LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『欠陥電気』⑤

 10.

 

「はっきりした原因はわからないんだけど、どうも変なのよ」

 

 ネットワーク管理室で三人を迎え入れたレイチェルは、そんな曖昧な言葉を発した。

 

「外からの受信はできるけど、こちらからの送信がうまくいかないの」

 

 そう言いながら黒いコンソール画面が映るモニタを指さす。

 外との通信を確認するためのトレースルートが実行され、所内にあるルーターの応答時間を表示している。

 その中で、所内と外を繋ぐ地下ケーブルのL3スイッチからの通信が途絶えていた。

 

 機器の故障、と断ずるには早急だ。

 外からのメールなどは届いているらしく、完全にネットワークが断絶しているわけではなかった。

 

ところで(Well)、子ケーブルの方は調べました?」

 

 と、布束が確認を取る。

 

 レイチェルは頷き。

 

「そっちは大丈夫。この通信システムは筑波研究所のワタナベ式多重VPNステーション……。親ケーブルと子ケーブルは独立しているから心配ないわ」

 

 筑波研究所は第二学区にある学園都市の中でも有名な研究所だ。

 研究者達の中でも選りすぐられたエリート達が集められ、主に他の研究所向けの製品や軍部向けの軍事製品を開発している『発明』の総合研究所だ。

 この人工生命研究所にも筑波研究所の製品が多く導入されており、ネットワーク周りは一式筑波製の物で揃えられていた。

 

むう(hurm)……、となるとファイヤーウォールの問題でしょうか」

 

 頭をひねる一同。ここにいるのは精神学や生命学の研究者達だ。

 物理ネットワークの機器についてはさほど習熟していない。

 

 他のメンバーよりは広い分野での知識を持つ芳川も、コンソールを一通り触ってみるが原因らしきものは見つけられない。

 ケーブルが千切れかけているような、曖昧な挙動ばかりが返ってくるのだ。

 

「所長はなんて?」

 

 キーをタイプしながら芳川が聞き、レイチェルが答えた。

 

「詳しく調べてから対策を考えようって」

 

 こういうものは本職に保守に来て貰うのが一番だ。

 だが、今この研究所は封鎖されており、人の出入りはない。

 物資の搬入もロボットによって行われ、唯一外と連絡を取る手段が地下ケーブルを使ったこの通信システムだった。

 

「……完璧に壊れるまで待つってのはどうですか?」

 

 一向に解らない原因に苛立つように、角田が言った。

 

「そんな……」

 

 呆れたような目で布束は角田を見る。

 一方、芳川はなおもコンソールとにらみ合っている。

 

「通信は一方通行じゃ意味がない……今もうすでに外とつながらなくなってるのよ。とりあえず急いでこちらの状況を伝えなきゃ」

 

 その言葉を聞き、布束は部屋の隅の方に立っていたキューブを見た。

 

「キューブ、あなたのネットワークはどうなってるの?」

 

「……脳波リンクが切れています、とミサカは異常事態を知らせます」

 

 キューブの表情には困惑が浮かんでいた。

 学習機械の中から目覚めてずっと感じていた他の姉妹達(シスターズ)との繋がりが、途絶えてしまっているのだ。

 言いようのない喪失感がキューブの心を揺さぶっていた。

 

「ミサカネットワークに使われている周波数の電波は研究所の電磁パルス(EMP)防御処理のされた壁を越えられない。所内通信用のアンテナで電波を拾って地下ケーブル経由で外へ送っているの」

 

 そう答えたのは芳川だ。

 この研究所は研究員達が無線機器経由で勝手に情報を持ち出さないよう、電波を妨害する建材で建てられている。

 電波や光などを用いた外部への情報流出は、学園都市全体で対策が取られている。

 学園都市は外の世界より十年以上の技術差があると言われているが、学園都市の中でも研究所単位で技術力に大きな差がある。

 

 研究スパイ対策はどの研究所でも何らかの形で取られていた。

 

 だが今回はその厳重すぎる対策が彼女達を外から孤立させていた。

 

「ああもう、面倒ですね!」

 

 我慢の限界、と言った様子で角田が両手を挙げて言った。

 それを見たレイチェルが、またか、と言った顔で彼女を見る。

 

「いっそ地下に入って直接L3スイッチとケーブルを調べちゃいましょう」

 

 手を振りながら角田が主張する。

 

「私が行ってちょちょいっと直してきますよ。こういうのって、機材を直接見に行ったら赤ランプ出してハングアップしてましたーとか言うオチなんですよ」

 

 そう言って周りの返事も聞かず、角田はネットワーク管理室から一人退室していく。

 

 コンソールから視線を外してその様子を見ていた芳川が、今度は布束へと向き直った。

 

「しょうがない……キミ、角田さんといっしょに地下に降りてくれる?」

 

わかりました(understood)

 

 布束が頷くのを確認すると、芳川はレイチェルへと言う。

 

「それじゃ第一ブロックへ行って地下を開けるのを手伝ってくるわ。その後戻ってくるからよろしく」

 

「了解。じゃあ私が所長に連絡しておくわ」

 

 年長者同士そうやりとりをすると、芳川は布束を連れて部屋を出て行く。

 そして部屋にはキューブとレイチェルが残された。

 レイチェルは部屋の隅に立つキューブには気づかぬまま、芳川のいた端末席へと座る。

 キーを操作すると端末の黒いコンソール画面がOSのGUIへと切り替わる。

 

 そしてマウスを操作して所内の通話ソフトを立ち上げ、所長室へと通信を繋げた。

 十秒ほどのコールの後、画面に天井の顔が映る。

 

『…………。何だ?』

 

「先ほどのケーブルの件ですが……角田と布束が地下へ降りて直接調べることになりました」

 

『…………。わかった、よろしく頼む』

 

 どこか様子のおかしい天井がそう答えると、彼の方から通信を切った。

 レイチェルはそんな彼との会話に首を傾げる。

 

「……? 具合でも悪いのかしら?」

 

 そうしてやることのなくなったレイチェルが両手を頭の上で組み、ぐっと背中をのばし椅子の背もたれにそってのけぞった。

 すると、逆さになった視界の中に所在無げに立ち尽くすキューブの姿が映った。

 

「あー、ごめんなさいね。みんな貴女を見てる余裕が無くて」

 

「いえそちらの問題を優先していただいて問題ありません、とミサカは空気になります」

 

「あはは、まあでもこっちは今のところ何もやることないから暇よ。皆の様子を見てきたら? 第一ブロックは一階(レベル1)にあるわ」

 

「そうします、とミサカは提案に乗ります。実は初めての一人歩きです、と気づきました」

 

 そう言ってネットワーク管理室を出て行くキューブをレイチェルは椅子の背もたれに寄りかかったまま手を振って見送った。

 

 

 

 11.

 三階(レベル3)から南側エレベーターを使い一階(レベル1)へと降りたキューブは、第三ブロックへと入る。

 第三ブロックはベヒーモスが培養されている〇二番コンテナの他にも様々な物資が納められたコンテナが並べてある倉庫フロアだ。

 このフロアにある搬入口から作業ロボットが外から物資を送ってくるのだが、搬入口は固く閉ざされている。

 床には作業ロボットが動くエリアを示す黄色いラインが引かれており、キューブはラインを踏まないようにしながら第二ブロックへのドアを開く。

 第二ブロックは警備員の詰め所や玄関へと通じる扉があるフロアで、今は第三ブロックと第一ブロックそして北側エレベーターの扉のみが通行可能だ。

 

 第一ブロックの扉の前でキューブはIDをかざす。

 A.I.の案内音声で通行が許可され、作業フロアである第一ブロックへと足を踏み入れた。

 そのときだ、扉をくぐったキューブの真横に、人が飛び込んできた。

 

 合成樹脂の塗られた壁に、誰かが背を打つ。

 突然の事態に横へと振り向くと、そこには怒りの形相で芳川の胸ぐらを掴む角田がいた。

 芳川は角田に壁へと押さえつけられ、息苦しいのか咳き込んでいる。

 

「や、やめて下さい! そんな事している場合じゃないでしょう!」

 

 布束の制止の声が上がる。

 

「か、角田さん、やめてちょうだい!」

 

 芳川は角田の手を掴んで押しのけようとする。

 が、芳川より背の低い角田のどこにそんな力があるのか、腕はびくとも動かなかった。

 

「ふざけんなコノ野郎!」

 

 つい十数分前とは完全に豹変した顔で角田が怒鳴る。

 そこでようやく喧嘩が起きているのだとキューブは気づく。

 

 角田が怒り、芳川へと暴力を向けている。一瞬何をすべきか逡巡したキューブは、仲裁に入ろうと動き出す。

 キューブは腕を伸ばし二人の間へ割り込むが、彼女の力では角田を引き離すことができなかった。

 仕方なしに、キューブは己の能力、『欠陥電気(レディオノイズ)』を発動する。

 

 キューブの観測する現実が本当の現実を塗り替え、小さな電気の火花を生む。

 乾電池数個分のわずかな電気だが、角田の腕の筋肉を弛緩させるには十分だった。

 

 芳川から離れた腕の間に身体を割り込ませ、キューブは言う。

 

「何があったか解りませんがここは穏便に、とミサカは――」

 

「オマエはひっこんでろ!」

 

 言葉を最後まで言い切る前に、キューブは角田に突き飛ばされた。

 胸の中心を押されてキューブは後ろへとよろめき、そして体勢を崩して尻餅をついた。

 

 慌てて布束がキューブの元へと駆け寄る。

 

「キューブに八つ当たりするのはよしなさい」

 

 襟元を直しながら芳川は角田を言い咎める。

 だが、そんな態度も角田の怒りに触れたのか、彼女は芳川を怒鳴り上げる。

 

「いちいちアタシに指図するな!」

 

 興奮し肩で息をしながら芳川を睨み付ける角田。

 芳川はその視線を戸惑いの目で見返す。

 

「軽いジョークをいちいち真に受けやがって……」

 

 やがて、視線をはずした角田はフロアに用意された作業スーツの元へと向かう。

 機械で人体の動きを補助するための駆動鎧(パワードスーツ)だ。

 地下ケーブルがある地下フロアは深い空洞となっており、安全のためにこの作業スーツが必要となる。

 

「忘れんなよ!」

 

 スーツを着込みながら角田が再び芳川へ言う。

 

「レイチェルサンはテメェにそそのかされて、こんなところに入るはめになったんだって事を!」

 

 角田の言葉に、芳川は顔を伏せた。何かの核心をついたかのように、芳川は何も言い返せずにいる。

 その様子にふん、と口を結び角田はスーツを着終え歩き出す。

 そして、座り込んだままのキューブの前を通ると、足を止めぬままキューブへと言葉を向ける。

 

「ウロチョロしてて地下へ落っこちないよう気をつけな!」

 

 そう言い捨て角田はフロアの床に開いた作業口から地下へと降りていった。

 作業スーツの機械関節の駆動音が作業口の奥から小さく響いている。

 角田が去った後のフロアで、布束はキューブを助け起こす。

 

「大丈夫?」

 

「痛みなどの症状は見られません、とミサカは自己分析しました」

 

「布束さん、彼女はわたしに任せて地下へ降りてしまって」

 

「……はい」

 

 布束はキューブから離れると、角田と同じように作業スーツを着込み、作業口へと向かう。

 一度キューブへと振り返った後、布束は前へ向き直り地下へと降りた。

 

 布束が降りたのを確認すると、芳川は室内管理端末の元へと向かい、作業口の開閉ボタンを押した。

 駆動音を立てて作業口が閉まっていく。出るときは地下にある管理端末から作業口を開ける形となる。

 

「……変なところを見られてしまったわね」

 

 ぽつりと、芳川が言った。

 キューブに向けられた言葉だ。

 

 何があったかはキューブには解らない。

 ただ、角田は芳川のことを良く思っていない様子だった。

 彼女達の間に何か深い溝があるのだろう。だがまだ何も知らないキューブには返すべき言葉が思い当たらなかった。

 

「人間っておかしいでしょう……?」

 

 キューブには、解らない。

 

 

 

 12.

 芳川に連れられキューブはネットワーク管理室へと戻った。

 管理室で一人残っていたレイチェルは、第一ブロックで起きたことを知らない。

 芳川もそれには触れずレイチェルと二言三言言葉を交わし、地下の二人へと通信を繋げた。

 

よし(all right)、スイッチに着きました。始めます』

 

 布束の言葉を受けてレイチェルが「OK」と返し、続けて指示を出した。

 

「それじゃ、まず布束がパスワードを入れて、メンテナンス・モードに切りかえてちょうだい」

 

わかりました(understood)。ええっと……W・A・T・A・N・A・B――あれ……』

 

 入力確認の途中で布束が言葉を止めた。

 

『角田さん?』

 

 布束が角田へと呼びかけた。

 何かあったのだろうか。管理室には声しか届かないので、地下の様子はうかがえない。

 

「大丈夫?」

 

 レイチェルが通話器越しに角田へと声をかける。

 

『問題、ありません』

 

 そう返ってくる。が。

 

『う……うあ……!』

 

 角田の声と共に、何かがぶつかるような鈍い音が通信器の向こうから届いた。

 

『角田さん!』

 

 遅れて布束が絶叫する声が響く。

 レイチェルは突然のことに慌てて通信機に向けて叫んだ。

 

「ど、どうしたの!? ……ねえ、返事してよ! 一体何があったの!?」

 

『た、大変です! 角田さんが地下フロアに落下して……!』

 

 その言葉を聞いて、レイチェルと芳川ははっと顔を見合わせた。

 地下ケーブルのL3スイッチの位置は地下フロアの床から高さ六メートルの位置にある。

 本来はロボットでのメンテナンスを想定され、そうでない場合も駆動鎧(パワードスーツ)を使って行うこととなっている。

 レイチェルは絶句した。そんな高さから落ちたらどうなってしまうのか。角田からの声は届かない。

 

『すぐに救助に向かいます!』

 

 布束の声を受けて、芳川が呆然とするレイチェルの肩を掴んで言った。

 

「医務室の準備! わたしは地下へ迎えに行く!」

 

 芳川の声で我に返ったのか、レイチェルは肩の手を振り払う。

 

「私が行くわ!」

 

一階(レベル1)はわたしの持ち場よ。か、角田さんなら心配ないわ。彼女はちょっとやそっとで……」

 

「あなたに何がわかるの!? 私は行くわよ!」

 

 言うや否や、レイチェルは管理室を飛び出していく。

 遅れて芳川も出入り口へと全力で駆けだした。

 

 一人とり残されたキューブは、訳もわからぬまま立ち尽くす。

 冷たい床に背をつけたような錯覚がキューブを襲う。

 脳波リンクを失い抱えていた喪失感の上を冷たい何かが塗りつぶしていく。

 それが何か解らなかったが、ただ漠然とした不安を感じた。

 

 

 

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