俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
いや~……春休み長かったな。それでは
短期アルバイト最終日の3日目の真夜中。
今日ももう着慣れた制服で慣れた手つきでグラスをきゅっきゅっと磨いていく。
今日はまだ川崎姉と一言も喋っていないので進捗状況のほどはよく分からないが少なくとも昨日や一昨日のような雰囲気は感じられなかった。
家族にもいろいろあるもんだな……よくよく考えれば俺は雪ノ下雪乃という女性のことを知ったかぶっていただけなのかもしれない。誕生日や好きなもの、嫌いなものなんかの表の情報は知っていても彼女の心の奥底にある本性とでもいうべき彼女自身が閉じ込めている気持ちや彼女の家族のこと。そんなことは全く分からない。逆に隼人はそのほとんどを知っているだろう。俺が知らないことをあいつが知っている……そう考えただけでいつも抱いている慣れたイライラとは違うまた別のイライラが湧き上がってくる。
結局、俺はうわべだけの付き合いしかしていないと言う事なのだろうか…………でも雪乃に対してのこの気持ちはうわべだけなんかじゃない……いつ気づいたとかいつ抱いたとかそんなことは忘れた。でも……この気持ちだけは本物だと胸を張っていえる。
「比企谷」
「……え、えっとなんか俺ミスったでしょうか?」
「いや、別にそんなわけじゃ……何であたしが喋りに来たらそう言うわけ?」
「いやだって今までそうだったし」
この3日間、大体川崎姉が俺に近づいてきたら何か仕事でミスをしでかした時だからな……気づいたときに川崎姉が隣に立っていた時のあの恐怖は未だに忘れられん。
「で、何用でしょうか」
「いや別に用ってわけじゃないんだけど…………大志の事というか」
……つまり昨日のことか。
「大志がどうかしたのか?」
「…………とりあえずあんたの言う通り面倒事が起きる前には話そうとは思ってる」
「はぁ……で、なんで俺にそんなことを」
「あんたには迷惑かけたから」
迷惑っていうほどのことじゃないけどな。そもそもこれが奉仕部の仕事なわけだし。
作業をしながら話を聞いているとぽつぽつと川崎姉が話していく。
「大志から聞いてると思うけど生活がいっぱいいっぱいだし大学にだって行きたいから自分で稼いでただけ」
「知ってる。大志だって大体分かってただろ」
「……やっぱりそうか」
大学ねぇ……大学に進学しようと思うのなら塾にだって入らないといけないだろうからその費用も一緒に稼いでいたってわけでだから年齢詐称して深夜に働いていたってわけか……これが今回の真相か。
「…………塾のスカラシップ狙おうとは思わないのか?」
「…………」
え、この反応はまさかスカラシップというやつを知らないパターンか……まあ、塾のスカラシップなんて前面に出して広告してるわけじゃないから知らない奴は知らないか。俺もつい最近知った口だから何も言えないけど……それに大志曰く真面目な奴だったっていうからスカラシップ狙おうと思えば狙えるだろ。総武高校に進学できるくらいの学力はあったんだし。
「成績優秀者は学費免除とかあるからそれ狙えばこんな夜に働かなくてもいいんじゃねえの?」
「……塾にそんなのあるんだ」
「塾によっちゃ無いとこもあるけど大体はある。探せばいくらでも見つかるだろ」
「…………そう」
そう言うと川崎姉は客が座ったのを見つけ、コースターとナッツをもって客の前に出し、注文を受けてそれを慣れた手つきで作っていく。
……これで解決ってことでいいのか?
その時、俺の後方の座席に座った音がしたのでコースターとナッツを持ち、客の前に出そうとするとやけに見覚えのある髪が見え、ふと顔を上げてみると俺の目の前にいた客はパーティー用の漆黒のドレスを着て髪を1つにまとめ胸に垂らしている雪乃だった。
「ペリエを」
「……は、はい」
笑みを浮かべながらそう言われ、雪乃に背を向けてシャンパングラスに注いでいくがさっきから俺の背中に突き刺さる視線のせいでシャンパングラスがカタカタ揺れている。
あれ明らかに切れた時の笑顔だよな……バレンタインのチョコを隼人が貰った奴の中から形のいいものを数個くすねて食べていたら怒った時の顔だよな……大志の依頼について頑張ってるとは言っていたが川崎姉と同じバイト先で短期バイトをしてるってことは言ってなかったからな……。
ようやく注ぎ終わり、コースターの上に置くが雪乃と目が合わせられない。
「ねえ、八幡」
「ひゃ、ひゃい」
「どうして貴方がここにいるのかしら」
「え、えっと……」
「川崎沙希さんのバイト先を特定してお話を聞こうと思っていたのに何であなたもここにいるのでしょうね。しかも従業員の服装をして」
か、顔が見れない……怖すぎて顔が見れません!
そんなことを思っていると雪乃が小さくため息をついた。
「まぁ、そんなところが八幡らしいのだけれど」
「ゆ、雪乃」
「でも隠れてバイトしていたことは許せないわね」
「すみませんでした。もうしないから許してください」
傍から見れば店員が何か客に粗相をしてしまったかのように見えるだろう。
「……それで川崎さんは」
「あ、あぁ。まあ一応は解決の目処は立ったと思うぞ。あとは川崎姉弟に任せるだけと言いますか」
「そう……ならいいのだけれど」
雪乃はそう言いながらペリエを一口飲む。
結局、雪乃は俺がバイトを上がる時間まで店内に残り、俺が帰り支度を終えてバーラウンジから出てエレベーターで下に降りるとふかふかの高級ソファに座って俺を待っていた。
「帰りましょ、八幡」
「あ、あぁ。わざわざ待ってなくても良かったんだが」
「私が一緒に帰りたいから待っていたのよ」
っっ! こ、こいつはいつも俺の心を奪うな……ほんとゾッコンにもほどがあるぞ、俺。
恥ずかしさを紛らわすために頭をガシガシと掻き毟りながら雪乃の家に向かって歩いていく。
……そう言えばなんでこいつ、急に高校生になってから1人暮らしなんか始めたんだ……まぁ、そんなこと聞いても仕方ないか。雪乃の親父さん結構、甘々だからな……まるで小町と親父のようだ。なんで親父はあんなに小町に甘いんだよ。いつも小遣いは俺が言ってもくれないのに小町が言えばポンポンと渡すしさ……もうやだ。
「……八幡」
「ん?」
「その…………」
こいつが言いよどむのもなかなか珍しい。大体はスパスパ言うのにな。
「八幡の制服姿、格好良かったわよ」
「……な、何いきなり言ってんだお前は!」
俺は恥ずかしさのあまりオドオドし始めるが雪乃はいたっていつも通りに小さく笑みを浮かべている。
いつまで経っても力関係は変わらずか…………。
そんなことを考えながら歩いているといつの間にか雪乃が1人くらいをしているタワーマンションのエントランス前についていた。
何回見ても高級感溢れるマンションだよな……やっぱり県議会議員で会社の社長って結構良い稼ぎしてるんだな……まあ、そこを付け狙うやつもいたことはいたが。
「ありがとう。ここでいいわ」
「あぁ……今回のテストどうだった……って聞いても同じか」
どうせこいつはいつもの通り全教科95越えなんだろうな……問題は俺だな。一応、見直しはやったことはやったがそれでも見落とす場所はあるからな……不安なのは国語と化学だな。
「八幡こそどうだったの?」
「俺? 俺は今回は自信あるぞ」
「そう……もしも私に勝ったら言う事なんでも1つ聞くわ」
「懐かしいなそれ…………久しぶりにやるか」
そう言うと雪乃も笑みを浮かべながら首を縦に振る。
「…………ねえ、八幡」
「ん?」
「八幡は…………八幡よ」
「……どういう意味だ?」
「変わっても変わらなくても……ずっと私の傍にいてくれる八幡よ」
…………こいつ、やっぱり気づいてるんじゃないのか? ほんと、いつまで経ってもこいつに敵う気がしない。
「そうかもな……じゃ、お休み」
「ええ、お休み」
そう言い、俺は家路へと着いた。
「……そう言えばあの事故の女の子、結局誰だったんだ。同じ学校だって小町から聞いていたけど」