LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

24 / 35
『反転御手』⑥

 

 店を飛び出した初春は、背後から何かが壊れる音を聞いて振り返った。

 木製の扉が穿たれ、鉄球が初春めがけて飛んでくる。

 固法の惨状を思い出し初春は咄嗟に避けようとしたところで、何かに蹴躓く。

 体勢を崩した初春に鉄球が迫った。

 

 このままでは頭に当たる。

 

 焦る初春だったが、鉄球は彼女の目の前で急に停止し、重力に引かれるように地面へと落ちた。

 能力の効果が切れたのだろうか。

 安堵する初春だったが、足下の自分が躓いたものを見て顔を青ざめさせた。

 固法だ。あばらを抑え、脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべている。

 

 店の中にいた彼女が、何故初春の前にいるのか。

 それはつまり、白井が転移させたということ。今自分がここにいるのも、白井に逃げろと言われ咄嗟に逃げ出したからだった。

 初春は店の入り口を見るが、壊れた扉から白井が出てくる様子はない。

 

 白井はウェイトレスの女の子を助けるために能力者の前に飛び出した。固法は白井を庇うために飛び出し負傷した。

 だが初春は逃げ出すことしかできなかった。白井一人を店の中に残して。

 無様な自分に初春は泣き出しそうになる。

 どうしよう。どうしよう。なにもできない。

 そう困惑する初春の耳に、ふと小さな鳴き声が届いた。

 

 初春は振り向く。

 小さなウェイトレスの女の子が、綺麗に塗装された道の上に座り込んで泣いていた。

 自分より年下の女の子が泣く姿を見て、初春は冷静さを取り戻す。

 

 ただ逃げ出したのでは意味がない。

 自分は研修生と言えども風紀委員(ジャッジメント)を志しているのだ。

 初春は泣き続ける女の子の元へと駆け寄り、肩を両手で掴む。

 女の子が突然の事に驚いた顔をするが、構わず初春は言った。

 

「お願い、警備員(アンチスキル)に通報してください。中で風紀委員が襲われているの」

 

 涙でくしゃくしゃになった女の子の顔を真っ直ぐ見つめて初春は言う。

 

「お願い!」

 

 その言葉に、女の子は小さく頷きを返した。

 

 泣き止んだ女の子は、ふらりと立ち上がり、駆けだしていく。

 そして初春もそれに続くように走り出す。

 現在地は表通りから一本道が外れた小さな通り。人通りはない。

 学生達が多数歩く表通りに、初春は出る。

 そして、叫んだ!

 

「助けてくださいッ!」

 

 通りに響き渡った大声に、学生達が振り向く。

 

風紀委員(ジャッジメント)が能力者に襲われてます! 誰か助けてください!」

 

 学生達が返したのは困惑の顔。

 

「お願いします! 助けてください!」

 

 必死に初春は叫ぶ。表通りを歩く年上の学生達。その中に、白井を助けてくれる能力者が居ることを願って。

 だが、それに答える学生はいない。

 ただ立ち止まって初春を見るだけ。警備員に通報するべきか、と会話はしても風紀委員を襲うような相手の目の前に出る気は起きない。

 中には風紀委員を助けるなんて普通逆だろう、と笑う者もいる。

 

「誰か、助けて……」

 

 初春の声は段々涙混じりのものになっていく。

 それでも泣き出して助けを呼ぶのをやめるようなことはしない。

 白井が一人で取り残されている。固法も急いで病院へ運ばなければならないだろう。

 少しでも遠くに聞こえるように、初春は叫び続ける。

 そして。

 

「どうかしましたか?」

 

 誰かが一人、初春の前で立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

「俺は銃が好きなんだ」

 

 手の中で鉄球を転がしながら男が言った。

 それを白井は床に跪きながら見上げる。

 

「この街じゃ銃を手に入れることァ難しくないが、学生が裏で手を回しても手に入るのはちゃっちいハンドガンだ。そんなガキのおもちゃなんぞ使っても面白くねぇ。男ならやっぱりガトリング銃だ」

 

 そう言いながら、男は手の中の鉄球を横へと投げた。

 鉄球は放物線を描くことなく、真っ直ぐに飛ぶ。まるで無重力の空間を進むような動きだ。

 

「んなことを考えながらクソだりぃ開発を受けて手に入れた力がこれだ」

 

 鉄球が壁へとぶつかる。だが鉄球は止まることなく合成木材の壁板を割り、その奥にあった鉄骨建材を砕いていった。

 地震災害を想定されて作られている頑丈な建物にぽっかりと穴が開く。

 白井にはそれがありふれたレベルの低い念動力(テレキネシス)とは思えなかった。

 

「『絶対等速(イコールスピード)』。俺が撃ち出した物体は前に何があろうとも同じ速度で進み続ける。俺が能力を解除するか弾丸が壊れるまでな」

 

 再び男は鉄球をポケットの中から取り出す。

 

「オマエの能力……。手に触れた物を転移させる空間移動(テレポート)だな? 知ってるぜ。空間移動(テレポート)は物が消えているんじゃねえ。十一次元ベクトル上で移動してるだけだ。つまりオマエも俺と同じ物体を撃ち出す能力者ってことだ」

 

 白井は答えない。最後の瞬間まで手の内を明かすようなことはしない。

 自分自身を転移することができないのも隠し切れればそれだけで状況が有利に働く。

 

俺のチーム(クレイジー・バンチ)に入れよ。俺とオマエが組めば銀行強盗だろうが金庫破りだろうが何だってできる。そうだろう?」

 

 男の言葉に、白井はどうするかと考える。

 今ここで拒絶すれば最悪殺されるかもしれない。初春が逃げられた時点で警備員(アンチスキル)に通報がいっているだろう。

 自分がこの男を見逃したところで学園都市の監視網を突破できるとは思えない。

 初の実戦にしては十分頑張ったではないか。そう白井は思う。だが。

 

「絶ーっ対にお断りですの!」

 

 白井のプライドが、生き延びるための嘘を許さなかった。

 

「わたくしの能力はそんな事のために使うような安っぽいものではありませんし、仲間になる? わたくしこんなお店の小さな店員さんに手を上げるような集団は好みではありませんの」

 

 白井の口からすらすらと言葉が出てくる。

 挫いた足首はまるで火傷したように熱い。手元に転移できるような道具もない。

 それでも起死回生を狙って脚に力を入れる。

 

 男は白井の返事を聞き、ポケットへと手を入れる。

 複数の鉄球がこすれる音が小さく響いた。

 

 白井が立ち上がろうとした瞬間、彼女の背後で壊れた扉が酷い不協和音を鳴らしながら開いた。

 警備員か。

 白井と男は同時に入り口へと振り向く。

 しかし、店内へと入ってきたのは白井とさほど歳の離れていない子供。赤いゴーグルをかけた私服の少女だった。

 

 店内の視線を一人身に浴びながら、少女は長い三つ編みを揺らして店の奥へと進む。

 膝を付く白井の前を通り、気絶した黒髪の男の上をまたぎ、そしてゴーグルの少女はカウンターへ肘を付いた。

 その動きはまるで店内の様子など目に入っていないかのようだった。

 

「おおっと、すまねえなあ嬢ちゃん。見ての通り店じまい中だ」

 

 ポケットから手を出した男はカウンターの少女へと言った。

 

「だがそうだな、せっかく来たんだからいっぱいオゴるぜ。マスター!」

 

 そう言って男はカウンターの奥に下がっていた口髭の店員を呼んだ。

 店員は怯えるようにして出てくる。

 

「ミルクだ」

 

 男の言葉に急かされるようにして、店員はミルクをコップに注ぎ、男の前のカウンターにコップを載せる。

 

「そら!」

 

 男がコップを手で押すと、コップはカウンターの上を真っ直ぐすべっていった。

 そしてゴーグルの少女の前にコップが来ると、急にその動きが止まる。能力を使ってコップを移動させたのだ。

 

「テメェみてえなガキにゃそいつが似合いだぜ」

 

 少女はコップの中のミルクを見下ろすと、男がそうしたようにコップを手の先で押した。

 コップがカウンターの上を滑る。

 先ほどとは違い少しずつコップの滑る速度が落ちていき、そして男の目の前で停止した。

 

「お? 俺のオゴリがのめねえってのか? 気のせいかミルクが戻って来た気がするんだよな」

 

 コップの中で揺れるミルクを見ながら男が言う。

 そして右の手を額に当て天井を仰ぐ。

 

「いかんなあ二日酔いだな。ここの酒は安モンばっかだからなあ! それともミルクはママのおっぱいからじゃねえと気にいらねえか?」

 

 手の平の下からぎょろりと覗く目で少女を見る。

 ゴーグル越しに少女はちらりと男を一瞥すると、淡々とした声で言った。

 

「目障りです。消えなさい、とミサカは警告します」

 

「何い~? そんなに死にてえかあッ!」

 

 男が手の中に忍ばせていた鉄球を投げる。

 それと同時にゴーグルの少女も動いた。

 腰溜めに構える右手。その人差し指と中指の間に、男が投げたものと同じ鉄球がはさまれている。

 少女の手が青白い光を放つと、目に止まらぬ速度で指の間から鉄球が撃ち出された。

 

 少女の放った鉄球は吸い込まれるように男の投げた鉄球へと衝突する。

 鼓膜を引き裂こうとするような大きな破裂音が響き渡り、二つの鉄球は互いをつぶし合い一塊となり、弾けるように天井へと飛んでいった。

 潰れた鉄球は弾けるように上へと飛び、天井の板を貫いて建材の鉄骨の中にめりこむ。

 

 その様子を白井は一人唖然とした顔で見ていた。

 突然始まった能力者同士の戦い。武装能力者集団の抗争でも繰り広げられているのだろうか。

 

「テメェも念動力使い(テレキネシスト)か。おもしれェ。ここは早撃ち勝負といこうか」

 

 男は口笛を吹いて思わぬ反撃に感心すると、ポケットに右手を入れ半身を引く。

 対するゴーグルの少女も身体を沈めて構えを取った。

 

 男がポケットから手を引き抜く。その手に握られていたのは複数の鉄球。それを少女に向けて一度に放り投げた。

 一度に一つの物体にしか効果がない。男の能力をそう思い込んでいた白井は驚く。

 これを全て迎撃しなければならない少女は大丈夫なのか。

 そう思って少女へと顔を向けた白井だが、その少女が男ではなく自分の方に向けて走り出しているのを見て再び驚いた。

 何故こちらに、と白井が考える暇もなく彼女は少女の腕に絡め取られる。

 

 流れるような動きで白井は少女の肩に抱え上げられる。

 それにわずかに遅れるようにして白井の目の前を鉄球が通過していった。

 ばらまかれた鉄球の一つが白井に向かって進んでいたのだ。

 

 助けられたのか。そう白井が少女の肩の上で考えている間にも男は新たに鉄球を少女達の方へと放り投げた。

 白井と一、二歳ほどしか違いのなさそうな少女は白井の身体を担ぎ上げたまま店内を走る。

 退路を経つように男は次々と鉄球を投げるが、少女は壁を足場にして上方向に走りそれを避けた。

 

「木造建築に見せかけて鉄骨製とは風情がないですが助かりました、とミサカは状況を確認しました」

 

 白井を担ぎながら少女が言う。

 ミサカ、という言葉に白井は思い至る。

 鉄球飛ばし。そして鉄骨の壁走り。

 

「貴女、常盤台の超電磁砲(レールガン)ですの?」

 

「その妹です。証拠に電池不足でもう電磁砲は撃てません」

 

 白井を落とさないように天井に張り付きながら少女が言う。

 

「花飾りの少女に助けを求められました、とミサカは説明します」

 

 花飾りの少女。初春のことだろうと白井は納得する。

 初春が助けを呼んでくれたのだ。初めからこの少女は白井を助けるためにこの店にやってきた。

 ということは、先ほどのカウンターでのやりとりも警備員が来るまでの時間稼ぎだったのか。

 

 白井がそう考えている間にも少女は店内を縦横無尽に駆け回る。

 壁を走る。

 前に向けて跳躍したかと思うと飛んでくる鉄球の上に乗り、天井へとぶら下がる。

 めまぐるしく動く視界に白井は目を回す。ダメだ。この程度で方向感覚を狂わしてしまうのだから自分を転移させられないのだ。

 

 そして、一つ気づく。

 

「……わたくしを抱えていては電撃を使えないでしょう? 投げ捨ててくださって構いませんのよ」

 

「確かに」

 

 空間を裂くように一筋の雷光がほとばしる。小さな雷は男が右手に持つ鉄球へと吸い込まれ、男の手を焼く。

 思わぬ反撃に男は手の中の鉄球を取り落とす。

 

「あなたの感電を防ぐにはこの程度しかできません、とミサカは正直に言います。ですが問題ありません」

 

 動きを完全に止めるには雷撃の威力が足りなかったのか、男は無事な左手を懐の中へと入れる。

 

「店ごとハチの巣にしてやる!」

 

 男が内ポケットの中から取りだしたのは、左手いっぱいに握られたプラスチック製のBB弾。

 その量に、白井は顔を青くする。

 あれだけの量を一度に投擲、演算できるというのか。

 

「受け取れ、ガトリング銃のタマをな!」

 

 周囲一面にばらまかれる無数の弾。

 だがそれに一切臆することなく白井を抱える少女は大きく息を吸い込み、そして叫んだ。

 

「助けてお姉様――――ッ!」

 

「私の妹になにさらしてんじゃコラァ!」

 

 ぼろぼろになった扉を蹴破って、少女が一人店の中に飛び込んできた。

 次の瞬間、店内を雷光が埋め尽くす。

 プラスチックの弾は一つも白井の元へと届くことなく空中で蒸発した。

 

 白井は見た。身体に紫電をまとわりつかせた常盤台の少女を。

 それは、自分を担ぐゴーグルの少女の姉、正真正銘の超電磁砲(レールガン)だった。

 

 

 

 

 

 

 雷撃で焼け焦げた二人の男を警備員(アンチスキル)達が捕縛する。

 警備員がやってきたのは常盤台の超電磁砲(レールガン)が鉄球の男に雷撃を何度も叩き込み、白井がさすがにもうやめてあげてくださいましと言って静止させた後になってからだった。

 そして警備員に遅れて到着した救急車が、固法を担架で運び込む。

 救急車に同乗しようとした白井だったが、固法は苦しそうな顔で笑い、警備員に状況説明をしておけと白井に言った。

 

 そして今、白井は自分を助けてくれたゴーグルの少女に足首の応急手当を受けていた。

 ソックスを脱がし腫れ上がった足首を見て、少女は捻挫ですねと言ってどこから調達したのか湿布と伸縮テープでテーピングを行う。

 その後ろでは、超電磁砲(レールガン)がゴーグルの少女になにやら説教をしていた。

 

「キューブ! 確かに私が付くまでに時間を稼いでとは伝えたけどねぇ、大立ち回りして危ない目に遭えとは言ってないわよ!」

 

「ミサカ的に西部劇ブームでしたので、つい」

 

「美雪がしつこくレールガンの使い方考えろって言ってたのはそれかー!」

 

 叫ぶ超電磁砲(レールガン)、御坂美琴は、白井の目から見てもこのゴーグルを目から外して額にかけた少女とは髪型と服装以外うり二つだ。

 顔をじっと見つめる白井の視線に気づいているのかいないのか、キューブと呼ばれた少女は慣れた手つきで伸縮テープを巻いていく。

 

「手慣れていますのね」

 

「医療施設で研修中ですので、とミサカは初の実地業務に胸を高鳴らせます」

 

 初の実地業務、という言葉に白井の胸がちくりと痛む。

 今回のこの捕り物は、白井にとって初仕事といっても良いものだった。

 だが先輩を大怪我させ、自分も負傷し、民間人に助けらる始末だ。

 唯一出来たのはウェイトレス一人を助けることだけ。

 

 そのウェイトレスの女の子は白井からやや離れた場所、警備員達のいる場所で初春に抱きついて喜んでいた。

 

「あのクレイジー・バンチが大体まるで子供扱い!」

 

 初春ににゃあにゃあとまとわりつきながら、女の子は美琴を指さして騒ぐ。

 初春はそんな女の子と一緒にすごいです超電磁砲(レールガン)ですと笑みを浮かべていた。

 だが、二人の顔は泣きはらした後のように赤く腫れており、白井は心配をさせてしまったか、とため息をついた。

 

「終わりました。しばらくは走ったり激しい運動をしたりしないように、とミサカは注意事項を述べます」

 

「感謝いたしますわ」

 

 白井はゴーグルの少女に向き直ると、座ったままぺこりとお辞儀をした。

 

「キューブ様、でよろしいですの? このお礼はいずれ。よろしければご連絡先などを教えていただけると嬉しいですわ」

 

「はい」

 

 白井の言葉になにやら嬉しそうにゴーグルの少女、キューブは腰に下げていたポーチに手を伸ばす。

 そして黒い革製のカード入れのような物を手に取ると、中から白い紙片を取り出した。

 

「御坂キューブと申します。よろしくお願いいたします」

 

「あ、はい、これはご丁寧に」

 

 キューブが白井に向けて差し出したのは、名刺だった。

 それを白井は両手を差し出して受け取る。

 名前と電話番号、メールアドレス、そして病院の名前が書かれた名刺を白井は困惑して見つめる。携帯端末のアドレス交換程度に考えていたのだが、急に社会人流の連絡先交換を受けた。小学生である白井は当然名刺など携帯していない。

 

「お姉様、お姉様、初の名刺渡し達成です、とミサカはミサカは興奮を隠しきれません」

 

「あー、はいはい」

 

 美琴に向けて名刺入れをぱたぱたと降るキューブを美琴はどうどうと落ち着かせる。

 それを見て、白井の胸の奥に強い電撃が走った。

 もしかして。もしかしてこの姉妹はすごい可愛い生き物なのではないだろうか。

 白井の心の奥底から、何かが大切な物を破壊しながらふつふつと湧き上がってくる。

 そしてふと初春の言葉を思い出す。

 一人とお友達になれたら、他の妹百人ともお友達になれる。

 この可愛い生き物が、あと百人超。白井の中で何かが爆発した。

 

「あのっ」

 

 白井は目の前のキューブの手を両手で握りしめる。

 手の中の名刺を握りつぶさないよう力は絶妙に加減してだ。

 

「よろしければ今度の日曜日、一三学区に遊びに来ませんか? お勧めのスイーツショップをご案内しますわ」

 

「甘味ですか、是非、とミサカは目を輝かせます」

 

「あら、スイーツがお好きですの」

 

「ミサカ達はもれなく甘い物に目がありません、とミサカは日曜の予定を変更しながら言います」

 

 思わぬ情報に白井は心の中でガッツポーズを取る。

 

「でしたら、お手すきの姉妹達(シスターズ)の方々もお誘いくださいませ」

 

 握った手を上下に振りながら白井が言う。

 すると、後ろにいた美琴が、あれっ私は、と置いてきぼりを喰らったかのように言う。

 すかさず白井は美琴の前に移動し、右手を差し出しながら言った。

 

「御坂美琴様ですね。わたくし、春から常盤台中学に入学する白井黒子と申しますわ」

 

「あ、うちに来るんだ」

 

 よろしく、と言って美琴が白井の手を握り返した。

 

「ところで、今度の日曜私も暇だな-、なんて……」

 

 白井の心の中で大きな旗が掲げられる。

 

 大 漁

 

 世界一可愛らしい御坂姉妹と一瞬で友人となるのに成功。スイーツ巡りという名のハーレムデートの約束を難なく取り付けることができた。

 来るべき日曜は距離を縮めるチャンスデー。白井厳選のデートコースで舌も心も甘くとろけるように。選び抜いた勝負下着は忘れずに。ウうぇっへっへっへっへ、と白井は心のよだれが止まらなかった。

 

「あー、君、もう怪我はいいかね」

 

「何ですのこの忙しいときに!」

 

 思考の横から割り込んできた男の声に、白井はにらみを効かせて振り返る。

 白井の視界の先にいたのは、対能力者戦闘用の防護服を着た警備員だった。

 

「君、現場に居合わせた風紀委員(ジャッジメント)だね?」

 

「はい、そうですわ!」

 

 びしっという音がなりそうな勢いで白井は背筋を正す。

 そして、美琴とキューブへと顔を向けた。

 

「美琴様、キューブ様、風紀委員の仕事がありますのでこの話はまた後ほど」

 

 頼れる風紀委員アピールを忘れずに、白井は二人へぺこりとお辞儀をする。事件を解決したのは白井ではなくこの御坂姉妹だったのだが。

 

 警備員の後をついて、白井は護送車のある方へと向かう。

 そこには防護服を着た警備員達に混じって、ウェイトレスの女の子から離れた初春もいた。

 

「犯人の様子がどうもおかしくてね。暴れていたときもこうだったのか聞きたいんだ」

 

「様子がおかしい、ですの?」

 

 黒髪の男はロリコンという意味では十分おかしかったが、そういうことではないだろう。

 白井は案内されるままに護送車の中の男達の前にやってきた。

 黒髪の男は気絶から復活したのか、車の隅で目を開けてぐったりとしている。

 そして、鉄球を使っていた長身の男は、まるで薬物でもキメたかのように虚空を眺めよだれをたらし、何事かを呟いていた。

 

「大丈夫。だ。俺達は負けない。絶対に。オレ。タチは行ける。んだ。実際にイけば。わかるん。だ」

 

 長身の男は固まった笑みで、わけのわからないことを喋っている。

 表情が動いていない、と白井は訝かしんだ。

 

「オマエには。ワからない。オマエは。イけない。から。アハハ大丈夫。ダイジョウブなんだ」

 

 表情が固定されている。感情の波が一定値のままなのだと白井は思い当たる。

 その様子はまるで、そう、雑な洗脳でも受けているかのようだった。

 

 

 

反転御手編

『胎動』

 

 

 

 冬が終わり、春。

 学園都市の各地で入学式を迎え、新しい一年が始まってすぐの休日。

 御坂美琴は特にこれといった用事もなく、いつもの第七学区の隅にある公園にたい焼きを食べに来ていた。

 寮でだらだらと過ごすのは無しだ。何かと理由をつけては新入生達が超能力者(レベル5)の美琴と、寮の同室の同級生であり妹でもある御坂美雪の元へと訪ねてくる。

 そして寮の部屋へやってきた彼女達が口に出すのは、決まって派閥の話ばかりだった。

 

 御坂様の派閥に入れてくださいませんか。

 そんなことを目を輝かせながら言ってくるのだ。だが、その瞳の奥にどれだけの打算があるのか解ったものではない。

 自分には派閥などないし誰かの派閥に所属しているわけでもない。

 そうは言うもののなかなか納得しては貰えない。

 姉妹達(シスターズ)が美琴と同学年に一人、新入生に二人。さらには何かと御坂姉妹の周囲にいる新入生白井黒子が追加で一人。

 その五人が集まれば外野からすると立派な派閥にしか見えなかった。

 派閥に加えて欲しいと言ってきたのは新入生だけではなく、同級生や上級生もだ。

 

 しばらくこの騒ぎは収まらないだろうと、美琴はこの公園に逃げてきていたのだった。

 この公園は良いスポットだ、と美琴は思う。

 超能力者(レベル5)が入り浸る魔窟。

 経歴を見てみれば趣味は研究所潰しですとでも言い出しそうな学園都市第一位を筆頭に、どうみても不良にしか見えない第七位と第八位がたむろし、たい焼き屋の店主を頼りにスキルアウトが頻繁に出入りしている。さらには超能力者(レベル5)の能力を観察しようと目を光らせる怪しい研究員がうろついていることもある。

 常盤台のお嬢様ではここに近づこうとも思うまい、と美琴はたい焼きを食べながら心の中で笑った。

 

 しかし、いい加減たい焼きという季節でもない。それに学園都市からの有り余る補助金を考えれば高級甘味などいくらでも食べられる。

 だが美琴はこの公園のたい焼きが好きだった。

 

 今日はバイトのアキラが店番だ。

 昔は店主の無法松がいないと文句ばかり言っていた美琴だったが、この一年でアキラの腕前も上がり店主がいなくても特に気にしないようになっていた。

 

 屋台の奥、ベンチを見ると真っ白な肌の鈴科百合子がまたどこかの学校の制服を着て昼寝をしている。妹のファーストが来てから孤児院での仕事が楽になり暇が増えたらしい。

 ミサカネットワークに接続しファーストに聞いて初めて知ったのだが、百合子は美琴のことを前から友人だと思っていたらしい。美琴は彼女に拉致されたときは会話をしたことがあるだけの知人としか思っていなかったというのに。

 

 ミサカネットワークに触れ、そして冬の終わりに最終信号(ラストオーダー)になると決めてからというもの、美琴は日々新しいことの発見の毎日だった。

 何せ、何十人もの世間知らずな妹達がそれぞれ違う場所でそれぞれの生活を実況しあっているのだ。それまで知らなかった学園都市の姿がいろいろな形で見えてくる。

 それは学園の園という箱庭の中で、派閥を作って人脈争いをしていては得られない体験だ。

 そして美琴は思うのだった。

 

 帰宅部最高、と。

 

 能力の研究協力がないときは、寮の門限まで街でふらふらと出歩くのが最近の日課だ。

 妹達の様子を見に行ったり、外出時の着用を義務づけられている制服から着替えてとある少女Aとして遊び回ったりするのだ。

 だからといって学業をおろそかにしているわけではなく、新たに手に入れたミサカネットワークを活用して順列第一位を目指し続けている。

 本業保母副業高校生の現第一位に、本業中学生が超能力で負けているままではいられないのだ。

 

 気持ちよさそうに眠る百合子を見ながら美琴はもぐもぐとたい焼きを租借する。

 だがまあ休日くらいはこうやってのんびり過ごしても罰は当たらないだろう。

 

 たい焼きを全て食べ終わったところで、美琴は飲み物が欲しくなった。

 公園に設置された古くさい自動販売機へと向かう。

 この公園のもう一つの名物。恐怖、お金を入れたが最後缶もお釣りも吐き出さない自動販売機。

 一言で言ってしまえば故障している。

 だがこの自販機、業者が修理に来たときは正常に作動するというまるで人工知能でも持っているのかと疑いたくなるような代物なのだ。

 美琴もかつて万札を飲み込まれたことがある。

 だが彼女はその缶を出さない自販機の前に立つと、おもむろに蹴りを放つ。

 

「ちぇいさーっ!」

 

 常盤台中学内伝、おばーちゃん式四五度からの打撃による故障機械再生法。

 軽快な音を立てて、自販機が缶を一つ吐き出した。

 蹴りを入れ古くなり緩んだバネに衝撃を与えることでランダムで一つ缶を手に入れる。

 犯罪ではない。しっかり一万円を先払いしているのだ。正当な権利と言えよう。そう美琴は欠片も罪悪感を持たずに取り出し口から缶を取る。

 

『たい焼きサイダー(ホット)』

 

 なめとんのか、と再び蹴りを放とうとする美琴だが。

 

「美琴先輩!」

 

 背後から彼女を呼び止める声が聞こえた。

 聞き覚えのある声に、美琴は気だるげに振り返る。

 そこにいたのは、常盤台中学の制服を着た風紀委員(ジャッジメント)。二月ほど前に知り合った後輩、白井黒子だった。

 

「美琴先輩はまたそのようなことをして! 常盤台を代表する世界のお姉様として恥ずかしくありませんの」

 

 美琴の違法行為に白井は顔を真っ赤にして怒った。

 巡回中だったのか、白井の腕には緑色の腕章がついている。

 面倒くさいヤツが来た、と美琴はげんなりする。白井黒子はお嬢様である。そんな彼女に自分、いや、妹達(シスターズ)を含めた自分達姉妹は慕われているのか、何かと世話を焼かれている。そして白井は美琴がお嬢様らしからぬ行動を取ろうとすると、それを全力で改めさせようとするのだ。

 曰く、妹達(シスターズ)のお姉様なのだから、と。

 いったいどういう理屈なのか解らないが、実際に美琴は妹達全員の姉なので強く反論ができない。

 

「アキラさんも! そこで見ていたのなら止めに入るくらいしてくださいまし!」

 

 白井の矛先がたい焼き屋台のアキラに向かう。

 だが、アキラは片眉をつり上げながら言い返した。

 

「オマエ、この前はミコトおねーさまにむやみに近づくなとか言ってたじゃねーか」

 

「それはそれ、これはこれ、ですの」

 

「どうしろってんだ……」

 

 白井は何故か美琴のことをお姉様と呼びたがる。

 だが、美琴はそれを全力で阻止した。ただでさえたくさんの妹達にお姉様と言われ恥ずかしい思いをしているのだ。さらに一人追加などやっていられない。

 今更一人増えたところで変わりないではありませんの、と白井は言うが、それでも駄目だ。人前では先輩と呼べと何とか言い聞かせている。が、今のアキラの言葉を聞く限り美琴のいない場所ではその決まり事を守っているかは怪しい。

 自分をお姉様と呼びたがり、そして白井と会った日以降に調整完了した妹達(シスターズ)に黒子お姉様と呼ばせたがる。

 

 難しい年頃なのだろうか。

 

 白井黒子は中学一年生である。

 美琴は彼女との距離の取り方が未だに解らない。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。