魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

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それは一つの終わりでした。

楽しかったことは思い出となって、この胸に。

いつかは楽しかったと。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



022話

 

 

「いたた……」

 

 右腕をさする。

 少し筋肉が損傷しているのだろう。

 

 頭から熱いお湯をかぶる。

 お湯を入れた桶すら重く感じてしまう。

 

 お湯に浸かると疲れが溶け出ていくようだ。だけど、それでも腕に残る鈍い痺れがある。

 月は既に沈み空には星は見えない。

 

 朝一番風呂となるとさすがにもの好き以外の姿はない。

 つまり、俺以外の姿はないということだ。

 のびのび浸かれる。手足を伸ばして欠伸をする。

 しかし、疲れた。

 

 このまま寝ることができたら幸せなんだろうな。

 なんて。せめて湯船からあがって寝ないと。

 立ち上がると、水が滴り落ちる。

 

 火照った体を風に晒すと非常に気持ちが良い。しかし、風に当たりすぎたために再び湯に体を沈めることとなった。

 

 部屋は暗く、はやてもまだ気持ちよさそうに寝ている。

 

 欠伸を一つして窓際の椅子に座る。

 空が徐々に色彩を帯びていく様を見る。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ん」

 

 顔に光が当たる感じがして目が覚めた。

 体を起こすと余計に光が刺さる。

 隣を見ると士郎さんの姿はなかった。あれ、と思い見渡すと窓際の椅子に士郎さんは座っていた。いや、寝ていた。珍しい。士郎さんがわたしよりも遅くまで寝ているなんて。でも、体が痛くなりそうやな。もしかしたら寝てから起きていたのかもしれない。星空を眺めていたのかも。カーテンはされていないし、窓際の椅子に座っているし。

 

 士郎さんはまだ寝ているし、わたしももう少し寝ていようかな。朝の涼しい時間に起きて暖かい布団にくるまってごろごろするのってすごい好き。この布団のすべすべした感じも心地よい。

 目を閉じると昨日のお祭りの様子が瞼の裏に描かれる。

 楽しすぎて一人にやけてしまう。

 

 そしていつの間にか寝てしまっていた。

 

 

―――はやて、―――

 

 呼ばれたような気がした。

「おーい、寝ぼけてないで起きろー」

 

「えっ」

 

 目の前に士郎さんがいた。

 たしか、椅子の上で寝ていたような気がするんやけど。

 

 あれ?

 

 いつの間にか顔を洗われて、朝ごはんを食べていた。

 

「もう一回くらい風呂に入っていくか?」

 

「うん、でもそれはチェックアウト寸前で」

 

 貧乏性とか言わないでほしい。

 

 

 まだまだチェックアウトするような時間ではないので、ちょっとぶらぶらすることにした。

 

「何か静かやね」

 

「朝だしな」

 

「屋台もやってないね」

 

「祭りの後って感じがするよな」

 

 ちょっと物悲しいというか喪失感というかそういうものが漂っている気がする。兵共が夢の跡、誰が詠んだんやったか。実際には今日もお祭りはやってるらしいけど早い時間だからまだ屋台もやっていないだけらしい。

 

 長い石階段を上りる。

 ながいなぁ。

 

「この石階段長いね」

 

「ん?

これくらい普通じゃないか?俺が前に住んでいたい所にはこれよりも長い石階段があったぞ」

 

 と、少し目を細めて言う。

 

「そこの坊主が頑固者でね。今なら滑稽に思うようなことでも平然とこなすんだ。いや、あれは性分だったか。とにかく俺と馬が合ってね。

ほら、着いた」

 

 広い境内に着くと、昨日弓の受付をしていたお姉さんが掃き掃除をしていた。

 

「「おはようございます」」

 

「あ、おはようございます」

 

「朝早くからご苦労様です」

 

「いえいえ。お仕事ですから」

 

 そうきれいに笑うお姉さん。

 

 少しお話してわかれた。

 お仕事がんばってください。

 

 

 しばらくとりとめのない話をしながら歩いた。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、知り合いがこっちに歩いてきてるからさ」

 

 見たけど、遠すぎて人の顔が判別できません。

 

「前々から思っていたけど、士郎さんって目がすごくええよね」

 

「ああ。

何故だか目だけはいいんだよな」

 

「魚や野菜の良し悪しも?」

 

「ああ、任せとけ」

 

 笑いあった。

 

「ちなみにどなた?」

 

「高町さんっていうお店の常連さん」

 

「ふーん」

 

 まあ近づいてみれば本当かどうかわかるやろ。

 

「あら?

衛宮君?」

 

「おはよう高町さん」

 

「おはよう。

それと、」

 

 こちらを眼鏡越しに見つめる二つの目。

 あんまり、というか丸い眼鏡をつけている人はじめて見た。

 

「はやてです」

 

「はやてちゃんか。私は高町美由希。

よろしくねー」

 

「はい」

 

 ぽわぽわした人みたい。

 

「旅行で?」

 

「うん。知り合いと家族とでね」

 

「それは賑やかそうだな」

 

「そうそう。

年長組みは遅くまで騒いでいるし、年少組みは朝から騒がしいからちょっと散歩」

 

 再び歩き出す。

 どこへ行くというわけでもなかったんだろう。わたし達と同じ方向へ歩く。

 

「この先の神社で祭りをしているみたいですよ」

 

「それは昨日行ったよ。

今日もするみたいだけど残念ながら俺達はその時間までこちらにはいないな」

 

「そっかー残念」

 

 その残念というのはいろいろな意味が含まれていそうや。

 

「それじゃ、これで」

 

「うん。

はやてちゃんもまたね」

 

 手を振られたから手を振りかえした。

 

「まん丸な眼鏡ってはじめて見たわ」

 

「それが一言目に言う言葉ってのはいかがなものだとは思うが。

でも、言われると確かに。丸い眼鏡をかけてる人なんて見ないな」

 

 士郎さんは小さくなっていく高町美由紀さんの方を見る。

 

「何かこだわりがあるのかもな」

 

「絶対そうや。

あんなん眼鏡屋さんの店頭でも見たことないもん」

 

 ちらっと見ただけだけど。

 

「まあ変わった人といえば変わった人だなあ」

 

「士郎さんがそれ言うぅー?」

 

「何か言いたそうだな」

 

「べっつにー」

 

「これでどうだー」

 

「ちょっはしらんとって、舌噛む!」

 

「口を閉じていれば問題ないぞー」

 

 がくがく揺られること2分くらいかそこらで旅館に着いた。

 

「酷い目にあった……」

 

 これが乗り物酔いとういうやつなのか。

 

「まあまあ。

ちょっと休んだら風呂に入るか」

 

 うん、休んだら。

 ちょっと気持ちが悪いんですが。

 

 

「さて行こうか」

 

「バスの時間は?」

 

「まだまだ余裕はあるな」

 

 時計を見ながら言ってくる。

 

「お土産買っていかん?」

 

「いいけど、どうしたんだ?」

 

「くろーばーのマスターにはお世話になっているからこういうところで好感度をあげておくといろいろいいと思うんや」

 

「それはいい考えだけど、最後のいらないと思うぞ」

 

 というわけで、余った時間はお土産を探しながら時間をつぶすこととなった。

 

 でも、これぞというようなお土産が見当たらない。

 

「無難に温泉饅頭とかでいいかな」

 

「このわさび菜ってどうやろ」

 

「俺は好きだけど、好き嫌いが出るからどうだろうな」

 

 なんだかんだと時間は潰せるものである。

 

 お土産も買ってもまだどのお土産がどうとか話していたらそろそろ時間となっていた。

 

「そろそろ時間だしバス停に行くか」

 

「もうそんな時間なん?」

 

「まぁまぁ」

 

「うー、また連れてきてよね!」

 

「約束はできないけど、また来たいな」

 

「……うん」

 

 

 電車は意外と混んでいていた。連休終盤にはなっていたがまだまだ遊び足りないという活気が溢れていた。

 

 駅では多くの人が降りていき、それにわたしたちも流されるように出て行く。

 

 駅を出ると駅構内の騒がしさが少し薄れている。

 

 ロータリーから出ているバスに乗って寄り道せずに家まで帰った。

 

「「ただいまー」」

 

 しん、と静まり返った家の中がもの悲しく感じてしまう。

 

 士郎さんがさっとリビングのカーテンを開けると少しだけ、ほんの少しだけ赤みを帯びた空が目に入ってきた。そのまま窓を開けて換気をすると少しだけ埃っぽかった室内にちょびっとの新緑の香りが舞い込んだ。

 

「さて、このまま今日が終わってしまってもいいくらいだけどな」

 

 でもそういうわけにはいかない。

 

「はいはい。

洗濯物は洗濯機に、でしょ」

 

「はい。よくできました」

 

 にっと笑ってくる。

 

 そしてわたし達のちょっと非日常は終わり、またいつもの日常に戻ってきた。

 

 


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