『反転御手』⑤
白井黒子は小学六年生である。
能力
彼女は幼い頃より能力開発を受けていた。カリキュラム開始当初は能力発現に必要な計算式不足により
彼女が通うのは幼稚園や小学校の集まる第一三学区の中でも、特に上流階級の良家の子女が集まる小学校だ。
能力開発の授業に混ざって礼儀作法が行われるような学校。
そのためか、彼女の言葉遣いはお嬢様然とした上品なものが身についていた。
お嬢様で
常盤台中学は学園都市でも五指に入るという能力開発の名門校。入学条件は
まさに自分に相応しい場所である、と白井は受験に挑み、そして合格した。
自分に相応しい立場。それは地位などという幼い自分に不必要なものではなく、能力を活用できるだけの“役割”だ。
学園都市に五九人しかいない希少な能力。それを技術や学問に還元するために、常盤台中学という名門校を選んだ。
そして、利便性の高い能力を振るうのに相応しい役割を担うため、彼女は
風紀委員に選抜されるための研修と試験を好成績で終えたのは、もう一年も前のこと。
盾のシンボルが施された緑の腕章を受け取り、八面六臂の大活躍を頭に描き続けて、一年。だが彼女に活躍の場は回ってこなかった。
風紀委員の主な活動場所は学校の敷地内なのだが、彼女がいるのは品行方正が売りの学校だ。テレビドラマや文庫小説の中に出てくるような不良や陰湿ないじめっ子など見られない。
せいぜいが閉塞的な環境からの開放感を求めて、見えにくい場所に校則違反の化粧やアクセサリーを添えるといった程度のこと。そんなものにいちいち口出しなどしていられない。そもそも黒子自身が教師が見たら卒倒するような派手な下着を『能力集中のため』という建前で着用しているのだ。
校内に活躍の場がないなら校外で、としようにも白井のいる学区ではそれも適わない。
第一三学区は子供の街。その子供達を危険や犯罪から守るために、多くの
他にまわってくる活動と言えば、裏方の雑用、先輩同伴での他学区の見回りといったもの。先日など第二学区で研修生に混じって訓練をさせられた始末だ。
白井はこの現状に強い不満を感じていた。
もっとこう、指名手配を受けた
やはり自分の小学生という立場が悪いのか。
そんなことを第七学区担当の先輩風紀委員である固法に直訴してはみたものの。
「
と頭に手をのせられながら言われた。
どう考えても子供扱いされている。内心で憤慨しながら、今日も彼女は眼鏡の風紀委員、固法の後ろをついて晩冬の第七学区を歩き回っていた。
◆
「あ、白井さんじゃないですか。偶然ですねー」
白井がそう声をかけられたのは、見回りの休憩に欧米風の喫茶店へと立ち入ったときのこと。
相手は、先日の
「初春じゃありませんの。なぜこんなところに?」
初春飾利。白井と同じく第一三学区に住んでいるという、花のヘアバンドが特徴的な小学生。
なぜその学区から二区画離れた第七学区の郵便局で何故顔合わせなどするのだろう、と白井は疑問を浮かべた。
幼さの残る甘ったるい声で、初春はその疑問に答える。
「春から中学生になるので学校と寮の下見に来たんですよー」
「中学生? どなたがですの?」
同伴者でもいるのかと初春の座る席を見る。
だがそれらしき人物はいない。
「やだなー、私に決まってるじゃないですかー」
「……へ、へぇ」
白井は慌てて脳内の人物評を書き換える。訓練所で見た初春は、腕立てふせを一度も出来ず、ランニングもトラック一周ほどでばててしまうような、弱々しい姿。それでいて訓練に最後まで付いてくる気力は十分にあった。この飴玉のような声も相まって、白井は初春のことを背伸びしたがる二歳ほど年下の中学年として見ていた。
運動が不得手な同学年生だった、と考えたところで白井の心はわずかに曇った。
風紀委員の先輩に子供扱いされて怒っておきながら、自分は研修生を子供扱いしていたのかと。
そんな白井の心とは対照的に、初春は明るい笑顔で白井に話しかける。
「せっかくですから一緒の席どうですか?」
「ええ、そうですわね。……固法先輩もよろしいですか?」
「かまわないわよ」
初春の対面の席に白井と固法が座り、金髪碧眼の小さなウェイトレスが注文を聞きにやってきた。
小学生だろうか。学園都市では
そのウェイトレスは古い開拓時代の米国を思わせる服装。店内は学園都市製の耐火合成板材で作られ、メキシコを思わせるBGMが鳴っている。
西部劇をモチーフとした店だろうか。メニューには一般的な飲み物の他に、テキサス料理や大人の客向けのバーボンなども載っていた。店の席の配置から考えても、喫茶店と言うよりもバーと言った方が相応しい場所だった。
白井と固法は雰囲気に流されメニューにお勧めマークが付いていたグアバジュースを頼んだ。
「こちら、風紀委員の固法先輩ですの」
白井は固法を初対面であろう初春に紹介した。
それを聞いて、チリビーンズを食べていた初春がぴっと背筋を伸ばす。
「あ、え、えと、私は研修生の初春飾利です」
「あら、同じ風紀委員の子だったのね」
「いやー、まだ合格するかわからないですけど」
そんな自己紹介をしていると、ウェイトレスがジュースをテーブルの上に置く。
まだ冬ということもあって氷は入っていない。
固法は桃色のジュースが入ったコップの中にストローを入れる。
「この近くの中学校といえば、柵川中を見てきたのかしら?」
「はいそうです。あ、白井さんはどこに行くか決まってるんですか?」
「ええ、わたくしは常盤台中学という所へ」
白井の言葉に、初春はきょとんとした顔を浮かべる。
「トキワダイってあの常盤台ですか?」
「ええと、学園都市に同名の学校はありませんから多分それかと」
「ふええー、凄いですね! お嬢様校ですよお嬢様校」
「そ、そうですの」
目をきらきらと輝かせる初春に、白井は顔を赤らめる。
「あの名門校ですかー。気品爆発のセレブなお嬢様が通う学校ですから、学園生活もきっと優雅なんでしょうねー。あ、白井さんも確かにすごいお嬢様っぽいです」
初春の様子に白井は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。
常盤台中学に合格したということで、自分の学校の同級生達も驚いていた。が、同級生達はお嬢様達であり、さらには白井の能力の優秀さも知っていた。だからここまでの反応をされたのは初めてだった。
初春の話は常盤台からお嬢様校の集合区画学園の園へと移り、お嬢様達の日常生活へと変わる。
初春の想像上の常盤台はとても清楚で華やかなものだったが、白井はそれは違うのではないかと考えた。
能力強度の高いお嬢様を学園都市の各地から集めた場所。そこにいるのは、自分が選ばれた特別な人間だと勘違いした世間知らずの集まりかもしれない、と。
白井はお嬢様だ。だが彼女は今の学校によって六年間かけて作られた形の上でのお嬢様だ。一般常識はわきまえているつもりだ。
だが常盤台のお嬢様達は生徒間で派閥というものを作り上げているという。小学校での仲良しグループとは違う、まるでテレビの政治家達のような集まりだ。卒業までに世界に通用する人材を、という常盤台の理念からすると将来政治家になる者もいるのだろうが。
白井の通っているのはお嬢様を“作り上げる”小学校。
しかし、常盤台はお嬢様を“集める”中学校だ。その差が彼女に今更になって不安を感じさせていた。
そんな暗鬱な白井の思考とは裏腹に、初春の話は続く。
「常盤台といえばなんと言っても
「超電磁砲……」
初春の言った単語を白井は繰り返す。
超電磁砲。最近何かとニュースを騒がしている人物だ。実際に本人が何かをしたというわけではないのだが。
「超電磁砲の人とお友達になれたら、その妹さん達百人ともお友達になれるんですよ」
などとまるで幼稚園児のようなことを言う初春に白井は可笑しくなる。
「でも
その横で固法はストローでジュースを飲みながら言った。
「
「本当ですかっ」
初春がその話に食いつく。
彼女も春からこの学区の住人だ。巷で噂の人物が気になるのだろう。
「ええ、ゲームセンターによく二人で居て本当に双子みたいで――」
固法の言葉の途中、喫茶店の扉が乱暴に開かれる音が響いた。
その音に白井達三人は入り口を振り返る。
「おらあッ! マスターいつものだ!」
怪しい風体の男が二人、ずかずかと店内に入ってくる。
不良学生。いや、統一された服装からして徒党を組んだ
二人は口髭の店員が佇む店の奥にあるカウンター席へと進むと、そこに座っていた客を「俺の指定席だ」と言って突き飛ばす。
口髭の店員は怯えるように茶色い液体の入ったグラスを二人の前に出した。おそらく、酒だ。
暴行に未成年者の飲酒。目の前で繰り広げられる違法行為に白井は立ち上がろうとする。
だが、それを固法は手でそれを静止させた。
なにをするのか、と白井は固法を見るが、固法は小さな声で白井に告げる。
「あの帽子、武装能力者集団クレイジー・バンチよ。日常的に能力を使って暴行事件を起こしてる」
「それならなおさら――」
「右の男は腰に刃渡りの大きい刃物」
眼鏡の奥の瞳が、ズレた現実を観測する。
固法の能力は
「左の男は……、上着にたくさんの小さな球状の物体。おそらく能力用の武器よ」
武装能力者集団。それは、カリキュラムで能力を発現しておきながらなんらかの理由で落第し、能力を犯罪行為に使用する能力者達の集団だ。
学園都市に開発された『能力』は常識の範疇を容易に超え、徒党を組まれると対能力者武装の少ない風紀委員では対処が難しくなる。それでも、白井は固法に訊く。
「補導しませんの?」
「
固法が彼らに見えないように携帯端末を取り出し、警備員への通報メールを打つ。
消極的な、と白井は歯がみした。
そんな白井の視界の奥、先ほどの小学生ウェイトレスが横切った。
「やめてッ! 大体、そこは、あんたらの指定席なんかじゃない!」
ウェイトレスの女の子は怒りの表情を浮かべながら、男達の方へとつかつかと歩いて行った。
「金を払わない客なんか、こっちから願いさげなんだから!」
「待ってたぜフレメアちゃんよお!」
男達の片方、短い黒髪にテンガロンハットを被せた男が口笛を吹く。
「私のいる店で、大体いつまでも好き勝手できると思うんじゃない!」
「ヘヘ、フレメア……お前はイイ女だ。気の強いトコも俺好みだ」
――ロリコンだ!
固唾を飲んで見守っていた白井達三人の心の声が一致する。
白井は彼に新しい罪状を付け足した。存在自体が性犯罪者だと。
「どうだ? 俺の女にならねえか?」
黒髪の男がウェイトレスの少女に詰め寄る。
だが、伸ばされた手を彼女は払いのけた。
「ふざけんじゃないよッ!」
そして、顔を近づけていた黒髪の男の頬に平手をぶちかました。
十歳ほどの小さな体から放たれたとは思えないその平手打ちは、黒髪の男の頭を大きく揺らす。
わずかに後ろによろめいた黒髪の男は少女へ顔を向けると、ゆっくりと顔に怒りを浮かべていく。
「てめえ……男の顔に手を上げたな……」
ゆらりと、黒髪の男は右腕を揺らす。
「下手に出てりゃつけあがりやがって!!」
怒鳴り声と共に男は顔の横に手を掲げる。すると、突然手のひらから子供の頭ほどもある大きさの火の塊が生まれた。
――
白井は先ほどの固法の言葉も忘れて、店の奥のカウンターに向けて駆けだしていた。
白井の視線の先。黒髪の男は炎の手を少女の頭に振り下ろそうとしている。
「おやめなさい!」
腹の底から白井は叫んだ。
突然の大声に、男の腕が一瞬止まる。
そのわずかな隙に少女の元へと辿り着く。怯えて縮こまった少女の背に、白井は手の平を当てる。
演算開始。
自身の体に触れる三次元空間座標を十一次元座標に変換。
観測開始。
己の手の平を基点として十一次元ベクトルを創造。
再演算。再観測。
十一次元座標軸上で移動した対象を三次元空間に反映。
観測終了。
演算終了。
手の平の少女が消える。
少女の居た場所を、火に包まれた手が通過する。男は驚愕の表情を浮かべていた。
白井は失踪していた勢いのまま、男の足の甲に踵を叩きつける。
痛みに男はうめき声をあげる、が、未だ火に包まれたままの手で白井の頭に向けて裏拳を放った。
それを白井は男の腕の下をくぐり抜けるようにして避ける。
ツーテールに結えた髪の毛先が焼け焦げ嫌な臭いをまき散らす。
腕を伸ばして男の襟の裏を掴む。靴底で膝の裏を踏み、襟を下に引き下ろす。
白井よりも一回り以上大きな男の背が、地に叩きつけられた。
第二学区の訓練所で教え込まれた体術。
優の判定を受けたその動きに従い、白井は最後のとどめに男を踏みつけようとする。
だが。白井は咄嗟に身体を後ろに引いた。
細い火の柱が彼女の目の前を通り過ぎていく。
暴徒鎮圧のための体術は習っている。
だが何百何千とある能力の一つ一つに対する対処法は教えられていない。
ならば、と彼女は視線を横に動かす。
カウンター席。食べかけの皿。スプーンとフォーク。人は居ない。退避したのか。
白井は手を伸ばしフォークを掴むと、能力でそれを転移させた。
転移先は男の手の平。加減している余裕はない。
空間を押しのけて出現したフォークが火に包まれた男の手に突き刺さる。
ぎァ、という絶叫。
手から血が吹き出る。一秒ほど遅れて炎が消える。
痛みで能力の演算を続けられなくなったのだ。そして熱されたフォークが手の平の肉を焼き、血が止まる。
能力が強制的に止められたことで炎で加熱した物体に対する熱耐性がなくなっていたのだ。
今度こそ、白井は男のみぞおちに向けて足を踏み降ろした。
男は目を見開き、苦悶の表情を浮かべる。
横隔膜を踏み抜かれ、肺の中の空気が口から漏れる。
苦しく咳き込むとやがて呼吸を出来なくなった男が気を失った。
やった。
白井は安堵のため息をつくが、彼女の側頭部に突如衝撃が走った。
「しまッ――」
炎のインパクトで思わず忘れていた。
男は二人組だったのだ。
もう一人の男に蹴り飛ばされた白井は店内の床を転がる。
「チッ、何ガキにノされてんだロリコン野郎」
先ほどの男と同じテンガロンハットを被った長身の男。
長めの髪を茶色に染めたその男は、気絶した黒髪の男を一瞥すると。
使えねぇ、と茶髪の男が呟いた瞬間、白井は男に向けて駆けだしていた。
男は僅かな動揺も見せず、ポケットの中に手を入れた。
白井は固法の言葉を思い出す。球状の物体。能力用の武器
踏みとどまるかこのまま押し倒すか。
白井が迷っている瞬間、男はポケットから手を出した。
小さな鉄球。パチンコ玉。
真っ直ぐ飛んでくるそれに向かって白井は前進したままだ。
「危ない!」
白井の身体を何者かが後ろから引っ張る。
白井は見た。固法だ。
ウェイトレスが襲われたときに動けなかった彼女は、今度こそと白井の元へと駆けつけていた。
鉄球の軌道から白井の身体を投げ飛ばすようにそらす。
代わりとでもなるように、固法の脇腹に鉄球が命中した。
直進を続ける鉄球は固法の服へとめり込み、鈍い音を立てて肋骨を砕いた。
それでもなお鉄球の動きは止まらない。
固法の身体は直進の動きに巻き込まれるように横に回転。
骨折の痛みに固法は悲鳴を上げながら合成木材の床の上に倒れた。
「あああああ――」
「先輩、どうして……」
脇腹を抱えて身体をくの字に曲げる固法を白井は床にへたりこみながら見た。
相手の手の内が解らずまま突撃し、判断を誤った結果がこれだ。白井は顔を青くする。
そんな白井を茶髪の男はカウンターに背を預けながら眺めた。
「なんだぁ。もしかしてオマエ達
白井と固法、二人の身のこなしを見ていた茶髪の男が告げる。
「だとするとそっちにいるガキも――」
「初春逃げなさい!」
白井は叫びながら床に横たわる固法の身体に手を触れる。
店の外へ固法をテレポートさせ、勢いよく立ち上がろうとする。男の視線から初春を隠すようにと。
だが足首に鈍い痛みが走り、白井はよろめく。彼女は立つことができずにその場に膝をついた。
茶髪の男からは、白井の叫びを聞いて店の外へ出ようとする初春の姿がはっきりと見て取れた。
男は店の入り口に向けて小さな鉄球を投げる。人が走る程度の速度で直進する鉄球。
初春は振り返らず扉を勢いよく開いて店の外に出る。それにわずか遅れて鉄球が揺れる扉に命中し、合成木材の扉を引き裂いた。
男は元より初春に当てるために投げたわけではなかった。ウェイトレスを逃した時点で何人逃げようと一緒だ。じきに
彼が鉄球を投げたのは、白井に対するデモンストレーションだ。
「
手の中で鉄球を転がしながら、男は笑った。
白井はそれを跪きながら見上げる。
白井黒子は
彼女はまだ自分自身を転移させることができない。
※超電磁砲三巻番外編前編扉絵の黒子ってお嬢様っぽい格好だよねという想像の元に、小学校の内容をオリジナル設定でお送りしています。他は禁書原作と超電磁砲(漫画)と超電磁砲(アニメ)と禁書目録ノ全テとバーボンで構成されています。