LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』②

 2.

 

「あ?」

 

 ちびっこハウスから出て数分、百合子はふと背後に気配を感じて立ち止まった。

 

 現在の時刻は平日の正午を少しまわったころ。普通の学生ならば今頃学校で勉強をしている時間だ。

 アキラを殴りつけて怒りと羞恥心のままちびっこハウスを飛び出したのだが、人口の大半を学生が占める学園都市ではこの時間の人通りは少ない。

 

 ちびっこハウスは超能力者(レベル5)二人を抱えている。その利権を狙った誘拐防止のため、普段は教職員・研究者としての貴重な時間を割いて警備員(アンチスキル)は子供達を監視しているが、この気配は違う。

 学園都市最強の超能力者、一方通行(アクセラレーター)である百合子は警備員達が四六時中監視して守る必要があるほどやわな存在ではない。

 ちびっこハウスを飛び出したついでにショッピングモールで食材の買い出しをしようと数分歩き続けた百合子は、すでに警備員の監視区域外だ。

 

「あァ、"敵"か」

 

 一方通行の能力はベクトル操作。読心能力や第六感――予知能力などはない。

 だが、普通の教師や研究者達とは違う、頭のネジの外れた長点上機学園の臨時講師によって百合子の能力は、強度だけでなく多様な能力応用をも身につけていた。

 

 その一つが気配の察知。

 人が存在することによる空気の流れや熱放射を読み、光のベクトルを全身で感知することにより360度の視界を得る。

 紫外線などの微量な有害物質の過剰な『反射』や日常的な運動など、能力使用の無駄を削ぎ落とすことで得た脳の余裕。それを百合子は師の指導の下、『外敵から身を守るため』に使用していた。

 

 敵意を含んだ視線を感じる。

 男が六人。背後五十メートルほど後ろ。

 車道を挟んだ斜め後ろには男が四人。いずれも学校の制服を着ていないが、おそらく学校をサボっている不良学生。

 他にもこちらを観察している大人がいるが、そちらは今のところ害がないので保留。

 

「不良学生がまあ昼間からご苦労様ってか」

 

 百合子も長点上機学園の冬用制服を着てぶらぶらと歩いているのだが、こちらは不良というわけではない。

 百合子とアキラは長点上機学園の生徒ということになっているが登校義務はなく、第七学区にある古道具屋の店主、長点上機学園臨時講師藤兵衛のところに不定期に能力指導を受けにいけば良いだけだ。

 そもそも制服の上に白いエプロンなどという格好をした不良が居たら、逆に百合子が見てみたいくらいだ。

 

 百合子の予想では、学園最強の超能力者(レベル5)を倒して名を上げようと思っている馬鹿達だ。

 それは百合子には理解しがたい発想だ。

 最強。そんなものになんの価値があるかこれっぽっちもわからないが、ちびっこハウスの子供達がロボットプロレスに熱狂したり、世界最強の格闘家高原日勝について熱く語っているのを見るに、どうやら『最強』というものは『男の子の永遠の憧れ』らしい。

 

「はァ……」

 

 百合子はだるそうにため息をつく。

 逃げることは可能。こうしてぼんやり歩いているだけで、重力や自転、公転などいくらでも力のベクトルは身体にまとわりついていて、向きを軽く変えるだけで車よりも速く走ることができる。

 だが、逃げたところで彼らのストーキングがおさまるとも思えない。下手をしたらショッピングモールで大乱闘などという面倒なことになってしまう。

 百合子は歩幅を縮め、少しずつ歩く速度を落とした。

 

一方通行(アクセラレーター)だな……」

 

 背後から声がかかる。おそらく彼らのリーダー格だろうか。

 他の男達は逃げ場所を塞ぐように百合子を囲んでいく。

 向かい側の歩道に居た男達も、車道を横断して百合子の進行方向を塞いでいる。

 

「お前を倒せば、この俺が……俺達が『最強』だ!!」

 

 男達は、まさに百合子が予想した通りの存在だった。

 

 端から見ると女子高生を大人数で囲む強姦集団といったところだろうか。

 これでワンボックスカーが横に止まっていれば完璧だった。

 

 だが、彼らの狙いは婦女暴行ではなく、『最強』への挑戦。

 百合子からしてみればどちらも状況は変わらないのであるが、彼らの顔を見るに真剣勝負のつもりなのだろう。十対一という酷い状況だが。

 

 しかし、彼らは百合子にとって路肩の石に等しい。

 彼らが言うように一方通行は最強の能力。普段は『固定』に設定してある自動防衛を『反射』にして、相手が襲いかかってくるのを待つだけで、ほぼ確実に彼女は勝利するだろう。その場を一歩も動くことなく。

 

 しかし、百合子にとって周りを囲む男達が石ころ以下の存在だとしても、今自分がいる"道"は男達よりはるかに価値がある存在であった。

 ちびっこハウスとショッピングモールを結ぶ街道。彼女の生活圏内。そんな場所で能力を反射して荒らすわけにもいかない。

 

「面倒くせェ」

 

 そう呟くと、彼女は足を軽く上げ、ローファーの靴底でタイル敷の地面を勢いよく踏みしめた。

 

 足音は聞こえない。音を鳴らすための振動は、全てベクトル操作されて道路を伝わっていく。

 無音。故に、男達は百合子の攻撃に気付かない。

 だが、すでに力のベクトルは男達の近くまで侵食している。

 そして、ベクトルは彼らの足下まで届いた。

 鈍い音と共にタイルが剥がれ、真っ直ぐ上へと飛んで行った。

 男ならば確実に存在するであろう、股の間にある急所にタイルが命中する。

 

「ひ」とも「ぎ」とも聞こえる悲鳴が一斉に上がった

 

 百合子は戦いにおいて手加減はしても正々堂々という手は取らない。

 このあたりのスキルアウト達は無法松の影響下にある。

 彼らは無法松の庇護下にいる百合子に挑んでくるなどという愚かなことはしない。

 

 故に、『最強』の一方通行に挑んでくるのは、わざわざ遠くの学区からやってきた能力者である可能性が高かった。

 

 相手が能力者であるならば、百合子は先の先を取って潰す。

 『一方通行』は学園都市最強の超能力者(レベル5)だが、彼女は自分の『ベクトル操作』という規格外の力を完全に信頼しているわけではなかった。

 

 強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)程度の能力でも『一方通行』に痛打を与えることができる。それが彼女が師事する老教師からの教え。

 

 例えば空力使いが周囲を真空状態にしてしまったとしたら。無気圧による影響は受けないが、酸素がないため息が止まってしまう。

 例えば偏光能力者が彼女に一切の光を与えなかったら。過剰な反射の制限というここ数年の努力で得た健康な身体が、ビタミンD欠乏症に陥ってしまう。

 例えば、そう、目の前の彼らが彼女の買い物を邪魔したら。冷蔵庫の残りで食事を済まさなければいけなくなり、食という人間らしく生きるために必要な要素を失ってしまう。

 

「ちなみにお前等が無駄に能力使ってこの道を壊したら、道路工事になって真っ直ぐ買い物に行けなくなるンだよなァ。おい、聞いてンのか」

 

 そう言いながら、一、二、三と百合子はテンポよく靴底を道路に叩きつける。

 彼女は軽い口調で言っているのだが、地面を伝って相手に伝わるベクトルは一切の容赦がない。

 重い音を鳴らしながらタイルが男達の全身の急所を襲う。

 

 痛みに耐えて能力で反撃しようとした幾人かは、突然目に強烈な光を浴びて手で顔をおおいながら倒れ込んだ。

 光の進行方向を操作して、暴徒鎮圧用に使われる点滅閃光を眼球に向けてピンポイントで照射したのだ。

 

 倒れたら、後は地面を通じてあらゆる暴力のベクトルを直接身体に叩き込むのみ。

 地味でかつ一方的な攻撃。

 だがそれで相手を叩きのめすには十分。百合子と同じ超能力者(レベル5)であるアキラとナンバーエイトが公園でやっているような派手な立ち回りなど、今この場では必要無い。

 百合子の一撃は奇妙なほど静かであり、男達の上げる悲鳴が響き渡るのみであった。

 

「襲われてンのは俺の方なのに、なンかこっちが悪モンっぽい構図だなァ」

 

 実際に超能力者(レベル5)第一位と大能力者(レベル4)以下の男達の争いなど、弱い者虐め以外の何物でもなかったのだが。

 

「しかし毎度毎度、虫みたいに沸いてくンなァ」

 

 第一位を倒したところで何の意味もないというのに。

 そう、何の意味もない。世界中にただ一人しか居ない『一方通行』を倒したところで、そこには何の学術的価値もない。

 汎用性にも応用性にも一切欠ける道端の喧嘩の勝者という称号は、科学的にも軍事的に価値が無い。

 

 レベルも上がらないし、払われる奨学金や手当金が上がることもない。

 強さというものに学園都市としての研究者達が価値を見いだすには、詳細な能力計測が可能な戦闘実験としての場を用意するか、能力を使った新たな戦術・戦略を示す必要があるだろう。

 

 身を守るための『固定』を切ってぼんやりと夕食の献立を考えている彼女を闇討ちして討ち取ったとして、そこに何の意味があるのか。「不意打ち闇討ちに対策を取っていない第一位は馬鹿である」といった何の役にも立たない答えがあるのみだ。

 

 万が一にでも襲撃者達が彼女に勝って何か得られる物があるとしたら、学園都市の『最強』に勝ったという一時的な優越感と羨望が唯一の物だろう。

 が、『最強』を倒した新たな『最強』を倒すという『自分たちの同類』に狙われたり、一方通行(アクセラレーター)ではなく鈴科百合子(すずしなゆりこ)という一個人を慕ってくれている人達による報復を受けるというマイナス要素しかないのだ。

 

 意外なことに、そう、彼女自身が常々意外に思っているのだが、鈴科百合子という少女を何かと気にかけてくれる人達は結構な数にのぼる。

 例えばちびっこハウスの皆だったり、とある公園のたい焼き屋であったり、自分とは対極の存在であるはずの無能力者であったり、能力の使い方をまともな方向へと導いてくれる恩師であったり、昔の彼女を保護しその後も影で守り続けている警備員であったり、何故か自分のパンツをこっそり拝借しようとした家族であったり。

 

「虫なら虫らしく、蚊取り線香でも焚いたら勝手にぼとぼと落ちてくれねェかね」

 

 などと科学都市らしくない昭和の香りのする独り言を言うと、百合子はベクトル操作に向けていた足をそっと止めた。

 すでに彼女以外に立っている者はいない。

 

 残っているのは、遠くからずっと百合子を観察し続けていた大人が三人のみだ。

 エプロン姿の少女の無音のタップダンスがお気に召したのか、高そうなスーツを着込んだ大人が三人じっと百合子を見続けている。

 警備員(アンチスキル)ではない。

 普段は教職員でありスーツ姿の面々も多い警備員だが、あのようにインテリヤクザとやり手キャリアウーマンのような、ある意味まともな着こなしの警備員を百合子は見たことがない。

 そもそも警備員なら喧嘩を始める前に止めに入ったはずだ。

 

 一方的な喧嘩が終わったのを察知したのか、大人達は百合子の方へ揃って歩いてくる。

 明らかに面倒事を運んできた様子が見て取れる。

 

「少しいいかな?」

 

 それみたことか。百合子は面倒臭そうに大人達に顔を向けた。

 

 

 

 3.

 声をかけてきたのは黒シャツの男。

 ブランド物のビジネススーツを着こなし、整髪料で固めた髪をオールバックにしたヘアスタイル。彫りの深い顔にはサングラスをかけている。

 テレビの中にでもいそうなインテリヤクザ風の長身の男だった。

 

 そんな男を見て、百合子は相手の素性を問うた。

 

「どこの研究所の使いだ?」

 

 ヤクザとは真逆の存在、学園都市に無数に存在する研究機関の者であると百合子は見当をつけていた。

 

「……何故そう思う?」

 

 指でサングラスに触れながら、男は答えではなく問いを返す。

 サングラスの男の後ろでは、ビジネスマン風の男女二人がじっと百合子を見ている。

 

 百合子はこの大人達を研究所から来た者であると仮定して話を進める。

 

「俺に近づいてくるヤツなンざ、俺を研究して甘い汁吸おうって輩か――」

 

 答えを告げながら、百合子は地面を一瞥した。

 そこに転がっているのは、百合子に挑んで返り討ちにあった男達。

 

「学園都市トップの座を狙って突っかかってくるバカと決まってるからな」

 

「なるほど」

 

 バカという言葉に対し、男達からは反論の声はあがらない。

 全身を力のベクトルで殴打されてうめき声をあげるのみだ。

 

「ま、どっちもくだらねェって意味じゃ大差ねェけどよ」

 

 心底うんざりした顔で百合子は言う。

 研究も喧嘩も本当にくだらない。

 

 一方通行の能力を自分以上に理解する恩師の手にかかれば、そこらの研究者達などに頼らずとも己を育てることができる。

 喧嘩はただひたすらに時間の無駄でしかない。

 

 科学の発展への貢献などという学園都市の住民の義務など、何年も前の特力研から逃げ出したころに捨てている。

 

 近づいてくるのは鈴科百合子という個人を知る知人達と、今日のお勧めの鮮魚を教えてくれる魚屋のオヤジくらいで良い。

 

 そんなことを百合子がぼんやりと考えているときだった。

 三六〇度の彼女の視界の中で、動き出そうとしている者がいた。

 不良達の中で始めに百合子に話しかけてきた、リーダー格の男である。

 

「へへ……」

 

 頭から血を流しながらも歪んだ笑顔を浮かべ、男はゆっくりと身体を起こしていく。

 不良達は苦痛で半日は起き上がれないはずの打撃を全身から臓腑に至るまで受けたはずだ。

 それでもなお起き上がろうとする男を見て、百合子は身体能力の強化か再生の能力者であると当たりをつけた。

 

「チョーシのって余裕かましてんじゃねぇぞテメーッ!」

 

 その証拠に、男は勢いよく立ち上がると、手に掴んだ舗装のタイルを百合子に向けて投げつけてきた。

 発火や発電といった派手な能力行使ではない。

 だが、大人の手の平ほどもある大きなタイルの投擲は、人を一人殺傷するのに十分な威力を持っていた。

 

 至近距離からの投擲に対し、百合子は反応を返さない。

 彼女の持つ能力が事前条件に従って発現するのを脳の領域を開けて待っているだけ。

 

 一方通行の能力も、発火や発電といった派手なものではない。

 ただ、あらゆる『ベクトル』を操るのみ。

 石つぶての投擲という三次元的な運動ベクトルは、百合子の着ている制服という能力圏内に触れた瞬間、向きが完全に『反転』する。

 

 それは非常に奇妙な光景であった。

 加速の『向き』のみがすり替わってタイルは三次元運動を続ける。

 ビデオの逆再生などという陳腐な言葉では表せない『運動の続き』が、向きを反転して行われる。

 

 反転したタイルが向かう先は、投擲により体勢を崩した男の顔面。

 タイルは歯を折り鼻骨を砕き額を割り顔へと埋まることで直進運動を始めて止めた。

 

「ワリィワリィ、言ってなかったっけなァ」

 

 タイルは男の顔を破壊し尽くすと、反動で地面に向けて跳ね落ち、重たい音と共に真っ二つに割れた。

 一拍置いて、硬直していた男が崩れ落ちていく。

 

「殴り合いすンときは"反射"に設定してあンだよ……って聞いてねーか」

 

 反射。己に向かってきた害のあるベクトルを脳の自動計算で反転させる能力応用の一つ。

 しかし、常に反射を行っていると不意に人と衝突した場合などに非常に危険である。勿論、百合子本人ではなく、衝突した相手がだ。

 そのため、普段はベクトルを分散させて停止させる『固定』を危険なベクトルから身を守るための自動防衛として用いている。だが、このように喧嘩を売られた場合は、『固定』で相手を無傷で返すなどという慈悲を百合子は持ち合わせていないため、自動防衛の演算処理を固定から反射に切り替える。

 

 発火能力者であれば火を、発電能力者であれば電撃を、撃たれたものを反転させて相手に返すだけという、極めてシンプルな能力。

 その百合子の能力の仕組みを知らない者達は、百合子の先制の暴力を耐えたとしても、この動かなくなった男のように自らの暴力を自身の身体に受けて倒れていく。

 

 わずかに顔を痙攣させているところを見るに、まだ死んではいないようである。

 

「ったく、割れないようにタイル吹っ飛ばしてたンだが、割れちまったなァ」

 

 百合子は砕けた男の顔ではなく、男の傍らで真っ二つに割れたタイルを見て気を揉んだ。

 

 外れたタイルははめなおして一日放置するだけで元通りになる。街中を走る高度な街道整備ロボットが自動で行ってくれるのだ。

 だが肝心のタイルが割れてしまったとなると、新しいタイルが必要になるだろう。一枚程度の破損であればロボットが勝手に直してくれる可能性は高いが。

 

 顔から血を垂れ流す男を前にして、自分の生活圏内の道路事情を心配する。

 それが鈴科百合子という少女の一端であった。

 

 ちびっこハウスという孤児院で過ごすことにより人並みの情というものを身につけてはいる。が、敵対するものや害を持ちこむものにその情を与えるような慈愛の精神は持ち合わせていなかった。

 日本人として過ごすならば問題がある性格なのだが、不良が平気で銃を携帯しているようなディストピアの学園都市において、それはある意味で正しい人としてのありかただった。

 

 後顧の憂いを断つという観点から見れば追い打ちの一つや二つしておくべきか、と彼女は考えたが行動に起こすことはしなかった。

 平日と言えどもここは表通りで、一連の喧嘩の目撃者は研究所の使いらしき大人達以外にもいる。

 わざわざ二度と刃向かって来られないくらいに痛めつけなくても、警備員かこのあたりをシマにしている無法松傘下のスキルアウト達に話が行って、後は勝手にどうにかしてくれるだろう。

 

 百合子は今もうめき声をあげる男達を頭から追いやると、三人の大人達に向き直った。

 

「話すンなら歩きながらでいいか?」

 

 暴力という解りやすい手段で介入してこない分、この手の大人達の方が百合子にとっては厄介極まりない相手である。

 

 

 

 

 4.

 

「『絶対能力進化(レベル6シフト)』?」

 

 百合子はインテリヤクザ風の男から告げられた聞き慣れない言葉を確認するように聞き返した。

 絶対能力(レベル6)。能力者開発の一つの到達目標とされている、未だ開発理論の目処すら立っていない研究者達の机上の空論の存在。

 研究者達は絶対能力者開発の糸口を見つけ出そうと必死だが、学生達にとっては「日曜の朝に放送されているような変身ヒーロー」程度の現実味しかない空想上の存在だ。

 

 百合子も絶対能力に付いては、現在の学園都市の能力開発技術では生まれる余地はないと思っている口だ。

 しかし、この男はその絶対能力者を生み出すための被験者としてよりにもよって百合子が最も適しているなどとのたまっているのだ。

 

 脳開発の新規技術の研究開発が遅々として進まないため、絶対能力以下の存在であるはずの多重能力者(デュアルスキル)ですら、幼い百合子とアキラを研究所の奥に閉じ込めてさらに無数の検体の犠牲を出しても生み出すことが出来なかったのだ。

 学園都市のど真ん中で「あなたは神を信じますか?」と新興宗教の勧誘を受けるのと同じくらい、うさんくさくて信用ならない話だ。

 

 僻地に送られて狂った研究者の妄言か、と百合子は思う。

 だが、男はこの話が研究者の暴走や妄想によるものではない、一つの事実を告げた。

 

「ああ、ここでは詳しいことは話せないが、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』お墨付きの実験だ」

 

 学園都市の英知を結集して作られた世界最高の計算機の名前を聞き、百合子の表情がわずかに固くなる。

 正確なデータを入力すれば、正確な答えが返ってくるという夢の超高度並列演算器(スーパーコンピュータ)

 その判断は統括理事会よりも重いとまで言われる、文字通りのモンスターマシンだ。

 

 当然、その使用権限は学園都市の行政上層部が握っており、妄想をまきちらす狂った研究者に簡単に与えられるものではない。

 樹形図の設計者が判断を下したというのなら、百合子は絶対能力(レベル6)となれる可能性があるのだろう。

 しかし。

 

「はン、興味ねェな」

 

 彼女は一言でそれを切り捨てた。

 

絶対能力(レベル6)ねェ……。確かにすげェ話だが俺がそれに乗る意義は見いだせねェな。能力開発なら生活の片手間に適当にやりたいようにやってンぜ」

 

 学園都市第一位の座も、彼女は特に欲しくて得たものではなかった。

 研究所の実験動物として脳をいじくられ、研究所を出てからは学園都市の主流派とは言い難い科学を研究する老人の元で学んでいたら、いつのまにか第一位になっていたのだ。

 向上心はあるが、すでに百合子の科学思考も絶対能力を目指すような主流派とはずれ始めていた。ベクトル操作という能力を使ってどれだけ複雑怪奇な現象を再現できるかといった遊び心が、今の彼女の能力開発に対する原動力。

 

神サマの計算(SYSTEM)とかいう科学者の小間使いなンてするつもりはねェな。見ての通り俺は忙しいンでなァ」

 

 新聞の購読勧誘を断るのと同じ感覚で、百合子は研究協力を拒否した。

 

 当然、それで目の前の男が引き下がるわけもない。

 樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が成功すると判断を下した学園都市における最優先課題の研究なのだ。どのような手段を使ってでも彼女の首を縦に振らさなければならない。

 相手が学園都市において『最強』の存在であるため脅しなどは使えず、説得か交渉をするしかないのであるが。彼女に害のある者として判断されたら、研究所は一瞬で更地になるだろう。

 

「……君は『最強』の能力者だ」

 

「一々言われなくてもてめェらが勝手に押しつけてきた肩書きでわかってンよ、ンなこたァ」

 

「だが『最強』どまりでは君を取り巻く環境はずっとそのままなのだろうね」

 

 ぴたりと。

 百合子の歩みが止まった。

 

 その様子を見て、男は初めて百合子がこちらに興味を示したと心の中でほくそ笑んだ。

 

「『最強』の先。『絶対能力(レベル6)』は君の生活に変化をもたらすかも……」

 

「何が言いてェ」

 

「いやいや、深い意味はないさ」

 

 思いっきりあるだろうが、と百合子は視線に言葉を込めるが、男はただ笑ってそれを受け流す。

 相手の興味のありそうな話題を曖昧なままにして釣り糸を垂らす。面倒極まりない相手だと百合子は改めて思った。

 

「わかった。話くらいは聞いてやンよ」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 男はにやりという擬態語が合いそうな固い笑みを浮かべた。

 だが、百合子の表情は変わらず面倒臭そうな顔だ。

 

「だがさっきも言ったとおり俺は忙しいンだ」

 

 身につけているエプロンの裾を右手で掴み、ひらひらと横に振る百合子。

 そして、エプロンの前部分についたポケットに手を入れ、携帯端末を取り出した。

 

 どこへ連絡するつもりだ、と大人達に緊張が走る。

 が、百合子の返答は極めて平和なもの。

 

「家のガキどもに連絡くらいさせろ」

 

「……いやはや、意外に家庭的なものだね」

 

 

 

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