LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』③

 5.

 送迎の高級車に乗せられて百合子がやってきたのは、第十学区にある研究所だった。

 個人規模の小さな研究所とは違う、明らかに多額の出資を受けている立派な建物だ。

 

 普通の研究所では考えられないほど厳重な入場チェックを受け、百合子は研究所の中へ足を踏み入れる。

 

 白で統一された廊下を進み、研究所の最奥、地下施設へと案内される。

 

 その施設で百合子が目にしたのは、培養器に入れられている大量の人間だった。

 中に入れられているのは、人工的に作られたクローン人間。

 『絶対能力進化(レベル6シフト)』とは、このクローン人間を使った実験であると白衣に着替えたサングラスのインテリヤクザ風の男が説明した。

 

「クク」

 

 その実験内容を聞いて、百合子は笑った。

 相変わらず学園都市の研究者というものは少し奥に踏み込むだけで、狂った人間ばかりであると。

 

「国際法で禁止されている人間のクローンを大量生産たァ、ハナからまともな実験じゃねェンだろうとは思ってたが」

 

 クローン技術を使い十四日で人間を生産し、洗脳装置(テスタメント)で脳に電気信号を与えて言語、運動・倫理などの情報を植え付ける。

 即席で作られる複製人間。勿論、クローンの元となるオリジナル素体はただの人間ではない。

 

 培養器で眠るクローン少女の顔に、百合子は見覚えがあった。

 ちびっこハウスの支援者の一人である無法松が切り盛りする、第七学区のたい焼き屋さん。そこの常連客である中学一年生の少女。

 十三歳という若さにして超能力者(レベル5)である、名門常盤台中学のお嬢様。御坂美琴。

 培養器の少女は、その御坂美琴と顔つきから体格までまさに瓜二つであった。

 唯一の違いがあるとすれば、髪の長さだろうか。一度も切られていないため膝に届くまでになっている。

 

「オマエラ、イイ感じに頭のネジ飛ンでンじェねえのか」

 

 この人工の少女を二万体生産し、一方通行(アクセラレーター)とそれぞれ一体ずつ異なった環境で戦闘を行う。それが『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が導き出した、一方通行を絶対能力(レベル6)へと進化させる答えであるという。

 

 この実験のことをクローンのオリジナル、御坂美琴は知らないだろうと百合子は考える。百合子の記憶の中にある御坂美琴とは、甘い物とキャラクターグッズが大好きな真っ直ぐな『子供』だ。

 そんな彼女が国家間の条約で禁じられた体細胞を使った人間の製造などというものに手を出しているとは思えない。

 ならば、クローンの元になったはずのDNAマップは、盗品である可能性が高い。

 

「元は別の計画で使われる予定だったモノだがね。色々あってこっちに流用する事になった」

 

 サングラスの男は培養器を見ながらそう言った。

 クローンとはいえ、培養器の中に居るのは全裸の少女である。だが、男はクローンの少女をただの実験動物としか見ていない。

 

「これを見て――」

 

 男はサングラスを外して、百合子へと視線を向けた。

 

「それでもなお『無敵(レベル6)』を望むかね?」

 

 百合子は言葉を返さず、ただ歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

 6.

 それ以上の実験の説明は行われなかった。

 

 全ては第一次実験を完了させてから。サングラスの男は百合子にそう告げた。

 

 後ろ暗いところしかない実験だ。百合子を自陣営に完全に引き込んでから計画を進めたいのであろう。

 クローンの培養施設などというものを見せておきながら今更だと、彼らの臆病さを百合子は笑った。が、説明を最後まで聞くために百合子は第一次実験を受けることを選択した。

 

 すでに生産が完了した三十四体のクローンのうち、最初に作られた一号。それと戦闘実験を行うための準備が進められた。

 とは言っても、百合子は特に何をするわけでもない。元々器具や道具を使って行使する能力者ではない。研究所側が実験室を用意するのをただ待つだけだった。

 

 実験準備が終わったのは思いのほか早く、三十分後。

 対衝撃素材がふんだんに使われた分厚い扉をくぐり、百合子は戦闘実験室へと入る。

 一辺三十メートルの立方体の部屋。

 壁や床は防弾、防熱処理のほどこされたパネルが何枚も重ねられている、能力戦闘を前提にした頑丈な仕組みだ。

 

 二十メートルほどの高さの位置には、強化ガラスで作られた大きな窓がはめ込まれており、窓の向こうでは白衣を着た研究者が五人ほど、部屋を見下ろしていた。

 そして、研究者達の視線の先、部屋の中央には少女が一人。

 

「よォ、オマエが実験相手って事でいいンだよなァ」

 

 髪を御坂美琴(オリジナル)と同じ長さまで切りそろえ、どういうわけか常盤台中学の制服を着たクローン人間が百合子をじっと見つめている。

 頭にはめた機械式のゴーグルがなければ、オリジナルと見分けが付かないだろう。

 

「はい、よろしくお願いします、とミサカは返答します」

 

「俺も超電磁砲(レールガン)と戦るのは初めてだからよォ。楽しみにしてンぜェ」

 

 御坂美琴が能力行使をする場面は何度か見たことがあるが、平和に生きる百合子が平和に生きる御坂と真っ正面から喧嘩をするなどということは今までなかった。

 だが平和に生きているとは言っても、百合子は能力利用に対する探求心をしっかりと持ち合わせている。

 電気を操るという学園都市ではありふれた能力をもって超能力者(レベル5)第三位という座まで登りつめた超電磁砲と相対できるのは、百合子にとって純粋に楽しみであった。

 何を見せてくれるのかとクローン一号を見る百合子だが、一号が手に持っている物を見て百合子は眉を寄せた。

 

 ――銃?

 

 一号が持っていたのは、片手で扱えそうな小さなハンドガンだった。

 

「チェックは万全です、とミサカは初の実験に対する意気込みをアピールします」

 

 そう言いながら銃を構えて四方へと照準を合わせてみせる一号。

 何故銃などを持つ必要があるのか、と百合子は頭に疑問符を浮かべた。

 

 超能力者(レベル5)である超電磁砲(レールガン)は、金属の弾を飛ばす際に銃などという装置を用意する必要はない。

 能力名の通り生身でレールガンを放つことができるはずであり、実際に公園で暴走する第七位と第八位に対して指で弾いたコインを叩き込んだのを見たことがある。

 電気を介して磁力を自在に操り弾丸を手元に取り寄せることができるため、わざわざ複雑な機構で中に銃弾が収められたマガジンを手に持つ必要すらない。

 

「ところで貴女への発砲許可が下りているのですが本当にいいのでしょうか、とミサカは一応の確認を取ります」

 

「銃で死ぬ超能力者(レベル5)なんていねェよ」

 

 ハンドガン程度で死ぬなら、超能力者(レベル5)は一軍に匹敵するなどとは言われていない。

 驚異的な演算能力を持つ高位の能力者ならば、己の周囲に展開する能力やAIM拡散力場を通じて自動で危険を察知してそれを防ぐ自動防衛機構を備えている。一方通行(アクセラレーター)の場合だと、『固定』や『反射』である。

 演算能力による能力使用という科学的な仕組みを開発されていない第七位と第八位は、そのような能力応用が不可能である変わりに、身体に銃弾が直撃しても「痛い」と言うだけで済むような身体能力を持つ超人であるため、片手で持てるハンドガンは驚異に成り得ない。

 

 超能力者(レベル5)のクローンであるはずの目の前の少女が、何故発砲の確認などをするのか、思考を巡らせようとする百合子であったが、その思考を遮るかのように実験室内にブザーの音が鳴り響いた。

 

『では実験を開始してくれ』

 

 部屋に備え付けられたスピーカーから、研究者の指示が届く。

 それと同時に、一号は百合子に向けて銃を構えていた。

 

「先手必勝です、とミサカは攻撃を開始します」

 

 銃の引き金が引かれ、百合子に向かって真っ直ぐに銃弾が飛ぶ。

 人の動体視力では到底捉えられるはずのない速度で銃弾は百合子の肩口を抉ろうとするが、百合子の制服に触れると同時に銃弾は音もなく『停止』した。

 

「!?」

 

 一方通行の能力について何の知識もインストールされていない一号は、それを見て驚愕の表情を浮かべるが、動きを止めることなく連続で銃撃を行った。

 火薬の炸裂音が三発実験室に鳴り響く。が、いずれの銃弾も百合子の肌に触れることなく服の上に貼り付いていた。

 

「弾を受け止めているのですか? とミサカは一度距離を取り分析を……」

 

「ふざけてンのかテメェ」

 

 現在位置を確認しようと視線を動かした一瞬、百合子は一号の真横へと移動していた。

 地に足を付けて立っているのならば誰もが地球からその身に受けている複数の速度ベクトル。それを操り百合子は足を動かすことなく移動することができる。

 突然真横へと現れた攻撃対象を前に、一号は状況を把握できずに固まる。

 

 それに対し百合子は相手の思考が再開する暇も与えず、一号に向けて指先を押し当てた。

 すると、一号の身体が突然硬直し、手足の筋肉が痙攣を起こし彼女は実験室の床へと倒れ込んだ。

 

「オイ」

 

 百合子は指先を触れさせるというたった一動作で終わってしまったこの戦闘結果にあきれ果て、部屋の上方、強化ガラスの向こう側にいる研究者へと声をかけた。

 

「どういう事だこりゃ。本当に超能力者(レベル5)のクローンかよ」

 

 百合子が指先を通じて一号に向けて行ったのは、人間の体内を流れる微弱な電流の操作。

 筋肉を動かす電気のベクトルを操作して、筋肉に強い刺激を与えて痙攣させたのだ。

 自身の身体に流れる電気を完全に掌握できるはずの超能力者(レベル5)発電能力者(エレクトロマスター)相手ならば、このようなちゃちな攻撃など通用するはずがない。

 

『オリジナルとのスペック差には目を瞑ってくれ』

 

 百合子の疑問に対し、研究者はそう答えを返した。

 スペック差。

 つまり、このクローンはオリジナルの力を再現できていない。

 一号の周囲に独特の電磁波が展開しているのが百合子の能力で感知出来るため、発電能力者であるのは確かなのであろう。

 だが、体内の電流操作という発電能力者の得意分野で簡単に無力化できたのを見るに、彼女は超能力者(レベル5)どころか大能力者(レベル4)にすら届いていないだろう。

 

 拍子抜けだ、と百合子は実験開始前にはあったはずのやる気を完全に失った。

 

『だがクローンはネットワークを通じて記憶を共有しているので、二万通りの戦闘の間に学習し進化していく』

 

 ネットワーク。何のネットワークかは百合子にはわからないが、何らかの方法で脳の中身を他のクローンに移し替える方法があるのだろう。

 元より、洗脳装置(テスタメント)などという愉快な装置で記憶をインストールしているのだ。驚くほどの事ではない。

 

『最後の方は君でも苦戦するかもしれんよ』

 

「逆に言やァずっと雑魚と戦ンなきゃいけねェって事かよ」

 

 まるでテレビゲームのレベル上げだな、と百合子はちびっこハウスの子供達が遊んでいた携帯ゲーム機を思い浮かべた。

 

「チッ、テンション下がンぜ。今回はこれで終わりだったよなァ」

 

 もう百合子には戦闘実験に対する興味はない。

 実験の詳細を聞いて帰ろうと、実験室の扉へと歩いていく。

 

『ああ、だが第一次実験はまだ終わっていない』

 

 そんな百合子を遮るかのように研究者の声が部屋に響いた。

 

『後ろの実験体を処理するまではね』

 

「……あ?」

 

 百合子の歩みが止まる。

 

『武装したクローン二万体を処理する事によって、この実験は成就する』

 

 淡々と研究者の言葉が実験室に響く。

 

『目標はまだ活動を停止していない。戦闘を続けてくれ』

 

「了解…しました」

 

 そう答えたのは、未だ実験室の床に横たわる一号。

 

「実験を続行します。とミサカは命令に従います」

 

 足の痙攣により立ち上がることが出来ないのか、一号は痺れの残る上半身を這わせて、床に転がった銃を拾い上げた。

 対する百合子は、研究者のいる窓へと視線を向けている。

 

「処理? 活動停止?」

 

 この実験は戦闘実験だ。

 その実験下における処理とは。

 

「そりゃつまり……」

 

 百合子の言葉を遮るように銃声が響く。

 一号の手から放たれた銃弾は百合子の能力の壁に衝突すると、その運動ベクトルの全てを能力の壁に奪い取られた。

 奪い取られたベクトルは百合子の足裏を通じて対衝撃素材で作られた床へ。ベクトルを奪われた銃弾は、百合子の着るエプロンの白い生地の前で停止した。

 

 金属製の弾丸。

 警備員(アンチスキル)が使うようなゴム弾や電気弾ではない。

 兵器としての銃弾だ。

 

「……殺せってェことか」

 

『その通りだ』

 

 ひどく事務的な声で研究者が答える。

 いらなくなった書類をシュレッダーにかけろと部下に命令するかのような、事務的な声。

 

 痺れる手で発砲したため、再び銃を取り落とした一号に向かって百合子は無言で歩いていく。

 一号は銃による攻撃は無意味と悟ったのか、能力を使って電気を生み出し床へと流した。

 第一次実験は銃を用いた戦闘実験だが、発電能力を使用することも想定した環境下で行われている。クローン体である一号にはオリジナルの超電磁砲ように、空気中に激しい雷撃を走らせるといった高い能力の出力を持たない。

 そのため、実験室の床はそれを補うために電気を流しやすい導体で被覆されていた。

 

 だが、百合子は床を走る電流を避けることもなく前へと進んだ。

 電撃使いとしての能力で真っ直ぐ百合子の元へと向かう指向性を持った電流は、百合子の能力の支配権へと入った途端に向きというベクトルを乱され霧散した。

 

 銃と電気という二つの抗う術を失った一号は、目の前に立つ百合子を呆然とした顔で見上げた。

 百合子はそんな一号の首へ手をゆっくりと落とし、彼女の意識を完全に断った。

 

 一号が身体から力を失い床に横たわると同時に、室内にブザーが鳴り響いた。

 

『ウム、おつかれさま。これにて第一次実験を終了とする』

 

 クローンが完全に活動停止するまで実験は終わらない。

 それを二万回繰り返すのが、この『絶対能力進化(レベル6シフト)』。

 未だ生産をされていない一万数千体のクローンを含めて、残り一九九九九体のクローンを殺しつくす実験。

 

『最初は退屈かもしれんがじきに強くなるからガンガン処理してくれ。なに遠慮はいらんよ』

 

 百合子を上から見下ろしながら、研究者は告げる。

 

『相手は薬品と蛋白質で合成された、ただの人形なのだから――』

 

 

 

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