LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『欠陥電気』⑥

 1.

 心電図モニターの電子音が電子音が医務室に響く。

 明らかに乱れたそのリズムは、心臓の鼓動が狂っていることを医務室にいる者達へと伝えていた。

 

 手術台の上には、作業スーツを強引に引きはがされた角田が横たわっている。

 生物研究用の器具を使って処置を行っているのは、戦場で数多くの重傷者を見てきたダース伍長と、人体の構造に明るい芳川だ。

 

 胸部外傷。

 角田は六メートルの高さから地下フロアの床に胸を強く打ち付けていた。

 作業スーツはあくまで落ちないための装備であり、落ちた際の衝撃を受け止めきることはできない。

 

 手術台のモニタには調査機(テレメータ)によってスキャンされた角田の体内写真が表示されている。そこには折れた肋骨が肺を突き抜けている様子が写し出されていた。

 胸から逆流した血で埋まった気道を確保し、人工呼吸器を取り付ける。

 肺に刺さった骨の他にも、折れて砕け散った肋骨が大動脈を傷つけており、出血が止まらない。

 

 芳川はクローン体調整用に用意されていた強心薬剤を使用する。

 目的は調整用でも中身は医療用と変わらない。

 輸血と凝固剤も投与され、芳川懸命に心臓マッサージを行う。

 

 だが、心電図の乱れはより激しくなっていく。

 狂ったリズムを刻む電子音を前に、芳川の動きが止まる。

 手術のストレスで過呼吸を起こし始めた芳川の代わりにダース伍長が心臓マッサージを行う。

 芳川は呼吸を整え、手術台の計器を操作し角田の状態をモニターする。

 

 心臓マッサージが続けられたが、心電図が鼓動を刻む振れ幅はやがて短くなっていき、そして止まった。

 心停止したのを受け、ダース伍長がAEDを使用する。

 電気ショックが強引に心臓を揺さぶるが、心臓が再び動き始めることはない。

 この都市の発達した設備を使っても、彼らの腕では角田の命をすくい上げることはできなかった。

 

 心肺停止。瞳孔の拡大あり。

 

 芳川とダース伍長は医療に通じているが、医者ではない。

 彼らではここからの蘇生を行うことは適わなかった。

 

 角田から離れた二人は、部屋の隅に立ち尽くすレイチェル、布束、キューブ達三人の前に立つ。

 そして、芳川はゆっくりと首を左右に振った。

 

 ふらりと、レイチェルが角田の元へと寄った。

 人工呼吸器を取り付けられた角田は眠ったように目を閉じている。

 ただ、心臓の動きが止まっていることを、長音を鳴らし続ける心電図モニターが知らせていた。

 

「角田……!」

 

 角田が吐き出した血で塗れた手術台の横で、レイチェルが泣き崩れる。

 あまりにも突然の最期であった。

 

 芳川は声を潜めて泣くレイチェルを直視しきれず、目を伏せながら心電図モニターの音を止めた。

 電子音の消えた医務室。

 レイチェルのすすり泣く声だけが響いた。

 

 他の皆は語るべき言葉を見つけられず沈黙する。

 そして、人の最期を真っ先に受け入れたダース伍長がつぶやく。

 

「……所長は?」

 

 ここにいるべき人物がいないことをダース伍長はそう短く指摘した。

 

「おい!」

 

 ダース伍長が呆然と立つ布束に怒鳴る。

 布束はびくりと震え、目をしばたたかせると、のどの奥から何とか声を絞り出した。

 

「は……! よ、呼んできます」

 

 布束は慌てて医務室を飛び出していく。

 

 残された面々はただ無言で待つ。

 やがて泣くのをやめたレイチェルが、床に投げ捨てられた作業スーツを拾い、胸に抱えた。

 そしてたどたどしい足取りで医務室を退室していった。

 

 医務室にキューブと二人が残される。

 

 キューブはゆっくりと手術台へと向かうと、動かぬ角田を覗き込む。

 

 今までの様子とは違う……。

 呼吸はしていないようだ。

 体全体が異常な色に変色している……。

 

 そこにあったのは死体だった。

 もう起き上がることも喋ることも笑うこともない動かぬ肉の塊。

 もしかすると二万人の姉妹達(シスターズ)が辿ることになっていたかもしれない死がそこにあった。

 

 キューブの心の中に彼女の知らない感情が渦巻く。

 彼女が生まれ落ちてからまだ数時間。そんな短い人生の中で出会い、会話し、そして失った。

 目の前のモノを直視しきれなくなり、キューブは目をそらした。

 

 そらした視線の先、ダース伍長がゆっくりと動く。

 軍靴が床を踏みしめる固い音が医務室に響いた。

 

駆動鎧(パワードスーツ)の関節機関が壊れるとは……ずさんな管理もいいとこだな……」

 

 彼はそう芳川に告げる。

 角田が地下フロアへと落下したのは、作業スーツの動作不良によるものだった。

 ダース伍長は角田から作業スーツを引きはがす際に、スーツに取り付けられた作業端末のログを見て落下の原因を知ったのだ。

 

「チェックは万全だったわ。壊れるなんておかしいです……」

 

「怪しいもんだな……それとも何か? 誰かがわざと……」

 

 ダース伍長が芳川を問い詰めようとしたときのこと。

 

 突如、研究所の床が激しく揺れる。

 それにわずかに遅れるようにして医務室の外から空気を振るわす轟音が響いた。

 

 ダース伍長が叫ぶ。

 

「爆発音だ!」

 

 突然の事態に芳川はうろたえたようによろめく。

 キューブも何が起きているのか理解できず左右を見渡す。

 

 そこへ、医務室のドアをくぐって布束が走り込んできた。

 運動し慣れていないのだろう、肩で息をしながら布束は壁に手を突いて止まる。

 

「……所長は?」

 

「それが……呼んでも出ないんです」

 

 芳川の問いに、布束はそう答えた。

 角田の死、突然の爆発音、そして姿を現さない所長。何が起こっているのか医務室の皆には理解ができなかった。

 

「一体どうなってるんだこの研究所は!?」

 

 ダース伍長が怒鳴る。

 だが、彼の怒声に晒されても答えられる者はいない。

 

「とりあえず爆発音を調べましょう!」

 

 そう芳川が提案する。

 

「じゃ、私はコンテナの様子を見てくる」

 

 そう答えたのはダース伍長。

 そして布束はキューブに向かって言った。

 

「お前はレイチェルさんのそばにいてあげて。何かあったら三階(レベル3)の中央管理室にいるから」

 

 キューブは頷く。

 それぞれの目的のために彼女達は医務室を後にする。

 残された手術台の上には角田だったものが静かに横たわっていた。

 

 

 

 2.

 二階(レベル2)にある研究員達の個室フロア。

 キューブはその一室のドアの前で入退室端末を操作する。

 

『セイカツヨウ モジュール リヨウシャ レイチェル

 レイチェルサン カラ ニュウシツノ キョカガ デテイマス

 IDヲ テイジシテクダサイ』

 

 A.I.の案内音声に従い、首から提げたIDカードをパネルへと掲げる

 

『トウロク カンリョウ ヘヤニハ ジユウニ ハイレマス』

 

 ドアのロックが解除される音が響き、キューブはドアを開く。

 部屋の中には角田の作業スーツを抱えて床の上に座り込むレイチェルがいた。

 レイチェルは部屋へやってきたキューブを横目でちらりと見ると、再びスーツへと視線を戻しスーツに顔をうずめた。

 部屋の床には本や書類が散らばっており、キューブはその中に一枚の写真があることに気がついた。

 

 今より若く髪を下へ流したレイチェルと、セーラー服を着た角田が映っている。

 昔の写真だ。彼女達は前からの知り合いだったのだろうか。

 

 そういえば角田はレイチェルのことだけ先輩と呼んでいた、とキューブは思い出す。

 床に座り込んだレイチェルの横に、キューブは音をたてないようにそっと正座をした。

 ミサカネットワークから切り離されてしまったキューブには、こういうときにどう言葉をかけていいか解らない。学習機械で入力された表面上の知識や記憶があっても、人として生きた経験が足りない。

 だから彼女は布束の言ったとおりにレイチェルの側にいることにした。

 

 やがて、作業スーツから顔を離したレイチェルがぽつりとつぶやく。

 

「角田は……死んでなんかいないわ」

 

 ただそれだけを言って、再び口を閉ざした。

 キューブは何も答えない。

 角田は死んでいた。確かにこの目で見た。だがレイチェルは死んでなどいないという。

 レイチェルの言わんとすることを理解することはできなかったが、キューブはじっとレイチェルの側に座り続けた。

 

 言葉を交わさぬまま座り込み続けて何分、何十分経っただろうか。

 ふらりとレイチェルが立ち上がり、部屋の隅に作業スーツを置くと、靴を脱いでベッドの中へと潜り込んだ。

 

 彼女からキューブへとかけられる言葉はない。

 キューブはレイチェルのそんな様子に無言の拒絶を受けたような感覚を覚えた。

 

 キューブはゆっくり立ち上がるとレイチェルに言葉をかけぬまま部屋を退室した。

 人工の光に照らされた廊下へ出る。

 空調の動く音だけがただ小さく響いている。

 

 キューブは人のいない廊下を進み、三階(レベル3)へと向かう。

 A.I.の案内音声に従いながら所内を歩き、中央管理室へと辿り着く。

 中央管理室はネットワーク管理室の隣に併設された部屋だ。ここで所内の各設備を管理している。

 

 ドアのパネルにIDを掲げて入室する。

 

 部屋に入りまず目に入ったのが壁一面のモニター。研究所内部を監視しているカメラの映像が全てここに集められていた。

 モニターの半数以上は電源を落とされ何も映していない。人工姉妹(シスターズ)調整計画に使わないフロアの多くが閉鎖されているためだ。

 モニターの下、管理コンピューターの前で布束と芳川がパネルを操作していた。

 

 キューブは二人の元へと近寄る。

 彼女に先に気づいたのは芳川だ。

 

「今、通信システムを調べてるわ」

 

 その横で、布束が芳川へと振り向く。

 

「所内に異常はないみたいです」

 

 布束の言葉を受けて頷いた芳川は、通信システムのチェックを続ける。

 通信は相変わらず途絶えている。いや、外からは届いていたはずの通信すらなくなっている。

 嫌な予感を感じながらL3スイッチ周辺の計器を動かす。

 そして、地下フロアの監視カメラから思わぬ結果が返ってきた。

 

「なっ……なんて事……」

 

 画面を見ながら芳川が絶句した。

 芳川のただならぬ様子に、布束がかけつける。キューブも遅れて芳川の覗き込む画面へと目を向けた。

 二人を背に、芳川が声を絞り出す。

 

「ケ……ケーブルが吹き飛んでる……」

 

 そこには、壁ごと爆発でえぐり取られた地下ケーブルの映像が映し出されていた。

 

 

 

 3.

 

「この施設は最悪だ!」

 

 急遽集まったリフレッシュルームで、ダース伍長が叫ぶ。

 

「こんな事なら自分で下水道を泳いで出て行った方が安全ってもんだ」

 

 そう言いながら彼はどっかりと椅子へ腰を落とす。

 ケーブルの爆破は明らかに人為的なものであった。

 駆動鎧(パワードスーツ)の動作不良などとは違う。爆発物を用いてケーブルを狙っていたのは明らかだった。

 

「どうすれば、どうすればいいの……」

 

 芳川はテーブルを見つめながらぶつぶつと考え込んでいる。

 

「所長どうしちゃったのかしら……」

 

 布束はこの部屋にいない所長のことを考える。

 彼女はキューブにレイチェルは部屋で寝ていると聞き所長とダース伍長をここへ呼んだのだが、所長とは相変わらず部屋から出ないままだ。

 

 キューブは事態を飲み込みきれぬまま、ぼんやりと部屋を見渡す。

 会議用ディスプレイ、長机、ゲーム機、流し場。

 流し場に置かれたコーヒー・マシンがキューブの目にとまる。

 この状況で生まれたばかりの彼女に出来ることは余りにも少ない。

 

 せめて飲み物を配るだけでも、と彼女は流し場へと向かった。

 

 カップをセットし、豆を入れ、スイッチを押す。

 紅茶が不味い、コーヒーが苦いと、そんなことを言い合っていた数時間前のことが酷く昔のことに感じられた。

 

 カップにコーヒーが湯気をたてて注がれる。

 最後の一滴までカップに落ちたのを確認すると、キューブはカップを持って布束の元へと向かう。だが。

 

「ごめんなさい、今はいいわ」

 

 と、断りの言葉を受けた。

 カップを持って今度はダース伍長へと近づくが、彼は振り向きもせずに言った。

 

「私はいい。それよりそっちの落ちこんでるお姉さんにあげたらどうだ?」

 

 彼の視線の先にいるのは、一人で何かを呟き続ける芳川。

 ダース伍長の言葉に促されキューブは芳川の目の前の長机にカップを置いた。

 

「コーヒーをどうぞ、とミサカは休息を提案します」

 

 その言葉を聞いて、芳川ははっとしたような顔でキューブを見た。

 

「あ……ありがとうキューブ」

 

 カップを手に持ち、湯気を立てるコーヒーの水面を見つめる。

 

「そうよ、わたしがしっかりしなきゃ……」

 

 そう言ってカップに口を付けた。

 熱く苦いコーヒーをゆっくりと飲み下していく芳川。

 最後の一滴まで飲み終わり、カップを机の上に置く。

 と、そのときだ。

 部屋の壁に取り付けられた会議用ディスプレイの電源が付いた。

 

「所長!」

 

 布束が声を上げる。

 ディスプレイの画面に映っていたのは所長の天井だった。

 

「部屋にいたの? 大変なの! 角田さんが……」

 

 画面の向こうにいる天井に芳川が状況の報告を行っていく。

 角田が落下死したこと、そしてケーブルが爆破されたこと。

 

『何、それは本当かね!? それは……気の毒に……』

 

 角田の凶報を聞き天井は目を伏せる。

 そして、一拍おいて指示を出し始めた。

 

『まずはこの事態をおさめる事だ。彼女をとむらってやろう。準備してくれたまえ。私も今行く』

 

 そう淡々と告げ、天井は通信を切った。

 大型ディスプレイの電源が切れる音がリフレッシュルームに小さく鳴り響く。

 

 その様子を黙って聞いていたダース伍長が、ゆっくりと口を開いた。

 

「冷静な所長さんだな……。部下が死んだってのにああふるまえるとは……」

 

 その言葉に芳川と布束は何も言い返さない。

 天井は頭のネジの外れた類の研究者だ。軍事用に幼い少女からDNAマップをだまし取り、失敗の可能性を無視してクローン体を作りだそうとした。

 彼の倫理観からすれば人一人が死んだところでどうとも思わないのかもしれない。

 

 芳川はかぶりを振り、よどんだ空気を振り払った。

 

「……わたしは冷却室を準備してくるわ」

 

 それに続いて、布束も席を立つ。

 

じゃあ(then)、私は角田さんの部屋へ……。遺体と一緒に入れる物がないか見てきます」

 

「ああ、そうね……お願いするわ」

 

 芳川の言葉を受けて部屋を出て行く布束に、ダース伍長が追従する。

 部屋に残されたキューブは、芳川の顔を見る。

 

 先ほどのような焦燥は無いが、暗い表情は晴れない。

 

「こんな事になってしまうなんて……たしかにわたしと角田さんは人間関係がうまくいっていなかった。でも、死んでほしいなんて思った事はなかった……!」

 

「…………」

 

 芳川の言葉をキューブはただ黙って聞く。

 そして、何かできることはないか、そう考えを巡らせたキューブは先に退室した布束達に付いていくことにした。

 遅れて芳川も部屋を出る。

 コーヒーのかすかな香りがリフレッシュルームに残された。

 

 

 

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