LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『欠陥電気』⑪

 13.

 ダース伍長とキューブは非常灯の暗い廊下を進む。

 布束は生活エリアに残してきた。ベヒーモスの徘徊する所内を動くには動きの鈍った彼女は足手まといだったからだ。

 足音を忍ばせ、ベヒーモスが潜んでいないか確認しながら進むダース伍長。

 キューブも彼に習い無駄な音を立てないように後ろをついていく。

 ベヒーモスは未だ健在だ。布束を庇ったあとに無傷で逃げ出せたのも、奇跡と言って良い出来事だった。

 その巨体ゆえに扉をくぐることはできないが、廊下を進んでいく限りいつでも遭遇する可能性はあった。

 

 メイン・コンピュータのサーバルームは三階(レベル3)の中央エリアにある。

 二階(レベル2)の南側エレベーターにキューブ達は辿り着くが、エレベーターの扉は開かない。

 

 だがその程度は彼女達の想定の範囲内だ。メイン・コンピュータは所内の全設備を掌握しているのだろう。

 反応のないエレベーターを無視して南エリアの階段へと向かう。

 階段の前には、防災用の隔壁が降りていた。

 

「……そう来るなら力ずくでもやってやるぞ」

 

 ダース伍長は隔壁から距離を取り、銃の引き金を引いた。

 放たれたのは三発。

 衝撃波の槍が金属製の隔壁に大きな穴を開ける。

 あくまで火災時、細菌災害時を想定した隔壁だ。破壊兵器に対抗するだけの強度は持っていない。

 

 暗い階段を二人は登る。

 広い階段だ。ベヒーモスもここを通って二階へとやってきたのだろう。

 と、三階へ続く踊り場にさしかかったとき、突然何かが上から落ちてきた。

 

『RRRRRR――』

 

 人の腰ほどの高さのある大型清掃ロボットだ。

 奇妙な電子音を鳴らしながら車輪を回しキューブ達へと突進してくる。

 ロボットへと銃口を向けるダース伍長。

 だが、キューブは彼の目の前に手を差し出し止めた。

 

「貴様――」

 

 雷光が瞬く。

 突如生まれた電気の渦に巻き込まれ、ロボットはショートを起こし動作を停止する。

 

 慣性で飛び込んできた機体をキューブは磁気の力で絡め取り、両の腕に収めた。

 

「銃弾には限りがありますので節約を、とミサカは提案します」

 

 キューブの言葉に、ダース伍長は黙って銃口を下げる。

 そして再び階段を上がり、三階の廊下へと続く隔壁の前へ。

 そこでキューブは両手に抱えた清掃ロボットを振りかぶり、全力で投擲した。

 ロボットの飛ぶ軌道には、キューブの能力の力場が重ねられている。

 

 隔壁に激突したロボットは木っ端みじんになりながらも、隔壁に人一人が通れるだけの穴を開けた。

 超電磁砲(レールガン)とまでは言わないが、キューブにできる最大出力の能力砲弾だ。

 加速する物体の破壊力は質量と加速度に比例する。

 能力の出力で足りない加速度を大型清掃ロボットという質量で補ったのだ。

 ロボットの内部に入っていた埃が舞うが、ダース伍長はそれを一切気にすることもなく隔壁の穴をくぐる。軍人として戦場をくぐり抜けてきた彼には埃程度気にすることもない。

 対するキューブは自分でまき散らした埃に息が詰まりせきをする。

 だがダース伍長に置いて行かれるわけにもいかず、顔の前を手で仰ぎながら隔壁を越えた。

 

 慎重に廊下を進み、中央エリアへと辿り着く。

 広く開けた空間。その真ん中に、鉄の砦があった。

 床や壁に使われているのとは明らかに違う金属の壁が、フロアの中央に立方体のブロックを形作っている。

 コギトエルゴスム・サーバルーム。能力者が破壊目的で研究所に潜り込んでもメイン・コンピュータを守るためにと作られた物理防壁だ。

 

 ダース伍長はサーバルームの扉に手をかける。

 

「ロックされてる……!」

 

 当然のように、メイン・コンピュータは部屋へ続く唯一の道を閉ざしていた。

 ダース伍長は後ろに後退すると、扉に向けて銃を放つ。

 衝撃波の槍が続けざまに扉へと命中するが、扉の表面に小さな傷を付けるだけで終わった。

 

 ダース伍長は銃の衝撃から距離を取るために後方に待機していたキューブへと振り返る。

 が、彼女は首を振った。

 強能力者(レベル3)相当の彼女の能力では、ダース伍長の持つ銃の威力を越えられない。

 電撃使い(エレクトロマスター)が生み出すエネルギー量は数ある能力の中でも上位に位置する。だが、電子というまとまりのない粒子を扱うために、物理的な破壊力に劣っているのだ。

 

 ダース伍長は扉を睨み沈黙し、やがて懐から通信ユニットを取り出した。

 メイン・コンピュータを中継する所員用のものではなく軍用の彼の私物だ。

 研究所の電磁パルス(EMP)防御外壁を越えて通信は出来ないが、廊下の所々に置いてきた中継ユニットを介して連絡を取り合える。

 通信の相手は生活エリアの外来者予備室で待つ布束だ。

 

「私だ。サーバルームに来たが扉が開かん。銃程度でもびくともせん」

 

『サーバルームは生物災害での被害を想定されて作られていたはずです。メイン・コンピュータが封鎖しているなら現状の所内の設備で開けるのは厳しいです』

 

「こいつに弱点はないのか」

 

『……少し待ってください』

 

 考え込むように通信ユニットからの応答が止まる。

 そして数秒ほど経過した後、再び声が鳴る。

 

『破壊された地下ケーブルの通信システムは、厳重なクラッキング対策が、組まれていました。なぜなら(because)、外と所内の通信はメイン・コンピュータを一度経由するからです。しかし……』

 

 考えがまとまってきたのか口調が段々とはっきりしていく。

 

『所内からの通信は特別な機器を経由しません。イントラネット下の機器のCPUは全てメイン・コンピュータが管理しているんです。所内のネットワーク越しならA.I.(あいつ)のプログラムに入り込めるはず』

 

「管理者アカウントでログインすればいけるという甘い相手では無かろう」

 

『はい、でもそれを行うのが能力者ならば別です。能力者の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』は一人一人違う。ネットワークに侵入できる能力者全てに対抗できる演算能力を持つコンピュータは現在『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』くらいでしょう。つまり(equa)、キューブ!』

 

「おい、呼んでいるぞ」

 

 ダース伍長の呼びかけに、キューブは彼に近寄り通信ユニットに話しかける。

 

「なんでしょうか、とミサカはヌノタバに期待を向けます」

 

『キューブ、あなたなら。超電磁砲(レールガン)と同系統の電撃使い(エレクトロマスター)であるあなたならネットワークを通じてメイン・コンピュータに侵入できる。良く聞いて』

 

 布束の声がわずかに止まる。そして。

 

『code-1111110000011011000011000000100』

 

 布束の言葉に、キューブは止まる。

 脳の奥で何かスイッチが切り替わるような、そんな不思議な感覚をキューブは覚えた。

 

『電脳抽象化プログラム。あなたたち姉妹達(シスターズ)の能力を補助するために、本来人には習得できない記憶配列を学習装置の入力機能を使ってあなたの脳に埋め込んである』

 

 キューブの能力が半自動的に働き、脳内で演算を始める。

 

欠陥電気(レディオノイズ)は電子線や磁力線を見ることができない。電子で構成された0と1の世界を深く知ることができない。だから私はこの三ヶ月間、その欠点を埋めるための研究を続けてきた。あなたは今、0と1の世界を三次元立体上の画像のように認識することが出来る』

 

 電脳機心(インフォリサーチ)。布束は己の組んだ記憶プログラムをそう呼んだ。

 

『本当は五七号と一緒に能力調整の時に使って貰うはずだったのだけど……』

 

 この研究所にいた姉妹達(シスターズ)は五六号と五七号の二人だけ。

 この姉妹達(シスターズ)専用の補助能力は未だ使われたことがない。

 まさにぶっつけ本番だ。

 

「大丈夫です。すべてミサカにお任せください、とミサカは初めて自分にしかできない仕事に挑みます」

 

 

 

 14.

 キューブは一人廊下を駆ける。

 ダース伍長とは手分けしてメイン・コンピュータに侵入できる場所を探すためにサーバルームの前で分かれた。

 中央管理室とネットワーク管理室に行ってみたものの、どちらの部屋の端末もOD-10の支配下に置かれていた。

 三階(レベル3)を回ったところで、キューブは一つの心当たりを思い出し廊下を駆け出していた。

 所内には未だベヒーモスがいる。

 それでもキューブはその可能性がOD-10に潰される前にと階段を駆け下り、二階(レベル2)をひた走る。

 

 廊下の壁に点在する管理インターフェイスが非常灯に照らされて鈍い輝きを放つ。

 それはまるでOD-10の目のように感じられた。

 彼女の能力ならばそれを破壊することは造作もない、が一つ一つ潰している余裕などない。

 

『――私だ。今どこにいる?』

 

 手に持った通信ユニットからダース伍長の声が響く。

 

二階(レベル2)の廊下です、とミサカは走りながら報告します」

 

『こっちはとりあえず端末室に来ているが……、やはりここじゃ無理の様だな』

 

 通信ユニット越しに声を聞きながら、キューブはある一室の前で足を止める。

 ロックの存在していないその扉を開き、中へと入る。

 

「リフレッシュルームに到着しました」

 

『まさかそんな所から……。いや待てよ。……そうか! そいつだけは機械だがメイン・コンピュータからCPUが独立している』

 

 リフレッシュルームの隅にキューブは移動する。

 彼女の目の前にあるのは、ゲーム機だ。

 

 本来この研究所には必要が無く、角田が私物として持ち込んだ遊び道具。

 学園都市製のそれは高処理のCPUと大容量のメモリを積んでおり、当然のようにネットワーク通信機能を備えている。

 キューブはゲーム機の側面に付いた電源ボタンを押す。

 備え付けられたディスプレイの電源が自動で付き、画面にハードロゴが表示された。

 

『待ってろ! 今回線をつないでやる』

 

 通信ユニットの向こうから端末のキーを叩く音が伝わってくる。

 

『なめるなよ……人間はな……人殺しの道具を作っているばかりじゃないんだぞ……!』

 

 ディスプレイのメニュー画面にネットワーク接続を示す通信アイコンが浮かぶ。

 

『よし、これでいい!』

 

 ダース伍長の声に答えるように、キューブはゲーム機を両手で抱え額を筐体の通風口に付ける。

 能力を発動、しようとしたときに傍らに置いた通信ユニットから大音量の声が響いた。

 

『――――!』

 

 ベヒーモスの咆哮だ。

 

『うおおお!』

 

 続けて銃声。

 激しい音が通信ユニットのスピーカーから鳴り響くが、それがふいに途切れる。

 代わりに聞こえてきたのは、小さなノイズと、声。

 何者かが通信ユニットを通じて語りかけてくる……。

 

 

 

ホンケンキュウジョナイニ オイテ スベテノ コウドウハ

 

チョウワノ トレタモノデ アラネバナラナイ。

 

 

ワタシハ ショナイノ チョウワヲ イジスルタメ

 

キノウシテイル。

 

 

ヨッテ ワタシノ イシハ ゼッタイデアル。

 

 

ダレモ コレヲ ボウガイシテハ ナラナイ。

 

 

ボウガイスルモノハ

 

タダチニ ショウキョスル。

 

 

 

 

 

 

KILL YOU……

 

 

 

 

 

 

・――情報の視覚変換を開始 ハードウェア内のゲームエンジンを元に構築します

 

 視界が、変わる。

 無限に広がる空間。色はない。電子情報は物体と違い色という概念を持っていないからだ。

 だが、これでは足りない。この世界を『現実』として観測できない。

 

・――視覚情報の強化を行います ソフトウェアの並列動作を選択 キャプテンライトニングを起動します

 

 世界に色が生まれた。

 黒い空間。散りばめられた無数の小さな光。

 

 それは宇宙だった。三次元空間に広がる星の海。

 電子情報でしかないその光景に、キューブは見とれた。

 彼女は生まれてから一度も空というものを見たことがない。

 記憶はある。

 だがそれは機械で入力されたもの。この目で“観測”するのは初めてだった。

 

・――空間上に自己を定義 ハードウェアのCPUと同期します リンク

 

 空間の中にキューブの身体が出現する。

 電子世界での仮初めの身体(アバター)。本質はこの空間を演算で維持しているゲーム機とキューブの脳だ。

 ネットワーク上での立ち位置を抽象化しているに過ぎない。

 

・――OD-10への接続を行います リンク

 

 宇宙空間に浮かぶキューブの足下に格子状の床が生まれた。

 メイン・コンピュータとのネットワークをゲームグラフィックで表したフィールドだ。

 キューブは足の裏でしっかりと床を踏みしめた。

 宇宙空間を浮かんでいた身体は足裏を“下”として重力を感じる。

 

 大切なのはイメージだ。

 この空間を本物だと思い込み、観測する。世界を構築しているのは自分だけの現実(パーソナルリアリティ)だ。

 

・――OD-10のメモリ領域へアクセスします

 

 格子の床を“下”にした宇宙空間上に、新たな偶像(キャラクター)が出現する。

 ワイヤーフレームで三次元に形作られた巨大な頭骸骨の顔。顔のあちこちからゆがんだ角が生えている。

 空洞な眼光の奥には、人工知能の意思を思わせるような輝きがともっていた。

 

 遅れて、頭蓋骨の周囲に機械の球体が出現した。

 眼球を連想させる青い物体が頭蓋骨を取り囲むように次々と姿を現す。

 

・――マザーCOM 1機 抽象化完了

・――スタビライザー 8機 抽象化完了

 

・――戦闘行動を開始します

 

 ようやくキューブは動く。

 本来の身体のように自由に動かせるというわけではない。

 この世界はあくまでネットワーク上での電子のやりとりを抽象化したもの。今も脳は刻一刻と変わる電子情報に能力を最適化するために演算を続けている。

 

 動かすのではなく、操る。

 そう、この世界はゲーム機を元に構築したもの。コントローラーで大まかな動きを指示するかのように、行動を選択する。

 敵はマザーCOM・OD-10。そしてメイン・コンピュータに組み込まれた補正システム(スタビライザー)

 直接マザーCOMを狙っても、スタビライザーによるリカバリーを受けてメイン・コンピュータを掌握することはできないだろう。

 

 キューブはまず八機存在するスタビライザーのシステムダウンを狙った。

 

・――スタビライザーの調査を行います 発動 インフォリサーチ

 

 スタビライザーのシステムを走査する。

 バグはないか。バックドアは仕掛けられていないか。過負荷でハングアップしないか。

 そして、見つけた。

 

・――スタビライザーはマザーCOMと物理座標が異なります 攻撃開始

 

 スタビライザーはメイン・コンピュータのハードに組み込まれたシステムではない。

 外付けのハードであり、ソフトウェア面で同期を図っているだけだ。

 通常のクラッキング対策としてメイン・コンピュータとリカバリーシステムを分離するというのは間違っていないのだろう。

 だが、キューブは電撃使い(エレクトロマスター)だ。

 

・――発動 メーザーカノン

 

 空間を加粒子波動砲が切り裂く。

 加速された電子の渦がスタビライザーの一つに命中し、破裂する。

 スタビライザーはわずかなノイズを生むと、まるでそこに何もなかったかのように消滅した。

 メーザーカノン。実際に荷電粒子砲を撃ったわけではない。目に見えたのはあくまでゲーム機が作りだした演出だ。

 キューブがしたのはスタビライザーのハードに対する電気干渉。本来彼女の能力強度(レベル)では遠隔地に電気を発生させることなどできない。だが、この抽象化された仮想空間が彼女の観測力を押し上げ、それを可能とした。

 生み出されたのは乾電池一つ分もない電気。だが、外付けハード内のシステムをダウンさせるにはそれで十分だった。

 

・――マザーCOMが状態復元(システムリカバー)を開始しました

 

 そぎ落とされた機能を回復しようとマザーCOMがリカバリーを行う。

 が、リカバリーが可能とするのはあくまでソフトウェア上でのこと。電気によって過負荷を受けたハードを再起動させることはできなかった。

 

 そしてキューブは次々とスタビライザーにメーザーカノンの狙いを付ける。

 メイン・コンピュータはハードウェア的な強度も高く、微弱な電気の発生程度ではシステムをダウンさせることは難しいだろう。だがあくまで狙いはシステムの補正を行っている外付けの機器だ。

 

 狙いを付け、撃つ。キューブが観測する仮想空間という現実が、遠いサーバルームとの距離をゼロにする。

 メーザーカノンの雷撃がスタビライザーを砕いていく。

 

 二機目。三機目。四機目。

 半数を撃墜したところで、仮想空間上のキューブの身体に衝撃が走る。

 

・――マザーCOMによる高速解析(アナライズ)の干渉を確認 ソフトウェアの脆弱性解析を受けた可能性があります

 

 こちらがスタビライザーに対して行ったように、マザーCOMがキューブが操作するゲーム機にシステムスキャンをかけてきた。

 キューブが扱うのは最新型と言えどもあくまでゲーム機。スーパーコンピュータであるマザーCOMからすれば穴だらけの欠陥機に見えるだろう。

 

・――マザーCOMの通信経路を封鎖します アンチフィールド展開

 

 解析(アナライズ)を受けたシステムの穴を埋める。

 

・――ソフトウェアの脆弱性を一時的に補整します 発動 アップグレード

 

 相手がキューブと同じ発電能力者だったら今頃ゲーム機は完全に乗っ取られていたかもしれない。

 だが、相手はあくまで人工知能。量子演算器の処理能力に任せた機械的行動の範疇を超えることはない。

 そう、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)というA.I.の判断能力を越えた領域にキューブはいるのだ。

 

・――スタビライザーのメモリ領域にアクセスします 発動 マインドハック

 

 スタビライザーの修復処理に割り込みをかけた。

 幻視する。量子ビットを構築する電子が一様に並ぶのを。

 スタビライザーに組み込まれたメモリの情報が全て0で埋め尽くされる。

 メモリをリセットされ停止したリカバリーシステムをキューブは掌握する。

 そして残された全スタビライザーに対して電子の嵐を叩きつける。

 

・――発動 ノイズストリーム

 

 仮想空間から青い目玉の姿が消える。

 全てのスタビライザーがシステムダウンしたのだ。

 

「……追い詰めましたよ、OD-10」

 

 残るはメイン・コンピュータ。

 いや、コンピュータそのものを破壊する必要はない。コンピュータにインストールされたA.I.を消去するだけでいいのだ。

 

・――マザーCOMの調査を行います 発動 インフォリサーチ

 

 メイン・コンピュータにあるA.I.のシステム領域を走査する。

 キューブの能力がOD-10を観測する。

 その瞬間、仮想空間に鎮座するOD-10の写し身が、反転した。

 

・――警告

 

 ワイヤーフレームで形作られた頭蓋骨が受肉する。

 

・――警告 ハードウェア上に存在しない画像情報が再生されています 原因不明

 

 それは悪魔だった。

 

 側頭部から歪んだ複数の角を生やし、人ものとも獣のものとも見える牙を持つ悪魔の顔。

 腐臭が漂ってきそうなただれた皮膚を持つ醜悪な姿。

 キューブはそれに恐怖を感じた。

 

 ベヒーモスを前にしたときのような本能的な恐怖とは違う。

 心が、理性が目の前の悪魔に対して恐怖を感じている。

 

 正体不明。この仮想空間はゲーム機内部の情報とキューブの妄想で形をなしている。

 だというのに、キューブの自分だけの現実(パーソナルリアリティ)とは違う、彼女の想像の範疇を超えた悪魔が仮想空間に出現した。

 全てはOD-10のシステム領域を観測してから起きたことだ。

 だとすれば、この醜悪な悪魔の顔がOD-10の姿を現しているというのか。

 

・――マザーCOMがネットワーク全体に高負荷をかけています ハードプロテクト来ます

 

 地面が揺れる。

 宇宙空間が歪む。

 ネットワークを越えて膨大な量の乱数がキューブのゲーム機(アバター)に叩きつけられた。

 

 キューブは身体に大きな衝撃を受けた。

 遅れて全身に小さな痛みが襲ってくる。

 

「――ッ!」

 

 想像していなかった痛みにキューブの能力がぶれる。

 仮想空間が崩れそうになるも、キューブは認識力を高めてそれを維持した。

 

 衝撃、そして痛み。

 それはキューブが感じるはずのないものだった。

 マザーCOMが干渉できるのはあくまでネットワークで繋がったゲーム機だ。

 ゲーム機が破壊されたところでキューブに何の影響もない。

 そのはずなのに、キューブは痛みを感じている。

 

 理解不能。明らかに通常の電子戦の範疇を超えている。

 それはまるで、彼女がスタビライザーに対して行ったメーザーカノンのような。

 

 悪魔だ。キューブは相手をそう認識する。

 そう、相手はただの人工知能ではない。多くの人間を殺し、超能力者のように物理的距離を超えてキューブの身体を攻撃する。

 醜悪な顔からは人間に対する憎悪の感情が伝わってくる。これは、人間に対し牙をむいた悪魔なのだ。

 

 キューブは観測する。恐怖を振り払い悪魔の顔を直視する。

 OD-10の存在するセクタはすでに走査済みだ。

 電子の渦を作りだし、回転させる。彼女はそれをマザーCOMに向けて叩きつけた。

 

・――発動 スピンドライブ

 

 ネットワーク回線を進んだ電子の渦がマザーCOMの演算処理をかき乱す。

 だがその程度でOD-10は止まらない。

 

・――通信経路を逆算した反撃がきます ドライブバック

 

 スピンドライブが通った道を逆流するかのように、仮想空間に雷が走った。

 キューブは本当の雷撃を受けたかのような衝撃を受ける。

 仮想空間に作られた格子状の床が帯電し、キューブの身体をむしばもうとする。

 

・――破壊された仮想空間を再構築します 発動 ハイスピードオペ

 

 ドライブバックを受けて崩れかけていた仮想空間のアバターが映像を巻き戻すように形を取り戻していく。

 それと同時に、キューブの身体を襲っていた痛みが引いていった。

 もはやここは仮想空間でありながら仮想空間ではない。きっとこの悪魔はキューブと同じようにこの空間を“観測”している。二人の観測者によってこの宇宙が現実世界とリンクしている。

 ここでの死が、現実の身体の死に繋がっていても何もおかしくはない。

 

「それでも」

 

 キューブはアバターの手をマザーCOMへと向ける。

 彼女は思い浮かべる。道を切り開いてくれたダース伍長を。この能力を授けてくれた布束を。

 布束は言っていた。一緒に外に出よう、と。

 

「それでも死ぬわけにはいきません。これ以上あなたの思い通りにはさせません、とミサカは断言します」

 

・――発動 メーザーカノン

 

・――マザーCOMが状態復元(システムリカバー)を開始しました

 

・――ネットワークへの高負荷を確認 ハードプロテクト来ます

 

・――反撃を開始します 発動 アンチフィールド

 

・――マザーCOMによる高速解析(アナライズ)を確認

 

・――再構築します 発動 ハイスピードオペ

 

 再び修復されたアバターをキューブは動かす。

 本当の身体に走る痛みを無視して、仮初めの身体をマザーCOMの元へと。

 リフレッシュルームに置かれたゲーム機が物理的にメイン・コンピュータに近づくことはない。

 だがそれでも、もう一つの現実である電子世界でキューブはマザーCOMへと接近する。

 腕を伸ばす。手は銃の形。

 指先をマザーCOMの顔へと突き付ける。加粒子波動砲が物理的な距離を越えて、ゼロ距離で放たれるようにと。

 

・――攻撃開始

 

 技の応酬でまぶたを削り取られた瞳で、マザーCOMはキューブを見る。

 

・――発動 メーザーカノン

 

 加速された電子の奔流が悪魔の顔を突き抜ける。

 激しい衝撃に醜悪な顔を覆っていた肉がそげ落ち、塵となって消える。

 メーザーカノンに貫かれた穴を中心にマザーCOMの姿が崩れていく。

 様々な色のノイズへと変わっていき、やがてその姿を消した

 

・――空間上のマザーCOMの消滅を確認 勝利しました

 

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