学園都市の内外を大きく騒がせたクローンを巡る一連の事件が収束を見せ始めた頃。
季節は秋から冬へと変わり、東京東部の学園都市でも氷点下を記録する日が出はじめていた。
冬と言えばたい焼きの季節。
第七学区の片隅の公園では、今日もたい焼き屋さんが店を開いていた。
屋台に立つのは無法松――ではなく、アルバイトとして働く田所アキラであった。
慣れた手つきでたい焼きを焼いていくアキラ。
彼のアルバイト歴は長く、何かと忙しい人望の厚い無法松の代わりに一人で屋台を任されることが多かった。
時刻は午後、小学校の下校時間となったため、子供達が公園へと集まっていた。
無法松のたい焼き屋さんは季節を問わず営業しているが、やはり秋から冬にかけての人の入りは段違いだ。
アキラはこれから来るであろう客の人数を予想して過不足のないようたい焼きを焼いていく。
そんなアキラの元に、常連客の一人がやってきた。
「アキラさーん、お久しぶりです」
「お、佐天じゃねーか。らっしゃい」
今回のお客は、近くの小学校に通う六年生の女の子、佐天涙子だ。
しばらくアルバイトのタイミングに合わなかったのか、アキラが彼女と会うのは数ヶ月ぶりのことだった。
育ち盛りゆえかアキラと会うたびに彼女の背が伸びている気がしているが、今日は背以上に彼女はいつもと様子が違っていた。
「どうしたんだ、制服なんか着て」
佐天はどこかの学校の制服、セーラー服を着ていた。
アキラの記憶では彼女は私服校に通っていたはずだ。
となると、学校帰りではないのだろう。さすがにコスプレということはないだろうが。
「えへー、今年行く中学校の制服ですよー」
笑いながら佐天はアキラの前でくるりとまわってみせる。
「あー、柵川中か」
「えっ、正解です。何で解るんですか」
学園都市ならばどこにでもありそうな冬用のセーラー服を一発で当てたアキラに、佐天は驚く。
「……もしかして制服フェチとか?」
「違うわっ! 学生向けの接客業やってんだから、近くの第七と第十八の学校の制服くらい把握してるってーの」
ちびっこハウスには制服フェチかと疑いたくなるほど各校の制服を毎日取り替えている第一位様がいるのだが、彼女の名誉のためにアキラはそれに触れなかった。
佐天はアキラの弁明になるほどー、と素直に納得する。
「それにしても、二ヶ月ぶりくらいか? オレのいないときに来てたんかね」
「いやー、実はお受験ってやつを頑張っていましてー」
あははー、と元気に笑う佐天。
アキラはそんな佐天の言葉にふと引っかかりを覚える。
「あれ? 柵川中って確か……」
「はい、こっちは受験無しですね。本命落ちちゃいました」
そう言って彼女は笑う。
空元気だろうか、とアキラは彼女の心を読もうとするが、思いとどまる。
例えこれが強がりで本心が別にあったとしても、
「ここで色んな人の能力見てたらあたしもいけると思ったんですけどねー。結局、
結構本気でやったんだけどなぁ、と佐天は唇を尖らせる。
「中学のカリキュラムで開花するっていう話も聞くけどな」
「上の学校目指せばその確率も上がると思ったんですよー。
スカートを掴んでくるくるとまわって見せる佐天。
今時セーラー服を採用するだけあってか、スカートの丈は膝上と長めだ。
「そういえば」
と、アキラが話題を切り出した。
「ニュース見たか? 量産能力者計画の」
「ええ、鈴科さん大変だったみたいですね」
「そこで百合子が見つけたらしーんだけど、『詳しい身体検査をすればその人の能力の才能がわかる』だとかいう……」
「うえー、何ですかそれー。そんなのわかるなら入学前に教えて欲しいですよ」
頬を膨らませて可愛らしく怒る佐天。
ころころと変わる女の子の表情に、アキラは小さく笑った。
「うちの教師が言うには、あくまで現状の主流な脳開発に限定した才能つってたけどな」
「アキラさんの教師というと……長点上機?」
「そ、オレは登校せずにたい焼き屋やってるけどな」
「全く贅沢な話ですよ本当に!」
「それこそ、今の主流な脳開発分野じゃオレの能力は解明できねーから、登校する意味ねーんだけどな」
「贅沢な話ですねー。あ、長点上機って制服可愛いですよね。鈴科さん着てるの何回か見ましたよ」
「あいつも登校してないんだけどな……」
アキラと百合子は長点上機学園に所属しているが、登校義務はない。
二人とも高校進学の意思はなかったのだが、長点上機学園の臨時講師である古道具屋の藤兵衛に能力開発の手助けを受けていた縁から、長点上機に籍だけ入れることになったのだ。
学生で超能力者という身分ならば学園都市から多額の補助金が出るため、彼らは特に気にすることもなく学園に所属している。
最も、アキラの能力は、藤兵衛にしかまともに解析が不可能なため第七学区にある古道具屋通いで、彼が学園まで足を運ぶことは少ない。
百合子に至っては、ちびっこハウスから遠いという理由で学園に行こうともしないのだった。
「アキラさんの研究が進んだら、あたしに才能が無かったとしても能力使えるようになるのかな?」
「『能力が全く発現しない』っていうのは理論上ありえないらしいから、佐天の場合はカリキュラム開発分野の未発達が原因じゃねえかな」
「つまりあたしは悪くない!」
「だからといってこれから勉強しなくて良いってわけじゃねーけどな」
「不登校児には言われたくありませーん」
そう佐天は言うと、たい焼きの焼き上がりに合わせてスカートのポケットから百円玉を取り出した。
たい焼き二個で百円。それが佐天がいつも払う金額だ。
「まいど。……中学に上がるなら四月から値上げしないとな」
「え、何ですかそれ」
たい焼きを受け取りながら、佐天は聞き逃せない一言を耳にする。
彼女はお金の話に敏感な貧乏少女なのだ。
「相手を見て商売しろって松に言われてんだよ。子供相手じゃ高くできないが、安くても儲からないからな」
「むー、値札がついていないと思ったらそんな仕組みに……」
「常盤台の子とか、千円でも買ってくぜ」
「馬鹿だー! お嬢様達馬鹿だー!」
常盤台中学と言えば、
「まあ常盤台はまだ良い方でな。本当に感覚狂ってるのは子供の頃からエリート街道を進んでいて、お金に困ったことのない研究者で……」
アキラは佐天から受け取った百円玉を釣り銭箱に入れながら言葉を続ける。
「たい焼き一個一万円でも買っていくぞ」
「いくらなんでもぼったくりですよ!」
いつかこの店が警備員に検挙されてしまわないかと佐天は心配になった。