魔法少女リリカルなのはFはじまります
魔力の余波を感じて体を起こす。
時計を見て確認すると所謂丑三つ時という時間帯。
だが見て見ぬ振りはできない。
着替えて鍵を開けて外に出る。
湿り気を含んだ夜の山特有の新緑の風が吹き抜ける。
強化を施し、夜を駆ける。
「あれか」
白色の魔力光が天を貫いているのが見えた。それも徐々に収まり見えなくなってしまった。場所はわかる。
しばらく走ると二人の少女が空を駆けながらビームのようなものを撃ち合っている姿が見えた。
「まじか……」
本当に何ていうか魔法使いみたいなんですよ。アニメであるような。
一瞬目を奪われてしまったが、その撃ち合っている魔力の塊は発光し、木々を薙ぎ倒していっている。ピンクの球状の魔力の塊が乱舞し、イエローの円錐状の魔力が地上に穴を穿つ。
少女たちが起こしている事とは信じがたい光景があるわけだが、いくら山の中だとてこのまま傍観しておく訳にもいくまい。しかし、彼女たち、空飛んでいるんだよなー。
手のだしようがない、とまでは言わないが些か面倒な状況には変わりない。
金髪の少女の方が優勢に見える。体の動かし方、状況判断、そしてなによりも速さがもう一人の女の子を上回っている。躊躇というものが見られなく、相手と正面で相対することをしない。
茶色の短髪の女の子は機動力という面では劣るが、如何せん魔力の放出に長けているようである。それはつまり防御、破壊力が優れているということであろう。
見ていると、金髪の少女が背後をとり悪魔のような魔力弾を放ちながら追い回す。追いかけられている方は木々の間を縫うように飛翔していく。背後を取られた場合は高度を上げないでおくことで弾を回避するというが。
「きゃっ」
進行方向に撃ち込まれて巻き上げられた土や木の破片によって速度が落ちる。それを逃すような少女ではなかった。足が止まったのを好機と見るや上空から魔力を放ち、防御した隙をついて背後から斬りかかる。
その圧力に負けてこちらへ飛ばされてくる女の子。
実に都合の良い、いや理想的な展開だ。
丹田に力を込めて来るべき衝撃に備える。
数瞬の後にドンッ!っと衝撃とともに飛来した女の子を受け止める。
肺が押しつぶされる。女の子といえどもその質量が飛来した時の運動エネルギーは今の生身の俺では支えきれない。女の子と一緒に4回転ほど後転する。
ゴロゴロと転がっていたのが止まり、女の子に目を移すが目立った傷はない。追撃がないのが何よりだった。
「大丈夫か?」
立ち上がり、女の子に手を差し出す。
「え?え?」
状況が飲み込めてないようだ。しかし、今ここで説明するような余裕があるとも思えない。
「さて、君も今日はここまでにしておかないか」
見上げた先、月を背景に黒いマントをはためかせた少女は無言でこちらに武器らしきものを向けていた。
暫く向かい合っていたが、少女は武器を上方へ向けてゆっくりと下降してきた。
「邪魔が入った。今日はここまで。
でも、次邪魔をしたら容赦しない」
「手厳しいな。
俺としても邪魔するつもりはなかったんだけどさ。でも周りを見てくれ」
見渡せば戦闘によって倒された木々、そしてクレーター。
「この状況はよろしくない。
ここが山の中だからまだ良かったものの、これが街中ならどうだ?
人に危害が加わるかもしれないし、警察だって動くだろう。それは君達にとって不本意なんじゃないか?」
「……関係ない。
私は私の目的を果たすだけ」
「そうか。
俺としても別に君達が何をしようとも別に構わないんだが、あまりにも目に余るようであればそれこそ今回のように邪魔をするかもしれない。それだけは覚えておいてくれ」
これで少しは自重して活動をしてもらえればいいんだが。
無言でこちらを見て静かに地上に降りる少女。
「帰ろう、アルフ」
「フェイトいいのかい?」
いつの間にか今日の昼に見た女性が立っていた。
こちらを警戒しながら歩いて、少女の隣に寄り添う。
「今回だけ」
「そう言うんだったら。
良かったね、おちびちゃん」
隣に立つ女の子に向けられた言葉。
俺からの言葉はない。が、しかし
「ま、待って」
「できるなら、もう私達の前に現れないで。
もし次があったら、……今度は手加減できないかもしれない」
立ち去ろうとする少女に
「名前、あなたの名前は?」
「フェイト。
フェイト・テスタロッサ」
「わ、私は」
女の子が名前を言う前に少女はマントを翻し、漆黒の闇が蠢く森の中へと姿を消した。追うように女性も素晴らしい速度で森へ駆けていった。
女の子といつの間にか来ていたフェレットのような生き物。
居心地が悪い。
「それじゃ俺もこれで」
と背を向けた瞬間に、服を掴まれてしまった。伸びる。
「ま、待ってください」
無視してズルズルと引きずって歩く。
「僕からもお願いします」
変声期前特有の少年らしい声がするが、周りを見渡すが姿かたちもない。
この場には俺と女の子とフェレットのような何か。ともすればこの声の主は絞られる。
で、目が合ってしまった。ため息を一つこぼす。
「で、何の用だ?」
「え?
用って言われても」
「先程はありがとうございました。
おかげでなのはが怪我をせずにすみました」
「そ、そうです!
ありがとうございました!」
「いや、礼を言われるようなことじゃない。
じゃ」
右手をあげて駆け出そうとするが、女の子の手は服を離してはくれていなかった。
「待ってください!」
一生懸命を通り越して必死にしがみついているといった感じだ。
「俺からは何もないんだけど」
「私、高町なのは!
こっちはユーノ君!」
「そうか。
じゃ!」
「ええー。
じゃ、じゃないですよー」
いい加減、本当に服が伸びてしまいそうだ。
服の為と思いつつその場に留まって話を聞くことにする。
「うーん、どうすればいいんだ?」
「自己紹介されたら自己紹介しましょうって先生から教えて貰いませんでした?」
「知らない人について行ったり、お話をしてはいけませんって先生から教えてもらわなかった。
「ううー」
何だから悪いことをしている気分になってしまった。
しかし一向に折れる気配がない。
「士郎、それが名前だ」
「士郎……さん?」
「ああ」
って高町……。
いや止そう。あんまり考えすぎるのは。
それに姉妹だろうか?似ているといえば似ているのかもしれない。
「あのー、私の顔になにか付いています?」
「知り合いに似ているかなーって思ったけど勘違いみたいだったみたいだ」
「何か同じような事を言われたような」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
いつの間にか服から手が離れている。
「それで、君達はこんなところで何やっていたんだ?」
「それは僕からお答えします」
フェレットのようなものが人語を話すというのはあまり生理的に気持ちの良いものではない。使い魔か何かなのだろうか。
「僕はユーノ・スクライア。ミッドチルダの魔導師です。
さっきなのは達が使ったのは魔法。僕達の世界で使用されている技術です。
争っていたのは僕達の世界の古代遺産、ロストロギアを集めるためです。ちょっとしたきっかけで暴走してしまう危険なエネルギー結晶体です」
一旦区切る。
言わんとすることはわかる。
「その、僕達の世界というのは?」
「次元空間において様々な世界が存在します。ここ地球は第97管理外世界と呼ばれています。僕にはどのくらいの次元世界が存在しているのかはわかりませんが。管理外世界というのは時空管理局という組織が犯罪の抑止、災害派遣等干渉を行わない世界のことを指します」
「魔法というのは?」
「魔法とは一般的には”自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法である”とされています」
「最後にロストロギアというのは?」
「先ほども言いましたが、僕たちの世界の古代遺産です。発達した古代文明の遺産と言っていいかもしれません。それこそ用途のよくわかっていない物から水の浄化という安全無害な物、僕たちが集めている危険なものまで千差万別です。
ただ、僕達の集めているロストロギアは僕が他の次元世界で発見したもので、護送の途中に事故でこの世界に落ちてしまったんです。危ない物だから集めています。なのははこの世界で僕に協力してくれていますが、この世界の住人です。念話を送って魔法の資質のある人に協力を仰ぎました」
つまり、高町なのはは本来魔法なんぞ使う者ではなかったがこのユーノによって魔法が使えるようになったということか。
「あのフェイトって子もユーノ君と同じ世界の魔導師なのかな」
「たぶんね。
ミッドチルダ式の魔法を使っていたから間違いないと思うよ。でも、なんでジュエルシードなんて集めているんだろうね。危険なのに」
そうなのだ。
フェイトという少女が集めている理由。ユーノが集める理由もわかるが、それ以上の執念というか決して曲がらない決意を持って集めている。覚悟が違う。まず高町なのはでは勝てないだろう。
「君よりはフェイトという子の方が強い。
次は戦わないほうがいいと思うぞ。向こうも言っていたが、次も怪我をしないという保証はない」
なのははビクリと一瞬体を強ばらせたが、
「フェイトちゃんとお話する」
そう言った横顔は恐怖もなにもなく、意志の強さだけが見て取れた。
「士郎さんはどうしてここに?」
うっ、この質問が来る前に去ってしまおうと思ったんだけどな。
いろいろと情報を得てしまったからには答えなければならないだろう。
「近くに泊まりに来ててなんかこう、ピンときたんだよ」
まあ嘘は言っていない。
「ユーノ君」
「うん。
多分、なのはと同じように魔法資質があるんだと思う。どれくらいかはわからないけど。
デバイスがもう一つあったらよかったんだけど」
「それはよかった。
一般人な俺がいても邪魔なだけだからな。俺は俺で気がついたら何かやっておくよ」
「僕達に協力してくれないんですか?」
「まあな。
君達が言っていることが本当とは限らないし、それを俺が真実なのかもわからない。
どちらかに味方するっていうのはおかしな話じゃないか」
「そうですよね。
無理言ってすみませんでした。
あと、なのはをありがとうございました」
何度も言われると困るんだけど。
「それはそうとそろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?
こんな森の中だし、鹿とか野生の動物に気をつけろよ」
まああの魔法とか使ったら問題ないように思えてしまうのは気のせいだろうか、いや気のせいではない。
「士郎さんは?」
「こっちの方。
ぼちぼち歩いて帰るよ」
「帰る方向一緒ですね。
途中まで一緒に行きませんか?」
たぶん、優しさなんだろう。
「そうだな。
ここは年長者として子供を送っていかないといけないか」
「よろしくお願いします」
視線を前に移して歩き始める。
横を見るとなんだかひらひらした服から動きやすい服装になっていた。
帰り道はなのはとユーノが話して時々話を振られたら返答していた。
「ここまでありがとうございました」
「気をつけて」
「はい」
ぺこりとお辞儀をする様は年相応に可愛らしい。
ここで失念していた。
高町なのは。
性が高町である。
旅館の上方に立つその姿は月夜を背景に尚映える。
――今日は特に月が綺麗だとは思わないか――
幻聴が聞こえた気がした。
とん、とん、と二回の跳躍で降りてくる。
「妹さんが心配だったのか?」
「それもあるが、なのはは俺の妹だぞ」
戦闘力的な意味なのかなんなのか。
いや、そもそも魔法を使うってことを知っているのか?さっきの話の中では家族に知られないようにしようとか言ってた気がするけど。まあこの鋭そうな兄をもっているんだからある程度は感づかれているのかもしれない。それでもこうして自由にさせてもらっているというのは信頼故か。
「自分でしでかしたことの責任は自分で取れるだろう。取れない時に俺たちが出ればいい。
取り敢えずなのはのことはいい。
場所を移そう」
二振りの木刀を隠そうともせず右手に持っている。
「物騒なものを持っているけどさ、俺は丸腰だぞ」
「無手ではないのか?
なら使うか?」
差し出される木刀。
普通の木刀よりも幾分か短いそれを一つ選ぶ。
ずしりと重たい。
「こっちに広場があったはずだ」
付いていく。
公園の中にある広場。
「ここなら問題ないだろう」
そして右手に木刀を持ち、腰を下げる高町恭也。
それに対して正眼に構える。
ピリピリと空気が緊張しているようだ。
高町恭也はところどころ筋肉を動かし、視線を一瞬右に切った。瞬間に反対に動いた。フェイントに騙されることはない。
大丈夫だ、ちゃんと追える。
高町恭也は左に移動し、俺は思いっきり右に木刀を振り抜いた。
木刀と木刀がぶつかり合う嫌な音が響いた。
20121104 改訂
20130103 改訂