LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

32 / 35
『反転御手』⑬

 

 妖怪脱ぎ女を目撃した。

 そんなセンテンスを思い浮かべながら佐天は第七学区の街中を走っていた。

 

 アキラから『幻想御手(レベルアッパー)』を入手して浮かれていたときのことだ。

 帰宅路の途中にある喫茶店の横を通りがかったところ、店内に友人の初春と白井がいるのを見つけた。

 学園都市の治安悪化でこのところ一緒に遊べていない初春と、柵川中の風紀委員(ジャッジメント)の支部に毎日のようにやってきているのを見る白井の二人。

 忙しいはずの二人が喫茶店で休んでいるのは珍しい、と佐天は彼女達に相席することにした。

 手に入れた『幻想御手』を見せびらかしたい気持ちもあったのかもしれない。

 

 窓ガラスに張り付いて自分の存在をアピールした後、店内に入り彼女達の元へ向かうと、どうやら二人の他に白衣を着た大人の女性が一人同席しているようだった。

 風紀委員の仕事で、この女性から話を聞いている最中であったらしい。

 

 邪魔しては悪い、という考えは佐天には思い浮かばなかった。

 さも当然という顔をして佐天は三人の会話を聞く。

 

 初春と白井は、『幻想御手』について大脳生理学の研究を行っているこの女性、木山から助言を仰ごうとしていた。

 その会話の中で、佐天は『幻想御手』に副作用の疑い有りとして風紀委員が『幻想御手』所持者を捕まえようとしていることを知った。

 思わず動揺し、テーブルの上の飲み物を手で倒してしまう佐天。こぼれたアイスコーヒーが木山の脚を汚した。

 

 慌てる佐天だったが、木山が取った行動にまた慌てた。

 木山はおもむろにスカートを脱ぎ、汚れたストッキングを脱ぎはじめたのだ。客や店員のいる店内である。

 どうやらその木山という女性は、人前で裸体をさらすことに快感を覚える変態ではないようだが、人前で裸体をさらすことに恥を感じない人物であるようだった。

 恥もそうだが、人前で服を脱ぎだすのは常識的にそして法的によろしくないことである。そういった感覚や常識を持っていない木山のことを佐天は脳内で妖怪脱ぎ女と命名した。新たな都市伝説の誕生である。

 

 その後、微妙な雰囲気で初春と白井は木山から話を聞き、喫茶店から出た路上で木山と別れた。

 そのタイミングで佐天も二人と別れた。逃げ出したといったほうが正確かもしれない。

 

 小走りで佐天は初春達から離れようとする。

 妖怪脱ぎ女はインパクト十分だった。だがそれよりも佐天の記憶に残るものがあった。

 風紀委員は『幻想御手』の所持者を捜索し保護しているらしかった。風紀委員の言う保護とは補導と連行のことだ。佐天は初春達二人につい先ほど入手した『幻想御手』を所持していることを悟らせまいと、逃げ出したのだ。

 

 能力のレベルを上げる便利な道具。

 その程度にしか佐天はこの音楽データのことを認識していなかった。

 だが、これはもしかすると違法な薬品の類なのかもしれないと思い始めた。

 

 学園都市の能力開発において、違法とされる薬が存在する。副作用が強かったり、強い依存性があったりするものだ。

 そしてそんな薬の中で、能力の強度を高める効果が高い代物が、学生達の間で高値で取引されていたりするのだ。

 開発ドラッグなどとも呼ばれる。

 

 佐天はポケットの中から携帯電話を取り出した。中には『幻想御手』の音楽データが収められている。

 能力開発カリキュラムの中には、薬を服用して音楽を聴くというものがある。一定のリズムを刻むことで脳をトランス状態に持っていくものだ。

 『健常な精神』では能力を使えない。学園都市の能力者は、誰もが外の世界でいうところの精神疾患を持っているのだ。

 『幻想御手』は他の薬の補助を借りずにそのような精神状態に移行させる音楽なのかもしれない。

 

 佐天の中に、『幻想御手』を使うべきではないかもしれないという迷いが生まれる。

 使ってはいけない類のものではないのか。

 しかし、佐天が集めた情報では、『幻想御手』の使用者はかなりの数に上り、誰もが目に見えた能力の向上を成し遂げているようであった。

 

 最初は自分でも能力者になれる夢のようなアイテムだと思っていた。

 しかしやっぱりエタイの知れないものは怖い。苦労して身につけるはずの能力を楽に手にしようというのが褒められたことではないというのもわかる。

 

 でも。

 

 努力してもどうにもならない壁がある。

 

 佐天は足を止め、地面をじっと見つめた。

 

 ――生まれ持った才能の差は受け入れなきゃいけないって事?

 

 鬱屈した感情が佐天の中に浮かび上がってくる。それは、彼女がずっと心の奥底に押し込めていた感情。

 心が折れないように、目を背け“いつか”“きっと”能力者になれると自分を騙して、見ないようにしていた現実。

 劣等感。嫉妬。諦念。

 携帯電話を握りしめながら、佐天は鬱屈した感情の渦に飲まれる。

 そしてその辛い思いから、手の中の『幻想御手』が守ってくれる、そんな気がした。

 

「そんな! 話が違うじゃないかっ!」

 

 突然聞こえてきた大声に、佐天ははっとする。

 そして、反射的に声の聞こえてきた方向を向いた。

 

 いかにも不良ですといった風体の男が三人、いかにも普通の学生といった小太りの男が一人、そこにいた。

 そして佐天は思う。ここはどこだろうと。

 学園都市は今、治安が悪い。初春達から逃げるのに必死になってここまで走ってきたが、土地勘のない場所に行くのは非常に危険な情勢だ。

 しかも、男達以外には人通りがない。工事現場のようだが、作業員はいない。金属盗難の対策を怠っているのか、そこらに鉄パイプや鉄板などの建築資材が無造作に放置されている。

 

「四万で『幻想御手』を譲渡すると言ったじゃないか。冗談はよしてくれ」

 

 小太りの男の言葉に佐天はぴくりと体をゆすった。

 どうやらこれは『幻想御手』の取引の現場のようだ。佐天はアキラから譲ってもらったが、学生達の間での取引価格は四万円などという高値がついているようだった。その値段の高さに、裏で出回っているという能力ドラッグを彼女は想起した。

 

「悪いがついさっき値上げしてね」

 

 不良の一人、長身で切れ目の男が言った。手には音楽プレイヤーが握られている。

 間違いない。『幻想御手』の取引だ。

 

「取引リスクが上がった。コイツが欲しけりゃもう十万持ってきな」

 

 リスクが上がった。その言葉の理由に佐天は思い至る。

 風紀委員の『幻想御手』所持者の取り締まりだ。

 佐天は建物の陰に隠れながら不良達の会話に耳を側立てた。『幻想御手』を持つ身として、少しでも有意義な情報を得たかった。

 

「ふざけるな! だったら金を返してくれ!」

 

 小太りの男が切れ目の不良に詰め寄る。

 だが、不良はそれに応じることなく小太りの男に髪の毛を掴み、手前に頭をひいて男の腹に膝を叩きつけた。

 

「ガタガタうっせーな」

 

 切れ目の不良、そしてもう一人の口髭をたくわえた不良の男が、膝蹴りの痛みでうずくまった小太りの男を蹴りつけ始めた。

 

「四万ぽっちで誰がやるかっての」

 

「金ねーんならさっさと帰れデブ!」

 

 蹴らあげられ地面に転げた小太りの男を不良達は靴裏で蹴り続ける。

 小太りの男は悲鳴を上げ、転んだまま体を丸め頭を抱えた。

 

「おう」

 

 少し離れた場所で煙草を吸っていたもう一人の不良が、二人の不良に声をかける。

 

「そいつ立たせろ」

 

 煙草の煙を口から吐き出しながら、カメレオンを連想させるぎょろりとした目の不良が、指示を出す。

 

「お前らのレベルがどれくらい上がったかそいつで試してみろ」

 

 このカメレオン顔の男が、どうやら不良達のリーダー格のようだった。

 彼の言葉に、切れ目の男が笑う。

 

「きっつー。お前今日死んじまうかもな!」

 

 そう言いながら切れ目の男が手を目の高さまで掲げる。

 すると、小太りの男の体がひとりでに浮き上がり始めた。

 そして、切れ目の男が指先を動かすと、小太りの男が急速な勢いで空を舞った。

 

「うわあああああああ!」

 

 野球の投球程度はありそうな速度で男は飛んでいく。

 切れ目の男がさらに指を動かすと、小太りの男の動きが変わる。直線運動だったのが次は円運動に。

 ぐるぐると数回空中で旋回した後、切れ目の男は手首を曲げて何かを投げるようなジェスチャーをした。

 

 小太りの男の体が、修復工事中のビルを囲うフェンスへとぶつかり、地面に落ちた。

 痛みを訴える男の悲鳴が周囲に響く。

 

 やばいと、佐天は思う。

 何がやばいかというと、話を聞く限り彼らは『幻想御手』を持っている。

 見覚えがないといってもこの周辺は暴走集団(スキルアウト)のカリスマ無法松の影響下にある地域。無能力者の不良達は比較的大人しいし、武装能力者集団の勢力も小さい。『幻想御手』の取引場所をここにしていたということは、このあたりを縄張りとしている不良だろう。

 しかし、『幻想御手』で力を手にしたことで、この不良達から無法松というタガが外れている可能性が非常に高い。

 

 警備員(スキルアウト)に通報しないと。

 佐天がそう思ったときだ。

 

「おいそこに誰かいんぞ!」

 

 フェンスの陰に隠れていた佐天の姿が、不良達に見つかった。

 

「何見てんだコラ」

 

「文句あるならこっちこいや」

 

「あ、いや、別に……」

 

 冷や汗を流しながら佐天は誤魔化すように顔の前で手を振る。

 

「ただの通りすがりでして……失礼します」

 

 そう言って佐天は急いでその場を離れた。

 全力で走りながら、佐天は隠すように携帯電話を取りだした。通報しようとボタンを押すが。

 

「充電切れ!? さっきは大丈夫だったのに」

 

 『幻想御手』を受け取ったときはちゃんと操作できていた。アキラと別れて初春達と喫茶店で過ごしている間にバッテリーが切れてしまったらしい。そういえばここ数日充電をしていなかった、と彼女は思い出した。

 

 どうするべきか。人通りのある場所まで行って、警備員か風紀委員(ジャッジメント)を呼ぶか。

 しかし。

 あの小太りの男は能力による暴力を受けていた。このままだと大怪我をしてしまう。もしかしたら死んでしまうかもしれない。

 自分が今すぐ助けに入らないと、取り返しの付かないことになってしまう。

 佐天は頭を振った。

 助けに入る? 自分が? そんな危ないことをできるはずがない。

 

 ――しょうがないよね。

 

 ――あたしに何かできるわけじゃないし。

 

 佐天は止めていた足を動かし始める。

 

 あっちにはいかにもな連中が三人。こちらは数ヶ月前まで小学生をやっていたのだ。絡まれているのは全く面識のない赤の他人。

 何の義理もないのだから、ここは見なかったことに――

 

「も、もうやめなさいよ!」

 

 佐天は、どういうわけかいつの間にか不良達の元へと戻ってきていた。

 

「その人怪我してるし」

 

 言いながら佐天は自問する。何で戻ってきてしまったのか。

 馬鹿なことを言ってないでいますぐこの場から離れるべきだ。

 

「す、すぐに警備員が来るんだから」

 

 心中とは裏腹に佐天の口からは不良達を止める言葉が出る。

 思いに反して体が勝手に動いてしまう。何の能力も持たない自分が『幻想御手』を持つ不良達に立ち塞がってしまっている。

 なんてことをしてしまったんだ。佐天は震える。

 

 不良のリーダー格の男が佐天に近づいてくる。

 ほら、こうなった。佐天は自分で自分を罵倒する。

 

「今、なんつった?」

 

「あ、その……」

 

 何かを言おうとするが、佐天の口からは何も言葉が出てこない。

 

「ガキが生意気言うじゃねーか」

 

 カメレオン顔の男が腰を曲げて佐天の顔をのぞきこむ。

 恐怖で佐天の身体はカタカタと震える。

 

「何の力もねえ非力なガキにゴチャゴチャ指図する権利はねーんだよ。あやまるなら今のウチだぜ」

 

「あ……」

 

 ぱくぱくと佐天は口を動かす。

 ごめんなさい。もうしません。魔が差しただけなんです。

 

「あやまらない!」

 

 心の中と、口から出る言葉は全く正反対のものであった。

 

「ただでさえ無能力(レベル0)なのに、こんなことまで見て見ぬ振りするんじゃ、もうあたしに何も残らない。このままじゃ、あたしは一生負け犬だ!」

 

 すらすらと、言葉が浮かんでくる。

 それは、佐天の心の底に嫉妬や諦念と共に眠っていた思いだ。

 負けたくない。負け犬になりたくない。

 

「そうかよ」

 

 小さな少女に反抗され、男の怒りがふくれあがった。

 こめかみに青筋を浮かべながら、男が佐天の頭に向かって手を伸ばす。

 

「――お前、この女の子よりも強いのか?」

 

 だが、男の手は佐天の髪に届く寸前で止められていた。

 いつの間にか、一人の少年が佐天とカメレオン顔の男の間に手を伸ばし男の手を掴み取っていた。

 

「んな……っ! テメェ、どこから沸きやがった!」

 

 その場にいる誰も、その少年が声を発するまで近づく姿を目撃していなかった。

 そう、まるで空間移動(テレポート)のように。

 

「何だテメェ!?」

 

 カメレオン顔の男が少年の手を振りほどき、距離を取る。

 男は手首を押さえながら、少年の顔を睨み付けた。学ランを着たツンツン髪の高校生らしき少年だ。

 男の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。佐天に向けて伸ばした手を掴まれた瞬間、男に激痛が走っていた。少年はものすごい握力で男の腕を止めていたのだ。

 中肉中背の少年の体格からは想像付かない力。喧嘩慣れしているカメレオン顔の男は、少年から明らかな驚異を感じ取った。

 

「なあ、お前、その子より強いのか?」

 

 冷ややかにツンツン頭の少年は再び言葉を口にする。

 

「ああ? あたりまえじゃねえかッ!」

 

 佐天はその少年に見覚えがあった。

 ぬいぐるみの爆弾から助けてくれた、不思議な高校生。

 

「違うね。弱いのはお前達の方だ」

 

「んだとテメエ! この異能力者(レベル2)のオレ様が、このガキより弱いワケねーだろ! 」

 

「能力はな……」

 

 少年はカメレオン顔の男の目を真っ直ぐに見つめる。

 男は体勢を低く構え、着ているジャケットの胸ポケットから折りたたみナイフを取り出す。

 さらに、少年を囲むように残り二人の不良が近づいてくる。

 

 それを意にも介さず少年は言葉を続ける。

 

「だが強さとは能力だけを指すんじゃない……この女の子の方がお前達よりも強いと俺は思うぜ」

 

「どこがだぁ!」

 

 カメレオン顔の男は折りたたみナイフから刃を出し、構えを取る。

 刃の金属のきらめきに、呆然とやりとりを見ていた佐天が後ずさる。十センチは軽く越えるナイフの刃渡り。

 腹に刺されば内臓をたやすく貫きそうな凶器。

 だが、少年はそれに一切うろたえる様子はない。

 

「まだわからねぇか……」

 

 そして、佐天を助けてからずっと立ったまま一歩も動いていなかった少年が、初めて足を動かした。軽く前に一歩踏み出すような動きだ。

 

 次の瞬間、少年はカメレオン顔の男の背後に立っていた。

 空間移動。

 いや、違うと佐天は頭に浮かんだ能力を否定する。目で追えないような速度で少年が動いたのだ。

 それを証明するように、少年のツンツン飛び跳ねた髪の毛は慣性でばさばさと揺れている。何度か見た白井の空間移動ではそのようなことは起きない。

 

 背後に回られたことに気づいていない男の後ろで、少年は構えを取る。

 そして、少年は不意打ちをするでもなく、叫んだ。それは、問われた強さの答え。

 

「――心だよッ!」

 

 

 

 

 

 

 背後から聞こえた声に、カメレオン顔の男は振り返りざまにナイフを振るった。

 ナイフの軌跡は性格に少年の元へと向かう。

 対する、少年は右の手の甲を振り上げ、男の手首を打ちナイフの軌道を真上にそらした。さらに左の手を振り上げ、男のナイフを持つ手を熊手のように曲げた指で引っ掻くように殴った。

 

 皮膚が裂かれる痛みに、男の指の力は緩みナイフがすっぽ抜ける。

 咄嗟に手を押さえ男は少年を睨み付けるが、少年はいつの間にか二メートルほど後ろに下がっていた。

 

 刃物を使った喧嘩に慣れている。カメレオン顔の男は少年の動きをそう判断した。

 払い、ナイフを持つ手を狙い、そして反撃を受ける前に離脱する。流れるような動きだ。

 

「何者だテメェ」

 

「心山門、上条当麻」

 

 そう答えながら、少年、上条は構えを変える。

 心山拳。それがこの上条が身につけている拳法の名前だった。

 先ほどのナイフを弾いた動きはその拳法の基本の型、山猿拳。拳で殴るのではなく鍛えた指先で引っ掻くことで強い痛みを相手に与え、武器を取り落とさせる対刃物用の技だ。少年が技を当てた後に後退していたのも、相手が武器をまだ所持していることを想定したその山猿拳の回避の動作である。

 

 そして男の背後に回り込んだ最初の動き。当然空間移動(テレポート)などではなく、百里道一歩脚と呼ばれる素早く動き相手を攪乱するための歩法である。

 

「格闘技か。お前無能力者(レベル0)だな?」

 

 切れ目の男が薄く開けた目で上条を睨む。

 

「そうだ」

 

 短く上条は答える。

 学園都市で格闘技を身につけている者の多くは無能力者である。

 各学校では能力をスポーツに取り入れた部活動が盛んであるが、学園都市の外の学校にあるような柔道部や剣道部といったものに能力を使うことはない。能力を組み合わせた武道は、スポーツとして行うにはあまりにも危険だからだ。

 結果として格闘技を身につけるには習い事として道場やジムに通う必要があるが、能力者ならばその習い事の時間を能力開発に使うのが普通だ。

 ましてや、喧嘩に格闘技を使う者など、能力者を腕力で屈服させるのを目的とした暴走集団(スキルアウト)くらいしかいない。

 

「無能力者のお遊戯なんかで……」

 

 上条に向かって言葉を放ちながら切れ目の男が手を振り上げる。すると、周囲に散らばっていた工事の建材が浮かび上がっていく。

 鉄パイプ。鉄板。ブロック片。総重量はかなりのものであった。

 

「能力者にかなうと思ってんのか!」

 

 念動力(テレキネシス)により、宙を舞う建材が一斉に上条へと襲いかかる。

 上条は避ける様子を見せず、むしろ構えてそれを迎え撃った。

 

 建材が上条の身体をすりぬける。まるで彼の身体が透けているかのように、背後へと通り抜けていく。

 鉄やコンクリの塊は、一つも彼の身体を打つことはない。ごく小さな動きで全てを回避しているのだ。

 そして逆に、一本の鉄パイプが、まるで跳ね返ったかのように切れ目の男の元へと飛んでいった。

 突然の反撃に男は反応できず、彼の腹に鉄パイプが勢いよくめりこんだ。

 

「がはっ!」

 

 切れ目の男は突然の痛みに腹を抱え、膝を付きながら混乱した。

 彼は別に念動力で建材を“投げつけた”わけではない。念動力で“移動させた”のだ。

 最初の加速時に力を加える腕力による投擲などとは違い、例え受け止められても相手を吹き飛ばすために鉄パイプには射出の後も念動力を与え続けていた。

 だがそれが突如彼の制御下を離れ、自らに跳ね返ってきた。

 

「――不射の射」

 

 上条は右手を前に付きだした構えのままぽつりと呟いた。

 不射の射。これもまた彼の身につけた拳法の技である。

 投擲された石や、放たれた矢を相手に投げ返す後の後の技。中国は大志山、心山拳の達人ならば目で追えぬ弾丸すら跳ね返す。

 しかし、本来ならばこの技では念動力で一定方向に動き続ける物を投げ返すことはできない。棒火矢やロケット弾のように噴射の向きを逆にすればいい物ではないのだ。

 

 だが少年上条当麻には一つの秘密があった。

 それは、彼の右手に宿った不思議な力。超能力や超常現象といった“常識外”の事象にその右手が触れることで、あらゆる不可思議な事象は消滅してしまうのだ。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)

 それが無能力者の少年上条当麻に宿る生まれついての力であった。

 

「ふぅー……」

 

 呼気の音を響かせながら構えを変え、上条が動く。

 腰を落とし切れ目の男に向かって身を進めようとする。だがその刹那。

 

「うるるるぁぁ! 死ね!」

 

 上条の動きを口髭の不良の能力が割り入って止めた。

 男の能力は発電能力(エレクトロキネシス)。本来ならば電気抵抗の高いはずの空気中に電流を走らせることを得意としていた。

 強い光を発しながら空中を泳ぐように走る電流は、そこに避雷針でもあるかのように上条の元へと向かい――、そして彼の右手に触れ消滅した。

 

「なっ!?」

 

 口髭の男は演算途中で消滅した能力に一瞬驚きの顔を浮かべた。が、すぐに気を入れ替え再度能力を行使しようとする。

 『幻想御手(レベルアッパー)』で手に入れた力だ。予想外のことが起きても不思議ではない。

 今度は連続で雷撃を上条へと放つ。

 が、上条は手の先が見えないほどの速さで腕を動かし、そのことごとくを払い落とした。

 

「こ、こいつ、能力が通じねえ!」

 

 あまりの事態にうろたえ、頭を抱えて叫ぶ口髭の男に上条はただ無言で跳び蹴りを放った。

 体重の乗った蹴りに、男は地面の上を転がる。

 そして着地した上条は再び切れ目の男へと身体を向けた。

 

「ひいっ!」

 

 腹を押さえながら男が後ずさる。

 

「うろたえるんじゃねえ! 腕で攻撃を弾く能力者だ!」

 

 リーダー格のカメレオン顔の男が叫ぶ。

 上条は能力の攻撃を全て右手の幻想殺しで払いのけていた。それをカメレオン顔の男が言い当てたのだ。

 よく見ているな、と上条は感心した。

 

 能力者のはびこる街の喧嘩で、拳法一つで渡り合えるほど甘くはないと上条は考えている。

 己に拳法のいろはを叩き込んだ師ならいざしらず、上条自身は武術の達人と呼べる域まで辿り着けていない、と自認する。

 だから、あらゆる能力を打ち消す右手を防御の手として使うのだ。

 

 一方、リーダーの声を聞いた切れ目の男は、上条に向かって両手を付きだした。

 物をぶつけるなどという遠回しなことはしない。直接念動力で上条の身体をねじり上げようと、能力を向ける。

 だが。

 

「どうしてだああ!? 能力が発動しねぇぇ!?」

 

「――しッ!」

 

 上条は男の疑問の叫びに答えることなく息を吐き、地面をすべるように駆ける。

 一瞬のうちに切れ目の男の目の前に踏み込むと、飛び跳ねるような蹴りを放った。足刀が男のアゴをとらえ、脳を揺さぶられた男はその場に膝をついて倒れ込んだ。

 

「――はっ!」

 

 蹴り足を戻した上条はかけ声を上げながら再び構えを取り、残ったカメレオン顔の男と対峙する。

 

「……こりゃあ驚いた。能力者がこれだけ鋭い動きをするなんてなぁ」

 

「いんや、無能力者(レベル0)だ」

 

「そうかい。レベル0にしろ面白い能力だ」

 

 無能力者が全て能力を使えないわけではない。学園都市の基準で『評価に値しない』出力の能力者も無能力者に該当する。

 例えば念動能力(テレキネシス)であれば、スプーンを曲げられるだけの力を持って初めて低能力者(レベル1)になる。スプーンを持ち上げられる程度の力では無能力者だ。

 

 カメレオン顔の男は上条の持つ能力をそんな、かすかにしか出力を持たない小さな力と判断した。ただその使い方が上手いのだと。

 

「だがオレ様の能力もちーっと面白いぜ!」

 

 男が上条に向かって駆ける。

 その動きは上条のように洗練された動きではない。だが、つたない動きでもなかった。

 上条の前まで迫った長身のカメレオン顔の男が、上から振り下ろすように拳を突き出す。

 対する上条は冷静に半身を動かし頭を狙ったその拳を避けた。

 そして男は、続けざまに上条の頭に向けて右のハイキックを放った。腰を落として上条は頭の位置を下げる。

 

「――!?」

 

 だが頭を狙ったはずの蹴り。それが何故か、上条の脇腹に向かって叩きつけられた。

 

「へえ、今のをガードしやがるか」

 

 笑いながら男は上条から距離を取る。

 上条が動揺したのは一瞬のこと。彼はしっかりと脇腹に左腕をそえて男の蹴りを防いでいた。

 

「見えているのにどーいうわけか食らってしまうなんて技は、拳法にはごまんとありふれてるぜ」

 

「くはは、そうかいそりゃすげえな」

 

 上条の言葉にカメレオン顔の男はだらりと腕を下げて笑う。

 次の瞬間、上条は右手を身体の前に突き出して何かを握り取っていた。

 

 折りたたみナイフ。先ほど男が振り回していたものより小振りなものだ。

 

「ひゅー、すげえな。見えてんのか?」

 

「目で見えなくても見えるものはある」

 

「ひゃははは、マジで拳法っぽいぜ。まるでカンフー映画だ」

 

 男がそう言った瞬間、上条は後ろに飛び退いた。

 それと同時に、上条が立っていた場所に風を切るような音が響く。

 さらに上条は背後に向かって右の掌打を放った。

 

 すると、突如上条の背後に掌打を胸に食らう男の姿が現れた。

 

「――かはっ!」

 

 胸を強く打たれ、肺から空気を押し出されつつも男は上条から離れ息を整えようとする。

 

「ち、マジで見えてやがる」

 

 男は咳き込んで口に溜まったつばを地面に吐き捨てる。

 

「見えてねーよ」

 

「そうかい、じゃあ見えるようにしねえとなあ!」

 

 男が叫ぶと、突如男の身体が無数に分裂した。

 まばたきをする間もなく、一瞬で男の姿が上条を包囲するようにあちらこちらに現れたのだ。顔も、体格も、服も、何もかもが同じ姿で、数え切れないほどの数に男が増えていた。

 上条の周囲をぐるりと囲む同じ顔をした男の群れ。上条はその光景に眉をひそめる。

 

 

「『偏光能力(トリックアート)』ってんだ。おもしれえだろ」

 

 男達は同時に口を動かしながら、蹴りの構えを取る。

 偏光能力。光を自在に操る能力だ。光を曲げて姿を消すことも、合わせ鏡のように光を乱反射させ幻の像を作ることもできる。

 無数に増えた男の姿は、光の屈折と分散による錯覚だ。

 

 男達は同時に上条に向かって足を振り上げる。

 あらゆる方向から向けられた蹴りを、見てかわすなど容易なことではない。

 だが、上条はただ冷静に拳を固め、左の拳打を突きだした。

 

 肉を打つ音が周囲に響く。

 

 蹴りが上条に当たったわけではない。上条の拳が実像をとらえたのだ。上条を囲む無数の男の姿は、皆片足を上げた状態で腹をへこませていた。

 続けざまに上条は右の拳を放つ。

 殴りつける鈍い音と共に、彼の周囲を囲っていた虚像の男達の姿が消える。

 残ったのは、上条の右の拳を顔面に受ける一人の男だった。

 

 ぐえ、と喉の奥から絞り出したようなうめき声を上げながら、鼻の潰れたカメレオン顔の男が後方に吹き飛ぶ。

 地面をバウンドするように背中を打ち付け、男は大の字になって地に倒れた。

 

「いや、視界しか化かせないなら喋っちゃ駄目だろーが」

 

 左右の拳打を連続で放つ技、竜虎両破腕を使った体勢のまま、上条は倒れた男に冷たいツッコミの声を入れた。

 光を曲げても足音はごまかせない。声の響いてくる方向は変えられない。拳法家の上条にとって音を頼りに敵の位置を探るなど造作もないことだった。

 

「で、まだやんのか?」

 

 上条は地面に這いつくばる三人の不良達に向かって言葉を投げかけた。

 いずれも気絶するような強打は受けていない。

 大怪我をさせないように上条が手加減していたためだ。カメレオン顔の男も吹き飛ばしはしたが、後頭部から地面に落ちないよう力の向きを調整していた。

 

「ぐ……」

 

 膝を振るわせながらカメレオン顔の男が立ち上がろうとする。

 そんなときだ、脳しんとうから立ち直り視界をはっきりと取り戻した切れ目の不良が、上条を見て叫んだ。

 

「お、思い出した! このツンツン頭! 最強の無能力者(レベル0)、『幻想殺し』だ!」

 

「な!?」

 

 それまでどこか余裕のありそうな表情をしていたカメレオン顔の男が、初めて焦った表情を作り青ざめる。

 

「どんな能力も消して、最後には能力者の脳から力を消しちまうあの!」

 

「え、いや後半は無理だけど」

 

「……逃げるぞ!」

 

 カメレオン顔の男は勢いよく立ち上がると、ふらつきながらも脇目もふらず逃げ出していった。

 

「兄貴! 待ってくれ!」

 

 残された二人の不良も、彼を追って走り去っていく。

 上条は、追いかけることはせずに、構えをといて息を吐き出した。

 そして、後ろに振り返り、すっと手を上げた。

 

 彼の視線の先には、一人ぼうっと喧嘩を眺めていた中学生の少女、佐天が居た。

 

「よ、また会ったな」

 

 かけられた声に、佐天は咄嗟にこくこくと頷く。

 その様子に満足したように上条は笑うと、視線をまた別の方向へと向ける。

 そこには、不良達に暴行を受け気絶した小太りの男がいた。

 

「とりあえず、救急車?」

 

「……はい」

 

 目の前で繰り広げられた大立ち回りをまだ頭の中で消化しきれていない佐天は、何とか一言だけ声を絞り出すことが出来た。

 

 

 

 

 

 

「ま、多分大丈夫だろ。どこも骨折してなかったし内臓も無事そうだ」

 

「……わかるんですか?」

 

 救急車を見送りながら、上条と佐天は工事現場で二人言葉をかわす。

 

「中国拳法ってのは東洋医学に通じるところがあるからな。簡単な怪我の手当くらいなら、俺みたいなのでもできるぜ」

 

「すごいんですね……」

 

 あたしと同じ無能力者(レベル0)なのに、という言葉を飲み込んで佐天は自嘲気味に笑った。

 

「あたし、何もできなくて……震えてみてることしかできなくて……」

 

 前の爆破事件のときもそうだった。勇み足で行動しても、彼がいなかったらどうなっていたのか。

 

「いや、立派だったぞ」

 

「そんな……」

 

 佐天は下を向いて、靴の先で地面をこすった。

 佐天は思う。自分が不良達を止めに入らなくても、上条はあの小太りの男を助けに入っていただろう。自分に出来たのは、不良達に向かって虚勢を張ることだけだった。

 

「さっき言っただろ、あんたは強いって。大事なのは心の強さだって」

 

「心の、強さ……」

 

 佐天は告げられたその言葉を心の中で反芻する。

 強さとは能力だけを指すのではない。心こそが真の強さなのだと。

 

「これからもその心の強さ、忘れずにいようぜ」

 

 そんな言葉を残して、上条は佐天に背を向け歩き出す。

 空はいつの間にか夕日の色に染まっていた。

 五月の夕暮れ。完全下校時間はすでに過ぎ去っていた。

 

 上条の去る姿を佐天は一人オレンジ色に染まる工事現場で見送った。

 

「それでも……」

 

 ぽつりと、佐天は一人呟く。

 彼女の周りにはすでに誰も残っていない。

 

「心なんて強くても、現実で何もできないんじゃ……このままじゃあたし、無能力者の負け犬だ」

 

 そう独りごちる彼女の手には、バッテリーの切れた携帯電話が強く握りしめられていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。