LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』⑩

 

 ゴールデンウィーク初日。

 学生達が一斉に学業から解放されるこの期間、学園都市の各所では学生向けの様々な催し物が開催されていた。

 学生の多くは学校近くの寮住まいであり、意外とその生活圏は狭い。そのため普段は大人の教師や研究者向けに営業している店や施設も、学割キャンペーンなどで少しでも多くの客を呼び込もうとしている。

 第七学区にあるショッピングモールでは、神社の縁日のように道に出店を広げ、商店街祭なるものを開いていた。

 

 佐天は朝から特にすることもなく暇だったため、ショッピングモールへと足を運んでいた。

 

「アケミ達は午後からかぁ」

 

 携帯電話をいじりながら佐天が呟く。

 四月の初めに学校で行われたオリエンテーション以来、あの五人の班メンバーで何かと行動することが多かった佐天達。携帯で連絡を取り合ったところ、午後から第二二学区の地下街に繰りだそうということになった。

 午前から行動開始しないのは、メンバーの一人むーちゃんが電話するまで爆睡していたのと、初春の風紀委員(ジャッジメント)の仕事時間の関係上だ。

 昨日に幻想御手(レベルアッパー)の噂話をしてから、何やら犯人が絞り込めそうになったらしい。

 

 そういう事情で佐天の午前のスケジュールは何もない。

 一人寂しくショッピングモールの出店をだらだらと見て回った。

 

 出店に並ぶのは、学園都市の外でも見覚えのある金魚すくいや射的、綿飴などの定番のものだ。

 佐天が学園都市に来る前はこういう祭りは神社の縁日に合わせて開かれるものだったが、ここではそういう神社由来の祭りがない。

 学園都市では、何故か宗教行事が行われないのだ。

 年末に除夜の鐘をならすこともなければ、新年に初詣をすることもない。

 クリスマスも商店のセールは行われるが教会でミサをやっているというのを佐天は聞いたことがない。

 そもそも街中に神社や寺、教会といった建物が存在しないのだ。

 

 宗教施設は神学系の学校が集まる第一四学区に集中し、墓地は第一〇学区にのみ存在する。学園都市統括理事会は科学に対する過剰な信望が生む『科学宗教』の存在すら否定している。

 なぜこの都市ではここまで徹底して宗教の要素が排除されているのか佐天は知らない。が、なんとなく予想できる部分はある。

 学園都市の目的は人間を神様の領域に押し上げようというもの。そこには既存の宗教理念と衝突する部分が多いのだろう。悟りを開いて真理に目覚めるという仏教的な思想も、投薬と脳開発によって作られる超能力者とは似ても似つかないものに思える。

 

 学園都市には宗教が存在しない。

 それゆえに、宗教由来の様々な催し物が行われないことになるのだが、そうなっては困るのが商売人達だ。

 古来より宗教的な縁起にこじつけていろいろな物を売ってきた彼らの流儀がここでは通用しない。

 そこで取られた手段は、学園都市の決める祝日や行事に便乗して自主的に催し物を開くといったものだった。

 

 今佐天がいるショッピングモールも、出店が出ている理由がゴールデンウィーク初日だからという理由の『GW祭り』なるものだった。

 商魂たくましい、とは思うものの特に否定的な感情は佐天にはない。

 学園都市の学生らしく無宗教な人間なので、純粋な商売のための縁日の真似事を見ても忌避感を覚えないのだ。

 楽しめればそれでいい。

 

 しかし、と佐天は思う。

 一人で出店をまわっても面白くない。

 こういうものは誰かと一緒に見て回ってこそ楽しめるのだ。

 そこで彼女は出店を見て回るのをやめ、人混みの中から『知り合い探し』をして時間を潰すことにした。

 彼女は中学に上がる前から第七学区の小学校に通っていた。だから誰かしら見つかるかもしれない、そう思い数分ふらついたところ、思惑通り見知った人物を見つけた。

 

「アキラさーん」

 

 佐天の視界の先に、数人の子供達を連れたたい焼き屋のバイト店員がいた。

 

「おう、佐天じゃねーか」

 

「どうしたんですかモテモテですね」

 

 アキラの周りには歳が様々な小学生の子供達が群れていた。兄弟、というわけではないだろう。彼は親無しの孤児院住まいだと前に聞いたことがある。

 

「ああ、オレの住んでるちびっこハウスのガキ達だよ。祭りに連れていけって百合子にこいつら押しつけられてな」

 

「アキラ兄ちゃんこの人誰ー? 彼女ー?」

 

 アキラの言葉の途中、彼の背中にまとわりついていた女の子がそんなことを言い出す。

 

「ちげえよ、松んところの店の常連だ」

 

「松さんのたい焼きー!」

 

 きゃっきゃと笑う周囲の子供達。

 それを見た佐天は、普段の尖った不良のアキラとのギャップに笑いをこぼした。

 

「たい焼きの屋台、開いてるわけじゃないんですね」

 

「ああ、そっちは松が気合い入れてやってるぞ。設営は手伝わされたけど後は自由にしてろって」

 

「松さんやってるんですか。見に行こうかな」

 

「祭りだからって特別いつもと変わってるわけじゃねえぞ。いつでも食えるんだから勿体ねえって」

 

 確かに言われてみれば、公園に行けばいつでも買えるものをわざわざ祭りに来てまで食べるものでもない。

 しかしどうしたものか、と佐天は思った。

 知り合いは見つけたものの、この大所帯に付いていくのもなんだ。

 

「兄ちゃんミドリガメ釣れたー!」

 

 カメすくいの露店から、カメの入ったビニール袋を手に提げた男の子が走ってくる。

 水の入ったビニール袋の中では、とてもカメすくいのポイではすくえなさそうな、一〇センチほどの大きさのカメが泳いでいた。

 

「うお、でけえなまた」

 

「ミドリガメの成体はアカミミガメっていうらしいですよ」

 

 驚くアキラの横から佐天が説明する。ミドリガメはアカミミガメの幼体を指す言葉だ。

 佐天はビニール袋の中でじたばたと泳ぐ大きなカメを見て、ふと懐かしい気持ちになった。

 学園都市の外に残してきた弟もこうやって縁日でミドリガメを取ってきて、成体に成長するまで育てていた。

 

「アカミミガメかー。カオリにやろうっと。カオリは?」

 

「ん? ……あれ、カオリどこ行った」

 

 男の子の言葉にアキラはきょろきょろと周囲を見渡す。

 アキラの周囲の子供達も周りを探し始める。

 カオリ、と子供達が名前を呼ぶが、どうやら見つからないようだった。

 背中にはりついていた女の子を引きはがしたアキラは、右手を顔の前に出して「すまねえ」と佐天に言った。

 

「佐天、もし遊んでる途中でカオリのこと見つけたら教えてくれねえか。他のガキも見なきゃいけねえから離れられなくてな」

 

「はい、どんな子ですか?」

 

「髪を二つしばりにしたピンクのワンピース着た十歳くらいの子だ」

 

「わかりましたー」

 

「すまねえな。オレの妹なんだがちと病気がちでな、目を離すと心配なんだ」

 

「シスコンなんですね」

 

「なっ、ちげえよ!」

 

「あはは、じゃあ見かけたら連れてきますね」

 

 そう言って佐天はアキラ達の元を離れる。

 さて、人探しがまた新たな人探しになった、と佐天は携帯電話を取り出し時間を確かめる。

 午後の約束の時間まではまだしばらく余裕がありそうだった。

 

 

 

 

 

 

 出店の並ぶショッピングモールを歩いていると、佐天は巫女さんが行き倒れているのを見つけた。

 

「……なんでやねん」

 

 思わず佐天はどこともとなくツッコミを入れる。

 先ほど学園都市には宗教施設がない、などと考えていたのは佐天だ。

 だというのに、祭りの最中に巫女装束を身につけた女性がいた。しかも、焼きそばやたこ焼きのパックを盛大にぶちまけて倒れている。

 周囲の人達が遠巻きに救急車を呼ぶべきかなどと会話をかわしていたが、佐天はとりあえず容態を確かめるべく近づいた。

 

「大丈夫ですかー?」

 

 佐天の言葉に、巫女さんがぴくりと肩をふるわせる。

 どうやら気を失っているわけではないようだ。

 うつぶせに倒れた巫女さんの頭の近くに佐天はしゃがみ込む。

 さて、こういうときは肩を揺らして良かったのだろうか、と佐天は悩み、とりあえず再び声をかけてみることにした。

 

「あのー」

 

「く……」

 

 佐天の呼びかけに、巫女さんが首をわずかにずらし息を漏らした。

 巫女さんの頭には大きなヘッドホンがかけられていた。赤と白の巫女装束とはミスマッチなその文明の器具が、塗装された地面と擦れあい小さく音を立てる。

 

「……食い倒れた」

 

「…………」

 

 見知らぬ人になんでやねんと突っ込まずに済んだのは超能力という非日常で鍛えられた自制心のたまものだろうか。

 巫女さんの周囲を取り囲んでいた野次馬達は、巫女さんの言葉を聞いて止めていた足を動かし始める。

 人だかりがゆっくりと動き、巫女さんと佐天のいる空間をぽっかりと空けたまま人の流れができる。

 見るからに怪しい食い倒れの巫女さんとは関わり合いになりたくないのだろう。出店をまわる人の動きは明らかに佐天達を避けていた。

 

 結果的に、この巫女さんは佐天が一人でどうにかしなければならない状況になっていた。

 立ち去ろうにも、顔を横に向けた巫女さんがじっと佐天を見上げている。

 なんでこんなことに、と思いつつ佐天は巫女さんに問いかける。

 

「えっと、食い倒れ?」

 

 佐天の言葉に巫女さんがこくりと頷きを返す。

 巫女さんは佐天より二、三歳ほど年上だろうか。本職の巫女と言うより正月に神社で働くバイト巫女といった年齢だ。もちろん神社のない第七学区にはそのようなバイトはない。

 

「とりあえず起きましょうか」

 

「お腹……苦しい……」

 

 知らんがな、と佐天はとりあえずこれ以上注目を浴びないようにと巫女さんを起き上がらせようとするが、本人に起き上がる意思がないため佐天の力では中々身体が持ち上がらない。

 

「手伝うですかー?」

 

 と、佐天の横から声がかかる。

 

「あ、お願いしまーす」

 

 声の主は佐天の対面にしゃがみ、巫女さんの身体を掴み上げる。

 よいしょー、という声と共に何とかうつぶせになっていた巫女さんが仰向けに変わり、そのまま上体を起こさせる。背が曲がり胃を圧迫された巫女さんがおえっぷといううめき声をあげるが、佐天は気にせず巫女さんを体育座りの体勢にさせた。

 

「どうしたですかー?」

 

 そう声をかけるのは、途中で手伝ってくれた人。

 佐天より一、二歳ほど年下の女の子だ。ピンク色のショートヘアーが何とも目立っていた。

 

「食い倒れた……」

 

「それはもう聞きました……。何でそんなことに」

 

 そう佐天が巫女さんに問いかけると。

 

「商店街の無料券。たくさんあったから」

 

「無料券?」

 

「四月にショッピングモールで買い物すると、千円に一枚五十円分のお祭り券が貰えたですよ」

 

 そうピンクの女の子が補足する。

 千円で五十円券とはまた微妙な値だ。とても食い倒れができる量をため込めると思わない。

 

「塾の人達から貰っていたら五千円分」

 

「それはまたすごい量ですねー」

 

「塾に住んでるから。塾生の人達と仲良くなった」

 

 ヘッドホンを両手で触りながら巫女さんが嬉しそうに言う。

 

「でも、それって食い倒れする理由にならないんじゃあ……。お祭り今日だけじゃないんだし」

 

 そう佐天が突っ込みを入れる。

 その言葉に巫女さんは軽く首を振り、懐に手を入れた。

 するりと胸元から出てきたのは、巫女装束には似合わない皮の財布。

 

「所持金、三〇〇円」

 

「はい」

 

「帰りの電車賃。四〇〇円」

 

「はあ、それが?」

 

「帰れない。だからやけぐい」

 

「…………」

 

 今すぐにでもこの場を立ち去ろうかと佐天は思った。

 が、そうするとこの変な巫女さんをピンクの女の子に押しつけてしまうことになる。

 どうしようか、と佐天は女の子の方を見ると。

 

「しょうがないですねー」

 

 と、女の子は巫女さんと同じように財布を取り出すと、中から千円札を出した。ちなみに財布はパンダの形をしたがま口財布だ。

 

「はい、これ電車賃にしてください。無駄遣いして帰れなくなったらダメですよ?」

 

「おお……。救いの神が……」

 

 ふるふると震えてお金を受け取る巫女さん。

 それを見ていた佐天は、ぽつりと今の心境を呟いた。

 

「食い倒れしたあげくこんな小さな子供にお金を恵んでもらう巫女さんって……」

 

 あまりの情けなさに思わず漏れてしまった言葉に、巫女さんではなく女の子が反応した。

 

「子供じゃありませーん!」

 

「ええー、そっち!?」

 

「わたしちゃんと大人なんですよ!」

 

「は、はあ……」

 

 佐天が戸惑っていると、女の子は再びパンダの財布に手を入れる。

 そして、ずびし、と効果音がつきそうな勢いで取り出したのは、車の運転免許証。

 

「学校の先生なんですよ」

 

 免許証。女の子の年齢ではとても取得できるとは思えない物だが、目の前の女の子と同じ姿をした顔写真が印刷されている。

 名前は月詠小萌。生年月日は――

 

「え、ええー!?」

 

 とんでもなかった。

 

「学校の先生をやってるのですよ。なので電車賃を出すくらいなんともないのです」

 

「ファンタジー」

 

 そう呟いたのはオカルトな格好をしている巫女さんだ。

 だが確かにファンタジーだ。謎のアンチエイジング治療を受けているというのでないならば、魔法としか思えない年齢だ。

 佐天は昨日に引き続き学園都市の都市伝説に遭遇している気分になった。

 

「あれ、小萌先生どうしたんですか」

 

 と、佐天達を避けて通る人混みの中から声がかかる。

 佐天が振り向くと、ツンツン頭の少年がこちらに向かってきていた。

 少年は小さな女の子と手を繋いでいる。兄妹だろうか。

 

「あ、上条ちゃんこんなところで何やってるですかー。ちゃんと宿題は終わらせたですか?」

 

「げっ、いやいやこれはですね。遊んでいたわけじゃなくて、迷子の女の子を案内してあげているというちゃんとした理由があってですね」

 

 ツンツン頭の少年はさっと自分の前に女の子を出す。

 ピンク色のハイウェストワンピースを着た十歳くらいの女の子。耳の上で髪を二つ縛りにしている。

 二つ縛り。ピンクのワンピース。十歳の女の子。迷子。その特徴に佐天は心当たりがあった。

 

「んー、もしかしてカオリちゃん?」

 

「そうだよ? お姉さん、なんで私の名前知ってるの?」

 

「アキラさんが探してたよー。あっちにあるカメすくいのところ」

 

 アキラの名前を出すと、女の子、カオリはじっと眼を細めて佐天を見た。

 その視線に佐天の背筋がぞくりと震える。

 まるで「女狐め」とでも言わんばかりの視線だ。

 

「あたしは松さんのところの常連客なんだ。だからアキラさんとも知り合いってわけ」

 

「……うん、わかった」

 

 凍える視線から解放された佐天は、カオリにカメすくいの出店の場所を詳しく教えた。

 それを横から聞いていたツンツン頭の少年は、小萌先生へと向き直ると。

 

「じゃ、先生、この子連れて行くんで……」

 

「宿題ちゃんとやってこないと最終下校時間まですけすけ見る見るですよー」

 

 うげ、という言葉を残して少年はカオリの手を引いて人混みの中へと消えていった。

 懸念事項一つクリア、と佐天は心の中で息をつく。

 後はこの食い倒れ巫女さんをどうにかしなければならないが、彼女はまだお腹が重いのか体育座りで地べたに座り込んだままだ。

 帰りの電車賃も渡されていたし、自分も去るべきだろうか。とそんなことを思っていたときだった。ポケットの中の携帯電話がけたたましい着信音を鳴らした。

 

 佐天は小萌先生に軽く目配せをして携帯電話を取りだす。

 着信相手は初春の携帯電話だ。

 佐天は通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てる。

 

「はいもしも――」

 

『佐天さん! 今どこにいますか!』

 

 と、スピーカーから大音量で初春の叫び声が響いた。

 突然の大声に佐天は顔をしかめながら言葉を返す。

 

「今朝も言ったとおりショッピングモールのお祭りだけどー」

 

『今すぐそこを退避してください!』

 

「んー? どういうこと?」

 

『衛星が新しく重力子(グラビトン)の爆発的加速を観測したんです』

 

「……えっと、それってもしかして」

 

『次の爆破地点はそのショッピングモールです!』

 

 佐天は視線を周囲へ泳がす。

 初春の大声が漏れ聞こえていたのか、ピンクの子供先生と食い倒れ巫女が真面目な顔で佐天の手元の携帯電話を見つめていた。

 

 

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