LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』⑫

 

 佐天涙子は貧乏学生である。

 

 住まいは第七学区内にある学生寮という名の1DKのアパート。

 佐天は無能力者(レベル0)であるため配当される生活資金が少なく、優雅に外食などしていたらすぐにお金が尽きてしまう。

 故に食事は自炊だ。元々料理が得意だったため、寮を選ぶときにキッチンの大きなアパートを志望した。

 寮母が食事を提供してくれる下宿タイプの寮や、寮費が高く付いてしまうためそちらは選ばなかった。

 

 今も佐天は朝食を作るために食材が多く詰まった一人暮らし用の冷蔵庫を漁っている。

 

「お豆腐ー、しめじー、アスパラー、んー、豚肉古くなってるけど朝からお肉っていうのもなぁ」

 

 冷蔵庫から取り出した材料をキッチンに備え付けたテーブルの上に置いていく。

 その中に並ぶLサイズの卵を見て、ふと佐天は能力開発の練習をしてみようと思い立った。

 

 なんということはない。テレビで健康に良い柔軟体操を特集していたから実際にやってみた、贅肉が付いた気がしたから筋トレをやってみた。そんな感覚の思いつきだ。

 

 卵を掴んで、テーブルからまな板の上に移動する。

 佐天が行おうとしているのは卵を使った念動力訓練だ。

 コロンブスの卵と呼ばれている、学園都市で広く知られていたカリキュラム。触れることなく卵を直立させるというものである。

 手で支えてはいけないので当然能力を使う必要があるが、使う能力は何でも良い。

 物体を動かす能力効果の総称を念動力というがこのコロンブスの卵は念動力専攻の学生向けに考え出されたものである。ただし、いわゆる念動使い(テレキネシスト)でなくともコロンブスの卵を成功させることは可能だ。

 

 発電能力や発火能力など能力には様々な種類が存在するが、学園都市ではそれらの能力が現実に起こす効果を六つに大別している。

 念動力はその六つの中の一つ、物体を動かす効果だ。

 

 佐天は自身の持つ能力がなんであるかを知らない。

 身体検査(システムスキャン)の結果では能力による現実への干渉の兆候有りと出ているが、実際にどんな能力を行使しているか全く自覚がない。

 なので佐天は気が向いたときに一通りの専攻訓練を試してみているのだ。

 

 両の手を卵の上にかかげ、佐天は念じる。

 

 ――立てー立てー卵よ立てー。

 

 だが当然のことながらこんなことでは卵はぴくりともしない。

 学園都市の超能力は念じて発現するようなものではないのだ。

 

 佐天は両手で頬を叩くと、今度は真面目にコロンブスの卵に挑んだ。

 

 脳を巡らせ、卵を動かすためのあらゆる演算を反復する。

 念動力、水流操作、空気操作、ローレンツ力、重力操作、加速度付与。

 学校で学んできたものから受験のために独学で得た式まで、思いつく限りの演算式を脳内で巡らす。

 超能力は物理法則を覆さない。量子論に基づいた確率を操作する技術。それが学園都市における超能力だ。

 

 観測によるアプローチを開始。

 この卵は直立するという妄想を反復する。本当の現実を無視して自分の妄想こそ本当の現実であると思い込む

 超能力は現実を塗り替える。超能力者が頭の中で思い描いた現実を観測することで、本当の現実が決定される。それが『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』と呼ばれる超能力の基礎だ。

 

 しかし卵は動かない。

 

 ならば、と佐天は念動力の演算をやめ、透視へと思考を切り替える。

 この卵には殻がないと思い込み、演算式を回して卵の中身を視る。

 

 見つめること数分。得られた成果は、ただ何となく卵を割って出てくる黄身はふたたま卵ではない、という直感のようなものが頭の片隅によぎっただけである。

 透視なのか予知能力なのかすらわからない直感だ。

 いや、そもそも卵の中身は十中八九黄身が一つなのだから、ただの常識から中身の予想が思い浮かんだだけということも考えられる。

 

「はあ……」

 

 今日も能力行使は成果なし。佐天はため息をついて卵を割り、まな板の横に用意してあった小鉢にあけた。。

 出てきたのは想像の通り黄身が一つ。なんとも役に立たない観測結果だ。この卵の使い道は卵焼きなので、黄身が一つでも二つでも関係ない。

 

「透視が一番得意、のはずなんだけどなぁ」

 

 新入早々に行われた身体検査の結果によると、六つに分類した能力効果の中、透視が佐天の中で最も能力適性が高いらしい。

 とはいっても透視能力者であるかは不明だ。伏せたカードの裏の絵柄を連続で当てることすらできない。

 

 予知能力(プレコグニッション)透視能力(クレアボヤンス)読心能力(サイコメトリー)精神感応(テレパシー)念動力(サイコキネシス)といった能力開発の基礎を特定の手順に従って試し、レベルを測定するのが身体検査である。

 佐天はその中で透視の数値が最も高く、次いで予知と念動力の値が高い。

 この結果から、佐天は自分に携わっているはずの能力を具体的に導き出して、『自分だけの現実』を確立しなければならない。

 

 だが、佐天は透視や予知を行っても現実に対する干渉力があまりにも小さすぎるため、自分が何の能力者であるか、きっかけですら掴めないのだ。

 

 例えば念動力という分野一つを取っても、あらゆる物体を自在に動かす一般的な念動力以外にも、液体の流れに特化した水流操作や空気を動かす風力使い、地球から物体にかかる重力を操る重力操作、磁力やローレンツ力で物を動かす電撃使いなど、無数のバリエーションが存在する。

 

 ある公園で知り合った超能力者は電撃使い(エレクトロマスター)でありながら、電磁誘導を使って金属弾を音速の数倍の速さで撃ち出すという、物質移動の最高峰の域に到達している。

 

 その超能力者、御坂美琴に聞くところによると、彼女が能力応用で使えるのは念動力だけではないらしい。

 無意識に身体から発している電磁波を介して物体が近づいてくるのを予知したり、電磁波をレーダーとして用いたり、電子顕微鏡の真似事をして透視をしたりできる。

 

 他人の脳の中を流れる電子の動きやを観測した読心能力や、その電子の流れに干渉した精神感応も理論上は可能。

 電気抵抗による発火能力の行使もできるという。

 

 身体検査の能力適性値とは、そういった能力応用による副次効果を観測しているだけで、能力者個人が持つ『自分だけの現実』を具体的に示してくれるものではない。

 

「今日もダメダメ、てんでダメダメるいこちゃーん」

 

 即興の歌を歌いながら佐天はフライパンを火にかけ、同時に鍋で湯を沸かす。

 

素養格付(パラメータリスト)ではあたしのレベルはいくつなのかにゃーん」

 

 最近世間の話題を独占している素養格付を佐天は口にする。

 検査を受ければ、開発を受けずとも将来どのレベルの能力者か判明する。

 そして噂によると学園都市の学生二三〇万人全てがその検査をすでに受けているのだと。

 

 しかし佐天は素養格付にはさほど興味はない。

 そもそも実在を知ったのは統括理事会の公式発表より何ヶ月も前。絶対能力進化(レベル6シフト)計画を潰した百合子が存在を確認したというのをアキラづてに聞いている。

 才能の限界は気にならない。佐天は、例え無能力者(レベル0)でも目に見えた能力行使を出来さえすれば満足なのだ。

 別にアキラや美琴のような超能力者になんてなれなくていい。

 ただ自分だけの不思議な力を少しでもいいので使ってみたいだけ。学園都市の外からわざわざ一人で能力開発を受けにやってきたのも、そんな思いから来たものであった。

 

「あれ? でもどのレベルになるかわかるってことは、どの系統の能力者になれるかもわかるってこと?

 

 火を止めた具入りだし汁に味噌を溶きながら佐天は思い至る。

 素養格付は能力開発を受ける前の人物を対象に行える。その人物が将来超能力者(レベル5)になる才能を持っているとして、開発を受ける前から能力の系統が決まっているということになる。

 

「んんー? んんんー……」

 

 味噌汁をお椀にあけながら佐天はさらに思考に没頭する。

 

『能力が全く発現しないというのは理論上ありえない』

 

 さまざまな人物から佐天が何度も聞かされた言葉だ。

 だからこそ多くの開発者、研究者達が学生の六割を締める無能力者達を低能力者(レベル1)に引き上げようと日々努力を続けている。

 

 そこでもし素養格付という指標があるならば、能力行使に最適な演算式の確立や『自分だけの現実』の構築に役立つはずだ。

 

「でも公開されてないんだよなー」

 

 素養格付宣言が公示されてからというもの、たった数日の間に内容の公開を求める学生デモやメディアの声が学園都市中を席巻している。

 だが統括理事会は世界を揺るがしかねない最重要機密事項として一切の情報を公開しようとしない。

 公開するつもりがないならなぜ存在を認めたのか、という話になるが、佐天は「クロウリー文書だから仕方ない」と納得している。都市伝説クロウリー文書。クロウリー統括理事長が世界を自分の思うとおりに動かすために世間に向けて送り出される悪意の文書。

 

 いち学生にはどうしようもないものだ、と佐天はできあがった朝食を盆に載せキッチンのテーブルへと運ぶ。ダイニングで食事をすると掃除が面倒なのでキッチンで食事を取るのが佐天の日常だ。

 

「どうにかならないかなー」

 

 能力を伸ばす努力はした。おそらく人一倍努力はしただろうという自負が佐天にある。新年度の学業成績トップがその証だ。

 努力でどうにもならないからこそ、能力発現に役立つ新しい要素を佐天は求めていた。彼女が噂好きなのもこれが一因となっているのかもしれない。

 

「『幻想御手(レベルアッパー)』……」

 

 そして佐天の思考は、つい最近実在の可能性高しとして確証を持った一つの噂へと終着する。

 能力のレベルを簡単に引き上げるという道具。

 噂の信憑性は高い。なにせ、風紀委員(ジャッジメント)である初春と白井が存在を前提として連続爆破事件の捜査を行ったのだから。

 

「……探してみようかな」

 

 朝食を食べながら佐天は今日の放課後の活動方針を決めた。

 

 

 

 

 

 白井黒子は風紀委員(ジャッジメント)である。

 

 風紀委員の仕事は自分の所属する学校内の風紀と治安を守ること。

 そのため授業が全て終わり生徒達が帰宅してからは風紀委員に仕事はない。

 というのが建前なのだが、実際のところ放課後の市街地での風紀取り締まりを行うことが慣習としてあった。

 学園都市の治安は悪い。

 不良学生達による犯罪行為が日々発生している。

 それを取り締まるために、風紀委員の人々は放課後の街の巡回を欠かさないのだ。

 

 そして今、学園都市の治安は最悪と言ってもいい状態になっていた。

 素養格付宣言が出されてからと言うもの、暴走集団(スキルアウト)の暴動が四六時中発生している。

 それだけではなく、能力を使った犯罪行為が日に日に増えていっているのだ。

 

「『幻想御手(レベルアッパー)』、ですか」

 

 能力の強度(レベル)を簡単に引き上げる道具。それが出回り、強力な力を手にした能力者がまるで力試しでもするかのように暴走するようになったのだ。

 暴走集団(スキルアウト)の鎮圧とは違い、多発する能力犯罪の検挙は難航している。

 能力犯罪は学園都市のデータベース『書庫(バンク)』の登録データを元に捜査を行うのが慣例だ。しかし、『書庫』の能力登録データに該当しない犯罪が多発しており、結果として学園都市は発足以来史上最悪の治安悪化におちいってるのだ。

 

「んもう、猫の手も初春の手も借りたいというのはこのことですわね」

 

『ええー、私って猫と同レベルですかー』

 

「冗談ですわよ。あなたの『手』は今や犯人特定の要ですもの」

 

 白井は放課後の第七学区飛び回りながら、通信機でバディである初春と会話する。

 第七学区内で発生する能力犯罪。その犯人を初春の能力定温保存(サーマルハンド)を利用した高精度演算器で特定し、白井が確保に向かう。それがここ数日での二人の日常となっていた。

 

 市街地の治安維持は風紀委員の仕事ではない。

 それはわかってはいるのだが、今の学園都市の惨状を見て動かざるを得ない。

 

 学園都市に警察はいない。

 いるのは、教職員で構成された警備員(アンチスキル)だ。警察のように治安維持や犯罪者検挙を本職としているわけではなく、教師や研究者の仕事の片手間に警備員としての仕事を行っているだけの集団だ。

 現状、とても人手が足りているとは言えない状況である。

 

 白井が聞くところによると、暴走能力者の鎮圧のために軍部まで動き出しているという。

 「動かないことが世界平和を証明している」とまで言われる学園都市の軍隊。そんなものが重い腰を上げて治安の改善に乗り出してきた。

 まるで内戦だ、と白井は思う。

 

 軍部が動いたなら全て任せてしまっても良い、とはいかない。

 軍は軍なのだ。警備員や風紀委員のように、無傷で犯罪者を捕らえるなどといった生易しいことはしないだろう。

 手足の一本や二本ちぎってでも暴徒を鎮圧するだろう。投降しない犯人は狙撃で頭を撃ち抜いて事件解決とやりかねない。

 

『白井さん、次を右に曲がったところにある脇道です』

 

「了解ですの」

 

 結果として、白井は単純な犯罪者確保をするだけではなく、軍部との競争を強いられているのだった。

 軍が犯人を殺してしまう前に捕まえて警備員に引き渡す。それが彼女の今の仕事だ。

 

 初春の指示に従い白井は市街地を空間移動(テレポート)の連続使用で飛び、裏道へと足を踏み入れる。

 初春は情報技術(IT)のスペシャリストだ。持っている能力はITとなんら関わりないが、能力開発とは関係ない部分でのある種の天才であった。さらには温度を一定に保つという能力を活用した機材を用いることによって、彼女は学園都市のネットワークを支配する。

 市街に点在する監視カメラや学園都市上空の高精度監視衛星を彼女は掌握し、画像解析技術を使って目的の人物の居場所を瞬時につきとめる。

 さらには、『書庫』の能力データに一致しない能力犯罪に独自の予測値を割り当て、被疑者を簡単に絞れるようになっていた。

 彼女は荒廃の一途を辿る学園都市において、何よりも重要な人材として風紀委員だけではなく警備員からも協力を仰がれていた。

 今こうして白井と通信を続ける最中にも、初春の指揮下では数十名の風紀委員と警備員が暴徒鎮圧、犯人検挙に動いている。

 

 バディとして負けてはいられない、と白井は気合いを入れて路地裏に踏み込む。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの! 器物破損及び傷害の容疑で連行いたします」

 

 相手は能力者の男二人。

 彼らは白井の制服の袖に付けられた風紀委員の腕章を確認すると同時に、白井に向かって襲いかかってきた。

 この手際、おそらく警備員や風紀委員がいつやってきても良いように覚悟をしていたのだろう。

 

「……逃げられるより抵抗されるほうが手間がはぶけて助かりますの」

 

 白井は冷静にスカートのポケットの中からスーパーボール大の球体を取りだし、強く握ってから男達に投げつける。

 すると、球体が勢いよく“ほどけて”、男達を包み込むように細い糸の網が広がった。

 警備員から提供された捕縛用の携帯投網である。蜘蛛糸の仕組みを使った頑丈な繊維で作られた網で、肉体強化の能力者でも容易に引きちぎれない代物だ。

 男達は避けることもできず網にからめとられる。

 

 ――喧嘩慣れしている不良相手だとこう簡単にはいかないのですけれどね。

 

 先制の一手が見事に決まったことに白井は安堵する。

 相手は急に強い力を手に入れて犯罪に走っただけの元一般人だ。警備員や風紀委員と渡り合う術を熟知している暴走集団(スキルアウト)や武装能力者集団だとこんな手にはかからない。

 

 男達は苦し紛れにからまった網の中から能力を白井に向ける。

 風力使い(エアロシューター)電撃使い(エレクトロマスター)。だがその反撃も白井の予想を超えるものではなかった。

 初春からは事前に相手が使えるであろう能力の出力と応用範囲を聞いている。白井は冷静に空間移動で彼らの背後に飛び、手際よく二人を蹴り倒す。網に動きを捕らわれた男達は簡単に地面へと倒れ込む。さらに白井は自前の金属の矢を空間移動で飛ばし、彼らの服を地面に縫い付けた。

 そして白井はポケットから携帯電話サイズの機材を取り出し、男の首筋に当てた。

 鎮圧用ショックガン。後遺症の心配無しに人を気絶させられる学園都市最新の暴徒鎮圧用アイテムだ。

 二人の男は悲鳴を上げることもなく気を失い沈黙した。

 

「初春、こちら終わりましたわ」

 

『はいー、警備員の車両が向かいますのでそこで待機していてください』

 

 一仕事終わった、と白井は裏路地の壁によりかかって身体を休める。

 この男達には他に協力者はいない。気を抜いても大丈夫だ。

 

 ほどなくして、対能力者装甲服を着込んだ警備員達が到着し、男達を回収していった。

 本来ならば風紀委員が放課後の現場に出ていることについて小言を貰う状況であるが、現在の学園都市の情勢ではそれもない。校内の風紀取り締まりという風紀委員の建前は完全に捨て去られていた。

 

 警備員達を見送ると、白井は初春へと再び通信を繋げる。

 

「あの方達も例の『幻想御手』使用者ですの?」

 

『はい、書庫のデータと明らかに能力強度が違いますね』

 

「となると、副作用で倒れてしまうかもしれませんわね……」

 

 つい先日のことだ。取り調べを受けていた連続虚空爆破事件の爆弾魔が、突然意識を失った。

 その後彼は目覚めることなく、さらには同じような症状の学生が次々と病院へと運び込まれるようになった。

 彼らの共通点は『幻想御手』と呼ばれる能力強度を上げる道具を使用していたことだ。意識を失った学生を調べていて見つかったのは、一つの音楽データ。能力のレベルを上げる『幻想御手』とは楽曲のことだったのだ。

 これが今、学園都市の都市内ネットワークを通じて爆発的に拡散している。

 素養格付を突破して新たな力に目覚める、という噂付きでだ。

 

 音楽を聴くだけで能力を上げる道具自体に白井は何も思うところはない。

 能力開発のカリキュラムにおいても、薬と併用して一定のリズムを刻む音楽を聴くというものがある。楽して能力を上げること自体は学生としてなんら間違った行為ではないのだ。

 

 問題は、そうやって得た力を犯罪に使うこと。そして意識を失うという副作用の情報が『幻想御手』使用者に広まっていないことだ。

 

『それじゃあ白井さん戻ってきて下さい。大脳生理学の先生と面会がありますので』

 

 幻想御手の副作用について、意識を失った患者を多く抱えた病院側は専門の研究チームを呼ぶことになっていた。

 白井と初春は風紀委員からの事件の担当責任者としてそれに立ち会う予定が入っている。

 

 犯罪者の検挙も重要な仕事だが、幻想御手を巡る問題を解き明かすのも現状打破の鍵だ。

 白井は裏路地を出ると、柵川中学の風紀委員支部に向かって空間移動を再び始めた。

 

 

 

 

 

 

 田所晃は超能力者(レベル5)である。

 

 彼は学園都市の超能力者の中で最も顔が知られた人物であった。

 常盤台の超電磁砲(レールガン)のように広告塔としてメディアに露出しているわけではない。

 

 ただ単純に、彼の持つ能力が広く知られているためだ。

 天然の超能力者にして、幻の多重能力者(デュアルスキル)。学園都市のあらゆる超能力の基礎となる『見た目で理解しやすい』能力を複数使いこなす。能力開発を受けていない身ながら、教本のような能力行使をする逸材であった。

 

 そしてその能力発動の仕組み自体はミクロの領域を扱う学園都市製の超能力とは違い、感覚的なマクロの領域のもの。

 能力開発カリキュラムで超能力の仕組みを学生達に説明するとき、反例として彼の名前は自然と挙がるのであった。

 

 そんな能力開発を受けずに超能力者(レベル5)になった彼が、現在の素養格付宣言で荒れる学園都市でどのような扱いを受けるのか。

 当然のように、彼は無数の学生達からの嫉妬や憎悪の感情を向けられた。

 素養格付は能力開発を行っている教師にも公開されていないことが知れ渡ることで、学生達の悪感情は彼の元へと集まるのであった。

 

 現在の学園都市では犯罪が横行している。

 その多くは行き場のない怒りをまき散らす暴力事件。

 エリート校に通う高レベルの能力者を狙う能力者狩りが多発し、名門長点上機学園所属のアキラにも狩りの狙いが向けられた。

 

 今日も、アキラは第七学区の空き地で武装能力者集団と戦っていた。

 

 集団側は以前アキラを襲って返り討ちにあった不良グループだ。

 『幻想御手(レベルアッパー)』を手に入れ力を増した今ならばアキラを屈服させられると、白昼堂々大人数で襲撃をかけた。

 

 しかし。

 

「ふん!」

 

 アキラのローキックが不良の足を砕く。

 悲鳴を上げながら、不良は地面の上を転がった。

 

 アキラの肉体は人間の域を超えた作りになっている。銃弾を浴びても死なず、回復思念(セルフヒール)で瞬時に再生する。

 拳はコンクリートの壁を砕き、蹴りは鉄柱をへし曲げる。

 昔からこのような人間離れした身体だったわけではない。元は同世代の男子よりずっと劣った体力だったが、喧嘩に明け暮れ超能力で身体を癒すうちに頑丈になっていったのだ。

 アキラの担当教師藤兵衛が言うには、英雄体質であるという。伝説上の武の英雄はアキラのような天然の超能力者だったのだと。

 

 能力を直撃させてもびくともしないアキラにうろたえる不良達。

 そんな彼らの隙をついてアキラは精神を集中させる。

 アキラが最も得意とする超能力は精神感応(テレパス)だ。感覚だけで操作する彼の超能力の多くは、精神感応を発動の基点として別の能力へと繋がっている。

 

 火をイメージし周囲へ思念を飛ばすことで火が起きる。場所をイメージしそこにむけて思念を送ることで空間移動ができる。強く殴ると敵に向けて思念を送ると、念動力で後押しされた威力の高いパンチが出る。正常な姿を思い浮かべ手を触れることで、人の傷や壊れた機械を元通りに治す。

 そうしないとできない、ではなくそうしたほうがやりやすい、という理由で彼は精神感応を能力発動のトリガーとして使っている。

 

 今イメージするのは水だ。それもとびきり冷たい方がいい。凍り付くような水のイメージを頭の中で作る。

 これが学園都市の人工的な能力者ならばイメージに加え、ミクロの領域で熱量を操作するような計算式を使い現象のシミュレートを行う。だが、アキラにはその過程が必要ない。

 アキラは別に頭が悪いというわけではない。むしろ開発を受けていない学生の中では非常に優秀な部類に入る。演算を行わないのは、必要ないからだ。彼の超能力を支えているのは精神力だ。

 

 テレパシーを無差別にまき散らすような感覚でアキラは思念を解放する。

 それと同時に、何も無い空間上に水が湧き上がってくる。水の温度は摂氏〇度を下回っている。

 過冷却状態にある水の粒は瞬時に凍り付き氷の刃へと変わる。生み出された氷の刃の数は目視で数えきれないほどの量だ。

 それらはやがて渦を巻くように舞い散り、紙吹雪をまき散らすかのように空き地で荒れ狂った。

 

 フリーズイメージ。

 

 無から有を生み出す超常現象が武装能力者集団を切り刻んだ。

 不良達はいずれも自分だけの能力を持っていたが、四方八方から襲ってくる氷の刃を防ぎきれずに一人、二人と倒れていった。

 

 氷の嵐がおさまるころには、アキラ以外立っている者は一人もいなかった。

 

「やれやれ……」

 

 ようやく終わった喧嘩に、アキラは息をついて身体の力を抜いた。

 ごろつきの集団にしてはなかなかの強敵だった。フリーズイメージはアキラの持つ喧嘩用の能力の中でもとびっきりの大技だ。死傷者がでないようめいいっぱい手加減はしているのだが。

 

「おい」

 

 アキラはズボンのポケットに手を突っ込んで足下に転がる不良の一人を見下ろし、声をかけた。

 

「おい」

 

 返事がないので、腹を軽く蹴りつけて仰向けに姿勢を変えさせた。

 不良からひい、と悲鳴があがる。

 

 この不良はたいした怪我を負っていない。それでも彼が倒れていたのは、死んだふりをしてこの場を乗り切ろうという打算からだった。

 しかし人の心を読めるアキラにはその思考が全て読める。

 

「この前オレに返り討ちにあったときのリベンジマッチってか? そりゃけっこう」

 

 怯える不良にアキラは笑いかける。

 ただし人好きのする笑顔ではない。悪魔の笑みだ。

 

「前やったときよりえらく能力が強くなってるじゃねーか。最近こんなのばっかりだな。おい、どういうことだ」

 

 良いながらアキラは不良の脇腹を蹴りつける。

 

「ひ、ひい」

 

「『幻想御手』? ほー、そんなもんが」

 

「ひいいいいい!」

 

「音楽データねえ。面白いじゃねえか」

 

「はいいいいい!」

 

 返答を待つ必要はない。脳裏にある緑色のボタンをそっと押すだけで相手の考えていることが丸裸になる。

 

 考えを言い当てられた不良は、恐怖に震えながら懐に手を入れる。

 ジャケットの内ポケット。そこから手の平サイズの機械を取り出した。

 音楽プレイヤーだ。

 

「これで勘弁してください!」

 

「はあ?」

 

 音楽プレイヤーを地面に取り落とすと、不良は地面を転がりうつぶせになると、おもむろに立ち上がって空き地から全力疾走で逃げていった。倒れる他の仲間はおかまいなしだ。

 

「あ、おーい、別に欲しいなんて言ってねえぞ」

 

 どうしたものかと、アキラは地面に置かれた音楽プレイヤーを拾い、手の中でいじりながら空き地から歩いて出ていく。

 喧嘩は終わった。ここに留まる理由はない。

 怪我人がいるがアキラが治療する義理はないし、救急車を呼ぶような大怪我は負わせていない。

 自分が去れば比較的軽傷の者が起き上がって他のメンバーをどうにかするだろう、とアキラは大通りに向かって歩を進めた。

 さすがに人通りの多い場所で襲いかかってくる者は少ないだろう、と考えてのことだ。

 そのような場所で襲撃してくるような剛胆な輩と対峙してみたい、という期待をわずかに持っていたりもする。

 

 そんな思いで表通りを数分あてもなく歩いているときにアキラが遭遇したのは、暴走集団(スキルアウト)でも武装能力者集団でもなく、きょろきょろと周囲を見渡しながら不用心に歩く中学生の少女だった。

 

「おう、学校帰りか?」

 

 顔見知りの中学生、佐天涙子にアキラは声をかける。

 

「んー、そうでもあるしそうでもないし……」

 

「あん? なんだそりゃ」

 

「アキラさんに聞いても多分知らないだろうからなぁ」

 

 思わせぶりな佐天の態度に、アキラはかすかにイラッとくる。

 

「おい何だ喧嘩売ってんのか」

 

 いらつきが言葉と表情に出た。

 佐天は慌てて手を顔の前で振ると、弁解するようにしゃべり出す。

 

「いやいやそうじゃないです。あたし今、噂の『幻想御手』ってやつを探してるんです。とりあえず知ってそうな人に聞き込みーって。どうやら音楽らしいってところまでは解ったんですけど」

 

「ほお」

 

 『幻想御手』。なんともタイムリーな話題だ。

 

「ほらアキラさんは超能力者(レベル5)じゃないですか。しかも天然の。能力レベルを上げる『幻想御手』とは無縁かなーって」

 

「それ持ってるぞ。『幻想御手』」

 

 アキラは手に持ったままだった音楽プレイヤーを佐天の前に掲げてみせた。

 彼の突然の言葉に、佐天は唖然とする。

 そして、遅れて怪訝な顔を作り、アキラに詰め寄った。

 

「アキラさんさらにレベル上げる気なんですか! もしかして打倒百合子さん!?」

 

 うわーうわーと一人でテンションを上げる佐天に、アキラは冷ややかに返す。

 

「いや、襲ってきた不良ぶん殴ったら貰った」

 

「かつあげですか…」

 

「そんなつもりはねーよ。むしろ襲われたのはオレだ」

 

 ここ数日自分がどれだけ不良達との死闘に明け暮れているのか、テレパスでも送ってやろうかと考えるアキラ。

 佐天はそんなアキラの思いを知らずにじっとアキラの顔を見つめると、わずかに視線を下げて申し訳なさそうな顔でアキラに言った。

 

「あの……『それ』あたしにも貰えません?」

 

 物乞いをするようで恥ずかしい思いと、いけないものに手を出しているような背徳感で自然と声が小さくなっていた。

 だがアキラはそんな態度の変化を気にもせず答える。

 

「拾い物みたいなもんだしかまわねえよ」

 

「わあ、ありがとうございます!」

 

 万歳をしながら喜ぶ佐天に、オーバーリアクションな子だなぁとアキラは苦笑する。

 

「じゃあ携帯に転送を……その音楽プレイヤー無線LAN機能あります?」

 

「プレイヤーごと貰ったから知らん」

 

「完全に恐喝じゃないですかー! もう、ちょっと貸して下さい!」

 

 アキラの手から音楽プレイヤーを奪い取ると、佐天は素早く指を動かしプレイヤーの中から『幻想御手』を探す。

 それはすぐに見つかった。そもそもプレイヤーの中には一曲しか曲が入っていなかった。

 『LeveL UppeR』とそのものずばりなタイトルの曲だ。

 

 佐天は音楽プレイヤーに無線機能が搭載されていることを確認すると、片手で自分の携帯電話をいじり音楽の転送を始めた。

 アキラはそんな佐天の様子をぼんやりと眺めながら、彼女の心の声を呼んだ。

 

(やった、これであたしも超能力を、あたしだけの超能力が使えるんだ!)

 

 ああ、とアキラは佐天涙子という人間がどういう人物なのかを思い出した。

 今まで会ってきた誰よりも超能力に憧れ、能力者を見て嫉妬するも態度に表すこともなく、憧れを憧れのまま終わらせないために努力をし、そしていつも諦めの感情を心に抱いていた子供だった。

 思わぬ拾いものが、思わぬところで役に立った、とアキラはかすかに笑った。

 

「ありがとうございました!」

 

 佐天は心からのお礼を言いながら音楽プレイヤーをアキラに返す。

 

「このお礼は友達にたい焼き屋を紹介して返しますね!」

 

 それで得するのは自分ではなく松の兄貴だ、とアキラは心の中で思ったが口には出さなかった。他に謝礼を催促しているかのように感じたからだ。

 

「じゃ、さっそく帰って試してみます!」

 

「おう、治安わりぃから気をつけて帰れよ」

 

「家までエスコートしてやるって言わないあたりがまさにアキラさんですね」

 

「うっせえ」

 

 佐天は笑いながら小走りで表通りを駆けていく。

 後ろ姿は放課後の帰宅途中の学生達に隠れてすぐに見えなくなった。

 

「さて、これどうすっかね」

 

 アキラは手元に残った音楽プレイヤーをいじりながら考えた。

 捨てるか。いや、中身はともかく外側は勿体ない。

 聞いてみるか。いや、脳開発を受けた能力者用のものなら自分には意味がなさそうだ。そもそもアキラは能力の強度を上げることにさほど興味がない。その証拠に、担当教員の藤兵衛の元へ百合子ほど頻繁に通っていないのだ。

 そして、アキラはふとよぎった藤兵衛が、普段何をして過ごしているのかを思い出す。

 古道具屋と称して変な物品を学園都市の内外から集め、発明と称して奇妙な道具を作りだしている。

 

 彼ならば能力のレベルを上げる音楽に興味を示すかもしれない。

 そう結論付けたアキラは、馴染みの古道具屋の方角に向けて足を向けた。

 

 

 




佐天涙子
LEVEL0
PRECOGNITION:B CLAIRVOYANCE:A PSYCHOMETRY:C TELEPATHY:C PSYCHOKINESIS:B
(アニメとある科学の超電磁砲 #14)
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