LIVE A LIVE 近未来都市編   作:Leni

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『反転御手』④

 7.

 

「気にいらねェな」

 

 百合子は研究者達を見上げながらつぶやいた。

 研究者達は百合子が何を言いだしたのかと目をまたたかせる。

 彼らがそのつぶやきを理解する前に、百合子は実験室の窓へと向けて飛び降りていた。

 

 そう、飛び降りる。

 重力を垂直方向に方向転換し、研究者達のいる窓へと落ちていく。

 スカートとエプロンがひるがえるのも気にせずに、百合子は壁に着地した。

 

 窓の前で、垂直に研究者達を見下ろす百合子。

 研究者達があわてふためく中、百合子は右足をゆっくりと振り上げた。

 

「に、逃げろ!」

 

 百合子が何をしようとしているのか気づいた研究者の一人が、咄嗟に部屋の隅に走る。

 その研究者の声につられ、研究者達は一斉に窓の前から散っていった。

 

 振り下ろされる右足。

 まるで砲弾が命中したかのような轟音が響き渡ると、窓ガラスがそれを壁に固定していた窓枠ごと吹き飛び、部屋の奥の壁へと突き刺さった。

 

 百合子はこの窓を防弾ガラスあたりかと思って蹴ったのだが、なるほど、これは戦闘実験室に使うには納得の頑丈な特殊強化アクリル板だ。能力を乗せて踏みつけても割れることはなかった。

 もっとも、それを固定していた窓枠部分の建材がひしゃげて外れたのだから、とんだ欠陥建築であったが。

 

「よかったなァ、避けれて。避けなきゃ今頃潰れたトマトになってンぜ」

 

 部屋の隅に無様に逃げた研究者達を笑う百合子。

 研究者達には、何が起きているのか全く理解が及ばなかった。

 

 彼らは困惑する。実験内容に同意できなかった? いやしかし、実際に一方通行は第一次実験に協力し、クローンを殺害するという行為を完了させている。

 実験終了のブザーが鳴ったということは、モニタリングされていた実験体の心臓の動きが確かに止まったはずなのだ。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』お墨付きの実験だかなんだか知らねェけどよォ」

 

 外れた窓を乗り越えて、百合子は研究者達の部屋へと入っていく。

 垂直に曲げられていた百合子の引力は正常に戻され、部屋の床へと足を踏み入れた。

 

「どンだけすげェ計算機があっても、初期値を入力するヤツがボンクラなら正しい答えが出てこねェ、ってことくらいボンクラのてめェらにもわかンよな?」

 

 百合子は窓の外れた実験室へと振り返る。

 

 実験室の床では、『息を吹き返した』クローンの一号が強く咳き込んでいた。

 一方通行はベクトルを操る。ちょっとした遊び心で心臓を止めることも、心臓を動かさずに血流を流すことも、そして死んだクローンに対して研究者達がどのような反応を返すのかを眺めることもできる。

 

「例えば……学園最強の『一方通行(アクセラレーター)』サンは『生まれたばかりの子供』を殺すような実験が大嫌いな保母さん見習いです、なンて初期値は入れてねェンだろうなァ」

 

「だ、だがあれは……」

 

「ただの人形なのだから、ってかァ?」

 

 百合子は、その言葉を告げた研究者の元へと歩いていき、顔を覗きこむ。

 

「ぎゃは、決め台詞でも言ったつもりですかァ? 第一位サンに向かって格好付けですかァ? ちょっと第十三学区(しょうがっこう)にでも行ってガキと一緒にカリキュラム受けてこいよ」

 

 百合子を前にして震える研究者の頭を彼女は掴むと、人差し指で二度研究者の頭を叩いた。

 

「ただの人形が、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を持った能力者になれるわけねェよ」

 

 彼女の言葉に幾人かの研究者の肩がびくりと振るえた。

 

 クローンは人間ではない。モルモットと何の違いもない。

 彼らはそう思い込むことで、この実験の異常性から目を逸らしていた。

 

 この実験には多くの人員が投入されているということが、研究所を軽く案内されただけの百合子にも理解できる。

 だが人を平気で殺すような実験を平然と行える狂った科学者など、そう大量に転がってはいるものではないのだ。

 それに対し、クローンの生産とその処分といった程度の違法な実験は、学園都市の裏側で山ほど行われている。

 

 クローンは人ではない。それが研究者達の逃げ道。

 

 だが百合子はその逃げ方はあまりにも不完全だと考える。

 現実を正しく観測し、その上に『自分だけの現実』という妄想を重ねて、初めて能力者は自分だけの超能力を観測することができる。

 それは、人工的に作られた知性、すなわち人工知能では辿り着けない『心』の領域だ。人工知能が超能力を使えるのならば、人はロボットに置き換えられて、学園都市は機械都市へと変わっているはずだ。

 

 御坂美琴のクローン達の身体は人間の複製、心も『自分だけの現実』を認識できる知的レベル。そうなると、彼女達は人間以外の何だというのか。

 あの一号をとても「薬品と蛋白質で合成された、ただの人形」であるとは思えなかった。

 

 百合子の言葉の投げかけによって研究員達に動揺が広がっていく中、研究所内に警報が響き渡った。

 

 外部からの侵入者を知らせる警報。

 百合子の事ではない。研究所の正面から、武装した大量の人員が突入したことを知らせる警報だ。

 

「まあこんなクソみてェな実験でも『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』様の下したご判断って言うなら、学園都市のお偉いサンも絡ンでるンだろうけどな」

 

 非常事態が重なり呆然とする研究者を横目に、百合子は笑う。

 そして彼女は、エプロンのポケットの中から、携帯端末を取り出した。

 

「残念ながら学園都市上層部の意思決定ってヤツに従わない『正義の味方』ってもンは意外とあちこちに転がってるぜ」

 

 入所時にチェックを受けて電源を切ったはずの携帯端末。

 その端末の画面には、デフォルメされた二頭身の百合子のイラストが描かれていて、頭から電波を飛ばすイラストと共に『暗号通信中』という文字が踊っていた。

 

 

 

 8.

 百合子は研究所でクローンを見せられてからの会話を、全て外部にリアルタイムでリークしていた。

 研究所の入場チェックは厳しく、携帯端末の電源は落とされ、記録装置を所持していないことも確認されている。

 百合子の携帯端末は第一位の機密保持という名目で取り上げられることはなかったが、それが研究所にとっての最大のミスとなった。

 

 彼女の能力はベクトル操作。発電能力者ほどではないが自在に電気の流れを操ることができ、服のポケットに入っている携帯端末を手に触れることなく自由に操作することができる。

 

 研究所の外壁素材は電磁パルス(EMP)防御処理がほどこされていて、通常の携帯電話は専用の内部アンテナ経由でしか外部と通話することができない。

 だが、百合子が持つ携帯端末は長点上機学園の研究室製の特別仕様。彼女の能力を使って電磁波を束ねることで、電磁波防御を力業で突破することが可能だ。

 

 学園都市に飛び交う電波は全て、学園都市上層部に盗聴されているという一つの都市伝説がある。

 それを知って悪ノリした百合子の恩師、藤兵衛はこの長点上機の端末と百合子の能力を使って、解読困難な暗号通信システムを作り出した。

 

 予め通信相手に使い捨ての暗号鍵を送っておき、GPS情報から割り出した送信先へとベクトル操作で真っ直ぐに暗号通信を飛ばす。

 

「俺は正義の味方なンて柄じゃねェからな」

 

 百合子は路上で研究所の使いから誘いを受けた時点で、ちびっこハウスへのメールを装って各所へと暗号鍵を送信していた。

 

「加齢臭のきついジジィ達の今後は、他の正義の味方サン達にお任せすンぜ」

 

 百合子の言葉を聞いた研究者が、「学園都市の暗部が怖くないのか」と怒鳴り散らす。

 

 だが百合子はそれに取り合わない。

 百合子が音声をリークしたのは、過去に数々の非合法研究を潰してきた警備員(アンチスキル)達、根回しがすぐに行えないほどの多数の報道メディア、学園都市の明日を担う学生達、スキルアウトのカリスマ的存在であるたい焼き屋さんと多岐に渡っていた。

 

 例え学園都市の最も上、学園都市統括理事が背後にいたとしても、とても今から情報の拡散を止めることはできないだろう。

 

 これが合法な研究であり機密保持契約を結んでいたのなら、百合子は研究内容の漏洩を行った罪で裁かれていただろう。

 だが、百合子が行ったのは不正の告発だ。

 もし学園都市の裏などというものが存在するのだとしたら――百合子は学園都市の表を利用してこの実験を明るみに出そうとしていた。

 

 百合子は正義の味方を自称するつもりなどない。

 彼女が自称するのは、保母さん見習いという肩書き。

 培養器で生まれたばかりの十三歳の身体をした〇歳児を助けるという、子供の味方だ。

 

「おいおい、一方通行(せんせい)のおしかり中なのに逃げるンじゃねェよ」

 

 警備員の進入を知らせる警報を聞いて逃げようとする研究員達に向けて、百合子はポケットから取り出したコインを能力で加速させ叩きつけた。

 百合子の手には紐でくくられた五十円玉の束が握られている。

 普段は頑張った子供達のおこづかいとして配られるその貨幣が、まるで超電磁砲の能力のように研究者達を襲う。

 

 電磁誘導による加速などという高度な演算は使われていない。

 ただ、能力を用いて五十円玉が地球から受けている速度ベクトルを操作しただけ。

 超電磁砲などには到底及ばない威力だが、防弾服も身につけていないひ弱な研究者を昏倒させるには十分であった。

 

 計五百円を使って研究者を黙らせた後、百合子はコインの束をポケットに入れ直すと、左手に持った携帯端末を操作し始めた。

 キーを数回押し、端末にインストールされたソフトウェアを立ち上げる。

 

 どこでも魚群探知機、と名付けられた海釣り用のアプリ。

 

 学園都市には海などないし、そもそも百合子は釣りなどしない。

 これは、百合子の能力を補助として起動する、人間探知機であった。

 

 電磁波、超音波、赤外線。様々なベクトルが百合子の身体から飛んで行き、そして返ってくる。

 その情報が百合子の脳を経由して携帯端末へと流れ、携帯端末上に研究所の三次元地図と人の動きが表示されていく。

 

「地下通路……おいおい、逃げるンじゃねェよ」

 

 百合子はその場で全力で足を振り下ろすと、階段も使わず床を砕いて地下へと降りていった。

 

 

 

 9.

 支部をまたいだ警備員達の大捕物を尻目に、地下通路で一暴れし終わった百合子は研究所を出る。

 そして彼女は、事情聴取が始まるまで研究所の前に設置された仮設詰め所でのんびりと携帯端末を眺めていた。

 端末に表示されているのは、研究所から持ち出した資料だ。

 超電磁砲(レールガン)量産計画『姉妹(シスターズ)』最終報告。そう銘打たれた御坂美琴のクローン体生産に関する報告書である。

 

 あのサングラスの研究者が言った通り、超電磁砲のクローンは絶対能力進化(レベル6シフト)計画とは別のプロジェクトで作られたのが元であったらしい。

 超能力者(レベル5)をクローン技術で量産するという非常に単純明快な計画。

 筋ジストロフィーの治療という名目で幼い御坂美琴からDNAマップを取得し、それを量産しようとした。計画責任者の名前は天井亜雄。警備員がこの研究所で捕縛した研究員の一人だ。

 実験開始当時、御坂美琴は低能力者(レベル1)であったようだ。だが、学園都市は将来能力者達がどの強度(レベル)に成長するかを把握しているらしく、患者のためと言われて疑うこともない幼い彼女から、舌先三寸で未来の超能力者のDNAマップをだまし取った。

 子供を利用する事を嫌う自称保母見習いの百合子としては、何とも許し難い話だ。

 

 量産計画は進み、十四日間で肉体を生産するクローン技術と、記憶を電気的に入力する学習装置(テスタメント)の理論が完全に確立される。

 しかし、量産開始前に『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』によるシミュレートを行ったところ、研究者達にとって予想外の結果が返ってきた。このクローン技術によって生まれる超電磁砲の複製は、オリジナルの1%にも満たない異能力者(レベル2)にしかならないと。

 そして計画は凍結される。絶対能力進化計画が始まるまでは。

 

「ふざけた話だ」

 

 これを見て御坂美琴は何を思うだろうか。善意で提供したはずのDNAマップがクローンとなり、そして二万人に増やされ殺されようとしていたのだ。

 とても聞かせられない話だが、すでに事件は明るみに出ている。今頃学園都市だけではなく国際条約違反として世界中で報道が行われているだろう。

 少しやりすぎたか、と百合子はため息をついた。

 そんな百合子に、一人の女性がつぶやく。

 

「ふざけてるのはどっちじゃん」

 

 百合子の正面に座る、装甲服を身にまとった女性。百合子の顔見知りの警備員の一人、黄泉川愛穂(よみかわあいほ)だ。

 百合子が端末に向けていた視線を上げると、彼女をにらみつける黄泉川に目があった。

 

「おとり捜査は日本じゃ禁止されてるじゃん」

 

「日本の法律がこの街で通用するかよ」

 

 黄泉川は、どうやら百合子が一人で研究所内に踏み込んでいったことにご立腹のようだ。

 もちろん、おとり捜査というグレーゾーンの行為を取ったことそのものを怒っているわけではない。

 

「ただの一学生をおとりに使うというのも通用して欲しくないじゃん」

 

 子供の味方を主張する百合子も、黄泉川からすれば守るべき子供の一人だ。

 百合子と黄泉川の関係は古い。

 数年前、田所アキラと共に特例能力者多重調整技術研究所――特力研を逃げ出した後、百合子が逃げ込んだ先が黄泉川のいる警備員の支部だったのだ。

 アキラの父、タダシの部下であった黄泉川は、他の警備員達を率いて特力研を解体した。

 そして百合子とアキラがちびっこハウスに入った後も、タダシの元部下達と共に百合子達を様々な勢力から守っていた。

 決して権力に屈することはない、百合子が信用する人物の一人だ。研究所での一連の会話をリークした相手の一人でもある。

 

「俺が引き受けなかったら、ヤツラは日の目も見ずに解散してたンだ。そうなったらクローンのガキも"処理"されてンぜ」

 

 その言葉を聞き、黄泉川は少し考えにふける。

 

「私は会話を聞いていただけでまだ会っていないけど……その子はそんなに人間に近いじゃん?」

 

「語尾がおかしい以外は人との違いなンて見あたらなかったなァ。語尾が変なのはヨミカワほどじゃねェが」

 

「一言余計じゃん。……そういうことなら、警備員が責任を持って今後の生活も含めて保護するじゃん」

 

 第一次生産で完成済みの三十四人。培養中の者も含めると百人にも及ぶ姉妹達(シスターズ)は、黄泉川が約束した通り、警備員達に丁重に保護され、一人一人住民IDを割り当てられた。

 培養中の素体も、オリジナルの御坂一家の了承を得て培養が進められ、人格をインストールされることとなる。

 

 また、国際条例に反した研究を各国から責め立てられ、絶対能力進化とのつながりを突き止められた統括理事の一人が免職され、大きな裁判へと発展する。

 開いた理事の一席は、すぐさま『世界に足りないものを示す男』が用意した者によって埋められ、学園都市の違法研究に対する目は厳しくなっていった。

 

 そんなセンセーショナルな話題の裏側。

 学園都市の研究者達の間では、取りつぶしを受けた研究所から漏れた一つの研究成果がひっそりと注目されていた。

 同一の脳波を持つ発電能力者による脳波リンク、ミサカネットワーク。

 

 ミサカネットワークの情報は、学園都市上層のあるメインプランの日程より少し早く、一人の研究者の元へと届いた。

 

 その研究者の名を、木山春生と言った。

 

 

 




今更だけどこの百合子さんはホルモンバランスが正常なので、アニメ版の男声で脳内再生しないで欲しいなってミサカはミサカは原作五巻発売の頃からの一方通行=女の子派の私情を交えて言ってみる。
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