模擬戦、及び幻神獣討伐終了後。シャワーを浴びにリーズシャルテは大浴場に来ていた。
無駄の無い、しかし、年頃の少女らしい起伏のある肌の上を、熱い水滴が流れ落ちていく。
「…ふぅう……」
シャワーを全身に浴びながら、リーズシャルテは頬を染めて、悩ましい吐息を漏らした。
「(なんだろうな。この気持ちは…)」
戦闘直後の高揚感。だが、今回は負けてしまった、それも圧倒的に。
「(負けたと言うのに、苛立ちも、不快感も無い。いっそ清々しいな)」
初めてだった。ここまで『負け』というのを認めるのは。というより、完全に向こうの方が実力も経験も上だった。
「…さすが、女王陛下―お母様のお気に入りの騎士だ」
幻神獣を難なく倒し、尚且つ周りに意識が向けられるほどの視野と心遣いの持ち主。
リーズシャルテは自分の下腹部、へそのすぐ下を指先で撫でる。誰にも知られてはならない秘密なのに、今は何故か嬉しいとすら思えてしまう。
「…雨宮ユウ…か」
少女の形のいい唇が自然と綻ぶ。
「男のなかにも、頼りになるヤツがいるんだな……」
その一言で、リーズシャルテは自分の感情に気づいた。
初めて、『人』で、欲しいものを見つけたのだと。
△▼△▼△▼△
夢を、見ていた。
自分がまだ、あの場所にいた、あの頃の夢を。ただ、人を殺す。たったそれだけ。
「…さてと、お薬の時間だぜ~ユウくーん」
バッと腕の部分の裾をめくられると、注射器で射たれる。別に痛くは無いのだが、なにか『変な』ものが流れ込んで来る感じだ。
「はい、終わりっと。じゃあ次、こいつらとこいつらね~」
顔と名前、様々な備考が書かれた紙を渡されると、ユウはすぐにターゲットのところへと足を運ぶ。行けない距離では無いので、走ってたら勝手に着く。
こういった仕事は1日何回か回ってきて、特定の人物、またはそれらに関係のある人物を殺していく。最初の方はその日に食べた食事を全て戻した。耐えきれないのだ、単純に。だが、こう何回も繰り返し行っていけば、嫌でも慣れてくる。
あの場所では、ひたすら戦闘への知識と、それに準ずる訓練を行っていく。訓練の途中で死ぬヤツもいれば、仕事の途中で死ぬヤツもいる。だから必死になった。必死になって、死なないように頑張ってきた。
何故自分がここに居るのか、ほとんど考えもしない。気づいたらここに居た、というのが、大体である。ユウも気づいたらここに居たのだか、時おり忘れている事があるのか、何かを思い出そうとするのだが、思い出せない。正直そんなのもどうでもよくなったときに、彼女達は現れた。
『エスト』と『レスティア』。
ユウの人生を変えた少女達との出会いだった。
「よろしく、ユウ」
「よろしくお願いします。ユウ」
こんな血みどろな場所に何で居るのか分からなかった。だが、ユウにとっては唯一の優しい居場所になった。
だから……、
だから…、
――全部ぶっ壊してやるから。
△▼△▼△▼△
ゆっくりと瞼をあげるユウ。あの後、疲れて医務室に睡眠を取りに来ていた。ルクス達が何か言っていたが、睡魔には勝てなかったので、無視してここまで来た。
多分だが、エストの事だろう、と考える。喋ってるの見えてたし。めんどくさいな、と思いつつ、横から人の気配がしたので、そちらを向くと、
「…お、起きたのか!?」
金髪の少女、朱の戦姫リーズシャルテがすぐ側の椅子に座っていて、ユウのことを見つめていた。
「その、調子はどうだ?医務室の先生にお前の事を聞いてな、あの、その…」
どこか落ち着かない様子で、ユウの顔を除き込む。
「…少し落ち着け。俺は眠かったからここに来ただけだ。……お前の方こそ、怪我とかなかったか?」
心配して見に来たのに逆に心配されて顔を赤くするリーズシャルテ。
「わ、私は大丈夫だ。それこそ心配するな」
フイッと横を向くと、ぎこちない声で喋ってくる。
「…お、お前は何故、あの幻神獣に迷いなく向かっていったのだ?確かに神装機竜を装備しているから大事は無いと思ったのだが。……怖くないのか?」
リーズシャルテが何故?と聞いてくるので、ユウは少し考えると、
「…慣れてるからな」
まぁ、実際その通りである。ユウはつい最近も遺跡の調査に駆り出されたばかりであった。それのほとんどが内密のもので、中は全くの未知数。遺跡の中に一週間滞在したこともあった。中にはたくさんの幻神獣がおり、今回戦ったガーゴイル型ではなく、もっとヤバい幻神獣とも戦ってきた。まぁ、ほとんど無傷で倒せたのだか…。
「…な、慣れてる?ま、まさか…母―女王陛下の命令で?」
「それもあるけど……。一番は――」
――忘れられないから。
「……忘れ、…えっ?」
「まぁ、単純に戦い慣れてるからだよ。それだけだ」
ユウは窓から入ってくる夕日の光を細目で見ながら、眩しい…と呟いた。
もう、聞かないでほしいという合図なのだろう。リーズシャルテはその意図をくみ取り、もうユウに対して先程の事を聞くのは止めにした。
「…さてと、そろそろ起きるか」
ユウはベットから起き上がり、大きく背伸びをする。
「……というか、なんでお前がここにいるんだ?…怪我とかしてないんだろ?」
ふと思った感想をぶつけるユウ。リーズシャルテは顔を赤くし、モジモジと手を遊ばせる。
頭に?を浮かべつつ、ユウは首を傾げる。リーズシャルテは何かを決心したのか、その場に立ち上がり、制服のスカートを下げたした。
「…ちょっ!?お、おい!ちょっと待てっ!どうした?気でも狂ったか!?」
ユウの言葉を気にせず、スカートを下ろし、年頃の少女が履くような下着にも手をかける。
「…マジで洒落になんねぇぞ!?おいって!」
ユウは目を逸らしつつ、止めろと呼び掛けるが、リーズシャルテは全くの無視。
「……その…これ、なんだけど…」
リーズシャルテの弱々しい声に不意にそちらを向いてしまう。すると、
「……それって……」
見たことがあるような紋章だった。いや、ユウはそれを知っている。
「……アイツらと一緒……」
「……っ?」
リーズシャルテが羞恥に頬を染めながらも首を傾げる。何でもないとユウは答えると、すぐに視線を逸らす。流石に見続けるのは、ちょっと駄目な気がする。
「…早くスカートを履いてくれ。もう分かったから」
「……う、うん」
気まずい空気が保健室を漂う。どちらも頬を染めているが、リーズシャルテの方から声がかかった。
「…その、決闘を仕掛けたのは『これ』を見られたと思って、それで…あの、えーと…」
リーズシャルテは慌てて口走るがその目からは必死さが伝わってきた。絶対に言わないで欲しい、そして信じて欲しい…と。
「…この事はいつか話す。だから!」
「気にするな」
「…えっ?」
「仮にも俺はこの国の女王に世話になっているし恩もある。それに、他人の秘密事を言いふらすような真似はしない。だからその…気にするな。見てしまったのは、すまないと思っているけど…。あークソ、何て言えばいいんだ」
リーズシャルテは少しばかり呆けた後、気が緩んだのかクスリと笑った。何だか似た者同士だなと、ユウを見ながら微笑む。それに対してユウは照れたのかリーズシャルテから視線を逸らすとユウも少しばかり微笑んだ。
「…明日から級友同士だな。級友らしく私の事は、その、リーシャと読んでくれ…頼む」
「了解、俺もユウでいいよ。よろしく、リーシャ」
ユウにとってエストとレスティア以外に守りたい人が出来たのはこの時は知る由もなかった。
△▼△▼△▼△
「―――というわけで、この二人が今日からこの学園に通うことになった、ルクス・アーカディアと雨宮ユウだ。皆、慣れないことも多々あるだろうが、よろしく頼む」
翌日。
学園の校舎二階、二年生の教室の朝。
俺とルクスは王立士官学園の生徒となった。