それは小さな小さな喪失感でした。
春は別れと出会いの季節。
わたしに新しい出会いなんてあるんやろか。
魔法少女リリカルなのはFはじまります
今日ははやての終業式で、これが終わればはやては本格的に休学し、治療に専念することになる。
俺はいつものように起きて、朝飯の下ごしらえを終えた後家を出ようとした。
ギシっとベットの軋む音が聞こえた。どうやらはやては起きているらしい。
やれやれ、と息を吐き部屋手の部屋へと向かう。はやてだって子供だ。環境のせいで小学生にしては少し大人びているかもしれないけど。それでも、小学校という場は子供同士の社交場であることは確かで、友達だってそこで多く作られる。そんな場所が今日でいけなくなる。思うところがあるのだろう。
コンコンとノックする。
「はやて入るぞ」
そっとしておいた方がいいのかどうかわからない。それならば、俺の思ったように行動するだけだ。だれかに傍にいて欲しいということもあるだろう。
中からは少し慌てたような様子が伝わってきて、少し間を空けて声がかかった
「ええよ」
入ると制服がベットの上に出されていた。
おはようとあいさつをする。
「どうしたん?」
それはこっちの台詞だ。
「いや。はやてが起きているようだから」
それを機に無言が辺りを包む。
はやては制服に視線を落としてこちらを見ようとはしない。
「士郎さんは卑怯や」
つむがれる言葉は弱弱しい。
「わたしな、こんなでも小学校に入ったころはまだ足もそんなに悪くなくて友達もぎょうさんおったんよ。
足が悪くなってな、友達も少なくなったけど、それでも友達はおったんよ。でもな、車椅子に乗るようになったら、わたしはどこにも遊びに行けんくなったんよ。みんな、学校では優しくしてくれるで。でもな、放課後に遊んだり友達の家に遊びにいったりはできんのよ。そうなるとな、友達がおるといってもだんだん友達がいなくなってくるんよ」
はやてが図書館によく行ったり、一人で過ごしていたのはこういった理由からだった。俺も薄々は感づいていた。遊び盛りの小学生が、友達とも遊ばずに一人で広い家に住み、図書館によく通う本の虫。改めて思う己の不甲斐なさ。
「でもな、わたしは士郎さんに感謝しとるんよ。これでも。
わたしも正直一人暮らしは限界やないかとおもっとったんや。それに、石田先生からもよく笑うようになったって言われたんよ。
言いたいことはたくさんあっても、言葉にするのは難しいんやな。わたしは士郎さんがいて、とっても幸せなんや。だからな、学校に行けなくなっても淋しくなんかはないんや」
はやての独白に近いものだった。子供の癖に、というのは簡単だ。それまでの経緯、それを思うだけで俺の心は締め付けられる。目じりに少し涙が浮かんで、虚勢を張っているのがわかる。
「そうか。
―――はやて」
「ん」
俺にははやての苦しみはわからない。
なればこそ、普段どおり接する。
「これから鍛錬するんだが、少し動きが鈍いんだ。ちょっとみてくれないか」
「ぇ。
あ、うん」
呆気にとられているが、これでいい。もとより、俺なんかが考えたところでどうとなる問題でもない。人に何かを諭させるなんてのは性にあわない。はやてが一緒に悩んでほしいというのならば話は別だが。できることがあるとすれば、それははやてと一緒にいること、それだけだろう。
3月の終わりとはいえ、朝方は冷える。
はやてを連れ立ってリビングに戻る。少し寒いので、暖房をきかせる。エアコンの駆動音がしだした。
「さて、まずはストレッチから入るわけだが、これははやてにもできることだからやってもらおうか
ああ、はやては軽めで俺も手伝うから」
体を動かす前のストレッチは大切だ。体を柔軟にすることで、怪我もしにくくなるし、何よりも体の駆動域が広がる。
はやての場合は血行促進のためと、使わない筋肉が硬直しないようなストレッチだ。筋肉は使わないと凝り固まってしまうので、はやてのように体が動かなくなった人でもマッサージ等をするのはそのためだ。
特にはやての場合は足を重点的に行う。
「お風呂出たときによくやってもらうけど、なんかぽかぽかするんやな」
「血行がよくなってる証拠。
風呂上りは元から血行がいいからわかりにくいだろうけど、こういう時にやるとわかりやすいだろ。俺も我流だけどさ、こんな本格的にはやらなくてもいいけど偶には自分でやった方がいいと思うぞ」
「そやなー。ぽかぽかするし足にいいなら朝とかやってみようかな」
はやてに自分でできるマッサージの方法を教えて実際にそのとおりにやっている。その様子を見ながら自分のストレッチをしていく。
十分に体がほぐれた。
「今日はランニングはなしでやるからちょっと見ていてくれ」
はやては頷いてくれて、俺は庭に出る。
テーブルと椅子を片付けて、リビングに立てかけてある木刀を二本とり、庭の中心に立つ。木刀は家でも振るえるように購入していたものだ。長さは自分で削って、中に鉄心を入れて、およそ長さも重さも夫婦剣と同じようにしている。
一切の雑念を取り除く。
だらりと腕をたらし、脱力をする。
すっと切っ先をずらし剣を振るう。
否、これは剣を振るうものではなく、筋肉の動きを解析するための動き。ゆっくり丁寧になぞっていく。右腕と左腕は別の生き物のように、脳からの電気信号を各筋肉へと伝達する。予想される動きに齟齬はない。
ゆっくりだった動きが、だんだんと早くなる。動きがただ早くなったというだけで、やることはかわらない。
と、時間を忘れていたようだ。
リビングのほうを見ると、はやてがこちらをみていた。
「すまん、ちょっと熱中しすぎたみたいだ」
と、頭を垂れる。
「でも、士郎さんのいつみてもすごいなー
何であんな動きができるん」
いつもって言っても、5回くらいしか見せたことないけどな。それでも、はやての気はまぎれたようだ。感心したように見ている。今日はこれくらいであがろうか、そんな時間も経ってないけど、あまり長くやってもはやては退屈だろう。
「日頃の鍛錬の賜物、かな」
そう言って庭を後にする。
まだまだ朝食には早い時間だけど、そろそろ調理を始めようか。
◇◇◇◇◇
士郎さんの剣の練習を見るのは久しぶりや。士郎さんはあまり練習の様子を見せたがらない。何でか聞いても苦笑いをしてはぐらかす。
「日頃の鍛錬の賜物、かな」
なんていってる。あれだけできるのだから、才能があるんじゃないかと思って言ったことがあったけど、頭をごしごしされて、だとよかったんだけどな、なんて笑ってた。
士郎さんは木刀を置いて中に入ってきた。
「士郎さん士郎さん」
ちょいちょいと手招きしたら士郎さんが寄ってくる。頭にははてなマークが浮かんでいるようだ。
「なんだ、はやて」
「今日はな、一緒にご飯作ろうと思ってな」
「朝食は基本俺だったからな。
いいぞ」
だっこというと、抱きかかえてくれた。これくらい甘えてもいいんだよね。でも、
「汗くさっ」
「なっ!?」
いや、さっきまで運動しとったやろ。汗臭いのは当たり前や。
でも、不思議と嫌なにおいじゃなくて、
「そうかそうか、はやては朝から風呂に入りたいわけだな。
なら一緒に入るか。ちょうど先日購入したヘチマがあるしな。使い心地も知りたいよな。
レディーファーストだ、はやてに先に使わせてやろう。今日は隅々まで磨いてやるからな」
一人で納得せんといて。
「わたしの玉のような肌に傷をつけるつもりなんやな」
「玉なのははやて自身だろ」
ズンっ
わたしの拳が鳩尾に突き刺さる。
「ぐふっ」
士郎さんは崩れ落ち、抱きかかえられているわたしはその下敷きになるのは当然の結果だった。
「ぐえっ」
運よく?ソファーが下にあって怪我も何もなかったけど、そのまま床に叩きつけられたらえらいことになってたで。
士郎さんは何事もなかったかのように立ち上がったから、きっと計算済みだったんやろ。それがなんか腹立つ。
「かえるが潰れたような声だったな。それはおいといて、俺はシャワー浴びてくるけど。
はやても行くか?入るんだったら風呂を沸かすけど」
おい。
まぁでも、最後になるかもしれない学校だし、綺麗にしてから行くのも悪くない思った。
「入るでー」
「ならちょっと待っててくれ」
一人リビングに残されたわたしは本棚へ車椅子を動かし、本を手に取る。士郎さんの影響から伝記や神話なんかを読むことも多くなってきた。しかし、神話の神様ってのはたくさんの女性に手を出して節操がないというかなんというか。
士郎さんと一緒に入って見事に泡だらけにされました。
ただ、ヘチマはやばかった。体が削れるかと思ったで。摺られたところ赤くなったし。
お風呂に入ってさっぱりしたらいつも起きる時間になっていた。
約束したように士郎さんと朝食の準備をする。
士郎さんは味噌汁を作り、わたしは出汁巻き卵をつくった。出汁巻き卵の出汁も実は士郎さん特性のもので、作り方はいたって簡単なのに、お店でも食べたことがないくらい美味しい出汁巻き卵ができる。
わたしは密かに士郎さんは魔法使いじゃないかと思ってたりする。
士郎さんの作る料理は和食、洋食、中華、他にもよくわからないけど料理の数々。そのどれもがおいしくて、わたしを笑顔にしてくれる。ううん、わたしだけじゃなくて、きっと喫茶店に来て士郎さんの料理やお菓子を食べた人は笑顔になってるに違いない。
士郎さんの料理はみんなを幸せな気持ちにしてくれる。決して豪華なんかじゃないけど、食べる人の気持ちを考えてくれなきゃこんなおいしくて幸せな気持ちになる料理なんて作れないと思う。士郎さんはとってもあったかい。
いつものようにおいしく朝食をいただき、のんびりとした時間が流れる。
のろのろと動き、車椅子に乗る。
部屋に戻って制服に着替える。
士郎さんはすでに着替えてリビングで待っていた。
「まだちょっと早いけど、行こうか」
「うん」
思い出したように士郎さんとぽつりぽつりと会話をして歩く。
やはり少し早く学校についてしまった。
終業式は滞りなく終わった。
さようなら、と生徒達の声が聞こえる。
わたしは少し感傷的になったのか、一人で教室に残っている。気がついたらお昼に近い時間になっていた。今日は終業式だけなので午前中だけ。
士郎さんが待っていると思い、学校を後にする。本音を言うならもう少し学校にいたかったきがしたが、士郎さんを待たせてしまうのはごめんなさいの気分になる。士郎さんなら、いつまでも待ってくれそうで、それに甘えてしまいそうになる。いや、実際のところ、いろいろなところで甘えているんやけど。
校門にはやはり士郎さんがいた。でも、不可解なことに隣に女性がいる。それも見知った顔の女性。
「八神さんもういいのかしら」
山中先生だった。若い女性の先生で、熱心すぎるところがあるけど、クラスのみんなからは慕われている。でも、もういいのか、とはどういう意味だろうか。
「八神さんのお兄さんが、いろいろと思うところがあるでしょうから少し残るのを許可してくださいって」
士郎さんの方を見る。
「そうだわ、八神さん小学校の中をお兄さんに案内してあげたら?」
突然のことで驚いた。わたしが何かいう前に士郎さんが答えていた。
「いいんですか?」
「八神さんもそれを望んでいるんじゃないでしょうか」
わたしは、―――
「よろしくお願いします。
私もはやてがどのようなところで学校生活を送っていたのか気になっていましたから」
「それではお帰りの際は、職員室まで顔を出してください。八神さんが場所を知っていますから」
「わかりました、それでは」
キィッっと車椅子がきしみ、動き出す。
なんだか置いてけぼりを食らった気分や。
「なあ士郎さん、なんであんなこと言ったん?」
「あんなこと?」
「学校の案内とかいうやつや」
カラカラ
「ま、俺も小学校というやつの記憶はほとんどないんだ。
どんなところか案内して欲しいというのも嘘じゃないぞ」
カラカラ
「それにな、もう少しここにいたいんじゃないのか?」
カラカラ
「はやて。人のことを心配するのはいいけど、自分が何をしたいか、というのを伝えるのも大切なことだぞ」
カラカラ
言葉はなくなり、放課後の誰もいなくなった校内に車輪の音だけが響く。
気がつくと士郎さんがわたしの前に立っていた。
「よいしょ」
わたしは抱きかかえられて階段を登っていく。
士郎さんはどこにどんな教室があるのかまるで知っているかのように歩く。
ぐるっとまわって車椅子に乗せられて、職員室の前まで来た。
士郎さんと中に入り、先生に挨拶をして学校を後にした。
咲きほこる桜が少しだけ眩しかった。
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