LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』⑮

 

 放課後の激務が続く白井の身体はぼろぼろだった。

 能力者の犯罪を止めるため、第七学区中を飛び回る日々。空間移動(テレポート)というものは便利なもので、飛べる距離に限界があっても続けざまに転移することで、車を越える長距離移動の時速を叩き出すことができる。

 そのため、白井の放課後の活動拠点である柵川中学の風紀委員活動第一七七支部の管轄を大きく越えて活動の幅を伸ばしていた。白井の後方援護を行っている初春も、周辺地域の風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)の統括オペレーター兼情報解析役を務めており、警備員達から『支配者(タイムキーパー)』なるあだ名を与えられていた。

 

『交差点を三つつ過ぎたあとのビルとビルの間の脇道です』

 

 白井の耳に取り付けられた通信機から、くだんの初春の甘い声が響く。初春は今、風紀委員でもっとも忙しい人物だろう。得意の情報分析と能力である『定温保存(サーマルハンド)』を同時にやり続けていた結果、「能力の新しい扉が開きそうです」などとふらつきながら言うほどになっていた。

 白井も、四月になるまで自身を転移させることができなかったというのに、ここ最近の現場の忙しさで自己転移の能力使用がすっかり様になってしまっていた。

 

 白井が『空間移動』を使って向かっているのは、『能力者狩り』と呼ばれる犯罪の事件現場だ。無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)といった低い能力強度(レベル)の不良が『幻想御手(レベルアッパー)』を得て力を付け、高いレベルの能力者を狙って暴行を加えるといった犯罪がこのところ多発している。

 レベルの低い彼らにとっては、素養格付(パラメータリスト)で能力を保障された高レベルの能力者は暴力をぶつけるのにぴったりの対象だ。

 その犯行の実行者として目撃情報のある不良グループが、一人の学生を囲んでいるのを監視カメラで発見したと、白井が初春から連絡を受けたのはつい先ほどのことだ。

 『書庫(バンク)』の登録データによると、不良達は低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)の集団。『幻想御手』使用者は最大で二段階の強度上昇が起きる。

 学生が怪我をする前に向かわなくては、と白井はビルとビルの隙間の細い道に入り、走った。

 暴走能力者達を捕まえるために負った体中の傷が痛むが、そんなもの無視できる。

 ビルの隙間を抜け、わずかに開けた空間に身体を踊らせると、白井は常盤台の長袖のブレザーに付けた風紀委員の腕章を掴みながら、叫ぶ。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!」

 

 白井の声に、一人の少年を囲む六人の不良達が振り向く。そして、彼らに囲まれていた一人の少年が白井の姿を見ると、彼女に向かって挨拶するようにすっと手をあげた。まるでこの状況に少しも危機感を覚えていないような、軽い調子だ。

 

「おう、白井じゃねえか。何か用か?」

 

「……はい、まあ」

 

 白井はその少年を見た途端、最高に膨らんでいたやる気が一気にしぼんでいくのを感じた。

 茶色に染めた髪を逆立て、派手に改造したぼろぼろの学生服を着た見覚えのある年上の少年。

 田所アキラだった。

 

「じゃあ少し本気出すからちょっと離れて待ってろよし行くぞテメエら」

 

 アキラがそう告げると共に、彼の姿が急にぶれ、何かを殴りつける鈍い音と共に不良の一人が空高く舞った。

 アキラの超人的な身体能力に任せた大振りのアッパーカット。大振りとは言っても常人の目に追えるものではなく、不良は何もわからぬまま地面に叩きつけられ気を失った。

 突然の戦闘開始に、不良達は動揺するもそれぞれ喧嘩の態勢を取る。

 白井はアキラに言われたとおり細道に下がってビルの壁に背を付け、ため息をついて脱力した。

 

『し、白井さんー。何やってるんですか!』

 

 通信機から初春の大声が響く。

 どうやらどこかの監視カメラ越しに、しっかりこちらの様子を眺めているらしい。

 

「……ああ、初春は知らないんですの。襲われてる彼、超能力者(レベル5)ですわ」

 

『ええ!?』

 

「超能力者の半数はこの第七学区に居ますのよ。暇なときにでも資料を見ておきなさいな」

 

 通信器越しに会話をしながら、白井は目の前で不良達がぽんぽんと宙を舞い吹き飛んでいく。

 アキラが言う本気とは能力的な意味でなく腕力的な意味だったらしい。ローキックやエルボーと言った力任せの技が、白井の動体視力の限界を超えた速度で繰り出される。白井は空間移動能力者としての空間把握能力でかろうじて動きを追っていた。

 

「それ本当に超能力ですの? とても人間の動きには見えませんの」

 

 最後に残った不良を叩きのめされるのを見ながら、白井はアキラに声をかける。

 アキラの身体能力の高さは人間離れしている。学園都市で他にこれをなせるのは、特性の駆動鎧(パワードスーツ)を着込んだ軍人か、肉体変化(メタモルフォーゼ)に連なる肉体を作り替える能力者くらいだろう。念動力などの能力で無理矢理身体を早く動かしても、身体が動きに耐えられる大怪我をするだけだ。

 そんな動きをしたばかりのアキラは息をわずかにも乱すことなく、地面に転げる不良達に目を向けることもなしに、白井へと振り返る。

 

「そうなんじゃねえの? ナンバーエイトのやつは音速で動くぞ」

 

「まあそれは存じ上げてますが」

 

 ナンバーエイト、超能力者第八位の削板軍覇は超人だ。全力で駆ければ音速を超えソニックブームを生み出す。

 白井が削板とアキラの公園での喧嘩を止めに入って、彼らの嵐のような動きに吹き飛ばされたのは、一度や二度ではない

 

『白井さん、えっと、どうしましょう』

 

 一人、状況に付いて来られていない初春が、白井に指示を求める。本来ならば今の風紀委員活動で後方指示を出すのは初春の役割だ。

 

「いつも通り。六人の能力者を連行できる車両と警備員の方をよこしてくださいまし」

 

「仕事中か?」

 

 通信機に話しかける白井にそうアキラは訊ねた。

 

「ええ、能力者狩りが横行してますの。それで囲まれるアキラさんを私のバディが街中にある監視カメラで見まして」

 

「ほー、そりゃご苦労さん。確かにオレも最近のからまれ方は異常だ」

 

「能力者狩り以外にも、強盗に立てこもりに無差別破壊活動に、節操がなさすぎて身が持たないですわ。捕まえようとしたら十中八九能力を使って襲いかかってきますし」

 

「……ふうん。ちょいと失礼」

 

 そう前置きしてアキラは白井に近づくと、おもむろに白井の肩に手を置いた。

 

「んなっ!?」

 

 突然の事に白井は混乱する。

 風紀委員として不良に肩や胸ぐらを掴まれることなどしょっちゅうであるが、親しい男性に触られるという状況に慣れていないお嬢様校育ちの箱入り娘だ。美琴お姉様&姉妹達(シスターズ)ラヴな白井であるが、この唐突な接触は緊張せざるを得なかった。

 

 ――能力で吹き飛ばして!

 

 と演算を始めようとした白井だったが、急に自分に訪れた変化にその思考が止まる。

 身体をじくじくと蝕んでいた怪我の痛みが、心地よい感覚と共に消え去ったのだ。それどころか、妙に身体の調子が良くなり気力が沸いてくる。

 

回復思念(ヒールタッチ)ってな。別に喧嘩するための能力しか持ってないわけじゃねーぜ」

 

 手で触れた対象を癒す、『流動情景(ライブアライブ)』田所アキラの持つ無数の超能力の一つだ。

 

「お気遣い感謝しますわ。ご自身を治療する能力だけではなかったのですね」

 

 白井が見たアキラと削板の喧嘩の最中では、アキラが血まみれになりながらも精神を集中すると、みるみるうちに傷が復元していくという能力を使っていた。どう見ても致死量に達するだろうという血が流れていたが、傷が塞がった後のアキラは失血でのふらつきもなくぴんぴんとしていた。

 

「……そして原理を考えるだけ無駄なのでしょうね」

 

 昨日暴れる念力使いを捕まえた際に抵抗を受けてひびが入ったはずのあばらをさすりながら、白井が言う。

 痛みは一切残っていなかった。

 

「藤兵衛の長点上機の論文見りゃ何か書いてあるんじゃねーの」

 

『白井さん、そろそろ警備員の車両が到着します』

 

 二人の会話に割り込むように、初春の愛らしい声が白井の耳に届いた。

 ビルとビルの間にある細道の向こう側に、警備員の能力犯罪者搬送用の特殊車両が二台止まる。

 そして、黒い装甲服を着込んだ警備員達が次々と車を降り、細道を通って裏路地へと踏み込んでくる。

 

 警備員達は不良達が一人残らず昏倒しているのを見て、手錠を取り出し不良達に近づいていった。

 それを最後尾で見ていた警備員の一人が、フルフェイスヘルメットの強化バイザーをあげて顔を見せる。

 

「風紀委員のご協力感謝する。……と、そっちはアキラ君かい」

 

 顔を見せた中年の警備員が、白井の隣に立つアキラの姿を見てそう言った。

 彼はアキラの顔見知りの警備員だ。アキラは様々な縁から警備員の知り合いが多いのだった。

 

「ああ、こいつらに襲われてな」

 

「能力者狩りでよりにもよって超能力者(レベル5)を狙うとは、また無謀な子達だな」

 

「最近は外に出るといつもこうだぜ」

 

「最近の君のことだから、自分から喧嘩を吹っかけることはそうないんだろうが……できれば捕縛したのち警備員に通報して欲しいね。こういった子は、返り討ちにあった鬱憤をはらすために、力を他の犯罪に向けかねない」

 

「あー善処しとくよ」

 

 アキラの生返事に、警備員の男はため息をついてヘルメットのバイザーを降ろすと、他の警備員達と共に不良を車輌に連行しはじめた。

 またたくまに六人の不良は二台の車へと詰め込まれ、そして警備員達は素早く去っていった。

 アキラや白井に詳しい聴取をすることもない。彼らもまた初春の統括オペレートの指揮下にあるのだ。会話をせずとも情報は共有されていた。

 

 そして残された白井は、警備員達の代わりにアキラに能力者狩りの危険性と通報協力に付いて長々と語り始めた。

 アキラはそれを一人うんざりとした顔で聞く。純粋な善意で白井がそれを語っているため、アキラは彼女を無視してこの場を去るのがどうも忍ばれたのだった。

 

「――で、どうも能力者狩りは散発的なものものではなく組織的な犯行らしいですの」

 

 白井の話はいつの間にか能力者狩りの捜査情報へと変わっていた。

 特に外部の人間に話してはいけない内容ではないので、白井は襲われてばかりだというアキラに注意を促す目的でこれを話している。

 例え学園都市に八人しかいない超能力者と言えど、不意をつかれてはどうしようもない状況というものがある。

 銃弾を受けても死なないと自称するアキラだが、それがもっと的確な殺害を前提とした兵器や能力を使われたとしたらどうか。もちろん超能力者第三位の美琴も例外ではなく、既に白井は美琴の寮の部屋に押しかけ能力者狩りへの注意を長々と語っていた。

 

「武装能力者集団やスキルアウトが、徒党を組み始めてるようですの」

 

「ほー」

 

「どうも指示を出しているトップがいるようで……」

 

「んじゃ行くか」

 

「え?」

 

 説明の途中にアキラから突然言われた言葉に、白井は疑問の声を返す。

 

「能力者狩りを狩りに」

 

 白井の理解が追いつかぬまま、アキラは一人凶悪な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「やー、自分からこんなに喧嘩売るのも久しぶりだなぁ」

 

 武装能力者集団の溜まり場で、アキラは肩を回しながらどっかりと座った。

 彼の脚の下には、鼻から豪快に血を流す不良チームのリーダーがいた。その周辺にはアキラの能力であっさりとやられた不良能力者達が倒れている。

 

 アキラは白井から能力者狩りの容疑が上がっている不良グループを聞き出し、その縄張りに乗り込んで次々と不良達を張り倒していたのだ。

 能力者狩り潰しを始めてからまだ一時間しか経っていないというのに、すでに四つの不良グループが崩壊している。完全下校時間にはまだまだ余裕があった。

 

「なんで私が一緒にチーム潰しなんてしなくちゃならないんですの!」

 

 アキラに無理矢理付き合わされる形となった白井は、アキラに向かって可愛らしくぷりぷりと起こった。

 そんな白井の声を通信器越しに聞いていた初春の笑い声が彼女の耳に届くが、白井は「うがー!」と威嚇して初春を黙らせた。

 

「あの警備員のおっさんも言ってただろ」

 

 倒れたリーダーの男の上に座りながらアキラが言う。

 

「ぶん殴っても元気になったらまた素知らぬ顔して街に繰り出すんだ。おめーがいないと留置所にぶち込めねえ」

 

「私じゃなくてアキラさんが警備員に通報すればいいではないですか。付き合う道理はありませんわ」

 

「単なる喧嘩じゃオレまで引っ立てられるだろ。風紀委員の仕事って名目がねえとな」

 

 アキラの物言いに頭痛を覚えながら、白井は手元を動かす。

 白井も別にただぼんやりとアキラの暴れる様を眺めていただけではない。

 アキラが叩きのめした不良を手錠代わりの強化繊維テープで捕縛しているのだ。『幻想御手(レベルアッパー)』を得て暴走する能力者達との戦いの最前線で、白井は警備員(スキルアウト)から提供された数々の対能力者用秘密道具を携帯している。

 このテープもその中の一つで、手錠と違いかさばらずそれでいてちょっとやそっとの能力では破けない。

 

「はい、全員の拘束終わりました。後はその方だけですわ」

 

 鼻血を流して失神するリーダーを見下ろしながら白井が言う。そんな白井の耳に、初春の『後四分で到着します』という警備員の移動状況が届いた。白井がそれをアキラに伝えると。

 

「よし、起きろ」

 

 アキラは言いながら立ち上がると、足元で倒れる不良の腹を踏みつけた。

 

「んま、乱暴な」

 

「単なる気付けだ」

 

 鼻血を吹いて気絶していた不良のリーダーは、咳き込むようにして目を覚ました。

 そして、薄ぼんやりとした視界の中にアキラを見つけると、親の仇でも見たかのように彼を睨み付ける。

 それをアキラはただ乱暴に蹴りつけて戦意を喪失させようとする。白井はその様子に顔をしかめるが、アキラはそしらぬ顔で不良を踏みつけて屈服させる。

 

「よう、リーダーさん。ちょっと聞きたいことあるんだけどよ」

 

「ちっ、なんだよ……」

 

 不良は抵抗を諦めたかのようにだらりと力を抜いた。

 能力で反抗しようにも、痛みで演算に集中できない。仲間も一人残らず昏倒しており、彼は自分達の敗北を自覚していた。

 

「いろんなチームに能力狩りの指示を出してるってのはオマエさんか」

 

「……ああそうだ。このあたりを締めてるのは俺らだからな」

 

「ほー、上にまだ親玉がいるのか。オマエはさしずめ中間管理職か」

 

「な、てめえ」

 

 口に出していない情報を言い当てられ、不良は困惑の顔を浮かべる。

 読心。学園都市ではさほど珍しいというわけではない能力だ。それでいて多くの学生達に嫌われている能力。誰だって心の中で考えていることなど読まれたくはない。

 

「ビッグスパイダーねぇ。聞いたことない名前だ」

 

「ち、そうだよ。第七学区のチームじゃねえからな」

 

「第一〇学区か。確かにそのあたりは詳しくねえな」

 

 アキラに心の中を言い当てられ、不良は諦めたように言葉を吐く。

 

「やつらは無能力者(レベル0)のスキルアウトが集まった百人規模のチームだ」

 

「スキルアウトが能力者狩りの武装集団を取りまとめてますの?」

 

 思わぬ情報に、白井が疑問の声をあげる。

 それを不良は自嘲するように笑って、答える。

 

「そうさ。やつらは全員無能力者だ。しかも『幻想御手(レベルアッパー)』を使ってねえ正真正銘の武装無能力者集団(スキルアウト)だ」

 

 その答えに、白井は眉をひそめて考える。

 能力者狩りを行っていたのは、いずれも『幻想御手』を使って能力を高めていた低レベルの不良グループだ。

 それを牛耳っていたのがよりにもよって無能力者の集団なのだ。何かがおかしい。

 

「やつらを潰すつもりか? お前らじゃ勝てねえよ。あいつらには能力がきかねえんだ。だからスキルアウトがトップに立ってやがるんだ」

 

 能力が効かない、という言葉に白井の頭はさらに疑問で埋まった。

 一方、アキラはというと。

 

「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』でもいんのか」

 

 そんなことを呟いた。

 そのアキラの言葉を白井はしっかりと耳にしていた。

 

「『幻想殺し』ってなんですの?」

 

「あらゆる能力を打ち消す天然の能力者だよ。こっちの界隈じゃ結構通ってる名だ」

 

 一通り心の声を聞き終わった不良の意識を睡眠思念(ヘブンイメージ)で断ちながら、アキラは答える。

 

「だが一匹狼でチームを持ってるつう話は聞いたことねえ。そもそも不良かどうかもわからねーな」

 

 アキラは第一〇学区に乗り込む算段を立てながら、そう白井に語った。

 第一〇学区はアキラ達のいる第七学区に隣接した区画だ。今から二人で行っても夜には十分帰ってこれるだろうと結論付ける。

 白井は門限の厳しい常盤台の寮生だが、アキラはそのことを一切考慮せず彼女を同行させるつもりだ。

 

「さて、行くか第一〇学区」

 

「えっ」

 

「まさか今更抜けるとか言わねーだろ?」

 

 超能力者(レベル5)は天災だと思え。

 比較的温厚な美琴とばかり接してきた白井は、超能力者に関するそんな言葉を今更ながらに実感するのであった。

 

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