LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『欠陥電気』⑩

 12.

 布束は自室に一人閉じこもっていた。

 もう何も信じられない。

 キューブは帰ってこない。ダース伍長は自分をベヒーモスの餌食にしようとしている。

 

 ベヒーモス。なんて巨大で恐ろしい姿だったろうか。

 培養器のガラス越しに見たその姿を綺麗などと言っていたのはてんで的外れだった。

 恐ろしい。

 芳川が言っていた通り、あれには鋭い牙と、角と、爪と、何よりもあの岩のような身体があった。

 バラのトゲなどという生やさしい物ではない。

 角をこちらに向けて動き始めたとき、布束は死を覚悟した。

 いや、覚悟などではない。恐怖に怯え、震え、生を手放したのだ。

 だが彼女は死ななかった。

 キューブが身代わりとなったのだ。

 

 布束はベッドの上で膝を抱えた。

 

 キューブは無事だろうか。

 殺されるために作られ、そして生きることを望まれて生まれてきたクローンの少女。

 彼女はこんな場所で死ぬべき人間ではないはずなのだ。

 

 彼女が学園都市で人間として生きていくために、自分たちは彼女を長く生きられるように作り直し、軍用兵器ではない人としての記憶を入力した。

 そんな彼女が、囚人である自分を庇いベヒーモスの犠牲となった。

 

 キューブは帰ってくるだろうか。

 布束は震えながら祈った。無事に戻ってきて、と。

 祈る神はいない。学園都市における神とはとても漠然としたものだ。

 神を知ることができるのは絶対能力(レベル6)に辿り着いたものだけとされているからだ。

 ただ、それでも布束は漠然とした何かにキューブの無事を祈ることしかできなかった。

 

 布束にこの状況をひっくり返すような力はない。

 彼女は学園都市の他の学生達のような能力開発カリキュラムを履修していない。

 現在の研究者達が学生だった頃に行われていた、研究者育成プログラムを彼女は幼い頃から受けていた。

 

 もし自分が能力者の道を進んでいて、超電磁砲(レールガン)のような力を持っていたら。

 そう考える布束だったが、意味のないことだと首を振った。

 

 もしもの話をしても現状は何も変わらない。

 布束はぼんやりと顔を上げる。

 

 室内は非常灯の青白い光に照らされていた。

 何故停電など起きたのかは解らない。だが、何故と考えると、地下ケーブルの件も防災隔壁の件も解らない。

 軍事通達。はたして本当にそれを目的にダース伍長がこの状況が作り出したのだろうか。

 

 研究所の中を徘徊しているのは知性を持たない恐竜だ。

 もしそのデータを取るのが目的だったとしたら、同じく所内にいるダース伍長の安全はどう確保されているのか。

 彼も巻き込まれただけなのではないか。そう布束は思い至った。

 

 だとすると、一体誰がこの状況を作り出したのか。

 ベヒーモスを解き放った時点で所内にいない人間の仕業なのではないか。

 

 研究所の外から誰かが自分たちの死を眺めている。

 布束はその答えに辿り着いた。

 

「あ……」

 

 だとすると、無事に研究所の外に出られたとしても、その場で殺されてしまうのではないか。

 予想される未来に、布束は打開策を巡らせる。

 

 助けを呼ぶ。

 無理だ。地下ケーブルは断線している。

 通信機の類も持ち合わせていない。

 

 ネットワークは地下ケーブルに全て頼っていた。

 ネットワーク。そう、ネットワークだ。

 キューブのミサカネットワークを使えば、他の姉妹達(シスターズ)に助けを求めることが出来る。

 どうにか彼女の脳波リンクが外に繋がる場所まで移動できれば。

 

 キューブが無事ならば、今すぐ合流しなければならない。

 そこで布束ははたと気づく。

 

 今、自分がいるのはどこだ?

 自分の個室。キューブはこの部屋を知っているのだろうか。

 生活エリアの一室であるから、探そうと思えば簡単に見つけられる場所だ。

 だが今は緊急時だ。合流するなら探しにいかなければならない。

 

 部屋を出ようとしたところで、止まる。

 廊下にまたベヒーモスがいるかもしれない。その恐怖が布束の足を床に縫い付けていた。

 

 それでも行かなければ、そう布束が己を奮い立たせているとき、扉からロックの外れる音がした。

 停電後の非常電源の元でも扉の電子ロックは生きていた。

 開くにはIDカードが必要だ。

 ダース伍長の入室は許可していない。そうなると、残っているのはキューブ一人だ。

 

 扉が開く。

 非常灯に照らされぼんやりと人影が浮かぶ。

 そこにいたのは、ゴーグルを目の上にかぶせたキューブだった。

 

「キューブ! 無事だったのね! 怪我していない?」

 

「問題ありません、とミサカは己の性能を誇ります」

 

 布束はキューブの身体を確認する。

 どんな道を通ってきたのか埃がところどころについているものの怪我は見られない。

 ベヒーモスがぶつかったであろう腹部も、服に血がにじんでいるということもなくコーヒーの染みがついているのみだ。

 

「よかった――ッ!」

 

 キューブに向けて笑みを浮かべようとした瞬間、布束の身体に激痛が走った。

 遅れて何かがはじけるような高い音が届く。

 突然の痛みに布束は膝を付き、身体をくの字に曲げて倒れ込んだ。

 

「なん――」

 

 にじみ出た涙でかすむ視界の中布束は見た。キューブの手の平に青白い光が散っているのを。

 『欠陥電気(レディオノイズ)』。彼女が持つ発電能力だ。

 自分は今、電気を浴びせられたのだと布束は気づいた。

 しかし。

 

 ――何故。

 

 何故こんなことをするのか。

 キューブが自分に手をあげる理由など何もないはずだ。

 

 混乱する布束の足首をキューブが掴み上げた。

 布束の背筋に悪寒が走る。

 キューブは先ほどのような雷撃を布束に浴びせようとしているのではないのだ。

 

 生体電気の操作。

 人の身体には電気の通り道がある。そこに過剰な電気を逆流させればどうなるか。

 電気抵抗がジュール熱を生み出し、全身のタンパク質が変質してしまう。

 人はわずかに体温が上昇しただけで死んでしまう。

 そう、キューブは布束を殺そうとしている。

 

「――――!」

 

 布束が悲鳴をあげる。

 それと同時に、室内に鈍い音が響いた。

 

 足首を掴む手が離される。

 布束は見ていた。何者かがキューブを蹴り飛ばしたのだ。

 

 布束は倒れたまま視線だけを動かし、自分を助けた者の姿を見上げる。

 そこにいたのはキューブだった。

 

「……えっ」

 

 布束は身体を起き上がらせて目をこらす。

 そこにはキューブが二人いた。

 

 同じ姿、同じ服、同じ髪型、同じゴーグルをしたキューブが向かい合ってもみ合っていた。

 互いに雷撃を放ち合うが、身体に触れる前に霧散する。

 服を掴み殴り合い、テーブルに身体を打ち付ける。

 テーブルの上に置かれていたガラスの水差しが床に落ち耳障りな音を立てて割れた。

 

「こ、これはどういうことだ!」

 

 物音を聞きつけたのか、開いたままの扉の向こうからダース伍長が駆け込んできた。

 彼も布束と同じように二人のキューブを見て驚愕していた。

 

 一体どうなっているのか。

 布束は思い出す。

 そうだ、キューブは、いや、姉妹達(シスターズ)は二人いるのだ。

 キューブとは別に、学習機械の中に入れられ明日の十二時に新たに誕生するはずのもう一人のクローンが。

 

「クソッ! レイチェルの生命維持装置を止めたのもこいつか!」

 

 ダース伍長の言葉に布束は息をのんだ。

 レイチェルの生命維持装置が、止められた。

 彼女は多くの血を失い生命維持装置で命を長らえている状態だった。それが止まったということは――

 

「めんどうだ。まとめてブッ殺してやる!」

 

 ダース伍長が腰の銃に手を伸ばす。

 

「待って!」

 

 布束は叫んだ。

 どちらかはキューブの姿に扮装した偽物のクローンだ。

 これまで起きてきたことの全てが、その偽物によるものだったら。

 

「キューブなら、こんな事しません……するはずが……」

 

「……チッ!」

 

 ダース伍長は舌打ちをし、腰に伸ばした手を止める。

 そして二人が逃げ出せないよう、部屋の入り口の前に立った。

 

 布束は二人の姉妹達(シスターズ)へと顔を向ける。

 どちらが本物のキューブなのか。

 彼女は二人に向けて声を放つ。

 

「キューブ……本当のキューブなら、私が最初に……なんて名前をつけようとしたか覚えてるはず……!」

 

 布束の問いに、殴り合いで鼻から血を流した姉妹達(シスターズ)の一人が口を開く。

 

「コロです、とミサカは安直なネーミングを思い出します」

 

 その答えに、布束はダース伍長に向けて思いっきり叫んだ。

 

「今のがキューブです!」

 

「こっちか!」

 

 布束の声にダース伍長は猛烈な勢いで前進し、沈黙したままのクローンを殴り飛ばす。

 クローンは壁へと叩きつけられ、叫び声も上げずに床へ尻をついた。

 勢いよくはねた三つ編みがクローンの胸の前に垂れる。

 

 暗い非常灯に照らされるその髪を布束は見た。

 服も、顔も、ゴーグルも、髪型も同じ。

 だが、その三つ編みはひどくゆがんでいた。角田が櫛を入れながら編んだものとは違う。

 まるで慣れない手つきで自分で編んだかのような三つ編みだった。

 

 ダース伍長が腰の銃を抜く。

 クローンはそれに怯む様子も見せずに、うつろな表情で口を開いた。

 

「ムダナ テイコウハ ヤメロ」

 

 それは意思を全く感じさせない声だった。

 

「コノ ケンキュウジョハ ワタシガ ショウアク シテイル。オマエタチノ イノチモ ワタシノ イシシダイダ」

 

 クローンの目は全く焦点を結んでいない。

 

「――奇妙な電子線がその個体の頭へ飛んできています、とミサカは報告します」

 

 ゴーグルを目にかけたキューブがダース伍長へと告げた。

 

「誰かがこいつを遠くで操っているのか!」

 

 銃の個人識別セーフティを解除し、ダース伍長は銃口をクローンへと突き付ける。

 引き金に指をかけながら彼は問う。

 

「貴様、一体何者だ!?」

 

「――OD-10/コギトエルゴスム」

 

 その言葉と共に、クローンは身体の前に紫電を生み出す。

 だがその一撃が放たれる前に、ダース伍長は銃の引き金を二度引いた。

 一発目は胸の中央に、二発目は脳天へと銃弾が命中する。

 衝突にわずかに遅れて、弾道を衝撃波が通過していく。

 衝槍弾頭(ショックランサー)

 弾丸に刻まれた特殊な溝が空気の流れを操作し、衝撃波の槍を生み出す学園都市製の兵器だ。

 警備員(アンチスキル)達の使うゴム弾とは違う軍用の特殊弾頭が、クローンの上半身を消し飛ばした。

 

 空調の止まった室内に血と臓腑の臭いが立ちこめる。

 腰から上を失ったクローンは血を吹き出しながら倒れ、室内を血で染め上げる。

 だが、目の前の惨状にわずかな動揺も見せずに、ダース伍長は言った。

 

「布束! OD-10って何だ! 知っているか!」

 

 身体を起こしながら布束は答えを返す。

 

「こ……この研究所……の、メイン……コンピュータの、A.I.、です」

 

 立ち上がろうとしたところで布束は身体に苦痛を覚えて膝をついた。

 慌ててキューブが布束を支える。

 布束はクローンから受けた雷撃の痛みが身体から抜けきっていなかった。

 

「メイン・コンピュータだと! 誰かがそいつをいじったってことか!?」

 

「そ、それは無理よ! 製作会社の人間が、直接触りでもしないとプログラムは変えられない……」

 

 メイン・コンピュータはこの研究所の心臓部。電気、空調、生活に関わるもの全てを管理する学園都市最新のもの。

 研究所内で最も厳重な管理をされている専用のサーバルームに置かれており、例え所長であっても一人で立ち入ることは出来ない。

 さらにメイン・コンピュータそのものの可用性の他にも、地下ケーブルの外部通信システムと所内ネットワークの堅牢性が研究所外からの操作を困難にしていた。

 

「なら何だ!? コンピュータ自体がおかしくなったとでも?」

 

「わ、解りません。でも(but)、その可能性も……」

 

 布束の答えに、ダース伍長は歯を強く噛みしめる。

 この状況を作り出した全ての元凶。確かに所内を管理しているコンピュータが黒幕だったなら、今までの奇妙な出来事にも説明が付く、が。

 

「だとしたら……我々は、今までコンピュータのいいようにされてきたってことか!」

 

 

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