魔法少女リリカルなのはF始まります。
シャマルの声がしたような気がしたけど、冷静にコンロの火をカチリと止めた。
もう少し火を通したかったけど、仕方がない。味には問題ないだろう。
火を加えるにしても暗がりの中では万が一が無いとも言えないので、もう少し明かりを増やしてからコンロに火をつけたほうがいいだろう。
窓から僅かに入ってくる光が室内を仄暗く照らしている。
はやての方を見ると、シグナムとヴィータの立ち位置が変わっていた。シグナムは庭に面し、ヴィータはドアに近いところに。緊張とは違うが、余裕のある表情ではなかった。
いつでも動ける、というかシグナムの右手にあるのは木刀ではなかろうか。そして、腰にぶら下げているものはレヴァンティン。ピンっと張った空気が支配している。
はやてから聞いていたシグナム達がもとより所持していた武具。ヴォルケンリッターもそうだが、その武具も自己主張が激しいらしく、周りに存在を魔力で以って示している。
はやてはそんなことも気が付かずに、停電だーなんてのんきな声を上げている。実に楽しそうだ。緊張していた空気も、はやての声によって徐々に遅緩しているのがわかる。
ヴィータが軽く息を吐いているのが見えた。
停電っていうのはちょっとした非日常っぽくて楽しくなるのはわかるけどさ。それであの空気がなくなるっていうんだったら、悪いことじゃない。
元来から夜目も効くため、慌てることなく用意していたロウソクに火を灯した。それをもってはやてに一つ、ヴィータに一つわたした。
「わぁ、なんやあったかい光やな」
「そうですね」
はやてがロウソクを見つめて、シグナムがそう返した。ヴィータは目の前でゆらゆら左右にロウソクを揺らしていた。その顔は本当に不思議そうでこちらもちょっと苦笑してしまうほどだった。
と、たったったと廊下から走る音が響いた。
次の瞬間には扉が開かれ、シャマルが現れた。
バンッ、と扉が乱暴に開かれればそちらを向くのは致し方がないことだ。
シャマルの周りには光球が3つふわふわ浮いていて、一糸纏っていないその姿を白く輝かせていた。
金に輝く毛髪は水に濡れてところどころ白銀に貴く輝き、肌についた水玉は肌を一層白く見せている。ふくよかな胸は重力に逆らい、こちらからは見えないが、先端はつんっと上を向いているのだろう。
ぴちょん、ぴちょん、と溢れる水玉が静かな室内によく響いた。
声に耳を澄ますと同時に、シャマルがこちらを向いた。
当然ながらその体の前面を向けるとうことであり、豊かな胸が
「こっち見んなー!!」
その言葉とともに常人では避けがたい速度で座布団が目の前に迫ってきていた。
避ける事ができない、と言えば嘘になる。しかしそれを避ける事はできず、甘受する以外には道がなかった。
何故ならば、はやて以下その従者の視線が集まっていたから。特にシャマル。翡翠の双眸に水の玉をこしらえ、それを拒むことはできなかった。
視線をヴィータの放った座布団へと戻せば、すでに眼前まで迫っていた。
その瞬間、私の目の前にメロンが存在した。
メロンは言うまでもなく、シャマルの胸だ。ふよんふよんして柔らかそうだ。
幻想のメロンへと手を伸ばし、顔面に衝撃を受けた。
後ろにはコンロ。派手に後ろにもそらすわけにもいかず、考えているうちに座布団の運動エネルギーは顔面を伝い、脳へと伝播していった。
座布団の変形によって多少のエネルギーは削がれたが、ほぼ全てのエネルギーが顔面へと伝わったことにより、一時的に脳震盪を起こしたようだ。全くもって情けない話だけど。
足からは力が抜けて、腰がすとんと落ちる。ついで体は斜めに向かい、座布団の上にぼすんと落ちた。
その衝撃で覚醒した。
頭が少し重いということ以外は何ていうことはない。
だけど、これくらいの衝撃で脳震盪を起こしてしまうというのは問題以前のことだった。
鍛え方が圧倒的に足りない。
これでは常人の一撃ですら万が一にでも、万が一の確率で不意に負傷した場合危険度が跳ね上がる。
この肉体によるものが大きいとはいえ、無視できない問題だ。
ヴィータ達がきて魔術を使う頻度が低くなり、その魔術を使用した常人には無理なほどの鍛錬を怠ったことが響いてきていた。しかし、その鍛錬を再開することは難しい。
ジョギングに向かえばザフィーラがついてくるし。これは散歩の一種として思われているのかもしれないけど。
魔術を使用しない鍛錬にも限界があった。
ぐわんぐわんと鐘のなる重たくなった頭をゆっくりと上げると、シャマルがこちらを心配そうに見ていた。
「ごめんなさい、私。
ちょっとみっともないところ見せちゃったみたいで」
本当に申し訳無さそうに言ってくる。
おそらく、シグナムかザフィーラに窘められたのだろう。
「いや、こちらの配慮が足りなかった」
そう言うとシャマルの目尻が更に下がってしまった。
いつの間にか巻かれているバスタオル。
いつまでもそんな格好じゃまずいだろう。
「それよりも、ちゃんと着替えてこいよ。もちょっとでご飯なんだし」
口を挟んだのは以外にもヴィータだった。
「ヴィータの言うとおり。
その格好では、些か主も目のやりように困るだろう」
「……そうですね、このままじゃ風邪をひいてしまいそうです」
シグナムとシャマルの会話の間には数瞬の間があった。
その間にどのようなやりとりをしたのかは想像でしかできない。
というか、ヴォルケンリッターって風邪をひくものなのだろうか。
頭を振るって目を開けた時にはシャマルの姿はなく、はやての心配そうな顔がのぞいていた。
「大丈夫だよ。
それよりも夕飯の準備をしよう。暗いから気をつけて」
時間をかけて立ち上がった。はやてはこちらをちらちらと伺っているようだけど、問題はない。
はやては器用に棚から食器を出してくる。
さすがに盛り付けなんかをはやてにやらす訳にはいかない。ヴィータがしきりにこちらの様子を気にしているようだけど、そんなにも今日は好きな食べ物があったのか? 目が合う瞬間にそらされてしまう。
ホワイトシチューをはじめとして、今までに出したことのある料理だ。いや、今までに料理を振る舞ったらこそのことなのか。
少し頭に残ったが、暗がりでの盛りつけだ。今は忘れて専念すべきだ。
料理は味、愛情ももちろんだが、見た目もこだわらなければならない。合わせて料理なのだから。
いつの間にかはやてのとなりにはヴィータが付いていて一緒に食器を並べていた。
シャマルが戻ってきたのは全ての料理を並べる少し前だった。何かと手伝うことはないかと聞いてきたが、特になかった。はやてとヴィータが動いてくれたおかげもある。
みんなが席についたところで、はやてが声をあげた。
ロウソクの炎がゆらゆらと揺れて暖かい光が周りを照らしている。その中であってもはやての声は格別の優しさをはらんでいた。
「士郎さんに言うことないん?」
だれ、とは言わない。その目はしっかりとヴィータを見ていた。
ヴィータははやての視線から目をそらして右下をのぞいたりしていたけど、キッと前を見た。
「士郎ごめん。座布団投げたりして」
一瞬何のことだと思った。
「あの、あのね。私もあんな格好でいたのが悪かったんだけど」
と言葉の端をすぼめながらシャマルが言った。そこで
「急いでたのはわかるけど、さすがに裸はダメやと思うんや。士郎さんやザフィーラもおるし。
ヴィータは何でもすぐ手を出しちゃダメ。今回はちゃんと謝ったからいいけど。
それと、士郎さん。さっきの事は忘れること!」
はやての言葉に素直に首を縦に振った。
「ハイ、おしまい!」パンっとはやてが手を叩き、少し真面目だった空気は霧散していった。
そのままはやての音頭で食事が始まった。
また、廊下に残る水を拭かされていたのがヴィータというのは完全に蛇足。
シグナムが風呂に行って、シャマルと一緒に夕食の片付けをしていた。
はやては体を半分ザフィーラにあずけて本を読んでいた。こんな暗い中本を読んでいると目が悪くなりそうだったが、それ以外にすることがあまりないことに気がついたので言葉にはしなかった。
シャマルが魔法で明かりを点けようかと言ったが、はやては頑として聞かなかった。曰く、風情がないと。
風情あるなしは別として、不便なことには変わりないわけで、トイレと洗面台のみ小さなぼんやりとした明かりが魔法で付けられた。
はやて、ヴィータ、シャマル、シグナムでトランプをしたりしながら各々が寛いでいた。
ババ抜きでは意外や意外。シャマルが鉄壁のポーカーフェイスを見せていたことに驚いた。わかりやすのはヴィータでババが来るとそれを目で追い、落胆していた。で、ババが流れていくと喜色が浮かぶんだからババ抜きには圧倒的に不向きだ。
ババ抜きばかりをやっているわけでもないので、なかなか楽しんでいるようだ。
普段であればテレビからの異音が混入するのだが、この瞬間だけはこの部屋にいる者と僅かな風の音しか響かない。
リバーシや将棋なんてのもやった。シグナムは殊更将棋に対して興味をもったようで、それならばと詰碁というものもあることを教えた。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだ。
時間はさほど遅いわけではないが、あまり遅くまで起きていていいことなんてない。
そろそろ寝ようかという雰囲気になったところで、またもやはやてが口を開いた。
「なぁ、こんな状況やし。みんなで寝るってのはどうやろ?」
シグナム達を見ながら、ちょっといい考え出ましたって顔をしている。
「わぁ、はやてちゃんいい考えだと思いますよ!」
はにかんだ顔をし、両手を胸の前で揃えてシャマルが言った。シグナムはこくりと頷き、ヴィータはうげぇって顔をしている。
その顔が俺に向けられているかと思うとちょっと思うところがないわけではない。
それからはあれよあれよという間に一緒に寝ることが決まり、シャマル達の寝ている8畳間で寝ることとなった。畳の部屋で、布団四つ敷けばちょうど両端に届いてしまうという間取り。
シグナムははやて達の部屋に布団を取りに行き、俺も布団を取りに行った。
二階から布団を持って降りることはさほど苦ではないけど、電気をつけたりと結局二往復する羽目になった以外特筆すべきことはなかった。
扉側から俺、はやて、ヴィータ、シャマル、シグナムの順で寝ることとなり、ザフィーラははやてとヴィータの頭の上で寝るようだ。
歯磨きをしているとヴィータが船を漕ぎだしたのには笑ってしまった。
持ってきていた懐中電灯を消して本当に真っ暗になる。
各々からおやすみなさい、と挨拶が交わされあたりが静まる。
雨が窓や壁を叩き風が木を揺らす音がしているが、気にするほどでもなくむしろ心地よいくらいだ。
隣に目をやればはやてが仰向けになり小さく寝息が漏れていた。
とかく思案することもなく、意識は闇へと飲まれていった。
はっと目を覚ますし、時計を見ると長針と短針の蛍光から2時前だということがわかった。
横を向けば、はやてがこちらに向いていてどうやらシャツの袖を握っているらしい。
ヴィータはタオルケットを蹴飛ばして腹を出しているし。
シャツを握っていた手をゆっくりと離すと、今度は指を握られてしまった。なので、今度はゆっくりと離していき、力がこもる瞬間にさっと指を抜いたら、手がもにょもにょと何かを探すように動いている。面白いので見ていたかったけど、はやての眉間にしわが寄りだしたのでタオルケットの端をもたせるとさっと握りこんで胸元に寄せていた。
蟻地獄か。
幸せそうにしてるからいいんだけど。
ヴィータは腹も出ているので直してあげたかったけど、なんだか触れると目覚ましそうなんだよな。タオルケットをかけてあげるだけにした。風邪はひかんだろ。
目が暗闇に慣れてきて、更に視線を伸ばすと、シャマルもこちらを向いていた。
胸元のボタンはある程度外されており、たわわな胸が潰され谷間を形成していた。ライトグリーンのパジャマ、今は暗がりで白く見えるが、それでも映える白さ。
そして、艶やかな唇。
―――、見なかった。そう、見てない。
ザフィーラの耳がピクリと動いた気配がしたが、それどころではない。
「はぁ、」
と一つ息を吐いて、もう一度寝ることにした。
外ではまだ空から雨粒が降り注いでいるようだった。
20141005 改訂
20141006 改訂