魔法少女リリカルなのはF   作:ごんけ

35 / 37

魔法少女リリカルなのはFはじまります




035話

 

 

 骨の芯に響くような鈍痛。

 そのまま手放してしまいたくなる、そんな誘惑を絶って木刀を握りこむ。

 先ほどから手先への力が思うように込められなくなってきている。限界は近い。

 遥かに届かない。

 

 それから数合と打ち付けただろうか。

 強かに木刀を打ち付けられ、受け流すことができずに衝撃が体中を伝播する。ついには手から離れてしまった。忘れてきたかのように胸を襲う衝動。

 抗うことができず、目の前が黒く染まっていった。

 

 

 

 心地よい揺れによって意識が覚醒してくる。

 体中から痛みと熱が訴えかけてくるが、おぶわれて密着しているところからはじんわりと暖かな熱が伝わってくる。

 

「悪い、手間かけさせたな」

 

 更なる痛みを発する体に鞭打って降りようとする。

 

「無理はいけません。主も士郎ももっと甘えるということをしてもらっていいと思います。

士郎はもっと我らを信用してもらいたい」

 

 体が一瞬強張ったが、それに伴い激痛が走り体を弛緩させる。

 シグナムが苦笑したようでトントンと微かな振動が伝わってきた。

 

「主はやてから話は伺っています。なんでも行き倒れていた様子。

主を支えていただいていることには感謝しています。だが、主の騎士として、貴方には問わなければなりません。貴方は主に害を成すものですか?」

 

「どうなんだろうな。

俺がはやてを害するというのは思い浮かばないけど……」

 

「士郎がはやてを害する姿など、私にも思い浮かべることはできません」

 

 優しい声がかえってきた。

 

「士郎はこの世界の人ではない、のではありませんか?」

 

 今度こそ呼吸が止まった。

 

「この世界には魔法技術はありません。極稀に主のように先天的な魔法資質を持っている人がいますが、士郎のように使いこなせている者などいません。少なくとも私たちが調べた限りでは近くには」

 

 酸素を欲する細胞のように大きく息を吸って濁ったものを吐いた。

 

「おそらく、な。

そこまで詳しいことはわからないけど、たぶん俺はこの世界の出身じゃなさそうだ」

 

 その後は話もなく、背中から降ろしてもらった。

 家まではまだ少しあるが歩けない距離ではない。

 

 家が見えてきたところでシャマルが玄関先に立っていた。

 早いんだな、と思っていたらシグナムが口を出してきた。

 

「気を抜かなければシャマルでも早起き位できる」

 

「いや、そうなんだろうけどさ」

 

「冗談だ。士郎の青痣も大層なものだからな。シャマルに見てもらうといい。こと治癒に関しては我らの中でも随一だ。

それに、そのままだと主が心配なさる」

 

 まだまだはやてが起きる時間には早すぎる。

 リビングでシャマルに治癒の魔法をかけられた。

 

 途端に軽くなる体。

 青痣も見る見るうちに引いていく。

 

「これは、すごいな」

 

 感嘆、それである。

 

 ライトグリーンの魔力光が納まったころには頃には体調も万全であった。失った体力は元に戻らないようだけど、運動するにしても支障がない程度だ。

 

 「ありがとう」と言うと「どういたしまして」と素晴らしい笑顔付きでかえされた。

 

 何とも言えない雰囲気を破ったのはシグナムだった。

 コホンと一つ入れ。

 

「我らがシステムによるプログラムだということは知っているでしょう。所謂人造生命体というやつです、我らの感情などはプログラムの仕様に過ぎない。全ては主の為のもの。

そこで、衛宮士郎。貴方には我々のこと、貴方のことをもっと知るべきではないかと言う結論に至りました」

 

 シャマルを見ればいつもの柔和表情ではなく真剣であった。

 

「さっきも言ったけどな、言えることってたってそんなに多くはないぞ。

おそらく、俺はこの世界の出身ではないということくらいだ」

 

「それ以外にも、士郎には魔法を運用する技術があるのではないですか?」

 

「それも含めて今夜話し合うというのはどうだろうか?」

 

 時計を見てそう言った。はやてが起きるまでは時間があるが、朝食の支度をしていてもおかしくはない時間だ。

 それにシャワーも浴びたいし。

 

「そうですね。

私たちはどんなことを話し合おうかと考えてましたけど、士郎君は今知ったばかりですもの。

私はその考えに賛同します」

 

 シャマルはシグナムを見ていた。

 シグナムはコクリと頷くと、

 

「わかりました。

時間は、そうですね。主も遅くまで本を読んでいることがありますから午前1時というのはどうでしょうか。

場所は、」

「俺の部屋だろうな。

シグナム達の部屋ははやての部屋の隣だし、リビングなんかははやてが起きてる来る可能性が0じゃないからなぁ。そうなると、2階にある俺の部屋ってことになるけど、それでいいか?」

 

「わかりました。

深夜お邪魔します」

 

「あと、シグナムは今からシャワー行ったほうがいいぞ。汗かいただろ」

 

「そうですね」

 

 朗らかな顔をした後、ジャージの胸の部分を引っ張って鼻を動かしていた。

 

「匂いますか?」

 

 と少し頬に朱を燈らせた姿はいつもの先ほどまでの凛々しい姿からは想像できず、ついつい空気が口元から漏れた。

 

「ごめんごめん、俺のほうが汗かいてるし。匂うなら俺だろうな。

シグナムはそんなに汗かいてないだろうから、大丈夫だよ。な」

 

 シャマルに話を振れば口を手で覆って笑うのを我慢していた。

 

「ふ、ふふっ。

だ、大丈夫ですよ!」

 

 笑うのを我慢しているようだが、少し声がでかい。

 はやてが起きてくるぞ。

 

「そうか」

 

 と明らかにほっとしている状態のシグナム。シグナムの目は節穴なのだろうか。

 それでは言葉に甘えて、とリビングから出ていった。

 

「士郎君のほうが汗かいてますし、シグナムよりも先に汗流したほうがよかったんじゃない?」

 

「いや、気絶してたから柔軟もできていないからな。

ちょっと外で体伸ばしてくるよ」

 

 

 外に出て、朝のしっとりした空気を吸い込む。

 

 シグナムとの試合。

 試合と言っていいものではなかった。

 

 シグナムの剣技はそれこそ天稟の才を感じさせるには十分なものだった。

 

 振るわれる木刀はまさに音速。こちらも強化を施しているので、何とか早さについていけていた。いや全力でないことが見て取れたからアレよりもさらに速度は上がるだろう。

 

 フェイントはほとんどが通じず、通じたとしても見てから軌道を修正してくる。

 ワザと隙を作ればそれこそ其処へ叩き込まれるが、鋭く重い。体重差を加味したとしてもそれほど受け流すことができなかった。

 

「まだまだだなぁ」

 

 ぽつりと漏れた。

 

「士郎君も男の子なんですね」

 

 聞かれてしまった、という思いから少し恥ずかしくなる。

 

「そりゃ、な。

あそこまでぼこぼこにされたらいっそ清々しいけどね。

それよりも、シグナムを本気にさせることができなかったということが不甲斐ない、かな」

 

「そんなことないですよ。

シグナムは口ではああ言っていますが、士郎君のこと認めていると思いますよ。でなければその場でたたき起こされていたんじゃないでしょうかね。

それに、治療を勧めたのはシグナムですし」

 

 何が嬉しいのかにこにこして言っている。

 

「はやてに痣だらけの俺を見せるのが嫌だったんじゃないか?」

 

「そういうことにしておきます」

 

「そういうことに決まっている!」

 

 うん、十中八九そうだと思っていましたよ。

 でも、これは言わないといけないな。

 ありがとう。

 

「そんなことは。

それよりも、士郎もシャワーを浴びたらどうですか。いい加減にしないと朝食の準備が遅くなってしまいます。

それと、シャマルはちょっと話があるからここに残っていような」

 

 とても前髪で目を隠しとてもイイ笑顔でシャマルに声をかけていた。

 右手はシャマルの襟首をつかんでいた。

 

「シシシ、シグナム!?

なんで足音消してるの? クラールヴィントも!」

 

「この国の諺に常在戦場というものがあるらしい。

常に戦場にいるつもりで事に当たるということらしい。我らに相応しいと思わないか?

それと、どこへ行こうというのだ?」

 

 何やらノイズが走っているようだが、見てないし聞こえない。

 聞こえなーい。耳塞ぐ動作をしてこちらは一切関与しないことを示す。

 シャマルはなぜか顔色を悪くしたが、何故だろう。

 

「本当に仲がいいな」

 

「聞こえないふりしてないで、助けてよー」

 

 嫌よ嫌よも好きのうち。

 

 玄関から中に入ると不自然なほどに静かであった。

 シャマルの声すら聞こえず、何らかの魔法を使ったのではないかと勘ぐってしまうほどだ。それか、この短時間でシャマルは話すこともできないくらい、

 いやいや。

 

「さて、汗流すか」

 

 だれに言うでもなく、ぽつりとこぼした言葉は廊下に静かに反響した。

 

 

 

 明日はバイトも休みだから夜更かししたところで問題はない。

 

 コンコン

 と、ドアが叩かれる。

 

 音には気を付けていたはずだが、部屋の外を歩く音が全くしなかったことには少なからず驚いた。

 

 どうぞ、声をかければ律儀に失礼しますという言葉が返ってきた。

 

 シャマルが静かに扉を閉める。

 

「お仕事には支障ありませんでしたか?」

 

「お陰様で全く問題なかったよ」

 

 シグナムは当然だというような表情をし、シャマルはほっとしたような表情で思わず笑ってしまう。

 

「二人はベッドにでも腰かけてくれ」

 

「あまり回りくどいことは好きではないので、単刀直入に聞きます。

これは朝も聞いたことですが、主はやてにとって士郎、貴方は敵ですか?」

 

 いつも柔和な表情をしているシャマルですら真剣な顔をしている。

 それに対しても、言うことは決まっている、

 

「はやての味方だ」

 

 シグナムとシャマルはあからさまにほっと気を抜いた。

 

「わかっていたことですが、確認しなければなりませんでした。

許してください、などと言うつもりはありません」

 

「ああ、わかってる。

はやての味方でいたいというのは俺の思いだ」

 

 それだから決められない。

 はやては他人に迷惑をかけたくない。

 シグナム達は他人に迷惑をかけてでもはやてを助けたい。

 

 だれかの見方をすれば、それ以外の敵となる。

 そんなのはわかりきっていたことだ。

 

 だから、はやての味方をしたい。

 

「それを聞いて安心しました」

 

 安心しきった声でシャマルがつぶやいた。

 

「話は変わりますが、士郎の話を聞いてもいいですか?

士郎も私達のことを知らないと思いますので、情報交換をしましょう。

でなければ、ヴィータが煩いので」

 

 そこで、いったん間が空いて

 

「ヴィータにも了承を得ましたのでこのまま続きを。

まずは私達からいきましょう」

 

 シグナム達は話し始めた。

 

「もはや記録も摩耗してしまって、我らが何時生まれてきたかも定かではない。

が、そこには魔法資質に恵まれた主がそこにあった」

 

 多元宇宙論なんてものがある。11次元的に見れば薄皮ひとつ向こうが別の世界だとも。

 過去未来において、偶発的に存在しているのかと思えば違った答えが返ってきた。

 

「我らが召喚されたのは絶対時間座標からみて過去へは行くことがない。

それゆえに我らと魔導書は魔法技術を集め、繋げていくことを旨としたのだ」

 

 主が変わるたびに魔法技術は奥底に封印され、魔力を得なければそれを解放できないという欠点を抱えることにはなったが。考えてみれば、図書館における書庫と閲覧室に近いのかな、と適当に考える。

 

 その間にも淡々と話しはなされ、結果、時空管理局とは相まみれず彼女らが封印される立場であることが分かった。

 主が大いなる力を得るということに言及すれば話を濁す。

 問い詰めてみれば、その後のことはあまり知らないのであると。

 主に必要とされなくなったのか。

 彼女らが必要でなくなったのか。

 

 明らかに不審なところだけど、彼女達は気にしていないようだ。それこそが疑問。

 

「さて、次は士郎の話を聞きたいと思う」

 

 それは、今までの話を断ち切ることである。

 

「俺自身もよくわかっていないことでよければ話す」

 

 頷くのを見て話をする。

 

「生まれは地球という星の日本という国。地理とかの授業によればそうだ。

実の両親は見たことがないけど、養父は自身を魔法使いと名乗っていたな。俺は養父のようになりたくて魔法使い、いいや、正義の味方を目指したんだと思う」

 

「正義の味方?」

 

 どちらかともなく流れてきた言葉に答えないわけにはいかない、

 

「正義の味方。

弱きを助け、悪を挫く。そんな者になりたかった」

 

「なりたかったって。まるで諦めたような言葉だな」

 

 そんなことはない。

 正義の味方こそが

 

「夢だから」

 

 言葉にしてしまえばそれまでのことだ。

 

「養父からは魔術の基礎を教えてもらった。それこそ毎回死にそうになりながら」

 

 思い出すのは土蔵に籠って毎晩のように自分を殺す作業。

 

「それでもそれが養父から示された道だから歩んだ」

 

 聖杯戦争を経て、遠坂に師事して。

 

「俺のいた世界では魔術、こちらでいう魔法技術を習う学校も秘密裏ながらあったんだ。だから俺がそこで習った。

 単純に言えば、魔法技術を隠し切れずに使ってしまったために厄介者として殺されそうになったけどな」

 

 言ってしまえば単純なことだった。

 

「隠し切れなかったことにも非があると思うが、それだけで罰せられるようなことなのか?」

 

「大多数の人間は魔力を扱えなかったしな、あとそういう技術を公開していなかったから」

 

「わかりました。士郎のいた世界については。

はやての下に現れたのはなぜですか?」

 

「それこそ知らない。

だれかが意図して送ったのかも。それ以前に俺が今まで何をしていたかというのが思い出せないのが問題なんだ」

 

「それと」

 

 士郎の太刀筋からは血の匂いがします、そんなわかりきった事が紡がれた。

 

 

 そう、最初は見られずに魔術を使用して、銃や剣をもって人を助けて回った。

 そのうちにもっとたくさんの人を助けたくなった。

 

 追ってもある。

 魔術を投影を行ってしまうまでにそう時間はかからなかった。

 

 爆弾、弓を使った遠距離からの掃討。

 

 ついには魔術協会にも露見した。

 

 おぼろげながら思い出す。

 だから簡潔に答えた。

 

「ただ、理想の前に立ちはだかったから殺した。

それだけだ」

 

「理想の為に、殺した。と?」

 

 冷えるようなシグナムの言葉が小さな部屋に反響した。

 相手を殺す瞬間、怨嗟の声を聴いた。

 怨言を吐かれた。

 そんな気がした。

 

「ああ。

 こんな姿だけど、本来だったらもっと歳上だ」

 

「なるほど、打ち合いの時の違和感はそれでしたか」

 

 納得するようにつぶやいた。

 それよりも自分にもわからないような違和感をシグナムが感じ取っていたことに驚いた。

 

 体が小さくなり筋力量も減ったことで、時間をかけて体を慣らしたはずだったがそれでもまだ不十分だったのだろう。まぁ、まだ成長期ということも挙げられると思うけど。

 

「はぁ、わかりました。

 士郎君は優しい人、ということでおしまい」

 

 ポンと両手を胸の前で合わせてシャマルが言った。

 何故か非難されているように聞こえるが。ちょっとまて、どうしてそれが優しいということにつながるんだ。

 自身の理想の為に人を殺める。

 よく考えなくてもそれはおかしい。

 

 それは、と一区切りおいて吐き出された言葉は、内緒です、なんていうものだった。

 

 語尾に音符が付きそうなくらい上機嫌なんだけど、理由を言ってはくれなかった。

 

 

 

 暦が少し流れ、季節は夏へと移っていた。

 その間にシグナム達との関係は平行線をたどっていた。

 

 よく言えば、多少緊張感のある相手。

 それがシグナムとザフィーラからしかこないというのは言わないほうがいいのか。

 

 とまぁ、代わり映えのしない日常を送っているのである。

 

 

 




20141121  改訂
20150205 改訂

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。