1.
残暑が過ぎ去り秋も深まってきた頃のこと。
衣替えも完全に終わり、わずかに肌寒くなった気温にたい焼きが美味しく感じる季節。
アキラはちびっこハウスのトイレにこもっていた。
特に腹を壊したわけでなく、ズボンもおろさずに便座の上に座っている。
彼が座って腕を組んみじっとしているのは、別に着衣のまま用を足したいわけではない。
待ち会わせである。
「例の件で話があるんだ」
そう、ちびっこハウスの子供ワタナベに言われて、アキラは誰にも見つからないようにトイレに隠れた。
秘密の取引のためである。
この取引は誰にもばれるわけにはいかない。
園長にも、妹のカオリにも、カズ、ユリ、アッキーといった子供達にも、もちろん百合子にも。
アキラはじっと待つ。真剣な顔を浮かべながら。
やがて、トイレの扉が開き、小学校高学年ほどの少年、ワタナベが静かに入ってきた。
「危うく見つかるところだったよ……」
アキラ以上に、ワタナベは誰にも見つかるわけにはいかなかった。
カオリは昼寝、園長は自室で書類仕事、子供達はテレビでロボットプロレスを見ているはずだ。
ちびっこハウス内を物の配置からセキュリティまで完璧に知り尽くした百合子が要注意であるが、今は外で洗濯物を干しているはずだ。
ワタナベはポケットの中からブツを取り出す。
「ハイこれ、頼まれてた百合子姉ちゃんのパンツ……」
秘密の取引。
それは、ワタナベにちびっこハウスのお姉さん、百合子のパンツを盗ませ持ってこさせることだった。
誰にもばれるわけにはいかない。ばれたらどんな目に合うことか。
アキラはワタナベからパンツを受け取る。
「こ、これは……」
その手触り。とても年頃の少女が身につけるようなものではなく、厚い木綿の手触り。
「ワタナベのパンツじゃねーか!」
アキラは『ワタナベ』と黒いマジックで名前がかかれたブリーフパンツをワタナベの顔に向けてぶん投げた。
ワタナベは怖じ気づいて、百合子のパンツでなく自分のパンツを持ってきたのだ。
「もっかい行って来い!」
「ひどいよ……」
ワタナベは半べそをかきながらトイレから出ていく。
だが、アキラは容赦をしない。
これは取引だ。
ちびっこハウスの子供達の一人にユリという女の子がいる。
彼女は最近、カズという男の子にお尻を触られていると騒いでいるのだが、実際の犯人はワタナベである。アキラの
脳の電気信号や脳波ではなく心をそのもの読むアキラの能力は学園都市の機器でも防ぎきることが難しく、
そのワタナベの痴漢の秘密を使って、アキラはワタナベに取引を持ちかけた。
曰く。
――オレはお前のエロい秘密を知っている。だからばらされたくなかったらエロいことに協力しろ。そうすればお互いばらしたくないエロい秘密を共有できる。エロい男同士の取引だ。
何とも不条理な理論だが、押しに弱いワタナベはその意見を受け入れた。ユリのお尻は彼にとって癒しの一つなのだ。
そんなエロガキのワタナベが、再びトイレに戻ってきた。
「ハイこれ!」
「こ、これは……」
アキラは受け取ったものを確認する。
「百合子のパンタロンじゃねーか!」
「じゃ、ボク用があるから!」
「待てや!」
アキラは逃げようとするワタナベの首根っこを掴んで引き留めた。
百合子の普段着は、所属する長点上機学園の制服か、ちびっこハウスを卒院して学園都市にある学校に入学したOG達から送られた着古した各校の制服であることが多いが、当然ながら私服を着ることもある。
その中の一着がこのパンタロン。
確かにパンタロンはパンツだ。ズボンとも言う。
だが、アキラの言うパンツとはズボンのことではなく、下着のことだ。
「良いか、下着だ。下着を取ってこい。後、ばれるからこれは戻してこい」
「ひどいよ……」
服はばれるが下着一着ならばばれないと思っているあたりが、アキラの甘いところなのだが。
ワタナベが再びトイレを出ていってから数分、トイレの扉が静かに開く。
「ハイこれ!」
「これは……百合子のパンストじゃねーか!」
パンティストッキング。
百合子の白すぎる脚を色づけする、お下がりの制服ばかり着る百合子の数少ないおしゃれ。
彼女のすらりとした細い脚に身につけられていたものだ。
これはこれで……と納得しかけるアキラだったが思いとどまる。
パンツだ。良いか、下着のパンツを持ってくるんだ。
そうワタナベにしっかり言い聞かせて送り出すアキラ。
そして。
「ハイこれ! じゃ、ボク用があるから!」
ポケットの中の物をワタナベが急いで取り出そうとする。
「てめェらッ!」
突然、怒鳴り声と走る足音がトイレの個室に届いた。
次の瞬間、便座に座っていたアキラが何かに弾き飛ばされたかのように真横に吹っ飛び、ワタナベを巻き込んでトイレの外に転がり出た。
「やっぱりアキラの差し金かァ!」
そこには鬼が居た。
白い顔に青筋を浮かべて、つり上がった目でアキラを睨む鬼。
鬼は倒れたアキラの髪の毛を掴むと、まるでプロレスのように引っ張り立ち上がらせた。
学園都市最強の鬼、鈴科百合子。
アキラは鬼のパンツを得ることに失敗したのだ。
「いい加減にしろ!」
怒鳴りつけると共に、百合子が動いた。
日々の家事を能力を使わずこなしてきた、細いながらも力のついた身体が獣のようにしなる。
喧嘩慣れしているはずのアキラですら反応できない、まばたきの一瞬の隙を突いた渾身のパンチング 。
超能力など使っていない。だがアキラの身体はまるで漫画のように宙に浮き、トイレに向かって再び吹っ飛んでいった。
レベル5第一位『
「ふン!」
衝撃に目を回すアキラを一瞥すると、百合子はトイレの前から大股で歩き去っていった。
「こ、これは……」
吹き飛ばされた勢いで便器に頭を突っ込んだまま、アキラは呻く。
「百合子のパンチじゃねーか!」