋が二つずつ入っている。可愛らしくラッピングした方がいいというマスターの助言を聞き入れて、そうするように心がけている。はやては一緒に作るのが好きそうだけど、やっぱりこういうちゃんとした設備でつくるお菓子はやはり違うと思う。
歩いて数分で図書館に着く。
今日は早めにあがったので、時間的にも少し余裕がある。
はやてがいる位置を確認して、俺も何か読もうかとふらふらと図書館の中を彷徨う。
ふと、料理の本のコーナーで足が止まる。
週刊『料理』そのままのタイトルの本が目に入る。
そういえば今週は読んでいなかったと思い、手を伸ばす。
買ってまでは読む気にはなれない本だが、基本に忠実で、料理本によくある適量という言葉を使わない本であり、俺の中では良書にふりわけられている。だが、特集で料理と思えないものまでちゃんとレシピを紹介しているのはどうかと思った。イギリスの家庭料理の特集だったときは、そっと本を閉じた。
本に手が届く前に止まる。何故なら別方からも手が伸びてきていたからだ。顔を上げると目が合った。
「あ」
果たしてそれは驚きの声だったのか。
伸ばされていた手は雷光の如き速さで引き戻される。
「どうぞ」
ずっとこのまま膠着しそうな気配があったので、譲ることにする。元々今すぐにでも読まなければならないわけでもない。
「いえいえ、そちらが」
「いえいえいえ」
「いえいえいえいえ」
「いえいえいえいえいえ」
なんかこのやりとり前にやったことがある気がするのだが。
「俺は別のを読みますから」
「そうですか?
ありがとうございます」
「……」
なんだろう。
「あ、あの。
あそこのお店で働いているんですか?」
「え、ああ」
「私、高町美由希です」
高町の姓。あの『翠屋』店長やあの高町恭也と同じ姓。たぶん、兄弟なのだろう。彼から何か言われているかもしれないが。
一先ず言わなければならないことがある。
「高町恭也、は知っているよな。
彼には俺があそこで働いていることは内緒にしてくれないか。なんか手合わせ願いたいとか言われてて困ってるんだ」
「恭ちゃんらしい。
いいですよ。君は危険そうでもないですし」
「衛宮士郎。すきに呼んでくれたらいいから」
「うん。
なら衛宮君、だね」
衛宮の姓で呼ばれることは少ない。その為新鮮な感じがする。
と、少し話しすぎたか。
そろそろ閉館の時間だ。
「そうそう、これ」
そう言って、手提げ袋から焼き菓子を取り出す。
「なに?」
「喫茶店で焼いたお菓子。口止め料としてね。でも、俺が作ったやつだから口に合わないかもしれないけど。
これからも喫茶『くろーばー』をよろしく」
「あ、ありがとう
また行きます!」
時間を確認し、じゃあ、と別れの挨拶をする。
はやてのところに行って、借りる本をどれにするのか問う。そうじゃないと、本当にギリギリまでここから動かないからな。
「今日の夕飯は何にしようか」
「えーっとね、どないしよ」
俺が車椅子を押して夕飯を考える。いつもの光景だ。
いつもお世話になっている商店街には行かず、スーパーMIKUNIYAへ行く。
つい最近オープンした店で、なかなかの大型店である。品揃えもよく、商店街などは戦々恐々としているのではないだろうか。
消費者側からすれば、一長一短でどちらにもいいところがあり、選択の幅が増えるという意味においては大変結構なことである。
「納豆が安いらしいな」
「えー納豆!?」
はやては納豆が嫌いらしい。関西人が納豆を食べないというのは聞いたことがあるが。
ま、無理に食べることもないだろう。納豆巻き美味しいんだけどな。
目新しいものとしては、ホイールトマトと調味料を買い足し、
「海老かぁ」
「エビフライやな」
「そうかなー」
「なんやあかんの?」
目の前には大きな有頭海老と無頭海老。
「どっちがいい?」
「食べやすさで考えたらこっちなんやけど、心情的には頭があったほうが……。
悩むところや」
長考。
下手の考え休むに似たり、なんて諺があったかなかったか。
「よし、無頭海老だな」
「わたしに聞いた意味あったん?」
ジト目で見てくる。
どこでそんな目の使い方を覚えてきたんだか。
ともかく、
「大いにあったさ。
はやてが気づいていないだけで、すごい参考になったよ」
と、言っておく。
はやては納得したのかしてないのか微妙な表情で前を向く。
◇◇◇◇◇
春休みなのに部活以外で学校に行かないといけないのはちょっといやな気分だ。
委員になんてなるもんじゃないね。
ほんの一週間前に一緒に遊んだ級友といっしょにご飯を食べている。
新年度に入って新しい図書が我が校に届いた。
何も4月1日にやらなくてもいいと思う。例えば、新学期が始まってからでも。
購入した図書はそれほど多いわけでもないので、午前中には棚に入れた。けど、委員長の突発的な思い付きから大掃除が始まった。それでも午後二時には全ての作業が終わって、友達を待っている。
二人と待ち合わせして帰るためだ。
「部活お疲れ様でした」
「三年の大会が近いからって昼にまたがって練習するとかやってられないわよ」
陸上部の美希は下敷きでぱたぱた仰ぎながら、さもだるそうに話す。
今日は快晴。昼になり気温もぐんぐん上がるため、あまり運動に適していないのだろう。
「まあまあ」
と手芸部の由紀。
「あー、なんで春休みってこんなに少ないんだろー」
「なんでだろうね」
「もっとこう、夏休みくらいあればいいのに。
そしたらもっと部活に専念できると思うんだ、私は!」
「さっきまで部活やだーみたいな発言は?」
「あれはあれ、これはこれ」
わかるわかる。
「さて、そろそろ行きましょうか」
最近、由紀がいいお店を見つけたということでそこに行くことになった。
喫茶店らしくて、マスターさんがすごく渋くていいらしい。
歩いていける距離、なるほど図書館の前でしたか。
「へーこんなお店あったんだね」
「いつも部活終わってすぐに帰っていたらわからないね」
「図書館には行くけどこんなお店知らなかった」
感想はこの辺にしておいて中に入りましょ。
ちりーん、と鈴の音が鳴る。
中はこじんまりとしている。
あんまり学生向きじゃない気がするのは気のせいだろうか。
と、目が合った。
忘れもしない。
ついこの間『翠屋』に来ていたお客さんだ。
ただのお客さんであれば私だってすぐに忘れる。でも、忘れていない。そこから導き出されるのは彼が普通ではないから。体を動かすことに慣れている、つまり私と近しい存在。でも、あまりにも隙がありすぎる。言ってしまえばそれだけの彼。でも、なぜか記憶には留まっている。
「3名ですけど大丈夫ですか?」
私達はテーブル席についた。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
彼はそう言った。
私のことを覚えていないのだろうか。
紅茶と珈琲、それにそれぞれのケーキを頼んだ。
美希だけ珈琲を頼んだ。理由については、甘いものと苦いものは合う、ただそれだけらしい。
紅茶はどうやら彼が入れるらしい。
綺麗な琥珀色をした紅茶が運ばれてきた。
口に含む。
声には出さなかったけど、驚いた。とてもおいしい。
『翠屋』で出されている紅茶にも劣らない。ううん、人によってはそれ以上と評価するだろう。かく言う私もその一人なんだけど。
ほっ、と息が漏れる。
美希達とは喫茶店の前で別れた。
私は一人図書館へ行く。
ただなんとなく本を読む。
本を読むことは好きだ。でなければ図書委員なんてなるはずもない。
でも、最近はびびっとくるような本に出会っていない。
本を無性に読みたくなる時もあれば、今のようにどんな本を見ても心がときめかないときもある。
そろそろ閉館時間。
あと一冊はざっと眺めることができるだろう。
思い出すのは、私と同年代くらいの少年が入れてくれた紅茶。
喫茶店で働いているからきっと料理も上手なんだろう。もしかしたらあのケーキも彼が作ったものかもしれない。
そう考えると、なんだか負けた気がした。
いつもは見ない料理の本に手を伸ばす。
横から私と同じように手を伸ばす気配があり、ピタリと止める。
見ると、
「あ」
その彼だった。
なんだか無性に恥ずかしくなり、伸ばしていた手を胸の辺りに持ってくる。
オレンジというよりは橙に近い色の髪。
身長は高くなく、私よりも低いかもしれない。
しかし、特徴的なのはとても意志の強そうな瞳。
彼と私は本を譲りあり、結局私がその本を持っている。
気まぐれで読もうと思っただけだったんだけど。
「あ、あの。
あそこのお店で働いているんですか?」
どう考えてもそうとしか考えられないことを、言わなくてもわかることを聞いてしまっていた。
「え、ああ」
「私、高町美由希です」
高町、に反応してくる。
『翠屋』は高町夫妻が経営していることは有名だからか。
「高町恭也、は知っているよな。
彼には俺があそこで働いていることは内緒にしてくれないか。なんか手合わせ願いたいとか言われてて困ってるんだ」
「恭ちゃんらしい。
いいですよ。君は危険そうでもないですし」
と、意外な名前がでてきた。
恭ちゃんはすでに接触しているみたいだ。でも、彼は困っているように見える。
「衛宮士郎。すきに呼んでくれたらいいから」
「うん。
なら衛宮君、だね」
士郎ってお父さんと同じ名前。
衛宮君は時計を一瞥し、それにならい私も腕時計を見る。
閉館時間が迫っていた。
「そうそう、これ」
そう言って、手提げ袋をがさがさと漁り、綺麗にラッピングされたものを取り出す。
「なに?」
「喫茶店で焼いたお菓子。口止め料としてね。でも、俺が作ったやつだから口に合わないかもしれないけど。
これからも喫茶『くろーばー』をよろしく」
「あ、ありがとう。
また行きます!」
思わず大きな声が出てしまって周りを見てしまった。
すでに閉館時間が迫っているためか、私を見てくる人は少なかった。でも注目を集めたことには変わりなく、恥ずかしく俯いてしまう。
衛宮君はまだ本を読んでいる少女に向かって歩いていった。
私の方を一度も振り向かずに。
この前一緒に来ていた女の子だ。
兄妹なのだろうか、親しげに話している。
本を持ってあげて談笑しながら本を返却していく姿に、心が温かくなる。
そういえば、と。
我が家のお姫様は何をしているのだろうか。
うん、偶には姉妹水入らずでお話してみるのもいいかもしれない。
手元には彼から貰ったお菓子。それを少し乱暴に鞄に入れる。
図書館を出ると空は茜色に染まっていた。
がさがさと鞄から綺麗に包装されたお菓子を取り出す。
一つくらいいいだろう。
丁寧に剥がすと中からはクッキーが出てきた。
ぱくり。
おいしい。
さて、お姫様とは何の話をしようか。
夕暮れに踊る影法師を作りながら軽いステップを踏み、家族の待つ我が家へと歩みを進めた。
美由希登場
20120921 改訂