LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』⑭

 

 温めのシャワーを頭から浴びながら、佐天はぐちゃぐちゃになった心を整理する。

 今日はいろいろなことがあった。感情の変化に理性がついてこれていない。

 余分な思考を洗い流すように、佐天は目を閉じてシャワーの水を受ける。

 

 自分はこれからどうすればいいのだろう。

 それだけを考える。

 携帯電話は充電中だ。シャワーからあがればバッテリー満タンまで充電が終わっているだろう。学園都市製の電池は外の世界のそれと比べてはるかに必要充電時間が短い。

 

 『幻想御手(レベルアッパー)』を使うべきか。

 効能は最早疑うべくもない。使えば自分も能力者の仲間入りをできるだろう。

 だが、本当に使って良いのかがわからない。

 

 風紀委員(ジャッジメント)は所持者を捕まえようとしているらしい。

 能力のレベルが上がるという以外にどのような悪影響を受けるかわからない。

 音楽を聴くだけで能力を身につけるというずるをしていいのかわからない。

 

 佐天は自嘲した。

 これのどこが、心が強いというのか。

 結局自分は一人でまともな判断もできない子供なのだ。

 

『ただでさえ無能力(レベル0)なのに、こんなことまで見て見ぬ振りするんじゃ、もうあたしに何も残らない。このままじゃ、あたしは一生負け犬だ!』

 

 不良に向かって自分が言った言葉を思い出す。

 負け犬。

 何に対して負けているというのだろうか。

 

 一つ理解したことがある。

 中学受験をしようとしたのも、勉強を頑張ったのも、『幻想御手』を手に入れようとしたのも、全て負けたくないという思いが心の奥底にあったからなのだ。

 

 佐天は学園都市の外から移住してきた外部組だ。

 外部組の多くは、能力を学ばせるために親の意思で学園都市に入れられた者達である。

 だが佐天は、超能力者に憧れて、親の反対を押し切って自分の意思でこの街にやってきたのだ。

 

 始めは憧れだった。

 カリキュラムを進め無能力者(レベル0)として認定され何年も過ごすうちに、その憧れの気持ちは歪んでいった。

 同時期に学園都市に来た子供達の中には、順調に能力者としての実力を身につけていく子がいた。

 佐天は嫉妬した。

 嫉妬は嫌いだ。この気持ちが浮かぶたびに、自分が嫌になる。

 だから佐天は、悪感情を外ではなく内に向けるようになった。成長したい。追いつきたい。変わりたい。

 

 佐天はある日、超能力者(レベル5)を見た。

 自然公園で喧嘩をする二人の少年達。飛び交う鮮やかな能力。

 その光景に佐天は心を奪われた。

 その日から佐天は公園に足しげく通うようになった。

 彼らの使う超能力は、学園都市にやってくるまえの佐天が憧れていた『超能力』そのものだったのだ。

 

 超能力者になって、物語の中のヒーローみたいな活躍をしたい。

 そんな、男の子のような夢が佐天のスタート地点だった。

 

 負けている。

 今の自分は超能力者に憧れていたあのころの自分に負けている。

 馬鹿みたいな夢のために親を説得して遠く一人で学園都市にやってくるという、『成功』を収めた自分に負けている。

 

 無能力者のままみじめに日々を過ごす今の自分の姿は、とてもかつての自分に見せられない。

 少しでもいいから能力を使えるようになれば、超能力者になれたとあの頃の自分に向かって誇ることができるのだ。

 悪感情を内に向ける佐天にとって敵は自分ただ一人で、あの頃の夢を叶えられない自分は負け犬なのだ。

 

「ああ……」

 

 シャワーのお湯を止めながら、佐天は浴室で一人呟いた。

 

「やっぱりあたしは、超能力者になりたいんだ……」

 

 髪を絞って水滴を落とすと、佐天は浴室から出てバスタオルを頭に被る。

 『幻想御手』を使うか否かはすでに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 携帯電話にイヤホンをさして、佐天は部屋の床に転がりながら天井を見上げた。

 シャワーで火照った身体にフローリングの床の冷たさが気持ちいい。

 佐天は頭上に携帯電話を掲げるように持ち上げ、右手で操作を始めた。

 携帯電話の音楽再生アプリを起動させる。

 この機能を使うのは久しぶりだ。いつもはパソコンで音楽データを買って、音楽プレイヤーに転送して曲を聴いている。

 

 曲目一覧から『LeveL UppeR』を選ぶ。

 怪しいものに手を出す恐怖やずるをする罪悪感は消えていなかったが、使うと決めた心は変わらない。

 

 再生ボタンを押そうとした瞬間、ツンツン頭の上条の姿が頭に浮かぶ。

 

『これからもその心の強さ、忘れずにいようぜ』

 

 彼が今の佐天を見たらはたしてどう思うだろうか。きっと心が弱いと言われるんだろうな、と佐天は笑った。

 そして、上条が喧嘩の最中、能力を打ち消すという能力を使っていたことを思い出す。

 

「わからないよ……無能力者(レベル0)でも能力を使える人に、この気持ちは……」

 

 再生ボタンを押す。

 安物のイヤホンを通じて、音が伝わってきた。

 聞こえたのは、学校の能力開発カリキュラムで馴染みのある、波のような電子音。

 

 始めは一つ。やがて二つ、三つと音が重なり和音が増える。ただ一つとしてリズムを刻む音はない。

 うねるような音が、佐天の脳を支配する。

 形容するなら環境音楽だろうか。主旋律のない音の世界に、佐天は引き込まれた。

 

 能力開発の音声ならば起きるはずの精神のトランスや喪失がない。

 代わりに起きたのは、感覚の拡大だった。

 まるで全身が目になったような。五感が広がったかのような感覚。

 

 繋がった。

 

 佐天は直感的にそれを理解した。

 自分と世界が繋がった。

 

 心は酷く落ち着いている。だから、この状況を冷静に客観的に理解することが出来る。

 自分は変わったと。

 

 やがて音楽が終わる。十分にも満たない時間。能力のレベルが上がるという触れ込みに対して、とても短い演奏時間。

 だが、音楽が終わった今も、佐天は何かが“繋がった”感覚に溢れていた。

 

「あ、あ……あは、あはは。あはははははは」

 

 知らず知らずのうちに、佐天の口から笑い声がこぼれていた。

 

 世界が広がった

 見える。何もかもが見える。1DKの狭い自室。そこにある全てが見えていた。

 身体検査(システムスキャン)によると、彼女は透視能力(クレアボヤンス)の数値が高い。

 佐天はその結果から自分は透視能力者なのではないかと度々考えたことがあった。

 

 だが違う。部屋を見渡しているのは透視ではない。自分の能力はそんなものではないと、佐天にははっきりとした自覚があった。

 “見えて”いるのは、自分の能力を使うために必要な土台だ。

 佐天は手を開く。天井に向かって手を伸ばす。携帯電話が床に落ちたのが“見えた”が無視だ。

 そして佐天は世界を観測した。

 

 指の先に、空気の流れが生まれる。

 気流。うちわを軽く一振りしたような、小さな風が、指先から生まれた。

 

「あは」

 

 指先をくるりと回す。

 すると、空中に小さな空気の渦ができあがった。

 指を止めても、渦は止まらない。止めた指を中心としてくるくると回り続ける。

 腕を降ろす。指先に感じていた風の感覚がなくなる。だが能力はかすかながらもまだ消えていない。佐天には“見えて”いた。自分の頭上で空気が弱い渦を巻いているのが。

 

 佐天は確信する。自分は空気を支配する空力使い(エアロハンド)であると。

 念動力を使って空気の分子を自在に動かす風力使い(エアロシューター)ではない。空気の分子のあり方をミクロの域で観測する空力使いなのだ。

 何故その確信に至ったのかはわからない。だが何故か自分が空気を見て、空気を操る能力者だとわかってしまうのだ。

 

「これが『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』?」

 

 この感覚を当てはめるのに一番相応しい言葉を佐天は知識の中から選び出した。

 自分が空気の支配者なのだという妄想。確かにそれは『自分だけの現実』と言えた。

 

 そして、目に見えないはずの空気が“見えて”いるのは。

 

「……AIM拡散力場」

 

 能力者が無自覚の内に微弱に発しているという能力の力場。

 それを通じて佐天は見えないはずの空気を見ているのだと推測した。

 

「あれ、違ったかな。大気操作系能力者の大気構成分子の把握方法は……あーもうわかんないやーあはははは」

 

 受験勉強をしたときに一通り頭の中に叩き込んだ知識を掘り起こそうとして、やめた。

 気分が高揚して細かいことを考えるのがどうでもよくなっていた。

 広がった感覚にまだ心が追いついていないのだ。

 

「あーもう、もう、もう、もう」

 

 佐天は床の上でごろりと回転し、うつぶせになって手足をじたばたと動かした。

 とうとう能力者になれたという事実に、喜びの気持ちがあふれてきたのだ。

 

「あーうーだーぬーはー」

 

 あふれすぎた気持ちをどうしていいのかわからず、佐天はフローリングの上をごろごろと転がった。

 

「ぬーわっ!」

 

 転がるのをやめずに、身体を全力で壁へとぶつける。

 

「うふ、ふふふあははははははははははは」

 

 気分の高揚が止まらない。

 

「あーもう、今ならなんだってできそう」

 

 この奇妙な万能感は『幻想御手(レベルアッパー)』によるものか、能力者になれたことによる純粋な喜びか。

 ただ、もし前者ならば、能力を使った犯罪が増えているというのも納得できてしまう。

 佐天の頭の中にはこの能力をどう使おうかという考えが、次々に思い浮かんできているのだ。

 

「でもとりあえず――」

 

 佐天は、能力者になれたら絶対にやってみようと心に決めていたあることを口にする。

 

「力が使えなくなるくらいへとへとになるまで能力を使う!」

 

 佐天は床に仰向けになったまま両手を上に向けると、ぐっと手の平を握って空気を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 五月某日。

 天気は良好。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の天気予告は一日中晴れ。梅雨入りの気配はまだない。

 

 昨日から能力者の仲間入りをした佐天は、うきうきとした気分で学校に登校した。

 彼女は能力を使えるようになったことを誰かに自慢したくてたまらなかった。昨日は誰かに電話やメールをすることも忘れ、夜遅くまで空気と戯れ、そのあとは疲れて床の上で寝てしまったのだ。おかげで身体の節々が痛い。

 

「おっはよー」

 

 佐天は元気よく挨拶をしながら教室の中へ入る。

 すでに登校していた生徒達が口々に挨拶の返事を返してきた。

 入学当初は中学デビューに失敗した佐天だったが、そこはなんとか持ち前の明るさとコミュニケーションスキルでクラスに上手く溶け込むことができた。

 友人と呼べる面々も増えた。だがやはり特別仲が良いのは四月のオリエンテーションで班を組んだあの五人。その中でも親友と呼べるのが。

 

「おはようございます。佐天さん今日はごきげんですね」

 

 頭に花畑を乗せた少女、初春飾利だった。

 

「うん、実は昨日ねー」

 

 能力が使えるようになったんだ。そう言おうとして途中で止まった。

 昨日。初春と白井はなんと言っていたか。『幻想御手(レベルアッパー)』の所持者を捜し出して保護している。そう言っていたはずだ。

 

「慌てて帰っちゃいましたけど何かあったんです?」

 

「あーうん、実は、そのね」

 

 風紀委員(ジャッジメント)である初春に能力のことを知られるわけにはいかない。

 

「その、そう、実はあのあと不良にからまれちゃってね」

 

「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」

 

「うん、大丈夫よー。なんかカッコイイ男の人が助けに入ってくれてさ、能力者を三人素手で追い払ってくれたんだ」

 

 笑顔を崩さないように努めながら、佐天は別の『ごきげんな理由』を用意する。

 嘘は言っていない。昨日実際にあったことだ。

 

「素手でですか?」

 

「うん、中国拳法の達人で、あちょーって簡単に倒しちゃった。いやー、格闘技で能力って破れるんだね」

 

「ふええええー」

 

 佐天の説明を聞いていた初春が、妙にキラキラとした目で佐天のことを見つめていた。

 

「すごいです佐天さん。漫画みたいです。不良にからまれたところを助けられるなんて、ヒロインですよヒロイン」

 

「うーん、そうっかな?」

 

 正確には不良にからまれている人を助けようとしたところを助けられたのだが、佐天はややこしいので説明しないでおくことにした。

 

「しかも武道の達人のカッコイイ男の人! ロマンスです!」

 

「あれ、あたしカッコイイなんて言ったっけ?」

 

「最初に言いましたよ!」

 

「あれー? 格好良かったかな? うーん、まあそれなりにカッコイイかなぁ……?」

 

 初春の想像していそうなイケメンではなかったが、好青年と言った顔立ちではあったと佐天は上条のことを思い出す。

 

「高校生ですか? 大学生? それとも教師さん?」

 

「多分高校生かなぁ」

 

「名前と連絡先は聞いたんですか?」

 

「特に聞いてないけど名前はわかってるよ」

 

「もう、なんでそこでせめてご連絡先でもって聞かないんですか。次に繋がらないですよ」

 

「えー……」

 

 次って何だ、と佐天は思った。

 この親友の初春は、どうもそういう少女好きのするような小説の世界に憧れている節があった。

 

「じゃあ初春が同じ状況だったとして、そういうことを聞けるのかなー?」

 

「えっ私ですか!?」

 

 矛先を返された初春は、両手を頬に当てて軽く飛び退いた。

 そして、手を頬にそえたまま何かを考え込むようにうつむき、やがて顔を赤くしだした。

 

「私にはまだちょっとハードルが高いって言いますかまだこの歳では早いと言いますかああでもあのときのキューブさんが男の人だったらどうなってたんでしょうもう」

 

 飴玉を転がすような甘ったるい声をあげてオーバーヒートする初春を置いて、佐天は自分の席へと向かう。

 そして、大丈夫だ、と心の中で思った。大丈夫、『幻想御手』を使ったことを初春に悟られることはなさそうだ。ついうっかり口が滑ったりしない限りだが。

 それよりも、カリキュラムで急に能力の成果を出してしまわないよう気をつけなければ、と気を引き締める。

 

 後ろめたいことをしている自覚はある。

 だけれども。手に入れたこの力を手放すのだけは絶対に嫌だと、佐天は強く思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。佐天は足早に学校を去り学生寮へと戻る。

 結局、学校の友人達の誰にも能力を見せることはなかった。人づてに初春に知られてしまうのが怖かったのと、『幻想御手(レベルアッパー)』を自分にも使わせてくれと言われるのが怖かったのだ。

 実際に能力を使えるようになったものの、『幻想御手』がよくわからない怪しいものであることは変わりがない。むしろこんなに簡単に能力が手に入ってしまったことに薄ら寒いものを感じていた。

 そんなものを友人達に渡すなど、まるで『共犯』を作るようで嫌だったのだ。

 

 だが、わずか十二歳の幼い少女である佐天には、己の中で膨らむ自己顕示欲を抑えきることができなかった。

 このちっぽけでたわいのない空気を支配する能力を今すぐ誰かに見て貰いたい。

 

 佐天は寮の自室で制服を脱ぎ、タンスの中から服を取り出す。

 第七学区の衣服店セブンスミストで春休みに買ったパフスリーブのブラウスと、英国からネット通販で取り寄せたジーンズを手早く着込む。

 能力レベルが上がって学園都市から支払われる奨学金の額があがれば、服のグレードを上げられるだろうかなどと夢想しながら、佐天は寮の部屋から出た。

 鍵を閉め、階段を下り、寮のアパートに用意されている駐輪場に向かう。

 そして佐天は、愛用の自転車で第七学区の街へと飛び出した。

 

 学園都市は交通機関が発達している。学園都市の科学技術は外の世界と二、三十年の開きがある。

 しかし、実際にこの第七学区の町並みを眺めてみると、それ以上の開きを感じ取れる。

 それは、この街の設備が常に新しいものに変わり続けるのに対し、外の世界では一度用意した設備を何十年も使い続けるからだ。

 学園都市の製品の耐用年数は高いが、学園都市の住民の中核である中高生が多く住む第七学区は『生活』の巨大な試験場となっているため、バス等の乗り物や清掃ロボットといった容易に取り替えのきく品はすぐに他の学区に払い下げられるのだ。

 

 佐天は学園都市に来た当初その様々な未来設備に魅了されたものだが、一人で生活するうちに交通機関をあまり頼らなくなった。

 電車やバスを乗り継いで遊び歩くには、彼女の奨学金はあまりにも少ない。

 結果として彼女は自分の身体を交通の手段として頼るようになった。

 彼女が今乗っているのは、磁力の力を応用した快速自転車である。その仕組みを彼女は詳しく知らないが、一人で遠くに遊びに行くときにはお世話になっている愛車だった。

 

 ペダルをこぎながら、佐天は風を感じる。

 その風は昨日まで感じていたものとは違うものだった。空力使い(エアロハンド)となった佐天には自転車に押しのけられ後ろへと流れていく空気の流れがなんとなく感じられた。

 特に能力を使っているわけではない。だが、能力者は自分の能力に密接な関係のある現象を常に感じ取れるものらしい。

 定温保存(サーマルハンド)の初春は温度の変化に敏感であるらしいし、空間移動(テレポート)の白井は自己を中心軸とした周辺空間を常に把握している。超能力者(レベル5)である美琴に至っては、周囲を飛び交う電磁波を無意識のうちに分析して自身に攻撃的なものを自動でシャットアウトするようになっている。

 彼女達から伝え聞いたその“感覚”を実感することができて佐天は嬉しくなり、その喜びをペダルをこぐ脚へと送り込んだ。

 

 やがて、佐天は第七学区と第一八学区の境目の地区へと到着する。

 三月までは、彼女はこの近くの小学生用の寮に住んでいた。だが懐かしさを覚えることはない。柵川中に入学してからも、たびたびここへは訪れていたからだ。

 目的は、ここにある自然公園に来るためだ。

 

 超能力者の集まる公園。そんな噂の流れる不思議な場所。佐天はここに集まる『珍しい人々』の内輪のようなものに入っていた。

 春夏秋冬、どの季節でも屋台を広げるたい焼き屋。その店主無法松を中心にした奇妙な集まり。

 年齢も能力(レベル)も趣味趣向もてんでばらばらなその人の縁が、佐天はたまらなく好きだった。

 ここの人になら自分の能力を見せられる。風紀委員(ジャッジメント)である白井と、その白井がつきまとう美琴以外にならであるが。

 

 公園へと入り自転車を降り、たい焼きの屋台がある場所へ歩く。

 今日の店主はバイトのアキラのようだ。客はいないようだった。

 

「あっきらさーん」

 

「おっす佐天。買ってけ」

 

 バイト生活の長いアキラは、この新中学生の少女がたい焼きのためだけにここに来ているわけではないと解っていたが、とりあえず店員として勧められるだけ勧めておく。

 だが佐天はそれを軽くスルーすると、自転車を止めてアキラの前へとぴょこぴょこと歩いていく。

 

「アキラさんアキラさん、やりましたよ『幻想御手』ですよ」

 

「おー?」

 

「ほら!」

 

 佐天はアキラの前に手を出すと、手の平の上に風の渦を作りだしてみせる。

 

「……何?」

 

「えー、えー、わかんないんですか?」

 

「んなこと言われてもなぁ」

 

 アキラは佐天の言った文脈からおそらく能力を見せようとしていると察する。

 が、アキラは百合子のような目の前で起きるあらゆる事象を解析するような脳を持っていない。

 

「んもう、仕方がないアキラさんですねー」

 

 自転車を漕いでいるうちにハイになったテンションのまま佐天は大げさにため息を吐くと、おもむろにその場にしゃがむ。

 たい焼き屋台は公園の芝生の上に設置されている。佐天はロボットによって綺麗に苅られている芝生の草を軽くちぎり取ると、手に草を握りながら立ち上がった。

 そして、先ほどと同じように手を開き、手の平の上に風の渦を作った。

 小さな円を描いて緑色の草がくるくるとまわる。

 佐天は、どうだ、という顔でアキラを見た。

 

「念力……じゃねーか、風か?」

 

「そうですよー。見てくださいほら、扇風機ー!」

 

 上に向けていた手の平を返し、屋台に立つアキラの方に向ける。

 そして、渦を作っていた空気の流れを変え、前方へ発射するように風を飛ばした。

 

「ってこら食いもんに草飛ばすな!」

 

「あはは大丈夫ですそこまで飛ぶほど出力ないです」

 

 佐天の身体から離れた空気の流れは、すぐに力を失って四方へと散る。草は屋台の鉄板の上に乗ることなく地面へと落ちていった。

 佐天の能力はまだムラがある。佐天が支配できる空間の領域というものがあり、それはひどく狭い。だから、手の平の上では紙吹雪や草と言った軽いものを浮かせたままにはできても、遠くに飛ばすとなると途端に上手くいかなくなる。

 仮にこれが高出力でたい焼き屋台の上に草など乗せてしまったら、無法松にぶっ飛ばされてしまうのだが。

 

「『幻想御手』くれたアキラさんのおかげですよー」

 

 指の先で空気をいじり回しながらアキラに感謝の言葉を述べる。

 対するアキラは、佐天を真っ直ぐ見ると。

 

「やったじゃねえか」

 

 と短く声をかけた。

 

「……はい!」

 

 他人からの初めての能力を肯定する言葉に、佐天は破顔した。

 そして、実感する。

 アキラや白井のような人と比べたらささやかな力だけど。他人から見れば何ということもない力だけど。

 

 ――あたしっ、能力者になったんだ!

 

 緩む頬を両の手で抑えながら、佐天は感激に震えた。

 

「アキラさんたい焼きひと……ふたつください!」

 

「ん? おう」

 

 アキラは佐天の声に応じて、鉄板に油を塗り、二つ分の生地を流す。

 作り置きはあったが、佐天がただたい焼きを食べたがっているだけではないのだと察して、特別に焼く。

 佐天はそれを餌を待つ子犬のようにそわそわと身体を動かしながら眺めてできあがりをまった。

 

「そうだ、あたしが能力使えるようになったこと、他の人に言わないでくださいね」

 

「ん? どうしてだ」

 

 突然言われたお願いに、アキラは当然の疑問を返す。

 

「あ、その、それは……」

 

「……ま、そういうなら言わないでやるよ。別に言いふらすようなことでもねえし」

 

 言いよどむ佐天に、アキラは聞くのをやめてたい焼きを焼く作業に戻った。

 アキラは人の心を読むことができる。

 今佐天の心を読んだかは、佐天にはわからない。ただ、彼女の意をアキラが汲んでくれたのはわかった。

 

「……その、風紀委員が『幻想御手』の所持者を捜して保護してるらしいんです。理由は確か……副作用があるんだって」

 

 先ほどまでのハイテンションが無かったかのように、佐天はぽつりぽつりと告白する。

 

「どういう副作用かは知らないんですけど……えっと、風紀委員に捕まったらせっかく手に入れた能力がなくなっちゃうんじゃないかって心配で。それに、怒られるの嫌で」

 

 佐天は『幻想御手』に対する不安を全て口にする。

 こんなことを聞いて貰える人は事情を知るアキラくらいしかいない。

 それに。

 

 ――アキラさんは『共犯』だから。

 

 唐突に脳裏に思い浮かんだ言葉に、佐天はぞっとした。

 自分は今、何てことを考えたのだ。

 

「藤兵衛に『幻想御手(レベルアッパー)』渡しておいたから、問題ないだろ。興味津々だったし」

 

 アキラから告げられた言葉に、佐天はほっと心をゆるめる。

 アキラの担当指導員、藤兵衛は学園都市でも有数の名門校である長点上機学園の教員だ。長点上機の能力開発における第一人者と言われているらしい。

 その彼に『幻想御手』が渡ったと聞いて、佐天は心の中の心配事が一つ消えた。

 佐天は直接その藤兵衛に会ったことがない。が、学園都市に八人しかいない超能力者(レベル5)のうち第一位と第七位の開発を担当しているほどの人物ならば、きっとなんとかしてくれるだろう、と心を少しでも落ち着かせようとする。

 

「ほら、できたぜ」

 

 アキラの言葉に、佐天ははっと顔を上げる。

 焼きたてのたい焼きが紙ナプキンに包まれて二つ、差し出されている。

 佐天はジーンズのポケットから財布を取り出そうとするが。

 

「オレのおごりだ、持ってきな」

 

「うわー、普段なら絶対に言わない台詞!」

 

 そんな軽口を叩きながら、佐天はたい焼きを受け取った。

 紙ナプキンからは熱さがさほど伝わってこない。昭和風の屋台に反して遮熱紙ナプキンが使われている。

 

 佐天は一口、ぱくりとたい焼きをほおばる。

 ぱさぱさせず、湿り気もなくそれでいて弾力もある、固すぎない絶妙な生地の食感に、後からやってくる粒あんの甘味。

 佐天はそれらを口の中で楽しみながら噛むと、こくりと飲み込む。心の不安も一緒に腹の奥にしまいこむように。

 

 この味を覚えておこう。

 佐天はそう考えながらたい焼きを一口二口と食べていく。

 この味が、自分の能力者としてのスタート地点の味だ、と考えながら。

 

 例えずるでも。間違いでも。怒られても。

 能力者になれたのは確かなんだ。だから、覚えておこう。

 一尾目の最後の一口を噛みしめながらそう強く思う。

 

 だから大丈夫。

 あたし達は負けない。絶対に。

 あたし達は行ける。実際に行けばわかるんだ。

 だから大丈夫なんだ。

 

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