LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』⑦

 

 佐天涙子は小学七年生である。

 晴れてこの四月から中学校に進学したというのに、中学デビューに見事失敗した中学生未満である。

 

 中学受験に失敗し、三月まで通っていた小学校近くの第七学区立の中学校へとなし崩しのままに入学。

 それでも気分を入れ替えて中学生活を楽しもうと気合いを入れたところで、入学式翌日、急にテストと身体検査(システムスキャン)が行われた。

 

 佐天が編入した柵川中学には入試がない。

 佐天がそれまで通っていた第七学区の小学校だけではなく、第一三学区など学園都市の各地から理事会の選別で生徒を受け入れている。選別基準は学力と能力強度(レベル)だ。主に低レベルの生徒を集めているらしい。

 一定の基準で分けられた生徒達と言っても、出身小学校ごとの授業内容は様々。

 そこで学生個人の学力を測るための筆記試験が入学早々実施されたのだが、佐天はそこで大きな失敗をしてしまった。

 筆記試験で首位をとってしまったのだ。

 

 佐天は中学受験をしていた。能力者になるために少しでも良い中学校に入ろうと頑張っていた。

 だが、受験をすると決める前の彼女の成績はさほど優秀ではなかった。

 さらに佐天の能力判定は無能力者(レベル0)だ。それも、何の能力を持っているかも解らないほどの無能力。

 それゆえにさほど優秀ではない生徒達が集められる柵川中学に入学することになったのだった。彼女が学力を伸ばしたのは進学先決定の選別基準に含まれない小学六年の冬以降のことだ。

 

 各学区の小学校で学ぶような内容は受験勉強で一通り覚えきっている。

 そのため佐天は『出身学校の違いによる学習進行度合い』を測るための試験では自ずと高得点を取れてしまうのだ。

 

 学年首位。

 その立場は目立つ。だが佐天は無能力者(レベル0)だ。

 それゆえに、入学者達の中でも特に能力強度(レベル)が高く上を目指している人達に目を付けられてしまったのだ。

 柵川中には無能力者(レベル0)から異能力者(レベル2)の生徒が集められている。

 

 無能力者(レベル0)だけの学校なら筆記試験の結果などさしたる問題はなかったのだろう。

 だが、レベル差のある学生達を一ヶ所に集めるとどうしてもレベルによるヒエラルキーが生じてしまう。

 そんな中での無能力者(レベル0)の学年首位は明らかな異分子だった。

 

 研究者向けの中学ならばこのような事態にはならなかったのだろうが、佐天はそういった学校を受験先には選ばなかった。彼女が学園都市に来たのは科学者になるためではない。超能力者になるために親元を離れてはるばるこの都市にやってきたのだ。

 無能力者(レベル0)の判定を受けてもその夢を諦めず、受験に励み、そしてその結果中学デビューに失敗した。

 

 試験明けの登校日、一年生達のオリエンテーリングが行われた。

 生徒達複数人で一組の班を作り校内を見て回り交流を行う。そんなありきたりな行事。

 そこで人付き合いに慣れている佐天の嗅覚が、明らかに一部の集団から拒絶を受けているのを嗅ぎ取った。

 そんなに無能力者(レベル0)が気にくわないのか、世知辛いものだと佐天は人を求めてふらふらとうろつき回る。

 

 一年生が集められた体育館では随所でグループができあがってきている。

 その中の一つ、三人の女子が集まっているところに佐天は近づく。

 

「アケミ-。いれちくれー」

 

 三人組の一人、髪を茶色に染めた女子に佐天は話しかける。

 彼女は佐天のクラスメイト。入学式の時に友人になった人物だ。

 

「おー、ルイコ。入れ入れ」

 

 アケミはすんなりと佐天を受け入れる。

 彼女は佐天を敵視する側の人間ではなかったようだ。

 

「佐天涙子でーすよろしくねーってみんな同じクラスか」

 

 他の二人へ挨拶したところで、佐天は試験の時に同じ教室にいた面々だということに気づく。

 クラスのホームルームではまだ自己紹介を行ってはいない。だが佐天はしっかりとクラスメイト全員の顔を覚えていた。人の顔と名前を覚えるのは得意な方だ。

 そして中学デビューに失敗しかけている佐天を仲間に入れてくれる度量を持つ人物がこのアケミだと、佐天の対人経験の勘が告げていた。

 

「ルイコー、聞いたよォ。テスト、トップだったんだって?」

 

 佐天の背中を叩きながらアケミが言う。

 そこには嫉妬や敵意といった感情は欠片ものっていない。

 アケミの周囲の二人もニコニコと笑顔を向けてきている。良い友達になれそうだった。

 

「点取れたのはお受験してただけだからすぐに成績落ちてくけどねー」

 

「というか入学早々試験とかありえなくない?」

 

「テンション下がったよねー」

 

 アケミの隣の二人は佐天に追求することなくそんなことを言った。

 もしかすると佐天へ向けられていた周囲の視線から何かを察知しているのかもしれない。

 

身体検査(システムスキャン)はどだった?」

 

「わたしゼロー」

 

「私も無能力者(レベル0)念動力(テレキネシス)使えるけど鉛筆くらいしか持ち上がらん」

 

「あはは、あたしもゼロだよ。でも学生の六割が無能力者(レベル0)だっていうんだからこんなものだよね」

 

 佐天は笑いながら内心で少し安堵していた。自分と同じ無能力者ならば打ち解けるのも早いだろうと。

 この都市ではどうしても個人のプロフィールにレベルという物がついてまわる。その垣根を越えて交流するのは中々難しいのだ。

 佐天は妙な縁で学園都市で八人しかいない超能力者(レベル5)のうち三人と顔見知りだが、それでもやはり同じ無能力者でないと解らないものはある。あの超電磁砲(レールガン)も無能力者ではなく低能力者(レベル1)からのスタートだ。

 

 これは卑屈だとか嫉妬というものではない。

 学園都市で生活する中で自然と身についてしまう価値観なのだ。

 

「それよりあと一人どうする? 五人以上で組めって言われたけど」

 

「同じクラスの人が良いよね」

 

「まこちんクラスの人わかる?」

 

「わからんー」

 

 きょろきょろと周囲を見渡す三人に、佐天は言う。

 

「あたしわかるよ」

 

「お、ルイコ頼りになるな」

 

「女子が良い? 男子が良い?」

 

「いや男子はハードル高いよさすがに」

 

「この状況で男子が混ざったら逆にかわいそー」

 

「というか男子も顔覚えてるの?」

 

「人の顔と名前を覚えるのは得意なのだよ」

 

 えへんと胸を張った佐天は、視線を周囲へと向ける。

 目に見える範囲の人達は既に班を組んでいる。五人ではなく五人以上という取り決めなので人数が少ない班と合流するのも良いだろう。ただ、まだ班に入れていないクラスメイトがいるなら入れて上げようと考えた。佐天自身、アケミ達がいなければ上手く馴染めるか自信がなかった故に。

 

「ちょっと探してくるねー」

 

「任せた-」

 

 軽く手を振ってアケミ達から離れ、佐天は人であふれかえった体育館をうろつく。

 まだ班に入れていない一人の生徒達。その中から見覚えのある顔を探す。

 

「おっ」

 

 一人、困ったように周りを見渡している女子生徒が目に止まる。

 花飾りのワンポイントのついたヘアバンドをしている背の低い少女。佐天のクラスメイトだ。

 

「君、オリエンテーリング回る班まだどこにも入ってないのかい?」

 

「え、あ、はい……」

 

「じゃああたしと組もうよ、ほら」

 

 返事を聞く前に佐天は女子生徒の手を取る。こういう場での人集めは多少強引過ぎるくらいでちょうど良いのだ。

 

「わ、わた……」

 

 小走りで手を引かれ慌てるように何かを口ごもる女子生徒。だが佐天は気にせずに三人の元へと向かった。

 

「おーい、釣れたぞ-」

 

「おー早いなー」

 

「よろしくー」

 

「よろしくねー」

 

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 アケミ達三人の前でぺこりとお辞儀する女子生徒。それに佐天は確認するように訊ねた。

 

「初春さん、で良いんだよね?」

 

「はい、そうです」

 

 佐天の言葉に少し驚いたように花飾りの少女、初春が目を見開く。

 それを見たアケミが佐天に向けて言う。

 

「ルイコ、クラスメイト全員の名前までもう覚えてるの?」

 

「出席番号順に覚えていってるだけだよ。ほら、あ行だし」

 

 ういはるかざり。あいうえお順で決められる出席番号では先頭に近い方だ。

 

「記憶力いいなー」

 

「暗記にはこつがあるんだよ。長点上機の人が考えた記憶術っていうのがあってさー」

 

「なにそれ教えてよ」

 

「あ、私も知りたいです」

 

 初春も混ざり、五人の会話は盛り上がっていった。

 そしてどうしても暗記法を知りたいという初春へと話題が移っていく。

 

「へー、じゃあ風紀委員(ジャッジメント)の試験受けてるんだ」

 

 この初春という少女は、どうやらあの難関と言われる風紀委員の冬期公募の研修を受けているらしい。

 風紀委員になるためには四ヶ月間の研修だけではなく、九枚の契約書へのサインと十三種類の適性試験をパスしなければいけないという。

 完全なボランティアの組織にそこまでして入ろうとしている初春に、自然と尊敬の目が集まる。

 

「この学校にも風紀委員の支部あるんだよね?」

 

「そうですね。中学以上はどの学校にも一つずつ支部があります。この学校のは一七七支部ですね」

 

「じゃあオリエンテーリング、支部見に行こうぜ-」

 

「あそこ入れんの?」

 

「あたし小学校に支部あったけど、セキュリティすんごい厳しかったよ」

 

 佐天はこの柵川中学の近くにある小学校を思い出す。そこには風紀委員用の小さな個室があったのだが、他の教室とは違い頑丈そうな金属の扉に、個人識別用の身体認証パネルがついていた。

 好奇心で認証パネルに手をかざしてエラーを出し、教師にしかられるのは低学年達の風物詩だった。

 

「研修生は入れないのけ?」

 

「私ではまだ無理ですー」

 

「じゃあ初春さんには合格してもらわんとなー」

 

「手伝えることあったら手貸すよ?」

 

「うう、体術の試験が難しいんですよ。運動音痴なんで」

 

「あ、それはパス」

 

 そんな言葉を交わしながら、五人で会話に花を咲かせ笑った。

 それが佐天涙子と初春飾利の出会い。

 

 

 

 

 

 

 四月半ばのこと。

 佐天は初春の住む柵川中学の学生寮へと訪ねてきていた。

 

「おー、こっちの寮は広いのう」

 

「二人部屋ですからねー。私は一人で使ってますけど」

 

 佐天は部屋の中を見渡す。彼女が住んでいる寮は無能力者(レベル0)の奨学金でまかなえる一人用の狭い1DKだ。

 一方、初春は低能力者(レベル1)の能力者であり生活費に余裕がある。二人用の広い部屋に一人で住んでいた。

 

「二段ベッドの上の段を使うあたりが可愛いのう」

 

「え、そ、そうですか?」

 

 寮の備品として置かれている二段ベッド。その下の段は荷物置き場として使われており、布団は上の段に敷かれていた。

 佐天は学園都市の外にある実家の弟を思い出して笑みを漏らした。弟と同室で過ごしていたときも、弟は二段ベッドの上の段を使いたがっていたのだ。

 

「それじゃ早速お宅はいけーん」

 

「ええっ、佐天さん勉強見に来てくれたんじゃないんですか」

 

 真っ直ぐクローゼットに向かった佐天に初春は慌てて言う。

 風紀委員(ジャッジメント)の能力者対策に関する適正試験の指導。そういう名目で初春は座学の学年首位である佐天を寮へと連れてきたのだが、

 

「うーん、お子様パンツばかりだにゃー。これじゃあ中学生じゃなくて小学七年生だよ初春」

 

「なんで真っ先に下着を見るんですか!?」

 

「いやー冗談冗談」

 

 クローゼットを閉じながら佐天が言う。

 だが佐天が次に向かったのは初春が床の上に置いたちゃぶ台ではなく、部屋の隅に置かれた本棚だった。

 所持している本の傾向からこの新しい友達の嗜好を把握してみよう、そう思った佐天だが。

 

「SEのためのTCP/IP、量子テレポーテーション入門、パケット解析講座、情報通信白書……。なにこれすごい」

 

 漫画や小説を期待していたのだが、並んでいた本はどれもネットワークに関する専門書ばかりだった。

 

「初春って凄腕ハッカー屋さん?」

 

「そんなんじゃないですよ。ちょっとネットに興味があるだけで」

 

 ちょっと興味がある程度のラインナップとは思えない、と佐天は本棚から本を一冊取り出してみた。

 彼女が予想した通り、それは学園都市外に持ち出し不可の最新の学術書。

 ぱらぱらとめくっては見るものの、佐天には見たことも聞いたこともない専門用語や構造図がびっしりと書かれていた。

 

 学園都市のネットワークは外の世界のインターネットとは隔絶されている。学園都市内部の技術は外の世界より何十年も先を行っているのだ。学生個人の持つなんてことない知識も、外の世界からすれば宝の山だったりする。

 それゆえに、学園都市の学生達が使うネットワークはインターネットではなく独自の都市内ネット網なのだ。

 

 学園都市のネットに匿名性は無いと思え。

 佐天が外から学園都市に編入してきた頃に初めて出来た友人から言われた言葉であるが、その当時はその意味を理解できなかった。

 だが、学園都市での生活に慣れ学園都市内外両方の流行も敏感に感じ取れる年頃になった今では、その言葉の意味も理解できる。

 

 学園都市のネットワーク内は、もう一つの学園都市の姿なのだ。

 

 教師と風紀委員が常に目を光らせており、

 警備員のパソコンならば無記名制の掲示板が全て名前入りで見えてしまうかもしれない。

 

 あるいは能力者が回線越しに自分の部屋を覗いていることだってあるかもしれない。

 

 外の世界で騒がれているプライバシーどうの個人情報がどうのという話は、この都市では関係がない。

 学園都市日本とは違う法律と価値観で動いている都市国家なのだ。

 少なくとも佐天は実家に住んでいた頃、家から徒歩十分の裏路地に夕方の五時以降足を踏み入れては五体満足では帰れない、などと教師と友人から念を押される経験はしたことがなかった。

 初春が小学生の頃住んでいた第一三学区ならばそんな心配もないだろう。が、佐天が過ごしてきた第七学区は一本道を間違えたら暴走集団(スキルアウト)の溜まり場だということは少しもおかしなことではない。

 

 だからきっと、ネットも同じように悪いことをする人とそれを取り締まる人がいて、一般人でしかない自分は持ち物検査を受けるときのように何もやましいことをしていないのに鞄の中身まで調べられなければいけない立場なのだ。

 それを自覚してからというもの、彼女はネットを使うのが怖くなった。

 

 噂話が大好きな佐天は、学内ネットに触れた当初チャットルームや情報交換所で話のやりとりをするのにも当然のようにはまった。

 だが、学園都市への理解が深まるにつれ、こちらからは見えない誰かに見張られているかもしれないと気が気でなくなり、やがていわゆるROM専というものになった。

 

 なにしろネットというのはリアルタイムな情報交換の場ではない。

 残ったチャットログを辿るという方法で、未来の誰かが自分のことを覗いてくるかもしれない。

 だから見るだけ。ダウンロードするだけ。

 

 アクセスログというものを考えないあたりは、まだ佐天がただの子供でしかないというのを示しており、また誰かに見られているという考えも思春期を前にして年相応に増大してきた自意識が過敏になっている証拠でもあるのだが。

 彼女は一時期「学園都市内はあらゆる場所がナノマシンでできた監視カメラと盗聴器で監視されている」という噂を聞いて自室にいるときですら落ち着けないこともあった。

 

「とまあそんな感じで風紀委員って噂通りネットのプライバシーばしばし覗きまくりなの?」

 

「佐天さんの中で風紀委員はどんな特高警察扱いなんですか」

 

「じゃあ覗けないんだ」

 

「えっと、覗こうと思えば覗けちゃいます。捜査に必要になったときに初めて被疑者の情報閲覧の許可が下りるので、誰彼構わず見放題ってわけじゃないですよ。安心してください」

 

「そっかー」

 

 風紀委員の立場を悪用して御坂姉妹の居場所をGPSで探知している白井黒子という人物が居るのだが、初春には知る由もない。

 

 ネットワークの小難しい本を本棚に戻し、佐天は初春が床に置いたちゃぶ台の前へと座る。

 そしてちゃぶ台の上に置かれたものに目を向けた。

 

「風紀委員適性試験過去問題集……。こんなものまであるんだ」

 

 佐天は受験勉強の時に使ったものと似たような装丁の本を開く。

 目次には学内法や都市の地理、災害対策などの項目が並んでいた。

 

「あたしが見てあげられるのは第七学区のことと能力犯罪対策くらいだよ?」

 

「十分ですよ。私どうも能力のことに疎くて」

 

「せっかく低能力者(レベル1)なのに勿体ないなぁ」

 

 佐天はページをめくり、試験要項に目を通す。

 風紀委員には様々な人が居る。その中には佐天達より幼い小学生もいるのだ。それを考えると問題集とにらみ合って勉強するほど試験は難しいものなのだろうか。

 どこか抜け道があるのでは、と佐天は本を凝視する。

 そして。

 

「ねえ初春、何か得意なものってある?」

 

「え、得意なものですか? ないですよ。運動も苦手で……」

 

「パソコン使うのとか得意じゃないの? ネットワークとかさ」

 

「えっと、それは結構自信がありますけど……」

 

「ここ、見てみて」

 

 佐天は試験要項の一点を指さして初春に示した。

 適性試験の一項目に置いて特に優れた能力が認められる場合、特別枠として風紀委員への編入を認める。

 

 初春はそれを初めて見たというような顔をして覗き込む。

 そんな初春の様子を佐天はにへらと笑って見つめた。

 

 

 

 

 

 

「初春、風紀委員(ジャッジメント)合格おめでとー!」

 

 教室に佐天の声が響き渡る。

 それはある月曜の朝のこと。とうとう風紀委員の試験に合格したと初春から昨日の夜に電話を受けて、佐天が登校時間の早くから教室で待ち構えていたのだ。

 

 初春は教室に入っていきなりの言葉に鞄を持ったまま静止している。

 佐天の大声に、自然と教室の生徒達の視線が集まる。

 

 そして佐天とアケミ、まこちん達以前のオリエンテーリングのメンバーが初春の元へと駆けつけた。

 

「腕章、腕章見せてー」

 

「あ、はい」

 

 まこちんに急かされ初春が学生鞄の中から緑の腕章を取り出す。

 盾の意匠が施された風紀委員の象徴だ。

 

「うおーかっけー!」

 

「初春、つけてつけて」

 

「え、今ですか!?」

 

「そうだよー。あ、写真写真」

 

 言われるままに初春は紺のセーラー服の袖に腕章を通す。

 実は初春が腕章を付けるのはこれが初めてだった。安全ピンを止める手が緊張で震える。

 ただの小さな腕章だというのに、初めて中学校の制服に袖を通したときとは比べものにならないほど初春の胸が高鳴っていた。

 

「もう、危なっかしいな-」

 

 震える初春の手に佐天は手をそっと添える。安全ピンを止め、そして初春の全身が見える位置に離れる。

 

「似合ってる似合ってるー」

 

 紺色の制服に浮かびあがる緑と白の腕章。いつのまにか花の量が増量していたヘアバンドも相まって、それはとても目立つ存在だった。

 似合う似合うと佐天とアケミは頭の上で手を叩いて拍手する。

 それにつられてクラスメイト達も拍手を始め、さらに携帯端末で写真を撮るシャッター音が教室に次々と響いた。

 

「よーし、放課後は合格記念の宴会だー!」

 

 と、佐天が叫ぶ。

 

「どこいく? どこいく?」

 

「桜はもう散っちゃったよねー」

 

「まだこのへん何かあるか知らないぞ?」

 

 シャッターの嵐にさらされる初春を置いて、クラスメイト達がなにやら祝いの話を進めている。その中には初春と会話を交わしたこともない男子生徒まで混じってる辺り、教室の雰囲気がすっかり佐天の言葉に動かされていた。

 

「ふはは、第七学区貧乏生活マスターのこの佐天さんに任せたまえ! 皆のもの、今夜は安くて美味いすき焼きだー!」

 

 佐天の言葉に、教室が沸いた。

 

「ルイコさっすがー!」

 

「佐天さんいえー!」

 

「野郎ども、肉が食いたいかー!」

 

 佐天の呼びかけに、男子生徒達が雄叫びを上げる。

 

「じゃあ午後六時に校門前集合ね! あ、初春は主賓だからお財布持ってこなくて良いよ」

 

 すき焼きに向いていた話題を再び初春へと戻す佐天。

 クラス全員を巻き込んだ大騒ぎは、その後担任教師が教室にやってくるまで続いた。

 

 佐天涙子は中学一年生である

 初春という友人を得て新しい一年の始まりを全力で楽しんでいた。

 

 

 

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