魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

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魔法少女リリカルなのは始まります



032話

 

 

 逸早く気がついたのはシャマルだった。

 

「士郎君が帰ってきましたよ」

 

 家の周りに張り巡らせてある結界から誰かが踏み込んできたらまずシャマルが知覚することになる。そして、それは誰かが帰ってきた時にも言えることだ。

 ヴォルケンリッターの誰かであれば結界に入らずとも近くにいるだけで魔力が干渉するから、あたしでもわかる。だけど、リンカーコアを持たないご近所さんとかはわからない。

 はやてと士郎の言葉に従って、あたしたちはご近所さんに挨拶をして回った。

 主の生活にあたしたちが入ることを周りに知らせることで、はやての家にいることへの不利益を防ぐためだ。あと、重要なのはシャマルが魔法を使って個人個人を記録していったところだ。魔力はなくとも魔力を当てると反射される。干渉とは異なるから探査系の魔法が得意なシャマルしかできないことだけど。

 

 しっかし、士郎もこんな風の強い日に外に出歩かなくてもいいのにな。

 たいふー? だっけ?

 士郎自身とはやてのためにご苦労なことだ。

 

 はやての車椅子の後を追いながら玄関まで向かうと、びしゃびしゃで濡れそぼった士郎がいた。

 

「つーか、なんで黄色?

士郎は黄色が似合わないな!」

 

と、思ったことが口から出てしまった。

 黄色の雨衣を着ているのだ。そんな可愛い存在でもないと思う。黄色はもっと丸っこくてふわふわした生き物にこそ合うと思うんだ。

 

「えー、士郎さん可愛いと思うんやけどなぁ」

 

「はやてー、士郎の身長はこの世界でも小さいほうだけどさ。それでももうちょっとさー」

 

「それならヴィータはどんな色が似合うと思うん?」

 

 問われて少し悩んだ。

 まず見た目。シグナムやシャマルよりも低い身長。あたしよりは高いけどさ。そしてこの世界ではとびきりの強さを持った目。

 それはそれとして

 

「あたしは赤が好きかな。

 士郎に合うかどうかははわからないけどな」

 

 みんなが口をつぐんでしまった。

 っておい、何か言えよ。

 

「好きな色を主張するのは悪く無いと思うが」

 

「でもねぇ。はやてちゃんの質問には答えてないよね」

 

 シャマルは眉毛をハの字にしていた。

 

「それもそうやけど、わたしの雨合羽も黄色なんよ。わたしのに合わせて士郎さんのも買ったんやけど。

そっかぁ、士郎さんは似合わんかったんか。

 わたしも似合ん感かもしれんなぁ」

 

 なんてトーンを下げながらはやてが言うもんだから言ってしまった。

 

「はやては黄色も似合ってるよ!

だいたい、士郎が似合ってないのが問題なんだよ」

 

 はやてくらいなら似合うかもしれないけど、中途半端にでかい士郎には似合わない。あたしからしたらでかいだけだけど。

 シグナム、シャマルやザフィーラだって似合わないけどな。いや、シャマルなら似合うかもしれない。

 そう思ってシャマルを見てみたけど、似合うような気もするけど、それよりももっと相応しい色があるような気がする。そう、例えばシャマルの甲冑の色。はやては浅緑色とか言ってたけど、それがよく映える。

 そんなことを考えているとシャマルが口を開いていた。

 

「まあまあはやてちゃん、ヴィータちゃんもこう言ってますからね」

 

「おーい、ここで話すのはいいんだけどさ、俺もちょっと濡れて寒いし中にはいらないか?」

 

 士郎とシャマルの言葉が決定打になってこの話は終わった。

 

 

 士郎は帰って買ってきたものをあたしたちにわたしてくると、脱衣所に向かった。

 風呂掃除は終わってるのでお湯を張りながら湯に浸かるようだ。

 士郎は基本的に一番最後に入るようにしているが、こういった状況ならばしかたがないんだろう。

 

「ねぇねぇ、わたしもお風呂に行きたいんやけど」

 

「はやてちゃん、何回も言っているでしょう。男の人に無闇矢鱈と肌を見せるもんじゃないんですよ」

 

「でもでも、士郎さんだし」

 

「それでも、ですよ。主はやて。

如何に両方が幼いとはいえ異性同士。私からは承服しかねます」

 

 はやては頬をふくらませていた。

 はやてのそういう行動を見ると、とても幼いあたしたちの主だということを実感することができる。

 

「ヴィータが一緒に入ればいいんやろ」

 

 唐突にあたしの名前が呼ばれて少し驚いた。

 

 はやての話はこうだ。はやてが異性と肌を見せ合うことに抵抗がある。しかし、家族でありそれがこの国で特にモラルに反していないというのであれば、あたしの監視の下お風呂に入っていいというものであった。

 

「ってそれ言ったらあたしの裸が見られるじゃん!」

 

「ヴィータなら大丈夫だって」

 

「と主がおっしゃっているからな」

 

「お前ら、それでいいのかよ!」

 

「正直なところ、私が士郎君と一緒にお風呂にはいるのは抵抗があるっていうか」

「わたしが許さへんし」

 

「とまぁこういうわけだ」

 

 ぐっ、シャマルめ。

 

 こうなっては腹をくくるしかないか。

 それにはやてから聞いた話ではそんないかがわしいことはなかったということだ。そんなことがあったならあたしがぶっ飛ばしてるところだけど。

 問題はそこじゃなくて、あたしの裸が見られるということなんだけど。

 別に、騎士として今まで戦ってきてそれこそ老若男女の区別なく戦場を駆け抜けてきたことはあった。それこそ湯浴みや寝所を共にすることも会ったけど。でも、こんな平和そうなところなんていうのは初めてだし、何より浴槽が狭い!

 本当はもっと狭い風呂の記憶があるのかもしれないけど、闇の書の記憶の継承にはあたしたちにもわからないことがある。それはあたしたちが能力を十全に発揮できないから記憶を継承しない。もしくは必要がないから継承しない、とあたしたちの中でも意見がわかれている。

 シグナムやザフィーラは全て識っていそうだけど。

 あたしたちは所詮プログラム。

 

 主が、いや、はやてがこの世から消滅するまであたしたちが守るだけだ。

 

 だけど、その一歩がこれとか頭をかかえたくなってしまう。

 

 

 

「はやくはやく」

 

 はやてが早くしてほしいということを言葉で入ってくれるけど、あたしはタングステン鉱のように重たい足を引きずるように動かした。

 

 脱衣所をそっと開けると、浴室にいる士郎は気付いていないようだった。

 それどころか、どこか調子はずれな鼻歌を上機嫌に奏でていた。

 何が楽しいのか。

 

「どうやら気付いとらんようやな。

さ、着替えて入ろ」

 

 まず持参していたはやてとあたしの着替えを置いて、着ていた服を洗濯機の中に放り込んだ。

 次いではやての脱衣を手伝った。

 

 あたしがはやてを抱えると、子供が子供を抱えているようでフクザツな気分になる。

 これが大人だったら、戦場だったら何も感じないんだけど。

 

 でも、はやては喜んでいるみたいだし。

 

「士郎さん入るよー」

 

 とはやてが言うのと、ドアをあけるのは同時だった。

 士郎は髪を流していたらしく、一瞬こちらを向いた後、唸りながら目をこすっていた。

 

「士郎さん、大丈夫?」

 

「大丈夫、いや、大丈夫じゃないというか。なんではやてが? ヴィータが?」

 

 士郎は一旦こちらを向いたけど、髪を洗うのに専念したようでシャワーに打たれながら問いかけてきた。

 

「はやてが士郎と一緒にお風呂に入りたいっていうからさ。

あたしは士郎が変なことしないか監視する為」

 

 ブっと士郎が息を吐いて咳き込むのが聞こえた。

 そんなにおかしいこと聞いたか?

 

「君らがこちらのことを知らないことはこれではっきりした。

この国ではな、小さい子、例えばヴィータのような子供には優しいけどな、その子供に手を出そうという不届き者には厳しいところなんだ。

まかり間違っても、そんなことはしないし。正義の味方を目指す俺がそんなことをするはずがない」

 

 言い切るのはいいことだけど、目が真っ赤だ。

 シャンプーか、リンスか、コンディショナーかそのあたりのものが目に入ったのかもしれない。痛そうだ。

 

「まぁいいけどさ」

 

 はやてを座らせてお湯をかけた。風呂にはいる前にはかけゆというものをしなければならないそうだ。

 あたしもお湯をかぶってお湯に浸かる。

 

 暖まる。

 

 少しして士郎が立ち上がった。

 

「さて、交代だ」

 

 そう言って、はやてを抱いてお湯からあげた。椅子に座らせると、次はあたしに体を洗うように言ってきた。

 あたしとはやてで洗いっこしろってことだ。

 

 あたしは士郎と立ち代わるようにして風呂を出た。

 なんかはやてはニコニコしてるし。

 

「なんだよ」

 

 思わず、士郎に言ってしまった。

 別に、と士郎が答えた。顔を上に向けてその上にタオルをぽてっと置いて体を湯船に沈めていった。

 

 あたしははやての体を洗って、はやてはあたしの体を洗った。

 もわもわしている泡にまみれていると、不意にシャワーをかけられた。あたしたちを包んでいた泡はたらたらと排水口へと流れている。

 

 それを見届けた後、あたしたちは再び風呂に入った。

 

 士郎ははやてを抱えるように。

 

「ねぇ、士郎さん」

 

 はやてが髪を洗ってほしいと言った。

 

 士郎は文句も言わず、しゃかしゃかとはやての頭を洗っている。

 シャマルよりも乱暴に。

 だけど、はやてはくすぐったそうにしている。

 

 士郎が流すぞ、と言ってシャワーで髪の汚れごとシャンプーを流した。それからタオルでゴシゴシと水気を粗方拭きとって、そのタオルをそのままはやての頭に巻いていった。

 はやては終始笑顔だった。

 はやてが笑顔なのはいつもだけど、こう、あたしまで嬉しくなるくらいの笑顔だった。

 

 だからだろう。

 あたしでも驚いているけど、

 

「士郎、あたしの髪も洗って」

 

 なんて言ってしまったのは。

 言った後に気がついて、あたしは俯いてしまった。顔が熱い。お湯に浸かっているから、ではないと思う。

 

 はやてが風呂に浸かるのを感じた。

 同時に脇に手を入れられて引き上げられていた。

 椅子に座らされると、シャワーをかけられた。

 

 ぽたりぽたりと前髪から雫が垂れる。

 一部の前髪が額に張り付いて少し不快な気分になる。

 風呂を見るとはやてが縁に手をのせて、こちらを見ていた。

 

「目を開けてると、痛くなっても知らないぞ」

 

 正面から声をかけられた。

 あたしだって騎士の端くれ、そんなものには屈しない。密かに心のなかでつぶやいた。

 

 ごしごしと乱暴髪を洗われる。

 あたしの髪ははやてよりも長いから士郎は勝手がよくわかってないようだった。それでも、自分で髪を洗わないというのは新鮮で、ちょっと気持ちよかった。

 はやてがにこにこするのもわかる、気がした。

 

 ならシャマルに髪を洗ってもらったら、もっと気持ちが良いのだろうか。

 いやいや。

 

 なんて考えていると、目の端からシャンプー入の水が目を蹂躙してきた。

 

 あたしは声にならない声を出しながら、それに耐えた。でも、涙が出てくる。

 

「だから言ったろ」

 

 士郎の無責任な声が上から降ってきた。その後で水が降ってきた。

 シャワーをかけられながら、頭をごしごしされる。

 でも、不思議と安心してしまう。

 

 流し終わったらはやてと同じようにタオルでごしごしと髪についた水を拭き取られた。

 この後で、髪を梳くことができるのかちょっと心配になった。

 

 士郎は少しお湯に浸かって出て行った。

 

 あたしははやてが作るシャボン玉をほわほわとした気分で見ていた。

 鼻先にきたのでふっと吹くと、音もなく弾けてしまった。

 その様子を見ていただろうはやてはくすくすと笑っていた。

 

「十分温まってから出てくるんだぞ」

 

 すりガラス越しに士郎の声がした。言われなくてもわかってる。

 

「ほんじゃ、100数えたらでようか」

 

「いーち、にー、さーん」

 

 と数えていたら、20超えたあたりからものすごい速さで数えていってすぐに100となった。

 

「なんや? その目は?」

 

「べっつにー」

 

 はやてがじとーっとこちらを見てきたので、言うことはない、と答えた。

 100でなく30とかでもよかったんじゃないか、というのは喉元まで出かかってたでけどあたしの鋼鉄の精神で押しとどめた。

 

 

 あたしたちが風呂から上がるとシャマルが脱衣所に入っていった。

 

 暑い暑い。

 

 雨も降っているせいで湿度は高い。

 こんな時くらい魔法でもうちょっと快適にすごしたい。

 

 はやては特に何とも思ってないようで、テレビを見ていた。

 テレビの中では家の外よりも風が強い所で人がしゃべっている。こんな雨の中ご苦労なことだ。

 

 それをぼーっと眺めていたら、不意に明かりが消えた。

 次の瞬間にはシグナムが明かりを生み出していた。

 

 そして風呂場から聞こえるシャマルらしい声が響いた。

 

 





20140322  改訂

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