LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』⑯

 

 第一〇学区。

 学園都市の学区の中で最も土地の価値が低い区画だ。

 土地が安いということは、それだけ土地に対する需要がないと言いかえることもできる。学園都市における地価は科学発展に関する研究に直結する要素である。

 この学区は学校の数が少なく研究所が多い地域であるが、その研究所も学園都市での重要度は低いものばかりだ。

 

 学園都市は学生の街だ。学生の集まる地区はそれだけ重要な地区であると言える。戦後より科学の最先端を歩んできた学園都市であるが、現在の主要研究内容は超能力者の開発だ。能力者を開発する学校の数が少ないということはそれだけ重要度の低い地区となるのだ。

 そして、人口のほとんどをしめる学生が集まれば、彼らをターゲットにした商店が建ち並び、街は活性化する。この第一〇学区はその逆を行く寂れた区画であった。

 

 その寂れた第一〇学区のエリアGが、今回アキラ達のやってきた場所だ。

 通称『ストレンジ』。廃ビルや廃屋が建ち並ぶ廃墟の街だ。解体する費用に見合ったリターンがない、という理由で取り壊しを受けていない建物があちらこちらで風化しており、今では書類上誰も住んでいる者はいないとされるエリアである。

 この廃墟を根城に活動しているスキルアウトは多い。学校を退学になり住む寮を失い、ここを住処にしている家無しも見られる。

 付近に学校がないため、教師である警備員(アンチスキル)や学生である風紀委員(ジャッジメント)の巡回コースを外れている地区になっており、いつしか司法の目の届かない無法地帯と化していた。

 

『そのあたりは電気が供給されてない地区が多いので、あまり深入りして欲しくないんですが……』

 

 ストレンジに足を踏み入れた白井の耳に初春の通信が届く。

 街中に点在する監視カメラをネットワーク越しに操り、己の目のように使いこなす初春であるが、学園都市の電力をまかなう風力発電機がこの地域ではメンテナンスを受けていない。そのため、風を受けても発電機のプロペラが回らず、監視カメラに送られるはずの電気が供給されていない状態であった。

 かろうじて電気の流れる地域も、監視カメラがスキルアウト達の手により破壊されていたり、ネットワーク的に孤立した状態にあったりする。電脳世界の支配者(タイムキーパー)である初春にとって、ストレンジは己の目が届かない未知の場所だった。

 

「私に言われてもどうしようもないですのよ」

 

 初春の言葉に白井が面倒くさそうに言葉を返す。

 白井はアキラに無理矢理連れられる形で初めて訪れたエリアGストレンジの荒廃っぷりに、驚きを隠せないでいた。

 汚れた道。投げ捨てられたゴミ。一つ残らず窓ガラスが割られた廃ビル。スプレーで一面に落書きをされた建物の塀。折れた鉄柱。内部の電子部品を抜かれ転がる清掃ロボット。やる気なさげに道に座り込むスキルアウト達。

 

「前世紀の外国の映画みたいですの。これでモヒカンヘアーの暴走族が石油の奪い合いをしていれば完璧ですわね」

 

「お嬢様のくせに素敵な映画を知ってるじゃないか」

 

「お嬢様でもテレビくらいは見ますわ」

 

 軽口を交わしながら白井はアキラの格好を見た。肩パットを取り付けた改造学ラン。ぼろぼろのズボン。

 髑髏のバックルがついたベルト。いつもの不良全開の格好だ。それがこの荒廃した街にあまりにも似合いすぎていた。

 一方白井は、アイロンのかけられた常盤台の高級なブレザー服だ。風紀委員の腕章も相まって白井の姿はあまりにも浮きすぎていた。

 

「ここはさすがに極端だけどな。学舎の園の方は最近治安どうなんだ。オマエは本来そっちの風紀委員だろ」

 

 本来ならば常盤台中学内にある風紀委員支部の所属である白井に、アキラは訊ねる。

 

「常盤台の生徒を狙って眉毛にいたずらをするなんて他愛のないいたずらがあったくらいですわ。こことはとても同じ学園都市とは思えませんの」

 

 そもそも白井にはこの廃墟が現代日本の風景とは思えなかった。

 科学を極めに極めた結果崩壊した未来の学園都市の姿と言われれば、SF小説的ではあるがいくらか納得できる部分はある。

 

 と、アキラと白井が雑談をしているうちに、彼らの周りにぞろぞろとスキルアウト達が集まってきていた。

 その誰もが突如降ってわいた獲物を狙う、スカベンジャーの目をしていた。彼らの目はいずれも白井に集まっている。

 

「くかか、こんなところにデートかい風紀委員さんよ。痛い目を見る前に金めごふぁッ!?」

 

 スキルアウトの一人がいかにもな言葉を語る途中で、アキラは跳び蹴りを放っていた。

 アキラのこの行動には、さすがの白井も驚くしかなかった。

 

「テメェなにしぐばッ!」

 

 突然のことに詰め寄ろうとした他のスキルアウトをアキラは殴り飛ばす。

 喧嘩をかけられたことに気づいたスキルアウト達が各々に凶器を取り出したり、背後から殴りかかろうとしたりするが、アキラはただただ無情に彼らを暴力でなぎ払った。

 ここでようやく白井の頭が状況に追いつく。

 

「アキラさん! いきなり何してますの!?」

 

 風紀委員という立場上、不意に襲われたり闇討ちされたりは経験済みの白井であるが、さすがに仲間と思っていた人物がいきなり暴走を始めるという経験は初めてだった。

 能力者狩りの不良チーム潰しのときは、アキラにも前口上を述べてから喧嘩を売る真っ当さがあった。それが突然これだ。

 

「これくらいでいいんだよ、このあたりのスキルアウトの扱いなんて」

 

 瞬く間に十数人のスキルアウトを地に転がしたアキラがそう返した。

 学園都市でも随一の無法地帯。その流儀に則ればこの程度当たり前だとアキラは語る。

 その主張に白井はただ頭痛を覚えた。常識が通じない身内の対処法を白井は知らない。白井は自身が知人達に非常識な人間だと思われていることを知らずに、一人であきれていた。

 

「それじゃあ尋問開始だ。おいオマエ」

 

「ひ、な、なんだよ」

 

 薄汚れた地面に転がるスキルアウトの一人にアキラは近づき、しゃがんで目線を合わせる。

 スキルアウトは暴風のように暴れた男に恐怖を覚えながら、地面をはって僅かに後ずさった。

 

「ビッグスパイダーのアジト、どこか知ってるか?」

 

「あ、あんたらやつらを捕まえに来たのか。やめときな、命がいくつあっても足りねえよ」

 

「へえ、6-1-11。って住所じゃわかんねえよ」

 

 スキルアウトの男の言葉を無視してアキラは男の心を読む。

 そして、意にそぐわぬ心の声を浮かべた男の足元が、アキラの火の思念(フレームイメージ)で小さな爆発を起こした。

 読心と発火という二つの能力を使われ、化物を見るような目でスキルアウトはアキラを見た。

 

「道順だよ道順。別に口で説明しなくていいぞ。思い浮かべるだけでいい」

 

 読心を使った問答無用の尋問に、白井はあきれ果てる。

 風紀委員や警備員の取り調べにも読心能力者(サイコメトラー)の協力者が参加することがあるが、まるでそのときの取り調べ手順のようにアキラのやり方は妙に手慣れたものがあった。

 読心能力者は人の心を読む事への忌避感や罪悪感を抱えていたりするものだが、アキラからはそれが感じられない。頭の中の緑色のボタンを押して心を読むと語っていたアキラだが、白井にはそのボタンが押されすぎてへたれているのではないかと思えるのだった。

 

『白井さーん、結局どうなったんですかー?』

 

 通信機からの音声情報しか得られていない初春が、一人置いてきぼりをされすがるような声で白井に訊ねる。

 白井はそれにやる気なさげに答えた。

 

「捜査は周囲に被害を拡大しながら順調に進んでますの。終わったら連絡しますのでこちらのことはお気にせず」

 

 そう言って白井は、教育上よろしくない音声を初春に聞かせないように通信機の送信スイッチをオフにした。

 

 

 

 

 

 

「風紀委員には『最悪の事態』を想定した対処マニュアルが有りますけれど、超能力者(レベル5)が好きなように能力を振るったときの犯罪対策法は見たことありませんの」

 

 数時間ぶっ続けでアキラに振り回されっぱなしの白井は、そんな愚痴を当の超能力者本人にぶつけてみる。

 

「良かったな。オレの能力はどれも大能力者(レベル4)以下だ。一番楽な超能力体験コースと思って慣れとけよ」

 

 そんな皮肉も何も無い答えを返され、白井はげっそりとする。

 レベル4といえば自分の能力と同等だ。能力の強度(レベル)基準は単純な出力の強さではないとはいえ、『空間移動(テレポート)』並に規格外な能力を複数振り回す人物が自分の隣にいて、白井の迷惑もかえりみずに好き勝手やっている。

 アキラが聞き出したビッグスパイダーのアジトに向かう最中も、スキルアウト達は白井の服装を見とがめてアキラ達にからんでくる。

 それをアキラは逃げることもせずに正面から迎え撃って秒殺していった。

 

「『空間移動』で移動すればすぐに抜けられますのに」

 

「こんなところで飛んでたら迷うっつーの。順路をゆっくり辿らなきゃ記憶と合わなくなっちまう」

 

「ならせめて変装するくらいさせてくださいまし……」

 

 常盤台中学の制服は目立って仕方がない。

 風紀委員の腕章は外したものの、高級なブレザーは薄汚れた不良達の溜まり場では、飢えた肉食獣の群れの前に生肉をぶら下げているようなものだ。だから白井は常盤台の制服着用義務を無視して服を着替えたいと言っているのだが。

 

「んな時間ねーよ。遅くなったら晩飯が冷めちまう」

 

 先を行くアキラから、そんな不良らしからぬ答えが返ってきた。だが、早く戻りたいのは白井も同意見だ。

 白井の住む常盤台の寮には門限があり、厳しい寮管が門限破りを厳しく取り締まっている。もっとも今から第七学区へ急いで戻っても門限に間に合うかは怪しいところなのだが。

 

「と、あそこの建物だ」

 

 アキラは足を止め、曲がり角の向こうに見える研究所跡に目を向けた。

 

「見張りがいますわね……」

 

 研究所の入り口には、二人のスキルアウトが座り込んで周囲に目を光らせていた。

 白井が見張りを遠巻きに眺めていると、道の向こうから歩いてきた三人の男達が見張りの元へ近づいていった。手に買い物のビニール袋を提げている。アジトの買い出しだろうか。

 見張りが立ち上がり、男達に向けて不意に言葉を放った。

 

「やま!」

 

 その言葉を受けた男達の一人が、ちらりと腕に付けた時計を見て、見張りに向けて言う。

 

「かわ!」

 

 見張りは頷きを返すと、入り口の前からどけて男達を研究所跡へと招き入れた。

 

「合い言葉みたいですわね。古典的な……」

 

 見張り達のやりとりを見ていた白井がそんな感想をもらす。

 山と言われて川と返す。ひどくチープな合い言葉であった。

 

「どうしますの」

 

 白井がアキラの方を見ながらそう訊ねた。

 目的は能力者狩りの首謀チームビッグスパイダーのリーダー格を捕まえること。だが彼らは百人規模のチームであり、広い研究所跡にこもっている。

 アキラは白井の言葉に頷きを返すと、ただ一言だけ返した。

 

「正面突破」

 

「え、ちょっとアキラさん」

 

 身を隠していた廃ビルの陰からアキラはあっさりと姿を現わすと、真っ直ぐに研究所跡へと近づいていく。

 アキラを見つけた見張りが再び立ち上がり、彼に向かって合い言葉を訊ねる。

 

「やま!」

 

「うるせえ」

 

 問答無用とばかりにアキラは見張り達を蹴り飛ばした。見張りの身体はまるで漫画のように宙をきりもみ回転して吹っ飛んでいく。まさに正面突破だ。

 後ろからそれを目撃した白井は、もうどうにでもなれと思いながら研究所跡へと入っていくアキラの後を追った。

 

「襲撃だー! な……殴り込みが、来たぞー!」

 

 アキラに殴り飛ばされつつも何とか意識を保っていた見張りが、大声で建物の中へ向けて叫んだ。

 すると、研究所跡の中へ足を踏み入れたアキラと白井の元へ、次々とスキルアウト達が姿を見せる。

 それに対し、アキラは拳を握りしめ自ら殴りかかっていった。

 もはやどちらが悪人なのかわかったものではない、と白井はただただあきれるばかり。

 

「おい白井手伝えよ」

 

 八人に一斉に飛びかかられ、角材の一撃で頭から血を流しながらアキラが言う。さすがにアキラも多勢に無勢というものがあるようだ。

 だが、頭をかち割られても臆することのない相手に怯んだスキルアウトが、次々とアキラの反撃で沈んでいった。

 

 研究所のホールらしき広間にスキルアウト達が集まってくる。

 アキラの暴風のような突撃に臆した数人のスキルアウトは、アキラの後ろをついていく幼い少女の白井を狙って飛びかかってきた。

 

「んもう……」

 

 白井は掴みかかろうとしたスキルアウトの一人を風紀委員仕込みの体術で投げ飛ばす。

 さらに、背後から近づこうとしていた男に軽く振り返って肩に手を乗せ、空間移動で宙へと飛ばす。

 そしてブレザーの裏に仕込んだ金属の棒を数本抜き出すと、倒れたスキルアウト達の服を地面に縫い付けるように次々と棒を転移させた。空気と物体を無理矢理押し広げる小さな音がかすかに響く。

 

「こいつ転移能力者(テレポーター)だ! 強能力者(レベル3)だぞ!」

 

 子供なら組みやすしと白井に立ち向かおうとした男の一人が叫ぶ。

 

「残念、大能力者(レベル4)ですの」

 

 白井は見せつけるように自分を転移させ、叫んだ男の背後へと飛ぶ。

 そして男の手を掴んで能力を発動し、アキラに向かって椅子を振り上げていたスキルアウトの女の上に男を飛ばし、椅子と女もろとも押しつぶした。

 

 暴力男に能力少女。二人の組み合わせに怯むスキルアウト達だったが、建物の奥から続々とやってきた増援に再び戦意をたぎらせる。

 ホールに立つ人数はいつしか三十人を越えるほどにふくれあがっていた。

 

「数多いんだから直接その矢ぶちこめばいいんじゃねえ」

 

 出血した頭の傷を再生させながら、アキラは白井の持つ金属の棒を指さす。

 

「わたくしの力は凶悪すぎますの……よ!」

 

 対する白井は、自分を囲むように陣を作るスキルアウトの輪から転移で抜け出し、アキラの隣に飛びながら言葉を返した。

 さすがの白井もこの数を一斉に相手するのは辛いものがあった。

 アキラと互いに死角を補うように戦えば、一度に相手する敵の数が少なくて済むだろうと、アキラの背に己の背を預けるように立つ。

 

「アキラさんだって能力使ってませんでしょう」

 

「素手でくるやつにゃ素手で返すのが男ってもんだろ」

 

 アキラがそう言うと、大型ナイフを構えていた男の手が突如発火する。

 新たに見せつけられた能力に、包囲網を作り上げていたスキルアウト達に緊張が走る。

 能力を後出しすることで相手の意志を揺さぶる、喧嘩慣れしたアキラなりの戦術であった。

 

「ただまあ、オレの能力は精密さが足りねぇからな。武器持ってるヤツを狙ったら周りのヤツが巻き添え食らうことも、あるかもな!」

 

 そう告げたアキラの頭から、心に直接衝撃を与える精神思念(ヘルイメージ)が全方位に向かって放たれた。

 

 

 

 

 

 

 白井は実感する。超能力者(レベル5)の頂は遠く険しい。強能力者(レベル3)から大能力者(レベル4)に昇格したばかりの白井であるが、ここで能力の研鑽を止めるつもりもなく当然のように超能力者の座を目指していた。

 だが順列第七位の能力者ですらここまで規格外な存在なのかと、スキルアウト達を次々となぎ倒していくアキラを見て実感した。

 能力の強度(レベル)はこのような喧嘩での強さとイコールではない。あくまで学術的、工学的な価値で測られるのが能力の強度だ。だが、学園都市の超能力者はいずれも一人で一軍に匹敵する強大な存在なのだと、能力開発者達は口々に語る。今戦っている最中にもスキルアウトの攻撃を度々身に受けているアキラだって、きっと無能力者(レベル0)相手と言うことで本気を出していないのだろう。

 そして、『空間移動(テレポート)』の能力で彼や憧れの美琴お姉様と同じ超能力者の域に到達するには、一体どれだけのことを成さなければならないのだろうと白井は思いふけった。

 

 ホールに集まってきていたスキルアウトは一人残らず戦闘続行不可能な状態になっていた。

 そのいくらかは白井の手によって投げ飛ばされ身動きが取れないよう床や壁に服を縫い付けられたものもいる。

 能力者と無能力者の差は大きい。

 この光景を見て白井は考える。昨今の治安の悪さは『幻想御手(レベルアッパー)』を手にした者が力に溺れ暴力を振るっているのではなく、振るうだけの暴力も持たずにくすぶっていた者達が『幻想御手』によって力を得ただけなのではと。

 悪人は増えていない。元々いた悪人が能力を身につけただけ。風紀委員(ジャッジメント)である白井はそう信じたい気持ちがあった。

 

 そしてスキルアウトのアジトに無理矢理乗り込んで、蜘蛛の子を散らすように無能力者達をなぎ倒したアキラは、はたして悪人なのか。

 きっと悪人なのだろう。学園都市の能力者は、能力を私事に使って他人に迷惑をかけることのないよう教育を受ける。だがアキラは能力の使用を自重するそぶりなど全く見せることはない。嘆かわしいことだ、と白井は廃研究所の奥に進むアキラの後ろを歩きながら心の中で思った。

 白井自身、百合的な同性愛的な役得を得ようと日々能力を悪用している。が、今の白井の中にはその記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

 

「これが終わったら、アキラさんを暴行容疑の現行犯で連行しなくてはいけない気がしますわ……」

 

「オレは風紀委員の民間協力者だ」

 

 ふてぶてしく答えるアキラに、白井はいっそ彼を風紀委員にしてしまうのが能力の使用に枷をはめる意味合いで正解なのではと思った。もっとも、不良であるアキラが風紀委員になりたがるかというと否であるが。

 加減を弁えているだけマシか、と白井は一人の重傷者も出ていなかった大ホールの乱闘を思い出して息をついた。

 

「正直、私何もしなくても良かったですわよね? 一緒に乗り込んだのが間違いでしたの」

 

「馬鹿野郎。手足合わせて四本しかねーんだぞオレは」

 

 そう言いながら、アキラは汚れた床の足跡を辿って辿り着いた金属の扉を開ける。

 

 不意に、風を切る音が届いた。

 

 わずかに離れて後ろを歩いていた白井の目には全て見えていた。扉の向こうに待ち構えるように男が一人立っていて、上段に鉄パイプを構えそれを一気に振り下ろしたのが。それを真っ向から額で受け止めたアキラの姿が。

 

「ああ、頭もあるわ」

 

 額の皮膚からわずかに血を流しながら、アキラは鉄パイプの男に向かって念力を飛ばす。

 すると、鉄パイプを握っていた男の腕が捻れ、激痛に男は絶叫する。

 それをアキラは「うるさい」と一蹴し、扉の奥に向かって男を蹴り飛ばし、何事も無かったかのように扉をくぐって奥の部屋へと入っていった。

 

 白井は慌ててその後ろ姿を追う。

 

 扉の奥は、学校の教室ほどの広い部屋だった。

 部屋の中にはスキルアウトが二人待ち構えており、さらに一番奥には黒いソファーに男が一人、いかにも自分がリーダーだと言わんばかりの態度で座っていた。

 

「お前がビッグスパイダーのリーダーか?」

 

「ああそうだよ、能力者」

 

 ソファーに座ったリーゼントの男がアキラを睨み付けながら答える。

 

「名前は」

 

黒妻綿流(くろづまわたる)。ストレンジの王だ。よく覚えておけ」

 

 そう語るリーゼントの男に、アキラはわずかに目を細める。

 

「ほー、蛇谷次雄(へびたにつぐお)ね」

 

 アキラの言葉に、リーゼントの男の顔が引きつった。

 

「黒妻にしろ蛇谷にしろ、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の名前とはちげえな。まあどっちにしろ……ひーふーみー、お前らで九九人目だ。全員まとめてぶっ飛ばして今日限りで能力者狩りは終了だ」

 

 リーゼントの男に指を突き付けてアキラが言う。

 リーダー相手にはちゃんと今回も前口上は言うのですね、と白井は今日散々付き合わされた不良チーム潰しのときの光景を思い浮かべた。

 不良にも不良なりの流儀があるらしい。学生の街、学園都市で不良学生をやるともなれば人の多さに応じたローカルルールが自ずと生まれるのかもしれない。

 

「能力者様が見下してくれやがってまあ……おい! あれを使え!」

 

 白井の思慮をよそに、事態は進む。

 リーゼントの男が立ち上がり、周りに向かって大声で指示を出した。

 あれとは、と白井が思う間もなく、彼女の耳に突如奇怪な音が流れ込んできた。

 その音に、白井は言いようのない不快な感覚を覚え頭を抱えた。

 まるで頭の中に直接手を突っ込まれ脳をかき混ぜられたような、体験したことのない苦痛が脳裏に走る。

 

「あ……いぁ……」

 

 音が頭から全身に響き渡り、膝ががくがくと震える。

 気を緩めると意識を丸ごと持って行かれそうになる音が、留まることなく白井の頭を揺さぶった。

 

「くく、どうした?」

 

 リーゼントの男が笑いながら白井達の元へと歩み寄ってくる。

 

「く……! まさか……!」

 

 白井は混乱する頭で、数時間前に聞いた不良グループのリーダーの言葉を思い出す。あいつらには能力が効かない、だからスキルアウトがトップに立っていると。

 まさか、と思いながら白井は演算式を組み立て自身を転移させようとする。

 だが、扉まで大きく後退させたはずの身体は、僅か数センチ動いただけ。

 

「飛べない……!」

 

「どうしたぁお嬢ちゃん」

 

 音を聞き続けた白井は、身体を走る虚脱感に負け、その場に膝を付く。

 それを見たリーゼントの男が、ゆっくりと白井達の元へと歩み寄ってきた。

 

「くく、お前らはもちろん知らねえだろうが、これはキャパシティダウンって言ってな。音が脳の演算能力を混乱させるんだってよ」

 

 そう自慢げにリーゼントの男が語る。

 

「脳を開発しきってるお前らみたいなやつらは聞くだけで頭ん中かき回されて這いつくばるってわけよ」

 

「ほー、わざわざ説明ごくろうさん」

 

 近づいてきたリーゼントの男に、アキラはそう言葉を告げて肘打ちを放つ。

 思いもしない一撃を顔面に受けた男は、もんどりうって後ろへと倒れた。

 リーダーを殴り倒され、周囲のスキルアウト二人が動揺したように身じろぎする。

 

 だがさほど強い一撃ではなかったのだろう。リーゼントの男はその場に尻餅をつくだけで踏みとどまり、無様に倒れ伏す姿を晒すことはなかった。

 リーゼントの男は、潰れた鼻から鼻血を流した顔に困惑の表情を浮かべ言った。

 

「な、てめえ何で動ける!」

 

「いや、オレ演算とかしてねーし」

 

 アキラの言葉にリーゼントの男は一瞬惚けたような顔をし、そしてにやりと笑った。

 

「無能力者か」

 

 リーゼントの男の言葉に、周囲のスキルアウトにも嘲りの表情が浮かんだ。

 ホールの惨状を携帯電話の報告のみ伝え知っていた彼らは、こう思ったのだ。能力者の少女に、無能力者の男が一人金魚の糞のように後ろを付いてきただけだと。

 無能力者一人なら、この三人で囲んでしまえば倒すのはたやすい、とリーゼントの男が立ち上がる。

 が、そこに常人ではありえない速度で踏み込んだアキラの蹴りが炸裂する。リーゼントの男は大きく後ろへ吹き飛び、部屋の奥に置かれたソファーの上に身を打ち付けた。

 

「いんや。わりぃが超能力者(レベル5)だ」

 

 アキラにも音は届いていた。だがそれは白井の感じたような苦痛の音ではない。その音は蚊が飛ぶような、甲高いかすかなモスキート音としてアキラの耳に響いていた。

 アキラは耳を澄ませ、その音の発生源を探る。

 だが、音は室内に反響して発生源の判別がつかない。

 

「おい、この音どこから出してやがる」

 

 アキラの問いに答える者はいない。だが、心に思い浮かべるものはいた。

 

「そこか」

 

 アキラはその場に深く身を沈めると、全身のバネを使って部屋の“壁”に向かい跳躍をした。そしてそのまま宙で足をそろえ、ドロップキックを壁に向かってぶちかました。

 室内に鳴る音をかき消すかのように轟音が響く。

 アキラの蹴りは、壁を穿ち、鉄筋コンクリートで出来た建物に大きな穴を開けた。

 壁の向こうは研究所の建物の外側。荒れ果てたストレンジの道路があった。

 その道路には紫色のワンボックスカーが一台止まっており、開け放たれたトランク部にスピーカーの付いた大きなオーディオ機器が載せられていた。そしてその機器の前に、スキルアウトの男が一人、呆然と建物にあいた穴を見つめながら立ちすくんでいた。

 

「おー、あったあった」

 

 壁を破壊し全身にまとわりついた砂埃を払いながら、アキラは車へと近づいていく。

 

「どうやって止めるんだこれ?」

 

 アキラの問いに、スキルアウトの男はただただ震えて頭を振った。

 

「そうかい、ここな」

 

 読心を使ったアキラは、恐怖で埋まる男の思考の中から目の前の機器の使い方を探り当てると、それに従って機器につけられたスイッチを切った。

 鳴り響いていた音が止まる。

 アキラはその結果に満足そうに頷くと、震える男に向かって言った。

 

「オマエでちょうど百人な」

 

 言うや否や、アキラは男を豪快に蹴り飛ばした。男の身体は道路の上で豪快にバウンドし、道のすみに無造作に積まれていたゴミの山にぶつかり止まった。

 

 アキラはその様子を眺めることもなくワンボックスカーのトランクを締め、壁にあいた穴から研究所跡へと戻る。

 部屋の中には、狼狽するスキルアウト達と、音から解放され立ち上がる白井の姿があった。

 

「大丈夫か?」

 

 アキラがそう訊ねながら、ふらつく白井の元へと歩いていく。

 

「……大丈夫、とは言えませんね。まだ演算に集中できるほどではありませんの」

 

 白井の能力はひどく繊細だ。三次元を十一次元に変換する膨大な量の計算を脳内で構築する。それは痛みなどのわずかな外的刺激で簡単に中断してしまうような代物だった。

 回復思念(ヒールタッチ)の手をアキラが伸ばそうとした途中、急にアキラは身をねじらせて白井に向かって回し蹴りを放った。

 脇腹に突き刺さった突然の蹴りに、白井の身体が吹き飛ぶ。

 まさかの裏切りの一撃に混乱する白井の頭に、続けざま何かが破裂するような音が複数響いた。

 地面に倒れながら白井は目撃する。三人のスキルアウトが手に銃を持ち、腕を前に突き出している。そして、銃弾を浴びたアキラが身体から血を拭きだしている。

 

 白井は、急いで身を起こして叫んだ。

 

「アキラさん!もう少しかばい方というものがあるでしょう!」

 

 その白井の言葉に、アキラは蹴り足を戻し白井を見下ろしながら言った。

 

「……オレ弾丸食らいまくったんだが、出てくる台詞それ?」

 

「当然です」

 

 白井は鼻息荒くアキラに視線を向けた。

 痛かったですわよこのやろう、と蹴りを避難する目だ。

 

「美琴先輩のレールガンを受け止める力比べを削板さんと二人でやってた人に、今更銃くらいで心配なんてしませんわよ」

 

「あー、あんときお前居たなそういや」

 

 アキラがそう納得したように頷く。

 彼の身体から吹き出ていた血はすでに止まっている。再生した傷口から押し出された弾丸が、足元に落ちてころころと汚れた床の上を転がった。

 

 その様子に、銃を構えたスキルアウト達は驚愕し、狼狽する。

 彼らの持つ銃は警備員(アンチスキル)が使うような捕縛用のゴム弾を放つ銃ではない。殺傷を目的とした立派な凶器だ。

 

「ば、ばけもんだ!」

 

 スキルアウトの一人から、そんな声があがる。

 それを聞いたアキラは、銃を向けるスキルアウト達に振り返りながら、言った。

 

「だから、超能力者(レベル5)だって言っただろ」

 

 

 

 

 

 

「こんなわけわからん機械が出てくるとはなぁ。バックはどこかの研究所か。あとは警備員(アンチスキル)に任せるかねー」

 

 リーゼントの男がいた部屋のスキルアウト四人をワンボックスカーに詰めながら、アキラがそんなことをぼやいた。

 一方白井は、音の後遺症で倦怠感を覚えながらも、車の中でスキルアウト達の手足を拘束する。彼らはいずれもアキラの暴力と超能力を受け完全に気を失っているが、無能力者(レベル0)なので突然目覚めてもたいした危険はない。服から武器を取り出して気持ち厳しめにテープで縛り付ける。

 

「しかし、能力の使えなくなる音ねー。白井、知ってるか? 噂の『幻想御手(レベルアッパー)』は音楽データだって」

 

 スキルアウトを詰め終わったアキラが、ワンボックスカーの運転席に座る。

 

「知ってますわよ。数日前に風紀委員が配布していたサイトを閉鎖しましたの。もっとも学生達の間ではまだ出回っているようですが」

 

 強化繊維テープを縛り終え、白井はスキルアウト達の身体にシートベルトをつけた。

 

「全くこれだから複製できるデータというのはやっかいですわ」

 

「こいつも音を出してオマエの能力阻害してたってことは、そいつの親戚かね」

 

 後部座席のトランク部分を占領するオーディオ機器を後ろ指で指さしながら、アキラが言う。

 アキラが車へスキルアウト達を運んでいる間に、白井はこの機械を調べていたようだった。

 

「見たところこれ自体が巨大な装置のようですから、音楽データというよりは、少年院などで使われているAIMジャマーの類ではないでしょうか」

 

「あれか。オレが知ってるのと違うな」

 

 アキラは馴染みの古道具屋で見た機材を思い出す。藤兵衛が百合子の能力の弱点を潰すために取り寄せて、能力のジャミング対策を行っていたはずだ。『一方通行(アクセラレーター)』の弱点であるAIM拡散力場への干渉を無効化すると言って、怪しげな能力開発を進めていた。

 古道具屋の主、藤兵衛の手によって学園都市第一位の超能力者(レベル5)は、日々鎖に繋がれていない猛獣としての危険度合いが上がっているのだった。

 

「あとで藤兵衛に知らせてやっかね」

 

 そう呟きながら、アキラは足元のアクセルとブレーキのペダルの踏み具合を確かめる。

 クラッチペダルはない。まがりなりにも学園都市製の車だ。人の感覚に頼るマニュアル変速制御は取り払われている。高度な搭載プログラムは車間距離なども自動で計測し事故を未然に防ぐ機能まで付いている。

 

「んじゃ、白井もしっかり座っとけ」

 

「……本当に警備員を呼ばなくていいんですの?」

 

 運転席に座るアキラを見ながら白井が訊ねる。

 スキルアウト達の隣に座らず助手席に行きたいところだが、監視をするために薄汚れた男達と同席せざるを得ない。

 

「どうでもいいスキルアウトを百人なんて捕まえる余裕、今の警備員にねえんだろう。だからといって少人数だけ頼んだら、警備員の車がストレンジに入った瞬間スキルアウトのやつらに滅多打ちにされるぞ」

 

「むー……」

 

 確かにこのエリアGストレンジの治安の悪さは筆舌に尽くしがたい。

 法の側の風紀委員(ジャッジメント)や警備員が少数で乗り込めば、たちどころに標的になるだろう。

 

「不満か? スキルアウトなんていちいち捕まえてもきりがねぇぞ。リーダー格だけ潰せばいいんだよ」

 

 そう諭してアキラはキーをひねり、車のエンジンをかける。

 キーは明らかに正規のものではなく、束ねた金属の板のようなものが刺さっていた。

 アナログの鍵穴を自動で埋める有名なピッキングツールの使用跡だ。十中八九これは盗難車だ。ストレンジを根城にするスキルアウトに相応しい車だった。

 

 アキラ達がわざわざこの車に乗り込んだのは、それなりにわけがある。

 研究所跡にいるスキルアウト達全員を捕まえることができないとはいえ、能力者狩りの首謀者であるリーダー格の男達を警備員の支部に運ぶ必要がある。

 しかし、彼らを担いで空間転移で移動するにも、白井は音の影響で不調で大人数を抱えていける余裕はなく、一方アキラの使う空間移動(テレポート)は見慣れない街での長距離移動が不可能で、そのうえ使用から発動までにタイムラグがあるため短距離の連続転移では換算時速が非常に遅い。

 さらに車の後部座席を占有する機材は、彼らが一連の能力者襲撃事件の首謀者であるという証拠でもある。

 

 そのためこのスキルアウト達の車を使って、最寄りの警備員支部まで犯人と証拠ごと運ぶことにしたのだ。

 

「ところでアキラさん、車の免許持ってましたのね」

 

 学園都市は外の世界より車両免許の交付年齢が低い。

 学園都市製の新型車は基本的に学園都市内でしか販売されないが、人口のほとんどが学生のため免許を取れる年齢を引き下げているのだ。

 高レベルの能力者ならば車一台買うのに十分な奨学金を受け取っている。

 だから、白井も超能力者(レベル5)であるアキラならば免許とマイカーを持っていてもおかしくないと考えたのだが。

 

「おう、大型二輪なら今教習所に通ってる」

 

 アクセルを踏み込む音と同時にアキラから告げられた言葉に、白井は腹の底から悲鳴をあげた。

 

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