「――どっせい!」
佐天は巫女装束の少女の腕を首の後ろにまわし腰を掴むと、暑苦しいかけ声とともに座り込んでいた少女を立ち上がらせる。
巫女の少女の口の奥からカエルが潰れたような声が響くが、佐天はおかまいなしだ。
「ここ、ちょっと危ないらしいんで避難しましょう」
「ん……」
佐天の電話の声を聞いていた巫女の少女は頷くと、佐天に肩を借りながら一歩踏み出そうとするが。
「うえっぷ」
「わ、先生も手伝うですよ」
食い倒れたというのは冗談でもなんでもないようだ。胃のあたりを押さえながら苦しそうにうめき声を上げている。
両脇を佐天と小萌先生に支えられながら、なんとか前へと進んでいく。
「ちなみに食い倒れというのはお腹いっぱいで倒れることじゃなくて、食べ過ぎてお金がなくなることですよー」
「……一つ賢くなった」
「お二人とも、非常事態ですよ……」
苦笑しながら佐天は歩を進める。
そんな彼女達の後ろから、拡声器に乗せられた男性の声が届いた。
『
風紀委員の声が途切れるとともに、周囲からざわめきの声が湧き上がる。
ショッピングモールの祭り会場では、見回りの風紀委員や警備員がところどころに配置されていた。彼らも佐天と同じように、爆破の兆候有りとの連絡を受けたようだ。
「こちらのほうへ早歩きでおねがいしまーす! 小さなお子さんが近くにいる場合は手を貸してあげてください! あ、そこ危ないので走らないで!」
風紀委員からの避難誘導の声があがり、周囲の人々がショッピングモールの出口の方へと動いていく。
学園都市では能力者や
しかし。
「ぐええ……」
食い倒れ巫女を助けながら避難するというのは、佐天にとってさすがに初めての経験だった。
「もういっそ吐いちゃった方が楽なんじゃあ……」
胃の限界を超えた量の粉物を腹に詰めている巫女服の少女に佐天は言うが。
「そ、それだけはのーさんきゅー」
どうやら人前で倒れはしても、人前で嘔吐するのを恥ずかしがる程度の乙女心は持ち合わせているようだ。
いっそのこと見捨てて逃げ出したい気持ちに佐天は駆られるが、巫女の少女の腕は佐天の首をがっちりとホールドしているのだった。
佐天と小萌先生は二人がかりで食い倒れ巫女を出口へと運ぶ。
三人は人の流れに少しずつ置いていかれ、途中で風紀委員の助けを借りながら、なんとか避難の列の最後尾でショッピングモールから抜け出すことができた。
昼の日差しの降り注ぐ歩道で、佐天は無駄に疲れた身体を休めるために鉄柱へと寄りかかる。
ショッピングモールの入り口は、新たに人が入り込まないように私服の警備員達によって封鎖されていた。どうやら避難はほぼ全て完了したようだ。
せっかくの休日が台無しだ、と一息ついた佐天が額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐっていたときのこと。
「小萌先生!」
佐天達のところへ、先ほどアキラの妹カオリを連れていたツンツン髪の少年が走り込んできた。
「あの子見ませんでしたか!?」
少年が慌てたように小萌先生へと問いかける。
「あの子……って、さっき上条ちゃんが連れてた女の子ですか?」
「ええ、途中ではぐれちゃって、それで外で探しても見かけないんです」
そんな二人のやりとりを聞いた佐天はぽつりと呟く。
「もしかしてまだ中にいるんじゃあ……」
「! 探してきます!」
「駄目ですよ!」
駆け出そうとする少年のすそを掴んで小萌先生が引き留める。
「危ないから警備員の人に任せるですよ。先生が話してきますね」
少年の代わりに、小萌先生がショッピングモールの入り口の警備員のところへと向かおうとしたときだ。
「あ、あの子だ」
地面に座り込んだ巫女装束の少女がぽつりとつぶやき、ある一方を指さした。
少女の声に佐天達が振り向くと、小脇にぬいぐるみをかかえた女の子が駆けてくるのが見えた。
ピンク色のワンピースを着た女の子。カオリだ。
「ああ、ちゃんと避難できてたんだな」
安心したようにツンツン髪の少年が息をつく。
「うん、メガネのお兄さんが助けてくれたの」
佐天達の元へと走り込んできたカオリがそう言いながら、小萌先生の前で足を止める。
「それでピンク髪のおねえさんにこれを渡してって」
カオリが脇に抱えていた射的の景品にでも並んでいそうな安物の小さなぬいぐるみを小萌先生に渡す。
「んん? なんですかね、これ」
受け取ったぬいぐるみを小首をかしげて眺める小萌先生。
それをぼんやりと見ていた佐天の脳裏に、ふと昨日風紀委員の支部で耳にした情報が浮かんできた。
連続
とっさに佐天は飛び出していた。
カオリを突き飛ばし、小萌先生の手からぬいぐるみを奪い、飛んだ勢いのまま地面へと倒れ込む。
手の中でぬいぐるみが変形していく感触を佐天は覚えた。
重力子の加速。爆発の兆候だ。このままでは腕ごと重力子の加速に巻き込まれてしまう。
仰向けに倒れながら、佐天はぬいぐるみを上に向かって放った。
「逃げて! これが爆弾!」
叫びながら、佐天は放り投げたぬいぐるみを視界におさめる。
重力子の加速でぬいぐるみが内側へと縮んでいく。そして、周囲の光を歪める暗闇の塊が佐天の元へと落下してくるのを見た。
――ああ、そういえば遠投の成績っていくつだったかなぁ。
そんなことをぼんやりと考えながら佐天は頭上で臨界点に達した重力子の塊を眺める。
――なんであたしこんなことやってるんだろ。
諦観の思いで重力子加速を見上げる佐天の視界。
それを遮るように、横から影が割り込んできた。
逆光で薄ぼんやりとした、ツンツン頭の人影。
「――不射の射」
空が爆発した。
◆
昼の通りに轟音が響く。
連続
避難した人達は爆発の煙を見てざわめく。
そんな中、一人の男が人がきを抜けて裏路地へと入っていく。
「ククク、カカカッ」
メガネをかけたひょろひょろの細身の高校生らしき男。
彼こそ連続爆破事件の犯人である爆弾魔であった。
「いいぞ、今度こそ逝っただろう」
今までにない巨大な爆発に、爆弾魔は暗い達成感を感じほくそ笑みを浮かべた。
徐々に力が強くなってきている、その事実に爆弾魔は顔を歪めて笑う。
初めは小さな爆発だった。アルミの缶を使った重力子加速は爆竹を束ねた程度の破裂しか起こせなかった。
だが少しずつ威力が上がっていき、やがて爆弾として使えるようになるまで能力が成長した。
全ては
日に日に能力の出力が上がっており、今では
――もうすぐだ! あと少し数をこなせば無能な教師共もみんなまとめて
「吹き飛ばせる、てかぁ?」
「!?」
突然背後からかけられた声に、爆弾魔が振り返る。
「よう、犯人」
そこには、茶髪を逆立てさせた一人の少年が立っていた。
改造学ランを着込み、両の手をズボンのポケットに入れ睨み付けてくる。いかにも
「よくもまあオレの妹に爆弾なんて持たせてくれたなぁ」
肩を怒らせながら不良少年は一歩、二歩と近づいてくる。
眼光に威圧され、爆弾魔は後ろへとよろめいた。
「な、何のことだか僕にはさっぱり」
「どうしてわかった、か。へえ、やっぱりテメェだな」
「――!?」
「狙いは何だ? そうか、教師狙いか」
「な、なんな……」
「自分の先公以外も狙うってのが解せねぇ。……
「何なんだよお前はーッ!」
心中を次々と言い当てられ爆弾魔は頭を抱えて叫んだ。
そんな彼の様子を見て不良少年は邪悪な笑みを浮かべる。
「別にこの街じゃあ珍しくもねーだろ。頭の中で考えていることを読まれるなんざ」
爆弾魔ははっと目の前の不良少年を見つめる。
そう、彼は
「――そうか! お前の顔、知ってるぞ!
「おうよ。超能力者で、そしてテメーが爆弾を持たせた子供の兄貴だ」
少年――アキラがゆっくりと、一歩ずつ近づいてくる。
爆弾魔は咄嗟に逃げ出す、と見せかけ振り返り重力子を加速させたアルミのスプーンをアキラへ向けて放り投げた。
だが、一瞬のうちにアキラは爆弾魔の眼前へと踏み込んでいた。
それと同時に、アキラの肘が爆弾魔の顔面へと突きささる。
躊躇なく叩き込まれた肘鉄により、メガネがひしゃげ鼻が潰れ爆弾魔はうつぶせに倒れ込み、悲鳴をあげながら地面を転げ回った。
アキラは靴の裏で爆弾魔の腰を踏みつけ動きを止め、さらに髪の毛を掴んで頭を持ち上げる。
「人の妹に能力を使って、五体満足で帰れると思うんじゃねーぞ」
「……う、うるさい」
「あ?」
「うるさい! どうせお前だって、超能力で好き勝手やってるんだろ! 僕もやって何が悪い!」
爆弾魔は上体を大きく振り少年の手を振り払い、アキラから距離を取って肩にさげた鞄の中に手を突っ込んだ。
鞄の中にはみっしりとアルミ製のスプーンが詰め込まれている。
アキラはそんな爆弾魔を冷ややかな目で見つめ、そして読心能力を使い彼の心を読んだ。
爆弾魔の胸中にあるのは上位能力者への嫉妬、そして教師への憎悪。
『能力開発を受ける前から個人の能力の才能限界はわかっている』という
アキラは一つ息を吐くと、爆弾魔の瞳をじっと睨み付ける。
「……ああ、確かにテメーの言うとおりオレは超能力を使って好きなように生きてるさ。能力使って喧嘩なんざよくあることだ」
アキラの言葉に、爆弾魔の顔に怒りともあざけりともとれる歪んだ表情が浮かぶ。
「だがな、その自分の生き様に、関係ねぇ子供を巻き込むのは男のすることじゃねぇ」
そう言いながら、アキラは下げていた手を顔の前に上げ、拳を作りファイティングポーズを取る。
そして、爆弾魔に向けて言った。
「来いよ。能力なしで相手してやる」
戦いの宣言。
だがその内容が、爆弾魔の怒りに触れた。
「馬鹿に、するなぁ! 殺してやる!」
爆弾魔は手の平いっぱいに鞄の中のスプーンを掴み、アキラに向かって全力で放り投げる。
いずれも重力子加速をかけた、能力爆弾の弾雨だ。
だがアキラはそれを意にも介さず前へと駆ける。ばらまかれたスプーンは、一つもアキラの身体に触れることなく通り過ぎていった。
単純な理屈だ。アキラは喧嘩慣れしている。非力な爆弾魔の投擲など目つぶしにもならない。
そして、爆弾魔が出来るのは爆破のみ。近くに寄ってさえしまえば、自爆を恐れて何も出来なくなる。
アキラの背後で次々と重力子加速によるスプーンの爆発が起きる。
だが、すでに爆弾魔の眼前へと踏み込んでいたアキラへと爆風が届くことはない。
アキラは腰をわずかに沈め、上体をひねり右の肩と肘を突き出す。
上半身のひねりをきかせた肘打ち。体重を乗せたアキラの肘が、今度は顔ではなく鳩尾へと突きささる。
急所を突かれた爆弾魔は悲鳴を上げる暇もなく意識が暗転し、その場へと崩れ落ちた。
「何言ってやがる。馬鹿な生き様を見せりゃあ馬鹿にされるのは当たり前だろーが」
アキラはそう爆弾魔へと言葉を投げかける。が、すでに爆弾魔の意識はなく、アキラはやれやれと首を振った。
爆発の音を聞きつけたのか、足音が複数アキラのいる裏路地へと近づいてくる。
おそらく警備員か風紀委員だろう、とアキラは爆弾魔の襟首を掴み足音の方向へと歩いていった。
◆
佐天は路上にへたり込んでいた。
ぬいぐるみの爆弾。それは、佐天の頭上で爆発するはずだった。
死を覚悟する間もない一瞬の出来事。
だが、佐天は傷一つ負うことはなかった。
佐天と爆弾の間に割り込んだ人影。その人影が振り上げた右手に、爆破寸前の重力子の塊が触れた瞬間、何故か爆発がショッピングモールの十数メートル上で起きたのだ。
それもただの爆発ではなく、まるで下半分がごっそりと抉られたような奇妙な形の爆発であった。
「佐天さん、ご無事ですの?」
横からかけられた声に、佐天ははっと意識を戻す。どうやらずいぶんと長い間ぼんやりとしていたようだ。
「あ、はい大丈夫……って白井さん?」
「ええ、白井黒子ですわよ」
佐天は立ち上がりながら、目の前に立っている人物を見る。
佐天の記憶が確かなら、白井は今日、初春と組んで連続虚空爆破事件の捜査を行っているはずだ。
ショッピングモールの祭りの巡回担当ではないはず、と思考を巡らせたところで佐天は白井の肩が上下していることに気づく。
白井は
「ご無事なようでなにより……と、少々お待ちを」
白井は耳に取り付けた通信機で何やら話し込み、通信を終えてから再び佐天の方を向く。
「犯人が捕まったようですわ」
「あ、結局あのあと犯人わかったんですね」
犯人がわかるまで遊びに行けない、と佐天が電話で初春から聞いたのは今朝のこと。
だが白井は微妙な顔をする。
「犯人の目星は付いていたのですけれど、捕まえたのは民間人の方のようで……」
「きっとお兄ちゃんが捕まえたんだよ」
二人の横から声が割り込んでくる。
それからわずかに遅れて、佐天の腰に何かが抱きついてきた。
佐天が視線を下げると、そこには見覚えのある女の子の姿があった。
カオリだ。
「お兄ちゃんがこれをやったのはどいつだーって怒って飛んでいったから、きっとやっつけてくれたの!」
「あー、アキラさんか……。確かにそうだろうねぇ」
佐天は学園都市第七位の超能力者を思い出す。
彼ならばカオリの思考からぬいぐるみ爆弾を渡した犯人を突き止めて、足腰立たなくなるまで殴り倒していそうだ。
「そうだ、カオリちゃん突き飛ばしちゃったけど怪我してない?」
「うん、お姉さんのおかげで助かったよ」
カオリは佐天の腰から離れると、佐天に向かってぺこりとお辞儀をした。
「ありがとう」
「あー、うん、誰かに助けて貰ったのはあたしのほうなんだけどね」
鼻の頭をかきながら、佐天は周囲を見渡す。
爆弾から佐天を救った人影。あれは、カオリを連れていたツンツン頭の少年だったはずだ。
そしてわずかに離れた場所にその特徴的な髪型の少年を見つけた。
彼の横では小萌先生が警備員らしき人物に聴取を受けている。巫女装束の少女は相変わらず地面に座り込んでいた。
佐天が彼らのところへと近づいていくと、小萌先生は少年のすそを右手で強く握っているのが見えた。
まるで少年が逃げだそうとするのを捕まえて逃がさないようにしているようだ。
何か事情がありそうだが佐天はスルーすることにして、警備員の邪魔にならないように少年の後ろに立ち、話しかけた。
「あの、助けていただいてありがとうございます」
「ん? ああ、どういたしまして?」
お礼を言ったはずなのに何故か逆にぺこぺこと頭を下げられる佐天。
「……あたしを助けてくれたの、あなたですよね」
「ああ、そうだけど……は、もしや助けたお礼に連絡先を教えてくださいなんていやいやそんな困りますって痛い小萌先生痛い!」
「上条ちゃーん、おとなしくしてましょうねー」
すそをつかんでいた小萌先生の手が、少年の脇腹を捻るようにつまみあげていた。
佐天はそんな様子を見て苦笑し、気になっていたことを訊ねた。
「……爆弾を吹き飛ばしたあれって、どういう能力なんですか?」
爆発が上空へと流れていった謎の現象。
佐天の見聞きしたことのある能力には一切当てはまらない不思議な光景。
それは、日頃から高い
「いや、あれは能力じゃない」
「え?」
「あれは――」
そう言いながら少年は佐天の前に右手を掲げ、拳を作る。
「単なる拳法だ」