LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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プロローグ
『流動導入』上


 ◆

 

 ――あんた……今、幸せか?

 

 知ったこっちゃない?

 まあそりゃそうだ。

 

 …………。

 

 なるほど、あんたは今そう思ってるのかい。

 ただ……そうじゃない人間もいるってコトを頭に入れといてくれ……。

 

 おっと説教じみちまったな。

 ま、も少しオレの話につきあってくれ。

 

 そうだな、あれは……世間が世紀末だ21世紀だと騒いでいたころだったか――

 

 

 

 1.

 学園都市。複数の学校・研究機関が集まり、230万人の『特別なカリキュラム』を受けた学生を有している巨大な都市群。

 『超能力』を科学的に解明することによって発展した、異端であり最新である科学の園。

 そこでは常識上では起こりえない『異能』を解析し、理解し、応用することで、それまでの常識では考えられない全く新しい技術を開発する。世界水準の十数年以上先を行くとまで言われる最先端の技術が日々生まれ続ける。

 人類文明の最も先を行く学びの都。

 

 だが、輝かしい科学の発展の裏には、闇も存在した。

 

 科学的に開発された『超能力』を使った学生による犯罪。

 『超能力』を発現できなかった落ちこぼれ達による非行。

 新しい発見を追い求めるため行われる非人道的な実験。

 

 この日もまた学園の闇によって一つの事件が起きていた。

 学園都市の反体制派武装集団(スキルアウト)による、警備員(アンチスキル)の長子誘拐事件である。

 

 

 

 2.

 少年は夜の倉庫街をひた走っていた。

 広く暗く、そして冷たい闇が広がっている。

 まだ齢一桁の小さな少年にとって、夜の倉庫街は密林に迷い込んだに等しい。

 大人の胸ほどの高さしかない少年の目から見た並び立つ倉庫は、まさに人工の密林だった。

 

 第一一学区第二八〇番格納区。

 それがこの倉庫街の名前だが、少年はここがそのような名前の場所であることを知らない。

 

 少年は昼の公園で攫われ、目隠しをされて車で運ばれ、そして密室に閉じ込められた。

 声も、誰かの息づかいもない、何の音も無い空間で少年はただ放置された

 やがて何時間、何十時間経ったか解らなくなった頃、少年は密室から逃げ出していた。

 なぜ逃げ出せたのか、少年には解らない。

 密室の隅で震えていると急に怒号が響き、拘束と目隠しが解けた。だから、真っ直ぐに走り出しただけ。

 

 だが少年は、自分が助かった理由を一つだけ確信していた。

 

 父が、助けに来たのだ。学園都市の正義の味方である警備員の父が自分を助けに来た。

 父の姿を見たわけでもなく、声を聞いたわけでもない。

 尊敬する父親が、学園の正義の味方が、攫われた子供を助ける。それは少年にとっての当たり前の『現実』だった。

 

「お父さーん!」

 

 父を捜して少年は走る。

 自分を攫った相手が近くにいるなどとは一切考えずに、父を呼び続ける。

 走って、走って、やがて息が切れて立ち止まった。

 

「どこにいるのー?」

 

 助けを求めて、父を求めて少年は叫んだ。

 父の答えは返ってこない。

 返ってきたのは――一つの銃声であった。

 

「!!」

 

 暗い闇夜に、小さな光が走った。

 それは、夜を昼に変える生きるための灯りではない。人を殺すための、凶弾の光。

 まだ幼い少年にはその光の意味を理解できない。だが、少年の心に言葉では表せない不安が押し寄せていた。

 

 少年は走る。音の元へ、光の元へ。

 とうに息は切れている。長い時間の監禁で体力も底が尽きている。

 それでも少年は走った。

 

 みっちりと並ぶ倉庫の森の中に、ぽっかりとあいた空間。そこへ飛び込むように走り込む。

 雲間から覗くわずかな月の光に浮かび上がる情景。

 少年がその空間へ走り寄ってきたのと入れ替わるように、何者かが闇の中へ走り去っていくが、少年はそれに気付かない。

 気付くはずがない。なぜならそこには――顔から血を流し倒れる父がいたのだから。

 

「お父さーん!」

 

 少年は叫ぶ。

 返事はない。

 少年の父は、ただただ血を流し続ける。

 

「死んじゃイヤだー! 返事してよー!!」

 

 警備員の最新防護服の隙間を縫うようにして穿たれた小さな穴。

 人を一人終わらせるのには十分な、大きくて小さい穴。

 

「お父さーん!」

 

 少年は叫ぶ。

 返事はない。少年にとってのただ一つの正義は答えない。

 

 その日、悪に勝つ正義の味方という幻想が一つ、崩れ落ちた。

 

 

 

 ◆

 

 ――その時すでに……親父は 息を引き取っていた。

 親父は勇敢な警備員(アンチスキル)で、暴走集団(スキルアウト)クルセイダーズと戦っていた……。

 こんな出来事が待ち受けているとも知らずに……。

 オレは、親父の仕事を誇らしく思っていた。

 

 そうして妹のカオリと共に親無しの置き去り(チャイルドエラー)になった頃からオレは、不思議な力を使えるようになった……。

 人の心を読むことや、手を触れず物を動かす力だ――

 

 

 

 3.

 少年の家庭は片親だった。

 第七学区にある警備員支部の支部長。それが少年の父親の肩書き。

 ある高校の教員と警備員の仕事を両立しながら、父親は息子と娘を一人で育てていた。

 その父親を無くした二人の子供は、学園都市にて置き去り(チャイルドエラー)と呼ばれる孤児になった。

 

 置き去りとなった少年とその妹は学園の制度により施設へ保護されることとなった。

 だが、保護施設への転入手続きを行う最中、ある事実が判明する。

 父の死を目の前で見た少年は、そのときから『超能力』を使えるようになっていたのだ。

 

 学園都市の学生は、能力を発現させるためのカリキュラムが授業に組み込まれている。

 だが、この少年はカリキュラムを受けていなかった。

 カリキュラム――能力開発は脳の開発である。

 表向きは害のない投薬と能力訓練で行われるものだが、その影で非合法な人体実験が横行している。

 警備員の支部長として学園の表と裏を見てきた少年の父は、自分の子供達にカリキュラムを受けさせるのを拒否した。

 

 少年は超能力開発を受けていない。だが、父の死を境に超能力を使えるようになった。

 それは、世界中に生まれ続けている天然の超能力者、『原石』と呼ばれる存在であった。

 

 『原石』は学園都市にも多数が在籍しており、極めて珍しいというわけでもない。

 だが、少年は『原石』の中でも、学園都市の研究対象として極めて特殊な能力を有していた。

 

 多重能力(デュアルスキル)

 

 少年は仮説として存在が提唱されていた、複数の超能力を持つ能力者だった。

 

 発火能力、念動力、読心能力、精神感応。

 一つ一つは学園都市にてありふれた能力だが、彼が使える能力は多岐に渡っていた。

 

 多重能力者研究はその当時、学園都市にて最も関心度の高い項目の一つであった。

 結果、少年は置き去り保護施設へは送られず、多重能力者の研究所へと入れられることとなる。

 

 特例能力者多重調整技術研究所。通称特力研。

 それが少年の送られた研究所の名前。

 そこは、少年の父が危惧していた、非合法な人体実験を行う研究施設であった。

 

 

 

 4.

 白衣を着た大人達に囲まれ、少年は指示された通りに能力を行使する。

 少年の体には能力使用の際の身体の変化を観測するために、奇妙な装置が取り付けられていた。

 

 初めは頭に小さな電極を付けるだけだったこの能力観測実験も、日を追うごとに取り付けられる機器が増えていった。

 多重能力の使用。本来ならば、超能力使用の際に起きるはずの脳の変化が、少年からはどういうわけか検出されない。

 それが少年に行われる実験を身体の解析に特化したものにしていった。

 

 それまで学園都市が解明してきた超能力の仕組みは、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』というもので説明されてきた。

 学園都市における量子力学では観測が現実を生み出す。

 本来ならば起こらないはずの「現実」を能力者が観測すると、能力者の脳を介して起こりうる「現実」となって発現する。

 空間に突如火が出現する現実、他人の思考を読む現実、重力に逆らい物体が浮きあがる現実。それが能力者一人一人が持っている『自分だけの現実』という妄想、精神疾患だ。

 

 『自分だけの現実』を持つ能力者は、AIM拡散力場と呼ばれる特殊な力場を身体の周囲に展開する。

 しかし、少年からは、超能力者ならば例え『原石』であっても持っているはずのAIM拡散力場を検出することができなかった。

 

 学園都市の研究史上で初めて現れた多重能力者。だが、それまでの学園都市の技術では少年の持つ多重能力の仕組みを説明することができない。

 

 故に、研究者達は少年の脳を、身体を測定し観測する。

 

 少年は研究協力者ではなく、実験動物として扱われた。

 多重能力者の研究所である特力研は学園都市の暗部であり、そこに倫理や人道というものは存在していなかった。

 

 与えられる食事は錠剤と苦い液体のみ。身体の洗浄は検査機の中で薬品をかけられるだけ。睡眠中も頭に電極を付けられる。

 そんな生活が幾日も続き、まだ幼い少年にも自分が家畜以下の実験動物として扱われていることが理解できた。

 

 抵抗はしない。

 例え超能力が使えても、少年は齢一桁の小さな体だ。

 白衣を着た大人達に抗う腕力などない。例え超能力を使って抵抗しようとも、そこら中にいる武装したガードマンに取り押さえられてしまうだろう。

 

 だから少年は、ただただ指示された通りに能力を使い続ける。

 

 心の中にある緑色のボタンをそっと押す。

 頭がちりちりと焼けるような感覚が広がり、少年と同じように研究所に入れられた子供の心を読む。

 相手が考えていることを文章として読み取る。それが少年の読心能力。

 

 少年は読み取った言葉を大人達に伝える。

 大人達はそれを黙って聞き取り、そして次の指示を与える。

 実験動物としての生活が、幾日も、幾十日も続いた。

 

 

 

 5.

 少年が研究所に連れてこられてからどれだけ月日が流れただろうか。

 人間として扱われず、苦痛を伴う実験を受け続けても、少年の心は壊れていなかった。

 

 研究者達が少年の精神を考えて何かを取りはからっていたわけではない。

 ただ、少年が研究所での生活をするうえで、人としての会話ができる隣人がただ一人いたのだ。

 

 白い子供。髪も肌も服も全て白い子供。

 少年と歳の頃は同じだろうか。真っ白な身体で唯一瞳だけが赤く染まっていた。

 その子供も大人達にとって『特別』な能力者であるらしく、少年と白い子供は生活を共にすることが多かった。

 

 白い子供は少年よりもずっと昔から研究所に実験対象として閉じ込められていた。ゆえに、少年のことは「すぐに壊れていなくなる実験体の一人」としか考えていなかった。

 だが、少年は父を失い、妹と会うこともできなくなり、ただ一人自分の隣にいるこの白い子供のことを家族の様な存在として感じていた。

 

 実験外の時間を過ごすための檻の中で、少年は隣にいる白い子供に話しかける。

 その言葉に、白い子供は一言面倒そうに返事をする。

 それだけの会話。

 だがそれだけの会話で、少年は自分が人間であることを実感できた。

 

 少年は毎日のように白い子供に話し続けた。

 妹のこと、警備員だった父のこと、病気で死んだ母のこと。

 白い子供はそれに短く言葉を返す。

 ほとんど一方通行の会話だったが、少年は心の中にある緑色のボタンを押して白い子供の心の声を聞いた。

 白い子供の心は、少年と同じく壊れていなかった。喜怒哀楽があった。

 ただ、全てを諦めていた。自分が何をしたいか、そういう思いは無かった。

 それでも少年は会話を続ける。

 

 実験は続き、少年は自分の能力を自由に操れるようになった。

 だから、大人達の指示で自在に操れるようになった精神感応の力で、白い子供に思いを送った。

 言葉ではない、音と映像からなる昔の思い出。

 家族と過ごした情景(マザーイメージ)

 

 それを受け取った白い子供に、少年と出会ってから初めて願望が生まれた。

 

「家族が欲しい」

 

 少年はその心の声を聞いた。今までに聞いてきた心の声で最も強い、叫びだった。

 

 そして、少年の心にも一つ、願望が生まれた。

 

「この子の願いを叶えたい」

 

 少年の頭の中がスパークする。精神が高ぶる。

 かつてないほど、超能力が強くなる。

 

 少年の力の源は『自分だけの現実』などではない。

 本当の現実から目を背けるたった一人だけの現実ではない。

 あらゆる現実に向かって叫び、己を見せつける精神力。すなわち――想い、思念、気合、意思、根性。

 

 科学を超えた能力が発現する。

 

 空間移動で白い子供と共に檻の外へと飛ぶ。

 それに気付きかけつけた白衣の大人達の心に、強い正の思念を叩き込み昏倒させる。

 子供達を研究所から逃がさないために置かれた超能力抑制装置を火の思念で焼き尽くす。

 

 少年の強い思念は白い子供の心の奥に届いた。

 

 ――お前の願いは、オレが叶える。

 

 白い子供は、少年に向けて初めて笑みを向けた。

 抑制装置に押さえつけられていた白い子供の能力が、少年の声に応えるように顕現する。

 

 白い子供の「現実」が、どうしようもない腐った「現実」を押しのける。

 少年の心の叫びと同じく、前に、真っ直ぐ前に向かって、一方通行に。

 

 少年は叫ぶ。心ではなく、喉の奥から、大きな声を出して。

 

「ド根性オーーッ!!!」

 

 前へと突き進んだ二人の力は、壁を砕き人を押しのけ閉ざされた塀をぶち破った。

 

 

 

 ◆

 

 ――そうしてオレ達は、塀に囲まれた巨大な都市をただひたすら走りまわった。

 逃げた後のことなんて何にも考えていなかったのさ。

 頭んなかにあったのは、妹のカオリのことと……、「家族が欲しい」と叫んだ白い子供の願いを叶えてやりたいって思いだけだ。

 

 研究所の実験動物だったオレ達は当然身分を証明する物なんて持っていなかったし、飯を食う金も無い。

 誰かに見つかったら、また捕まって狭い部屋の中にぶち込まれるんじゃないかという恐怖に押しつぶされそうになった。

 

 ただ一つ幸運だったのは、親父は死んでもなおオレの心の中で正義の味方として生き続けてくれた。

 親父のまわりには頼もしい警備員の仲間がいつもいた。

 だからオレ達は、学園都市中を飛び回って親父の部下だった警備員の元に潜り込んで……。

 

 その後のことはあまり覚えていない――

 

 

 

 6.

 学園都市の第七学区の外れ、学生寮が並ぶ一画に孤児院「ちびっこハウス」があった。

 すでに社会現象となっていた置き去りの子供達を受け入れ、能力開発を行わない簡単な教育を施す孤児院である。

 

 ちびっこハウスの中にある小さな教室。

 その日、子供達は新しい二人の家族を迎えていた。

 

 ちびっこハウスの子供達の年長者、妙子は足踏みオルガンで朝の始まりの音色を流すと、机に座る子供達に二人の子供を紹介する。

 

「……というワケで、みんなのお友達が増えます」

 

 子供向けに低い位置にそなえつけられた黒板の前に、少年と白い子供が立っていた。

 研究所にいた頃に着ていた薄布の服ではなく、男の子用の子供服と、女の子用の子供服を着て、教室にいる皆を眺めていた。

 

「さ、みんなにお名前を教えてあげて」

 

 妙子に促され、二人は白いチョークを手に取る。

 その独特の固さは、少年にとっては久しぶりのものであり、白い子供にとっては初めての手触りだった。

 二人は、緑色の黒板にゆっくりと名前を書いていく。

 

 スズシナ ユリコ

 タドコロ アキラ

 

 白い文字で書かれたそれが、新しい家族を得た二人の名前だ。

 

「百合子ちゃんと、カオリちゃんのお兄ちゃんのアキラ君です。みんな、仲良くしてね」

 

「は~いッ!!」

 

 元気よく返事を返す子供達。

 その中に少年アキラの妹、カオリの姿もあった。

 

「ワタナベくんは?」

 

「は、はあ~い……」

 

 緊張で返事を返せなかった子供に、妙子が聞き返した。

 何気ない、日常の一コマ。

 子供達が遊んで、笑って、楽しむ。

 それが少年と少女が手に入れたかけがえのないもの。

 

 

 

 ◆

 

 ――どうだい、これがオレの過去だ。

 これが幸せか不幸せかは見る人によって違うんだろうが……。

 どちらにしても、オレはこの学園都市の科学でも説明できない、不思議な力を使えるようになった。

 

 『Yボタン』を押してみな。人の心をのぞけるぜ……。

 『Yボタン』が何か解らない? そうかい。あんたも頭ん中にある緑のボタンが見えないのか。

 

 こんな力を持っていたら……、あんたならどう使う?

 オレの場合は……。

 

 

 

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