魔法少女リリカルなのはFはじまります
026話
「士郎さん、士郎さん。
明日はわたしの誕生日やで」
「大丈夫だって、そんなに言わなくても忘れていないから」
隣を歩く士郎さんはこちらを向いて苦笑していた。
それを見てわたしも笑い返した。
6月3日それが今日だ。
あと一回寝たら誕生日だと思うだけでワクワクしてしまう。
「それにしても今日はたくさん買ったなぁ」
「そりゃ、どこぞの誰かさんの誕生日だから奮発しないわけにはいかないだろ」
「そのどこぞのだれかさんってのが気になるところだけど」
「嬉しいってのはわかるけど、ちゃんと前を向いて進もうな」
ぶーと士郎さんに抗議をしてちゃんと前を向く。
前を向いてもちらちらと視界の端に士郎さんが見えているので安心できる。
「ケーキは明日焼くん?」
「今日作ってどうするんだよ」
「んー?今日食べる?」
「明日以外に選択肢はないな」
「えぇー」
私の声に士郎さんはころころとおもしろがるように答えた。
「というわけで、今日は明日に向けて軽めのメニューだけどいいよな。
二日連続で油ものは流石に堪えるだろ」
「毎日が唐揚げ祭りでもかまわないわたしに隙はないんやで」
「はやての体調管理も俺の領分だから、そんな無謀なことは許すことはできないな」
「士郎さんは固すぎると思うんや」
「何とでも言ってくれ。これが俺だから」
士郎さんはまっすぐ目の前を見ながら言うのは格好良いんやけど、前後の言葉を考えるとそうでもないと思えた。本人には言わないでおこう。
「「ただいまー」」
「はやてはリビングにこの荷物持っていてくれ」
「うん」
士郎さんは食材を冷蔵庫に入れるのだろう。大きな買い物袋を二つぶら下げて歩いて行った。
と、電話の前で留守番電話にメッセージが残されているようだった。
ぼたんを押すと、電子的な声が流れた。
『留守電メッセージ、一件、です。
ピー
もしもし、海鳴大学病院の石田です。
明日ははやてちゃんのお誕生日よね。明後日の検査の後、一緒にお食事でもどうかなって思って電話しました。明後日、病院に来る前までにお返事くれたら嬉しいな。よろしくね。
ピー
メッセージは、以上、です』
石田先生からの食事のお誘いや。
明日は気を利かせてくれて明後日の検診の後に食事。
午後からの検査やったから夕御飯。
うーん、士郎さんも一緒ならいいんやけど。どうなんやろ。
「士郎さーん」
「だんだー?」
台所から声が投げかけられた。
「明後日病院に行くでしょ。
その後で石田先生から食事のお誘いがあったんや」
「へー、よかったじゃないか」
「士郎さんは?」
「ん?
俺よりは石田先生の方がはやてとの付き合い長いしな。ここははやてと石田先生の二人の方がいいと思うんだけど」
「えー、士郎さんがいなきゃやだー」
「そのやだーってのは子供っぽいぞ」
「子供だもん」
「はーやーてー」
「うっ。
それはそれとしてもやな。士郎さんも一緒に行って欲しいんやけど」
士郎さんが顔だけを覗かして言ってきた。
「石田先生に聞いてみればいいじゃないか」
なるほど。
「電話かけるんだったらちゃんと時間考えてかけないとダメだぞー」
時間を見てもまだ5時30分をまわったところ。
この時間なら電話をかけても問題ないはずや。
石田先生もいつも7時くらいまでは病院にいるって言ってたし。それにこういうのは早く返事をしといたほうがええやろ。
ボタンをポチポチと押して2コールしない内に女性の声が聞こえた。
少し緊張したけど、自分の名前と石田先生の名前を出して繋げてもらった。
「はい石田です」
「石田先生ですか?
はやてです」
「お電話ありがとう。
で、お返事は?」
「お誘いありがとうございます。できれば士郎さんと一緒に行きたいんですけど、どうでしょう」
「もちろん。
私もそのつもりだったし。検査終わってちょっと待ってもらうことになるけど、大丈夫かしら?」
「はい。士郎さんと病院内で騒いで待ってます」
「はーい、騒ぐのはダメですよ」
石田先生と電話を終えると士郎さんが料理を並べているところだった。
士郎さんはこちらを見て、
「で、どうなったんだ?」
「もちろん、士郎さんも参加してもらうことになったから」
「わかった」
士郎さんは残りの料理に取り掛かるらしく、こちらに背を向けた。
「はやて、ちゃんと手を洗ってこいよ」
「はいはい」
さらさらと流れる水に手をいれると弾けた。
シャボンにまみれた手から流れ落ちる。
「ふぅ」
と息が漏れた。
「ってこの量はなんなん……」
「はやてが大きくなるように、たくさん作ってみたんだ。
俺の愛情がたっぷり含まれているからな。よもや残すなんて考えはないよな」
「え、?
あ、うん。いただきます」
いやいや、なにこれ?
私がいない間に何があったって言うんや。
私の手のひら大のハンバーグなのが一つ、でんっと皿の周りに鎮座している。
それはいいんだけど、その横に殻付きの牡蠣を焼いたものがどどんと山積みになっている。
「こんなに牡蠣って買ってたっけ?」
「気がつかなかったのか?
牡蠣は海のミルクとかなんとか言われるくらいに栄養価の高いものだからな。
それで元気になれ、とは言わないけど、食から元気になるというのは当然の考えだろう」
士郎さんは牡蠣をひとつ掴むと箸でその身を掴んでパクリと食べた。
「醤油で味付けしただけだけど、なかなかいけるぞ。
バターを落としたのもあるが、それは早めに食べたほうがうまいだろうな」
初めて食べる牡蠣、旬はいつやったやろうか。
考えても覚えとらんもんは覚えとらん。
「あ、美味しい」
「そうだろう。岩牡蠣はそろそろうまくなる頃だしな。
特に、今の時期、産卵一瞬前が一番うまいからな。
とは言うが、サラダもちゃんと食べるんだぞ」
「このパセリがなー」
「庭でもこもこ生えてきてるからな。
食べるしかないだろ」
「だれやパセリ植えたの」
「俺だけど」
「誰や、パセリなんてもんを日本に持ってきた奴は!」
「そんなのは知らないけど、この庭で採れたものだ。
ありがたく頂戴するしかないだろう。それにそんなに苦くないぞ。
ほらほら」
士郎さんはパセリがふんだんにあしらわれたサラダをもっきゅもっきゅと激しい勢いで食べている。
「うー、でもでも。
この山盛りのパセリはひどいやろ」
「前の大雨でな、庭の草もハーブもパセリももっさもっさしてな」
士郎さんは言葉を止めた。
ここ数日士郎さんが朝早く起きて庭の草を引いているのを見ているからだ。
「栄養価は高いらしいからな。
はやてには存分に味わってほしいんだ」
「いい話にまとめようとしてるんだろうけど、それでもこの量はないわ」
等と話をしながら食事をすれば、あら不思議。
食べきることができないだろうと思っていた食事の山を片付けていた。
「な、これくらいいけるんだって」
「でぶるわ……」
「成長期だから大丈夫だ」
「士郎さんが」
「成長期だから問題ない」
「そうやろうか」
「ああ、あと3 mくらいは身長が伸びる予定だ」
「それは言いすぎやろ」
食事をして明日の予定を考えていたらもう寝る時間だぞ、と士郎さんに言われた。
「えー、まだいいやろ」
「明日眠たくても知らないぞ」
「大丈夫や。
わたしくらいになればてつやの1日や2日余裕や」
「そういうのは大人になってからな」
「はーい」
部屋まで士郎さんに送ってもらった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
士郎さんはドアを閉めるときにちらりとこちらを見た。
寝るから安心してください。
なんてことはないんや。
はいぱー読書たいむってやつや。
図書館で借りてきた本もちゃんとある。
これで何時までも起きてられる気がする。
ふんふーん♪
コッチコッチコッチコッチ……
~♪
コッチコッチ……
「ん、あぁ。
もう12時」
こんな時間まで本を読んでいた。
ちょっと熱中しすぎていた感じがする。
でも、自分の誕生日だし、12時にそれを味わってもええよね。
チッチッ……
あと3秒、2、1、――
誕生日おめでとう、わたし。
一人で言っても寂しいだけやな。そろそろねようかな。
と、背後から怪しい光を感じた。
紫というか、黒というか。それを光として判断していいのかはわからなかったが、ともかく後ろから無言のプレッシャーが襲ってきた。
見れば、私が大事にしていた本――今は士郎さんに預けている――が宙に浮いていた。
それも脈打ちながら。
気味が悪い。
と、巻かれていた鎖が弾け飛び、何も書かれていないと思われるページがパラパラとめくれた。
最後までいくと、私の前までゆっくりとやってきた。
それは10分のようにも感じられたし、でも実際は5秒にも満たなかったのかもしれない。
『起動』
言葉はわからなかったけど、その意味はすっと理解できた。
その直後、私の胸の中心部が熱くなるのを感じた。いや、冷たいのか?形容し難い不快感が胸の内を周り、光が収束した。胸から白く光る光源があがった。
それはゆっくりとわたしの下から目の前に浮遊する本へと行き、中間部で極大の光となって網膜を刺激した。
わたしは思わず目を閉じてしまったが、このあとにどのような恐ろしいことが起こっているのか、確かめずにはいられなかった。なんでこんな時に士郎さんはいないんや。
床には何時の間にいたのか、4人の人がいた。
男の人が1人に女の人が2人、あと、わたしくらいの女の子が1人。
膝をつき、頭を垂れている。
こんな状況ではなかったら、物語の中の騎士が忠誠を誓う主と謁見しているようだと思ったかもしれない。でも、こんな状況だと恐怖しか浮かんでこない。黒のインナーだけをつけた人が騎士と思えるか、こんな時間に人の部屋に無断で入ってくる人が、怖くてしょうがない。
と、本来なら銀朱に輝くであろうが今は濁った紅を振りまいている髪をもつ女性が言葉を発した。
「闇の書の起動を確認しました」
もうひとりの女性が言葉を続けた。
「我ら闇の書の収集を行い、主を守る、守護騎士にございます」
だた1人の男性が言った。
「夜天の主の下に集いし雲」
最後に女の子が紡いだ。
「ヴォルケンリッター、何なりと命令を」
一瞬の沈黙のあと、わたしが口を開いた瞬間に扉が荒々しく開けられた。
「はやて!!」
士郎さんだった。
「士郎さん?」
わたしは士郎さんの名前呼んでいた。そして不思議な光景を目にした。
士郎さんは見えない壁にでも遮られているかのようにこちらへ来ることはなかった。中空を握った拳で叩いているようであったが、士郎さんの声すらも聞こえなかった。
「あの、大丈夫なんですか?」
「障壁を張っているだけなので、問題ありません」
シャマルと名乗った女性が発した。
「釈然とせんけど、とりあえずその闇の書ってのの主として守護騎士たちの面倒をみんとあかんのやろうなぁ」
「いえ、そういうことではなくてですね」
「そんな格好で外をほっつき歩けるんか?
大丈夫や。幸い住むところはあるし、料理も得意や。士郎さんのこともあるし、今更居候が一人や四人増えたとことでどうってことないで
わたしは八神はやて。名乗るのが遅くなったけど、わたしの名前や」
はぁ、と気の抜けるような声が聞こえてきたような気がしたけど、気のせいでしょう。うん。
士郎さんは壁に寄りかかってこちらを見ていた。謎の発光はなりを潜め、その顔を覗い知ることはできない。
士郎さんに何も言わないで決めてしまったことをほんのちょっとだけ悔やんだけど、きっと彼らだって私から拒絶されてしまえば行き場所をなくしてしまうだろう。そもそもそこの本に宿っているという存在なのだから。
それにあの格好。
そのまま外に出すのは問題がありすぎる。
と、強烈な眠気が襲ってきた。
「本当ならここの家のことを教えて回りたいところなんやけど、ほら、わたしっていま成長期やろ。
夜更しはよくないんや。そこの士郎さん、衛宮士郎さんに部屋を案内してもらって。そんで好きなところで寝たらええから」
そこまで話すと、もう瞼は開かなかった。
「士郎さん、あと、お願いします」
「ああ、はやてはゆっくりと休むといい」
そんな優しい言葉を聞き、体がふわっと浮き上がるような感覚を得て、私の意識は沈んでいった。
A's編はじまります
うんうん、と考えながら直してみました。
20130704 改訂
20130711 改訂