それは大きな変化でした。
士郎さん。
あなたはだれで。
でもあったかくて。
魔法少女リリカルなのはFはじまります
目を開くと、カーテンの隙間から薄暗いながらも外の明るさが伝わってきた。
部屋のようだが。
ぐるりと見渡すと、小奇麗にされたリビング。
そこで布団に包まれてソファーの上で寝ていた。
冷たすぎる空気が一瞬にして昨晩のことを思い出させる。
肉体的にかなりの負担があったのかすでに6時をまわっている。
大きく伸びると背中の骨が気持ちいいくらいにバキバキとなった。
冷たい空気を肺いっぱいに取り込むことでようやく頭もさえてきた。
まずは顔を洗ってさっぱりとする。刺すような冷たさの水が気持ちいい。
ともかく、着るものや何やら全くないので仕方なしに服と鞄、その他もろもろの雑貨を投影しておく。庭に落ちていた俺のものとしておけば問題ないだろう。
さて、ただで泊まらせてもらうなんてできない。とは言っても手持ちなんてものはないからせめて朝食の用意くらいはと思い台所に立つ。冷蔵庫の中を確認し、食器、調味料、調理器具の確認をざっと終わらせて、さっとエプロンをつける。手は念入りに洗い、包丁を確認する。よく砥がれ、大事にしていることが伺える。一人暮らしということもあり自炊をしているのであろう。冷蔵庫の中身もそれを裏付けている。
米は炊かれていたので、味噌汁と並行して鯖を焼いて胡瓜とわかめの酢の物を手早く作る。そして最後に出し巻き卵。八神はやてがどの程度食べるかわからないけど、一般的な朝食としては問題ないだろう。
時計を見るともうすうで7時になろうかという時間帯。いい時間なのでそろそろ起こそうかと思い足を向けたところで、足音が聞こえてきた。やれやれ。
◇◇◇◇◇
昨日は突然物語が始まった気がして興奮なのか緊張なのかよくわからない状態でなかなか寝付けなかった。寝てしまったらそれこそ本当に夢になってしまいそうで。
でも結局のところ、もんもんとしてはいたけどもちゃんと寝てしまったし、いつもよりも起きるのが遅くなってしまった。最後に時計を確認したのは2時を少しすぎていたくらいやったか。
起きてまず確認したかったのは衛宮さんの存在。夢でなければちゃんといるはず。
走れはしないけども、いつもよりも急いでリビングに向かう。
と、お味噌汁のいい匂いがしてきた。まさかとは思っても、この匂いが嘘ではないことはわかりきっていること。
かちゃっ、と扉を開けるとエプロン姿の衛宮さんが料理を並べていた。そして、笑顔で
「おはよう、はやて」
なんてのたまってくれやがりましたよ。まったく、こっちの気持ちも知らないで。でも、
「おはよう、衛宮さん。衛宮さんって料理できたんですね」
「なんだ?その意外そうな顔は。
小さいころから料理をしていたし、年季はそれなりだと自負しているぞ」
ふん、と多少自信があるかのように言う衛宮さんの料理を見れば、それはとても美味しそうに見えた。漢の料理って料理本に載っているやつとは見た目からしても違う。味はどうかときかれると、まだ食べてないからなんともいえないけど、きっと見た目相応に美味しいのだろう。
「いや、先に謝っておくべきだった。すまない、勝手に朝食の用意をさせてもらった」
衛宮さんは頭を下げてくるけどとんでもない。
「客人に料理なんてさせて、謝るならこっちのほうや」
私は笑って言う。
「そうか、とりあえず冷めてしまう前にいただこうと思わないか」
なるほど、せっかくの料理が冷めて美味しくいただけないのは料理と食材に対する冒涜やな。
「それはそうとそのエプロンどうしたん」
全く違和感のないその黄色のエプロンをつけている姿が逆に怖い。
「それなら」
と、指差す先にはある程度の大きさの皮製の鞄がおいてあった。
「私のものだ」
庭に落ちていた衛宮さんの鞄だそうだ。昨日は衛宮さんだけに目がいってしまって気がつかなかったけど、世界を旅していたのならそれくらいの荷物を持っていても不思議ではない。
食事は一言で言うと非常に美味しかった。わたしが作るものよりも。こうなんか女のプライドがズタズタや。これまでずっと料理をしてきて私なりにおいしいものができてるきがしたのだが、上には上がいるっちゅうことやな。
一口食べたときは予想以上に美味しくて箸が止まってしまった。
それを見た衛宮さんはうれしそうにこちらを見た後、自分も料理を食べ始めた。
食後、改めて今後のことを話すことにした。
と、電話が鳴り出した。でてみると、グレアムおじさんからやった。世間話をしてお金が足りているかとか話した後に、衛宮さんのことを話した。最初は驚いたような声をしていたが、わたしの好きなようにしなさいということやった。足の状態がよくないということで、前々からお手伝いさんを手配しようか、とグレアムおじさんが提案していたが、私が断っていた。あんまりグレアムおじさんのお世話になるわけにも行かないし、なによりも私が知らないだれかにお世話されるということが受け入れられなかった。そこにふってわいた、というのは失礼かもしれないけど、衛宮さんの話を自分でもわからないけど一生懸命説明してグレアムおじさんに納得してもらった。
「というわけで、今日からここが衛宮さんの家や」
「ちょっとマテはやて」
衛宮さんは目を瞑って眉間の間をもみもみしている。
「というわけ、というのがそもそもわからないんだが」
うっ、衛宮さんの顔が怖い。
「衛宮さんのことをグレアムおじさん、わたしの後見人やな。その人に話したら、なんと可哀相な少年だ、よし、はやて君の家に住んでもらいなさい、って言ってたんや」
グレアムおじさん風に話してみる。多少の誇張があってもこの際、気にしたら負けや。
じー、っと衛宮さんがこちらを見てる。
しかもかなり真顔で。
ううぅ、思わず視線を右にやってしまった。
はぁー、なんて盛大なため息が聞こえる。そんな一分近くも見つめられたらだれだって目をそらすわ。
「嘘は言ってないみたいだけどな、本音のところはどうなんだ?」
「お手伝いさんがいると非常に助かるんや」
本心は隠して私の中での尤もらしい理由を答える。
もう一度ため息を一つして、
「たしかに宿無しではある。あと私でいいならいいが、そのおじさんは本当にいいって言ったのか?」
「うん、納得してくれた。それよりも衛宮さん、おーけーなんか?」
私としては事後承諾みたいになってしまったが、衛宮さんはここに住むということを反対すると思っていた。そもそも、赤の他人である私に衛宮さんをとめるようなことはできない。
「ふむ。そもそも断るつもりなら昨日のうちに出て行ってる。これも何かの縁ということで厄介になろうと思う」
だからと言ってニートというのはよくないから昼間できるような仕事かアルバイトは探す、と言った。 その顔には困ったような苦笑いが浮かんでいた。なんかわたしの心のうちを見透かしているような顔をしていたのはちょっと不満やった。
「改めて。よろしくな、はやて」
衛宮さんが伸ばしてきた手のひらを受け取る。
わたしの手よりもかなり大きな手は不思議な熱さをもっていた。
「うん!」
「それと、私のことは衛宮じゃなくて士郎で。
これから一緒にいるのにあれじゃ少々他人行儀だしな」
はにかんだような、少し照れたような笑顔が印象に残った。
士郎さん。
小さくつぶやく。
わたしは思いっきり手を握った。
◇◇◇◇◇
何故か私が八神家の一員になってしまったようだ。
このままこの少女を見て見ぬ振りは出来なかったこと確かだが……。大きなため息を吐く。あまりに苦しい言い訳だった。本人は隠しているのだろうが、本心はただ漏れだ。
一人になるのが怖い、その考えが透けて見える。
「改めて。
よろしくな、はやて」
なんて言ってしまった。びっくりしたような、うれしいような複雑な表情をした後、
「うん!」
と、とびきりの笑顔で答えたはやてを裏切ることはできない。
願わくば、はやての家族、友人を守れるだけの力を私に。
ここに滞在するにあたり、大きく部屋移動がはじまった。
足の悪くなってきたというはやては一階に、そして私は二階へ行くことになった。私の荷物はともかくとして、はやての荷物は膨大だった。仮に、年頃の女の子としてもこの本の量は異常だと思う。はじめは気がつかなかったが、部屋を見渡すと、一つだけ不自然なものがある。魔道書だろうか、私の解析でわからないような厳重な封印が施されている。もちろん、解析の魔術を使用してみるが、魔道書のほうはさっぱりわからなかった。かわりにいくらか封印のことがわかった。封印自体は魔道書を封じるものであり、次のはやての誕生日に解放されるということだ。今すぐにどうということはないが、はやてから離しておくべきか。とても大事にしているようなので誕生日前後は注意すべきだな。
机、本棚、ベッドを解体して運んで組み直す。その間はやては昼食の準備をしながらしきりに感心していた。解析を使わなくてもこんな単純なものなら簡単に解体組み立てができる。適材適所というやつだな、うん。
さくさくと午前中に引越し作業は終わった。
はやての料理は非常においしかった。主観的に見ると私のほうがまだまだ腕前は上のようだが、この年でこのこの腕前ならばいずれは抜かれてしまうかもしれない。私もうかうかしていられないな。そんなことを考えながらはやてと料理の話題をして時間をすごした。
午後は買い物がてらこのあたりの散策をはやてと共にすることにした。
はやての車椅子を俺が押していろいろなところを回る、とはいかなかった。雪が残っていてはやての車椅子を押すことが困難なのだ。それをはやては苦笑いしていいんよ、なんて言って自分で車椅子を進めていく。私が押すよりも断然速いのだ。
「いや、ここは私が押していく」
ちょっと自分でもむきになって言うと
「ほな、おねがいな」
とクスクス笑ってくる。
結局、悪戦苦闘しながらの車椅子のおかげで買い物をするだけの時間しかなかった。
「すまん」
「いいんよいいんよ」
そう言ってくれるのはありがたいが、これは要改善事項だな。
「周りを案内してもらうって話だったのにな」
「時間はいくらでもあるんやし」
「そう、か」
とぼとぼと歩く俺の背中はさぞ煤けていることだろう。
「夜はなんにしようか」
「特に考えてないなー」
12月30日。正月用の御節の食材も含めて大量の食材を買い込んだ。
「衛宮さんは育ち盛りだからお肉のほうがいいんでしょね」
「おう、どんどんでかくなるぞー。はやてだって育ち盛りだからどんどんでかくなるからたくさん食べないとな」
「女の子にでかくなるって言い方はどうやろな」
「おーどんどん可愛くなるぞー」
うんうん頷いてくれました。
「それでよし」
コロコロと笑いあった。こういう日常もいいな。
「ガキつかにきまっとるやんけ」
なぜか力説されました。
あんまりテレビなんて見ないからよくわからないが、はやてにこう言わせるだけのものがあるのだろう。見るべきものなのかもしれない。
その番組は恐るべきものだった。24時間耐久で笑ってはいけないというもの。笑う度にけつを叩かれる、それをはやては嬉々とした表情で見て、笑いっぱなしである。正直怖い。せっかくのはやてのお誘いではあるが、ここは一人で存分に楽しんでもらおう。そっと、立ち上がる。さも飲み物を取りにいく風を装ってその実、足は扉に向かう。開けようとした瞬間、
「士郎さん、どこいくん?」
こちらを振り向かずにはやてが声をかけてくる。
ゆっくりとはやてのほうを向く。
「いや、ちょっと」
「ちょっと?トイレならすぐもどってこれるなー」
「はい……」
怖くてはやてのほうはもう見ることができない。
残された時間はトイレに行って戻ってくる時間だけ。長くても5分はかからない。
意を決して戻るとはやてはテレビに目を向けたままだった。
「遅かったなー」
温度の篭ってない冷たい声。
はやては少しソファーを移動した。これは俺に隣に座れということなのだろう。
はやてとのタノシイタノシイ時間はこうしてすぎていった。
というか、ここ何時間かの記憶が曖昧なんだがどういうことだ。
何日か前に録画したというテレビ番組を見て一頻り満足したらしいはやては、紅白に分かれて今年流行った歌を歌いあうという番組を見ていた。もう一時間ほどで今年も終わる。
台所に立ち、蕎麦手早く打ち、ゆでてかけ蕎麦を作る。ここまでで5分。いつの間に傍によっていたはやては感心している。
「蕎麦うつのはじめてみたわ」
葱をきざんでテーブルの上にのせる。
「今年も終わりだが、何かいいことあったか?」
「うん!」
元気いっぱいで、その内容までは聞こうと思わない。
「そうか、来年もいいことがあるといいな」
「そやね、来年もなー」
蕎麦を食べ終えだらだらしているとテレビから鐘の音が聞こえてきた。
「今年もよろしくな、はやて」
「士郎さんもよろしく」
明日は初詣にいけたらいいな。
士郎さんの言葉遣いについて。
はじめはアーチャー風ですが、肉体にひっぱられて徐々に士郎風の言葉になっていきます。
20150504 改訂