LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『欠陥電気』⑧

 7.

 キューブ達一同は再びリフレッシュルームへと集まっていた。

 第三ブロックに向かったダース伍長はベヒーモスの姿を見つけることができなかった。

 だがコンテナは確かに開いており、培養液で濡れた足跡が階段へと続いていたため所内を徘徊しているのだと予想された。

 地下ケーブルを爆破しベヒーモスを逃がした何者かがいる以上、単独行動は危険だ。

 

 先ほどまで正気を失っていたレイチェルも、気力をなくした様子を見せながらも彼らに従う。

 リフレッシュルームの長机の席に座りながら、レイチェルは小さな声で告白する。

 

「ごめんなさい……。私、信じられなかったのよ……。だって……だって、あんまり突然なんだもの」

 

 その言葉を芳川達は黙って聞いていた。

 角田がレイチェルとどれほどの仲だったのかキューブは知らない。

 ただ、彼女の死を最も悲痛に感じているのはレイチェルに違いなかった。

 

 キューブは部屋の面々を見渡す。

 誰も彼もが余裕を無くした顔をしている。

 

 一人自分だけが冷静なままでいられているのは何故かと思うキューブであったが、何となくその理由が彼女には解った。

 ミサカネットワークから切断されたときの喪失感、ベヒーモスと対面したときの恐怖。そういった感情を彼らはキューブの何倍も強く感じることができるのだろう、と。

 生まれたばかりで成熟していない感受性。だが入力された知識と記憶だけは多い。

 まるで機械の心を持っているかのようだと彼女は己を冷めた目で見ていた。

 

 だがそれもまた今の状況では必要な物だった。

 冷静さを欠くと先ほどのレイチェルのような事態に陥ってしまう。

 そう判断したキューブは流し場のコーヒー・マシンの元へと向かう。

 

 コーヒーに含まれるカフェインは眠気を覚醒させ興奮状態を呼ぶ作用があるが、それと同時に精神を鎮静化させる作用も持つ。

 何よりコーヒーには強い香りがあった。

 

 血に濡れた白衣を新しいものへと変えたレイチェルだが、身体からまだ血のにおいを漂わせている。

 角田の手術を行った芳川とダース伍長も同様だ。

 

 コーヒーカップを手に、キューブはまず布束の元へと向かった。

 キューブから見て、レイチェルの次に危うい状態にあるのが布束だった。

 彼らの中で最も年若く、数々の事態に大きな動揺を見せていたのが彼女だ。

 

 座る布束の前にゆっくりとカップを置く。

 

あ……(Oh dear)、ありがとうキューブ」

 

 そう言って布束は両の手のひらでカップを包んだ。

 

「疲れたわ、とても……。ごめんなさい、キューブ。貴女には……、もっと楽しい事をたくさん学んでほしかった……」

 

 自分を母と呼んだキューブを布束はすでに我が子のように感じていた。

 だからこそこのような場所でこのような事態には巻き込まれないで欲しかった。

 だが外からは完全に隔絶されたここから逃げ出す術はない。

 

 キューブはそんな布束の言葉を静かに聞き、そして流し場へ戻る。

 スイッチを押すとコーヒー・マシンがお湯を吐き出す独特な音を奏でる。

 

 コーヒーを芳川の元へと届けると、布束と同じようにありがとうと言ってカップを受け取った。

 カップに一口口を付けると、芳川は椅子に座ったまま側に立つキューブを悲しい瞳で見上げた。

 

「人間も捨てたものではない、って言いたいけれど……、こんな状況じゃね……」

 

 そしてまたカップへと視線を戻した。

 キューブもまた目を伏せる。芳川もまた布束と同じ事を言いたいのだろう。

 楽しいことを学んで欲しい、人間は悪くないものだと知って欲しい。そんな事を。

 

 思うことはたくさんある。

 ただ今は、と思考を打ち切りコーヒーを用意する。

 

 こぼさないようにゆっくりと歩き、椅子に座り腕を組むダース伍長の元へ。

 

「……! フン……、私はいい」

 

 ダース伍長へと差し出した手を引き、キューブはリフレッシュルームを歩く。

 最後の一人、レイチェルの横に立つ。

 そして彼女へカップを差し出した。

 

「…………」

 

 ぼんやりとキューブを見上げると、レイチェルは視線をゆっくりカップへと移す。

 

「ありがとう、お前はやさしいな……」

 

 そう言いながらカップを受け取る。

 

 三人がコーヒーを飲む小さな音がリフレッシュルームに響く。

 コーヒーの香りが室内を満たし、空調がそれを排出し新鮮な空気へと入れ替えていく。

 

 非常事態の中の休息。

 だがそれを打ち切るかのように、部屋の壁に取り付けられた会議用ディスプレイの電源が付いた。

 画面には白衣を着た天井が映っている。

 画面の中の彼は落ち着いた様子で口を開いた。

 

『大丈夫かね、みんな? 調子はどうだ?』

 

 リフレッシュルームの面々に天井はそう告げる。

 その言葉に、ダース伍長が立ち上がってディスプレイの前へと行く。

 

「……? 今ベヒーモスが施設内をうろついるんだぞ!」

 

『何、それは本当かね!? それは……気の毒に……』

 

「何言ってるんだ! 非常事態だぞ!」

 

 天井の答えに、ダース伍長は画面へ怒鳴りつける。

 

「いつまで部屋の中に閉じこもっているつもりだ!?」

 

 画面の向こうへと問い詰めるダース伍長。それに天井は答える。

 

『何、それは本当かね!?』

 

『それは……気の毒に……』

 

 画面が一瞬乱れる。

 

『何、それは本当かね!?』

 

『それは……気の毒に……』

 

 天井が口を開いた映像が停止し、画面が点滅する。

 耳障りなノイズ音をたて、映像がゆがむ。

 そして、ぷつりとディスプレイの電源が落ちた。

 

 レイチェルの部屋で聞こえた角田の通信のような明らかな異常。

 絶句する面々の中で、レイチェルが一人今の会話を頭の中で反芻していた。

 

「……ベヒーモス?」

 

 レイチェルはそう呟く。

 彼女は知らなかった。ベヒーモスが逃げ出したことをキューブから告げられたとき、彼女は正気ではなかった。

 そして、伍長が第三ブロックでベヒーモスの居場所を見失ったという通信を受け取ったのは芳川だ。

 先ほどのダース伍長の言葉で初めてベヒーモスのことを聞いたのだ。

 

「これ以上角田を傷つけられるのは嫌!」

 

 叫びを上げてレイチェルがリフレッシュルームを飛び出していく。

 

「レイチェル!」

 

 間髪入れずに芳川が駆け出す。

 それに遅れるようにして、慌てて布束が椅子から立ち上がる、が。

 

「やめろ、死にたいのか?」

 

 ダース伍長が彼女の肩を掴んで止めた。

 

「だって二人が……!」

 

 それでも出口へ向かおうとする布束をダース伍長は強引に座らせる。

 布束は自動で閉じた扉を見て身体を震わせる。

 リフレッシュルームが他の部屋より防音に優れていることが布束の想像を余計にかき立てる。

 震える手でカップを掴もうとする。だが、その手を途中で握りしめる。

 

やっぱり(after all)……放っておけない!」

 

 椅子を蹴倒して布束は駆けだした。

 大きく舌打ちをしてダース伍長も彼女を追い、キューブも掃除ロボットにつまづきながら布束が開けた扉の向こうへと向かう。

 部屋の外は危険地帯。生きて戻れるかは解らない。

 

 

 

 8.

 リフレッシュルームからレイチェルの部屋へと向かう廊下。

 そこは血の海だった。

 鮮血が壁にも飛び散り、その中央には芳川が横たわり倒れていた。

 むせかえるような血のにおいが廊下を満たしキューブの嗅覚を刺激する。

 

「芳川さん!」

 

 布束が彼女の元へと駆けつける。

 おびただしい量の血を流し続ける芳川。彼女は両足の膝から下を失っていた

 血の海となった廊下には膝の先が見つからない。ベヒーモスの胃の中へ収まったのだろうか。

 

「レ……レイチェルは……」

 

 それでもまだ意識を保ち続けていた芳川は、かすれた声で布束に言った。

 

「大丈夫です。レイチェルさんは生きてます……」

 

 布束は白衣を脱いで芳川の脚を強く縛り付ける。

 だが、それでも血は止まらない。

 

「無茶ですよこんな事……」

 

 涙を流し必死に止血をし続ける布束。

 血の気を失い蒼白になった顔で芳川はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 

「……い、いいの。わ、わたしは、ただ……レイチェルに、罪滅ぼし、を……」

 

 波が引いていくかのように声が消えていく。

 ぴくりとも動かなくなった芳川。布束はおそるおそる彼女の脈をとる。

 心臓の鼓動は、感じられなかった。

 ダース伍長は芳川を一目見た時点で彼女ではなくレイチェルの方へと向かっていた。助からないと初めから解っていたのだろう。

 布束は開いた瞳孔で虚空を見つめ続ける芳川の目にそっと手を重ね、まぶたを落とした。

 

「……彼女は生きてる。なんとかしないと」

 

 レイチェルの処置を終えたダース伍長が言う。

 レイチェルは左腕がひしゃげ肩が潰れていた。ベヒーモスのあの巨体に巻き込まれたのだろう。

 だが芳川と比べこちらはまだ命を長らえている。

 

「医務室に運びましょう。私は応急処置程度しかできませんが……」

 

 そう言って布束はレイチェルの元へと向かい、己よりも長身のその身体を抱え上げた。

 ダース伍長は脚を失い軽くなった芳川を左肩に担ぎ上げる。

 彼の体格から考えれば人二人を抱え上げることは難しくない。だが、彼の腰にはベヒーモスに唯一対抗できるであろう大口径の銃が収まっていた。

 この状況で彼の両腕をふさぐわけにはいかない。

 布束は腰に力を入れレイチェルを背負う。そして、彼女に手を貸そうとしていたキューブの顔を見た。

 

「キューブ、お願いがあるの」

 

「なんでしょうか、とミサカは問います」

 

「端末室へ行ってくれる? メイン・コンピュータに頼んで、所長室のパスワードを調べて来て欲しいの」

 

 布束とダース伍長はこれから医務室へと向かう。

 つまり、端末室へはキューブ一人で行くことになる。

 どこにベヒーモスが潜んでいるか解らないこの廊下を進んでだ。

 

「今、所内が危険な状況なのは解ってるわ。でも今頼めるのは貴女だけ」

 

 布束の言葉に、キューブはしっかりと頷きを返した。

 今できることがあるのならば、するしかない。いや、するべきだ、とキューブは己に言い聞かせる。

 ベヒーモスに対する恐怖は浮かんでこない。

 

「大丈夫、きっとうまく行く。いっしょに外へ出ましょう!」

 

 その言葉に、キューブは再び頷きを返す。

 

「いいか、行くぞ!」

 

 ダース伍長の声を皮切りに、彼女達はそれぞれの目的地に向かって足を踏み出した。

 

 

 

 9.

 キューブは足を急かせて廊下を進む。

 芳川達がベヒーモスに襲われたのはつい先ほどのこと。つまりベヒーモスは近くにいるはずだ。危険な状況からすぐにでも抜け出そうと早歩きで進む。

 端末室へ行くまでには分かれ道はない。医務室も端末室も今いる二階(レベル2)にあり、迂回するルートはない。

 キューブは額にかけたままだった機械ゴーグルを目の上にかけた。

 

 ベヒーモスがもしおかしな電磁波を発しているならばこれで見つけることが出来る。

 もちろんそんなことは無いだろうと思ってはいたが、少しでも危険を減らそうとキューブはゴーグルのつまみを動かした。

 

 磁力線、電子線共に反応は無し。

 廊下の先には何もいない。

 あの巨体だ。物陰になど隠れることはない。

 歩みを進め、廊下の角へとさしかかる。

 ベヒーモスがいないか確認しようと曲がり角の先を覗こうとする。

 そのすぐ目の前に、ベヒーモスはいた。

 

「――――」

 

 大きな二本の牙を持つ口を開けて、ベヒーモスが咆哮した。

 ゴーグル越しに口の中にびっしりと並んだ鋭い歯が見える。

 ベヒーモスの口は赤く濡れていた。牙と牙の間に肉片と思わしき小さな塊がこびりついていた。

 

「――ッ!」

 

 咄嗟に身を引くキューブ。

 その目の前をベヒーモスの頭が通り過ぎていく。

 僅かでも遅れていたらあの牙に引き裂かれていただろう。

 

 ベヒーモスはその太い四本の足で曲がり角をすばやく回る。

 その巨体からは想像も出来ない俊敏な動き。

 その動きはまさに獲物を前にした肉食恐竜のそれだった。

 

 前足の爪先がわずかに床へとめりこむ。

 数瞬の溜めの後、ベヒーモスは暴風のような突進をした。

 

 キューブはそれを上に避けた。

 能力で磁場を作り上へと落ちることでベヒーモスの上をくぐり抜けたのだ。

 獲物を逃したベヒーモスが前進を止める。

 そしてわずかに鼻を動かすと、その場で反転しようと体躯を回した。

 廊下の幅よりも長いベヒーモスの全長はすぐに後ろを向くということはできなかった。

 勢いよく振り回された尻尾が壁へとぶつかり、壁に大きなへこみをつける。

 

 ベヒーモスが一八〇度身体を反転させたときには、すでにキューブは天井を駆けだしていた。

 逆さまの視点のまま廊下を曲がり、駆ける。

 大きな足音を立ててベヒーモスが追いすがろうと地を揺らす。

 キューブに遅れて廊下を曲がったベヒーモスは、僅かに身を沈めると、天井のキューブに向けて飛びかかった。

 

 振り返ることなくゴーグルの電磁場の動きでそれを察知したキューブは、天井に張り付いていた磁力を消し床に飛び降りる。

 頭を床の上に叩きつけないように足の裏に床の建材との磁力を形成。

 そして落下の衝撃を受けないように着地の瞬間再び天井との磁場を作りだした。

 キューブは駆ける。

 背後からは大きな着地音。

 このままでは追いつかれる。そう悟ったキューブは己の能力を攻勢に傾けた。

 キューブの身体の表面に紫電が駆け巡る。

 次々と生み出される電子が雷を形作り、彼女の手に雷撃の槍が生み出された。

 背後へと振り返りそれをベヒーモスの頭部へと投擲する。

 

 秒速一〇〇キロメートルを越える速さの一撃が、わずかなずれもなくベヒーモスの鼻先へとぶち当たる。

 強い光と音が、ベヒーモスの動きを止める。

 だが、それだけだった。

 分厚い緑色の表皮は電撃を食い止め、身体の中へ電気を通すことはない。

 人一人なら簡単に殺傷できる雷撃の槍はわずかに表皮を焦がしただけで消え去った。

 

 キューブはその結果に歯がみする。が、ベヒーモスの動きが止まったのは確かだ。

 彼女はベヒーモスが己を見失っているうちに近くに見えた見覚えのある扉のパネルにIDカードを叩きつけ、開いた部屋の中へと身を投げ出した。

 

 彼女が扉をくぐってからわずか後に扉が自動で閉まる。

 その部屋は、彼女が最初に目覚めた学習機械の機材室だった。

 

 呼吸を整え、キューブは扉の前で待つ。自分を見失ったベヒーモスが去るのを待つ。

 扉越しに足音を聞き、気配が去ってしばらくしたところで、扉を開く。

 ゴーグルの視界に何も異常がないことを確認すると、指だけを先に出しマイクロ波を放つ。

 反響に奇妙な歪みが無いのを感じ取り、そうしてようやくキューブは部屋から出た。

 

 ベヒーモスの姿は既に無い。

 再びキューブは足音を忍ばせながら廊下を進んだ。

 見覚えのある道。布束に初めて連れられ歩いた道だ。

 メインコンピューターの端末室はすぐ近くにあった。

 

 部屋へと入り、端末のパネルに触れる。

 

『チョウシハ イカガデスカ』

 

 A.I.の音声が端末のスピーカーから届いた。

 

『ゲンザイ ショナイハ トテモキケンナ ジョウキョウニ アリマス ベヒーモスニ キヲツケテ コウドウシテクダサイ』

 

 メインコンピューターもこの状況を把握しているのだろう。そんなことを言ってきた。

 

「所長室の部屋のパスワードを教えてください、とミサカは緊急の申請を出します」

 

『ショチョウシツノ パスワードデスネ? ショウショウ オマチクダサイ』

 

 二秒ほど音声は止まり、再びスピーカーが鳴る。

 

『ハンメイ シマシタ ムゾウサナ モジノ クミアワセノ ヨウデス』

 

 端末の画面に文字が表示される。

 O A K F D E、と六文字のアルファベットだ。

 キューブはそれを頭の中で反復すると、パネルを操作を終了させる。

 そして再び五感を警戒状態へと働かせ、医務室に向かい廊下へと歩き出した。

 

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