『欠陥電気』①
◆
クローン体の調整で稼動中の
人工生命研究所コギトエルゴスム。
その中で今、新たな生命が
生まれつつあった……。
所内で次々と起こる事件……。
学生研究者の布束砥信に
作られたばかりのクローンも
研究者達と共に巻き込まれて行く。
◆
-ラボ TSQ-05-
カドウキロク
シセツメイ … コギトエルゴスム
センコウ … ジンコウセイブツコウガク
カドウモクテキ … シスターズ・チョウセイ
ケンキュウサンプル … 1 イシュ・セイメイタイ
リンジショイン … 5
ゲスト … 1 グンブ ショゾク
サンプル・セキニンシャ
-ショウサイ-
ケンキュウサンプル … イシュ・セイメイタイ
トクチョウ … オオガタ シソクホコウ
ノウリョク … フメイ
セイタイケイ … フメイ
ホンセイメイタイニ カンスル
トウカツリジカイカラノ タイオウ
セイミツナ チョウサノ タイショウニ
アタイスル
シスターズノ チョウセイヲ カンリョウシダイ
タダチニ グンブヘ ゴソウスベシ
欠陥電気編
『機心』
1.
薄暗い室内で、少女が一人、液晶のバックライトに照らされていた。
壁一面に機械が並べられた広い部屋。窓はなく、天井に取り付けられた蛍光灯は光を灯していない。
灯りは二つ。白衣を着た少女の前にある演算器のディスプレイの光。
そしてもう一つは、演算器に繋がれたケーブルの先にある、幅2.5メートルはある大きな機材に取り付けられたダイオードの光だ。
大きな機材は上面がガラスで覆われており、ダイオードの光に照らされその中身が伺えた。
機材の中には、裸の少女が一人横たわっていた。
白衣の少女より幼い、十二、三歳ほどの少女である。
少女の頭には大きなヘッドセットが取り付けられており、ヘッドセットからは十数本のケーブルが機材へと伸びていた。
「…………」
じっと液晶画面を見ていた白衣の少女が、爬虫類のようなぎょろりとした目を機材の中の少女へと向ける。
「よし……完了ね」
そう白衣の少女が呟くと同時、機材の中の少女に付けられていたヘッドセットが外され、機材の上部を覆っていたガラスの蓋が上へと開いた。
白衣の少女は癖の強い黒髪を手櫛で後ろに流しながら、開いた機材の中を覗きこむ。
「あれ? おかしいわね……」
機材の蓋が開いてから十秒ほど。中に居る裸の少女は動かない。
「変ね……これでいいはずなのに……」
と首を傾げたところで、裸の少女が閉じていた目を開いた。
裸の少女の視線と白衣の少女の三白眼が交差する。
「……おはようございます、とミサカは生まれて初めての言葉を話します」
裸の少女は機材に横たわったまま、そう言葉を発した。
「……喋った。喋ったわ!」
白衣の少女は感心したように裸の少女――ミサカの手を取ると、横たわったままだった彼女の上半身を起こす。
「
機材の上で身を起こしたミサカは、白衣の少女の言葉に首を縦に振った。
「私の名前は布束砥信。N・U・N・O・T・A・B・A……ヌノタバ、ヌノタバシノブ」
布束と名乗った白衣の少女の言葉をミサカはただ黙って聞いた。
言葉を返さずミサカは布束の顔をじっと見つめる。
何だろう、と布束は考えたところで、彼女は先ほどミサカの言った言葉を思い出した。
「ああ……おはよう。今は昼だけれど」
そう言いながら、布束は演算器の横に置かれていたビニール包装をミサカへと手渡す。
包装の中には、紺色の衣服が入っている。ミサカはそれを受け取ると、機材から身体を下ろした。
包装を開けて服を着替えながら、ミサカは自分が何者かを思い出していった。
御坂美琴の人工クローンの一人、ミサカ五六号。
短命として作られた非合法なクローン人間を調整し、学園都市の住民として迎えるための実行計画により、第一次調整を終えた上で『
五六号は旧
ミサカがそこまで確認し終えたところで、着替えが終わる。
初めて着る服であるためか複雑な構造はしておらず、上から被るだけで着替えが完了した。
貫頭衣である。
下着はないのだろうか、と首をかしげるミサカだったが、足下にスポーツブラとショーツが落ちているのに気付き、着替えを始めからやりなおすはめになった。
「ミサカネットワークへはつながるかしら?」
下着をつけて服を着直したのを確認すると、布束は次の指示を出した。
ミサカネットワーク。
御坂美琴のクローン達はその能力により互いに脳波リンクを行っており、意識や知識の共有が行える。
ミサカは学習機械でインプットされた手順に習い
『初めまして、と一号こと御坂ファーストは歓迎の言葉を述べます』
『ミサカはミサカ二号こと御坂次子です、とミサカは自己紹介をします』
『調整番号三三号の美々です、とミサカは安直なネーミングを伝えます』
『あなたのお名前は? とミサカは新たな姉妹の名を問いかけます』
ネットワークに接続すると同時に、他のクローン達がミサカに話しかけてきた。
話す、という表現には語弊がある。正しくは意識を繋げてきた、である。
ネットワークを飛び交う情報の中から一つ、ミサカは一つの疑問を拾い上げた。
「……ミサカの名前はなんというのでしょうか、とミサカは製造者であるヌノタバに訪ねます」
「
布束はミサカの問いに答えを返す。
「あなたの名前はまだないの」
「では名付けてください、とミサカは待遇の改善を要求します」
「私が?」
突然与えられた命名権に、布束は困惑する。
オリジナルの一家によって人間として生きていくことを決定づけられたクローン達にとって、名前とは個体を識別する重要の要素だと伝え聞いている。
味気ない調整番号とは違う、人としての名だ。何故自分にそれを決めさせるのか、と布束は首をかしげた。
「はい、名は産みの親に名付けられるものです、とミサカは『
産みの親、とミサカは言った。
その言葉に布束は自分は彼女の親なのかと思考を巡らす。
絶対能力進化の前身である量産能力者計画に携わり、記憶をインストールするための学習機械を監修したのは自分だ。人格形成のための知識プログラム構築にも関わっている。
だからこそ、国際条約に反した犯罪者として警備員によって捕らえられ、減刑のためにこの研究所に入れられて調整計画の一員として参加させられているのだ。
計画に関わっていたといっても、彼女の専門は生物学的精神医学であり素体の作成には関わっていない。あくまで精神的な部分だけの担当であった。
よって、少なくとも身体的な面での親ではない。
「私が親?」
「はい、ヌノタバがミサカ五六号の人格インストール実行者である、とミサカは記憶を振り返ります。よって、ミサカという個の親はヌノタバであるとミサカは主張します」
クローンのことは人間として扱えと上から指示を受けている。人工的に入力された知識と記憶の集合体を布束は人であると認識できないが、表面上は人として扱わなければならない。
ならば、人としてまずは名前を与えなければならない。赤子は生まれてすぐに名を与えられるものだ。
「……
そう言ったところで、布束は頭を振った。数字からそのままなどとは安直すぎる。
「……これじゃ犬の名前ね。では
十二の辺が全て同じ長さであり、各面が正方形である美しい名前。
「どうかしら?」
自信満々に布束はミサカに訪ねた。
「いやいやねーだろ、とミサカは親のネーミングセンスに愕然とします」
「…………」
だが返ってきたのは冷たい視線だった。
キューブ。すばらしい名前なのだけれど、と布束はうなった。
「……いい名前が浮かばないわね」
目の前の少女はキューブという名をお気に召さないらしい。
御坂キューブ。
布束がよく考えてみると、美しいが人の名にするには少々相応しくないものであると気づいた。
少なくともキューブという単語を人名に採用している国は知らない。
「まあ、歩きながら考えるとしましょう……歩けるかしら?」
布束の言葉に頷き、ミサカはゆっくりと足を踏み出した。
身体がよろけることもなく、一歩、二歩と裸足で室内を歩いていく。
「問題ないようです、とミサカは初めての歩行を母親に報告します」
そう、と布束は彼女の動きを確認すると、演算器の横に置いてあるサンダルをミサカの前に置く。
素足でここまで歩けるのならばサンダルでも歩けるだろう、と。
調整は一先ず完了したが、まだまだやることはある。
ちゃんとした衣服を着せ、培養によって伸びすぎた髪を整え、研究所内に居る他の研究員――何らかの形でクローン製作に関わった受刑者達との会話が可能かを確認し、試験項目をクリアした後に研究所の外へと受け渡す。
一つずつこなしていこう、と布束はミサカを連れて学習機械の置かれた部屋を後にした。
2.
布束とミサカがやってきたのは、学習機械の実験室と同じ階にあるメインコンピュータルーム。
この人工生命研究所コギトエルゴスム全体を管理するメインコンピュータが置かれている、研究所の心臓部だ。
このメインコンピュータの搭載A.I.であるOD-10により、研究所内の人員が管理されている。研究所内の研究員はいずれも国際条約に違反した犯罪者であるため、研究所はA.I.の厳重な監視下にある。
メインコンピュータの前で、布束はミサカにこれから行う作業について説明する。
「これからあなたをこの研究所の一員として登録するわ。でないと、所内を自由に歩けないの」
研究所内の人員は六名。研究員が五名に、研究所の外部からこの施設を視察に来たゲストが一名宿泊している。
所員登録をしてIDを発行しなければ、各施設の扉が開かず所内での生活が行えない。
「さてと……」
メインコンピュータに備え付けられているパネルに布束が触れる。
すると、端末に付けられたスピーカーから音声が流れた。
『オハヨウゴザイマス シノブ サン。 ゴヨウケンヲ ドウゾ』
メインコンピュータのA.I.の案内音声である。
学園都市の最新技術で作られたトップダウン式のA.I.は、量子演算器であるメインコンピュータの処理能力をフルに生かした音声による『会話』が可能となっている。
「おはよう。所員登録を頼むわ」
『カシコマリマシタ』
メインコンピュータのディスプレイに、登録のための案内画面が表示される。
布束はパネルを操作して情報を入力していく。
ショイン トウロク … シンキ
シュベツ … シスターズ
NAME?
「私のネーミングセンスはお気に召さないようなので、あなたが自分でつけるといいわ」
名前の入力を求められたところで、布束はパネルの前から横にずれ、ミサカに入力を促した。
ミサカはパネルの前に立つと、人差し指でパネルの文字盤を押していく。
ミサカ キューブ
『トウロクチュウ………………………』
「
先ほど自分で駄目出ししたはずの名前をミサカは迷うことなく入力した。
慌てて布束は登録の実行を中止しようとパネルに手を伸ばす。
しかしミサカは布束の手を叩いて入力を阻止した。
「…………」
一拍置いて再び手を伸ばす布束だが、またもやミサカはそれを手の平で叩いて落とす。
コンピュータルームに皮膚を叩く高い音が響いた。
「……何するの」
「ミサカに入力を任せた時点で、どう名付けようと決定権はミサカに移ったと主張します」
布束に向かって威嚇の姿勢を取りながら、ミサカは言った。
「ヌノタバの行為は名の強奪である、とミサカは訴えます」
「何よその屁理屈」
「屁理屈ではありません。それにコレは……」
トウロクカンリョウ
ミサカ キューブ ノ IDヲ ハッコウシマス
そう表示されたディスプレイの前で、ミサカは左胸に手の平を当てながら布束に告げる。
「ヌノタバから頂いた、ミサカの初めての『個性』ですから」