LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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閑話 とある姉妹の最終信号 上

 

 御坂美琴は混乱していた。

 現在時刻は午後五時過ぎ。場所は見覚えのない施設。

 彼女は今自分がおかれている状況を確認する。

 

 拉致。

 そう、拉致されたのだ。

 常盤台中学でいつも通りに授業を受け、教師と新しい研究協力について話し合ったした後、学舎の園の外にある寮へと向かおうとしたときに、拉致された。

 実行犯は学園外の人間。常盤台の制服を着ていたが下手人は高校生で、そして彼女の顔見知りだ。

 学園都市の超能力者(レベル5)第一位、一方通行(アクセラレーター)

 美琴が常盤台中学に入学し第七学区に生活拠点を移してから知り合った人物で、通称超能力者(レベル5)の集まる公園での知り合いだ。

 友人、というわけではない。

 一方通行とは、公園で不定期に行われる第七位と第八位の喧嘩を見物しているときに初めて会った。

 聞くところによると、彼女は第七位の身内であるらしい。同じ超能力者(レベル5)同士ということでその公園で数度会話をかわした仲だが、他の場所で顔を合わせたことはない。

 友人ではない。だから白昼堂々いきなり担ぎ上げられるような覚えはないし、その体勢のまま車道を時速五十キロ超えで運ばれる覚えもないし、見たこともない孤児院へと連れてこられる覚えもない。だからこれはれっきとした拉致なのだ。

 

 なぜこんなことをするのか担ぎ上げられながら一方通行に訊ねても「黙ってろ」としか返ってこなかった。そして肩から降ろされたかと思うと、丁寧に客間へと迎えられてコーヒーとチーズケーキを差し出された。完全にお客様扱いを受けているが、美琴にはこんな場所に招かれるような理由が思い当たらない。

 再度言うが一方通行とは友人になった覚えはない。以前孤児院の保母さん見習いをしていると本人の口から聞いたことがあるが、家に遊びにくるほどの仲ではない。そもそも本名すら知らない。

 超能力者(レベル5)になったことで増えた支給金を孤児院への寄付に使った覚えもない。

 連れてこられた理由を改めて尋ねようにも、一方通行はコーヒーとケーキを置いてすぐに客間から出ていってしまった。

 

 一体何なんだと思いながら美琴がコーヒーに角砂糖を入れていると、客間の扉が開いた。

 美琴は顔を上げて開いた扉の向こうを見上げる。

 そこにいたのは、エプロン姿の自分だった。

 

「……ッ!?」

 

 美琴は身体を硬直させる。

 カッターシャツの上にフリル付きのエプロンをした自分と同じ顔をした少女。

 美琴はそれが誰なのかを一目で理解していた。

 

 妹達(シスターズ)

 

 美琴のDNAマップを元に作られた、クローン人間だ。

 彼女は妹達と今まで対面したことがなかった。

 会おうという話は今まで何度もあった。それは両親から言い出されたものであったり、妹達から言い出されたものであったりした。

 だが美琴はそれを拒否してきた。

 彼女の中では気持ちの整理がついていなかった。

 様々な葛藤が彼女の心の中にある。それは筋ジストロフィーの治療という題目に騙されてDNAを提供した後悔であったり、それを利用して殺されるためのクローンが生み出されたことへの困惑であったり、自分と全く同じ姿をした存在と対面する未知の恐怖であったりした。そしてなにより、オリジナルである自分がクローンの妹達に対しどのような態度で接して良いか彼女には解らなかった。

 

 御坂美琴は中学一年生である。

 電撃使い(エレクトロマスター)最高の演算能力を持つ超能力者第三位、超電磁砲(レールガン)などという立派な肩書きがあるが、実際の所精神面では思春期を迎えたばかりの十三歳の少女でしかない。

 

 複雑で多感なお年頃だ。周囲の人々は妹達に会わない理由をそう納得していたし、美琴自身もそう自分を納得させて逃げ続けてきた。

 だがそれは突然の拉致という形で破られた。

 一方通行による連れ去り。それは美琴ではどうしようもない手段だ。

 学園都市第一位と第三位。順列は能力の強弱で決まるものではない。が、一方通行の持つベクトル操作という反則能力は美琴ではどうやっても太刀打ちすることはできない。

 だが今になって何故、と美琴は考えるがその理由はすぐに思い当たった。

 

「初めまして、とミサカは姉妹達(シスターズ)を代表して挨拶します」

 

 と、客間のテーブルに座る美琴の正面にやってきたクローンがお辞儀をした。

 

「ど、どうも」

 

 美琴は咄嗟にお辞儀を返す。

 

「ミサカは調整番号一号の御坂ファーストと申します」

 

「か、変わった名前ね……」

 

「よく言われますが息子に一郎、次郎、三郎と名付ける日本人の命名則からすれば、さほど変わった名前ではないかと」

 

「そう……」

 

 美琴は椅子の上で縮こまりながら相づちを返す。

 そんな挙動不審な様子を気にすることなく、ファーストと名乗ったミサカクローンは美琴へと声をかける。

 

「お元気でしたか、とミサカはお姉様のご機嫌を伺います」

 

「おねえっ……!? ああ、うん、ぼちぼちね」

 

「ミサカはこの施設で保母さん見習いをしながら、近隣の方々と交流し社会への見識を高めています、と近況を報告します」

 

「そう、元気そうね」

 

 なんだこれは、と美琴は思った。

 まるでお見合いだとこの状況を客観的に考える。

 仲人役の一方通行はこんな会話を自分達にさせたかったのだろうか。

 

「ところでお姉様。……先日のコギトエルゴスム事件は耳にしましたか?」

 

「っ!」

 

 ファーストの口にした言葉に、美琴は顔を強ばらせた。

 そして、おそるおそる声を出す。

 

「……ええ、ニュースでやっていることくらいだけれど」

 

 つい先日のことだ。学園都市に一つのセンセーショナルな事件が報道された。

 とある研究所で起きた殺人事件。五名が死亡したその事件は学園都市の多くの人々に大きな衝撃を与えた。

 培養されていた合成恐竜の脱走。研究所を管理していた人工知能の暴走。

 そして、被害者は絶対能力進化(レベル6シフト)計画に関わっていた研究者達と、調整を受けていた妹達(シスターズ)

 様々な憶測が飛び交い、美琴も学校や寮で何度もその話題を振られていた。

 

 急にファーストの前へと連れてこられたのもきっとこれが理由だろう。

 そう考えていた美琴だったが、いざ口にされるとどう答えて良いものか解らない。

 家族の死。そうとらえるには妹達(シスターズ)との距離は遠すぎる。

 他人の死。そうとらえるには彼女達との距離は近すぎる。

 そんな曖昧な気持ちのまま彼女達と言葉を交わして、何か大きな間違いを口にしてしまわないか。それが美琴にとってとても怖かった。

 

「五七号は死亡。五六号は現在この学区内で治療中です、とミサカは状況を伝えます」

 

 見舞いに行って欲しい、そういうことだろうかと美琴はファーストの顔を伺う。

 

「……五六号、御坂キューブは事件の記憶の共有を拒否しています。記憶をミサカネットワークに流すと、ネットワーク内に多大な悪影響を及ぼすと言っています、とミサカは説明します」

 

 告げられた単語に、美琴は記憶を巡らす。

 ミサカネットワーク。確か、妹達(シスターズ)が能力を使って構築しているコミュニケーションネットワークのことだ。

 

「悪影響というと、人が死んだ記憶とか……?」

 

「いえ、ミサカ達もその程度なら受け入れられるとキューブに対し意見を出しました。が……キューブが言うところによると、そんなものよりもはるかに強烈な記憶情報があり、ミサカネットワークの強度ではそれを受け入れきれない、とミサカは先日の会話を振り返ります」

 

 研究所でその子は一体何を見たというのだろうか。

 美琴はその話に興味を引かれると共に恐怖を覚える。

 封鎖された空間。徘徊する恐竜。暴走する管理コンピュータ。次々と死んでいく人達。

 その中で見たであろう何かの記憶が、妹達の脳波リンクネットワークを乱すのだと。

 

 美琴の思考をよそに、ファーストは言葉を続ける。

 

「……キューブが施設に閉じ込められ脳波リンクが切れたとき、ミサカ達はその異常を察知することができませんでした」

 

 そう言いながらファーストはわずかに目をふせた。

 

「ミサカネットワークは脆弱です、とミサカは言い切ります。わずか数十人が脳の余剰な演算処理を使って任意で繋がっているだけの酷く曖昧なネットワークです。しかし、ミサカ達はそれに強く依存しています、とミサカはミサカ達の実情を伝えます」

 

「…………」

 

 美琴は無言でファーストに告げられた言葉を脳内で租借する。

 妹達は学習機械で一通りの知識を入力されて人格を確立するという。しかしその知識は実感を伴ったものではなく、妹達は正真正銘の〇歳児の集まりだ。それゆえに、社会に溶け込めるよう段階的なプログラムが組まれているという。

 それゆえに、互いを補佐しあえるネットワークに強く依存しているのだろう。何せ繋がる先は自分と全く同じクローン達だ。本当の親兄弟よりも自分に近い存在であり、コミュニケーションに垣根などないのだろう。

 

 だが目の前のファーストはそのネットワークが脆弱なのだと言った。

 発電能力による無線ネットワーク。能力によって構築されているとはいっても、間を仲介するのはただの電磁波だ。念話能力(テレパス)のような強固な繋がりはないのだろう。

 

「ネットワークには管理者が必要です、とミサカは考えます。しかしミサカ達は一人一人の立場が同じであり順列が存在しません。お姉様、最終信号(ラストオーダー)というものをご存じですか?」

 

「ラストオーダー? いえ、聞いたことないわ」

 

 聞き覚えのない単語に美琴は首を振る。

 そうですか、とファーストは答え説明を始めた。

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画では二万人のクローンを生産する予定がありました、とミサカは被験者一号として説明します。一人の生産にかかる時間は十四日間で平行しての生産が可能なため、二万回の戦闘を行うにはそのつど必要な数だけ作り出すのが効率的です。しかし、計画の第四次生産では二万人全てを一気に生産するという予定だったのです、と明かします」

 

「二万人全てって、そんな大量の人をどうやって……」

 

「二万人のクローンを秘密裏に隠しておけるほど、この計画は学園都市の深いところ場所まで根ざしていたのです、とミサカは研究者の方々を思い出しつつ言います。あ、コーヒーをどうぞ、と今更ながらに勧めます」

 

 テーブルの上のコーヒーが未だに手をつけられていないことに気づいたファーストが言う。

 

「そのチーズケーキは子供達のおやつ用に百合子さんに教わりながらミサカが焼いたものです、とミサカは会心の自信作を誇ります」

 

「そ、そう。……百合子さん?」

 

「お姉様をここに連れてきた方ですよ」

 

「あーあー、一方通行(アクセラレーター)ねー。あいつそんな可愛らしい名前だったんだ。あはは」

 

 そう美琴が言った瞬間、突然彼女が座る椅子が上へとはねる。

 

「ごめんなさいっ!」

 

 反射的に美琴は謝った。

 居ずまいを正しながら美琴はへこへこと頭を下げる。

 今のは十中八九一方通行の能力によるものだ。客間に姿は見えないがどこかでこの会話を聞いているのだろう。遠くの会話を聞く程度彼女には造作ないことだ。

 

「話がずれましたが、二万人のクローンはいずれも能力を持ちミサカネットワークはとても巨大なものになるはずだったのです、とミサカはお姉様の醜態を笑いながら説明を続けました」

 

 その言葉に美琴はファーストをきっとにらみ返す。

 だがファーストはわずかな動揺も見せずに言葉を続ける。

 

「その万を超える姉妹達(シスターズ)が作るネットワークは巨大な演算力をもつ一つの脳波コンピュータとなると予想されていました、とミサカはありえたかもしれない未来を想像します」

 

 と、今度はファーストの椅子が僅かに揺れる。

 一方通行からの「ンな未来は俺がいる限りありえねェ」というメッセージだ。

 

「……強能力者(レベル3)二万人分の演算能力を持つネットワークコンピュータはそれだけで大きな価値を持ちます、とミサカは外野を無視して続けます。そこまでとなると、本来の目的から外れてネットワークを悪用する者が出てくる可能性が指摘されていました」

 

 元々が非合法クローンという技術の悪用をしているというのにおかしな話だ。美琴はコーヒーカップに口をつけながらそんなことを思った。

 

「ん、美味し」

 

「光栄です、とミサカはお姉様からの賛辞を受け取ります。そのコーヒーもミサカが淹れたものです、と明かします。ミサカ一歩リードです」

 

 ファーストの頭部から異常な量の電磁波が飛んでいくのを美琴は見た。

 自分と同じ力が他者から飛んでくる不思議な感覚に美琴は身をよじる。

 そして、今度はファーストに向けて電磁波が飛んでくる。

 ミサカネットワークでの会話が行われているのだろうと美琴は予想する。

 飛び交う電磁波に、彼女は好奇心をそそられて能力の波長をそっと周囲に合わせた。

 

『抜け駆け許すまじ許すまじ許すまじ、とミサカは初めての嫉妬の感情に溺れます』

 

『第三十八回ミサカ裁判の開廷をミサカは宣言します』

 

『死刑、とミサカは求刑します』

 

『異議なし』

 

『異議なし』

 

『異議なし』

 

『判決、死刑』

 

『これにて閉廷します、とミサカはファーストに総意をつきつけます』

 

『ミサカの仕事が終わるまでお姉様を逃がさないように、とミサカはファーストに釘をさします』

 

『ミサカはお姉様の看病を心待ちにしています、とミサカは特殊イベントの発生フラグをミサカ達にちらつかせます』

 

『またキューブですか』

 

『またキューブですか』

 

『またキューブですか』

 

『またキューブですか』

 

「ちっ」

 

 目の前にいたファーストが小さく舌打ちをしたのを美琴は目撃した。

 妹達ははたして自分にどのような感情を向けているのだろう、と美琴はかつて思っていた同じ疑問と正反対の心配をする。

 聞かなかったことにしよう、と美琴はそっと能力のチューニングを外した。

 

「それでですね」

 

 と何事もなかったかのようにファーストが言う。

 

「ミサカネットワークの悪用を防ぐために、ネットワーク管理者を特別に生産する予定があったのです、とミサカは再び話を戻します」

 

「……それが最終信号(ラストオーダー)?」

 

「はい、戦闘行動を行わないネットワーク管理を専門に行う上位権限者、二〇〇〇一体目のクローンです、と計画の裏側を明かします」

 

 なるほど、と美琴は頷く。彼女はDNAマップを使われた被害者でありながら量産能力者(レディオノイズ)計画および絶対能力進化(レベル6シフト)計画にはさほど詳しくない。

 計画が表沙汰になり多くの情報が公開されているが、彼女は計画に対する嫌悪感から一通りのニュースと両親から聞いた話しか触れていない。何かと彼女にちょっかいをかけてくる常盤台の超能力者(レベル5)第四位のほうが情報に詳しそうなくらいだ。

 

「ネットワークには管理者が必要です、とミサカは繰り返します」

 

 ファーストは美琴をまっすぐ視線を向けながらそう言った。

 何となく話が見えてきた、と美琴は手に持ったカップをテーブルに戻す。

 

「……つまり、脆弱なそのネットワークの管理者として、貴女達は……私を選んだ?」

 

「そうです、お姉様に最終信号(ラストオーダー)になっていただきたい。それが姉妹達(ミサカたち)の総意です。ですが、強要はしません、とミサカは伝えます」

 

 ここまで言われてそう簡単に断れるか、と美琴は眉をひそめる。

 だが、彼女がミサカネットワークの管理者になったとして、そこにメリットはない。

 能力者間脳波ネットワークの検証実験という例のない研究で学園都市に貢献できる、が、そもそも脳波リンクは同一の脳波を持つクローンおよびオリジナル同士でしか確立できないものだ。成果を出したとして、また非合法な軍事用クローンへの転用という結果を招きかねない。

 

 美琴は超能力者(レベル5)だ。低能力者(レベル1)から学習を重ね、幾多の研究に協力し、今の順列になるに至った。かつて幼い頃は筋ジストロフィーの治療のためにDNAマップを提供したことがある。

 

 しかし今の彼女は思考が学園都市寄りに染まってしまっていた。超能力者(レベル5)の能力を無償で提供するということに歯止めがかかってしまう。

 それは、強力な能力を保持する者としてある意味義務に近い思想であった。能力を人のために使う、そう考える人達は風紀委員(ジャッジメント)へと行くものだ。学校や組織という枠組みを超えて能力を振る舞っては知らぬところで悪用されかねない。

 

 だが、と美琴は考え込む。

 見知らぬ他人に能力を貸すのとこれは事情が違うだろう、と。

 妹達(シスターズ)は他人ではない。少なくとも美琴の両親は彼女達を自分の子供として認知している。

 だがそれでも、と美琴は考える。

 他人ではない。でも急に現れた彼女達を妹とも受け止められていない。

 そんな状態で脳波リンクなどという記憶の繋がりを持ってしまって、自分の心は大丈夫なのか、と。

 

「お姉様」

 

「……何かしら」

 

最終信号(ラストオーダー)になることをミサカ達は強要しません。ですが、一つだけ強くお願いしたいことがあります、とミサカはミサカ達の代表として言います」

 

「…………」

 

 ファーストのまっすぐな視線を、美琴は受け止める。

 

ミサカ達(わたしたち)家族(おねえさま)になってください」

 

 

 

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